リリカルしーどS_第04話後編

Last-modified: 2007-11-18 (日) 16:09:11

「…眠れないな」
シンは起き上がる。
寝つきが悪かった。夜風に当たるためにベランダに出ていく。
シンにも罪悪感はあった。
今まで面倒を見て貰っておいて、いきなり、はい、さようならで納得出来るものがいようか。
だが、彼女の場合そういう問題ではなかった。
彼女は優しい。だが、それ以上に過保護であった。
このままではシンは何時までたっても自立が出来ないことになる。
それだけは避けたかった。はやてとの約束もあった。
後1、2年で1人前の魔導師にならなければならないのだ。
フェイトが教えるのが下手なわけではないが、彼女は教えることに関しては素人だ。
軍学校にはもっと上手く教えられるものがいる。
「…フェイトさん」
拳を握りしめる。
何とかして明日は勝たなければいけない、そう胸に誓いながら…。
フェイトはシンに気づかれない位置からその様子を見ていた。
「私にシンの決定を否定する権利はあるのかな?」
自問するように言う。答えは分かっていた。
分かっていたからこそそう問わざるを得なかったのだ。
だが、それでも、シンをそばに置いておきたかった。
最初の頃は触れたら壊れてしまいそうなほど傷ついていた。
今では、笑えるほどになったが、まだ危うさはある。
「…シン」
結局答えは出なかった。
そもそも、答えなどないのだから出しようもない。
未だにベランダにいるシンをよそにフェイトは自室に戻っていく。
夜が明ける。
結局シンは一睡もしなかった。だが、その眼からは眠そうな気配など微塵も感じさせなかった。
ダイニングに向かい歩き出す。
フェイトに軽く会釈をすると、席につく。
いつも通りの朝食、シンは手をつけようとはしなかった。
「シン、食べないと辛いよ」
フェイトは微笑むように笑う。
それもいつもと変わらなかった。
しぶしぶとフォークに手を伸ばしていく。
「……いただきます」
無言で目玉焼きを食べ、ジャムのたっぷりかかったトーストを手に取り、かじる。

ただ黙々と食べていくシンをじっと見つめるフェイトとエリオ。
シンは気づいている素振りをまるで見せなかった。
「ごちそうさま」
一人食べ終えたシンは立ち上がる。
「……それじゃまた後で」
シンはそれだけ言うと部屋に戻っていった。
部屋に戻り、デバイスを握る。フェイトが管理局から借りてきたストレージデバイス。
シンは調整を始めた。
フェイトから教えて貰ったメンテナンスを実践する。
──どれもこれもみんなフェイトさんから教えて貰ったんだな。
魔法の使い方、デバイスの管理方法、この世界における基礎知識……シンは本当にフェイトに感謝していた。
──だからこそ、自立しなければならないんだ。
それがフェイトへの恩返しに繋がるのだから。
携帯を開く。
マユ達とシンの写真。
「俺のこと見守っててくれよ…」
携帯をしまうとデバイスのメンテナンスに集中していった。
シンのメンテナンスが終わった頃にはすでに10時だった。
「お前もかなり無理させちまったな」
優しくデバイスを撫でる。
インテリジェントデバイスではないため当然反応はない。
が、シンには声が聞こえたような気がした。
「そろそろ、行くか」
シンが部屋から出ようとした瞬間に扉が開いた。
「いたっ!」
いきなり扉に頭をぶつける。
「だっ、大丈夫?」
扉を開けたのはフェイトだった。
彼女は慌てふためく表情をしていた。
思わず、笑みを浮かべるシン。今日初めての笑みだった。
「大丈夫です。俺に何か用ですか?」
「シン、昨日の話だけど…今から良いかな」
「奇遇ですね。俺も今から行こうと思ってたんです」
「…本当、奇遇だね」
フェイトは疲れたように笑う。
「じゃあ、行きましょうか」
シンがベランダに向かおうとするのを遮るようにエリオが立っていた。
何かを訴えるようにシンをじっと見つめる。
「シンさん…フェイトさん…喧嘩はダメですよ」

