中身 氏_red eyes_序章

Last-modified: 2009-07-04 (土) 23:45:33

・・・遅い。

 

見渡す限りの荒涼とした大地、それを見下ろす様に黒と赤の狩人が疾走する。
獲物は前方を滅茶苦茶な軌道で逃げ回る緑の巨人。
狩人の片割れ、黒いグフが右手に保持したビームライフルを連射する。
出鱈目な狙いに見えたそれは、しかし初弾で緑の巨人、ザクの進行方向を妨害、2
射目で右スカートに装備されたグレネードを撃ち抜いた。
脇腹辺りで起こった爆発によってザクの動きが止まる。

 

「貰ったっ!」

 

間髪入れずに狩人のもう一方、深紅のグフが隙だらけのザクに大上段に構えたビームアックスを振り下ろす。
フライトユニットを切り裂かれて自然の摂理に逆らえなくなったザクを、
黒いグフのスレイヤーウィップが捕まえた。

 

『ご苦労様、それで最後だ。クライアントも喜んでるよ』
コクピットの中に顔よりは幾分か若い男の声が響く。
「了解・・・ルナ、お前も持ってくれ。1機じゃ重い」
ルナと呼ばれた深紅のグフのパイロットは、足を捕まえられて逆さ吊りにされたザクと、
人でいう所の口の位置に付いている放熱口から「グフ~」と音を出して過負担に苦しむ
黒いグフを見比べて溜息を吐いた。
「シン、あんたね~。捕まえるって言ったら普通腰でしょ腰」
そう言いながらザクの腰にスレイヤーウィップを巻きつける深紅のグフ。
「煩いなぁ。落とすよりは全然いいだろ?」
シンと呼ばれた黒いグフのパイロットは恋人の言に顔を顰める。
「あっホントに重い。装甲厚くしてその上空飛ばそうなんて虫が良すぎよ」
「無視ですか」
「あ~、んにしても暑いわね~。早く帰ってシャワー浴びたい」
「シカトですか」
仕留めた獲物をぶら下げる狩人の後ろ姿は勝利のVサインに見えないこともなかったが、
それにしてはあまりに間抜けな風景だった。

 
 

C.E.80、
世界はラクス・クラインが議長としたプラント、カガリ・ユラ・アスハが首領を務めるオーブの二巨頭と、
カリスマの不在や度重なる敗戦により勢力は劣るものの地球圏最大の支配地域を誇る地球連合の
3つの勢力によって危うくも尊い平和を保っていた。

 
 

「二人共お疲れさん。はいコーヒー」
「お、サンキュー」
「ありがと」
現在の家であるピートリー級グリッグスに帰還したシン・アスカとルナマリア・ホークは
ハンガーでヴィーノ・デュプレからコーヒーを受け取っていた。
ルナマリアがコーヒー好きになったのはシンの部屋で過ごす時間が増えたからだと
クルーの間ではもっぱらの噂だった。

 

「しっかし、9機相手によく無傷で帰ってこれたな」
そう言って沈黙した2機の巨人を見上げる。このMSはヴィーノの自信作だった。
黒いグフ、シン専用のこの機体は右腕のドラウプニル4連装ビームガンとテンペストビームソードを排除、
その代りにインパルス用のビームライフルと、シールド裏にビームサーベルを装備、
シールドはテンペストを収納する必要が無くなった為厚みを増やし強度を上げている。
加えて機体全体の装甲を薄くしてバーニアの出力も3割増に上げる事で凄まじい機動力を誇っていた。

 

対して深紅のグフ、ルナマリア専用機はシールドを排除、ドラウプニルを大型化、
威力精度共に性能が上がっている。
シンの生死を賭けた必死の説得により大鑑巨砲主義から脱し、近接戦闘に目覚めたルナマリアの為に
腰は近接戦用武装のオンパレードで、テンペストを右に、ビームサーベル2基を左に、
後ろにはビームアックスを装備している。
駆動系の出力を大幅に上げたことにより、右手にビームアックス、左手にテンペストを
同時に振り回すという荒業も可能である。
「だって唯のゴロツキよ?私達が負ける訳ないじゃない」
「整備不良でビームライフル故障してた奴もいたしな」
平然と答える2人に頭が下がるばかりだ。

 

ザフト内での孤立を深めた元ミネルバクルー総出で始めた傭兵稼業も今年で4年目、
今では宇宙艦、地上艦をそれぞれ1隻ずつ保有する中々有名な傭兵団に成長していた。
それもこれもパイロットが優秀だったからに他ならない。
相も変わらず積載MSもパイロットも共に2つしかない小規模な代物が、
ここまで伸し上がってこれたのは彼らのおかげだった。

 

「そういえば小遣い稼ぎに持ち帰ったザクに乗ってたパイロットはどうしたんだ?」
「んっ?現地住民に引き渡したよ」
「まぁ当然よね」
「そうだな・・・」
シンはガルナハンを思い出していた。嬲られる連合軍の兵士、
きっとザクのパイロットも同じ目に合うのだろう。
弱い人々を襲う連中を撃破しろ、という依頼の性格上仕方の無いことだがやはり胸糞が悪い。
なら人思いに撃墜すれば良いではないかと言われても、金が少しでも必要なのだから仕方ない。
MSのジャンクは高値で取引されるのだ。

