リリカルクロスSEED_クリスマス

Last-modified: 2008-12-26 (金) 00:10:09

12月24日・午後3時
「はぁ~~~~っ」
はやては長い長い溜め息を付きながらデスクワークをこなしていた。
年末ということでその仕事量は部隊長ということもあり膨大だ。
しかし、その量も然ることながらはやてのやる気を削いでいるものがあった。
「何でミッドチルダにはクリスマスがないんやろうな~」
クリスマスは自分たちが生まれた第97管理外世界にしか存在しない。
そのことは分かっているが、やはり自分にとっては12月24日~25日は楽しみなのだ。
それが今自分の目の前にある仕事に潰されようとしている。
最初のうちはクリスマスまでには終わらせると気合を入れていたが、減る様子がない。
むしろ本局と地上本部から仕事がどんどんと追加されているといっていい。
もし第97管理外世界ならクリスマスということで多少仕事が減ったかもしれない。
「しかも、ほとんどが部隊長でしか処理できない仕事って、なんやねん!」
はやては机の上にぐったりと上半身を倒れこませてしまう。
「こんなことやったらリインにも手伝ってもらうんやったな~」
隣の小さなデスクの主人は自分の仕事を終わらせたため、はやてが帰らせたのだ。
リインフォースやヴォルケンリッター達も仕事を終えてクリスマスの用意をしているだろう。
なのはやフェイトもクリスマスということではやてが仕事の量を減らして帰らせたのだ。
「うぅ、これが部隊長の運命ってのは覚悟してたけど・・・・・・はぁ~~~~っ」
そうやってはやては溜め息を付くと上体を起こして気合を入れた。
「だめやだめや、こんな暗い雰囲気だったら仕事が捗るわけない」
そういって自分のデスクから立つと外の空気を吸うために部隊長室から出て行った。
「け、決して一時的な現実逃避やあらへんよ?ただの休憩なんや」
そんなことを小さく呟きながら。

 

廊下を歩いていると休憩室から会話が聞こえてきていた。
「キラさんはクリスマスは誰と過ごすんですか?」
この声はシャーリーだ。シャーリーはどうやらクリスマスについて知っているようだ。恐らく誰かが教えたのだろう。
そして、その言葉から話し相手の中にキラが混じっているのが分かる。
「別に予定はないかな」
そうやってキラが笑いながら答えている。そんなキラの答えに同時に声を上げる者がいた。
「じゃ、じゃあさ、キラ。私と一緒に母さんの所でクリスマスパーティしないかな?
 今から海鳴に行けば丁度いい時間になるし、お母さんもキラに会いたがってたし」
「あ、それだったらキラくん。ヴィヴィオのプレゼント選ぶの手伝ってくれる?
 私一人じゃ中々決められないんだ。今からなら街に出ても十分間に合うし・・・・」
この声はフェイトとなのはだろう、若干慌てているのが声から分かる。恐らく顔を赤くしながら言っているのだろう。
2人ともキラとクリスマスを過ごそうと声を掛けてきているのだ。
「え?いや、それは・・・・・・えっと~」
突然の2つのお誘いにキラもビックリしているようだ。
「やっぱりキラさんってモテモテですね~」
そうやって楽しそうにキラをからかうシャーリーの声が聞こえてくる。
キラも多分顔を赤くしながら困ったように笑っているのだろう。嬉しいと思っているのだろう。
あぁ、なんだろう。考えるだけでムカムカしてきた。
自分は仕事でクリスマスが潰されるのにキラはクリスマスを大いに楽しむのだ、なのはかフェイトと。
そう考えると自分は休憩室の扉を開けていた。

 

12月24日・午後8時
はやては自分のやったことに自己嫌悪して頭を抱えたかった。
それでも仕事の手を止めないのは隣にいる人物の所為だろう。
「ここは・・・・・うん・・・・・OKかな。はやて、こっちの書類だけど・・・・」
キラが臨時で持ってきたデスクではやての仕事をこなしているのだ。
2人でやっているため確かに仕事の効率はいいが、クリスマスまでに終わるとは思えない。
キラのことだから全部終わらせるまで手伝いを続けるだろう。
そうするとキラはクリスマス返上で仕事をすることになってしまう。
(何でこんなことになったんやろうな~)
はやては先ほどのことを思い出していた。

 

「あれ?はや・・・・て・・・・さん?」
休憩室に入ったはやてが不機嫌そうに笑っているため、何故か「さん」付けで呼んでしまう。
いつもだったら明るい笑いが今日はかなり恐ろしく見える。
そのこともフェイトやなのは、シャーリーも敏感に感じ取ったのか黙ってしまっている。
「キラ君、ごめんな~」
「な、何が?はやて」
「キラ君に仕事が入っちゃってな、ちょっと今日は残業してくれるか?」
「そ、そうなんだ。大丈夫だよ」
首を縦に振る。何だか断れるような雰囲気ではなかった、断るつもりもないのだが・・・。
「そういうわけだから」とフェイトとなのはに両手を合わせて謝る。
2人も笑って「仕方ないよ」と許してくれたことには感謝した。
というより2人ともはやての凄みに当てられて何もいえないようだったが・・・・・。
与えられた仕事はかなりあった。隣のはやてを見れば自分の2倍以上はあるのが分かる。
年末ということもあり、部隊長の忙しさを知ることと先ほどまでクリスマスの話をしていたことに罪悪感が沸いてくる。
本当なら彼女だってクリスマスを祝いたいはずなのだ。リインフォースの誕生日でもある。
家族を一番大切に考えるはやてがその大事な日にまで仕事をしているのだ。
そう考えると自分が今出来ることは目の前の仕事を早く終わらせてはやての手伝いをすることだろう。
とりあえず目の前の書類を終わらせたのではやてに声を掛けることにした。

