ナンバーズPLUS_00話

Last-modified: 2011-01-17 (月) 23:40:53

プロローグ

 

闇の書事件終結より二年後。
高町なのはとヴィータが数十メートルの間隔を開け、互いに背中を向けて戦闘後の余韻に浸っていたのは静かに雪が降る銀色の世界だった。
しかし、ほんの数分前までその場所は戦場だった。
その証拠に、地は抉れ、建物は粉砕されて瓦礫と化し、降り積もった雪は熱波で溶けて、遥かに続く雪原のそこだけを禿げ上がらせていた。
戦場を作ったであろう原因は冷たい灰色の金属片となり果て、あるいは内部機構をさらけ出し、あるいは黒煙を上げて今も静かに炎を揺らめかせてる。
「終わったな」
ヴィータがぽつりと呟やいた。
「うん……」
なのはの沈んだ返事に対して、ヴィータは顔をしかめる。
いつもより声に張りがない。
そういう返事をされるとヴィータとしては居心地が悪い。
任務達成に歓喜しろとまでは言わないが、せめて二人とも掠り傷一つ負わなかったことに安堵して欲しい。
「っと」
ヴィータが、少し遅れてなのはが注意を自分の頭の中に集中する。
バックアップからの通信だ。
内容は戦場の原因を作ったアンノウンの機体を転送せよというものだった。
比較的損傷が軽微なのが望ましいらしい。
「って言われてもなー」
ヴィータは周囲を見回して該当しそうなものを探すが、見当たらない。
なのはは瓦礫に埋まっていないか自分の手で、時に魔法を用いながら寡黙に探している。
「ったく、そーいうことは戦闘に入る前に言えっての!」
右足で残骸を蹴り飛ばしながらめぼしいものを探すが、やはり見つからない。
そして、やはり、なのはの様子が気になる。
いつもなら
「はいはい、ヴィータちゃんも真面目に探す!」
なんて笑いながら頭やれ肩やれをぽんぽんと軽く叩いてきたりするのだが今日はそれがない。
別にして欲しいとは思っていないが、されないと調子が狂う。
体調でも悪いのだろうか?
そう思ってなのはの背中に視線をやると
「ヴィータちゃん、これとかどうかな?」
いつもと変わらない調子でなのはが自分の足元を指差した。

 

「あん? どれだ?」
ヴィータは急ぐこともないだろうと、ゆっくりなのはへと歩み寄る。
その間になのはは回収候補の上に乗っている瓦礫や残骸を慎重に両手で取り除き、一番大きな鉄塊を魔法でどけたところで一瞬動作を停止し、見つけたソレをしばらく凝視して、顔色を変えた。
「これって!?」
何やらただ事出はないようだとヴィータが駆け寄ろうと大きく一歩を踏み出す。
同時に強風が吹き荒れ、降雪の勢いがました。
まるで不吉を呼ぶかのように……。
そのまま二歩目を繰り出そうとしたところで再びバックアップから通信が入った。
内容は短い。
アンノウン接近、警戒せよ。
それだけだった。
ヴィータの視界を強風に流された雪が埋め尽くす。
せめてモニターぐらい出せと文句を言ってやりたいが、どの道この雪でははっきり確認するのは難しいだろう。
なので、バックアップにアンノウンが向かってくる方向を尋ねる。
その方向はなのはの背後であり、そしてなのはの背中を見ているヴィータの背後だった。
距離、百。
ヴィータはなのはの様子を確認する。
依然として、固まったまま呆然としている。
距離、八十。
大声でなのはの名前を叫ぶ。
なのははまだ気づかない。
距離、五十。
ヴィータは舌打ちし、デバイス、グラーフアイゼンを起動させ、構えた。
距離、二十。
ヴィータはなのはの様子がおかしいのを確認しつつ、自分の中の警戒レベルを上げる。
距離、十。
念話でなのはに警戒を呼びかける。
反応はない。
距離、五。
「見えねぇぞ!」
視界を染め上げる白。僅かに隙間はあるがアンノウンの姿は見えない。 距離、零。

 

「くそっ!」
雪が片目に入った。
拭うことはせず、ヴィータは片目に涙を溜めつつ、目を凝らす。
そして、すれ違う影を見た。
視界を埋め尽くす白を吹き飛ばす濃紺の影を……
その影はヴィータを無視してなのはの背中へ迫る。
その際、バチリと紫色の電光が宙を走ったのが見え
「なのはぁぁああ!!」
数瞬遅れて、ヴィータが濃紺の影を追った。

