宿命_エピローグ

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:27:43

闇の書事件から、一夜があけた。
昨日シンは、プレシアの元で起きた事件を終えて以来、本当に久しぶりにアースラの面々と話をした。
ゆっくり話したのは、思えば初めてのことかもしれない。
時刻は5時30分。 今日はクリスマス、だ。
はやては事件の終わった時に気を失って、以降まだ一度も目覚めていない。
暫く、起きるのも遅くなるそうだが、心配も要らないらしい。
眠っていた魔力を全て発散したために、この状態は一週間は続くと聞いた。
魔法を使うものとして、これは教訓にもするべき事象だ。
因みに、今後はやての足は開放に向かうと、アースラのスタッフが言っていた。
そして、はやての起きていない、それどころかいもしない八神家で、他の皆も目を覚ましてきた。
昨日は、全員八神家に帰ってきていたのだ。
「行くのか?」
いつかと同じように、ヴィータが目を擦りながら言う。
その問いに、シンは肯いた。
既に待ち人は到着している頃だろう。 いや、昨日からずっとそこにいる可能性もある。
「本当は、私がやっても良かったのだがな……。」
「それこそ、はやてが怒るだろ?」
「そうだな。 主を悲しませないようにと思っていたが、これだけは……。」
「それも、昨日話し終わったことだ。
 ティス、行こう」
どうにも歯切れの悪いシグナムに適当に返事をしながら、シンはパートナーの姿を探した。
栗色の髪の、小さな女の子を探してみるが、シンは見つけることが出来なかった。
「先に行くと言っていたぞ」
眼下から声がし、「なんだ、先に目が覚めてたのか」と、シンが返したのは、ザフィーラだ。
シグナムでさえ今目を覚ましてきたというのに、疲れを知らないのだろうか?
は、置いておく。
ザフィーラによると、どうやらティスは待ち人の元にいるようだ。
「それじゃあ、行きましょうか?
 はやてちゃんが起きちゃうかもしれませんし」
「そうだな」
シャマルに賛成して、全員が八神家を退出する。

「君たちもあそこに呼ばれてたよね。
 そろそろ時間だ。 転送をするから、ついてきて」
クロノがキラとアスランの部屋に入り、言った。
昨日の段階で、アスランは罪を受けると言ったのだが、クロノが「未遂の上、この世界をよく知らない人間に罪を問ったりしない」というので、事なきを得ていた。
因みに、場所はアースラの一室であり、フェイトはなのはの家で泊まる許可を得てた。
激闘の後である。 思うところもあったのだろう。
「それじゃあ、行こうか。 アスラン」
「あぁ、そうだな」
キラとアスランは異を持つ事もなく、クロノに従った。
待ち合わせの場所へ、また二人、向かっていた。
そして、そこで起こることを、彼らは止めも、意見を言う事もないようにすると決めていた。
全て、長きを共にしてきたシンに任せようと、思っていた。

「なのは、おはよう。 早いね」
「あ、フェイトちゃん、おはよう」
朝食を既に済ませたなのはが、パジャマ姿のフェイトに答えた。
「フェイトちゃん、早くご飯食べちゃってね?」
急かすなのはだが、彼女自身も相当に眠そうだった。
了解の意を伝え、トーストをフェイトは受け取り、齧り付いた。
フェイトの着替えの用意をしながら、なのはは今日という日に思いを巡らせた。
早く目が覚めたのは、別に健康体だからというわけではない。
約束した、場所と時間があるから。

そして、その場所に、皆が集う。
来ているのは、シン、守護者達、なのは、フェイト、キラ、アスランである。
ニコルとティス、そしてリインフォースが、静かに揺れる海を見ながら待っていた。
「ああ、来てくれたか」
リインフォースが言い、振り返る。
全員が神妙な面持ちである。
「時間かけてもなんだし、始めるか。 ティス」
シンがティスを呼び寄せる。
「そうだな。
 これが、私の最期の戦いだ。 全力でかかって来てくれ」
ティスとユニゾンしながら、シンは頷いた。
なぜ二人は戦うのか?
事の発端は、一つ日を遡る事になる。

