シロ ◆lxPQLMa/5c_00話前編

Last-modified: 2008-06-11 (水) 12:21:46

月の裏側レクイエムの近辺で2体の巨人が激しくぶつかり合う。大剣と大盾がしのぎを削り、蹴りと蹴りが激突し、光がはじけその身を喰い合う。
力を、より強大な力を求め続けてきた人類が生み出した、人類が辿り着いた力。人が求めた強靭な体、力という概念が導いた一つの形、一つの答え。
その未曽有の力がせめぎ合う。

 

「おまえは本当は何が欲しかったんだ!お前が本当に欲しかったのはそんな力か!」

 

2体の巨人のうち一体が問いかける。その機体は鋭角的なシルエットで特徴的な大盾を備えている。問いかけは正義を冠した機体インフィニットジャスティスを駆るアスラン・ザラより発せられた。

 

 対峙しているもう1体の巨人はジャスティスとは趣が違ってどこか禍々しさを感じさせる巨大な深紅の翼が特徴的だった。そしてもうひとつ人の目を引くのはそのフェイスだろう。なぜならその頬に走る紅の軌跡はまるで・・・涙のようだったから。

 

 発せられた問いを受けた紅き翼の機体は考え込むように動きを止めた。

 

その問いには意味などなかったのかもしれない。だがこの一言でパイロットの意識は過去へと飛ぶ。そこは暖かくて優しい世界・・・。
子供の視点でみた狭い世界、けどそこにはたくさんの笑顔があった。優しい両親、守るべき大切な妹、学校で騒ぐ友達、いつでも見守ってくれた先生、自分だけの秘密の基地、宝物で飾った部屋、帰りに必ず寄ったお店、見慣れたほっとする街並み、世界はいつだって輝いていた。

 

朝の恋人ベットの中でまどろむ。満場一致で最高の瞬間だろう。だがお約束だろうか?いるのだ、必ず・・この貴重な時間を奪おうという心ない悪魔が。

 

「お兄ちゃーん!!」
なんで朝からそんなテンション高いんだ、溜息がこぼれる、でもその表情はどこか緩んでいることに自分でも気付いていなかった。
 勢いよく扉が開いて蒲団がゆすられる、「起きてー起きてー」と楽しげな声が耳朶を打つ。いつもよりどこかうれしそうな声につい目を開けてみると、そこには白いブラウスと赤いチェックのスカート、黒いハイソックスをはいたマユが見える。なるほどと納得がいった。つまり昨日買ってきたばかりの服を着てご機嫌ということか、我ながらなかなかの洞察力。

 

 俺が起きたのを見てマユは嬉しそうに「見て見て」と一回転してみせる。どうやら評価が気になるようだ。評価なんて決まりきっている、マユに似合わない服なんてあるわけないだろう、むしろ似合わない服の方が悪い。そう伝えると少し頬を染め「えへへー」と、うれしそうにほほ笑んだ。

 

どうやら一番最初に俺に見せに来たらしい。父さんはそういうおいしい役割は父親じゃないのか、パパ大好きーの野望がなどぶつぶつと不穏な単語が聞こえてきたところで母さんに頭をはたかれていた。その役割は渡せないな!まさにこの親にしてこの子あり。理想的な関係ですね。本当にありがとうございました。

 

 行ってらっしゃい、母さんの声を受けて並んで学校まで歩きだす。俺はこの時間が結構好きだった、マユと昨日見たテレビや学校での出来事を話しながら歩いていると、マユの友達が合流する。ちなみに俺の友達は家の方向が違うので会うことはない。
たわいもない話が続いて小学校の前で別れる。そして俺は俺のクラスに向かうわけだがこんな所を見られたら絶対からかいの対象になっていただろう。ふう、知り合いが近くにいなくて本当に良かった。

 

 学校に着くとおれに不名誉なあだ名が付いていた。・・・あの野郎! それがどんなあだ名だったのかは封印されることとなる、おもに腕力で。これが世にいうシス○ン大暴走の乱である。

