二つの運命_後編

Last-modified: 2008-07-29 (火) 19:03:13

雪原

 

「くそっこのままじゃアークエンジェルが!!」
フリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは焦っている。
ザフト軍に囲まれ、際限ないMAからのミサイルの攻撃に対処しながらの進軍に苦戦していたからだ。
「あっ」
隠れていたミネルバからのアークエンジェルへのミサイル攻撃に気を取られた瞬間、前方から何かが飛んできた。
「なっ…人!?」
前方に居たのは大剣を構え空を飛んでいる少年だった。
キラは彼に見覚えがある。
「慰霊碑の…」
そう呟いた瞬間辺りの様子が一変した。
後方を進行していたはずの艦の姿がなくなり、雨のように降り注いでいたミサイルも見えなくなったのである。
「これは…」
「キラ・ヤマト!!」
少年が自分の名を呼び前に剣を突き出す。すると、突然コクピットハッチが開かれた。
いや、開かれたというより破られていた。
破られたハッチから先程の少年がこちらを覗いている。
「アンタは…あの時の」
ヘルメットの中には少年の見覚えのある顔が映っていた。
「そうか…アンタがキラ・ヤマトだったのか」
「キミは一体誰なんだ!?」
「俺か? 俺の名はシン・アスカ。あの戦でアンタに家族を殺された惨めな奴だよ」
彼が居たのはあの慰霊碑、キラの脳裏に浮かんだのはオノゴロ島の攻防戦。
オーブを守るために参加したあの戦いだった。
「僕は殺そうと思ってなんかない!!」
力を持たない弱い人たちをキラは守りたい、だからあのとき戦っていた。
もちろん誰も殺めるつもりはない。しかし、結果は甘いものではなく多数の犠牲者がでてしまい多くの損害を被ることになった。
「だけど結果として俺の家族は死んだんだ!! 俺はアンタを許さない…俺の家族を奪ったアンタを!!」
シンが剣を構えた。このままでは危ない、だが攻撃するわけにはいかない、撤退するためにキラが操縦桿に手をかける。
「させるか!!」
そうシンが叫ぶとキラの肢体が動かなくなった。
腕も足もうまく動かせない。
「これは一体!?」
「魔法だよ」
「魔法?」
魔法なんて御伽噺のものだと思っていた。
だが、目の前にいるのは剣を持って空を飛んでいる少年。そして、自分の体が動かない現象。
彼の言っていることが冗談ではないということが十分すぎる程に分かる状況だった。
「アンタを殺すために、俺はみんなから力をもらったんだ。 キラ・ヤマト、アンタを殺す!!」
そう言ってシンが剣を前に突き出した次の瞬間、
「くっ」
シンの肢体を魔力の鎖が拘束した。バインド。先ほどシンがキラに掛けたものと同じものである。
「シン、そこまでだ」
「クロノ、みんな…くそっ思ったより手間取ったか」
シンが振り返ると、そこにはクロノ、ヴォルケンリッター、八神はやて、アルフと、シンの馴染みの面々がいた。
『フェイトはいないな…よかった』
その中にフェイトの姿は見当たらない。シンは少し気が楽になった。
「シン、私は言っただろう? 敵討ちなどやめておけと。
 私はこんなことをさせるために剣を教えたわけじゃないぞ!!」
「そうだぞ、この馬鹿野郎!! 罰として家のトイレ掃除一ヶ月だからな」
「ヴィータ、ちょっと黙っといてくれへん?」
「わ、わかったはやて」
はやてがヴィータを叱る。顔は笑っているがその笑顔が怖い。
「いくらアンタたちが止めても無駄だからな。 俺はアイツを殺すんだ邪魔するなら…」
「邪魔するなら僕たちも殺すのか?」
クロノがシンの瞳を真直ぐに見据える。
「殺さない。世話になった人たちだからな。だけど邪魔は絶対にさせない」
シンの瞳に迷いは無い。
「じゃあ、しょうがないな。 シン、キミには少し痛い目にあってもらう。
 動けないものを攻撃するのは気が引けるけど、キミをそのまま護送するのは骨が折れそうだからね」
『みんなはあの人の保護を頼む』
クロノが仲間に念話で指示を出す。
ヴィータとシグナムは不満だったが、バインドを掛けたのはクロノなので一応従うことにした。