 
「天に・・・還る?」
「はい。
 その為には私が消耗する必要があります。 誰か、その際に相手をしてくれませんか?」
ちょうど今の面子に足すことのクロノがいるときに、リインフォースが切り出したことは、自分を消してくれというものだった。
そしてキラの問いに、きちんと答えた。
「そんな事、する必要があるか!!」
シンは猛烈に反対した。
はやてが悲しむだろうし、何よりその姿勢が気に入らなかった。
「マスター、私たちで相手をしましょう」
しかし、赤い羽根を生やしたままのティスは、そんな事を言い出した。
「何でだよ!?
 そんな事、しても意味がないだろ!?」
「意味はあります。
 いえ、そうしなければならないのです。
 そうですよね、リインフォースさん」
ティスの言葉に、彼女は頷いた。
(マスター、彼女だってはやてさんといたいのです。 分かってあげてください)
(でも!!)
念話を使うティスに、シンは反発する。
しかし、それを口には出さなかった。 ティスが言った言葉の意味を理解していないシンが、何を言っても暖簾に腕押しは必至だからだ。
結局、だれも言葉を発することなく場は白けていった。
キラやアスランは言いたいことのありそうな顔をしていたが、シンが黙ったためか、それを言い出しはしなかった。

その後、八神家についてから、ティスは理由を話した。 シンが最後尾だったため、玄関に入ってすぐだ。
デバイスというのには往々にして自己回復機能があって、それが行く行くはあの暴走した魔力も引き寄せてしまうのだ、と。
「マスターは分かっているはずです。
 今日だって、はやてさんの魔法であれが完全に消滅したわけではない事を」
それは、シンも確かに気づいていた。
宇宙で砲撃に当てて蹴散らしたと、認識をティスに伝える。
「はい、そんな感じです。 あんな事がマスターの近くでもう一度起きるのなら、やはりここで消えたほうがいいというのは、分かる考えではありませんか?」
「でも、だれも救われない!!」
近所迷惑も顧みず、シンがティスに叫ぶ。
その声に、シグナムたちももう一度玄関に集まってくる。
「救われるのだ。
 闇の書の意思と呼ばれ続けた、あの人格は……。」
ザフィーラがそう、口を開いた。
「そんなの、逃げてるだけじゃないか!!」
「逃げるのは、いけないことなんでしょうか?」
咎めるようなシンのセリフに、シャマルはそれを肯定するような言葉を言った。
「確かに、している事は逃げだろう。
 しかし、たとえ戦う道を選んだとしても」
「そのときは、俺が止めてやる!!」
「最後まで聞け!!」
ついで話し出したシグナムの言葉をシンが遮ると、ザフィーラが一喝した。
そして、もう一度シグナムが話し始める。
「戦うとしても、戦うのはリインフォースではない。
 それが、辛いのだろう」
自分で撒いてしまった種を自分で回収できないのだ。
そして、最愛の主とそれに付き従い、敬愛の意を表するものに、全てを委ねてしまうのだ。
「それに、そうなればもうあたし達と一緒には居られねぇ。
 管理局は、そこまで優しくはしてくれねぇよ」
「彼女を彼女のまま還してあげる事は、いけないことなのでしょうか?」
「そんなの・・・分かるかよ……!!」
ヴィータとシャマルに言われ、シンは答えを出せなくなってしまう。
確かに、暴走すればそれを期に夜天の魔道書が研究材料としての扱いを受ける可能性もあると、シンはC.E.の経験で分かっていた。
しかし、それだけで答えを出したくはなかった。
「随分自分勝手ですね、マスター。
 嫌な事は嫌といって、それだけですか?」
「何かあったら何とか、俺がしてみせるって言ってるだろ!!」
「そんな事が、本当に出来ると思ってるのか!?」
シンがティスに答えるが、シグナムがその答えを良しとしない。
今、シンは駄々をこねているだけだと、誰の目にも明らかだった。
「精神論で何とかできる話ではない。
 何かあってからでは遅いのだ。 それに、それは主の身に降りかかる害かもしれん」
ザフィーラが先ほどとは違い諭すように言った。
最も近くで戦うのは、はやてになるだろう。
そのはやてが一番危険であるのは、確かな事だ。
「なら、お前たちは平気なのか!?」
「んなわけねぇだろ!!
 それでも・・・それでもあいつの気持ちが痛てぇほど分かるから、そうするしかねぇって言ってるんだ!!」
誰もが、心の中に涙を流しているのだ。
そして、誰もが言葉も口にしたくないほど、疲れ、悲しんでいた。
そのことに、シンは気づかず、ただ一人反対をしていた。
(完全に賛成してる人なんて、一人も居ないのです)
ティスが、そのことをシンに告げる。
そしてシンも、そのことに気づき始めていたのだ。
(マスター。
 今、マスターは一時の無力さを、感じているはずです)
ティスがもう一度シンにだけ話しかける。
(起こってしまった不幸は、時として取り戻せません。
 取り戻そうとした人間の末路を、マスターは知っていますよね?)
アリシアを生き返らせようとしたプレシアは、深き闇に落ちていった。
その光景が、シンにも思い浮かべられる。
今回の事件でも、アリシアは生き返ったのではない。
ただ、その記憶の依り代を手に入れたに過ぎない。 それを、シンたちは守っていくしかないのだ。
(強くなりましょう、マスター。
 わたしの力は、わたしの名前は、わたしのマスターは、その為のものの筈ですよ?)
悲しき運命、宿命を断ち切るはずの力は、最後の最後で敗北を見た。
しかし、それは終わりなんかではないはずなのだ。
これから起こる事で、救えるものはいくらだってあるはずなのだから……。