勇気を振り絞って発言する。
シンとフェイトは一瞬きょとんとしていたが、すぐに笑い出した。
何が起こったか分からないような顔をしていた。
さっ催眠術とか超能力とかそんなちゃちなもんじゃd(ry
「まるで新手のスタンド攻撃を受けたみたいな顔してるな」
「…スタンド攻撃って何ですか?」
「いっ、いや、何でもない。安心しろエリオ、別に喧嘩してるわけじゃないからよ」
そう言ってエリオの髪をクシャッとする。
そのまま、頭を撫でる。
「じゃあ、何でそんな…」
「ちょっと話し合いがこずれただけだから」
満面の笑みを浮かべるのはフェイト。
「昨日聞いてただろお前も。俺はここから出ていって、管理局に入りたいんだよ」
「えっ、あっ…シンさんここから出ていっちゃうんですか!?」
驚いたように言う。
「あぁ、もう決めたことだ。フェイトさんにそれを認めて貰うために今から模擬戦をするんだ」
「そんな…」
「バカだな。誰が一生戻って来ないなんて言った?」
安心させるようにシンは笑う。
フェイトはその様子をじっと見ていた。
その通りだった。軍学校に入ったとしてもシンがちょくちょく戻ってくるだろうことは明白だった。
シンはエリオと話をつけて、頭から手を離していた。
「それじゃ行きましょう」
シンがそう言うとフェイトは頷く。
それについていくように動くのはエリオ。
「お前も来るのか?」
「はい、お二人の模擬戦を見ようと思いまして」
「まっ、良いんじゃないか」
そう言って玄関の扉を開けた。
辺りは曇り空だった。だが、雲の先には光がある。
そして、曇をはらうかのような風もあった。

「…それじゃ始めましょうか」
シンはデバイスを構える。
「…本当にやるの?」
「何を今更、早いところ始めましょう…セットアップ」
シンの姿がバリアジャケットを羽織った姿に変わる。
「バルディッシュ・アサルト…セットアップ」
インパルスフォーム…フェイトの姿が白のマントを羽織ったものに変わる。
「それじゃいきますよ」
シンの周りにフォトンスフィアが精製される。
フェイトから教わった唯一の遠距離魔法だった。
彼が放てるのは最大四つ。その全てを一瞬で作り出した。
「穿て光の矢」
牽制の四発…当然フェイトのプロテクションに阻まれる。
シンは着弾と同時に飛翔した。
デバイスから魔力刃が生じる。
彼が最も得意とするのは接近戦だ。
ヴァジュラ…それがその魔法の名だった。
超高速でフェイトに近づいていき渾身の一撃を見舞う。
フェイトはそれをハーケンで防ぐ。
フェイトの魔力刃とシンの魔力刃がぶつかり合う。
「はぁぁぁぁ!!」
バリアジャケットで守られていない場所に蹴りを放つ…だが、いとも簡単に避けられる。
鍔迫り合いの状態から抜けたフェイトはフォトンランサーを穿つ。
シンが放ったそれよりもずっと速く、数も多い。
だが、シンはヴァジュラで叩き落とした。
シンは再び接近する。
遠距離で戦っても勝てる可能性はない。
フォトンランサーの撃ち合いをしたところで手数で劣るシンが勝つことなど有り得ないからだ。
幸い…シンは接近戦が得意だった。
だが、それはフェイトも同じ。
シンが放つ刃はまるで吸い込まれていくようにバルディッシュにぶつかる。
そして、返す刃はシンの頬をかすめていく。
それでも直撃を避けるように細々と動く。
「凄いなぁ…」
エリオはシンとフェイトを見上げる。
実力はシンが大きく劣っていた。スピードも技術も魔力も全てフェイトが上をいっていた。
だが、シンは必死に食らいついていく。
それを支えていたのはセンスと精神だった。
彼の負けたくないという思いがフェイトと斬り合うことを許していたのである。
「……っ!」
フェイトはヒヤッとさせられた。

一見すると、シンの攻撃はいとも簡単にいなされいるように見えるが、実はそうではない。
どれも油断を許さなぬ斬撃だ。
「だけど、私の勝ちは揺るがないよ」
バルディッシュを強く握りしめた。
シンがヴァジュラを振りかぶり、連撃を放つ。
普通の使い手なら防ぎきることは出来ないだろう。
だが、相手は歴戦の強者だった。
袈裟、逆袈裟、胴、突きの四連撃をいなす。
「なっ!」
連続攻撃をした後特有の隙が生まれる。
「アークセイバー」
光の斬撃がみまわれる。
とっさにプロテクションを生じさせるが、シンのプロテクションを斬り裂きそのままシンに直撃する。
衝撃でシンの体が跳ね飛び、そのまま壁に激突した。
バリアジャケットが激突の衝撃からシンの体を守るが、それでもダメージは蓄積される。
「フォトンランサー」
追撃の矢がシンに穿たれる。
動くことが出来なかったシンはフォトンランサーをまともに浴びる。
「……くそ……」
シンの意識が落ちる。
──ここまでなのか?俺の覚悟はこんなものなのか?
シンの脳裏にミッドチルダでの生活が蘇る。
優しく微笑むフェイト、笑顔のはやて、そして、なのは。困ったような表情をするエリオ。
そして、情景が変わる。白い天使…自由の天使。
七色の光が飲み込む情景…腕をもがれたマユ。
「あっ………あぁぁ…」
──大丈夫だから。
優しい声。
「そうだ…俺は…こんなところで立ち止まってられない!!」
シンの心に潜む負の心が消える。
「……」
フェイトは煙が晴れるのを待つ。
そこにはヴァジュラを構え…未だに闘志が乱れないシンがいた。
「嘘…?」
フェイトは今ので終わりだと思っていた。
シンにあれだけの攻撃を耐えられる力があるはずがないのだ。
だが、シンは立っていた。それどころか笑っている。
「フェイトさん…行きますよ」

