中身 氏_red eyes_第13話

Last-modified: 2009-10-03 (土) 01:06:42

衛星軌道上の宙域に中規模な艦隊がいた。
しかし、それを肉眼で捉えた者がいたら即座にその事実を否定するだろう。
実際、どの国家の監視の目もそれを1隻の戦艦と認識している。
しかし、事実としてそこに艦隊は存在していた。
注意深く見れば、姿を晒している戦艦の周りに空間の歪みが確認出来るだろう。
世界中の国家からその存在を隠蔽している艦隊の正体は、
今や地球圏最強の呼び声も高いSOCOMの宇宙艦隊である。
艦隊最大の武器である、全艦に装備された新型ミラージュコロイドは、
発生装置が巨大で必要とする出力も膨大な為にMSには積む事が出来ない。
その代わり、従来の物より隠密性が増し、展開時間もほぼ無制限である。
展開中はビーム系の火器が使用不能になるのが難点ではあるが。
それを展開した多数の艦船の中心に位置する、一隻だけ丸見えの戦艦の名前は「ギャズ」。
所々補修の後が見えるオンボロのローラシア級であるこの艦は、レッドアイズの宇宙での拠点であった。

 

その艦内では、イザークが艦のスペックが表示されたモニターを食い入る様に見つめている。
「これがお前らの艦か・・・」
「そう、僕らが傭兵になって初の母艦だよ」
傭兵稼業を始める際の初めて購入した母艦なだけあって、アーサーはこの艦を大事にしていた。
ミネルバでは経験出来なかった様々な事を教えてくれた艦であるからだ。
「駄目だな」
「えっ?」
「耐久性、速力、火力、どれを見ても低すぎる。うちの陣営にいると足手纏いだな」
「なっな、な・・・」
酷い言い草にアーサーは唖然とする。艦船乗りにとって、艦は命を預ける大事な相棒である。
それを馬鹿にされて、黙ってはいられない。
「だったら、どうしてウチみたいな貧乏傭兵団に依頼なんてしたんだい?
 SOCOMの使う艦と比べたら、どんな組織の艦船だって型落ち同然だろう!?」

 

アーサーの主張には世界のどの艦船乗りも同意するだろう。
SOCOMはあらゆる面で世界最強の装備を揃えている。
MS、人材もさる事ながら、組織の軍事行動の要である艦船にも最高の物が用意されていた。
主力艦であるナスカⅡは、元であるナスカ級を現在の最高技術で強化したコスト度外視の高速艦である。
火力の面では然程進歩は無いものの、空中航行を可能とし、MSカタパルトが2基に増設され、
速力においては過去にザフトの旗艦を務めたエターナルと同速を誇る。
他の組織では十分旗艦を張れる性能を誇るこの艦だが、その上には更なる高性能艦が存在する。
ミネルバ級プライス、ミネルバをSOCOM専用にカスタムした戦艦である。
初代ミネルバと同じ級に属しているものの、その性能はケタ外れだ。
ナスカⅡ同様、火力において元となったミネルバと大差は無い。
しかし外観は大きく様変わりしていた。インパルス専用艦という任を解かれたこの艦は、
排除された艦中央のインパルス専用カタパルトを斜め前に伸びた、2基の通常カタパルトに換装しており、
これによって前後左右からMSを同時に6機出撃させる事が可能となっている。
左右に突き出ていた折り畳み式の巨大ウィングは、隠密性向上の為に排除。
結果として、目的としていた隠密性の向上の他に、被弾率の低下の効果も得られている。
そんな集団と比べられたら、初代MS運用艦のローラシア級であるギャズが
足手纏い扱いされるのも致し方ないという物だ。

 