宿る運命を、宿る前に断ち切れば良い。 少しなら、遅れても良いかもしれない。
だが、その結末を見ようとしている宿命に対して、シン・アスカに宿った力は、あまりに幼すぎた……。
だから、シンは頷いた。
強くなろう、と。

「分かった。 俺が、リインフォースの最期の戦いの相手をする」

そして、今がその最期の時となる。
『マスター。 全力で、行きましょうね?』
その言葉に、シンは一拍を置いて、「当たり前だ」と、応えた。

「どっちが勝つと思う?」
勝敗は関係のない戦いだが、なのはの口からそんな言葉が飛び出した。
別に戦いの結果を酒の肴にしようと言うわけではない。
ただただ、気になったのだ。
「分からないな、俺には……。」
「僕も、見当もつかないかな?」
キラとアスランはそう答える。
内心、シンにあの強大な魔力の器に敵うだけの能力があるのか、わからないといった感じだった。
が、シンの全力というものを知っている二人である。 彼がそう簡単に負けるとも、やはり思えなかった。
「僕はシン君が勝つと思いますがね」
しかし、コズミック・イラの人間では唯一、ニコルは明確な答えを出した。

「あいつが勝てるとは思えないな……。」
「同じく」
「わたしは、シンさんが勝つような気もしますね」
「訓練の相手をしていた身としては、勝って欲しい気もするがな……。
 恐らく無理だろう」
上から、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、シグナムである。
シャマルはシンが結界を破壊するほどの魔力を出せる事を知っているので、そういったが、他の守護者達はリインフォースをかっていた。
ヴィータ、シャマルはシンと直接戦った事があり、五分五分といった戦績だったので、妥当な判断だろう。
ザフィーラは自らを束ね上げていた書の管制プログラムを評価しての答えだ。
「わたしは……。
 シンに勝って欲しい、かな」
「わたしもシンくんが勝つと思うなぁ」
若干一名願望を述べたようだが、フェイトとなのははシンが勝つと見た。
それは信頼と、気持ちの持ちようを見ての言葉だった。

フラッシュエッジを、使いやすさの面でシンは選び、それを振り回す。
前回の戦いで既に敵の手元から離れた程度の魔法なら切り落とせるシンである。
手数が多ければ障壁や盾、バリアジャケットに頼る必要もなくなってくるのだ。
(別に頼ったからどうって事はないんですけどね)
とは、ティスの思うところである。
実際、シンがそういう性質なだけであるあたり、的は得ているが、気分の問題も考えればやはり的中ではなかったりする。