 

 昼休みにはドッジボール!男なら当然の選択だ。強烈な一撃をあの野郎にお見舞いしてやる。もしくはサッカーで。雨の日は教室でボードゲーム、落書き、テレビゲームの情報交換。そうじゃなきゃ体育館で鬼ごっこ、たまに範囲が学校中に広がってみんなそろって怒られた。一人うまく逃れたあいつには後でみんなからの制裁をくれてやる!ありがとうと言え。

 

 帰り道では友達とばか騒ぎをしながら帰る。あれ食ったことあるか?世界で一番うまいぜ。なんて信憑性の低い情報だ。だが残念だったな、俺とマユが一緒に作ったクッキーの方がはるかにうまい。お前には一生食わせてなどやらんがな。
話の内容は学校の授業から今すれ違った青年の頭皮があやしい、カツラではないのか?お気の毒ー。そんなどうでもいいようなことにまで及ぶ。ぴくりと青年の肩が動いた気がした。気のせい・・・だよな。そんなこんなでまた遊ぶ約束をして別れた。

 

 家に帰りついてからは夕飯を作る。母さんと父さんはたまに忙しくて間に合わない時があるから、自分たちで作る習慣が身についていた。最初はひどいものだった、焦げついたスクランブルエッグ、卵焼きのはずだったのだが・・・。焼ける音が怖くて焦がしてしまったお肉。
帰ってきた母さんと父さんがとても驚いていた。怒られるかと思ったけど、けがをしてないか聞かれきちんと作り方を教えてくれるって約束をした。母さんの指導の元、マユと一緒に料理の練習が始まった。

 

 なんでも試行錯誤した。これ入れたほうがおいしいんじゃない?妹が指さしたのはなぜかおいてあるタバスコだった。知らないってなんて怖いんだ。確かに料理よっては必要だろう。でも今作ってるのはケーキですよ!まあタバスコ入りのケーキなら例の友人にくれてやってもいいだろう。

 

 いろいろあったが料理においては俺とマユはライバルだ!料理おいては実力が拮抗している、いや認めたくはないがわずかながらマユの方が上なため、他の事のように手加減してやるなんていう精神的余裕はない。マユは負けるのが嫌いなようだが俺だってそうそう負けたくはない。
そんな俺に「えっへん」と胸を張りながら余裕の笑みを浮かべてくるマユに俺の対抗心は燃えた!暗闇のなかあたりに雷が乱れ飛ぶ。そして高い丘から腕を組み挑発的な笑みを浮かべるマユと、コック帽をかぶり片手にフライパンもう片方の手にお玉をもちマユを見上げ立ち向かう俺がいる。何かそんな感じ。

 

また明日が来る。そう明日が・・・。

 

 あの頃俺には欠けてるものなんてなかった。毎日おいしいご飯を作ってくれる母さんがいて父さんはよくテレビを見てどこかに遊びに行こうと提案してくる。妹のマユはまだちっちゃくて泣き虫のくせに意地っぱりなところがあって、早起きでもクッキー作りでも何でも張り合ってくるんだ。料理方面は負け越してたけど・・・全体的な戦績は7:3、お兄ちゃんの威厳ってやつを見せてやらないとな。大人気ないなんて言わせない!

 

 そんな毎日の中、大事件が起こった。マユが川で溺れたのだ。その時自分は助けてという声に応えてやれない叫ぶだけの役立たずで、妹が助かった後も悔しさと情けなさで泣いたのを覚えている。このとき一つの誓いを立てたんだ。マユは俺が守ってやる!溺れてたって今度は俺が助けてみせる。次の日すぐにスイミングに通い始めた、役立たずのままでなんかいられなかったしいたくなかった。だって俺はお兄ちゃんなんだから。

 

