リリカルしーどS_第03話

Last-modified: 2007-11-18 (日) 16:06:34

ある日、フェイトが少年を連れ帰ってきた。
「フェイトさん…その子は?」
シンはまだ10歳にも満たないような少年の姿に何らかの事情を感じ取ったのであろう、厳しい表情でフェイトに尋ねた。
フェイトは静かに語りだした。
曰く、とある研究所から保護してきたものを一時期引き取ったらしい。
過去の任務でフェイトが保護し、八歳のころまで時空管理局内の施設で過ごしていた。
実験体…嫌な言葉だった。
シンも普通の人間ではない。
言ってしまえば、コーディネーターも実験体のようなものである。
故に化け物などと言われていた。オーブのような国ではないと差別の対象になりえる。
「シン…この子と仲良くしてあげてね」
「分かってます」
シンは少年の目線に合わせるようにしゃがみ込む。
少年は緊張したようにぎこちなく笑っていた。
「よろしくな…えぇと…名前は?」
「エリオ……エリオ・モンディアルです。」
「そっか。俺はシン・アスカ。よろしくなエリオ」
にぃっと笑う。
年下の子の扱いは妹のマユで慣れていた。
男の子と女の子の違いはあるが…。
「あっ、はい、よろしくお願いしますアスカさん」
「シンで言いよ。何となくそう呼ばれるのはこそばゆいっていうか…とにかく、俺のことはシンで良い。何ならお兄ちゃんでも良いぞ」
「……よろしくお願いします、シンさん」
シンの冗談に照れるように笑う。
その様子を微笑ましそうに見るフェイト。
「それじゃ、私は出かけないといけないからシン…エリオのこと頼んだよ」
「はい。任せてください」
そう言い残して、フェイトは再び出ていった。
「…さてと、エリオ…今何歳だ?」
「八歳ですが」
「八歳か…マユの一つ下か」
ふぅと息を吐く。
「とりあえず、何か飲むか?オレンジジュースで良いな」
台所まで行くと冷蔵庫を開けて、オレンジジュースを取り出す。
自分の分とエリオの分をコップに注ぐと、エリオに手渡す。
果汁100%である。

「ありがとうございます」
エリオは頭を下げ、オレンジジュースをチビチビと飲んでいく。
シンはそれを見ながらこれからどうするかを考えていた。
フェイトから任された以上はいい加減に扱うわけにはいかなかった。
「シンさんは…フェイトさんの恋人なんですか?」
「ぶっ!!」
シンはオレンジジュースを吹き出し、苦しそうにせきをする。
「そっ、そんなわけないだろ!!俺もエリオと同じであの人に保護されてる身分なんだよ。…だから、恋人とかそういうのじゃないよ。そりゃ感謝とかはしてるけど…」
シンは事情を説明する。
自分は偶発的な事故でこの世界に飛ばされていて、それを保護してくれたのがフェイトだということを。
「シンさんも保護されてたんですか。同じですね僕と」
子供らしくにっこりと笑う。
シンは恥ずかしさを隠すように後頭部に右手を置いていた。
「別に同じことを喜ぶようなことでもないと思うけどな…」
「そうですか?やっぱり、共通点があると嬉しいですよ」
純粋な瞳でシンは見られる。
「まあ…エリオがそう思うなら俺からは何とも言わないけどさ」
それっきり、会話が止まる。
シンはぼうっとどこかを見ていて、エリオはそのシンをじっと眺めていた。
「…何か遊ぶか?」
視線に耐えかねたシンは自分から切り出す。
「はい!」
元気よく返事をするエリオ。
「で、何するんだ?」
「何でも良いです」
「そうだな…よし、ならキャッチボールでもするか?」
そう言ってボールを握る。
「はい。僕はそれで構いません」
「それじゃちょっと待っててくれ」
シンは一度大きく深呼吸をする。
『フェイトさん…エリオと外で遊んで来ますが、良いでしょうか』
『良いよ。ただし、あまり遠くに行かないでね』
『はい、分かってます。それじゃ』
念話を切る。
「フェイトさん良いって」
「…シンさんって魔導師なんですか?」
念話をしていたシンを見てエリオはそう言う。

「まあな。まだ、見習いだけど」
「僕は魔導師よりも騎士になりたいですね」

シンは己の記憶を手繰り寄せる。
騎士…ベルカの騎士のことだろう。
「ベルカの騎士になりたいって…確かベルカの騎士は特定の誰かを守ろうとするんだったよな。一体誰を守りたいんだ?」
興味本位でシンは尋ねる。
「フェイトさんを含め僕に優しくしてくれた人ですね」
エリオはシンの瞳を見ながら言う。
「……俺は、みんなを守りたい。こんなわけ分かんない力で苦しめられている人達がいるを救いたい。俺が魔導師を目指す理由はそれだ」
「凄いですね。とても立派だと思います」
関心したようにエリオは言う。
シンは頬を赤くする。
「ほっほら、くだらないこと話してないでさっさと行くぞ。」
シンは先導して、歩いていく。
その後ろを楽しそうに笑うエリオがついていった。