先ずは、シンがリインフォースにエッジで切りかかった。
行動を起こし、それから作戦を立てるしか、多量の魔法を知っているであろうリインフォースには勝てないと判断したからだ。
案の定、攻撃は障壁に弾かれる。
直接的にそれが戦いの幕開けとなり、開幕直後に、リインフォースは驚くべき行動に出る。
「スターライト・ブレイカー!?」
なのはの叫び声にあるとおり、彼女の下に浮かび上がった魔法陣はなのはの超長距離高威力魔法とおなじものだ。
「一対一で、そんなもの!!」
『マスター!!』
ティスの叫び声には反応せず、シンはフラッシュエッジに魔力を注入、長くして振り下ろした。
が、それは弾かれる。 魔法陣を描いていたのとは逆の腕で、である。
(片手でスターライト・ブレイカーを使おうとしていたのか!?)
驚くシンであるが、リインフォースは続けざまにそこまでに溜まっていた魔力をシンに向かって放出した。
吹き飛ばされるシン。 だが、何メートルかを飛ばされたところで制動、態勢を立て直す。
苦痛の声を上げていたものの、ダメージ量はそうそう多くはない。
突っ込んだ事が良しと出た部分である。
「防ぎよう、あるのかよ?」
『流石にソリドゥス・フルゴールでも無理ですね。
 ただ、逸らす程度ならいけると思います』
愚痴るシンに、ティスが打開策を言う。
しかし、それでも片手が空いているという脅威は拭えない。
「もう一度接近戦、だ!!」
シンはもう一度急速で、無論飛ばされてくる小さな魔力体をエッジで切りながら、急接近した。
そして、もう一度振り下ろす。
「無駄だ!!」
しかし、もう一度障壁に弾かれる。 ここまでは想定内。
「もう一本!!」
「それも!!」
左手のフラッシュエッジで切り払おうとするが、同じく弾かれてしまう。
『相手元を離れた魔力なら切れますけど、障壁だとずっと魔力が流れている状態ですからね』
切るのであればそれ相応の魔力を注ぎ込まなければならないのだ。
一旦距離をおき、今度はアロンダイトに持ち替える。
「こういうのも面白いかもしれないな」
リインフォースは言うと、同じく大きな剣を手に持った。
シンはそれを見、しかし、敢えて再び突っ込んだ。
剣と剣がぶつかる。 と、誰もが思っていた。
しかし、それは起こらなかった。
『マスター、下がってください!!』
ティスの言葉にシンが反応するよりも先に、リインフォースの剣がシンの左肩を打ち払った。
今度こそ苦痛の声だけでなく、シンは顔をもゆがめる。
先ほど以上の距離を、先ほどとは違う方向に飛ばされていった。
『障壁を一点に集中して、剣と剣のエンゲージポイントに張ったのでしょう。
 それで、剣は見えない力に止められたようです』
何が起こったのかわからないシンに、ティスが説明した。
なるほど、やはり障壁をどうにかしないといけないのだと、シンは思いなおした。
(考えろ!! 勝てない戦いじゃないはずだ!!)
たとえ魔力で劣っていても、自分は、自分とティスは、そうヤワではない。
それに、負けていい戦いだからって手は抜かない。 適当にやりはしない。
(こいつは、この後はやてを悲しませるんだ!!
 負けてられるか、そんな奴に、簡単に!!)
シンは、決して割り切ったわけではない。
今もまだ、駄々をぶつけているだけだ。
叶わない望みを、叶わない思いを、決して、失ってしまわないために……。
そう思ったとき、この世界に来て二度目の感覚が、シンを襲った。

何かが、割れる音がした。

「シンは、これからも戦い続けるでしょうね。
 それは、あんなふうに力と力をぶつけることだけを指す訳じゃありません」
クロノが、縛り上げもせず、柵もない部屋でクルーゼに話しかけた。
「昨日、あの後シンが来ましたよね?
 どうするんですか?」
「私がそれを是としたら、君たちはどうする?」
それとは、昨日シンがクルーゼに出した提案の事だ。

――今度は、茶番劇なんかにしないために、奇麗事を謳って、諦めないで戦ってみませんか?

「受け入れるのならば、管理局の魔道師になってもらう。
 他にも、見張り役はつくが、一般市民として暮らすことも出来る。
 どうするんだ?」
クロノは、いや、管理局は、他世界から来た人間の犯罪ならば、ある程度までなら許容する方針を採っているのだ。
しかし、クルーゼのやった事はそう簡単に考える事の出来るものではないのも、また事実だった。
「君の父親を死に追いやったのは、私だぞ?」
シンに聞いた。
ハラオウンという名前の魔道師をクルーゼが殺したのだとムウの時に聞いた、という事を。
後半はわけが分からなかったが、知る必要はなく、クロノは一発、クルーゼを殴っていた。
「それでも、だ。
 僕は公正公平に判断を下すつもりでいるからね」
形は小さいのに気丈なものである。
後は、クルーゼ自身の決断で決まる事だ。