飛翔する。ヴァジュラを構えながらフェイト目掛けて一直線で向かう。
フェイトがフォトンランサーを放つが、シンは全てを紙一重のところでかわす。
「これが俺の…」
ヴァジュラを大きく振りかぶった。
フォトンランサーを四つ放つ。
「どこ狙ってるの?」
フェイトは動く必要もなかった。それぞれがてんでバラバラの場所に飛んでいたからである。
ニヤリとシンは笑う。
「リフレクション」
魔力を反射する鏡。
それを四つフォトンランサーの起動上に設置した。
当然跳ね返る。フェイトに向けてフォトンランサーが反射した。
バルディッシュの自動防御が働く。球体上のプロテクションがフェイトを守る。
当然、シンもそれを予期していた。
「フォールディングゲイザー」
左手にナイフを精製する。
それをフェイトに向かって投げつけた。バリアブレイクの効果を有するそれは、着弾と同時にプロテクションを突き破り、フェイトの身ふと迫った。
反射的にバルディッシュでフォールディングゲイザーを防いだ。
そして、隙が生まれる。ほんのちょっとの…だが、決定的な隙が
「貰ったぁ!!」
渾身の一撃がフェイトに放たれる。
「……はぁはぁ」
息を乱しながらヴァジュラを解く。フェイトのバリアジャケットの一部を斬り裂いていた。
「……確かに一発貰ったね」
斬られたバリアジャケットを見つめながらフェイトは言う。
「私の負けだね」
「それじゃ……」
「うん、シンはゆく頑張ったよ。管理局には私が手配しておくから」
そう言って微笑んだ。
充実したような笑顔だった。
「ありがとうございます」
「シン…一つ良い?リフレクションでフォトンランサーを跳ね返す…あれはどこで思いついたの?」
あんな荒技を攻撃に使う魔導師は殆どいなかった。
フェイトは素直に感心していたのだ。
「夢中でやったんであんまり覚えてないです」
「そっか、凄いねシン」
そう言って微笑む。
「そっ、そんな…別に凄くなんかありませんよ」
シンは恥ずかしそうに赤面する。
フェイトはそれを見て満足そうに笑い、地面に降り立った。
シンもついていくように地面に降りる。

エリオはというと、降り立った二人の元に向かい、駆けだしていた。
「シン……フォトンランサーにどうやって耐えたの?」
あの攻撃は確実にシンを倒すために放ったものだった。
今現在のシンの力であれを防ぎきるのは不可能だ。
その攻撃をシンは耐えきった。それは奇跡にも等しいことだった。
「……実は声が聞こえたんです」
少し間を置いて、シンは答える。
「声?」
「はい…。あの時はもうダメかと思いました。最近の出来事が走馬灯のように蘇ってきて…怒りが沸々と沸いてきたんです」
そこまで話して一旦フェイトの反応を伺った。
彼女はシンの話に耳を傾けていた。
「…怒りが爆発しようとした瞬間大丈夫っていう声が聞こえてきたんです。それで…俺自分の目的を…救われなければならない弱い人を…大切な人を守るために管理局に入るっていう目的を思い出したんです。そしたら、こんなところで立ち止まれるかって」
シンは身振り手振りを効かせながら言う。
「…その声の人はシンにとって大切な人なんだろうね」
「俺もそうだと思います。…もう誰だか覚えてないですけど、ただ優しかったことだけしか…」
「フェイトさん!シンさん!」
エリオの声に会話が途絶える。
「二人とも凄かったです!」
若干オーバー気味なリアクションを取りながらエリオは言う。
彼の姿を二人は顔を見合わせるとフェイトはニコニコと、シンはクスクスと笑いながら見ていた。

