久遠281 氏_MARCHOCIAS_第15話

Last-modified: 2014-08-09 (土) 07:40:58

――MARCHOCIAS――

 第十五話 脱出

 
 

大きな窓から入る太陽の光が、部屋の中を明るく照らす。
一目で高級だと分かる家具に囲まれて、一組の男女が午後のお茶を楽しんでいた。
女の名はラクス・クライン。
男の名はキラ・ヤマト。
たわいもない事を話し、ゆっくりとお茶をすすりながら、用意された焼き菓子を口に運ぶ。
その焼き菓子を作るための小麦一袋の為に、地球では流血を伴った奪い合いが日夜繰り広げられていたが、そんな事は今の二人の思考の中には無い。
今、二人にとって重要なのは、こうして愛する者とのささやかなひと時なのだから。

そんな二人だけの幸せな時を破ったのは、ラクスの直ぐそばに置かれていた通信機から聞こえて来た、メール着信を告げるメロディだった。
ラクスは一瞬だけ不快そうに眉を寄せて、通信機に手を伸ばした。
そして着いたばかりのメールに目を通し、通信機の画面を睨むように目を細めた。
「……何かあったの?」
お茶に口を付けようとしていたキラは、ラクスの表情が変わるのを見て、そう聞いてきた。
その表情はラクス自身をいたわると同時に、今の楽しい時間がこれで終わりになるのではないか、という不安が見え隠れしていた。
それに喜びと愛おしさを感じながら、ラクスは柔らかく微笑む。
「大丈夫ですわ。少しトラブルがあったそうですが、この程度なら私が出なくても他の方が処理してくれますから」
ラクスがそう言うと、キラは目に見えてホッとした表情をした。
「そっか」
「ええ。ですが、返信をしなければなりませんから、少しお時間をください」
「うん」
キラはラクスの言葉に軽くうなずくと、自分のお茶に口を付ける。
ラクスはその間に通信機に目をやって、もう一度届いたメールを読み返した。

『イザーク・ジュールに不審な動きあり。いかがいたしましょう?』

その文章を読み返したラクスの瞳は、キラに向けていた時には考えられないくらい冷たいものだった。
ラクスはもう一度キラに目線をやり、キラがこちらを見ていないのを確認すると、一気に返信を打ち込んだ。

『平和を乱す者は何人たりとも許してはなりません。目標の生死、方法は問いませんが、民には知られぬように』

ラクスは自分の打った文章と送り先を確認すると、返信ボタンを押した。
そして、メールが相手に無事に届いた事を知らせるメッセージが画面に出た事を確認して、通信機をテーブルの隅に置く。

「キラ、お茶のお替りはいかがですか?」
そう言ってキラに向けたラクスの笑顔は、先ほどの冷たい瞳など微塵も感じさせないものだった。
その笑顔を見たキラが、優しく微笑みながら、自分のカップを差し出す。
ラクスはそのカップに、優雅な手つきでお茶を注いだ。

大きな窓の外では、小鳥たちが人工の空を飛んでいく。

 

暖かでゆっくりとした時間が、その場を満たしていた。

 
 

****

 
 

広い部屋の中、コニールは落ち着かない気持ちでソファーに座り込んでいた。
何でこんな事になったのか。
コニールは自問自答したが、答えはすぐに出た。
あのやたらデコの広い男の所為だ、と。