――アンタが言った言葉、俺はそれを信じてる。

――はやてに全てを委ねるって事を憎んだアンタとなら、手を組めると思う。

――あれは、たとえ姿がどんなだったとしても、アンタの本心の筈だから……。

「ふっふっふ……。
 ふっ、はーはっはっはっは!!」
「な、何だいきなり!?」
クロノが驚くのも無理はない。
こんな文章にしにくい笑い方を、いきなりし始めた人間を見れば、誰でも引く。
「いや、すまない」
クルーゼも、その一通り笑い終わると、思い出し笑いはやめた。
「私も、管理局とやらに入ろうじゃないか。

――その仮面も、外さなくてもいいと思いますよ。

ただし、仮面は外さないがな」
「もう、何がなんだか分からないな……。」
この男については、今後一切をシンに任せようと、クロノが決めた瞬間であった。

そして、シンとリインフォースの戦いは、過激を極めていっていた。
シンはその気性からか、考えながらも決して手を止める事はなかったし、リインフォースもそれを通さないように巧く戦っていた。
ミラージュコロイドを使っても、恐らくあれだけの障壁だ。 クリーンヒットとは行かないだろう。
それに引き換えるところの、魔力の消費量が大きすぎるのだ。
(障壁を突き抜けて、なおかつ効果的な一発を与えられるものを!!)
対する、リインフォースは、シンの戦い方や能力が飛躍的に上昇した事を感じ取っていた。
そして、それはシンの中にいるティスも同じだった。
『今なら、いけるかもしれませんね』
ティスの言葉に、シンは頭の中だけで疑問を投げる。
そんな事が出来る程度に、シンはティスとのユニゾンに慣れてきていた。
勿論、再び襲ってきた謎の感覚も関与しての事だろうが、そんなものは関係がない。
シン自身、その感覚に身を委ねる事も、もうしなかった。
『もう一枚の・・・いえ、切り札の本当の形を披露しましょう』
そう、幻影を出す事だけがティスの切り札ではなかった。
当たり前だ、これだけの機能を持ちながら、幻影を使うことだけが切り札では、同じくらい強い相手とは渡り合えない。
本当の本当に強い相手と、ティスがリインフォースを認め、それを使うことも辞さない状況となったのだ。
『個々に使う分には多少回数も融通が利きますが、同時となると、本当に一度だけですよ?』
ベルカ式や増設デバイスと違い、シンのデバイスにはカートリッジシステムが須らくついていなかった。
それはつまり、一気に魔力を押し流す場合にデバイスが塞き止めはしない、という事だ。
一気に使い果たそうと思えば、シンにはそれができたのである。 そして、そうすることで、シンはその実力を遺憾なく発揮できるのだ。
「やろう、ティス」
シンは敢えて、力強く口に出した。
それにティスが了解し、シンの背中の赤い羽根は、その丈を伸ばし、光の粒子を発し始める。
『ミラージュコロイド、生成!!
 加えてラストウエポン、パルマフィオキーナを起動します!!』
シンの手に蒼い、しかし、握り締めた手の内面は黒い、手袋状の物が覆いかぶさった。
「分身か!!」
また、リインフォースはシンが何らかの行動に出ることを察知し、それらの分身をかき消していく。
だが、シンとティスのミラージュコロイドにとって、一瞬でも分身に気を逸らせれば、それだけで命取りなのだ。
「うおぉぉぉ!!」
声の方向をリインフォースが理解するよりも早く、自分の魔力領域に何かがぶつかった事を察知する。
その瞬間にその部分の障壁を一点強化、振り返りざまに剣を凪ぐ。が、シンはその翼を最大限に活用し、身を逸らせる。
そのままシンは回転する形になり、踵落としを敢行する。
しかし、それはあまりにも硬い障壁に阻まれ、一瞬の隙が生じる。
「隙を!!」
それを見たリインフォースは、いつの間にか作っていた小型の魔力の塊をシンにぶつけようとする。
こうも至近距離で当たれば、それこそスターライト・ブレイカーに相当するのではないかというほどに濃縮された魔力体だ。
(ヴィータは跳ね返してたな、これ。
 なら、俺も!!)
避けようとすれば、恐らく避けられたであろう。
しかし、シンはそうはしなかった。
その右手で、受け止めたのだ。
「まだだ!!」
リインフォースは剣を振るう。
「それはこっちも!!」
しかし、それをもシンは、今度は左手で阻む。
ともに障壁などの小細工は、もうしなかった。
いや、出来なかった。 もしも相手の裏を書こうとすれば、正面から叩き伏せられる事が予測できたからだ。
『フルバースト!!』
「本気で!!」
「こちらも、同じだ!!」
剣と魔力の塊と、それらとぶつかっているシンの両手の間から、大きな光が漏れ出していった。
それは、そこにいる全員を包み込む暖かい光で、そして、その場に向かっているある少女の、道しるべになった。

