久遠281 氏_MARCHOCIAS_第8話

Last-modified: 2014-06-23 (月) 23:20:07
 

 第八話 複製

 
 

シンは、目の前にある"フォースインパルス"によく似た機体を凝視した。
しかし、直ぐにその機体に違和感を覚え、首をかしげる。

 

自分がよく見ていた"インパルス"と言えば、
"コアスプレンダー""チェストフライヤー""レッグフライヤー"の三つに分割されている状態だ。
一機のMSに組み立てる時は、大体自分はコックピット内に居る。
コックピット内で自分の乗っているMSの姿を見る事なんて、ほとんど無い。
そのため、シンがインパルスのMS形態を見るのは乗った後の整備中など、限られた時だけだった。
そこまで考えたシンは、やっと違和感の正体に気が付いた。
「……ん?トリコカラー?」
目の前のインパルスの装甲は、青、赤、白の三色に色付いている。
しかしシンの記憶の中では、インパルスの装甲は灰褐色だ。
これは整備の時はMSの電源を切るため、VPS装甲が本来の状態である灰褐色に戻るためだ。
シンは一応、カメラアイに視線を向けた。
二つのカメラアイには光がともっておらず、電源が完全に切れている事を告げていた。
「……コニール、この機体は何なんだ?」
シンは訳が分からず、コニールに尋ねる。
だが、話を振られたコニールも、どこか困ったように頭をかいた。
「ん~……、まあ、言うなれば、"インパルスレプリカ"って所かな?」
「レプリカ?」
「そ。……まあ、"パクリインパルス"でもいいけど」
「はぁ?」
コニールの言葉に、シンは思わず変な声を出して、その顔を凝視した。

 

「お前、ガルナハンを救ってくれた時、インパルスに乗ってただろ。
 それを見た奴が、いつかもう一度苦しめられる自分達を救ってほしいと、
 インパルスにそっくりの機体を造った、って訳」
「ん?それってもしかして、これ造ったの……」
「そ、MS技師でも整備士でもない奴。でもまあ一応、大型農業機の整備が出来る奴だし、
 もとを辿ればバラバラになったMSを組み立てなおしてカスタマイズしただけのようなものだし、
 多分大丈夫だとは思うけど……」
と、いうか、そう思いたい。
シンは、そんなコニールの心の声を聴いた気がした。
コニールは気まずげに、あちこちに視線をさ迷わせる。
そんなコニールを見るシンの目は、"本当に大丈夫なんだろうな"と言わんばかりの
白々しいものになっていた。
「だ、だけど、この集落には他にMSは無いし、MSに対抗できる兵器もないし……」
言い訳じみたコニールの言葉は、爆発音にかき消された。
その音に、二人は我に返った。
シンは小さく舌打ちすると、覚悟を決めた。
「コニール、こいつ借りるぞ!」
「え?あ、うん!よろしく頼む!」
シンはコニールが答えるよりも早く"インパルスレプリカ"に駆け寄ると、
コックピットを開いて中に飛び込んだ。
そして起動ボタンを押すと、薄暗いコックピットに光が灯る。
コントロールスティックを握りしめ、気を落ち着かせるために、一度目を閉じる。

 

その直後に、甲高い電子音がコックピット内に響き渡る。
シンは驚いて、モニターに視線を向けた。
そして呆然とする。
「な……、なんだこれーーー!!」
思わず狭いコックピットの中で叫ぶ。
モニターに映し出されていたもの。
それは文字の羅列。
曰く、

 

――ビームライフルのドライバが入っていないので使えません。
――ビームサーベルのドライバが入っていないので使えません。
――機体の左右の重さが違うため、大変危険です。バランス調整し直してください。
――推進剤残量が0です。

 