「ほら」
シンがボールを投げるとエリオがキャッチする。
「はぁはぁはぁ…」
エリオが息を整えながらシンにボールを投げ返す。
かなり無茶な位置に返ってきたが、シンは難なくキャッチした。
シンはエリオを眺める。
満身創痍といった感じだ。自分と子供のエリオの体力差を見誤っていた。
「…少し休むか?」
「はい…すいません…」
「待ってろ。今飲み物持ってくるから」
シンは走って自販機まで向かうとフェイトから貰ったお金でスポーツドリンクを買う。
それをエリオに手渡した。
「ほら、飲め。脱水症状起こす前に」
エリオは何も言わずに飲む。
勢いよく飲んでいき、ペットボトルはすぐに空になる。
シンは無言でタオルを渡して、汗を拭かせる。
「…悪かった。エリオとの体力差を考えてなかった」
「いえ、良いんです。あのくらいでへこたれた僕が悪いんですから」
そう言ってエリオは頭を下げる。
「…エリオが謝る必要ないんだがな。とにかく、今は体を休めろ。体力かなり消費してるみたいだし」
そう言うと、シンはエリオの隣にしゃがみ込む。
ボールを真上に投げ、取るを繰り返していく。
エリオはシンが投げるボールを目で追っていく。
「ん?どうしたエリオ?」
シンは笑顔で言う。

「いえ、シンさんは全然疲れてる感じがないなって」
「俺とエリオの体力を一緒にするなよ。体格が全然違うだろ?」
シンはお世辞にも背は高いとは言えない。
だが、よく見れば、外見以上に筋肉はついているのが分かる。
「…シンさん凄いんですね」
「そうでもないよ。俺はコーディネーターだから」
「コーディネーター?」
しまった、とシンは思った。
この世界はC・Eとは違う。
だから、当然コーディネーターのことを知っている人間はいない。
最初からいちいち説明するのも面倒であったが、自分から話してしまった以上は話さなければならない。
シンは疲れたように息を吐くとコーディネーターについての説明を始める。
コーディネーター…遺伝子をいじくることで通常よりも優れた人間を作り出す禁忌の法。
ああいう容姿にしたい、ああいった能力が子供に欲しい…それを叶えてくれる願望機。
シンは身体能力と病気に対する抵抗が一般人より遥かに高かった。
シンの赤い瞳も遺伝子操作の影響である。
終始淡々とした口調でシンは語る。
「…すいません、変なこと聞いちゃって」
「別に俺はコーディネーターだからってナチュラルは愚かだとか、コーディネーターはずっと優れているとかそんな差別じみたこと考えてないから。嫌な顔してたのは説明が面倒だったからだし、気にすんな」
そう言って笑った。
シンは最初の頃に比べてずっと笑うようになった。
異世界に飛ばされてしまったショックから殆ど笑うことはなかった。
笑うことがあっても、ぎこちない作りじみたような笑顔であった。
しかし、彼は一人ではなかった。孤独ではなかった。
フェイトがいた。彼のことを心配し、思ってくれるものがいたからこそ今の彼がある。
擬似的とはいえ、今のシンにとってフェイトは家族だった。
「シンさん優しいですね」
「なっ何言ってんだよ…全く」
照れているのを隠すためにそっぽを向く。

「ほら、もう体も大丈夫そうだし、続きやるぞ」
「はい!」
そう言ってエリオは起き上がる。
輝くように笑っていた。

日が落ちようとしていた。
シンはエリオのことを背負いながら歩いている。
エリオは疲れ果てて寝てしまっていた。
そのまま置き去りにするわけにもいかず、起こすのも野暮だったので背負うという選択肢を取ったのである。
シンとエリオを見知らぬものから見たら、兄弟のように見えるかもしれない。
───弟か。
弟がいれば、こんな風なのだったかもな…シンはそう考える。
「…んっ…」
エリオの瞼が開く。
「起きたか?」
「あっ、はい。もう大丈夫です。降ろして貰って構いません」
「気にすんな疲れてるだろ」
そう言って笑いかける。
「でも、重く…」
「重くないよ。言ったろ?俺は丈夫だから。それに…今はこうしてたいんだよ」
シンはエリオの言葉を遮り言う。
それきり会話は交わされなかった。
エリオはシンの背の中で再び寝入ってしまっていた。
「全く」
そう言いながら微笑むシン。
エリオのことを起こさないように慎重に歩いていた。

「ただいま」
「おかえり」
家に戻るとフェイトが座っていた。
「エリオは…寝てるね」
シンの背にいるエリオを見てフェイトは微笑んだ。
「起こす?」
「いえ、エリオも疲れただろうし、このままにしてあげた方が良いんじゃないでしょうか?っと」
そっとエリオをベッドまで運んでいく。
「ご飯になったら起こしてあげよう」
「そうですね…あっ、俺も手伝います」
そう言うと、シンは駆け寄っていった。
エリオはすやすやと眠っていた。
今日も世界は平和だった。