「本当に、いいんですね? わたしたちで……。」
フェイトが、最期にリインフォースに問いかける。
戦いは終わり、結果は、引き分けになった。
シンの魔力がついに底をついた為に終わった以上、厳密に言えば、もしくは敢えて色を分けるのならば、戦いはシンの負けだった。
「構わない。
 そう、決めてきたのだからな。
 それに、お前たちのおかげで主はやてと言葉も交わせた。
 お前たちに、頼みたい」
後は、なのはとフェイトの番だ。
二人はリインフォースを挟み込む形で、杖を構えた。
「本当は、もっと一緒にいたかったです。 リインフォース、さん」
なのはも、一言だけ告げた。
リインフォースは、ありがとうと、そして、「そう呼んでくれるのだな」と答えた。
申し訳なさの混じった声と、嬉しそうな声だったことを、その場にいる誰もが記憶し続ける事だろう。
「さぁ、頼む。
 夜天の魔道書の、終焉だ」
最期に、歪められ、やさしさに触れ、二度も変わった名前の、根底の部分で自らを表現した。
なのはとフェイトが、リインフォースを中心として、魔法陣を描いた。
「Ready to set.」
「Standby.」
レイジングハートとバルディッシュが、準備を告げる。
「あぁ、短い間だったが、お前たちにも世話になった」
彼女らのデバイスは、リインフォースにとって、なのはやフェイト以上に感慨深いものだろう。
「Don't worry. 」
「Take a good journey. 」
気にするな、と。 そしてこれから始まるであろう果てしない旅を、祝福する言葉を還した。
そう、これは決して終わりなんかではない。
使い古された言葉だが、正に今が『旅の始まり』なのだ。
「リインフォース!!」
なのはとフェイトが杖を硬く持ち直した瞬間に、遠くから叫び声が聞こえた。
「はやて・・・」
「動くな!!」
車椅子を懸命に回す彼女に、ヴィータが駆け寄ろうとするが、リインフォースがそれを止めた。
「動かないでくれ。 巻きこまれる」
なのはとフェイトの魔法から一定の距離をとっておかないと、その魔方陣はヴィータたちにも害悪になりかねるのだ。
だから、それとは別の魔方陣で彼女らを保護もしていた。
「止めに、きたのかな?」
キラがはやての感情を推し量ろうとする。
辛いだろうし、悲しいだろう。
もしかしたら、その涙はリインフォースを止められるかもしれない。
「でも、そんな事は駄目だ」
アスランが言う。
彼女の決断を無碍にする事は、きっといいことではない。
無論、この遂行が良い事とも思えないのは事実だが、それでも、キラは頷いた。
ニコルは、ただその光景を傍観していた。
「あかん、止めて!!
 破壊なんかせんでえぇ!!」
車椅子は、ついに魔方陣の目前までやってくる。
なのはとフェイトも、それを見て魔法の進行を一旦止める。 しかし、何かを言う事も、またしなかった。
「良いのですよ、主はやて」
「良い事無い!! いい事なんて、なんもあらへん!!」
はやてにとって、長きを共にしていた家族の喪失なのだ。
たとえその殆どをろくに話も出来ない状態で過ごして来たからと言って、その認識は覆らない。
はやてにとって、彼女もまた、パートナーである以前に、『家族』なのだ。
「随分長いときを過ごしてきましたが、最期の最後にで、わたしはあなたに綺麗な名前と心と、そして勇気をいただきました。
 騎士たちもあなたの側にいます。 それに彼も。 何も心配はありません」
彼、もといシンも、ただ押し黙っていた。
「心配とか・・・そんな……。」
はやてとリインフォースでは、論点がずれていたが、しかし、それが互いに譲れない部分なのだ。