アスランはプラントに付いた途端、コニールをこの部屋に押し込んで、放置した。
部屋の中は一目で高級と分かる家具がいくつもおかれ、部屋の隅に置かれたベットはコニールが三人は楽に寝れるぐらい大きい。
あのまま地球に居れば、一生見る事さえ無いだろう高級家具に、最初は乗っかったりしてしゃいだりしていたが、それも時間が経てば飽きる。
そうなると、次に訪れたのは不安だ。
戦艦の窓のない部屋に入れられてここまで来て、降りた所も周りは鉄板に囲まれた窓の無い広い場所――多分、戦艦用のドックだろう――で、そのままこの窓の無い部屋まで連れてこられた。
その為、本当にここが宇宙であるのか正直自信は無いが、多分ここから直進して行けば、光も酸素も無い宇宙空間に出るのだろう。
いや、もしかしたらこの壁をぶち抜いたら、そこはもう宇宙空間である可能性もある。
それ以前に、この部屋には監視カメラが付いていて、自分が何か不審な動きをした瞬間、壁が開いて自分を宇宙空間に放り出す仕掛けでもあるかもしれない。
さすがにそんなものは無いとは思うが、コニールはつい、部屋に置かれた箪笥の上や植木に目線をやって、カメラのレンズが無いか確かめてしまった。
見える範囲にレンズは見えなかったが、なんだか動くのが怖くなり、コニールはソファーの上に置かれたクッションを抱えて大人しくしている事に決めた。
しかし、動いていないと逆に不安はさらに深くなっていく。

そう言えば、シンは無事なのだろうか?
そう簡単に死ねない体なのは知っているが、確か不死身と言うわけでは無いと言っていたような気がする。
もしかしたらその珍しさに、バラバラに解剖されていたりして!?
そして今頃ホルマリン漬けにされていたらどうしよう!?

そう思うとコニールは落ち着いていられず、切羽詰まった顔でソファーの周りをぐるぐると歩き回り始めた。
その姿はまるで、動物園の檻に入れられた獣のようだったが、切羽詰まったコニールは全く気が付かなかった。

大体、アスランは自分をいつまでこの部屋に放置しておく気だ?
さすがに女性をいつまでも一人で部屋の中に放置しておくなんて、失礼じゃないのか?

そう思うと少しずつ、コニールの気持ちは不安から怒りの方に傾いて行った。

確かに付いて行くと言ったのは自分だ。
だがせめて、一度ぐらい顔を見せに来るのが礼儀だろ。
あのハゲ、なに考えているんだ!?

先ほどまでのコニールの不安は、全て怒りに変わる。

 

そしてその怒りは、コニールの沸騰点を軽く超えていた。

「あーーーー、あのでこっぱち!!なんでもいいから、さっさと来い!!」

思わず部屋の外まで響いているだろうと思われる大声を上げる。
大声を上げる一瞬前、部屋のドアをノックする音が聞こえた気がしたが、気のせいだ。
そして、ドアの前で何か話している声が聞こえるような気がするが、良く聞き取れないから自分には無関係だろう。
うん、きっとそうに違いない。

しかし、それから少し経ってから響いてきたどこか遠慮するかのようなノック音は、確かに自分の部屋のドアからしてきたようだった。
もしかしたら、あのデコハゲ野郎か!?
コニールはそう思い、急いでドアに向かった。
ドアの前に着くと、コニールは来客者の姿を確認せずに、思いっきり扉を押し開けた。
直後に聞こえて来たのは、鈍い打撲音。
そして短い悲鳴と、ドアノブを握った手に掛かる重量。
それだけで、コニールは何が起こったかのか理解できた。
曰く、コニールがドアを勢いよく開いたせいで、来訪者が開いたドアにぶつかったのだ。
コニールが床に目をやると、扉の直撃を受けたと思わしき来訪者が、その場にうずくまって両手で顔を抑えていた。
その黒くてあちこち飛び跳ねた髪を見た瞬間、コニールはその人物が誰だ気が付いた。
「シ……、シン!?」
「おま……、結構バカ力……」
シンはそう言うと、顔から手を放してコニールを見上げた。
その緋色の瞳は、涙で滲んでいた。
どうやら、相当痛かったらしい。
「ご……、ごめん」
「まあ……、これくらい、すぐ直るから平気だけど」
そう言ってシンは立ち上がったが、その顔はぶつかった衝撃で赤くなっていた。
それに気が付いたコニールは、また申し訳ない気分になった。
「それよりコニール、……"あいつ"はどうした?」
やたらと低い声で問われた言葉に、コニールは一瞬肩を震わせ、目を見開いてシンを見た。
シンの言う"あいつ"が、アセナの事だと直ぐに気が付いたからだ。
コニールは何か言おうと口を開きかけたが、どう言っていいか分からず、結局何も言わずに口を閉じた。
代わりに瞳を伏せて、そのまま無言で首を振る。
「……そうか」
シンは、おそらくコニールの返答が分かっていたのだろう。
小声でそう言っただけで、特別驚いた様子は無かった。
ただ何かをあきらめたような、痛みをこらえたような小声で、一言つぶやいただけだった。
コニールはその呟きに、胸が締め付けられるような思で、シンが撃たれた後の事を話始める。
「……せめて、埋めてやりたかったんだけど、あの辺の土が固いからな。どこか埋められる所にまで連れて行ってくれ、って頼んでも、なんか良く分からない事言われて、結局そのままおいて来るしかなかった……」
コニールがそう言うと、シンは微かに頷いたようだった。
しかし何も言わず、ただ静かに目を閉じていた。
その様子に、コニールは他に何も言えなくなってしまい、自分も黙り込んでしまう。