 

「シン、覚悟…」
改めてシンに向き直ったクロノは、信じられない光景を目の当たりにする。
シンが自分の掛けたバインドを引きちぎっていたのだ。
「そんな…キミが僕のバインドを外すなんて」
シンは何も答えず剣を前に突き出す。
デスティニ-は高い機動力を持っている。距離を詰められ格闘戦に持ち込まれれば、少しまずいと考えたクロノは詠唱を開始した。
シンはまだ先程の場所からあまり前進していない、これならエターナルコフィンに十分間に合うとクロノは判断する。
「え…? シンがいない…」
クロノは自分の目を疑った。確かに先程まで目の前に居たはずのシンの姿がなかったのである。
「クロノ後ろだ!!」
「え!?ぐっ」
突然クロノの腹部に激痛が走る。そして…
「な、デュランダルが!?」
持っていたデバイスが破壊されている。クロノは何が起こったのかがわからなかった。
目の前にいたはずのシンがいきなり消えて後方に回り、腹部に激痛が走り、デバイスが破壊されている。
本人に何が起きたかわからないのだから他の者にも分かるはずはなかった。
「何を…したんだ」
「シャマルさんクロノを治療してあげてください」
シンがまだ唖然としていたシャマルに向かって言う。
「は、はい」
「僕はまだ…」
「もう立ってるのもやっとなんだろ? 無理するなよ」
「くそっ…」
格下だと思っていたシンに負ける、プライドが高いクロノには屈辱的なことだった。
「次はアタシの番だ!!」
クロノが下がったのを確認して、ヴィータがカートリッジをひとつ消費しラケーテンフォルムによる突撃をかけた。
シンは剣を前に突き出したまま動かない。
「お仕置きだ、この馬鹿野郎!!」
勝負はついた。とヴィータが確信したその瞬間、シンの背後で何かが光った。
「どうだ、これで少しは懲り…な、なんだよこれ!!」
ラケーテンフォルムによる加速が解け、ヴィータが声を上げる。
手に持っているグラーフアイゼンが真っ二つになっていたからである。
シンはというとクロノの時と同様にヴィータの後方にいた。
「どういうことだよこれ!!」
ヴィータに手応えは確かにあった。しかし、なぜか自分のデバイスが壊されている。
「これは…」
クロノとヴィータの様子を見ていたシグナムが考えを巡らせる。
『剣を突き出した後のあの背後の光、そして消えた後のシンの位置。
 考えられるのは魔力による超加速と残像の発生。今のシンの魔力なら可能か…』
シグナムが知っているシンの魔力は低い、それに彼のデバイスは高機動のクロスレンジ特化という特徴しかなく、
高機動といってもフェイトの速さにはとても及ばなかったはずだ。だが、今のシンの魔力ははやてに匹敵するほどなのである。
『いつの間にこんな力を……いや、考えても仕方ないな』
「ヴィータ、下がっていろ」
「アタシはまだ「その状態で戦えるのか?」
「うっ…わかったよ」

 