「ですから、わたしは笑って逝けます」
その言葉は、まるでこれで御仕舞いだとでも言いたそうな口調だった。
でも、それでも、はやての譲れないものは、それを良しとはしない。
「話聞かん子は嫌いや!! マスターはわたしや、話聞いて!!」
車椅子を乗り出し、少しでも距離を縮めようとするはやて。
「わたしがきっと何とかする!! 暴走なんかさせへんて、約束したやんか!!」
「その約束は、もう立派に守っていただきました」
リインフォースにとって、今、この瞬間こそがすべてなのだ。
それ以上は望まない。
「主を守ることこそが、魔道の器の務め。
 あなたを守る最善の方法を、選ばせてください」
「ずっと……。 ずっと悲しい思いしてきて、やっと救われたんやないか!!」
「わたしの意思は、あなたの魔道と、騎士たちの心に宿ります。
 わたしはいつも、あなたの側にいます」
「そんなんちゃう!!」
はやては目に涙を浮かべ、否定した。
「駄々っ子は、ご友人に嫌われます。 聞きわけを、わが主」
「リインフォース!!」
魔法陣の前で止まっていたはやては、いや、段差により止まらざるを得なかったはやては、前に出ようとし、つまずいた。
誰もが息を呑んだ。
「マスター」
そのはやての元に、リインフォースが歩み寄り、方膝をついた。
「これから・・・」
言葉にならない、嗚咽の混じった声を、はやてが出した。
そこにいる誰もが、その涙を見ている。
シンも、それは同じだった。
「これから、いっぱい楽しい事していかなあかんのに……。」
「大丈夫です。 わたしはもう、世界で一番幸福な魔道書ですから」
リインフォースがその手で、はやての右頬を撫でた。
「リインフォース……。」
涙を流すはやてに、リインフォースは微笑みを返した。
「主はやて、一つ、お願いがあります」
そのまま、最後の主への頼みを、リインフォースはした。
その願いを終えると、彼女は再び魔方陣の中心へ戻った。
「主はやて、守護騎士たち、異界の勇士達、小さな勇者たち」
目を閉じて、そうすると、自分でも驚くほどの思い出が溢れかえってくる。
その思い出を、そして、今の気持ちをくれた、全ての人間達へ「ありがとう」。
なのはとフェイトも、杖を構えなおした。
辛すぎて、悲しすぎて、その表情は、歪んだまま。
「そして、さようなら」
光が、天へと昇っていった……。
(シン・アスカ。 勇気を、ありがとう)
空からは、唯一つ彼女が元から持っていたのではないものが、シンがはやてにプレゼントした、クロスが振ってきた。
――わたしの大切な人に貰った、大切なものや。
「はやて……。」
シンは、彼女の元へ駆けて寄った。
「よく、頑張ったな」
別に我慢して逝かせてやったわけでもなかったが、それでも、はやては頑張っていたんだと、シンは思った。
誕生日プレゼントを、もう一度はやての首にかけながら、シンは涙を必死で堪えていた。
この空の下にいる誰もに、あるいはリインフォースにも、笑われてしまわないように……。
そして、彼女が少しでも安心できるように……。

 
 

「今日で退院だったな。 おめでとう、はやて」
シンが病室に入ってくる。
本当はもっと前から知っていたが、一応もう一度おめでとう。
「そうやよ。 暫くは車椅子も必要やけどね。
 アリシアちゃんも、昨日で検査が終わったんやってね?」
フェイトちゃんに聞いたと、はやては意気揚々と言った。
「あぁ。 この後のパーティには出席するそうだ」
シンも先ほどその話を聞いてきたところだ。
はやての退院と、アリシアの基本的生活の許可と、良い事が重なっていた。
「あの子も、魔道師になるんかなぁ?」
フェイトの姉にあたるのだが、はやてが見た外見があまりにも幼かったので、呼称は多少違和感がある。
「も、ってことははやてはもう決めたんだな」
「うん。 シン、頑張ろうな?」
「そうだな」
はやてにつられ、シンも笑顔になってくる。
「あ~、でも」
急に不機嫌そうな声を出され、シンも驚いた。
「クリスマスパーティ、できんかったね」
「いや、あれは仕方ないだろ。 そんなムードじゃなかったし」
第一、一番落ち込んでいたはやてのセリフじゃないと思う。
「正月は思いっきりあそばなあかんな。
 それまでには足も完璧やろうし……。」
「あと一週間も無い気がするんだが?」
「もともとこんなんは折れてたわけやないんやから、すぐようなる」
「それもそうか」
「うん、そや」
因みになのはの家で開かれるパーティで、シンはある再会をすることになる。
運命とはかくも奇な物かと、実感するのもそのタイミングである。

