中身 氏_red eyes_第26話

Last-modified: 2010-02-02 (火) 01:09:56

攻め入っている立場であるSOCOMが保有しているMSの数は、どうしても艦船の数に制限される。
しかし、守りのプラント防衛隊は違う。艦船だけでは無く、プラント本国からもMSを吐き出していく。
即ち、最前列に位置していたローラシアⅡ級の砲列が撃破された事が
そのままMS戦闘力低下を意味する物では無い。
今も、プラント、主に軍港の役割を果たすア―モリ―・ワンから次々とMSが戦列に加わっていた。
要は、MSの絶対保有数が根本から違うのだ。
幾ら一騎当千のSOCOMでもこの陣営は破れない、ザフトの面々は誰もがそう思っていた。
しかし

 

「タル、スカ―及び最前列に位置していた艦が突破されました!」
「敵先鋒、更に我陣営に侵攻、止まりません!」
「後方の艦より多数のMSを確認。主力MS隊と推測されます!」
旗艦スレイプニルのブリッジではオペレーターが次々と良くない知らせを持ってくる。
こんな事態は誰が予測したであろう。

 

当初議会が立てた予測では、SOCOMはプラントを盾にする事で投降、
悪くとも敵の士気を挫き、仲間割れを起こすと踏んでいたのだ。
しかし現実には、艦砲射撃は緩いものの、MS同様動きに全くブレが生じない。
議会の寄越した予測など歯牙にも掛けていなかった艦長も、この事態には唇を噛まざるを得ない。
(特殊部隊という組織を甘く見た。
 連中にとって、プラントを人質に取られるのとVIPが一人人質になってんのは
 大して変わらないという事か)
「敵は乱戦時にも小まめにミラージュコロイドを展開してくるぞ!
 全艦対空監視を密にせよ!数でも射程でもこちらが勝っているんだ。落ち着いて守りを固めろ!」
敵への称賛は心の中だけで抑え、全艦に指示を飛ばす。
崩れていっているのは艦もMSも新兵が配属されている部隊が中心である。
彼らは、その殆どが大きな戦闘を経験していない。
精々海賊退治や、連合が寄越す小規模な工作、偵察部隊を追い返す程度の戦闘しか知らないのだ。
これは、防衛を主な任務とする軍隊が生み出す弊害と言えた。

 

「艦長、オープンチャンネルで通信を私に」
「話しますか?」
今まで黙って戦場を見ていたラクスが、艦長に通信を自分の方に回す様に指示する。
その意図を察した艦長の言葉にラクスがゆっくり頷く。

 

『SOCOMの皆さん、私はラクス・クラインです』

 

戦場に大凡似つかわしく無い美しい声が響き渡る。それだけで、戦況が動くのを艦長は感じた。

 

『何故、貴方方は戦うのですか?
 貴方方が今討っているのは、嘗て共にプラントを守ったザフトの方々です』

 

美しくも恐ろしい、戦士を惑わすセイレーンの声が、戦場を覆い始めた。

 

「みんな、意志を強く持つんだ!彼女の声に、耳を傾けちゃいけない!」
キラ、アスランと共に砲列を突破したA、B中隊は、今や五機までその数を減らしていた。
突破してきた陣営を考えれば、寧ろ残っている方が可笑しい話なのだが。
しかし、消耗した彼らは今、砲弾や銃弾とは別の攻撃に耐えていた。

 

『今ならまだ間に合います。銃を下ろして下さい。誰もこんな事は望んでいない筈です』

 

『黙れっ!!それが、命を弄ぶ奴が言う事かっ!』
通信越しに届くラクスの言葉に、あらん限りの声を張って対抗しようとする
ゲルググイレイザーのパイロット。
しかし、彼女の言葉を聞くだけでトリガーを引く指が重くなる。疲弊した心が折れそうになる。
コーディネーターとして調整を受けた者全てを支配下に置くべくして授かった神の如き声は、
今やどんな兵器よりも甚大な被害をSOCOMに齎していた。
『あっ』
ラクスの言葉に気を取られたゲルググイレイザーの一機が、
全身にミサイルを受けて切り揉みしながら吹き飛んだ。

