二つの運命_前編

Last-modified: 2008-07-26 (土) 17:49:25

C.E.71年6月15日 オーブ

 

「早く!! 急いで!」
オノゴロ島の攻防戦の中、森の中を駆け抜ける家族がいた。
港にあるシャトルに乗ればこの戦場から脱出できる。
その想いを胸に、家族は足の痛みも疲労も忘れて駆け抜けている。
「あっマユの携帯!!」
家族のうちの一人、自らをマユと呼んだ少女の手からピンクの携帯が落ち、崖に転がっていった。
「そんなもの放っておきなさい!!」
母親が言い聞かせるが、少女は歩みを止め地団駄を踏んでいる。
後ろで見ていた少年は黙って崖に下りる。彼は少女の兄、少女が一度言い出せば聞かないことを誰よりもよく知っていた。
だから彼は少女の携帯を取りに行ったのだ、少女を宥め歩を進めるために。
崖の傾斜はそこまで急ではなく、なんとか取りにいける距離だ。彼は携帯が落ちた場所まで崖を滑り降り、木を掴み止まることに成功。
携帯を拾い上げ家族の方を見る。彼は目を奪われた。
そこには蒼い翼を広げ五門の砲口をこちらに向けたMSが、いや彼の目には戦場に舞い降りた天使が映っていた。
刹那、彼の意識は爆発の衝撃によって閉ざされた…

 

「う…」
少年の意識が戻る。朦朧としているが徐々に回復してきた。
「俺は…そうだ!! 父さん!! 母さん!! マユ!!」
辺りを見渡す、爆撃された森は木がなくなり地面が露出している。そこに家族の姿は見当たらない。
少年は傷だらけの身体を引き摺り家族の姿を捜す。
「ああっ…」
家族は見つかった。が、息をしている者は一人もいなかった…
「う…うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
少年の叫びが空に放たれる。空にはぶつかり合うMS。彼は蒼い翼を持つMSを見つめる。彼の真紅の瞳は憎しみに満ちていた。
『絶対に、絶対に許さない…』
痛みによって彼の意識は再び閉ざされる。そのとき、突然家族の身体が消えた。そして彼の身体は暖かい光に包まれ消えた。

 

遠見市

 

「少し遅くなったかな…」
漆黒のマントを羽織った金髪の少女が帰路を急いでいる。
彼女は歩みを止める気はなかった、道の途中に傷だらけでピンクの携帯を握った少年と剣の形をしたデバイスを見つけるまでは…

 

フェイトの独白

 

私があの人に会ったのは、なのはと初めて闘った日。

 

ジュエルシードserialXIVを手に入れ拠点への帰還の途中、傷だらけのあの人に出会いました。

 

あの人の傷は酷かった。だけど人を呼ぶわけにも見捨てるわけにもいかなくて、アルフに手伝ってもらい拠点に運び治療をしました。

 

翌日、あの人は目を覚ましました。だけど、私と同じ真紅の瞳には生気が全く感じられず、話もできない状態でした。

 

私はあの人にデバイスと携帯を渡しました。

 

傷だらけのあの人と一緒に落ちていた剣の形をしたデバイスと、傷だらけになって意識を失っても簡単に離さなかった携帯を。

 

あの人はこの世界の住人でもなく、魔法のこともデバイスのことも知りませんでした。

 

私はあの人に説明をしました。魔法のこと、平行世界のこと、デバイスのことを。

 

初めは信じてもらえなかったけれど、実際に魔法を見せることで何とかあの人に分かって貰いました。

 

デバイスの起動の仕方も教えると、あの人はすぐにデバイスを起動させることができました。

 

あの人のデバイスはソードフォルムという完全なクロスレンジ専用のフォルムただ一つを持つ、巨大な剣の非人格型のアームドデバイス。

 

名前は…デスティニー。私の名前と同じ意味を持つ名前でした…

 

そして、デバイスを起動させたあの人の瞳には光が戻りました。

 

それからのあの人はいつも私のことを護ってくれました。

 

母さんからのお仕置きを受けたときも、あの人は私を護ってくれました。

 

ジュエルシード探しに協力する代わりに私にお仕置きをしない。それがあの人が母さんに出した条件でした。

 

人手に困っていた母さんはそれを承諾してくれました。それから、私が母さんに会うときはあの人も一緒にいてくれるようになりました。

 

なのはとの最終決戦の時も、あの人は私を護ってくれました。

 

なのはの全力全開のスターライトブレイカー。もうダメだと思い目を瞑った瞬間、あの人は私の前に飛んできて受け止めてくれました。

 