 ある休日マユが携帯をねだっていた。カタログを見せてもらうとそれはいかにも女の子が好みそうなデザインのかわいらしいものだった。父さんは人気取りのためか賛成のようだが、母さんは何やら思案顔だ。
俺は携帯電話の必要性を特に感じてはいなかったけど話を聞いてみるとマユにはきちんとした理由があるらしい。それが何なのかという事は教えてくれなかったけど、その表情はしっかりとしたものだった。その熱心さに母さんも最後には折れたようで晴れてマユの手にはピンクの携帯が握られることとなる。

 

 携帯を手に入れてからのマユは熱心だった、「説明書が読めなーい」とよくおれの元に駆け込んできた、だから二人で使い方を覚えていった。その携帯はだんだんと俺にも愛着の湧くものとなっていった。
使い方をマスターするとマユは早速その携帯で家族みんなの写真を撮っていった、家族の顔なんて見慣れてるだろ違うもの撮ったら?と俺が言うと、マユは「いいんだもん」と口をとがらせて顔をそむけた。不思議なことに俺に携帯を持たせ自分の姿も写すこともした。なんでだろ?

 

 そんな毎日。戦争なんて現実感のあるものじゃなくてテレビで見て大変だなと思っても次の日には忘れている、自分とは一生関係のない遠い世界の話だった。そう、関係ないはずだったのに。

 

 運命の幕が開いたあの日。自分にとっての地獄が始まったあの日。はじめて戦争に触れたあの日。すべてを奪われた・・・あの日。その洗礼はあまりにも苛烈だった。

 

 何が起こったのかなんて理解できるわけがなかった。だってさっきまで平和でみんないつもの笑顔で・・・。世界が表情を変えた。山が崩れ炎が辺りを包んだのをみた。瓦礫に半ばまで埋まって内臓がはみ出している死体、いまだ音を立てて蒸気を噴き上げている穴の中で焼け焦げて炭化している死体、モズの早贄のように木に突き刺さっている死体、頭のない死体・・・。

 

死体死体死体たくさんの死体をみた。汗が噴き出る。思考が鈍る、今俺はどこにいるんだ?オーブは平和の国なのに・・・。違う方向を見てみるとまたも死体が転がっている。死体があるのは仕方がない、でもなんで?なんでその中に・・・!!。俺の視界に亀裂が走る、心がひび割れる、「あ、ああぁ」知らず声が漏れだしていた。

 

心を守るため一部の機能が凍結され意識をそらす。見ていない俺は父さん、母さんだったものなんて見ていない。変わり果てた姿なんて見ていない。あんなの嘘だ。だって母さんはあったかくて父さんはあんなに力強かった。だから、だから・・・大丈・・夫。

 

日常の象徴が壊され非日常が悪意に満ちた笑顔でこんにちはと俺に囁いた。呼吸が乱れる。のどが渇く。こんなに熱いのに体の震えが止まらないよ。そうだマユ!、マユはどこ?早く助けなくちゃ、いつもみたいにきっと泣きながらお兄ちゃんって呼んでるはずだから。俺はあのころとは違うんだ。一人で泣かせたりなんかしない。一緒に、一緒にいるから!

 

歩き始める、狂気うず巻く戦場のさなか、体をあぶる炎の熱気、あたりを飛び交う光条、爆音、銃声、そして肉の・・やける匂いそのすべてが少年をガリガリと削っていった。

 

見るな、見るな、見てはいけない、見てしまったら何かが決定的な何かが終わってしまう。終わりになんてしたくない。まだこれから、これから楽しいことがたくさんあるんだ。海に行こう、山はしばらくは無理かな、でもきれいな街を見に行こう、おいしいものを食べよう、いつもの夕焼けを見よう。“二人”ならきっと何だって楽しい。思考の端に浮かんだ人数の違和感には気付けない・・・気づいてはいけない。

 

・・・??腕?・・・・・・・・・!!!

 

―――見慣れた腕があった・・・。やめろ!

