ジャスティス! 氏_「超MS戦士ジャスティス」…の最期

Last-modified: 2009-07-24 (金) 02:39:44
 

♪あかいーそうこーうー せいぎのーしーるしー
♪へいわをあいする アースランがー
♪レーッドぐんだん ぶったぎるぞー

 

 日曜のゴールデンタイム、プラントにおいてここ3ヶ月でお馴染みとなった歌が流れ出す。
『待て! 貴様ら!』
 画面の中、崖の上からアスランが登場。
『これ以上、おまえ達の好きにはさせないぞ、エンプレス=レッドフリッツに暗黒騎士レッドアイ!!』
 ババッとポーズを決め、下にいる男女を指さす。
『来たわね、アスラン。いえ、戦士ジャスティス!』
『今日こそはおまえを倒してやる!』
 ウェストの露出した際どい衣装のルナマリアが歪な錫杖を掲げ、
 黒ずくめのプレートアーマーを着込んだ男が長剣を振りかざす。
 名前通り、ルナマリアの頭飾りにはピョンと飛び出たアホ毛が揺れ、
 騎士のフルヘルムに開いた大きめのスリットから赤い瞳が画面越しにも確認できる。
『行くぞ! ジャスティス!!』
 崖上からアスランがジャンプすると赤いMSが現れ、コクピットハッチを開くと彼を中へと吸い込んだ。
 表面にこれでもかと装飾が施された∞ジャスティスだった。
『暗黒より来たれ! ブラックドゥーム!』
 黒騎士の叫びと共に、真っ黒に塗られて禍々しいシルエットに改造されたデスティニーが現れる。
『くたばれ! ドゥームブレード!』
『ジャスティスシールド!』
 黒いアロンダイトが振られ、ジャスティスがシールドで受け止めてスパークが画面を走った。

 

 プラント評議会推薦番組「超MS戦士ジャスティス」
「未来の自由と正義、平和は子供達の物ですわ。
 ですから子供達がそれを自ら望むよう教育できる番組を作りましょう」
 そんなラクス・クライン評議会議長の一声で企画されたこの番組。
 ZAFTの協力を得ての本格的戦闘シーンと、プラントで知らない者のないアスランの知名度もあり、
 子供達だけでなくマニアや世のお母様方にも好評だ。

 

『ジャスティスソード!』
『グワーー!!』
『キャーーー!』
 派手な必殺技で、派手にやられるブラックドゥーム(デスティニー)。子供達に人気のシーンだ。
 そして爆風に捲られないように必死に短いスカートを押さえる
 エンプレス=レッドフリッツことルナマリア。大きなお友達から絶大な支持を得ているシーンだ。
『今度こそ倒してやるからな!』
『おぼえときなさいよー!』
『何度でも来い! 正義こそ極上だ!!』
悪役2人の捨てぜりふとアスランの決めぜりふで番組が終わる。放送開始以来、視聴率も上々だ。

 
 

「や~ってらんないわよ!!」
「全くだ!!」
 ここはプラント内のとあるレストラン。それなりの格式があるところである。
 その中ほどのテーブルに、酔っぱらってくだを巻く一組の男女がいた。
「ぬゎ~にが、『ジャスティス』よ! 凸っぱげのくせに!」
「ルナの言うとおりだ、正義なんてくそっくらえだ!」
「おぉ~~! シン、もっと言っちゃえ~!」
 テーブルにあるワイン瓶の中身は半分ほどしか減っていないのだが酒に弱いのだろう、
 2人とも体がグラグラとしている。
「黒騎士がなんだー! 撮影の度にガキに石投げられんだぞー!」
「あんたなんか~、それぐらいでいいじゃないの~!。
 あたしなんか子供に『エロミニスカ』なんて言われてんだから~!」
 グイとルナがグラスをあおる。
「世のお母様方にはね~、雑誌であんたの顔見たってファンレター送ってくんのがいんのよ!!」
 いらついたように空になったグラスを放り出し、ワインをラッパ飲みしようと瓶に手を伸ばしたが、
 シンにかすめ取られた。
「中身知らないからそんなこと言えるんだよ! 
 『今日も見事な負けっぷり、胸がスッとしました』
 とか書いてあんののどこがファンレターだ!!」
 ガチャガチャと騒がしい音を立てながらグラスにワインを注ぐシン。
 テーブルに突っ伏したままうめくルナ。
 常連とはいえ騒がしいこの2人に、レストランの支配人もそろそろ退去願おうと
 テーブルに向かって歩き出したところで、横から伸ばされた女性の手に止められる。

 

