デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_3話

Last-modified: 2013-04-18 (木) 19:21:28
 

長い廊下を、デカルトは進む。その後ろに、施設を「案内されている」ように見えるアズラエルとその側近を伴って。
道行く職員達が何事かと道脇に並ぶ。大西洋連邦の重鎮を後ろに従える見慣れない男が我が物顔で突き進むとなれば無理も無い。脳量子波で先読みした結果の奇妙な光景を、デカルトはその進路上に長々と築き、最後尾の側近が解いていく。
交渉はうまく事を運ぶことが出来た。ある「交渉材料」を使ってやったら、アズラエル側の要求を満了した後の戸籍から雇用までの保証まで確約させることが出来た。
振り向きもされずに嫌味混じりの質問を浴びせられた雇用主ことアズラエルは、その質問に答える余裕すら無かった。
可哀想なことに不機嫌真っ盛りのデカルトの鬱憤をぶつけられたアズラエルは、強烈な脳量子波を叩き込まれたと同時に他人には言えないような事を多数読まれてしまっていた。
非合法的な裏取引、法外な額の献金、上院議員との癒着、愛人とのスキャンダル、性癖、恥ずかしい隠し趣味、ベッドの下にあるような本の数…これらが側近にばらされる寸前の所までいってしまい、一部は本当にばらされてしまった。
それらを交渉材料にデカルトが攻勢を掛けた結果が、圧倒的にデカルト有利の契約内容だった。
アズラエルからすれば頭が沸騰する程の屈辱である事は言うまでもない。
「…お…お前…ふざけるのも…」
手が側近の脇の拳銃に伸びて行く。それを慌てて側近が阻止する。これが今までの300mの道中で既に4回は起こっていた。

 

「お、おい…もう勘弁してくれよ…あの方を落ち着かせるのは難儀なんだから…な?」
デカルトに一番近くに居た側近、アドルフ=ハイネマン少佐が、その顔を青くさせながら頼み込む。
アズラエル曰わく彼はデカルトが就くことになる任務の担当らしく、デカルトが今着ている軍服や今昼の食事の世話をしてくれたのも彼だった。
軍人と言うには明るい性格で、30近くと年が近い事もあって既に軽い冗談を交わす事もある程度の仲になっていた。
『言いたい事を言っただけだ。交渉材料も手元にあることだし、契約に支障は来させない』
「そういう問題じゃないっての…」
そんな話をしているうちに、前から1人の男がやってきた。今の状況に見向きもせず、真っ直ぐにアズラエルの手前に向かう。
「…ゲーリー情報官ですか、遅い到着ですね…」
「お久しぶり、ってか?大将さんよぉ!機嫌悪そうじゃない?」
あれほど殺気立っていたアズラエルが、ほとんど間を掛けずに落ち着きを取り戻す。様子から察するに、かなりの重要人物のようだ。
「一悶着あっただけです、機になさらず…ハイネマン少佐、彼に関しては」
「はい、お任せ下さい!」
アズラエルの声にハイネマンが元気良く応答する。どうやら今日はアズラエルとはさようならのようだ。
「…情報は?」
「ええ!特ダネが盛り沢山ってね!」
「そうですか。では特別室に…」
言うが早いか、ハイネマン以外の側近とアズラエル、それにゲーリー情報官と呼ばれた赤毛の男は来た道を戻っていってしまった。

 

「デカルト大尉予定官、こっちです!」
その様を見ていたデカルトを階段を降り始めていたハイネマンが呼び出す。大尉予定官と呼ばれたのは、契約でデカルトが大尉として勤務する事になっている故だ。
『ハイネマン、あの男は?』
「ゲーリー情報官の事?ザフトに関しての情報集めてるって噂だけど…俺はサッパリ」
降りながら話すデカルトの思考は、少しばかりゲーリー情報官のほうに向いていた。
何故か、あの男が発する脳量子波に僅かながら既視感があった故に。

 
 
 