など、通常では考えられないエラーが並んでいた。
「おい、コニール!この機体、何なんだよ!?まともに動かせるのか、これ!?」
「あ、やっぱり無理?」
外部スピーカーをオンにして怒鳴ってみれば、コニールはこうなる事を予想していたのか、
落ち着いた様子でそう答えた。
そもそもビームライフルやビームサーベルのドライバがないって何だ!?
そういうのはOS側でやってくれる事なんじゃないのか!?
て、言うか、このOSいつのだよ!?
かなり古い物なんじゃないのか!?
シンは心の中だけで、そう突っ込みを入れた。
あまりにも突っ込み所があり過ぎて、コニールを問いただす気にもなれない。
シンは、頭を抱えて変なうめき声をあげる。
さっきしたばかりの覚悟は、数分もたたないうちに消えそうだ。

 

「まあ、空中分解する、なんて事は無いと思うぞ。多分だけど。」
「空中分解しようにも、推進剤が0で飛べるか!
 そもそも乗ったばかりなのに、バッテリーの残量がすでにイエローゾーンなんだけど!?」
申し訳なさそうなコニールの言葉にシンはそう怒鳴りながらも、
キーボードを叩いてどうにかビームライフルとビームサーベルだけでも使えるようにしようと試みる。
ザフトでは、OSを自分に合わせてカスタマイズする事が許可されている。
そのためプログラム知識は、一通りアカデミーで習う。
その時覚えた知識を記憶の奥底から引っ張り出しながら、シンは何とかプログラムを組んだ。
もっとも、これがちゃんと動くかどうかは、実際に動かさないと分からない。
さらに言えば、通常ならばちゃんと動くかどうかはシミュレーターを使って確かめられるので、
実戦で確かめるなんて事はしない。
シンはプログラムをインストールするついでに、この機体のスペックを確認した。
それによると装甲は、電源が入っていない状態で色がついていた事で分かるように、
VPS装甲ではないようだ。
それが今回はありがたい。
すでにバッテリー残量がイエローゾーンなのに、これでVPS装甲なんて使ったら、
あっという間にバッテリー切れを起こしてしまう。
それにVPS装甲ではない分、機体の総重量が軽い。
これならば、俊敏な動きが出来るだろう。
ついでに、ただの飾りと化している背中のフォースシルエットも切り離せば、さらに重量が減らせるだろう。
シンはそう思い、キーボードを操作する。
「……ん?これは切り離せないのか?」
どうやら背中に付いているのはバックパックではなく、本体と一体化しているらしい。
ついでに言えば、コアスプレンダーなどに分解するシステムもないようだ。
どうやら本当に、"見た目だけが"インパルスらしい。

 

――これはもう、"インパルス"じゃないだろ……。

 

シンはそう思いながら、もう一度頭を抱えた。
しかしその間にも、時間は過ぎていく。
シンは大きく息を吐き出すと、先ほどとは違う意味で覚悟を決める。
「あーー、もう!やるしかないってんなら、やってやるさ!ちきしょう!!」
やけくそ気味にそう叫ぶと、シンはコントローラースティックを握り直す。
そしてふと気づく。
「コニール、これ、どうやって外に出るんだ?」
「え?」
シンの質問に、コニールが固まる。
納屋の天井は高く、MSを組み上げるのに使ったと思わしきクレーンの骨組みが組まれていた。
これを推進剤なしで破れるかのかどうかが分からない。
一方出入口の方は、大きめの出入り口になっているが、MSが立ったまま通るのには低すぎる。
「……四つん這い?」
ややあって出したコニールの答えに、シンは思わずその姿を想像する。
はっきり言って、かなり情けない姿だ。
「じゃなかったら、ほふく前進とか?」
「出来るか!!」
インパルスレプリカの胸辺りの装甲は、オリジナルのインパルスと同じく、少し出っ張っている。
そのため、ほふく前進は無理だ。
シンは泣きたい気分になってきたが、今はそれどころではないと言い聞かせ、機体を動かす。
どうせ誰も見ていない、見ている暇なんてないはずだ、と、自分に言い聞かせ、
四つん這いで納屋の外にでる。