「そんなに正義ごっこがやりたきゃ、大事な親友とやれば良いんだ!」
「そうだそうだ~!」
「だいたいラクス・クラインがあんな事言い出さなきゃ──」
「シン・アスカにルナマリア・ホーク」
 横合いからかけられた声に二組の酔眼が向けられる。
「あらあら、こんなに酔っぱらって」
「え、あ、ちょっと!? ロミナさん!」
 ハンカチを取り出してシンの口周りを拭き始めるロミナ・アマルフィ。
「これぐらいでこの様とは情けない」
「あによ~、アイリーンさんに関係ないでしょ~」
 ワインを一瞥し、ルナマリアの顔と見比べて首を振るアイリーン・カナーバ。
 その手にはウォッカとラム酒の瓶が握られている。

 

 2人は「超MS戦士ジャスティス」の作曲担当と設定担当としてシン、ルナマリアとも面識があった。
 番組に関わるようになったのは、4人がラクスの意向に迎合したからではない。
 シンとルナはザフトの赤服という立場上嫌々ながら。
 ロミナとアイリーンはラクス直々の依頼であるに加えて、
 他のスタッフがあまりにもラクスのイエスマンでありすぎるのを見かねて。

 

──であったのだが……。

 

「もう嫌なんですよ、毎週毎週凸に負けて……。オマケにガキンチョには後ろ指さされるんすよ──」
「そうよねぇ、たまに勝ちそうになるとトラブルで負けることになるしねぇ。
 全身黒ずくめで格好いいのに人気無いのは変だわぁ。
 せっかくシン君用に作った曲も変な風に使われて──」
「『ミニスカ』とか『アホ毛』とか『女王様』とか別に良いわよ? 見たまんまだし。
 だけど何でみんな『エロ』を付けるのよ!?」
「……」
 グチグチと不満を口にするシンとルナマリア。
 半ベソのシンをロミナが慰め、イライラとした口調で話すルナの言葉を、
 アイリーンはウォッカを瓶から直接飲みながら聞き流す。
「ちょっと、アイリーンさん、聞いてんですか~!?」
 そのアイリーンの態度が気に入らなかったのだろう、ルナマリアがその酔眼で睨みつける。

 

 ウォッカに続いてラム酒の瓶を傾けたアイリーンが、ルナのあごを掴み唇を奪った。

 

「――キュゥ」
「ルナ? おい、ルナ! ルナ!」
 アルコール度数の高い酒をチャンポンで流し込まれたルナマリアが目を回してテーブルへと突っ伏す。
 それを見下ろしながら、仁王立ちのアイリーンがシンのあごをクイッと持ち上げた。
「君たちの不満はよくわかった。ザラの馬鹿息子に思い知らせたいか?」
「あ、ああ」
「番組ごとだが良いのか?」
「あんな番組、くそ食らえだ!」
 酔眼のままではあるが、シンがはっきりと言う。
 それを確認してアイリーンがニヤリと笑った。

 

「ならば――」

 
 

 翌日の朝、シンは自室のベッドで目を覚ました。
 昨夜はあれからロミナとアイリーンにしこたま飲まされ、レストランを出るあたりから記憶がない。
「あ……」
 枕元の目覚ましは10時を過ぎている。
 確か今日の撮影は10時半からだが、隣のコロニーで行うから、急いで行っても間に合うかどうか――。
「やばっ! !!?」
 布団をはねのけベッドから飛び降りた瞬間、二日酔いの頭痛が襲ってくる。
 ちょっとだけ床の上で悶えた後、シンは身支度もそこそこに自宅を飛び出した。
 遅刻したら主役様にどんな嫌みを言われるか。想像しただけで腹立たしかった。

 

「……」
 一方、シンが飛び出ていったベッドから緑の髪が出てくる。
 ロミナ・アマルフィはシーツだけをまとった扇情的な格好でつぶやいた。
「あらぁ、既成事実を作り損ねたわぁ……」
「全くだ。あの程度でつぶれるとは」
 さらにその隣からアイリーン・カナーバも出てくるがこちらも似たような姿だ。
「事実がなくとも朝チュンで何とかなると思ったが……」
「気づかないんじゃねぇ」

 
 

 シン達の間でそんなことがあった一月後、アスランは自宅で食事をとろうとしていた。
「はーい、お待たせでーす」
「……」
 彼の前には赤くて白くてトロリとした料理。
 料理を作ったのはメイリン。ドラマ撮影で自炊がままならないアスランのために、
 かなり前から彼女がアスラン邸に出入りして炊事洗濯をしているのだ。
「残さず食べてくださいね」
「……」
 いつもと変わらぬ満面のメイリンの笑顔に、これもいつもと変わらぬ
 苦虫を噛み潰したようなアスランの顔。

 

「いただきまーす」
「なあ、メイリン」
「うん、今日もちゃんとできた」
「なんで麻婆豆腐だけなんだよ?」
「おいしい、おいしい」
「聞けよ! なんで毎日麻婆豆腐しか作らないんだ!?」
「……」
 メイリンの箸が止まる。