「で、ものは相談なんだが、新しい艦に乗り換える気は無いか?」
「新しい艦?」
イザークの言葉に疑問符を浮かべるアーサー。
確かにローラシア級のギャズでは、どれだけ改造した所で
SOCOMの艦船と足並みを揃える事は不可能だろう。
しかも、乗り換えるにしても空いている艦など無い訳で、
この状況では新しい艦を発注したりする時間も無い。
疑問符を浮かべるのも当然であった。それを分かっているのか、イザークがモニターを起動させる。
すると、モニターに宇宙の建造物が2Dで表された図が表示された。
「これは?」
「プラント前でやり合う前に、1つやる事がある」
モニターに映る、プラントとその前にある要塞がズームされる。
「ヤキン・ドゥーエⅢ、プラントへの侵攻を逸早く察知する為の、盾として存在する基地だ。
 ただ、3年前に先任のヤキン・ドゥーエⅡが連合に破壊されていてな、正直要塞と呼べる戦力はまだ無い」
メサイアが消滅してから据えられたヤキン・ドゥーエⅡは、3年前の連合との戦いで破壊されており、
その後急遽作られたのがヤキン・ドゥーエⅢである。
しかし、完成から1年そこそこしか経っていないこの要塞は、規模も小さく戦力も然程多くない。
ただ、その位置関係から、プラントへ侵攻するには必ず落とさなくてはならない場所でもあった。
「どうやらここで、新造艦のテストが行われているらしい。
 要塞を落とすついでにこれを貰い受けようという訳だ」

 

SOCOMに残された時間は少ない。食料、燃料、どれをとっても限界が見え始めている。
この衛星軌道上で合流する地上軍が兵糧を満載して来てくれる手筈だが、
それでも何時まで保つかは分からない。
「・・・その艦を依頼料として受け取れるなら良いけど、ギャズを手放すのは・・・」
「いいじゃないですか。さっさと奪っちゃいましょうよ。その戦艦」
アーサーにはこれまで付き合ってきた相棒から、新たな艦に乗り換えるのに些か抵抗があった。
そんな中年男の繊細な気持ちを打ち砕く様な声が、
彼らが話し合っていた狭い食堂の出入り口から聞こえてきた。
「酷い事言うなぁ。君にはギャズに対する敬意とか愛着とか無い訳?」
振り返ってシンを非難するアーサー。対するシンは、詫びる様子も無くアーサー達の座る席の横に座る。
「流石に狭いんですもんこの船。グリッグスの方が甲板があるだけまだマシだ」
「・・・・・・仰る通りで」
シンの言う通り、ローラシア級であるギャズの艦内は些か狭い。MS格納技術がまだ拙い頃の艦なので、
廊下や部屋などの移住スペースがハンガーのスペースの煽りを受けていて狭いのだ。
シン達が初めて乗った戦艦が、巨大戦艦ミネルバだったせいで余計にそう感じるというのもあるのだが。
彼の言葉にアーサーも心当たりがあって言い返せない。
ミネルバと比べると、ブリッジの席は御世辞にも座りやすいとは言えない。
「では決まりだな。敵新造艦を奪い次第、その艦はアーサー司令に任せる。頼むぞ」
「仕方ないか・・・」
アーサーががっくり肩を落とす。押しに弱いのは相変わらずである。

 

「そういえば、いいんですか?1機も見張りに付いてなくて?今こられたら完全に後手ですよ」
話は別の話題へと移る。
現在SOCOM宇宙艦隊は、地球から打ち上がってくる地上軍と合流する為に
衛星軌道上で待機している状態である。
いくらミラージュコロイドの性能が良いからといって、
MS1機さえ見張りに出していないのは常識では危険極まりない。
「俺達がここにいるのに気付いているのは2つの国家だ。
 1つは世界一の監視範囲のある地球連合、2つ目は元所属だったプラントだ」
「見つかってるなら尚更・・・」
「話を最後まで聞け。要点は、2つ共今は攻撃はしてこないだろうという事だ。
 連合にとって、俺達SOCOMが軌道上にいるのは何時もの事。
 プラントは、周りの国に俺達が離反した事を出来るだけ知られたくない。
 以上の理由から、攻めてくる物好きなんて宙賊ぐらいだ。
 それに、万が一攻められても相手が多勢なら逃げれるし、少数なら接近される前に殲滅出来る。
 わかったか!」
シンに話の腰を折られて後半を一気に話したせいか、話終わったイザークは若干酸欠気味に息をする。
「まぁいいですけどね。お陰で俺達は暇ですから」
「暇?何を言っている。地上軍と合流し次第、ヤキンを陥落させるんだ。MSの調整でもしていろ!」
全く気が締まって無いシンの態度に勢い良くテーブルを叩いたイザークだったが、
返ってきた反応は全くもって予想外だった。
「え、俺初耳なんですけど」
「大丈夫、僕もさっき聞いた所だから」
なんで怒られたのか分からないという顔をするシンに、アーサーが耳打ちする。
「・・・ディアッカめ、連絡をサボったな」
軽く赤っ恥な状況に、テーブルを叩いた手を擦りながらゆっくり座るイザーク。