ヴィータが渋々シグナムの言葉に従った。シグナムがシンと対峙する。
「シン、どうしてこんなことをする? 復讐など止めておけと私は言ったはずだが」
「俺はこの日の為に生きてきたんだ!! だからいくらアンタたちが相手でも容赦はしない」
「お前は復讐の先に何を見るのだ? 復讐を済ませれば家族が戻ってくるとでも思っているのか?」
「どんなことをしても、どんな魔法を使っても一度死んでしまった人は戻らない。そんなことはわかってる…」
最後まで幻の都の秘術を追い求めたあの人。あの人の願いは最後まで叶うことはなかった。
「俺は復讐を果たすことで、この力をくれた父さんたちが喜んでくれるって信じてるから。
 …だから…だからアイツを討つんだ」
『シン、それは違うよ。シンがあの人を殺してしまったらお父さんたちすごく悲しむと思うんや』
はやてがシンに念話で話しかけてくる。
「どうしてそんなこと分かるんだよ!!」
『だって私たちもう家族やんか。だからシンがあの人を殺したらすごく悲しむってことがわかるんや』
「お前が欲しかったのは誰かを傷つける為の力か? 違うだろう?
 お前が欲しかったのは護れなかった家族を「もういい!!」
シンがシグナムの言葉を遮る。これ以上聞けば決意が薄らいでしまう。
今まで自分が生きてきた目標を否定されることは。シン・アスカという自身を全て否定されることに彼は思えた。
それが怖くてシンは剣を構えた。会話を断ち切るため、心を揺さぶられないために。
「俺はアイツを討つって決めたんだ!! 誰がなんと言おうと討つって決めたんだ!!」
「もう聞く耳も持たないか…ならば私が目を覚ましてやる。かかって来いシン!!」
シグナムが剣を構える。
『あの加速だ、直線にしか移動できないだろう。だから安易に軌道が予想できる。
 光が現れた瞬間に垂直に避ければ当たることはない』
シンの背後に光が現れる。
「今だ!!」
光を合図にシグナムが垂直に飛翔した。衝撃はない、レヴァンティンも無事だった。
「シンは!!」
先程自分が居た場所の後方を捜してみる。するとそこにこちらに背を向けたシンの姿があった。
「一気に決めるッ!! レヴァンテイン、カートリッジロード」
『EXPLOSION』
カートリッジがひとつ消費されレヴァンテインが炎を纏った。
「紫電一閃!!」
炎を纏ったレヴァンテインでの斬撃を繰り出すために、シグナムはシンに向かっていく。
まだシンは背を向けていた。振り向いたとしてもこれなら確実にシンを捕らえることができる。
「何!?」
シグナムは前進を止めた。その原因は振り向いたシンの手に握られているデバイスである。
シンが握っていたのは刀身ではなく砲身であった。その上、その砲口からは魔力弾が発射されていたのである。
あわててパンツァーシルトを発生させ魔力弾を防御する。辺りに爆発による煙が立ち込めた。
「危なかったか」
シンの方向を見るがまだ煙がひかない。その時、煙の向こうで何かが光った。
「光…? しまった!!」
シグナムの叫びも空しく、パンツァーシルトごとレヴァンテインを破壊された。
「フォルムが変わることまで隠していたのかよ、あいつ…それに発射までの速さ…速すぎるだろ」
下がって見ていたヴィータが呟いた。

 

「ザフィーラ、もう正々堂々だなんて言ってられない。 二人で行くよ!!」
「わかった」
アルフの提案にザフィーラが承諾すると同時に、二人で一斉にシンに向かって飛んだ。
ザフィーラはシンの右に、アルフは左に陣取った。
「……」
シンが何かをつぶやいた瞬間、彼の持っていた大剣が割れ二つの魔力刃の剣に変わる。
剣に変わらなかった部分は、シンの腕を覆う手甲になった。
「また変わったのかい。でも、あたしたち二人相手に勝てると思わないほうがいいよ!!」
二人が同時にシンに拳を浴びせるが、シンはそれを剣で受け止めた。
間髪いれずに二人は拳打を繰り出すが、シンの剣によって防がれる。
アルフたちが知っているシンであれば、アルフ一人でも勝てたはずだった。
しかし、今彼女たちの目の前にいる彼はもはや別人と言っていいほど戦闘能力が上がっていた。
「ぐっ…」
だが、いくら戦闘能力が上がったといっても達人を二人相手にしているのである。
防戦一方で三発に一発はシンにヒットするようになり徐々に二人が押してきた。
そんな時、シンが二人に向かって剣を投げる。
「危ないっ」
危なかったがなんとか二人とも避けることができた。
武器を失ったシンは掌で拳を受け止めようとしている。このチャンスを逃す手はない。
「ザフィーラ、一気に決めるよ!!」
二人が拳を大きく振りかぶる。
「パルマフィオキーナ!!」
突然シンがそう言うと掌から魔力弾が発射された。
魔力弾の出力はかなり弱い、これならば魔力弾ごとシンを討ち取れる。
二人はそのまま拳を繰り出そうとした。が、突然の激痛に中断せざるを得なかった。
「さっきの剣…」
先程シンが投げた剣が背中に命中していた。
全くの無防備であった所に攻撃を受け、二人ともかなりのダメージを負った。
「操れるのか…」
剣が二人の背中から離れ、シンの手元に戻った。
二人がその場に落下する。下がって見ていたシグナムとヴィータが彼らを何とか受け止め退避した。

 