 

「えっと、その……、イソフラボンとカプサイシンが良いって聞いたから……」
「なんにだよ!?」
 アスランの剣幕におびえるメイリン。その視線がちらりとアスランの目からはずれて上へと動く。
「そのー……」
「言うな!! っていうかそんなことを誰にきいたんだ!?」
「それは……」
 戸惑いがちなメイリンをアスランがグッとにらむ。
「……お姉ちゃんとシンがね――」
「シン!? 本当か!?」
 シン・アスカ。かつての部下。先の戦争で自分に負けたパイロット。
 今はTV番組で自分のやられ役を演じている。
 ということは、自分を恨んでいても不思議はないわけで……。
 そんな人物が親切にも自分の悩みを解消するためにアドバイスをしてくれた?
 馬鹿な、あいつがそんな人類愛にあふれた性格などしてるはずがない。
 直情的で単純なシンなら、嫌みの一言や嫌がらせを直接してくるはずだ――。

 

「その、シンがキラさんから教えてもらったんだって」

 

 キラ? キラなのか!?
 キラなら自分に嫌がらせをするはずがない。本当に自分のことを考えてのことだろう。
 そうだ、キラの言うことなら信じられる。直接言ってこなかったのも奥ゆかしいキラらしいじゃないか。
 きっとシンと自分の中が良くないことを見越して、これをきっかけに関係改善を願ってのことだろう。
 ああ、間違いない。

 

 最高のコーディネイトを施されたアスラン・ザラの致命的な欠点。
 それは「キラ・ヤマト」の一言でまともな思考を放り出し、都合の良い解釈にねじ曲げることだった。

 

「ふ、ふふふふ」
「あの……アスランさん?」
「メイリン! おかわりだ! これから毎日3食全部を麻婆豆腐――いや、キラ麻婆と呼ぼう、
 キラの期待に応えるためにも、俺はキラ麻婆だけを食べる!」
「……はぁ」
 躁鬱病かと思えるアスランの変わりように、今後の付き合いを見直すことを
 メイリンは内心考えはじめていた。

 
 

「シーン21、テイク18……よーい、カット!」
「待て! エンプレス=レッドフリッツ!」
 崖の上に現れ、アスランがポーズをとったところで風が吹き上がる。
「カット! カット! カットォーー!!」
 監督の怒声にスタッフからため息が漏れた。同時にヘアメイクに視線が集まり、彼女が力無く首を振る。
「おい、CG班なんとかならんか!?」
「無理です!」
 悲鳴のような特殊効果スタッフの返事。
 風を打ち消そうと大型送風機を操作していた大道具係も両手で×をつくった。
「ちきしょう! もうどうしようもねえ!!」
 監督がメガホンを地面にたたきつけるのを、全スタッフがなすすべもなく見守る。
 そんな中、崖の上ではアスランが両手で頭を押さえたまま呟いていた。
「もう駄目だ。もう駄目だ。もう駄目だ。もう駄目だ……」

 
 

「今までご苦労様でした」
 アスランとの会見を終えて、ラクス・クラインが彼の背にそう声をかける。
 彼はこれから本来のオーブ軍将校としての仕事に専念することになるだろう。
 彼と入れ替わりにシンとルナマリアがプラント評議会議長の執務室へと入ってきた。
 その二人をラクスが笑顔で迎える。
「お二方、今まで撮影協力ありがとうございました」
「ございました、って……過去形?」
「じゃあ――」
「はい、『超MS戦士ジャスティス』は諸般の事情により打ち切りとなります」
「それってアスランの」
「髪の――ゲフンゲフン、見栄えの問題ですか?」
「そうですわ。さすがに視聴者から無数の問い合わせがありますと局としてもどうしようもないですから」
 ラクスが告げる内容に、赤服の二人は喜びを隠そうとしなかった。
「よっしゃー!!」
「やったねシン!!」
「本当にアイリーンさんの言ったとおりだ!」
「もうこれで明日から『エロ』呼ばわりされないですむわ!」
 歓喜の雄叫びあげる元悪役俳優達を見るラクス。
 だが、その顔には二人を非難したりたしなめる様子は全く見られない。
 おもむろに机の引き出しから書類の束を引っ張り出す。

 

「ですが、子供達の未来のためにああいった番組は欠かせません」
 どさりと目の前に積まれた書類の一番上を見て、シンとルナマリアが固まった。

 

「お二方の見事な悪役っぷり、是非とも次の作品に生かしていただきたいですわ」
「これって……」
「もしかして……また?」
「はい、今度はわたくしが主役ですの。キラにも恋人役を用意してありますわ」

 

『歌姫戦士 セーラーラクス』の台本を片手に彼女は満面の笑みを浮かべて見せた。

 

続かないw