 

―――一緒にクッキーを作った手。いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

―――歩くとき一緒につないだ手。やめろ!違う違うだからやめてやめてやめて・・・・・・やめて・・くれ・・。

 

―――ほっぺをつねりあった手。可愛い妹の手・・・・・・・・・・・だけ。

 

「俺がマユを守るんだ」「俺はお兄ちゃんなんだから」。おれはお兄・・ちゃん・なん・・だから・・・・・。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 獣のようないやそれすら例えにならない魂の慟哭。戦場の音さえもかき消すかのごとき慟哭!ダムが決壊するように感情が破裂する。そして感情と反比例するように体は力を失い、懺悔しひざまずく人間のようにその腕の前に崩れ落ちる。

 

 幼い・・幼くも尊い何よりも優先するべき大切な・・大切な少年の誓いはその色を紅く染め上げ炎にのまれ消えた。

 

泣きわめく悲鳴が聞こえた、うるさい、怒号が響き渡った、うるさい、咆哮が聞こえる、うるさい。それはとても近くから聞こえてくる、気付いてみればそれは自分の腹から喉から口から声をからさんばかりにあふれ出していた。無意識に見上げた空に空の青よりなお蒼い、雲の白よりなお白い天使を思わせる巨人がいた。

 

携帯を拾った時にけがをしたのだろう。額の左の方から血が流れてくる、それが目に入ったがぬぐう気になどならなかった。涙が流れる、ぬぐう気になどならなかった。左目を真っ赤に染め上げ血の混じった涙が流れ落ちる、そして右目の涙は戦場の炎を映す。
どんな偶然か家族を友を故郷を焼いた炎が翼のように広がり少年を飾り立てる。一枚の絵画のような凄絶なその姿はまるで・・・・・・。
憎いこの紅い世界は少年の感情とは逆に、いま慟哭という名の産声を上げ新たに生まれおちた少年を祝福しているかのようだった。炎と黒煙が世界を包み、シンの視界は血の紅に染まって赤い赤い風景が焼きごてを押し付けられたかの如く心に焼きついていく。

 

その日世界は輝きを失った。

 

 あの日少年シン・アスカの心は時を止めた。仕方のない心の防衛反応だ。あの体験は少年の許容値等あっさりパンクさせ、無垢な心には消えることのないトラウマを刻みこんだ。血と喪失が少年をさいなむ。

 

 すべての騒ぎが収まった後、町に戻り始める人に交じって自分の家にかえった、いや正確には家のあった場所に行った。
 本当にここなのか?庭に足を踏み入れる。確かに自分の家だ。だって、だって壊れた宝物の一つがそこに転がっているのだから。
 割れたガラス、折れた柱、崩れ落ちた屋根。雨や風、辛いことからいつも守ってくれていた暖かい家。帰るべき場所。

毎日ここで眠った、毎日ここでご飯を食べた、毎日ここで家族の団欒を楽しんだ。毎日ここでマユとおしゃべりをした。かくれんぼをした、二人で?二人でだって楽しかったさ。トランプで遊んだ。ばれないようにやる手かげんにはなかなかテクニックがいるのだ。縄跳びを教えた、初めて飛べたときの喜びようは今だってその時のまま思い出せる。毎日、毎日ここで・・・・・・・。涙が・・止まらなかった。止まりそうもなかった。

 

 秘密の基地は姿を消した、もう誰の中にもない俺だけの秘密の基地。マユに教えてあげればよかったかな、あんなに知りたがってほっぺを膨らませていたのに。

 

 ぽつぽつと人がいるがみんな悲しんでいるのがわかる。俺は歩き続ける。あの公園、よく集まって鬼ごっこしたよな。その思いに応えるように傾いたブランコだけがキィと悲しげに音を鳴らした。
よく遊びに行って漫画の話で盛り上がった友達の家も一階部分が崩れて隣の家に寄りかかるようになっていた。しばらく待ったが友達の家族は結局戻っては来なかった。
あのお店のアイスをマユによくねだられたな。俺も好きだったから二つ買って行儀が悪いと言いながら、父さん母さんには内緒だねと歩きながら食べたよな。もっと味わっておけばよかった。
噂のお化け屋敷のお化けも爆弾にはかなわないのかな、そんなバカな考えが浮かぶ。そして知っている人間にはついに会うことはできなかった。一人・・・一人ぼっち・・・。