「この部屋だった、と思う…よし、合ってた!」
たどり着いた先にあった扉の向こうに広がっていた光景は、先ほどの光景と同じくらい奇妙なものだった。
左手には2人の少年と1人の少女が遊んでいるという和やかな光景。右手には8つ程の若干歪んだ球形の機材と2つのモニター、そして聞こえてくる爆発音と爆音、そして相手を罵倒する大声。
「クロトてんめぇ!そんな破砕球(ミョルニル)の使い方なんて聞いてねぇぞ!?」
「うっさい…邪魔…!」
「邪魔すんなシャニ!抹殺!!」
どう聞いても17歳程度の少年の声だ。だが聞こえて来るのは物騒な言葉ばかり。そしてモニターに映し出されている物。
それらから導き出された答えは。
『MSシミュレータか?』
「ま…まぁそうなんだが…またアイツら熱中してやがる…1500に整列って指示出してたのに…」
『…子守も大変だな。だが、どうして子供があんなものを使っている?遊具用とは思えないが?』

 

デカルトには、整列しているMSシミュレータが遊具用とは思えなかった。モニターに映し出されている状況の精度は、連邦が制式採用しているシミュレータと拮抗する程のものだ。
振動機構は持たないようだが、シミュレートしているものがMSによる本格的な戦闘なのは少年達の脳量子波から見るに間違いない。
「…説明すると長いんだよ…ったく、時間も無いってのに…」
…何か、嫌な思考が見えた。面倒なことになりそうだな、という考えがデカルトの頭に浮かんで来るのには1秒と掛からなかった。
『…アイツらをシミュレータ上で叩き潰して引き出してこいと?』
「おっ!ご名答、大当たりだ。頼めるか?」
『…勘弁願いたいがな』
どうやら本当に面倒なことになりそうだ。それも苛立ちそうな内容になりそうな…。
頭を抱えているうちに、ハイネマンが一枚のカードを渡してきた。
「IDカードだ。お前の戦闘データとかを記録する為のな」
『…つまり俺の任務というのは…』
「MSの戦術データの取得および実戦と、今中に居る連中の訓練担当だ。あんなデカいのに乗ってたんだ。俺たちが知らないMSに乗ってたりもしたんだろ?」
どうやら、アズラエル側はガデラーザではなく、パイロットのデータを採って量産型MSに反映させるつもりだったらしい。
『…パイロット補佐の為のOSか?』
「そういうこった。アイツらは自分専用のOSを自分らで作ってやってるからいいんだが、量産となるとそんな悠長な事もやってられないんでね」

 

『…動作の類を出来るだけOSに仕込んでしまおうって訳か?』
「…大方合ってはいる。さ、早いとこやっちまってくれ。時間が限られてるんだ!」
どうやらこの騒音で機嫌が悪くなっているらしく、扉から見て左手・窓側で遊んでいた金髪の少女が傍にいる碧髪の少年に訴える。
「スティング…アウル…あの人たちがうるさいよ…」
「大丈夫だ、ステラ。あの士官の人がやっつけてくれる、ってさ…」
「っつー訳でちゃっちゃとやっちまってくれよ、おっさん!このままじゃステラが泣いちゃうぜ!」
…おっさんという言葉にはイラっと来たが、あまり長引くのは良く無さそうだ。
『…仕方ない…そこの青髪、終わったら覚悟してろ…』
「さっさとやっちまえよ!おっさん!」
かなり傷つく言葉を背に受けながら、いそいそとシミュレータに入る。掃除もしっかり行き届いている、文句なしの状態だ。
「OSの類いは連中と同じのをセットしてある。扱いにくかったら好きに変えてくれ、お前の乗機にも反映するから」
『機体が幾つか選べるが?』
「ああ、GAT-01って奴を使ってくれ。初期試作機GAT-X-102をベースにした制式採用予定の機体だ。癖は無いから『こっち』のMSに慣れるのには最適だろ」
『…舐めた真似を…』
「お前の能力のテストも兼ねてるんだとさ!採用試験だと思って思いっきり行け!」
ヘッドセットから聞こえていたハイネマンの声が途絶える。始めろと言うことか…。
『全く…面倒な…』
モニターに光が点る。各機能はオールグリーン。出撃準備良し。
『…GAT-01、デカルト=シャーマン、馬鹿3人に説教を開始する!』

 
 

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