「次は…」
シンが次の相手を探す。
彼はアルフとザフィーラとの戦闘で気づいていなかった。後方ではやてが呪文を詠唱していたことを。
事前に念話でみんなに指示しているので、退避は完了している。
「デアボリック・エミッション!!」
巨大な黒い球体がシンを中心に広がっていく。シンに逃げ場所はない。
「シンを止めるためなんや。堪忍してな」
はやてが呟く。突然、球体の中で何かが光った。
「いけない!! 主はやて、避けてください!!」
シグナムがはやてに向かって叫ぶ。が時すでに遅かった、シグナムが見たはやての
シュベルトクロイツと夜天の書は切断されていた。
「そんな捨て身で向かってくるなんて…」
シンの身体はボロボロになっている。無理もない。あの魔力攻撃の中を防御を考えず突撃してきたのだから。

 

『エクストリームブラストは身体に負担が掛かる。これ以上使えないか。
 でもシャマルさんは怪我の治療をしてるからこれで全員か、一安心だな…』
「そうだ、キラ・ヤマトはどこだ!?」
辺りを見回してみる。
「居た!!」
シンは雪原の上にキラを発見した。
『近づけばみんなに止められる今いる位置から攻撃できるのは…』
「ブラストフォルム!!」
シンの持っている大剣が砲身に変わった。狙いをキラにつける。
キラはまだシンが狙いをつけていることに気づいていない。
「キラ・ヤマトォォォォ! これで終わりだッ!!」
残った魔力を振り絞り魔力弾を発射する。魔力弾がキラ目掛けて飛んでいった。
「ははは、やった…」
もう誰も邪魔をするものはない。シンの悲願がかなったように思えた。
しかし、突然キラの前に高速で飛び込み、立ちはだかる者が現れる。
その人物にシンの放った魔力弾が直撃した。
「フェ…イト?」
立ちふさがったのはソニックフォームのフェイトだった。魔力弾が直撃したフェイトは力なく倒れた。
「フェイトォォォォォォォォ!!」
シンが無我夢中でフェイトのところに飛んでいく。追いつき、雪原に横になったフェイトを抱き上げる。
フェイトは身動きひとつしていない。シンの脳裏に二年前の光景が浮んだ。
力を持たなかったために起こった悲劇。大切なものを失ったあの日。
「どうしてだよ…力があるのに、今の俺には力があるのに!!」
それなのに自分は、どうしてまた大切なものを傷つけてしまうのだろうか。
「いくら力があったとしても、その力を間違ったことに使えば悲劇しか生まない。
 言っただろう復讐なんて止めておけと。それを無視して間違った力の使い方をした結果がこれだ。
 お前がフェイトを傷つけたんだ。私たちの想いを無視してな」
遅れて飛んできたシグナムがシンに向かって言う。
「俺が…フェイトを…」
フェイトを見る。やはり反応がない。
「う……うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
シンはあの時と同じ悲鳴を上げていた。

 

