デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_11話

Last-modified: 2015-05-10 (日) 17:21:50
 

「お、帰って来た!」
「何か持ってるぜ?もしかしたらメシじゃね?」
「…ご飯?よかった…」
3人、正しくは3人をリーダーとするグループの塒に、十数人の子供が集まっていた。小さい子は5歳にもならない、最年長でもオルガ程度である。
彼らは皆、ストリートチルドレンだ。理由は様々あるが、ひどいものだとこの過酷な環境に親が望んでこの世界に叩き落とされた子も居る。通称『惡の嚢』と呼ばれるこの街ではさして珍しい事ではないが。
「『部隊』の連中からレーションたんまりと頂いて来てやったからよ!今日はゴミ箱の中から残飯漁るのも不要だぜお前ら!」
「本当!?」「やったぁ!」「よかったぁ…」
オルガが高らかに宣言すると、仲間達から歓喜の声が上がる。レーションは一週間ぶり、食糧は1日ぶりなのだから当然といえば当然だが。
「よし、各々に好きなもん持ってけ!いつもの奴持って来たからよ!」
「横取りは禁止だぜ、やったら抹殺すっかんな!」
「…手はこっちの水でしっかり洗えよ?」
各々に作業を分配しながら子供達に食糧を与えてやる。
食糧自体は駐屯地から盗んで来たものなのだが、特に何か言われた事も無い。あちら側もこちらの食糧事情を判っている事もあるだろうが。
「おいアウル、またトマト残すのか?」
「…スティング…判ってんだよ…判ってっけどさ…けど…」
「怒鳴られるぞ、兄貴達に」
脇に置かれた赤い玉に、アウルが悲鳴を上げていた。
彼はトマトが大の苦手である。だが好き嫌いは、食糧事情が宜しくないこの街ではタブー以外の何物でもない。
仕方ない、とスティングが溜め息をつく。このパターンに対する対処法は判っている。あまり健全な方法ではないが…
「お姫様、ちょっとこっち来い。ステラ?」
スティングが切り札、ステラを呼ぶ。彼女が食事を採るのは皆より少々遅い。いつも海に関する本を読んでいる。
「どうしたの、スティング?」
「いつものパターンだ、宜しく頼む」
古びたティーカップにレーション付属の紅茶を優雅に注ぎながら、スティングが頼み込む。
「わかった、アウルにお仕置きだね?」
本に栞を挟み、ステラがゆっくり立ち上がりこちらに近づいてくる。
「…スティング…?…ステラ…?」
何となくこの後に起こる出来事を予想してしまったアウルが青くなる。好き嫌いに対する一種の『お仕置き』だ。…もう少し年月が経てば『ご褒美』に変わるのだろうが…
「アウル、好き嫌いは、駄目」
「…いや…ステラ…そういう事じゃなくて…」
トマトを口にくわえながらステラがアウルに迫ってくる。年頃の少年にとっては魅力的な眺めだろうが、今のアウルにはそれは畏怖の対象でしかない。
「よし、やっちまえ、ステラ」
「じ…冗談じゃ…いや、やめろ!やめてくれよ!ステラぁ!!」
「…何やってんだか…」
オルガはそれを咎めることもなく、たくあんで器に残ったご飯粒を除いていた。

 
 

『お仕置き』と食事が終わり、いざ寝付こうとした時、それは響いた。
「銃声!?」
跳ね上がると同時にオルガとクロトが銃を掴み、弾倉を付け、薬室に弾丸を装填する。
「ヤクザ連中の抗争か!?」
「…近い…数ブロック程度の位置だ…」
シャニが発砲位置を予測する。
夜中に抗争など珍しいことではない。だが、この街のローカルルールでは居住区での抗争は御法度だ。だがここは居住区のほぼ中心、つまり発砲位置は居住区のド真ん中ということになる。
「…ヤバいな、こりゃ…クロト!シャニ!」
「おうさ!」「判ってる…」
応答とほぼ同時に、2人が行動を開始する。シャニは非難路の安全確認、クロトは制圧準備。
だんだん銃声が近づいて来る。被弾し絶命したのか、おぞましい断末魔も響き渡る。
近くのグループにも避難や制圧の動きが見られる。夜間警戒をしていたらしい駐留部隊の隊員の姿もちらほらと見えてきた。中には間違いなく、駐屯地から出立してきただろうフル装備の隊員も見える。
「何があったんだ!?完全装備で出動なんて普通は無いだろ!?」
「駐屯地の武器庫から実弾含む武器が盗まれた!その武器使って暴れてるらしい!」
「武器庫から!?何を!?」
「対戦車兵器含め重火器一式だ!!」
通りから隊員の罵声が響く。これは尋常ではない。
「クロト!シャニ!さっさと移動するぞ!このままだと俺たちも…ッ!?」
仲間に移動を指示しようとした途端、通りのほうから大きな爆発音が聞こえた。銃などではない。
恐る恐る通りを見れる位置に3人が移動すると、そこに広がっていたのは無惨な光景だった。