 

 今まで過ごしてきたおれの世界が消えた。今ほんの少し残っている街並みも再建のために消えていくだろうことは俺にだってわかる。俺の知ってる人、知ってる家、知ってるもの全部が消える。俺は今までの人生を失った。

 

 気がつけばいつの間にかトダカさんの元へ戻っていた。空っぽだった。あまりに激しすぎる感情の波が一度去った後はもう何も考えたくなかった。でもそんな空っぽになった心にあの巨人がふと浮かびあがりなんとなくトダカさんに聞いてみた。

 

「ああ、あの機体はオーブを“ま”“も”“る”ために戦ってくれたフリーダムという機体だよ。」

 

 ドクン、心臓が激しく脈打った。今までどんな激しい運動をしても今ほど強く高鳴ったことはないだろう。そして心臓の脈動と共に体が猛烈に熱を帯びる中、思考だけが加速していく。
 今何と言った。まもる? まもる?? “ま”“も”“る”だと!!! “ま”“も”“る”と言ったのか!!!!守るために現れたというならなんで、なんでなんで、なんでなんでなんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!!!!
何でおれの家族を“こ”“ろ”“し”“た”!!!!!
 あまりの怒りに目に涙がにじむ。怒りのあまり視界が消える。そして浮かんだのはあの青と白の機体。おまえが、おまえが、おまえがーーーーー!!!
 

 

 悲しみが姿を変える。失ったものに比例するように激しい激しい狂おしいほどの怒りが憎しみがシンの体を駆け巡り思考を支配する。
まだ幼い少年が豹変しこれほどの激情をみせるなどまるで予想外であった。トダカは知らなかった・・・あれが少年の家族を消し飛ばしたなどと。
負の激情がシンをよみがえらせた。それが良かったのか悪かったのかはトダカにも判断できなかった。

 

 力、力、力が欲しい。剣が欲しい、銃が欲しい、MSが欲しい。どんな障害も薙ぎ払える○○を守れるだけの力が欲しい。力があれば守れたんだ、父さんも母さんもマユも友達も近所のみんなも家も学校も街もすべて。炎へ消えたはずの誓いがシンを動かす。守りたい“物は”“者は”はもうない。しかし取り戻せるわけではないと知りながら力を求めずにはいられなかった。

 

 心はその感情の発露によりある歪な形で動き始めた。それは極端なまでの力への欲求・渇望、当然一般的な少年が持つような強さへの憧れなどではない。もともとの一途な性格も手伝って、豊かな感情のすべてを端に追いやってシンのすべてが力を求めて動き始めた。
 弱い自分なんていらない、肝心な時に役に立たない弱い自分になど価値なんてない。だから弱気な考えを殺した、シンは弱い自分を殺した、そしてこれからも無力な自分を殺し続ける。弱いままでなどいられなかったしいたくもなかった。

 

 世界が変わり少年もまた変わっていく、音を立てて変わっていく。強い強すぎる想いに思考が体が周りのすべてが引きずられていく。
 誰かが言った、想いだけでも力だけでもダメ。両方が必要と。だがその力はどこから来るのだろう、きっとすべての始まりは想い一つだけだった。そして今膨大な熱を宿した想いが一つ。
 もう止めることなどできない。これはすでに紡がれてしまった物語。弱い自分は罪だった。紅い思い出がシンを縛り付け決定づける、縛りつける思い出はまるで灼熱の鎖。縛り付けなおも身を焦がす。

 

 怒りに震えるシン、それでもそんな状態でもそれだけは優しく握られた携帯電話。今はまだ気付かない、マユが携帯で家族を写していたその理由に。
 写真を保管しているフォルダには一文たった一文だけが記されていた・・・。

 

「携帯の中でも一緒だよ」

 

 少女が抱いたったひとつの願いその一言が。絆を何より大切にしていた少女の願い。今はまだ知らない方がいい、きっと壊れてしまうから・・・。