目を開いたときに見た、あの人の背中がとても大きく見えたのを今でもはっきりと覚えています。

 

P・T事件が終わって、私たちは裁判にかけられることになりました。本局に移動の前、なのはに会えと言ってくれたのもあの人でした。

 

あの人のおかげで、私はなのはと友達になることができました。かけがえのない親友同士に。

 

裁判を終えた私たちは管理局の嘱託魔導師になりました。私は罪を償うため、あの人は元の世界に戻るために。

 

居場所のなかった私たちにリンディ提督は養子縁組の話を持ちかけてくれました。私は考える時間を貰いました。

 

でも、あの人は元の世界で軍人になると言って断りました。いつかあの人と離れてしまう、そう思うと胸が痛くなりました。

 

夜天の書事件の時も闇の書に取り込まれそうになった私の身代わりになってくれました。

 

でも逆上してしまった私はあの人の行動を無駄にして、取り込まれてしまった…

 

時は過ぎ、あの人、シン・アスカと出会ってから二年と少しが立った時、事件が起きました…

 

次元航行艦アースラ ブリッジ

 

次元航行艦アースラ内に、闇の書事件に深く関わった面々が集まっていた。
しかし、高町なのはは事故の怪我の為、ユーノ・スクライアは仕事の為いない。
「それで緊急の用ってなんだ?」
鉄槌の騎士の二つ名をもつ少女、ヴィータが彼らを収集した人物リンディに聞く。
「それがね…シン君のことなんだけど」
「シンが何かしたのですか?」
烈火の将という二つ名を持つ女性、シグナムが問う。彼女は一応シンの剣の師匠であるので、弟子のことだと聞いて敏感に反応していた。
「元の世界に帰ったのよ」
ざわめき立つアースラ内、皆同様を隠せない。
「帰ったって私たちに何も言わないでですか!?」
彼と1番関わりが深いフェイトが声をあげる。
「あっ…ごめんなさい。 でもどうして…」
「…シン君がいた世界が見つかったのはつい先日のことなの。見つけるのは大変だったわ。
 なにせ手がかりが地名くらいしかなかったもの。それで、このことはすぐにシン君に話したの…」
そこまで言ってリンディが言葉を濁した。
「あいつはすぐ帰ることを決断した。 もちろん僕たちが見送ると言ったんだが、決意が鈍ると言って断ったんだ」
クロノ・ハラオウンが続きを喋る。
「そんなの水臭いわ!!」
八神はやてが声をあげる。 闇の書事件後シンが居候していたのは八神家だった。
はやてはいつか彼が帰るときはリインフォースのときのように見送りたいと思っていた。
「僕もそう言ったんだけど、落ち着いたら会いに来ると言っていたから黙っていたんだ…でも少し問題が起きたんだ」
「問題ってなんだ?」
「あいつの身の上を考慮して監視をつけておいたんだけど、撒かれてしまってね。今、行方不明なんだよ」
「「「行方不明!?」」」
「…復讐か?」
今まで口を閉ざしていたザフィーラが口を開く。
シンの家族が彼の目の前で亡くなったことは、この場にいる誰もが知っていた。
そして彼が蒼い翼を持つロボットに恨みを抱いていたことも。
「ああ、その可能性が高い。あいつの捜索は続けてる、見つかり次第また報告するよ。
 とりあえず今日は、このことを皆に伝えようと思って呼んだんだ」
「そうか、復讐など止めろと言ったのにアイツは…見つかったら鍛え直しだな」
「おう、鍛え直しだな」
シグナムとヴィータが何処かにいる弟子に向かって言った。
「シンさん…」
フェイトがシンの名を呟いた。

 

シンアスカの独白

 

二年前のあの日、俺は全てを失った。

 

突然、大切なものを失ったあの日、力が無いのが悔しかった。

 

そして、目の前に、すぐ目の前に仇がいるのに、ただ泣き叫ぶしかなかった自分自身も悔しかった。

 

だけど、みんなが力をくれた。『デスティニー』父さんが、母さんが、マユが、俺にくれたアイツを討つための力。

 

違う世界の日々は穏やかだとは言えなかったけど多くの人と出会いがあった。

 

フェイト、金髪に俺と同じ真紅の瞳を持つ少女。俺の命の恩人。

 

家族を失った俺に、その暖かさをまた味あわせてくれた八神家や高町家。

 

このままずっとみんなと居られたらと何度も思った。でもこのままじゃいけない。 俺にはしなくちゃならないことがある。

 