 

「じゃあシャワー浴びたいしもういくわ。機体宜しくね、整備長さん。」
ルナマリアが手をヒラヒラさせてルナがハンガーを出ていく。
「・・・お前だよお前」
ボーとしているヴィーノにシンがツッコんだ。
「えっ・・お、おう」
「整備長になって何年経つんだよ、頼むぜ。」
そう言ってシンも出ていく。
ザフトを抜ける際、プラントに家族のいる者の多くはザフトに残った。
マッド・エイブスも妻子持ちだった為ザフトに残り、
年配者が多く抜けた整備班で長のお鉢が回ってきたのがヴィーノだった。
シンに言われた通り整備長になって大分経つが、未だにそう呼ばれることに慣れてないヴィーノであった。

 
 

依頼終了から数刻後、ブリッジには2人しかいないMS隊の隊長としてのシンが立っていた。
「さっそく次の任務ですか艦長」
「そんな不機嫌な顔しないでよ。まぁお楽しみを覗いた僕も悪いけどさぁ」
シンの前には艦長席に座るアーサー・トラインがいた。
タリア・グラディス亡き今、艦の総指揮をとる当傭兵団、レッドアイズ傭兵団司令である。
ザフトを抜けてから成長したクルーは数知れないが、彼程成長した者は他にいないだろう。
組織の長という立場が彼を強くしたのかもしれない。現にシンも3度程窮地を救われた。
レッドアイズという恥ずかしい名前も、元ザフトのスーパーエースを擁していると宣伝出来て
よいじゃないかと彼が命名した。

 

「ほんとですよ。せめてボイスオンリーにしてくれないとプライバシーもなにも有ったもんじゃないですよ」
「あっプライバシーで思い出したんだけど、毎晩毎晩シンの部屋が煩いってクルーから苦情が来てるよ」
「!?」
ピシッと石になるシン。オペレーター席にいたアビー・ウィンザーの顔が真っ赤になる、
他のブリッジクルーもニヤニヤしながらこちらを見ている。
「うちは女性クルーが少ないから殆どの男は自家発電で耐え忍んでいるというのにけしからんじゃないか」
「そうだー!」と男性クルーの声が続き、アビーの顔には『最低』の二文字が浮き上がっている。
ブリッジは完全にアウェイ、状況は不利・・・となれば。
「ごめん艦長」
「え、な・・にっ!」
シンはぐいっとアーサーの首根っこを掴むと・・・ブリッジから逃走した。

 

「君も随分立派になったよねぇ。僕が副長だった頃とは大違いだ」
咳をしながらアーサーはシンを見上げる。彼の言う通りシンは大きく成長していた。
23歳になった彼は、ボサボサ頭と生意気そうな真紅の瞳は変わらないものの、
身長はアーサーを軽く超える180cm、ガタイも軍人にしては細いものの十分なものだ。
そのシンが昔より幾分低くなった声で聞いてきた。
「俺をブリッジに呼んだ本当の理由はなんです?後、悪ノリのし過ぎは悪い癖ですよ」
大人になった彼に睨まれると中々迫力がある。というか完全にカツアゲの構図である。
「すまないすまない。あんまり君に嫉妬するクルーが多くてついね」
「ついでああいうこと言わないで下さい。アビーさんもいたんですよ?」
全く敵わない。成長したのは指揮力や胆力だけではないのが困る。
「まぁそれは置いといて。実は久々に長期依頼が入ったんだよ」
「受けるんですか?」
「ああ、衣食住は保障してくれるみたいだし金払いも中々良い。
 なにより最近ずっと移動しっぱなしだから息抜きも必要だろ?」
説明しながら小型の情報端末をシンに手渡す。依頼を受ける時は2人で決めることが多かった。
正確にはアーサーが検討した依頼をシンと確認するといった所である。
司令としては、直接戦闘を行うシンの意見は貴重だったのだろう。
その為、10も歳の差があるのにも関わらず彼らは仲が良かった。

 

「ふーん、町の護衛ですか。結構デカイですね」
「かなり情勢が不安定な所らしい。正規軍に頼んでそのまま基地化されるのも困るけど、
 下手な傭兵に依頼して町で好き勝手されるのも困るらしい」
「成程、それで俺達に」
傭兵は大体素行の悪いものだが、レッドアイズは司令の性格もあってお行儀の良い傭兵団として通っている。
まぁ町の娼館は確実に潤うだろうが。
「不満はないね?」
「ええ、じゃあ手続きお願いしますね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
と言いながら、後ろ手で振り返りもせずヒラヒラ手を振って廊下を歩いて行くシン。

 

その後姿が本当に眠らせてもらえるのは何時になるのかなぁと不憫そうな顔で見送るアーサーであった。