 

(あ~、もう!私は馬鹿や!大馬鹿や!)
先ほどのことを思い出し、はやては自分がキラのクリスマスを潰してしまったことに後悔していた。
膨大な量の仕事を目の当たりにして冷静な判断が出来なかったのだろう。
あの場でフェイトやなのはたち、ヴォルケンリッターたちにも声を掛ければよかった。
そうすればもっと早く終わるはずだろうが、それがはやてには出来なかった。
大事な家族や親友のクリスマスを潰してしまっていいのかと。
特にフェイトやなのはは実家に帰ったり、ヴィヴィオと過ごす予定だったらしい。
あんな風に楽しそうに話していたら切り出すのも切り出せなくなる。
ヴォルケンリッターもそうだ。今は恐らくクリスマスパーティとリインフォースの誕生日会の準備をしているはずだ。
それを潰してしまってもいいのだろうかという疑問が自分の中に渦巻いていた。
ただでさえキラを巻き込んでしまい、後悔しているというのに。
(自分が不幸やからって相手を巻き込んでどうするん。しかも、キラ君を)
しかし、心の中でキラと一緒にいることが嬉しい自分がいた。
そのことを思うとますます自分が嫌になった。
キラはというと仕事があること、その量を見ても渋ることなく仕事に取り掛かってくれた。
しかも、「早く終わらせてはやての仕事も手伝うよ」とまで言われてしまい、はやての心をチクチクと痛めつける。
今も横を見ると真剣な表情でパネルを叩くキラの姿がある。
こちらを見ていたのに気付いたキラがニコリと笑って見せた。
それを見た瞬間はやてはキラに話しかけていた。
「キラ君、仕事はもうその辺にして帰っていいよ」
(それじゃあ、仕事は終わらへんよ?)
自分の言葉とは別に心の声が自分に話しかけてくる。
「え?まだあるし、はやてのもたくさん残ってるじゃないか」
キラは驚いたようにはやての顔を見るが、その手を止めることはない。
「フェイトちゃんもなのはちゃんももしかしたらキラ君のこと待っとるだろうし、もうえぇよ。後は私がするから」
(フェイトちゃんとなのはちゃん、どっちとクリスマスを過ごすんやろうか?
 でも、それで本当にいいんか?もしかしたらそのまま・・・・・)
自分の我が侭の所為で仕事を押し付けてしまったことに後悔があるが、今の言葉にもはやての心はチクリと痛む。
心の声が嫌な考えを自分に問いかけてくるが、自分はその考えを否定する。キラの答えは予想が付くのだ。
「大丈夫、早く終わらせようよ。はやてだってクリスマスを過ごしたいでしょ?」
(あぁ、やっぱりこの人は優しい。このまま2人でいるのが一番だ)
その声にはやても同意したいが出来なかった、口から出たのは逆の言葉。
「もうえぇって、私ならこんな仕事ささっと終わらせるからキラ君は帰って」
(それでいいん?)
本心とは裏腹に律儀に言葉を返してしまう自分が何だか嫌だ。でも、その本心に従うのも自分は嫌だった。
「なら僕がいればもっと早く終わるよ」
「大丈夫やから」
「ちょっと待って。あ、なのはたちまだ隊舎にいるみたいだね。リインフォースたちも皆も呼べば早く済むかも」
それは先ほど自分が考えた。しかし、親友や家族のクリスマスを潰したくないという気持ちも今は強かった。
(それに・・・・・皆が来たら2人っきりじゃなくなるやん。)
そんな考えがはやての頭の中を渦巻いて、どうすればいいのかはやては分からなくなった。
そして、そのまま叫んでしまっていた。
「キラ君はもういいから帰って!!」

 

「は、はやて?」
急に怒鳴り声で叫んだはやてにビックリしてしまう。
今、自分ははやての機嫌を損ねることを言ってしまったのだろうか?
考えるが、思い当たる節がない。だが、よくフェイトやなのはも怒らせ、思い当たる節がなかったりする。
そんな自分の悪い癖がまた出てしまったのだと考える。
「ご、ごめん、はやて。僕、何か怒らせるようなこと言ったかな?」
恐る恐る尋ねるが顔を伏せてしまったはやてはフルフルと首を横に振る。
そう答えているものの肩が震えているのが分かる。泣いているのだろうか?
はやてを泣かせたのは十中八九間違いなく自分だろう。だから、もう一度謝った。