その後、拘束されたシンはアースラに連行される。
魔力を使い果たし身体もボロボロだったシンは抵抗する力さえなかった。
正しくは抵抗する暇などなく、傷ついたフェイトをアースラに運ぶのに気をとられていた。
フェイトは何とか一命を取り留めることができたが、溜まりに溜まった疲労のため眠りについている。
キラは説明を受けアークエンジェルに戻っていった。
すべてが終わり、アースラ内のミーティングルーム。関係者がシンを取り囲み話を聞いていた。
「話を聞かせてもらえるわね?」
「…はい」
リンディの問いにシンが答える。
「まずはあなたの魔力の事からね。どうして急に上昇したのかしら?」
「俺にもよくわかりません。
 上手く言えないんですけど、感情が高ぶると頭の中で何かが弾けて、そうすると魔力が溢れてくるんです」
「火事場のアホ力ってやつか?」
「馬鹿力だろ」
ヴィータの発言に冷静にシンが突っ込みを入れる。
「ど、どっちも同じだ!!」
「ヴィータうるさいよ」
はやての叱咤にヴィータが縮こまる。
「じゃあ、あのデバイスはなんなのかしら?」
「普段はソードフォルムしか使えないんですけど、さっき言ったみたいに何かが弾けると違うフォルムも使えるようになるんです」 
「シンくんのデバイス、ブラックボックスだらけだもんねー。それは知らないこともあるよね。
 そのせいで非殺傷設定ができなくて大変だったんだけど。でも、フェイトちゃんの様子を見ると魔力弾には標準で設定されてたみたい」
エイミィがデスティニーを本局に提出したときを思い出す。ブラックボックスだらけで何もできず突っ返されたことを。
「でも、いつそんなことわかったのかしら?」
「二度使ったことがあるんです。一度目は海でなのはのスターライトブレイカーを受けたとき。
 二度目は夜天の書に取り込まれるときに使いました」
「そうなの…どちらもシンくんに注意がいってない時よね。そしてそのどちらともシンくん気絶したり消えてしまったからね」
「盲点だね」
どちらにも居合わせたエイミィとアルフが思い出してみた。
確かにどちらの場合もシンを気にしてる暇はなかった。
「…俺、どんな罰だって受けます。だけど、フェイトが目を覚ますまではここに居させて下さい!! お願いします!!」
「シン君…クロノ!」
リィンディが部屋の隅で膝を抱えているクロノを呼ぶ。なぜそんな風なのかというと、シンに負けたのがよほど悔しかったらしい。
「クロノいい加減にしなさい!!」
「…わかったよ。シン、キミは罪に問われることはない」
「へ?」
クロノの言葉にシンが素っ頓狂な声を出す。
「監視をつけたのは僕個人の指示で、本局には報告していない。
 さっきのこともキラさんは許してくれたし、みんなもいいって言ってくれている。
 ただし、キミが復讐を止めないって言うのなら話は別だけどね」
「クロノ…みんな…」
「でも…」
クロノがシンに近づいてくる。次の瞬間、辺りに鈍い音が響きシンはその場から吹き飛んだ。
「キミは僕の妹を傷つけた。友人として許しても、兄としてはこれぐらいしないと納まらない」
血を拭いながらシンが立ち上がる。彼にもかつて妹がいた、その気持ちは十分すぎるほどわかる。
「わかってる…」
「ほ、ほらシン、フェイトちゃんが待ってるで」
「あ、ああ」
はやての言葉にシンは急いで部屋を出る。心は晴れない、フェイトのことで頭が一杯だった。

 

アースラ 医務室

 

「フェイト…」
ベッドで寝ているフェイトの傍にシンはいた。
あれから一日経っているがフェイトは目を覚まさない。
「う…」
復讐の興奮からか、二日間寝てなかったシンは三日目の徹夜に突入していた。

 

「ん…」
シンが気付くと、なぜか辺りは紅葉の紅でいっぱいだった。
彼にはこの場所に見覚えがある。かつて家族とバーベキューに出かけた場所とそっくりだった。
「お兄ちゃん」
声がするほうに注目する。そこには…
「父さん!! 母さん!! マユ!!」
二年前に失ったはずの家族の姿があった。
「シン、大きくなったね」
懐かしい父の声と姿。シンには本当に懐かしかった。
「ごめんみんな…俺、みんなの仇を討てなかった…みんなに力を貰ったのに」
シンの声は震えている。力を持っていても、あの時と同じで何もできなかった。
それどころか、自分の手で繰り返してしまうところであった。シンはそんな自分が悔しくてしょうがなかった。
「いいのよそんなことは。私たちはあなたにそんなことを望んでいないから」
「望んでないって…ならどうして俺にこんな力を…」
「お前に託した力は、奪う力じゃなく護る力。私たちはお前の手を血に染めさせたくなんかないさ」
「お兄ちゃんに復讐なんて似合わないよ」
家族の温かい笑顔。シンがあの日失った大切なものだった。
「じゃあ…じゃあ俺は今まで何の為に生きてきたんだよ…
 仇を討つためずっと独りで頑張ってきたのに…俺は何の為に生きてきたんだよ!!
 教えてくれよ、父さん! 母さん! マユ!!」
今までシンが生きてきたのは復讐を果たすためだった。そのためにシンは辛い訓練にも耐えてきた。
独りで情報収集も頑張ることができた。家族の言葉はそれを否定するものだった。
やるせない気持ちになり、シンはその場に座り込んだ。
「シン、お前はずっと独りだったか?」
「え…」
「お前は色々な人に支えられてきただろう。苦しんでいるときや悩んでいるときに手を差し伸べて貰った事もあるだろう?
 色々な人がお前と笑い、泣き、そして歩んで来たのだろ。 お前は、その全てを否定するというのか?」
「お兄ちゃんは独りなんかじゃないよ。いろんな人がお兄ちゃんを見守ってくれている。
 もちろんマユたちもお兄ちゃんのこと、いつだって見守っているよ」
シンの脳裏に浮かんでくる人々がいた。
「そして、あなたにとって今一番大切な人だって、あなたをずっと支えてくれたのでしょう?」
脳裏に浮かんだのは真紅の瞳を持つ金髪の少女。この手で傷つけてしまった大切な人。
「フェイト…」
「私たちが託したその力はお前を護るためのもの、そしてお前が大切だと思うものを護るための力。
 シン、これからは自分が幸せになるために生きるんだ。私たちのために生きることはない。
 お前のために、そしてお前が大切なもののために生きてゆけ」
「幸せになるために…」
シンの目から自然と涙が溢れる。彼は肩に背負っていた重いものが消えていくのを感じた。
「シン、幸せになりなさい」
「マユの分まで…幸せになってね」
家族の身体が薄くなっていく。別れの時は近かった。
「身体が…みんな!!」
「シン、行きなさい。運命はその手で切り開くんだ」
「あなたを待っている、大切な人を悲しませてはいけませんよ」
「マユたちはずっとお兄ちゃんの幸せを願っているから…」
家族の姿が完全に消える。残されたのはシン、ただ一人。
だけど彼は独りじゃない。支えてくれる家族が、仲間がいる。
「…ありがとうみんな。ありがとう」
シンは立ち上がり涙を拭う。まっすぐに前を見る彼の瞳は新しい決意で溢れていた。