トランクを引きずるシン。
中にはフェイトから勝って貰った服などが入っていた。
それからマユの携帯も…。
「それじゃ行ってくるエリオ」
「シンさん…」
悲しそうな表情をするエリオ。
シンは身を屈め、エリオの高さに合わせる。
「馬鹿、エリオがそんなんでどうするんだよ。男の子だろ?」
シンは笑いかける。

「それに前にも言った通り、一生の別れじゃない。時が来たらまた会えるさ。連絡もちょくちょくするしな」
「はい」
「よし、良い子だ」
シンはエリオの頭を撫でる。
「そろそろ、時間だよ」
「そうか、それじゃなエリオ」
シンは手を離し、立ち上がった。
エリオはシンのことを見上げる。
先ほどのような不安が表れたような瞳ではなかった。
「じゃあな。また今度な」
シンはそう言って車に乗り込んだ。
フェイトが乗り込むとエンジンを拭かせて発車した。
エリオは手を振った。シン達の姿が見えなくなっても手を降り続けた。
車の中でシンとフェイトは殆ど会話を交わさなかった。
無言の内に管理局の前まで到着する。
「それじゃ私の引率はここまでだね」
車から降り、フェイトは言う。
「頑張ってね」
笑顔を向けた。
シンの門出を祝福するようなそんな笑顔だった。
「はい!!」
シンも最高の笑顔を返す。
会話はそれだけだった。
フェイトから背を向けて歩き出す。
シンはこれからどんな苦難が待ち構えていても諦めず、やり遂げることを心の中で誓った。
一歩一歩を力強く踏み出していく。
空は雲一つない快晴だった。

ここに一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。
CE71年、ヤキンドゥーエ戦線…そこをかける2つのMSがあった。
「これが定めさ!知りながらも突き進んできた道だろう!」
プロヴィデンスから放たれるドラグーン
あらゆる方向からフリーダムを狙うそれはまさに必殺の攻撃だった。
だが、流石はフリーダムと言うべきだろう。並のパイロットからは考えられない動きでひらりとかわしていく。
「違う!人は……人は、そんなものじゃない!」
ザフトの切り札であるジェネシスが怪しく輝いていた。
「まだ苦しみたいか!いつか!やがていつかはと!そんな甘い言葉に踊らされて戦い続けたのは誰だ!」
クルーゼの執念がドラグーンとなって表れる。
激しさを増す砲撃。フリーダムはその砲撃を防いでいくだけで手一杯だった。
「どの道私の勝ちだ!ヤキンが自爆すれば、ジェネシスは発射される。最早止めるすべはない!地は焼かれ、涙と悲鳴は新たなる争いの狼煙となる!」
ぶつかり合う白と白銀。
「それだけの業!重ねてきたのは誰だ!君とてその一つじゃないか!」
ドラグーンから放たれる光はフリーダムを飲み込む
満身創痍の状態となったフリーダムだが、その闘志はまだ死んでいなかった。
サーベルを構える。
決死の一撃を放つ。
駆ける駆ける駆ける。
数々と作り出すドラグーンの弾幕をかいくぐりながらプロヴィデンスのコクピットを貫いた。
ここに一つの決着がついた。
世界を滅ぼそうとする悪を白の天使が打ち破った。
「……えっ?」
不意にアラームが鳴る。
ジェネシスが発射された。
ただ照射場所は地球ではなかった。ジェネシスの光はキラとクルーゼの二人を飲み込んだのである。
フリーダムの姿は文字通り消滅した。
キラ・ヤマト…そして、フリーダムという犠牲で、この戦争は幕を閉じた。

「おや、あれは……」
次元振が生じる。
そこから現れたのは茶髪の少年と白のデバイスだった。
「これは思わぬ拾いものをしたね」
紫髪の男がクスクスと笑う。
男に付き従うようにいる義手の少女。
「………起きたまえ少年」
茶髪の少年の肩を叩く。
「………ここは…?僕はジェネシスに……」
「ここは私の研究施設の近くだ。君は次元振でここに飛ばされてきたのだよ」
「……次元振?」
少年にとって聞き慣れない言葉だった。
「そう。私の名はジェイル・スカリエッティだ。君は?」
「僕は……僕はキラ…キラ・ヤマトです」
「………」
義手の少女はキラをじっと見つめていた。
「君は…?」
「私は…マユ」
キラとマユ…二人のものが出会いを迎える。
舞台は整った。