 

本来連絡役であるシホは傭兵やらジャンク屋に良い思い出が無い様で
レッドアイズに関わりたがらなかった事から、連絡をスムーズにする為
ディアッカを連絡役に指名した筈だが・・・。
「全く・・・有能なのか無能なのかはっきりしない男だ」
軽口を叩くものの、仕事に関しては誰よりも誠実なディアッカだが、
突然やる気がなくなったりするから困る。
キラも、たまにシャキッとするかと思えば直ぐにヘタレになる・・・。
深い深い溜息が狭い食堂に響く。イザークの胃は崩壊寸前だった。

 
 
 

窓の外に映る景色が、透き通る様な青から星々が輝く黒へと変わる。
SOCOM地上軍所属の、赤茶や緑の迷彩色のままのナスカⅢが次々と衛星軌道上に集まっているのだ。
その中の一隻の所属MSパイロットであり、『黒い三連星』の異名を持つ小隊のリーダーでもある
ヒルダ・ハーケンは、部下2人と共に廊下から見える宇宙を眺めていた。
「もう、後戻りは出来ないな」
ヒルダの部下の1人である眼鏡を掛けたヘルベルト・フォン・ラインハルトが、神妙な面持ちで宇宙を見やる。
「状況はあの時と一緒さ。勝てば官軍、負ければ賊軍。要は勝てばいいのさ」
そう、状況はラクスに従って戦ったメサイア戦役と何ら変わりは無い。
自分達MS乗りは、ただ己の信念に従って戦うだけだ。
「でも、今更だが意外だぜ。姐さんがラクスさんを敵にして戦うなんて」
もう1人の部下であるゴロツキ面のマーズ・シメオンがこちらを見ながら呟く。
マーズは顔に似合わず心配性だから、ヒルダを気遣っているのだろう。
「今回の戦いは、ザフトに所属してたら否応無く巻き込まれるだろう?
 なら、自分の納得出来る陣営で戦いたいってだけさ。
 私達もある意味人造人間だけど、人じゃなく、機械から生まれる人間だらけの故郷なんて御免だからね。
 それに・・・」
「それに?」
「今の今までラクス・クラインの人形の様だったアイツが、
 一人前の男になろうとしてるんだ。どうなるか、見てみたいもんじゃないか」
ニヤリと笑うヒルダに、2人の部下は揃って頷く。

 

SOCOM地上軍の2大エースである自分達『黒い三連星』と
『聖剣』キラ・ヤマトは、長年共に戦い続けた仲だ。
何度か同じ作戦に参加した事もある。
その度に、SOCOMの、プラントの暗部とも言える凄惨な作戦の中でも、
飽くまで不殺に拘る彼の戦闘スタイルにイライラさせられたものだ。
それでも、彼の不殺に悩む姿を見ていれば、
人を国の維持する道具としか見ていないラクスよりは愛着が湧くというものだ。
「そういや、アンタ達はどうしてこっち側に参加したんだい?別に強制してない筈だよ」
「おいおい、それこそ今更だな。俺は姐さんに付いて行くしか能がないだぜ?」
「お前に付いて行くと人生が面白い。それが俺の理由だ。別にお前の為じゃない」
どうしようもない理由に、3人揃って大声で笑う。本当に良い部下を持ったとヒルダは思う。
この戦いも、最後まで3人で駆け抜ける。そう決意を新たにするヒルダだった。

 
 
 

「地上軍、合流完了しました。周辺に敵影無し、尾行の痕跡も認められません」
「有難う。これより我々は、ヤキン・ドゥーエⅢに向かう。全艦、我に続け。
 地上軍は、到着までに全装備を宇宙用に調整されたし、以上」
オペレーターの報告に頷くと、キラは全軍への指示を飛ばす。
本当は演説の1つでもかまして兵員の士気の向上させる方が先かもしれないが、彼らには時間がなかった。
ミラージュコロイドを張ったままではヤキン・ドゥーエⅢの座標まで数日の時間を要する為、
その間に済ませられる事はそちらに回す。
「キラ、地上から馬鹿が来てるぞ。食堂に来い」
「馬鹿?こんな時に?」
指示を一通り出し終えると、イザークから呼び出される。どうやらキラの知人らしい。

 