「おーい、お二人さん。悪いけど、急いでくれないか?」
不意に聞き覚えのない声が聞こえてきて、コニールは慌てて声のした方向に視線を向けた。
そこには銀髪おかっぱの男と浅黒い肌の男が、こちらから距離を取るように壁際に立っていた。

 

声をかけたのは、どうやら浅黒い肌の男のようだった。
その声を聴いて、シンは表情を硬くした。
「……コニール、行くぞ」
「え?行くって、どこに?」
思わず聞き返したコニールの言葉に、シンが固まる。
そして一瞬何かを考えるような顔をしたと思ったら、銀髪おかっぱと浅黒男を振り返った。
「……そう言えば、これからどうするんだ?」
シンの言葉に、銀髪おかっぱは深々とため息を吐き、浅黒男は肩をすくめて見せた。
ムッとした表情をしたシンに対し、銀髪おかっぱ頭が真面目な表情をして口を開く。
「まずは戦艦"ブリュンヒルデ"を奪い、プラントを脱出する。その為の準備はすでに終わっている。……行先は、この場では言えんがな」

 
 

****

 
 

イザークを先頭にやってきたドックには、白と青色に塗装された戦艦が静かに鎮座していた。
シンは懐かしさからその姿を良く見たいと思ったが、見覚えのある造形に見覚えのない塗装を施されたその姿が、
懐かしさと同時に自分の知っている"ミネルバ"では無い事を突きつけているようで、あまり長い間直視することが出来なかった。
その間にも、イザークはさっさとブリュンヒルデのタラップに向かってしまったので、シンは慌ててその後を追った。

シン達がドックに向かう道すがら、何度かザフト兵とすれ違った。
しかし前を歩く白服のイザークと赤服のディアッカの姿に一度も呼び止められることなく、ここまでたどり着いた。
ここまでの道すがら、ドンパチでもして戦艦を奪う気なんじゃないだろうかと思っていたシンとしては、はっきり言って拍子抜けだ。
まあ、この人数のを考えたら、戦闘は無いに越したことはないのだが。

イザーク、シン、コニール、ディアッカの順で、四人はブリュンヒルデに乗り込む。
と、シンは入口を入ってすぐの所に、赤服を着た栗色の長い髪の女性が立っている事に気が付いた。
その女性はイザークが近づくと、背筋を伸ばしてザフト式の敬礼をした。
「……全ての準備は終了しています。すぐにでも、出航できます」
「分かった。すぐにでも出航するぞ!全成員に持ち場に着くように伝えろ!」
イザークがそう言うと、女性はそれに応た後、踵を返してどこかへ行ってしまう。
「……戦艦内の制圧は終わっているのか?」
女性が行ってしまうと、シンはイザークの横に並び、小声でそう問いかけた。
これだけ大型の戦艦だ。
乗組員の数は、どんなに少なくても百を軽く超えるだろう。
その乗組員全てを味方に付けるなんて事は、おそらく不可能だ。
そうなると、味方につけられなかった者達の排除が必要になる。