 

納屋の外に出てみるとビームライフルで撃たれたのか、それともコンロの火でも移ったのか、
少し離れた位置にある家が紅の炎を噴出しているのが見えた。
シンがセンサーに視線を向けると、そこには四機のMSの反応があった。
センサー類にまで異常があったらどうしようと思っていたが、どうやら心配なさそうだ。
識別コードが出ない事を除けば。
これは向こうが識別コードを出していない可能性があるし、
ここには味方のMSなんてないんだから問題は無い。
無いはずだ。
シンは自分にそう言い聞かせ、インパルスレプリカを四機のMSがいる方向に走らせる。
走り出した途端、機体が大きく右に傾いた。
そこでシンは機体のバランスが狂っているというエラーを思い出し、慌てて機体を立て直す。
一歩進むのにもかなり神経を使いながら、何とかグフイグナイテッドをビームライフルの射程圏内に入れる。
そしてビームライフルを一機のグフイグナイテッドに向けると同時に、
そのグフイグナイテッドのモノアイがこちらを向いた。
しかしその時にはすでに遅い。
シンはビームライフルのトリガーを引く。
ビームライフルから発射された光線がグフイグナイテッドを貫き、火達磨と――化さなかった。

 

と、言うか、ビームライフルから閃光が発射されさえしなかった。

 

「……え?」
シンは思わず間の抜けた声を出す。
その視線が、モニターに映る文字を見る。

 

――ビームライフルのエネルギー残量が0です。

 

まだ一発も撃ってない!!
シンは心の中だけでそう怒鳴る。
だが、もはや大声で叫ぶ気力も無い。
その間にも、グフイグナイテッドの一機が、こちらに向かってビームライフルを向ける。
それに気が付いたシンが、横っ飛びでその場を離れた直後、ビームライフルの光線が地面を削った。
シンは舌打ちをして、空を飛ぶグフイグナイテッドを睨み付けた。
向こうは空を自由に飛べるのに対し、こちらはビームライフルさえ使えない。
何か手を考えないと――
シンがそう思った直後、インパルスレプリカの機体が、大きく傾いた。
驚いたシンが慌ててバランスを立て直そうとするが、元々バランスの悪い機体。
シンの努力は無駄に終わった。
インパルスレプリカは地響きを立てて、その場に尻餅をつく。
どうやら、ビームライフルの光線が地面に当たった時に飛び散った岩に、足を取られたらしい。

 

その様子に、四機のグフイグナイテッドのパイロットは、こちらを素人だと思ったらしい。
四機の内、三機は高みの見物を決め込む事にしたらしく、一機だけがインパルスレプリカに向かって、
テンペストビームサーベルを握りしめて突進してきた。
それを見たシンは半ばやけくそで、近くに落ちていた岩をつかんで、こちらに向かってくる
グフイグナイテッドに向かって投げつけた。
立ち上がるすきが出来ればラッキー程度で、当たるとは思っていなかった攻撃は、
グフイグナイテッドに直撃した。
それに驚いたシンをよそに、バランスを失った青い機体が地面に激突する。
驚いて呆然としてしまったシンは、直ぐに我に返るとグフイグナイテッドが落ちた場所に向かって走る。
そしてビームサーベルを引き抜くと、その赤い刃がちゃんと形成されることを確認して、
グフイグナイテッドに襲い掛かる。
それを見たグフイグナイテッドがビームライフルをこちらに向けるが、
その引き金を引くより早く、ビームライフルを持った腕を切り飛ばした。
シンは、そのままグフイグナイテッドのコックピットに向かってビームサーベルを突き立てる。
直後、グフイグナイテッドの機体が爆発する。
爆発を後ろに跳ぶことでかわしたシンは、着地のさいに少しバランスを崩したものの、
今度は倒れずに着地する事ができた。
その事に、内心ホッとする。
いや、そんな所でホッとするのもどうなのか、とは思うが。
シンは直ぐに思考を切り替えると、先ほど斬り飛ばしたグフイグナイテッドの腕に握られたままの
ビームライフルを奪い、上空のグフイグナイテッドに向けて引き金を引く。

