ぶつかるは必然 惹き寄せあうは運命
いつしか生まれた因縁が 今避ける事の出来ぬ宿業となりて 2人を繋ぐ
今までかの少年は高みにある彼を必ず超えるべき目標として見上げていた。だから必然
だったのだろう。その目標である彼にとって自分という存在が路傍の石に過ぎないという
事に腹立たしさを覚えるのは。
誓いがあった・・・いくつもの死は誓いの鎖となり自らを縛った
誓いは己のルール。未来の人生における己のあり方を決めた
少年の誓いは力 望んだのは平和を導く力
誰よりも強くなることを求めた少年。だから、彼の視線の先に必ず自分を置くべく研鑽
は重ねられそれは厚く厚く降り積もっていった。
少年は高みにありながら現状に満足していなかった。彼の力となるにはもっと、もっと
さらなる高みに上り詰めなければならない。そうしなければ短命であるこの身に意味はな
い・・・価値がない。
願いがあった・・・この身は彼のため世界のため・・・
終わりの見えた有限の命より男の導く永久の平和を
少年の願いは絆 望んだのはヒトの未来
己より他のため、未来のために力を求めた少年。だから一つでも多く彼の力になって欲
しかった。今はまだ動いてくれるこの体、でも・・・人よりずっと早くこの体は限界を迎
える。それはもう受け入れた事実、確定した未来。
だがそんな未来のない自分でも、未来に残せるものがある。そうであるならきっと自分
の存在にも意味はある・・・自分の存在に意味を感じられる。
そうだ
こんな呪われた境遇を己で最後にしてくれるならきっとこの命にも意味はある
彼は有名だった。オーブの難民として、問題児として、他人とあまり積極的に関わる事
のない自分にも彼の素行の悪さ、暴力的な噂はいくつも届いていた。これでは第一印象以
前の問題だ。彼を知ったのはきっと大多数の他人と変わらないようなそんなことから。
初めて意識して彼を見た時・・・酷く印象的だった。反抗的な雰囲気を纏っていたのも
そうだが、人目をひく外見であったということも大きな要因だろう。彼はコーディネータ
ーでも珍しい紅の瞳だった。
いつの頃からかお互いを気に掛けていたというのに、そのことにお互いに気づく事も無
く、これほど近くにいようとその視線は決して交わることはなかった。
紅き瞳の少年が彼を見つめる感情も明るいものではない。その目に宿るのはけして友好
的なものではありえなかった。
2人の間に横たわるものとは・・・
“ 格が違う 身の程を知れ ”
つまりは、そういうことだ。
持ちうる力の差はいつだって大きな溝となって2人を隔てた。
しかし少年の研鑽は積み重なりいまや山となった。今ならその視線、断じて見上げるだ
けのものではない。
長く厳しい力を蓄える時期は過ぎた・・・冬は終わり芽吹きの時期が始まる
時が満ち力が満ちる。今ようやく出会いは訪れる
それは運命の邂逅
***
日々の膨大な積み重ねが人を変える。少年の目が覚めてから寝るまでの時間はすべて強
くなる事に向けられていた。その甲斐はあった。最も情操を育むであろう時間を差し出し
て少年は確実に変わったのだ。
その変化は今や明確な数字として表れている。体力に、筋力に、学力に、そしてそれら
の総合として順位という数字にもくっきりと表れていた。変化は少年の周りにまで波及す
る。少年に突っかかってくる人間の減少。陰口もなりを潜めた。だが周りの変化にも気付
かぬほどに熱中している少年には些細なことだったのかもしれない。
いつしかパイロットスーツ姿の自分に違和感もなくなっていた。その姿は他人の目にも
板についているといえるものになっていた。時は確実に過ぎる。MSでの計器飛行・緊急
操作・夜間飛行訓練等も時間をかけてこなし、肉体的にも頑強さを増した。いまや積み上
げた時間がプライドとなった。
自身の思い描いていた自分へと確実に近付いている。少年は日々の繰り返しに確かな手
ごたえを感じていた。
「おう、おつかれ。」
コックピットのハッチをあけると同時に整備士の一人がねぎらいの言葉とぬれタオルを
投げてよこす。
「サンキュ。」
シンは飛んできたタオルで早速顔を拭いながらMS飛行記録に目を通す。
「無駄なふかしもほとんどないな・・・あと高速機動時のブレと変な癖がついてないか
のチェックっと・・・」
確認を終えると動きの制限される狭いコックピットから這い出して、そこでようやく伸
びをして一息つく。
「う~、さてと、今日の自主訓練は何にするかな。」
