宿命_第07話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:18:03

服を買って帰る道で、シンは驚くべきものを見つけた。
それは、この世界への転送痕。
「シン、どないしたん?」
「あ、いや・・・」
その痕はまだ新しい、と言うか、今自分が見ていたところに転送してきた、と言う感じだった。
(俺じゃないとはいえ、念のため痕は消しておくか・・・)
ここを見張られると、いろいろと都合が悪い。
もしこれが犯罪だのに繋がったら、最悪シンの方で処理する事も出来る。
「よし・・・」
ってなわけで、痕跡を消しておいた。のだが、
「シン、今の何?」
はやてに思わぬ質問をされた。
「い、今のって?」
「シンの体がポカ~てなって、ピカ~って・・・」
随分妙な表現だった。が、シンは、
「魔力が・・・見えたのか?」
「まりょく?」
失敗に失言を重ねていた。
そんな時、救いを差し伸べる手が・・・
「お、シンじゃないか」
現れなかった。って、
「ムウさん!?」
目の前にいたのは、かつてシンと戦い、たった一つの約束を破らざるを得なかった、二つの戦争を二つの視線から見た男、ネオ・ロアノーク改め、ムウ・ラ・フラガだった。
(ってことは、さっきの転送痕はこの人のか・・・)
「知り合いなん?」
「いやぁ、知り合いって言うか親子だ♪」
突如現れた元の世界の知人がそんな事を言ったので、
「こんなとこに飛ばされてまで冗談言ってんじゃねぇよ・・・」
一応突っ込んでおいた。
「こんなとこに・・・飛ぶ?」
シンは、もうまずったとは思わなかった。むしろはやてが良く話を聞く娘であることを喜ぶくらいだ。
こうなってしまった以上、話をする必要がある。
今回ばかりは管理局に引き渡してさようならとはいけなかった。
顔見られてたし、それに何より、これ以上共に住む人間に隠す続ける事は不可能だ。それにしても・・・
「全く、初めての時空転送で気絶でもするだろうのに、よく起きてられましたね・・・」
そんなところまで『不可能を可能にする』仕様なのかと思ったが、
「実は初めてじゃねぇんだよな、これが」
どうも根はもっと深いらしい。

ムウ・ラ・フラガ、それはシンにとって最も許せない人だったようにも思う。
必ず敵の立場に立っていて、ステラを危険にあわせ、その際に死んでしまったのだから・・・
しかし、時流れの戦後、初めて『素顔』のムウに出会い、その考えを捨て去る必要があることを知った。
いや、本当はもっと早く捨てるべきだったのだ。『軍人』なのだから、命令ならば仕方ない、と・・・

素顔のムウは先ず、シンが生きていた事を祝した。
その際に、戦時下に互いが思っていたことを語り合った。
そしてちょうど居合わせたアスランは、そのときのことを語ってくれた。
シンの事はキラに頼んで何とかする予定だったらしいが、その役をアスランが買って出たらしい。
曰く、真剣な顔をしてシン・アスカを止めてやってくれ、と頼み込んでいるのを見て・・・
そして、「決して殺さないでやってくれ」、と・・・
「お前みたいな坊主が、戦争だなんてぬかして母国を壊すのは見たくなかったんだよ」
そんな言葉は、本人から聞いた。
その言葉にどれだけ思いやりが込められているか、シンには痛いほどだった。