ギャズとは違って無駄に広いプライスの食堂、その出入り口からシンが見えている。
シンも呼び出されたのだろうか。
遠くから見える彼の表情は、御世辞にも喜んでいる様には見えない。

 

地上から来た自分とシンの共通の知人で、加えて馬鹿。

 

そんな知人にキラは覚えが無い。頭に『?』を浮かべたままイザークと共に食堂に入る。
そこには衝撃的な人物がいた。

 

「アッアスラン!?」
「なっ何故バレたんだ!?」

 

シンの向かい側の席に腰を下ろすのは、
前がはだけ、襟をおっ立てたノースリーブのジャケットを着て、グラサンを颯爽と光らせる男。
全身真っ赤な彼は、正に不審人物と呼ぶに相応しい。
しかし、キラには一目で分かってしまったのだ。何故なら・・・。

 

「そりゃ分かりますよね。その凸がある限り」
黒光りするグラサン以上に輝く彼の凸を指すシン。イザークもそれに頷く。
「全く・・・、クワトロ・バジーナだったか?今回の偽名は。
 嘗てザフトの英雄とも言われたお前が、情けない」
中学生の頃にどうしても勝てなかった親友が、同窓会でどうしようもない奴になっていた。
そんな心境になったイザークは額に手を当てる。
「わっ私はクワトロ・・・」
「あれ、アスランじゃねぇか。何?それ新しい仮装か」
既にバレテいる変装を必死に取り繕うアスランに、
イザークに呼ばれて食堂に来たディアッカが止めを刺した。

 

「・・・今回の変装は自信があったんだが」
何時何分何秒、地球が何周回った時にその自信がついたのかのか甚だ疑問だが、
一同にはそれよりも疑問に思う事があった。

 

「「貴様(アンタ)何故ここに来た(んだ)!!」」

 

シンとイザークがアスランに詰め寄る。此間オーブでクーデターを起こしたのはイザークも知っていた。

 

「・・・ラクスがこんな事をしてるなら、止めなきゃならない、そう思ったんだ」
「馬鹿だ。やはり貴様はアスランだな」
「・・・まだ分かって無いのな、アンタ。アスハを守るんじゃなかったのかよ?」
「しかし、プラントは俺の故郷だ。父上が命を賭けた物なんだ!
 それが、おかしくなっていくのを・・・黙って見てはいられない」
「アスラン・・・」

 

キラにはアスランの気持ちが痛い程分かる。
父を失った第二次ヤキン・ドゥーエ戦後のアスランは、触れる事も憚られる程気落ちしていた。
善悪は別として、アスランの父であるパトリック・ザラは愛国者であった事は間違いなく、
本人が認識している以上に父の影響を受けたアスランにとって、
プラントの有事は無視出来る物では無かった。
「カガリが言ったんだ。行ってこいと、ケジメを付けてこいと」
アスランは父と最期まで真正面から向き合う事が出来なかった。
カガリは、彼が父にコンプレックスを持っている事に気付いていた。
もう生身で向き合う事は叶わずとも、この戦いでプラントを元に戻す事で
アスラン自身がケジメを付けられると踏んだのである。

 

「MSはどうするんだ?Iジャスティスじゃ直ぐお前がいるって分かるだろ」
アスラン・ザラがSOCOMと一緒に行動しているとなれば、国際問題である。
ディアッカの指摘はもっともであった。
「ナイトジャスティスを持ってきた」
「あー、あれか」
「あれ?」
シンが納得した様に頷く。ナイトジャスティスを知らない他の3人は首を傾げる。
「ナイトジャスティスは一見ではガンダムタイプには見えないし、ザフトの機体に混ざっても目立たない。
 身分証も偽造してきた」
「・・・どんな機体なんだ?」
「ずんぐりむっくりのゴテゴテ機体」
シンの投げやりな説明に、アスランは閉口する。言い返せないのが悔しいが、彼の表現は的確だった。
シンと戦った時はトツカノツルギのみを装備していたが、今回は他の装備も装備している。
その姿は正しくゴテゴテのそれである。
「取り合えずその服を脱げ、そんな格好で歩かれたら隊の士気に関わる」
「そんなに変か・・・?」
今度は服装を指摘され、この場で唯一味方してくれそうなキラに助けを求める様に視線を向けるアスラン。
「・・・アスランはカガリに服選んで貰った方が良いと思うよ」
「!?」

 

親友からの思わぬ一撃に、結局アスランはザフトの赤服に着替えたのだった。