「フェイトはもう大丈夫だ。
 正式に魔道師にもなれるよ」
クロノが送られてきた電文を読み上げ、フェイトに伝える。
これで晴れてフェイトは自由の身だ。 ただ、高魔力保持者としての監視はつくが、それもきつい物ではないだろう。
「ありがとう、クロノ・・・お兄ちゃん」
「な!? まだ、って言うか、ずっとクロノのままでいいよ」
「そっか」
因みに今は少しだけ幸せな懸案事項を抱えている、リンディさん御一行であった。

「で、今日こそ色々話してくれるのよね!?」
「うん、ちゃんと話すよ」
アリサに色々言い寄られているのは、何時もと変わらずなのはである。
退院パーティだのなんだのを期に、皆に全てを明かすつもりだった。
「なのはちゃんの家でやるんだよね?
 家族の人は知ってるの?」
「ううん、今日話すよ」
すずかの問いにも、なのははあっけらかんとしている。
「初めて会う人も、沢山いると思うよ?」
「そっか」「楽しみです」
ちょっと変わった秘密はばれてしまったが、放課後の彼女らは、いつもより友達同士に見えた。

「結局、最後まで居つく事になったな」
「これからも、行く当てないしね」
キラとアスランがアースラで検査を受けていた。
本当はシンも必要なものだったが、クロノの計らいで今日は免除されていた。
「アリシアちゃんを連れてなのはちゃんの家に集合、だって」
そして、クロノに届けられた電文を読んだ。
色々と忙しくなりそうだと思いながら、キラは一人、アリシアを探し始めた。
アスランは最後に礼が言いたい相手がいると、先に出て行ってしまったからだ。

因みに、ラウ・ル・クルーゼはシン以外の人間には全く挨拶もせずに、アースラの管轄外へ消えた。
無論、合法的に、だが。
そして、シンに言った一言は、「今後、諦める事は許さん」と言う物だった。
それはリインフォースの一件を咎める言葉であり、クルーゼの新たなる決意を示す言葉だった。
無論、何か彼なりに考えもあるのだろうが、シンはただ、信じてみることにした。
甘さを実感しながらも、青年は大きく、強くなっていく……。

アスランは、リーゼロッテとリーゼアリア、それからグレアムに挨拶をしていた。
隠遁するらしい3人に、自分はもう少し頑張ってみると言った。
彼らは直接関与してくることはなかった。
それは、唯一つの目的を追い求めて、出来るだけ隠れていたからだ。
だから、彼らの会話をここに記載するのは、少々野暮かもしれない。
3人とも、クロノがいるのなら大丈夫、という意の言葉を述べていたとだけは口外しておく。

アリシアは、あれ以来関わってきた人間が極端に少なかった。
敢えて名前を出すに値する人間では、ハラオウン家の2人とキラぐらいなものである。
フェイトも、会うことは侭ならないまま、漸く自由の身となれたのだ。
「キラ?」
アリシアはキラの事を呼び捨てにしていた。
いや、クロノもだから、恐らく敬称についてはフェイトと同じ感じ方なのだろう。
「出ていいって言うから、フェイトちゃんに会いに行こう?」
「うん。
 そういえば、シンって人はいるの?」
キラは、アリシアの言葉に「なんで?」と、疑問を返した。
「えっとね……。」
巧く言葉にならないのか、アリシアは黙り込む。
キラはただ待つことにした。
――お兄ちゃん。
「何か、大切な事をその人に伝えなきゃいけなかった……。
 そんな気がするの」
「大丈夫だよ」
曖昧なアリシアの言葉にキラが自身を持ってそういった。
あまりにも自身が篭りすぎてて、アリシアが疑問を浮かべてしまう。
だからキラは、「多分、その言葉はもうシンに届いてると思う」そう言った。
なぜなら、その言葉はアリシアの口から語られるべきものではないはずだから。
「あと……。 なんか、お礼を言わなきゃいけない気がする」
「それは、言ったほうがいいよ」
「どうして?」
それは、多分彼女だからこその疑問だろう。
しかし、その答えは、至極簡単なことなのだ。
「だって、感謝の気持ちを伝えるのは、とてもいいことだからね」