デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_7話

Last-modified: 2013-04-18 (木) 19:54:30
 

朝起きてみたら、何かがおかしかった。
(…揺れている…地震か?)
それにしては、ゆっくりした、しかも異常に長い揺れだ。起きてから、既に5分は経っている。
もし地震だとしたら、かなり遠い場所で、しかも過去最大級のものだろう。
しかし、外が騒がしいといった印象は受けない。
地震ではなさそうだ。
(…風…は吹いているが…そこまで強くは…)
確かに風は吹いている。しかし、不燃性炭素複合材製のこの建物が揺れるような強い風ではない。
潮の香りが感じられるが、ここは船ではない筈だ。
仮に船だとしても、昨日は揺れすら感じられなかったという事実との整合性がとれない。
(…酔っている…訳ではないな…)
自分は昨日酒を飲んではいない。ハイネマンが隣で飲んではいたが、香りで酔うほどの量はなかった筈だ。
では、何故―
「…考えていても、仕方ないか…」
―そうだ、こんな事を考えている場合ではない。自分にはやるべき仕事があるのだ。
そう考え、今抱えている煩悩を頭から切り離す。
デカルトは、既に『来訪者』ではない。
本日付けで、地球連合軍第3独立機動師団所属のデカルト=シャーマン大尉として着任していることになっている。
任務情報などのサポートはハイネマンがしてくれるそうだが、初心に返るくらいで行かねばマズいことになりかねない。
新品の制服に袖を通し、腕章も付け、身嗜みを整える。IDカードも忘れない。
「…これでよし…」
いざ、部屋を出ようとしたところで、突然、スピーカーから音楽が鳴り始める。
ベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章、この基地のモーニングコールだ。ということは…
「…早すぎか…」
司令とのアポは900時、今は600時。そして今日は自分は非番。
デカルトが緊張していたのだけは、間違いなさそうだ。

 
 
 

「で、俺んとこに来たっつー訳か」
「済まないな。一人で歩き回って迷子になるのもどうかと思ったので、つい…」 「…ま、いいけどな」
10分後、デカルトはハイネマンに連れられていた。
物覚えがいいつもりだったが、流石に初日でこれだけ広い敷地を把握するのは不可能だ。おまけに、動揺していては馴れた場所でも迷子になる。それだけは御免だった。
「ま、案内する場所も沢山あっから、無駄ではないからさ。丁度いいさ。」
「済まないな…動揺してるのか揺れているようにすら感じられる。末代までの恥だ…」
「揺れてる?ははは、そりゃそうだな。」
「……は…?」
―また、嫌な予感がする。
「…ん~、解ってないようですね~デカルトくん?」
どうやら、ハイネマンもデカルトが理解出来ていない事を悟ったらしい。待ってましたと言わんばかりに目をキラキラさせている。
「…まさか…な…」
「さあ!付いてこい!ハイネマン先生がマッハで説明してやんよ!」
いつの間にか引っ張られている腕に痛みを感じながら、デカルトは溜め息をつく。
(…貧乏くじを引いたな…俺は…)
そんな嘆きを気にするそぶりもなく、ハイネマンはデカルトを引っ張っていく。
「…ハ…ハイネマン…もうちょっと…ガッ!…ゆっくり…引っ張…ぐへっ…」
デカルトの身体を慣性で壁や階段に叩き付けながら、猛スピードで。
「おいそこ!何やってる!!」
「おいハイネマン!ちっとはそいつの事も考えてやれよ!」
MPを持った警備員に後ろから声をかけられる。どうやら、周りに迷惑と採られたらしい。だが…
「やべ!デカルト、急げ!!」
ハイネマンは停止も減速もしない。それどころか更にスピードを上げる。もちろん、デカルトを叩き付けるパワーも上がる。
「ちょ…ちょっと待…ぐへっ…本当にま…ちょ…ギャアァァァァァ…」
そして、あっという間に二人の視界から消え去ってしまった。後にデカルトの悲鳴を残しながら。
「…ったく、ハイネマンの野郎…相っ変わらずこれだ…」
「ははは、ハイネマンらしいや!あいつのオモチャにされたんじゃあ、あの新人大尉殿もだろうな!」
「…そういう問題じゃねぇだろ、ジェームズ…」
どうやら、二人にハイネマンを抑え込もうとする気は無いようだ。

 
 
 