「ただいま~」
八神の家に入るとき、シンがそう言う事は、既に習慣化されていた。
「ただいま。さ、ムウさんも上がってください」
「いやぁ、悪いねぇ」
そんな事を話しながら、ムウは、はやてから来客用のスリッパ受け取った。
「はやて」
「ん、なに?シン」
「・・・今回の事は、はやてにも聞いてもらいたい」
「え?」
はやては突然言われた事だが、シンにとっては前々から考えた結果だった。
魔力に感づいている以上これ以上黙っておけばどこかで確実に淀みが生じる。
ムウにもいろいろと話をしなければいけない以上、それを全く聞くなとはいえない。
それに、単純にこれ以上はやてに黙っておきたくなかった。
「聞いてくれるだけでいいからさ。
 俺は、全てを知ってもらった上ではやてと一緒に居たいんだ」
まるで何も言わなければ、はやてとともにいることに誰も横槍を入れはしないだろう。
このまま時間が流れるだけ・・・
しかし、それは飽く迄嘘や隠し事に護られた幸せだ。
それでもいいと思える季節は、時間は終わったのかもしれない。
「わたしが全部知っても、シンはここにいてくれるん?」
はやてはシンとはべつの部分で、全てを知ることを怖がっていた。
「いるよ、俺は。はやてが必要としてくれる限り、俺がはやての側にいる。
 はやての事は守ってやるさ」
そう。はやての足が治り、学校にでも通いだして友達が出来るくらいまで、シンは支えてやるつもりだったのだ。が、
「な、なら・・・よ、よろしく・・・お願いします・・・」
はやては下を向いて真っ赤になってしまった。
(あれ?い、言い方が悪かったかも・・・)
「あのな、はやて・・・」
「お~い、そろそろいろいろ聞かせてもらいたいんだが・・・」
誤解は見事解けず、先にムウとはやてにいろいろと優先される事を話すことになった。

「ってな感じに、俺は魔法が使える」
はやてとムウにはマユやなのは、フェイトをはじめとする『個人』のことは黙って、自分に起こったことを話した。
「魔法・・・」
はやてにとってはファンタジーだろうが、これが現実。
はやてもシンの話したことである以上、それを信じていた。
「それじゃ、俺も昔話をするかねぇ。
 こんな事、キラどころかマリューにも話してないんだが・・・」
マリュー、と言うのも、シンにとっては懐かしい名前だ。
「記憶が戻った時にも頭が狂ったのかと思ったもんでねぇ」
ごもっともだ。
「何から話したもんかねぇ・・・
 まぁ良いか」
面倒くさそうに一通りぼやいた後、改めて面倒くさそうに話し始めた。
「俺が元の元から軍部に居たことは、話したよな?」
「はい、エースだったらしいですね」
全く似あわねぇよなぁ、などとつぶやきながら、
「そして、いろいろあって俺は軍を抜けた。こっちのほうが俺には似合わないとは思ったがなぁ」
その話も聞いた。
そのときふと知った『真実』を隠す事を、この人は良しとしなかったのだ。
「いろいろあって宇宙に行って、大好きな人を護ろうとして宇宙の塵となった。
 その時のことなんだがな、あれで生き残ってるわけがねぇよなぁ」
その話をシンが聞いたとき、確かに大きな矛盾を感じた。今思い出せば、勘付く。
「まさか・・・」
「そう、そのときだよ。俺は『一度別の世界に飛ばされた』」
刹那遅れていたら、本当に死んでいた、とは本人談である。

こんな人の住む世界ではなかった。
それこそ、ここが死後の世界なんじゃないかと思った。
そして、一人の男がそこに現れたらしい。
その名はラウ・ル・クルーゼ。
人々の業を背負い、その業を人々にぶつける事を目論見、仮面を付けた御道化役者。

「仮面で、金髪・・・」
シンは自分にデバイスを渡した男のことを思い出していた。
初めて会った気がしなかったのは、話を前にも聞いたことがあったからか、レイと似ていたからか・・・
「その男は、また何かを?」
「そうだ。
 今までは夢だとか記憶の混乱だとか思っていたが、そうは言ってられなくなった。
 奴が何かをしようとしているんなら、止めなけりゃならねぇ」
「そんな・・・」
シンはそんな事を言うのが精一杯で、はやては何もいえなくなっていた。が、
「まぁ、そんな事はどうでも良いけどな」
「・・・はい?」
お気楽な声に、シンは言葉を失った。
「こっちには時空管理局がある。そいつらの有能さは、お前も良く分かってんだろ?」
時空管理局、そこにはクロノがいる。他にも、もっと有能な人間はいるだろう。
「でも、気をつけるに越した事は無いんじゃないですか?」
「そうだな・・・
 でも少なくとも、その子に危害は及ばないと思うぜ」
その子とは、はやての事だ。
「そうですか・・・なら・・・」
今はおいておくべきなのかもしれない。
「この話はこれで終わりだ。
 もうそろそろ腹も減ってきたしな」
随分自分勝手な言い草だったが、それはシンも同じだった。
「それやったら、少しまっとって下さい」
そういって、はやては夕飯を作りに行った。
はやてには聞いていても良く分からなかったし、何より、深い話をするときのシンの表情が、はやては見て居たくなかった。
まるで、過去の自分を否定しているようで・・・