家族がくれたこの力で家族を奪った奴を殺さなければいけない。

 

だから厳しい訓練にも耐えてきた、多くの魔法を覚えてきた。

 

そう、全ては復讐を果たすために…

 

オーブ 慰霊碑

 

元の世界に戻ったシンが一番に向かったのは、家族を失った場所。今、そこは何事も無かったかのように元通りの森が広がっている。
その場所の近くに慰霊碑があり、彼はそこに立ち寄った。
シンが慰霊碑に近寄る。 慰霊碑には…
「父さ…ん…かあ…さん…マユ…」
自分と家族の名前が刻まれていた。 家族の名前を確認した瞬間、シンの目から大粒の涙が溢れその場に崩れた。
奇跡なんて信じていないけど、あの光景が全て幻で家族はみんな生きている。
シンはそう心のどこかで願っていたのかもしれない。 だが、そんな幻想は簡単に打ち砕かれた。
「キミも誰かを亡くしたのかい?」
突然の声にシンは振り返る。 そこに居たのは花束を持った同じ年齢くらいの少年と少女だった。
「泣いているのですか…これを」
少女がハンカチをシンに渡す。
戸惑いながらもシンは立ち上がりハンカチを受け取り涙を拭う。ハンカチはとてもいい香りがした。
「ありがとうございます。……俺は…あの戦で家族を亡くしたんです」
「そう…それは悲しいね…」
少年の表情が暗くなる。 長い沈黙の後、シンが口を開いた。
「…いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」
シンは彼らに背を向けて歩き出す。その瞳に復讐の炎を宿らせ、心には堅い決意を持って。
「………僕は」
「キラ…」
キラと呼ばれた少年はしばらくその場で俯いていた。

 

次元航行艦アースラ内

 

「シンはまだ見つからねーのかよ!!」
ヴィータがクロノに向かって吼える。
シンが失踪してから一ヶ月近くが立っていた。
「一応捜しているんだけどね。 あいつの魔力はCランクぐらいだから見つけにくいんだ」
シンの魔力は高くない。今、ここにいる中で最下位だろう。
「…フェイト、キミは試験があるんだろう? あいつのことは僕たちに任してキミは休んでくるといい」
「でも…」
「フェイトちゃん無理はあかんよ。 シンのことは私たちに任して、フェイトちゃんは身体の疲れを癒して来るんや」
なのはが事故にあってから、フェイトはなのはの看病をしてきた。 それに加えてシンの失踪騒ぎでほとんど休んでいない。
「…うん。 シンさんのことお願い…」
フェイトが部屋から出て行くのを確認して、クロノが口を開く。
「…実はさっきあいつが見つかったんだ」
「「「は?」」」
一同の視線を一斉に浴びる。一息ついてクロノが口を開いた。
「このことをフェイトの前で話せば行くって言うだろ? 試験も近いしこれ以上フェイトに負担をかけるわけにはいかないからね。
 それで君たちは行くのかい? 僕は一応あいつの魔法の師匠だし、あいつには灸を据えてあげないといけないから行くけど」
クロノの問いにその場にいた全員が声を揃えて言う。
「もちろん!!」

 

「………」
その時、沸き立つ部屋の外に人がいるのに気づいている者はいなかった。

 

ミネルバ甲板

 

吹雪が吹きすさぶ中、シン・アスカはザフトの新造艦ミネルバの甲板にいる。
監視を撒いてからのこの一ヶ月、シンは自分の仇についてずっと調べていた。
あのMSの名はフリーダム、顔についてはわからなかったがパイロットの名はキラ・ヤマト。
そして、フリーダムはアークエンジェルという戦艦にいて、今起こっているこの戦争に何度か介入していること
このザフトの戦艦に何度も会っていることがわかった。
ここにいればアイツに会える。そう信じてシンはここに居るのだった。
「何の音だ?」
先程から前方の雪原から爆発音が響いている。シンが艦の前方に移動し視線を凝らす。
そこには…
「フリーダム…」
蒼い翼の天使が居た。自然とシンの顔に笑みがこぼれてくる。
「ふふ…ははははは」
『あの日の俺には力なんて無かった。でも今の自分にはある。
 やっとアイツを見つけることができた。やっとあの悪夢から開放される時がくる。
 やっと…アイツを殺すことができる!!』
「アイツは俺が殺すんだ! 今日! ここで!!」
頭の中で何かが弾ける。
シンはデバイス デスティニーを起動させ目標に向かって飛んだ。すべてを終わらせるために。