「ふう…やっと着いたな!」
「…骨の一本や二本は折れるかと思ったぞ…ハイネマン…」
5分も経たないうちに、二人は最上階に出ていた。
ハイネマンは若干息を荒くし、デカルトは流血こそしなかったものの全身打撲だらけだった。何とか骨折まではしなかったらしい。
「…ったく、制服も乱れた…後で司令に挨拶に行かねばならないというのに…」
「ははは、うちの司令はそこまで煩くねぇよ。心配はいらねぇ。それより、もうすぐ見えるぞ」
「…は?…何が?」
「…お前が感じてる、揺れの原因が。そして、自分が今、何処に居るのか。その答えが、よ」
そう言いながら、デカルトを見張り台のような場所に登るように促す。その顔は、限りなく誇りに満ち満ちていた。

 

「何だ…こいつは…!?」
その先に広がっていたモノ。
それは、遥か彼方へ続く海原と、その海原を悠然と進む巨砲を携えた幾多もの鋼の巨城、鋼の翼を誇る猛禽が集う鋼の巣、そして―
―今自分が立っている施設が建つ島、いや、島と見紛う程の大きさの、鋼の大地だった。
「地球連合アメリカ海軍第7艦隊、地球連合イギリス海軍第4機動艦隊、日本海軍第3連合艦隊他、6個艦隊が所属する連合海軍第2連合艦隊。
戦艦24、航空母艦11、巡洋艦67、駆逐艦221、潜水艦72を所属。そして」
ハイネマン自身も感情が高ぶっているのか、声に熱気が見て取れる。
そして、その名を口にした時、その熱気は頂点に達した。
「ユナイテッド・ステイツ級海上機動要塞一番艦、『ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ』。俺達が乗っている『鋼の大地』さ。全長9864m、全幅2714m、排水量980万トン。連合海軍、そしてアメリカ海軍最大の艦艇さ」
―まさに、まさに壮観な眺めだった。旧世紀の観艦式というものが、この眺めを生み出すのに最も近いものだっただろう。
しかし、これは観艦式ではない。実戦に備えた、戦時編成なのだ。
ふと目をやると、自分でも見たことのある艦影が目に入った。
「あれは…アイオワ級か?」
「ああ、アイオワ級一番艦、『アイオワ』だ。7年前にNジャマーが投下されてから、ミサイルの類が悉く使用不能になってな。機関や砲の改修を3カ月でやって再就役した戦艦だ。
日本海軍第1艦隊には、サルベージして再就役した『長門』や『武蔵』なんかも在籍してる。メチャクチャな話だがな。」

 

あまりに馬鹿げた話だ。だが、『それ』は確かにそこに存在している。否定も拒絶も許さない、現実としてそこに存在していた。
「…たった7年でこれだけの数を揃えた、ということか…」
「これと同じかそれ以上の規模の艦隊が7つ程あるがな、月刊戦艦、週刊巡洋艦、とはよく言ったもんだ。公共事業的な意味もあったとはいえ、短期間でこれだけの数を揃えるのにどれだけの苦労があったことか…」
「公共事業?こんな数の巨艦を?」
「Nジャマーの電波障害のせいで一時期経済がピンチだったのよ。そいつを解消するのと、役立たずになった在来型の戦闘艦艇を置き換えるのとで、丁度利害が一致したのさ。」
「しかし、こいつらでは航空機には弱いんじゃないのか?」
「航空機側もかなり変わったよ。誘導兵装が使えなくなったからな、戦闘機はガンファイターがメインになってる。急降下爆撃/雷撃機も復活した。艦側も第二次の教訓を活かして装甲や兵装の割り振りや構造を改良されている。第二次の頃とは基本は同じだが詳細は全く違う。」
「…古強者が返り咲いた、か…感慨深いものがあるな…」
そんな話をしている内に時間が流れていく。昇ったばかりと思った朝日が、既に中ほどの高さまで登っていた。
「…そろそろ、司令に挨拶をしてこなければな」
「そうか、俺も付き添う。どうせ、道も解らないんだろう?」
「…ありがたいな。…ん?」
ふと西に目をやると、遠くに赤い光が見えた。信号弾だ。その直後、スピーカーから、けたたましい警報音が鳴り始める。
『全艦、第一種戦闘態勢!対空対艦対MS戦闘用意!繰り返す。全艦、第一種戦闘態勢!』
「…どうやら、お客さんみたいだな。こっちだ、大尉!」
ハイネマンに先ほどとは違うブロックへの移動を促される。
どうやら、こちらで初の実戦となるらしい。
「…了解!」
そう威勢良く応答すると、デカルトは鋼の大地の中に消えていった。

 
 

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