「人払いしたみたいで気が進まねぇなぁ」
はやてがいなくなったリビングで、ムウがそんな事を言い出した。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げるシンに、ムウが向き直った。
「お前にだけ、話しておきたいことがある。
 一つは、俺がクルーゼにあったとき、奴は消えた。
 お前が会ったって言うまで、俺はてっきり何も無いと思ってたくらいだ」
「でも、裏がある、と?」
「あぁ。こんなの考えたってしょうがないかもしれないけどな。
 もう一つは、奴が『運命的な何か』において、恐ろしく運が強い事だ」
「なんですか?それ」
「さぁな、そのうち分かるかもしれないし、分からないかもしれない」
曖昧な感じだ。結局クルーゼが何をたくらんでいるかとかは、全く分からないままだった。
「ま、今は風呂でも洗ってきます」
「あ、それともう一つ」
シンがこれからについて、えらくこの瞬間的なこれからだが、向き直ろうとすると、ムウがさらに付け足した。
「奴は血の付いた身分証を落としていった。
 夢だと思ってた所為で曖昧なんだが・・・何とかハラオウンって、もう子供がいてもおかしくない年頃の男前の写真付きだった」
聞いた事のあるような気がした名前だったが、思い出せない。
「それとそのデバイスだっけか?
 気をつけたほうが良いぜ?あいつは何を仕掛けてるか分かったもんじゃない」
「はい、それはもちろん・・・」
そういえばあの時あの男は『はやて』のための力だといった。
(運命的な何か?ふざけるな)
先ほどのムウの言葉を思い出しかけて、考えるのをやめた。
(何があっても、俺ははやてを護れれば、それでいい)
それだけの事が、どれだけ難しいかもシンは分かっていた。
分かっている、つもりだった。

「さ、できましたよ」
はやてがムウを食卓に呼んだ。
「そういえば、俺もシンと同じで、敬語は無しで構わないぜ?」
「え、でも・・・」
ムウがはやてに言ったのに、なぜかシンははやてにじっと見られている。
「ん、いいんじゃないか?本人もそういってるんだし・・・」
理由をなんとなく察したシンは、はやてにそういった。
「それやったら・・・そうする」
「おいおい、何でわざわざ坊主に聞くんだ?」
「歳が離れすぎてるからだろ」
下品そうに笑うムウに、はやてに代わりに答えておいた。

飯を食べ終えて、暫くシンは庭で風を浴びていた。
「美味いのはいい事だが調子に乗って食べ過ぎちまうのがなぁ」
贅沢な文句をたれて、ムウも出てきた。
「これからどうするんですか?」
今は、話に脈絡なんてものを求める前にハッキリさせておきたいことがあった。
「あの嬢ちゃんはこの家にいてもいいってよ。
 お前がいいんならそうさせてもらうが・・・」
その言葉に、シンは小さく笑った。
「俺に許すも何も無いでしょう?」
「いや、お前がまだ俺のことを許せてないんだったら、出て行こうと思ったんだよ」
「許す・・・なんて、出来ませんよ」
ムウはやはりと言った顔で、「だろうな」と呟いた。
そして、部屋に入っていこうとするムウを、しかしシンは呼び止めた。
「っでも、あれが仕方なかった、ってのは理解しています。
 あんたのことも、嫌いでは・・・ないし・・・」
「そうやって自分の感情を押しとどめたら、いつか爆発しちまうぜ?」
シンの言葉に振り返って、ムウはそういった。が、
「爆発って・・・そんな事にはなりませんよ」
シンはそれをはっきりと否定した。