シンの言いたい事は、イザークも分かったのだろう。
横目でちらりとシンを見ると、イザークは忌々しげな声でシンの問いに答えた。
「……言ったはずだ。今のザフトは腑抜けばかりだとな。それはMS操作技術だけの話ではない。……生身での戦いでもそうだ」
そのイザークの言葉で、シンは大体の事を理解した。
つまり、すでに志を同じにしない者達は、武力によってこの艦から叩き出した、って事だろう。

 

「……だが、気を抜くな。今のこちらとザフトの兵士数は、あちらの方が遥かに多いのだからな。数で来られたら、ひよっこと言えども厄介だぞ!」
イザークの言葉に、シンは無言でうなずく。
戦闘においてほとんどの場合、重要なのは質よりも量だ。
いくら優秀な兵器を使っても、それを操作するのが生身の人間である限り、長時間連続での戦闘は不可能だ。
その為、少しくらい相手より質が悪くても、量が多ければ相手を長時間戦闘させ続ける事が出来、有利になる。
もっとも、これはキラ・ヤマトのようなずば抜けた質を誇る相手には、被害が多くなるだけの話だが。

無言でうなずくシンを見たイザークは、少し目を細めたが特に何も言わず、さっさと歩き出した。
シン達も黙ってその後に続いた。
その間に、シンは船内に視線を向けた。
ブリュンヒルデの内部は、シンの覚えているミネルバとほとんど同じようだった。
(それならば、イザークが向かっているのはブリッジだな)
シンは、前を歩くイザークの背を見ながらそう予想を付けた。
やがてイザークは、通路の突き当りに在った扉を無言で通った。
シンもその後ろを無言で続く。
そして、そこはシンの予想通り、ブリュンヒルデのブリッジだった。
ブリッジ内ではすでに数人のクルー達が、モニターを操作して発進準備を進めているようだった。

「ブリュンヒルデ、発進準備完了してます。いつでも発進出来ます!」
クルーの一人がイザークに向かって声を上げる。
その声にイザークは軽くうなずくと、艦長席に向かった。
――あ、そこに座るんだ。
その姿を見て、シンはそう思った。
なぜならシンは、無意識にイザークはMSに乗って戦うものだと思っていたからだ。
だが、艦長席に座るからには、MSに乗って戦う事は無いのだろう。
シンがそんな事を思っていると、ディアッカが艦長席の後ろにある席のすぐそばに立って、シンとコニールに手招きした。
どうやら"ここに座れ"という事らしい。
シンとコニールは、無言でその指示に従う。

「システムコントロール全要員に伝達。ブリュンヒルデ、発進シークエンス発動。ドックダメージコントロール全チーム、スタンバイ」
「発進ゲート内、減圧完了。……いつでも行けます!」
ブリッジ内に響くクルー達の報告に、イザークは軽くうなずく。
「機関始動!ブリュンヒルデ、発進する!」
イザークの声を受け、ブリュンヒルデはドックの中を静かに沈んでいく。
やがてブリュンヒルデの下方のゲートが開き、その巨体は漆黒の宇宙に放り出された。
「……周りの他の艦の様子はどうだ」
ブリュンヒルデがプラントに背を向けて航海し始めたのを確認して、イザークはクルーにそう声をかけた。
「周りにいる全ザフト戦艦、動きはありません。……こちらをマークしている様子もありません」
クルーの返答に、イザークは深々と艦長席の背もたれに寄りかかった。
「ひとまずは、第一関門はクリアと言った所か。……しかし!!」
突然あげたイザークの大声に、ブリッジにいた全クルーの視線がイザークに向いた。
シンも思わず表情が厳しくなる。
「事が起こるなら、おそらくプラントから離れてからだ。奴らも、プラントのすぐ近くで戦闘はしたくないだろうからな」
イザークの言葉に、コニールが不安げにシンの方を見た。
しかし、厳しい顔のまま正面の巨大スクリーンが映す漆黒の宇宙を睨んでいたシンは、その事に気が付く事は無かった。

 
 

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