久遠281 氏_MARCHOCIAS_第6話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 21:08:59
 

 第六話 流血の過去

 
 

「そいつ、ザフトの奴なんだろ?」
「本人だったらな。本人だったとしても十年も前の話だし、今もザフトに居るとは限らないじゃないか?」
コニールは昨夜から何度も仲間達に問われる似たり寄ったりの質問に、辟易しながら答えた。
「でもさ、そいつ見た事在る奴、皆"そいつだ"って答えたんだろ?えっと……なんて名前だったっけ?」
「シン・アスカ」
それが自分の覚えていた、あのザフトパイロットの名前だ。
しかし、十年前と全く同じ姿という疑問がある。
"シン・アスカ"の兄弟、あるいは親戚だと言う方が、まだ説得力があるだろう。
「大体、あいつはザフトって言っても、前の大戦の時デュランダル議長に付いたって聞いたぞ。
 今もザフトに居る確率の方が低いんじゃないか?」
「えー?だけどさ、ガルナハン救った奴の中にも途中で裏切って、
 ラクス・クラインに付いた奴がいただろ。なんて言ったっけ?アスラン……ズラ?だっけ?」
「……なんかちょっと違わないか?」
「まあ、そんな感じの名前だったろ。確か」
何か違う気がしたが、コニールはそれ以上は追及しなかった。
裏切り者の話など、そんなに真剣にしたいものでもない。
ガルナハンが焼かれたのも、今こうして飢えと貧困に喘いでいるもの、元を糺せばそいつ等の所為な訳だし。

 

「コニール、朝飯が出来てるから捕虜に持って行ってやれ」
コニールが名前を呼ばれた方を振り返ると、簡単な料理が乗ったトレーを持った仲間が立っていた。
今の所"シン・アスカ"と思わしき少年は"捕虜"という形になっている。
と言っても、まだ眠ったままで素性が分からないので、"取り敢えず"といった処置だが。
コニールはトレーを受け取ると、少年の眠っている二階に向かう。
「コニール!もしあいつが男として役に立たなくなったら、ちゃんと責任とってやれよー!」
「何の話だよ!!」
隅の机で食事をしていた男達の笑いを含んだ声に、コニールは思わず大声で返した。
コニールが少年をノックアウトした様子は狙撃していた仲間達にばっちりと目撃されていた。
そのため、夜が明ける頃には少年を捕獲した事と同時に、その事が集落中に知れ渡っていた。
むしろ日ごろから娯楽が少ないこの集落では、この笑い話――当人であるコニールと少年にとっては
笑い話ではすまないが――の方が主だった話題となって広まってしまい、
コニールの頭痛の種になりつつある。
コニールは軽くため息をつくと、少年の眠っている部屋の前に来た。
噂の事があり、顔を合わせる事に気が進まないが、仕方がない。
意を決してドアをノックする。
しかし返事はない。
それは予想していたので、少し間をおいてからドアのカギを開ける。
そして、警戒しながらゆっくりをドアを開けた。
もし起きていたら逃げ出そうと待ち構えている可能性を警戒しての行動だったが、無駄に終わった。
カーテンが引かれ、薄暗い部屋の中に一つだけあるベットの上で、少年は静かに眠っていた。
その両手は、一応警戒しといたほうが良いとの判断で、細いロープで一つに縛り上げられていた。

 

部屋の中に入るとそのベットの前、床の上で何かが動いた。
それは昨夜少年をかばうように立ちふさがった黒い毛並みを持った犬だ。
あの後この犬は、少年にコニール達を触れさせまいと大暴れをし、
結局数人がかりで顎や足を縛り付けて捕獲された。
その後も少年から離そうとすると縛られたままにもかかわらず暴れたため、
今は少年の眠っているこの部屋に一緒に入れられている。
今は足は縛っていないが、代わりに首に巻かれたロープの先は少年のベットに縛り付けられており、
顎も縛り付けたままだ。
コニールが近づこうとすると、その犬は低く唸り声を上げた。
その様子にコニールは軽くため息をつくと、少し離れた位置にあった小さなテーブルに
持っていたトレーを置き、日光を遮っていたカーテンを開けた。
直後に聞こえてきた小さなうめき声に、コニールは驚いてベットの方に視線を向けた。
ベットの上では少年が光を避けるように、腕で顔を覆おうとしていた。
だが、その動作で両手を縛られていることに気が付いたようで、その事に困惑しているようだった。
どうやらカーテンを開けたことで部屋の中が明るくなり、目が覚めたらしい。
「目が覚めたか?」
コニールはとりあえず、少年に声をかけてみる。
まだ寝起きで意識がはっきりしていないようだった少年は、その声でコニールの事に気が付いたらしい。
ベットに寝転がったまま、顔をこちらに向けて、少し眉を寄せた。
「……ここ、どこだよ」
少年がはじめて発した言葉は、素っ気ないものだった。
もっとも、見知らぬ部屋で目が覚めたら両手を縛られていた、なんて状況では仕方がないだろう。
「その問いに答える前に聞きたい。お前、名前は?」
コニールはの問いに少年は眉を寄せ、そっぽを向いた。
どうやら答える気はない、という意思表示らしい。
その態度に内心腹を立てながら、それでも冷静を装って声をかける。