 

千切れ飛んだ肉塊、吹き飛んだ舗装、まき散らされた破片、舞い上がった土煙。
それが榴弾の類の被害である事はすぐに判った。
「…何だよ…こりゃ…」
オルガが重い口を開く。2人は口を開くことも出来ないでいる。
手にした銃をすら忘れ何も出来ぬまま、3人は増援の隊員達が一瞬で殺され、千切れ飛んでいく様を見ている事しか出来なかった。
「…あいつは…!?」
シャニが、銃弾やロケット弾が飛来してきた方向に人を見つけた。
右手には重機関銃、左手には対戦車ロケット、体中に予備弾倉と弾帯を纏ってはいるが、その姿は確かに見覚えがある。
「…あいつ…さっきのイスラムおっさんか!?」
「何!?」「マジ!?」
思わず声を上げてしまう。それが彼に聞こえたのか聞こえなかったのか、突然彼が叫び出す。

 

「何だよおめぇらぁ!!ガキが戦争だ何だっつーから戦争やってみればこんな素人戦争かよ!?おい!?」
叫びながら、現れた隊員やヤクザに機関銃を乱射し、対戦車ロケットを直撃させ、蹂躙していく。その姿は、悪魔としか言いようがなかった。
瞬く間に目の前の人間を殺戮した彼が、やっと見つけたと言わんばかりにこちらを見ながら叫ぶ。
「ああ、そこに居たか、ガキ!ウソついて貰っちゃ困るなぁ、あんなヤクザ紛いの程度で戦争なんてさ!!」
「…ヤバい!!」
完全に補足された、そう確信した。
脚で次弾を蹴り上げランチャーに装填した悪魔が、その砲口をこちらに向ける。
反射的に3人の体が仲間達の方に動き、出来る限り庇おうと、体を広げる。
ロケットで推進された榴弾が飛び込んできたのはその直後だった。
「…その後は?」
「駐留部隊は3人を除いて全滅。ハイネマン含め生存者は全員重体。彼らの仲間もあの6人以外は全員…3人も一時は死にかけていた」
「…あいつらとハイネマンが…」
「…君は、ハイネマンに振り回された事は?」
「…物理的になら…随分力持ちでしたが…」
「それは生き残る為に彼が選んだ施術の結果だ。」
「サイボーグ化…ですか?」
「そういうことだ…」
「…」
かれこれ、一時間程度話しただろうか、疲れたのかチェスターがパイプ椅子に腰を下ろす。
気付けば、病室で話をしていた。どうやら、うまいこと誘導されていたらしい。
「結局、そのテロリストは街一つを一夜で殲滅してしまった。彼らは復讐の機会を伺っているようだが、果たして見つかるかどうか…」
「…理事は彼らの復讐心を利用しているのですか?」
「確証は無いがな、疑うなというほうが無理があろう」
「…」
沈黙していると、ふとチェスターが立ち上がった。
「暗い話になってしまったな。凹んでいる所に悪かったか。」
「いえ…」
「本命の話をしよう、明日の話だ。1400に第24会議室でアンノウン機の解析結果と大尉の機体の改修計画の説明がある。どうやら企業のほうからラブコールが来たようだぞ?」
「企業から?どんな?」
「何でも、カナダのR&Lテクノロジー他提携企業からのオファーが入ったとか…」
この世界の企業の事はさっぱりだが、何か嫌な予感がする。
「…自分にはさっぱりですが、ひとまず了解です。」
「よし、遅れるなよ。…あ、もう一つあった」
チェスターが部屋を出ようとしたところで踏みとどまった。
「…まだ何か?」
「ああ、ちょっとこいつの話もしようと思ったんだが…」
言いながら、制服の中から何かを取り出す。
「…それ…」
デカルトには、それが何か一瞬で判った。
整備のおっさんに押し付けられ、出撃までの待機時間中にガデラーザの中で観ていた特撮映画『ソレスタルビーイング』のビデオディスクである。
「ああ、お前が突っ伏してたデカブツの中にあったのを調査班から失敬してきたんだが…こいつ観ていいか?」
妙に目をキラキラさせながらチェスターが詰め寄る。デカルトは嫌々ながらもそれに応えてやった。
「…別にいいですが…」
数週間後、この作品に出ていたMS『ガンダム』にそっくりという理由でデュエル等と同様の頭部を持つ機体を『ガンダム』と呼ぶようになったとかならなかったとか…

 
 

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