中身 氏_red eyes_第12話

Last-modified: 2009-09-29 (火) 03:20:20

プラントの最高意思決定機構である最高評議会。
その緊急会議が、薄暗い部屋の中で行われていた。
今回の議題であるSOCOMの謀反への対策。
その参考人としてSOCOM総司令官であるガタいの良い初老の中将も出席していた。
「地球のSOCOMとも連絡が取れないとなると、地球の我戦力は全て敵に回ったという事でしょう」
地球の国々への刺激を最小限に抑える為、メサイア戦後地球にあるザフトの基地は
極限られた規模と数に絞られた。
その為置ける戦力はおのずと限られ、結果として少数精鋭であるSOCOMの駐留地点になっている。
要は、ザフトの地上軍=SOCOMなのである。

 

「SOCOMが戦力を整える前にこちらから打撃を与えるべきでは?」
「奴等の戦艦はミラージュコロイドを装備し、常に高速で移動している。それをどうやって探すと?」
無秩序に繰り広げられる論争に、ラクスは内心うんざりする。
各議員から飛び出す言葉は、どれも中将への責任追及と、他の者に決断を委ねた無責任な発言ばかりだ。
各々の仕事に関しては優秀な者達なのだが、如何せん責任を取りたがらないのが彼らの習性であった。

 

「皆さん」

 

無秩序な喧騒の中に、静かな清流の様な声が木霊する。
議員達はピタリと会話を止め、一回りは歳下の歌姫に注目する。
「SOCOMが如何に精鋭とはいえ、母体となるプラントを敵に回してそう長くは潜伏出来ないでしょう。
 いずれは痺れを切らして一斉に攻撃に出る。そして、彼らにその後は無い。
 何より我々には、プラント防衛隊と騎士団がいます。
 今するべき事は、こちらの防備を整え、民を不安にさせない様、揺るがずに構えている事です。
 違いますか?」
ラクスの提示した案に、議員全員が安心感に包まれて頷く。議員達が黙った所に、すかさず解決案を出す。
これがこの数年でラクスが会得した、議会の操り方だった。
しかし、この方法は誰しもが出来うる事では無い。
ラクスが生まれながらに持ち合わせた、「声」という最強の武器。
コーディネートだけでは説明が付かないそれは、
コーディネーターに対しての鎮静作用と、強いカリスマ性を持ち合わせた奇跡の声だった。
それなくしては幾ら議長とはいえ、20代そこそこの小娘の声に、
百戦錬磨の政治家達の耳を傾けさせるのは難しいだろう。
「SOCOMへの対策として、中将には協力して頂きたい事が山程ありますので、彼の処分は保留とします。
 よろしいですね?・・・では、これにて緊急会議を閉会します」

 
 
 

幾多の兵士達が眠る軍人墓地、立ち並ぶ墓石の中でも一際大きい2つの墓石の前に、
ラクス・クラインは立っていた。
そこで彼女は、他人の前ではけして見せない疲れた表情を浮かべる。
今回のSOCOMの一件の様に、決定者に強い責任が生じる事案は議員達が消極的になってしまう為
実質ラクス1人でこなしていた。
その責任感の強さが彼女の長所でもあり短所でもあるのだが。

 

「こんな私を見て、貴方は天国で嘲っているのでしょうね」

 

誰に向かう事も無い様に見える言葉は、眼の前の2つの墓石に向けられた物だ。

 

墓石にはそれぞれ「エターナルクル―」、「アークエンジェルクル―」の名が彫られている。

 

最早この世にはいない、自分自身が消し去った砂漠の虎に、ラクスは話しかける。

 

「でも、私は選びました。貴方達のいない道を、プラントを存在させ続ける道を・・・」

 
 

実は、コーディネーター再生計画に対し、初めに反発したのは
当時ラクスの右腕だったアンドリュー・バルトフェルトであった。
話は3年前に遡る。
国の為に生み出される人間などおかしいと、人間の為に国は生まれ、滅びるべきだと説いた彼と、
コーディネーター存続の為にはプラントの維持が最優先だとするラクスでは何度話し合っても意見は平行線。
業を煮やしたバルトフェルトは、この計画を公にすると脅迫紛いな事を言い出す。
それに対し、遂にラクスは彼の暗殺を画策した。

 

同年、戦力を十分に蓄えた地球連合軍はプラントに対して宣戦を布告。
軍縮の真っ最中だったプラントは本国付近まで侵攻を許してしまう。
しかし、当時設立直後だったSOCOMと歌姫の騎士団がこれを撃退し、
侵攻はプラントの勝利という形で幕を閉じる訳だが、この過程でラクスはある賭けに出る。
戦闘中のどさくさに紛れたバルトフェルトの暗殺である。