 

「お前、"シン・アスカ"って名前なんじゃないか?」
「なっ……!?」

 

コニールの問いに、少年は驚いたように目を見開き、コニールの顔をまじまじと見た。
しかしすぐに我に返ると、小さく舌打ちしてもう一度そっぽを向いた。
その行動すべてが、コニールの問いを肯定している。
「やっぱりお前、シン・アスカだろ?」
「……だったら何だってんだよ?」
どうやら今度は開き直る事にしたらしい。
その行動パターンは単純で、まるで子供だ。
「私のこと覚えてないか?ガルナハンで一度会っただろ」
「ガルナハンで?」
シンはそう言うと、もう一度コニールの顔をまじまじと見つめた。
しばらく何かを考えていたようだったが、不意にその表情が驚愕に変わると、ベットから身を起こした。
「もしかして、坑道のデータを持って来た……、えー、と……、コニール……だったっけ?」
かなり自信無さげだが、シンの思い出した名前は間違っていなかった。
まあ、十年前に少し話した、程度の関係を思えば、名前を覚えていただけでも良しとするべきだろう。
「て、言うか、何でコニールがこんな所に居るんだ?ここはガルナハンから随分離れてるだろ?」
「それはこっちのセリフだ。お前こそまだザフトに居るのか?」
「ザフトなんてとっくの昔に辞め――」
シンはそこまで言うと不意に言葉を切り、縛られたままの両手をかざして見せた。
「もしかして、"これ"はザフト関係者って事でか?」
「まあ、そんなとこだな」
本当の所は、集落全体で犯罪行為を行っているせいなので、
シンじゃなくてもこういう事になっていただろうが、コニールはそれは伏せておくことにした。
まだ、シンがここに来た理由を聞いてない。
理由によっては、両手を縛るどころでは無くなるかもしれないのだ。

 

「……ザフトは前回の戦争からしばらくたってから辞めた。二、三ヶ月前までは傭兵を"やってた"けどな。」
「"やってた"……?」
「……ああ、仲間が全員ザフトに殺された。だから廃業になった」
シンのどこか淡々とした言葉に、コニールは思わず目を見開いた。
「だから今はザフトとは何の繋がりもない。あるとすれば俺が向こうを憎んでる、って事ぐらいだ」
シンはそう言いながら鼻で笑った。
その言葉は投げやりで、それでいてどこか自嘲の響きがあった。
そんなシンの様子にコニールは思わず眉を寄せた。
コニールの中のシンのイメージは小生意気で、立場の上の相手に突っかかっていくようなようなわがままで、
それでいてガルナハンが解放された時には自分の事のように喜んでくれた、
そんなどこにでも居そうな少年だ。
そのイメージと、今目の前で自嘲の笑みを浮かべる少年の姿はいまいち一致しない。
しかしあれから十年もたっているのだ。
少しぐらい雰囲気が変わっていたとしてもおかしくは無い。
そう思ったコニールは、そこでずっと疑問に思っていた事を思い出した。
「そういえばお前、十年前から全然変わってないな。背丈もあまり変わってなさそうだし……」
コニールの何気ない問いに、シンは一瞬だけ視線をこちらに向け、直ぐに視線を外した。
その様子は何かを思案しているようで、コニールは思わず眉を寄せて難しい顔をした。
「……まあ、口で説明するより先に、実際に見た方が信じられるか」
「……?なんだよ?」
小声で発せられたシンの言葉を理解できず、コニールはますます眉を寄せた。
「ナイフ持ってないか?何ならハサミでもいい。とにかく、刃物の方が分かりやすい」
「小型ナイフなら持ってるけど……」
コニールはいつも持ち歩いている、小型の折り畳みナイフを取り出した。
しかしそれを素直に渡してもいいものか咄嗟に判断が付かず、コニールはシンの顔とナイフを交互に見詰めた。
一応今のシンの立場は"捕虜"だ。
ザフトは辞めたとの事だが、自分はそれを確認する術はない。
もし嘘だったら……、悪い事はいくらでも想像できた。
それにもし辞めたという事が本当でも、このナイフを渡した途端、逃走しないとも限らない。
コニールがナイフを持ったままそんな事を悩んでいると、それを察したのだろう。
シンが軽くため息を吐く。

