『ふん、こいつも廃棄処分か?』
『精神感応値が安定しませんからねぇ、服従因子も定着していないみたいですし』
『だが、性能面では問題はなかったのであろう?』
『次に期待しましょう、カリダ先生』
『ちっ、期待はずれだったな――カナード・パルス』
それは閉じられた記憶。
開けることの許されない秘密。
「夢か……」
艶やかな黒髪を肩まで伸ばした少年は目を覚ます。
不快だな――
汗ばむ額に手を当て――ふっと息を吐き、起き上がる。
「いたのか……ルーテシア」
「カナードが起きるのを待ってた」
律儀に待つところがこの少女らしいというか。
部屋に備え付けてあるペットボトルを手に取り、喉の渇きを潤す。
ふと少女を見ると、やや顔が紅潮している。
そういえば上着を羽織っていなかった――
「――いよいよか?」
「うん……どうしても、必要だから」
紫紺の髪を伸ばした少女――ルーテシアは僅かに表情を硬くする。
ポン
「難しく考えるな、お前は――お前を貫き通せば良い」
「うん……ありがとう……」
少女の頭にそっと手を置き、慰める。
俺には家族なんてものはいなかったが、たぶん兄弟を持つ感覚というのは
こんな感じなのだろう
止めるべきなのだろうか、この少女を
この時、俺にはまだ――結末なんて視えなかったんだ
***
「やるようになった、カナード!」
「あんたもな――ゼスト!」
大柄の男は右の拳を振り上げ、殴りかかるが――カナードは左腕を被せ、受け流す。
身体の軸がぶれないよう、即座に右脚を蹴り上げ――空いた右脇に叩き込む。
(上手い……)
脇を占め、蹴りのダメージを拡散させたのだろう。
感心しながら、左脚で蹴りつけ、バックステップで一端距離を取る。
ゼストも距離を詰めることなく再び構えなおす。
「ルールー、なんで二人とも素手なの?」
「そういう二人だから」
座って眺めるルーテシアの顔は――ほんの少しだけ緩んでいた
全長30cmの小さき精霊、アギトは思う
彼がここへ来てから、ルールーの表情は柔らかくなった
意識しなければ気づかないレベルだけど――そんな気がする
視界を戻すと、カナードがゼストの左ストレートを喰らい吹き飛んでいた
「旦那の勝ちかなぁ? やっぱりあのひょろい兄ちゃんじゃ――」
「む……」
「あ、もしかして怒った?」
「そ、そんなことない……」
表情を硬くしたと思えば、次の瞬間アギトの言葉に僅かにうろたえる。
ほんと、柔らかくなった――そう思うよ、ルールー
***
「あとは自分でやっておくから良いよ、ルーテシア」
「でも……」
渋る少女に苦笑しながら黒髪の少年はやんわりと断る
なんというか気持ちは嬉しいのだが――
包帯はもう少し上手く巻いて欲しかった、というのだが彼の本音
カナードは右腕に巻かれたよれよれの包帯をこっそり巻き直す
「――行くのか?」
「あぁ、管理局に発見される前に回収したいからな――お前はどうする?」
「は――それを今更訊くのか?」
カナードは立ち上がり、壁に立てかけて置いた己の装備を背中に吊り下げる
こいつらに拾われた日に決めただろう?
善悪なんて関係ない――元より俺自身が業の塊みたいなものだ
今更聖者になんてなれるわけがない
「それより、"これ"――ゼストが使うべきなんじゃないのか?」
「ふ……生憎と俺には愛用の武器があるからな、お前が使え」
「じゃ、行こっか?みんな」
アギトの声に、みな小さく頷く。
時間をかければ、管理局や他の組織に回収される確率が高い。
消耗戦になればこちらが不利――だからこそ、できるだけ交戦は避けたい
狙うは――赤き宝石の魔道遺産<レリック>