 

警告!
レイジングハートがなのはに警戒を促し、漸く我に帰ったなのはが慌てて振り向き、レイジングハートを構える。
しかし、振り向いた先にいたのは駆け寄ってくるヴィータだ。
大口を開けて叫んでいる。
刹那、両手が自由になった。
おかしい。
レイジングハートは両手で持っていたはず、ならば片手を動かせば、連動して片手が動くはず。
その感覚が――――――ない。
自身の手に視線を落とす。
レイジングハートの柄が砕かれていた。
そして、白いはずのバリアジャケットは黒くなっていた。
インナースーツだと認識するのに僅かに時間がかかった。
不意に風がやんだ。
静寂。
雪は降っている。
ヴィータが走りながら叫んだ。
「バカ!! 後ろだ!!!!」
なのはの判断は早かった。避けられるハズだった。
だがヴィータは最悪の事態を想定して斜め横にワンステップし、なのはの背後に回り込むように迂回してアンノウンに向かって突撃する。
なのはの背中に冷たい無骨なものが押し付けられる。
魔法で飛翔するよりも自身の瞬発力で回避したほうが早いと判断したまではよかった。
しかし、足が動かない。
体がいつもより、重い。
何故?
疑問が沸くのと焼けつくような痛みが全身を駆け巡るのは同時だった。
なのはの霞む視界と鈍る聴覚が捉えたのは、視界の隅で散る紫電とバチリという電気の爆ぜる音。
そして、ヴィータの怒号。
ヴィータは振りかぶったグラーフアイゼンをアンノウン目掛けて叩きつける。
それは、障壁ではなくデバイスと思われる銃で防がれた。
「てめぇぇえええ!!!!」
アンノウンの目の前で薬莢が宙に舞った。
変格するグラーフアイゼンの機構。
推進機構が姿を現し、魔力が噴射される。
ミシリとアンノウンの銃が音を立てた。
「っ!?」
アンノウンは無理に押し合う事はなく、判断するやいなや、すぐさま距離を取った。
ヴィータは四つの鉄球を指の間に出現させ、宙に放った刹那、一球、破壊され、グラーフアイゼンを鉄球に叩きつける前に二球目が破壊された。

 

それでも構わず、グラーフアイゼンを叩きつける。
今はなのはから引き離すことが優先。
その思考から放った誘導炸裂弾。
アンノウンが引く様子を見せれば無理に追う必要はない。
下がれ!
退け!
ヴィータは願う。
しかし、あろうことかアンノウンは向かってきた。
恐ろしい速度で急迫し、肉薄してくる。
頼むから!
「来んなぁぁあああ!!!!」
シュワルベフリーゲン が着弾。炸裂し爆煙を上げる。
沸き立つ煙。
風は優しくそよぎ、雪はいつの間にか止んでいた。煙は、なかなか晴れない。
その煙幕の中からガラリと瓦礫の崩れる音がした。
煙の中から雷光が走るのが確認できた。
魔法の正体は不明。
念のためヴィータは障壁を展開した。
次の瞬間、ヴィータの視界を黄色い閃光が埋め尽くした。
同時に腕にかかる膨大な負荷。
「な、んだよ……」
ミシリと障壁を展開する腕から不吉な音が体の中を伝わってヴィータの耳に届く。
防ぎ切れないと判断したヴィータは障壁を炸裂させた。
爆風で体のあちこちを打ちつけながら転がっていった。
アンノウンはそれを見届けると、なのはの元へ近づいていく。
一歩、また一歩。
そして、なのはを見下ろすようにしばらく眺めた後、その手をなのはが倒れている真横の瓦礫に突き刺した。
なのはが倒れ伏す前まで発見して呆然としていたものを手に入れるために。
アンノウンは無言のまま歩き去っていく。
ヴィータが身じろぎし立ち上がるのにも気を止めず、やがて舞降る雪の中に姿は消えた。
ヴィータはなのはへと駆け寄り、バックアップに救援を頼む。
早くしろ!
ノロマ!
怒声と罵声を通信越しに浴びせかける。
まだ一分も経っていない。
無茶を言っているのは解っている。
それでも、急かさなければならなかった。
なのはの胸付近には今も大量に血の湧き出る穴があいている。
大丈夫……だから……
なのはが掠れた声でヴィータに言う。
そんなわけあるか!
しかし、ヴィータの口から発せられた言葉はそんなものではなく
「頼むよ……早くしろよ……でないとこいつが……なのはが……死んじまうよ」
呟くような、力のないものだった。
程なくして