 

(違う!違うんよ、キラ君。キラ君は悪くない、悪いのは全部私なんや!)
そう心で叫びながらはやては顔を上げる、その目には涙があった。
「この仕事量を見る限り、クリスマスを祝えないかもって思ったんよ。それでも頑張った。
 休憩兼ねて休憩室に行ってな、丁度話を聞いてたんよ」
恐らく自分がフェイトやなのはにクリスマスの誘いを受けた時のことだろうとキラは推測する。
「それを聞いてな、何や頭にきてしまって・・・・キラ君に仕事があるって言って。
 キラ君もなのはちゃんたちも自分の仕事はちゃんと済ませてあるのにな」
この仕事量を1人でこなし、それがクリスマスまでに終わらないという状況、同僚はクリスマスで盛り上がっていた。
そんなことになればいくらはやてだって嫌になるだろう。
「ごめん、はやて。はやてがこんなに忙しいって知らなくて・・・・・・」
そうやって謝ろうとするが、はやての言葉がそれを遮った。
「でもな・・・・・」
「え?」
キラは自分を見上げてくるはやての顔にドキリとした。
「本当はキラ君がフェイトちゃんやなのはちゃんとクリスマスを過ごすのが嫌やったから。
 キラ君に手伝わせればクリスマスは2人っきりになれるとも思った」
そこまで言うとはやてはタハハと笑う。
「嫌な女やろ?だからキラ君は・・・・・・・」
「もう帰って」と言おうとした瞬間、はやてはキラに抱き締められていた。

 

「キ、キラ君?」
驚きの声を上げるが、キラは何も答えずさらに自分を強く抱き締めた。
「はやては嫌な女なんかじゃないよ」
「だって」とキラは笑いながら自分に語りかける。
「僕ははやてとクリスマスを過ごしたかったんだから」
その言葉に自分はビックリして彼の顔を見上げてしまう。
その顔は少し照れたように赤くなっている。
「だから、こんな風に仕事をしてても嬉しいんだ」
そう言ってくれる彼の笑顔が嬉しくて自分も笑顔になってしまう。
「はやて」
「キラ君」
お互いの名前を呼び合い、2人の距離がなくなる・・・・その一歩手前だった。

 

「はやて~~~~~!」
「はやてちゃ~~~ん!」
扉が開き、パーティ帽を被ったヴィータとリインⅡが飛び込んでくる。
後ろからはバスケットを持つリインフォースやシグナム、シャマルにザフィーラの姿があった。
「?どうされたのですか?主はやて、それにキラも顔が赤いようですが・・・・」
そこにはお互いのデスクで顔を真っ赤にしている2人の姿があった。
ヴィータたちが入ってくる瞬間、2人はデスクへと戻っていたのだ。
「やっぱりはやてちゃん、仕事たくさんあったじゃないですか~!私が帰るまで隠してたですね~」
「そうですよ、主はやて。私達にも言ってくれれば良かったものを」
リイン姉妹が笑いながらはやてに声を掛けてくる。同じくとシグナムたちもウンウンと頷いている。
そんな様子にはやては嬉しそうにニッコリと笑った。
「あはは、皆には内緒のつもりやったんだけどな~」
どうやらリインフォースたちは主の・・・・家族ピンチを敏感に感じ取ったのだろう。
そのことにはやては心から感謝した。
「でも、今はお仕事は休憩にして」
シャマルは手に持ったバスケットを開いてみせる。
そこにはクリスマスの定番メニューがたくさん詰まっていた。
「クリスマスをお祝いしましょう?」
ヴィータが自分が被っていたパーティ帽をはやてに被せる。
そして、ザフィーラが担いでいた簡易テーブルに料理が並べられ、飲み物の準備も行われる。
いつの間にか部隊長室がクリスマスパーティの会場へと早変わりしてしまった。
「ケーキ持ってきたよ~」
そう言ってやってくるのはなのはとフェイト、ヴィヴィオの姿だった。
「なのはちゃんにフェイトちゃん、どうしたん?海鳴に帰ったんじゃ・・・・・」
「何言ってるの?はやてちゃん」
「親友が忙しいのに友達がクリスマスを祝えるわけないよ」
「「私達もお手伝いするからね」」
そうやって笑うなのはとフェイトにはやては胸が温かくなるのを感じた。
先ほどまで2人に嫉妬していた自分が馬鹿馬鹿しくなる。そして、抜け駆けしようとしたことも心の中で謝った。
「さて、そろそろ乾杯をしましょう。主はやて、乾杯の音頭を」
そう言ってシグナムがはやてにグラスを渡す。
周りを見回せば全員がグラスを持ち、笑いながらこちらを見ている。
キラを見れば、笑いながら首を縦に振る。はやても笑顔で答えるとグラスを掲げた。
「よっしゃ!最高の家族と最高の親友たちに乾杯や!メリークリスマス!」
「「「「「「「「「「メリークリスマス!!」」」」」」」」」」

 

最悪だと思ったクリスマスは最高のクリスマスだった。 by.はやて