 

シンの意識が段々と戻ってきた。頭に暖かい何かを感じる。
「暖かい…」
「シ、シンさん起きてたんですか!?」
「フェ、フェイト!?」
暖かいものの正体はフェイトの掌だった。
ベッドに倒れこむように寝ていたシンの頭をフェイトが撫でていたのだった。
「あ、あのすみませ「ごめんフェイト」
フェイトの瞳をまっすぐに見つめシンは謝罪した。彼の真紅の瞳が綺麗だった。
「ごめんフェイト。なんて言っていいかわかんないけど本当にごめん!!
 俺、自分の勝手な勘違いのためにキミを傷つけてしまった…
 謝って済むことじゃないけどキミに許してもらいたいんだ。
 なんならキミの気の済むまで殴ってくれてもいい。だから…俺を許して欲しい」
シンは土下座をしながら謝った。あわててフェイトが止める。
「シンさん、許すもなにも私は恨んでなんかいませんよ。だから、顔を上げて下さい」
「でも俺は…」
「そのかわり。一つだけお願いを聞いて欲しいんです」
「お願い? わかった、何でも言ってくれよ」
一呼吸をおいてフェイトが口を開く。
「もう、独りで悩まないで下さい。苦しいのなら私に言ってください。
 私はシンさんに何度も助けられました。だから今度は私があなたを助けていきたいんです」 
今度はフェイトがまっすぐにシンの瞳を見据える。二つの紅が交わりあった。
「助けられたのは俺のほうさ。フェイトには命を助けてもらったし、キミには生きる希望を貰った」
「生きる希望…?」
「なあフェイト。キミのことを俺が守ってもいいかな?
 頼りないし、力だって不安定だけど、キミのことを守りたいんだ…いいかな?」
「シンさん…はい…」
フェイトが笑顔で答えた。
「ところでさ、フェイト。俺を呼ぶときにシン『さん』は止めてくれないか?
 どこかの暴れん坊みたいでこそばゆいんだけど」
「暴れん坊?」
意味がわからなかったフェイトが復唱する。
「い、いやそれは忘れてくれよ。…それで、いいかな?」
「は、はい…シン」
顔を真っ赤にしながらフェイトがそう言った。
「シン君とフェイトちゃんラブラブなの」
突然聞こえた声に二人はパニックになった。
二人が声をした方を向くと車椅子に乗ったなのはとそれを引くユーノがいた。
「な、なのは」
「み、見てたのかよ」
「うん、見てたの」
「ぼ、僕は一段落してから入ろうって言ったんだけどね…」
シンの血の気が引く。
以前からなのははなんとなくではあったがシンを敵視している節があった。
「フェイトちゃん怪我は大丈夫?」
「うん、怪我はもう治ったよ。ただ少し疲れてただけだから」
「そう、よかったの。…ねえシン君」
なのはがシンに声を掛ける。シンは少し青ざめていた。
「わたしの怪我が治ったら一番に模擬戦をお願いしたいの。いいかな?」
「あ、ああ」
シンが青ざめながら答える。なのはがガッツポーズした気がするが、気にすることはない。
「じゃあユーノくん帰ろっか。帰ってリハビリ頑張らないとね。
 バイバイ、フェイトちゃん、シン君」
「そ、そうだね。…それじゃ、シン、フェイトまたね」
なのはが意気揚々と部屋を出て行った。急に静かになった室内でシンの深い溜息が漏れた。