そうしてその日もMSの飛行訓練を終え一日の訓練スケジュールを消化し食堂へと向か
おうとしていた時だった。係員の男がシンに伝言を持ってやってきた。
「シン・アスカ君だね。君に教官から呼び出しがかかっている。疲れているところすま
ないが19:00までにこれに書かれている場所に顔を出してくれ。」
係員が事務的に用件だけを伝えその場を去った後、シンは顎に手を当て思考を巡らせる。
「・・・どれのことだ?」
何らかの叱責? 問題児の名は伊達ではない。正直心当たりはごまんとあった。しか
も・・・しかもだ、今回呼び出しをかけたのがフレッドということも気がかりだった。
普段の2割増しでしかめっ面となったその顔にはこれでもかという程に警戒の色が浮かん
でいる。
「・・・・いくか。」
引きずるかと思われた懊悩は早々に打ち切られた。どうせ考えてもらちが明かないのだ。
出たとこ勝負といこう。
*
生徒がめったに近付く機会のない教員室。その扉は傍若無人なシンをして重々しくみえた。
コンコン
「シンアスカです。呼び出しの件で参りました。」
「入れ。」
慣用句的な短い言葉と共に部屋に踏み込む。敵地に踏み込む、そんな心境・・・だが予
想と裏腹に部屋の中には教官であるフレッドが一人だけ。普段にぎわっているであろう痕
跡がある分だけ余計にガランとした様子だけが際立っていた。
「忙しいところ悪いな。」
「いえ・・・」
努めて考えないようにしているが、顔を合わせればどうしても例の事が頭を満たす。自
分に殺人を迫った時のあの機械のような冷たい目はどうしたって忘れようがなかった。
(ほお・・・)
フレッドは少年が自分を警戒している様子が手に取るようにわかった。だが、それでも
潰されもせず自分らしさを保っている。その事に興味半分感嘆半分、そんな心境となる。
自分も通った道なのだ・・・あの経験から自分らしさをなくさない、それがどんな困難か
身をもって知っていた。
(傷心は無理もない・・それでまだはむかう気概がある、か・・・)
少年の自分を睨みつけるその鋭い眼光こそがフレッドを歓喜させる。顔に出さず内でそ
っと笑い祝福する。
ようこそ“Z.A.F.T”へ Dear シン・アスカ
確かに今の彼なら、自分の手にあるこれを受け取るにふさわしい資格があるだろう。
「今回呼んだ用件は・・・こいつだ。」
教官はカツカツと靴音を響かせ、机の上から封筒を一つ手にとる。
身構えているシンが多少硬さの残る手を差し出すと、それはポンと擬音が鳴りそうなほ
どあっさりと乗せられた。重々しい雰囲気を纏っているフレッドから手渡された割に、今
少年の手に乗っているそれはひどく軽い。
「これは?」
手に乗ったそれは今時珍しい茶封筒であった。
「開いてみろ。」
手際よく封を切り、さっと中身に目を通す。
読み進めるにつれてシンの瞳が険しさを増していく。手に持った紙に皺が入る。そんな
彼から読み取れるものは驚き、そして・・・興奮。
人目にはわからぬほどにシンの体は小刻みに震えた。
その少年の様子を見て教官は背を向ける。
「用件はそれだけだ、もういっていいぞ。」
「はいっ!」
敬礼もそこそこにすぐさま部屋を出ていく。
わずかな時間で静けさを取り戻した部屋に夕日が差し込み壁一面を一色に染め上げる。
「クック・・・」
本人は抑えているつもりであろうが、心底愉快気な笑い声がその口から洩れだす。誰もい
ない部屋ではやけに響いた。
「ック・・・やれやれ、相変わらずわかりやすい奴だ。ありゃ一生直らんな。さておま
えがどこまで食い下がれるか、俺も楽しみに見せてもらうぞ。」
*
ガチャリ・・
「来た・・・」
ドアを閉じたとたんに声が漏れだす。興奮を抑えきれない熱を帯びた声。
・・・ギリ・・・思わず噛みしめた歯が音を立てて軋む。
廊下に出た瞬間、少年はもらったばかりの書類をすぐにポケットにねじり込んでシミュ
レータールームへ向かいひた走った。そうでもしなければこの興奮、おさまりがつきそう
もなかった。
「来た来た来た、ついに来た!」
周りが見えないほどに喜色に富んだ声音。
「うわ!」
違反速度で廊下を駆けるシンとすれ違いぶつかりかけた生徒たちは背中に抗議を投げかけ
てくる・・・が、残念な事に今の彼の耳に入る事はない。
シミュレータールームに駆け込みそのまま小走りで開いているところがないか見まわし
ながら、使用中のシミュレーターの前を通り過ぎていく。いくつも通り過ぎた先にようや