 

この頃まだ同盟国だったオーブはこの侵攻と同時に連合が自国にも侵攻すると予測した為、
プラントへの援軍は強い志願のあったアークエンジェルの1隻のみとした。
ザフトと連合軍の決戦の際、ラクスは議長という立場もあってアプリリウス・ワンで指揮を取り、
バルトフェルトが艦長を務める旗艦エターナルと、同盟国の艦であるアークエンジェルは
主戦場から離れた宙域に置いた。
戦況は、キラ・ヤマトのストライクフリーダムを筆頭に、SOCOMと歌姫の騎士団が
主戦場を支配していた事もあり、このまま問題無くザフトの勝利に終わると思われた。

 

しかしザフトにとっての大きな誤算は最後にやって来る。
ミラージュコロイドを装備した連合艦隊が、主力部隊が戦闘している間に大きく宙域を迂回、
ザフト本陣の後方から一気に仕掛けたのである。
戦況で圧倒していたザフトは、徐々に後退しつつあった連合主力艦隊を追撃加える為に
本来の陣形より前に出過ぎていた。
それが仇となり、陽動に気付いた時には最後方に位置していたエターナルとアークエンジェルは
他の部隊から大きく孤立。
そこに今までの鬱憤を晴らすかの如く、連合の奇襲艦隊が襲いかかったのだ。
過去、ア―モリ―・ワンを奇襲したガーティ・ルーの同型艦が、計5隻。
奇襲に割くには些か多すぎる戦力は、地球連合の強大さを物語っていた。
エターナルとアークエンジェルの艦載機であるドムトルーパー6機と、ムラサメ5機、
ネオ・ロアノーク大佐の駆るアカツキがこれを迎撃。
間もなくして、逸早く異変に気付いたキラ・ヤマトのストライクフリーダムが
前線から急行して迎撃に加わる。
しかし、この日の為に訓練を受け、同胞の命と引き換えに奇襲を実行した連合艦隊の
気迫と戦闘能力は凄まじかった。
激しい戦闘の末、奇襲艦隊を撃破するも、エターナル、アークエンジェルは共に撃沈、
艦載機も全て大破しネオ・ロアノーク大佐も戦死。
ストライクフリーダムも大破し、キラ・ヤマトも負傷している。

 

この惨劇は、各国の軍部、軍事評論家の間に激震を走らせる。
2度にわたり世界を平定した2隻の艦が沈んだのである。
特に、不沈艦と呼ばれたアークエンジェルの撃沈は、大きな波紋を持って世界を揺らした。
評論家達の間では「ラクス・クラインの経験不足が起こした事態」だというのが通説だった訳だが、
真実はこれとは全く異なる。

 

ラクスは、事前に送り込ませていたスパイから
地球連合軍が何時、どの様な陣形、作戦で来るかの情報を得ていたのだ。

 

この様なスパイは世界各地にいる。無論オーブにもである。
議会掌握後直ぐに散らせたこのスパイ達は、基本的に人を信用しないラクスの人格を色濃く示すものだ。
その情報を利用して、バルトフェルトと、コーディネーター再生計画を続ける上で
将来大きな壁となりそうなアークエンジェルを消したという訳である。
結果として多少に損害と引き換えに邪魔者を排除したラクスだったが、その後に訪れたのは深い孤独だった。

 

「今更、この計画が神への冒涜だとは思いません。
 それを言ってしまったら私達の存在その物が冒涜ですもの」

 

残ったのは、人口の減少と、食料難に苦しむ国と、融通の利かない議員達。
それと自分の為政に期待を寄せる国民。味方と呼べる者は全て失ってしまった。

 

「でも・・・これはきっと罰なのでしょうね。
 国の為という名目で人を創り、人を殺す、冷酷非道な神気取りの女への」

 

自嘲する彼女の顔など滅多に見られた物ではない。
常に笑顔の仮面が張り付いたラクス・クラインの、生の感情だった。

 

「私を止めてみなさい、キラ・ヤマト。貴方が正しいなら、必ず貴方が勝つでしょう。
 でも、私は殺されない限り止まるつもりはありません。貴方に・・・それだけの覚悟はありますか?」

 

どこにいるかも分からない恋人に問いかける。
無論答える者は誰も無く、人影の無い墓地を夕方に設定されたプラントの空がオレンジ色に染めていた。