 

立て続けに発射された光線は、三機の内二機を火達磨に変えた。
どうやら仲間の死に気を取られ、反応が遅れたらしい。
どこまで素人なんだ、こいつ等。
これじゃあ、その辺の野盗の方がよっほど腕が良いぞ。
シンは心の中だけでそう呟きながら、最後の一体の動きを目線で追う。
あまり下手に動くとバランスを崩すので、なるべくだったら動きたくない。
そんな願いをかなえてくれた訳ではないだろうが、最後のグフイグナイテッドは
テンペストビームサーベルを引き抜き、そのままこちらに向かって突進してきた。
シンは手にしていたビームライフルを地面に投げ捨てると、ビームサーベルを握りしめる。
高速で近づいたグフイグナイテッドは、インパルスレプリカの胴体を薙ぐように
テンペストビームサーベルをふるった。
シンはその攻撃を、インパルスレプリカをかがませる事でかわす。
そしてグフイグナイテッドが横を通り過ぎる前に、ビームサーベルでその胴体を斬りつける。
グフイグナイテッドが赤く焼けた断面を見せながら、上半身と下半身の二つに分かれた。

 

その直後、不意にモニターが真っ暗になる。
「え?」
何が起こったか分からず、今日何度目か分からない間の抜けた声を出して、シンは固まった。
その直後、強い衝撃がインパルスレプリカを襲う。
どうやらグフイグナイテッドの爆発に巻き込まれたようだ。
外の様子は全く分からなかったものの、状態から察するに、そのまま吹っ飛ばされて
背中から地面に叩き付けられたらしい。
その衝撃に呻きながら、シンは機体のバッテリーを示す計器に視線を向ける。
計器が示しているバッテリー残量は、いつの間にかに0になっていた。
ついでに言うと、予備バッテリーの残量も0だ。
これは起動させた時から0になっていたのだが。
(……警告音、鳴ってたっけ?)
通常、バッテリーが減ってくれば、それを知らせる警告音が鳴るはずである。
しかしいくら戦闘に集中していたとは言え、その警告音がしていた覚えはシンにはない。
OSの設定か、それともバグかなにかによって、バッテリーが減ったことに対する警告音が
鳴らなかった可能性が高い。
だがもはや、この機体の事に対して叫んだり、怒鳴ったりする気力も体力も、シンには残されていなかった。

 

「……かっこ悪……」

 

今の自分の状態をそう評価して、シンはこの日一番の大きなため息を吐いた。

 
 

****

 
 

『ラクス様、例の件ですが……』
「ああ、地球圏からの、武力を伴った略奪行為に対抗するために援軍が欲しい、という要請の事ですか?」
ラクスはモニターに映った議員に向かって、にこやかな笑顔でそう答えた。
「その事に対しては、心配ありません。まだアカデミーを出たばかりのパイロットとは言え、
 グフイグナイテッドを四機派遣しておきました。
 さらに新型装甲を取り付けた"ドムトルーパー"三機を、近くの政府施設に派遣しました。
 もしかしたら、すでに任務を終了させているかもしれませんね」
『おお、さすがラクス様。迅速な対応見事です』
議員の賛辞を、ラクスは笑顔で受け流した。
その後、二つ三つの問題をやり取りして、ラクスは通信を切った。
そしてため息を吐く。

 

――どこの誰かは知りませんが、なぜこの自由と平和に楯突こうというのでしょうか?
  皆が等しく、この自由と平和を受け入れれば、戦いなど無くなる。
  そうすれば――

 

そこまで考えたラクスは椅子から立ち上がり、執務室の壁一面に張られたガラスに近寄った。
そこからは明るい太陽の光が、さんさんと降り注いでいた。

 
 

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