くあいているシミュレーター見つけるや否や、彼は即座に飛び込み、走ってきた勢いもそ
のままに操縦桿へと飛びついた。
少年にまたも転機が訪れたのだ。新たな転機は教官の手から渡される事となった。先程
少年に手渡されたのは、成績上位者のみで行われるMSシミュレーションによる実践想定
型対戦の試合への“招待状”。 そして・・・
そこに記されていた少年の対戦相手こそは
“レイ・ザ・バレル”
この紹介状を介した演習は、同期の中でも特に実力の高いものだけが集められて行われ
るものだ。これに呼ばれるという事がシン・アスカがそこまで力をつけたということの証
明。それだけでも否応なく気分は高ぶった。
そしてさらに興奮を呼ぶ事柄がもう一つ。今回の模擬戦での彼の対戦相手はレイ・ザ・
バレルであるという事。間違いなく現在アカデミー生で最高の実力者。
必ず超えると誓った男。かねてからの目標であり非の打ちどころがない主席最有力候補。
レイの実力は誰より俺がよく知っている。当然だ、自主訓練でもよく顔を合わせ、試験
でも常に俺の上にその名がある。その気はなくとも誰より近くで見てきたのだ。これでわ
からなかったらバカだぜ。
模擬戦の内容はシミュレーターだが、衝撃はそのまま伝わるようになっているらしい。
上等だ。むしろそうでなくては困る。今までの借りをまとめて返すためには! ・・・今
までのレイとの戦績はここでは語りたくない・・・だいたい大事なのはこれからのはずだ。
上位成績者が整列している中、教官が模擬戦の説明をしていく。
その間もチラチラと横目でレイを窺う。奴はいつもの無表情で緊張した様子一つ見せて
いない。“いつも通り”のお上品なすまし顔。シンの内に苛立ちが込み上げる。
(そうかよ・・・眼中にないかよ。)
ミシ・・・本来ならこの拳を叩き込んでやりたいところだ。
(いいさ、すぐにその顔を変えてやる。)
追いつき追い越すために見続けたおまえの背中だが・・・今度はおまえが俺の背中を見ろ!
闘志はすでに臨界。
*
少年から少し視点を離してみればよくわかる。この場ではシンに限らず誰も彼も静かに
息を巻いていた。この一戦は重い。その事実から内に熱がこもる。互いの熱が伝播し、こ
の場には静かな闘気が渦を成す。そのためここには第三者がおいそれと踏み込むことので
きない雰囲気があった。
この場に整列しているものは、紹介を得るに足る実力者、将来を嘱望された精鋭。少年
少女達が今まで積み上げてきた時間、そして積み上がった意地とプライドがぶつかり合う。
いくつかの試合が行われる。どれもこれもが模範的であり、この場に立つことを許され
たことに納得のいくハイレベルなものであった。目を凝らせば、それらの試合は学ぶもの
に溢れている。シンも自らの出番が訪れるまで研鑽は続いていた。今現在においても、そ
の脳裏にはいくつもの対応策が浮かんでは消えていた。
そしておそらくそれはレイにおいても変わらない。それだけの貪欲さがなければトップ
の維持などかなわない。ここはそんな規格外どもの巣窟なのだ。
プ――――――――――
甲高い音を立てモニターの一つが暗転する。また一つの試合が終わったようだ。
ガタッ
少年が立ち上がると共に長椅子が乾いた音をたて己の戦場へ向かう少年を見送る。
「叩き潰してやる。」
「出番か。」
離れた場所で対称的な声があがった。
***
シンは密閉型シミュレーターに入りシートに腰をかけると、すぐに自分の体に合わせて
位置を調整しはじめる。固定金具がガチャガチャと何度も音を立てる。どうやらいつもよ
り神経質になっているようだ。その作業は何度も修正を繰り返す事となった。
・・・・・・スー、ハー・・・・スー、ハー・・・・スー、ハー・・・・・・・
いつもより時間をかけようやく調整がすむと、シンは呼吸を整えコンセントレーション
を高めていく。対戦相手は現訓練生最強を誇るレイ・ザ・バレルなのだ。一瞬でも気を抜
き油断しようものなら次の瞬間には無様な姿をさらすことになる。
スピーカーより教官の指示が聞こえてくる。画面上に様々なステータスが表示される。
使用される機体は慣れ親しんだプロトジンの完成形“ZGMF-1017ジン”
シミュレーターの中が一瞬暗転しステージとなる舞台が現れる。シンは舞台がコロニー
内にある山林部というシチュエーションを確認するなり、すぐさまとれる機動、戦法、使
用できる武器等に思考を切り替えた。