 

「しょーがない。コニール、そのナイフで俺の腕斬れ」
「は?」
シンの何気ない口調で言われた言葉に、思わずコニールはその場に固まった。

 

「だから、その"ナイフで俺の腕斬れ"って言ったんだ」
「馬鹿か、お前ーーー!!?」
シンの言葉に、コニールは思わず大声で叫んだ。
真正面から上司に逆らうなど無茶苦茶をやる奴だとは思っていたが、
まさか自分の腕を斬れ、なんて言い出すとは思いもしていなかった。
「……別に腕が駄目なら足でもいいけど」
「そういう問題じゃない!大体、それで何がわかるってんだよ!?」
「だから、斬ってみれば分かるって」
まるで何てこと無い事のように発せられる言葉に、コニールは思わずシンを睨み付けた。
そんなコニールに、シンも"何だよ"と言わんばかりの不機嫌そうな顔で睨み付けてくる。
しかし、いつまでも睨み合いを続ける訳にもいかない。
コニールは思わず大きなため息を吐いた。
「……分かったよ。ただし、自分でやれよ」
「……自分でやるには腕が縛られたままだと無理なんだけど」
自分でやるなら深く斬り過ぎる事は無いだろう。
コニールはそう判断してシンのいるベットにゆっくりと近づいた。
その動きを床で伏せている犬が、じっと見つめている。
どうにか犬を刺激しないようにベットに近づくと、シンの両腕を縛っていたロープを外し、
その手にナイフを渡した。
するとシンはコニールによく見えるように、腕を水平に高く上げた。
そしてコニールの予想とは裏腹に、勢いよくナイフをその腕に突き立てた。
その途端、赤い血が毛布の上に散らばった。
血の匂いに反応して、今まで床に伏せていた犬が起き上がる。
「なっ……!?何やってるんだ、馬鹿!!」
コニールは思わず叫ぶと、急いで止血出来る物が何かないかを探す。
「慌てるなよ。よく見とけ」
シンの冷静な声に、コニールは思わずシンの腕の傷に視線を向ける。
そして驚愕に目を見開いた。
先ほどまで大量の血が流れ出ていたはずなのに、その血がすでに止まっていたのだ。
驚くコニールを尻目に、シンは腕に付いた血を反対の手で拭った。
その腕にはまるでずっと昔に付いた傷のように、薄く斬った跡が残っているだけだった。
コニールは思わずその腕を取ってまじまじと見つめた。
その間にも傷跡は完全になくなり、シンが自分の腕を傷つけた証は腕と毛布に付いた血の跡だけとなる。
「これ……、どういう事だよ……」
「ナノマシン」
呆然と呟いたコニールの言葉に、シンの言葉が続いた。
その聞きなれない単語に、コニールは思わず視線をシンの顔を向ける。

 

「なのましん?」
「聞いた事ないか?ナノレベルの超小型のロボットの事。
 それが俺の体内に在るらしくって、その影響で成長も老化もしないらしい」
コニールは、シンの説明に思わず眉を寄せる。
「俺の体内に在るナノマシンは、俺が傷つくと通常では有り得ないスピードでその傷を癒す。
 そのため、通常では死んでるはずの傷でも簡単には死ねない。
 弾丸数発程度なら死なないことは実証済みだ。ま、痛みはあるけど」
「一体……何で……?」
思わず声が震えるのを感じながらコニールは問いかけた。
こんな事、普通に言われれば信じないだろう。
しかし今見せた異常とも言える治癒スピードが、シンの話を真実だと証明していた。
「八年……いや、九年前かな?乗ってたMSを落とされた時負った傷が原因で、
 俺は脳死状態になったらしい。それを拾ったどっかの"善人"が、
 当時研究中だった医療用ナノマシンの"実験体"として使った、って事だそうだ」
やたらと"善人"という単語を嫌味っぽく言うシンに、コニールは思わず眉を寄せた。
それだけで、その"善人"と表した相手を嫌悪している事が分かったからだ。
「しかし研究者も脳死の治療が出来るとは思っていなかったようだ。
 一通りの医療用ナノマシンの実験が終わった研究者達は何をしたと思う?」
「なにをしたって……、なに?」
「ナノマシンを使った"生物兵器製造"の実験だ」
シンの言葉に、コニールは思わず息をのむ。
コニールは部屋の中の空気がやたらと重く感じ、これ以上何も聞かずに逃げ出したい衝動に駆られた。
しかしそんなコニールの思いを無視して、シンは話を続ける。