 

『くっキラ、このままでは・・・!!』
「分かってる!ここは僕が、うあっ!」
寸での所でオルトロス改をビームシールドで防ぐ。
本当ならここでキラが叱咤の一つでもかまして部隊の士気を上げるのが理想なのだが、
敵陣深く侵攻しているこの状況ではそれも出来ない。
その叱咤が飛んだのは、キラの焦りが最高潮に達しようとしていた時であった。

 

『このっ・・・キョシヌケ共!!!』

 

『この声は』
「イザーク!?」

 

『今更何を迷っている!
 貴様等が自分でキラ・ヤマトを選んだその時から、貴様等の道は決まっている!
 俺達はもう狗では無い。鎖を引き千切って選んだ道ぐらい、自分の意志で貫いてみせろっ!!!』

 

スピーカーが壊れるのではないかと思う程の大声で、イザークの声がSOCOM全軍に伝わる。
状況を立て直す為に士気向上を狙った、などという戦略的な物では無い。
不甲斐無い味方に苛立った、単なる怒りの吐露である。
『イザークらしいな』
「僕より指揮官向きなのは確かだよね」
今頃プライスのブリッジでは、シホに頭を冷やされるイザークの姿が見られただろう。
ただ怒鳴っただけの様に聞こえたそれは、しかしSOCOM隊員からすれば『鬼の副長』の鉄拳だ。
セイレーンの歌声に魂を抜き取られかけていた彼らはパッツンの野太い声で現実に引き戻されたのだ。

 
 

「SOCOM、勢いを取り戻しました!」
「ラクス様の声が通じない・・・?」
オペレーターの報告にしかし、ラクスは前方を見つけたまま微動だにしない。
この事態が想定内だったのか、それとも茫然としているのか。
「SOCOM艦隊、更に接近!このままでは・・・」
戦場の流れは既にSOCOMの物であった。各ブロックで戦線が突破されていく。
このままでは負ける。艦長が打開の策を考えだした、その時であった。

 

「騎士団に連絡しなさい。
 今現在をもって、ラクス・クライン護衛の任を一時的に解き、作戦領域を戦闘宙域全体に拡大すると」
「りょ、了解!」
「それと、オーディンを使います」

 

立ち上がったラクスの言葉に、艦長が立ち向かう様に立ち上がった。
「なりません!あれはプラント付近で使うには危険です。第一パイロットが居ない」
「オーディンは完璧に制御された兵器です。プラントを傷付ける事は万に一つありません。
 パイロットは・・・私が務めます」
陣羽織を脱いだラクスは、これ以上好きにさせるかと睨みを効かす艦長を正面から見据え、
更に言葉を重ねる。
それには今まで黙っていた中佐も立ち上がって異論を唱えた。
「危険です!あれにラクス殿が乗るなど!」
「オーランド中佐、貴方はこの兵器のテストを見ていますね?ならば私が出撃する理由も分かる筈です」
全く揺らぐ事の無い瞳に、中佐は口を閉じた。
確かにこの艦にいるより、オーディンに乗っていた方が安全かもしれない。
しかし中佐には、この強い女性が保身を目的にしているとはどうしても思えなかった。
「分かりません。どうして、議長である貴女が乗らねばならぬのか」
「そうですね・・・・・・私が女だから、では駄目でしょうか?」
ラクスのおどけた様な言葉の意味が分からず、中佐は首を傾げる。
しかし艦長は理解した様で、諦めた様に部下に命令を下した。
「・・・分かりました。中佐、ラクス殿をオーディンにお連れしろ。
 周囲の艦にも通達!本艦はこれより分離シークエンスに入る」
命令し終えると、何事も無かったかの様に席に着く艦長。
これ以上言葉を交わす気は無いと、その背中が何よりも雄弁に語っている。

 
 