そして選んだ戦法に合わせて武器を選択する。
シンが選択した得物は“MMI-M8A3 76mm重突撃機銃”、グレネード
そして
対装甲用の大型の剣。マイウス・アーセナリー社の持つ優れた分子加工技術によって高い
切断能力を誇る“重斬刀”。
(こいつが今回の戦闘の要だ。)
ジンの装備としてはオーソドックスなものを選択し画面は移り変わる。
機体の状況はオールグリーン。
「よし、いつでも行ける。」
*
スクリーンにスタートの文字が浮かび消える。
シンは景色が現れるなりすぐさま行動を開始した。
MSは人型でありながら人には備わっていない機関を稼働しその巨体を宙へと運ぶ。人
を縛る様々なもの、その中の一つである重力の束縛に逆らい空を駆ける。
その感覚に浸り空の散歩を楽しみたいところだが、レイはおそらくハンターのように虎
視眈々と狙いを定めていることだろう。
ならば彼には少年が小鳥などでなくハンターさえ脅かす猛禽であったと教えてやらなく
てはならない。
―これは狩る者、狩られる者が簡単に入れ替わる危険極まりないゲーム―
空の優位性は今更語るまでもない。だからシンも訓練において多くの割合を空へと割い
てきた。
だから自信はあった・・・制空権を奪い優位に戦闘を開始するだけの自信が・・・
目はレーダー、周りの景色共々抜かりなく捉えていた。そこに油断はない。
それなのに・・・衝撃はあまりに突然に訪れた。
ガァァアァァァァン――脳天まで痺れるような震動が――
わけもわからぬまま突然に視界がシェイクされた。
「がっ!!」
間をおかず胃が不快感を訴える。それは浮遊時、無重力時に起こる、あの落下する感覚。
(何が起きた!?)
警戒は万全であった分だけ余計に混乱を招いた。だが!それでも訓練で何度も撃墜された
経験が現在の状況を正しく認識する。
“原因は不明だが、自分は今墜落している”
そう認識すると同時にシンはあれこれ考えるより先にペダルを操作し機体を立て直しに
かかる。揺れる視界の中で己の状態を示すステータス画面が偶然目に入る。左のショルダ
ーアーマーが完全に吹き飛んでいた。
(なぜ?!)
思考が疑問で埋め尽くされる
だが息つく暇など与えていないとばかりにコクピット内にターゲッティングされたこと
を知らせるアラームが鳴り響く!
「くそう、なら!」
シンは瞬時に反応しペダルを踏み込み操縦桿を倒す。機体がその指令を忠実にあらわし機
首が落ちくぼみ“下方へ”と加速する!
機体が沈み込んだその瞬間、空気を裂いて弾丸が通り過ぎる。
ゾワッ
首筋を死がかすめた感触に冷や汗が浮かぶ。
だが
「見つけた・・」
シンの優れた動体視力は今の弾道を読み切り、そこからレイの位置を予測する事に成功し
ていた。その眼は、巧みにブッシュの中に紛れ込んでいるジンを捉えている。
敵機見つけたことによりわずかながらも思考に余裕が生まれる。今までの高度な訓練に
より形成された戦闘思考回路がすぐさま状況を分析し始める。
(この一連の状況・・・アラートがなかった・・・レイは正確に狙いをつけられる代わ
りに敵に感知されるロックオン機能使わなかった? なら、手動で狙いをつけ・・・その
上で命中させた?)
・・・!!!
(この距離を補助機能なしで狙撃?!!)
その事実に思い至り全身が総毛立つ。口でいえばただの一言、だがMSでそれを実行する
のがどれほどの至難の技か。銃の訓練、MSの訓練をしてきた経験がその脅威を告げる。
「・・化け物かよ。」
この一言こそレイを表す全てに違いない。
*
ガシャン
スナイパーライフルの薬莢をイジェクトし新たな弾頭へと入れ替える。
「はずした・・・違うな、かわしたか。」
レイはこのわずかな戦闘時間だけで、もっと詳細に言えば今の交差だけでかたをつける
自信があった。
決してシンを甘く見ているわけではない。事実、相当の実力者でも今の状況からでは逃
れようがなかったはずだ。
だが、確実にしとめられたはずの万全を期した2発目の弾丸
「あそこからパワーダイブ・・・下、とはな。」
ジンの照準性能では追い切れなかった。上に逃げようとしていればそれで終わっていた。
空中における瞬間的な機動を行う場合、確かに一番早いのは重力が働く下だ。
しかし
「それが墜落していく人間のとっさにとる取る軌道か? ・・・どういう精神構造をし
ている?」
お前はどんな人間だ? シン・アスカ
ファーストコンタクトは互いに驚愕をもたらしていた。