 

「やたらと頑丈で自分の意思のない人間なんて、兵器には最適だからな。
 現に昔は地球軍も人を生物兵器にする研究をしていたし。……だが、研究者達はある日ミスを犯した」
「ミス……?」
「そう、ナノマシンを使った"生物兵器"が暴走したんだ」
まるで他人の事のように淡々と話すシンに、コニールは無意識に遠ざかるように一歩後ろに下がっていた。
それに気が付いたのだろう。
シンは自嘲めいた、悲しげな笑みを浮かべる。
「……俺が意識を取り戻したのはその直後。気が付いたら血溜りの真ん中に一人で立っていた。
 体中返り血に、両手には血まみれの大型ナイフと銃。
 それだけで自分が何やったのか大体分かったけど、近くに置いてあったパソコンで
 防犯カメラの映像にアクセスして見たら、自分が逃げ惑う奴らを追い詰めて一人ずつ殺していく様子が
 ばっちり映ってた。あれはまさに"兵器"って感じだったな」
「シン……」
シンは世間話でもするかのように、どこか明るく話を続ける。
だからこそ、それが空元気である事をコニールは分かってしまった。
内容が内容なだけに、本人も空元気でも出さない限り、話す事が出来ないのだろう。
「他にもいろいろデータが残ってた。
 自分が心臓撃たれてのた打ち回ってる映像なんてのもあったし、他にも……」
「シン!!」
コニールは思わず大きな声を出して、シンの話を遮った。
シンはそんなコニールに一瞬眉を寄せ、そして何もない部屋の隅へと視線を向けた。
やがて発せられた言葉は、先ほどとは打って変わって痛みに耐えるように低く、そして暗い声だった。
「……そこは小さいコロニー全体が研究所になってた場所だったから、
 俺はそこに置いてあったMSで研究所全てを焼き払い、全てのデータを物理的に消去した。
 そして、そのまま地球に降りてきた。降りてきた直後に俺を拾ったのが、傭兵団の奴らだった。
 俺が普通の体じゃない事を知っても、普通に接してくれるいい人たちだったよ」
そこまで話したシンの表情が不意に曇る。
それでコニールもその傭兵たちが、先ほどシンが話した"ザフトに殺された仲間"の事だと察しがついた。

 

何か声を掛けようと思い、それでもなんと声を掛ければいいのか分からないコニールをよそに、
コニールとシンとの間に黒い影が割り込む。
それはベットのふちに前足を掛けた黒い犬だ。
シンは犬の姿に、微かな笑顔を作り、その頭をなでてやる。
「……この顎縛ってるの、外してやっていいか?俺がいれば噛み付かないから。……多分」
「え……?あ、ああ……」
シンが指差したのは、犬の顎を縛っていたひもだ。
コニールはシンの話のショックがまだ抜けておらず、間の抜けた声で答える事しかできなかった。
そのままぼんやりと、シンが犬の口紐を外すのを見つめる。
しかし犬を見ていたコニールは、ふと違和感を覚えて眉を寄せた。
そして黒い毛並みを持つ犬をまじまじと見つめる。
この犬の顔立ち。
そして体つき。
これは犬というより――
「……なあ、シン。こいつって、本当に犬か?」
「は?犬じゃなかったらなんだってんだ?まさか猫だとでも言う気かよ?」
「いや、もしかしたらこいつ……、狼じゃないか?」
「え?狼ぃ?」
コニールの言葉に、シンは思わず犬(?)をじっと見つめた。
犬(?)の方もじっとシンの方を見つめる。
ちなみに、コニールも犬の方をじっと見つめていたが、犬(?)の方は完全に無視である。

 

「……いや、犬だろ。どう見ても。変な事、言うなよな」
シンのその言い方に、コニールは思わずカチンときた。
つい、ムキになって言い返す。
「いーや、これは狼だね」
「だから、犬だって」
「狼」
「犬」
「……狼」
「……犬」
「……」
「……」
よくわからない沈黙が、部屋の中に満ちる。
だがそれも長い時間ではなかった。
「……だから、これは狼だって言ってるだろ!」
「犬って言ったら、犬なんだよ!大体、どこが狼だって言うんだ!?」
「顔つきとか体つきとか狼だろ!?」
「そんなの、狼に似た犬だってたくさんいるだろ!」
二人の大声が部屋の中に木霊する。
その声を聴いた集落の住人達が、何事かとドアを少しだけ開けて中を覗き込んでいたが、
二人は全く気が付かなかった。
そんな二人の間で言い争いの原因である犬(?)は、小さく首をかしげていた。

 
 

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