「こちらです」
ブリッジと他の部署を繋ぐエレベーター。
本来なら下にしか行く事が出来ない物だが、一部の者しか知らないパスワードを知っていれば
上に行く事も可能だった。
ラクスが乗ったのを確認して、パスワードを入力する。
するとエレベーターが閉まり、ゆっくりと上昇し始めた。
「平和の歌姫が、フリーダム以上の殲滅型決戦兵器に乗る。可笑しな事ですね」
上昇するエレベーターの中で、自嘲的に笑うラクス。
中佐は、彼女のこんな表情は今まで見た事が無かった。
「そんな事はありません。敵を目の前に立ち向かえぬ者は、いくら平和を唱えようと理想主義者でしか無い。
 貴女はそうでは無かった、という事でしょう?」
「そう言ってくれると助かります」
会話している内にエレベーターが目的の階に到着した。
ドアが開くと、そこは広大なハンガーになっていた。
しかしMSは一機も見当たらない。
代わりに至る所から伸びたケーブルが、僅かに弧を描く天井に突き刺さっている。
「・・・今からでも間に合います。この機体に乗るのはお止め下さい」
ノーマルスーツを着込んだ中佐が、ヘルメットを片手に今一度ラクスを止める。
しかし、強い光を放つ瞳には意味無き事であった。
「有難う御座います。しかし、私は行かねばならないのです。
 この度の戦いは、私個人から始まった事でもあるのですから」
「それは間違いです。彼らが、キラ・ヤマトが攻めてこなければこんな事にはならなかった」
中佐のフォローに、ラクスは悲しそうに微笑み返した。
「私も、メサイア戦没の末に今の地位に就きました。攻めてきた者が悪いとは限らないのです。
 ですから、この先起こる出来事を見極め、自分の目で真実を見極めて下さい」
軍人にかけてはならない言葉の連続に、中佐はしばし言葉を失った。
その間に、ラクスはキャットウォークに上って天井の一部を開く。
慌ててヘルメットを付けた中佐は、精一杯の敬礼を彼女に贈った。
ラクスはそれに返礼して返すと、天井の開いた部分に消えて行った。

 

天井の中は真っ暗だった。しかしラクスが入っていくと、それに反応して計器類にスイッチが入る。
大量の計器類に照らし出されたのは、普通のMSのコクピットより一回り程大きいコクピットだった。
モニターの一つには真下にいる中佐の姿も映ってる。皮肉な物だとラクスは思った。
メサイアを墜とし、プラントに到着した彼女は、多くの者に喜びを持って迎えられた。
しかし今は、敬礼をするたった一人の軍人のしかめっ面に見送られている。
議長になってから特に強く感じていたことだったが、人間とは結局一人なのだと、否応無く気付かされる。

 

「キラ、今そちらに行きます」

 

計器類に囲まれたシートに腰を下ろすと、シートから黒い帯状の物が大量に生えてくる。
それはラクスの体を包むと、彼女の体に合ったパイロットスーツへと姿を変えた。
体にかかるGを全て機体の方に流す為の物であり、パイロットの生体認証が済んだ事の証拠でもある。
シートの脇から出てきたヘルメットを被ると、今度はコクピット自体が移動を始める。
機体下部から中央に移動する為である。
コクピットが機体中央に移動すると、今まで暗かった中央モニターに明かりが灯る。
そこにザフトのマークが浮かび上がると同時に、機体全体が振動を始める。
オーディンの動力に火が入るのが分かった。

 

『ラクス殿、準備は宜しいか?』
「こちらは準備完了です。分離シークエンスの進行状況は?」
モニターに表示された艦長に、漆黒のパイロットスーツを身に纏ったラクスが答える。
『オールグリーンです。周囲の艦の退避も済んでいます。何時でもどうぞ』
「分かりました。艦との接続をカット」
『了解しました』

 

スレイプニルは上部に行くに従って面積が小さくなる、所謂山の形をしていた。
その頂上が下部と繋がるコードを乱暴に切り離しながら分離し、
下に折り畳まれていた砲門が前方に展開される。

 

「ミーティアⅣ<オーディン>、発進します」

 

迫る光芒を正面に見据え、操縦桿を押し込んだ。
小型の戦艦並みの大きさを誇るオーディンが、最新鋭MS以上の速度で発進した。