 

その後、シンは迷惑を掛けた人たちへ謝罪した。
仲間たちはシンのことを許してくれた。ただし、それには条件があった。
一ヶ月間皆の言いなりになるという条件がシンに下され、シンはそれを承諾した。
それからの一ヶ月はシンにとってまさに地獄であった。
アースラ,八神家,高町家のトイレ掃除に始まり、ヴィータの遊び相手、ザフィーラ・アルフの散歩
はやての家事手伝い、シグナムの技の試し台、エイミィの買い物の荷物持ち、リンディのお茶の相手
クロノ・ユーノの仕事の手伝い、なのはのリハビリの手伝いを一ヶ月間ほとんど休まずに行った。
期限が切れたときにはシンの身体はボロボロだった。
その一ヶ月の間にフェイトの執務官の試験も行われた。残念ながら疲労で万全ではなかったためフェイトは不合格であった。
このことについてシンは何度も謝罪したが、フェイトは自分の実力が足りなかったからだと言ってくれた。
一ヶ月が過ぎ落ち着いたとき、シンはフェイトをある場所へ誘った。

 

オーブ オノゴロ島 慰霊碑

 

シンとフェイトの二人は慰霊碑に来ていた。夕日が二人を照らし海が黄金に輝いている。
「ここが…」
「ああ、家族の墓がないからここに眠ってるっていうのかな」
「あ、あのはじめまして。わ、私はフェイトっていいます」
「ははは、おもしろいなフェイトは」
慰霊碑に向かって挨拶をするフェイトにシンが言う。
フェイトが顔を真っ赤に染めた。そんなフェイトを横目にシンが慰霊碑に花を手向ける。
「父さん、母さん、マユ。俺、わかったから。みんながくれたこの力で何をするのかわかったから」
シンが慰霊碑に向かって告げる。
「シン・アスカ君」
シンとフェイトが名前を呼ぶ声に振り向く。そこには彼が憎んでいた人物と花束を抱えたピンクの髪の少女がいた。
「キラ…ヤマト」
「キミの身の上は聞いたよ。本当にすまなかったね。
 …言い訳に聞こえるかもしれない、でもあの時は僕も…」
シンが言葉を遮った。
「もういいんです。戦争なんだ、みんなそれぞれに理由があると思うんです。
 それに家族が望んでないことをしてもしょうがないから」
シンの家族は復讐なんて望んでいなかった。望んでいたのはシンの幸せ。
「シン君…いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ」
あの日、シンがふと呟いた言葉に、キラは自分が出した答えを言った。
シンは首を振った。
「俺は…嫌です。俺は絶対に護ってみせます。自分の周りにある大切な花を。
 いや、一番大切な花だけはどんなことがあっても絶対に護ってみせます」
「そう…か。進む道は違うけれど僕はキミのことを応援してるよ」
「俺も応援してます」
二人が握手を交わす。そこには憎しみなどなく、あるのは友情だった。
キラが少女から花束を受け取り慰霊碑に捧げる。
4人は犠牲者の冥福を祈った。
「あ、そうだ。え~と」
シンがキラの傍らにいる女性を見ていった。
「ラクスですわ」
「ラクスさん、この前貸してもらったハンカチ…あれ?」
自分のポケットを探ってみるが見つからなかった。
「ふふふふふ、また今度でいいですわ」
「キミに僕の友人も紹介したいんだ。そのときに持って来てもらってもいいかな?」
「ええ、そのときは俺の友人も紹介しますよ」
彼らは再会を誓い別れる。二組ともその表情は希望に満ちていた。