「それに、感情はもう十分と言うほど出しましたから・・・」
力ある時と無い時、戦時下に、泣き、終戦時に、泣き、はやての元で、また、泣いた。
「ステラのことは、忘れられるのか?」
「忘れられるわけ無いだろ。忘れない。
 けど、それを理由にして自分の殻に閉じこもるのは、良くないってのも分かってる」
忘れるだけが、悲しみから逃れる手段ではない。
乗り越える事で、むしろ始めて、悲しみを無くせるのかもしれないけど、そんなに器用な人間ではない。
「頭で分かってても、心が納得できねえだろ?」
「出来ないと思ってた。けど、はやてのいる、この町でなら出来る。
 多分、俺はここに来る必要があったんだ」
ムウはシンが突然何を言ってるのか分からないような顔をした。
「考える時間が必要だった。
 時間の無い、戦争に巻き込まれてるときは流されるしかなかったけど、ここなら自分の意思を前面に出せる」
ここにはシン・アスカを形成するものはシン・アスカしか居ない。
だから他人に無茶を迫られる事も、何かを禁止にされる事も無い。
「それで、考えた結果が、これなのか?」
ムウの問いに、シンは首肯した。
「このやり方でいいのか、分からないけど、それは誰だって同じ筈です」
分からないから、試す、失敗する、そして、成功する。
「今の俺は、間違える事を恐れていませんから」
間違える事を恐れていないから、間違いを正す事が出来る。
もし間違いを全否定するような人間になってしまっていたら、いや、いたから、デスティニープランを止める側に回れなかった。
ムウだって、それは同じだった。
ネオ・ロアノークを名乗っていたとき、自分は今まで信じていたものを否定するのが恐くて、ステラを戦線に復帰させた。
ムウにとって、記憶喪失なんてのは、普通の人には無い、簡単に節を曲げれる魔法だったにすぎない。
「だから今は、ステラのことよりも、はやてやムウさんのためになることを考えてみようと思ったんです」
それが、今シンの信じている道。
「泣かせるねぇ
 それじゃ、俺もここに泊まらせてもらうとするか・・・」
その道をムウに肯定された事が、シンはうれしくもあった。

「そういえば、何処に寝るんですか?」
「毛布だけ貰ってリビングで寝るさ。
 俺は別にあの子を護る為にいる訳じゃないからな、ベッドにはお前らがこのままいればいいらしい。」

アスラン・ザラはムウの魔力転送の起きた瞬間を見ていた。
ただ遠く離れているため、誰が、またはなにが送られたのかは見れなかった上、管理局側では感知できないレベルだろう。
さらには、その痕は何者かにかき消された。
「気にしないでいい、か・・・
 俺が気にしすぎてるのか?」
元軍人に気質によるものか、先ほど上司(?)にはそういわれたのだが、やはり気にはなってしまう。
(と言っても、俺に何かが出来るわけではないんだけどな・・・)
アスランの半引きこもり生活は後少し続く・・・

さて、たまには数日の間を空けた後をシン以外の視点から先に見てみよう。
例えばアスラン。
彼はここに来て着々と魔力を伸ばしてきている。
そして、アスランはその恩人から聞いていた。
「もうすぐ、時は来る」と。
その人たちは予想外だったらしいが、アスランは既にその作戦に参加できる程度の能力を持っていた。
ただし、「顔は隠せても声は変えられない」ので、後方支援を担当する事になっていた。

「そういえば、ここにはキラも着てますよ?」
数日間たって、シンが思い出したように言った。
そう、ちょうど、ムウがその事実を聞いたときの話であった。

例えば、キラ。
と、言っても、注目すべきは別の部分。
今日はフェイトが無罪放免の後に宿望していた、半正式にアースラのスタッフになることが決まった日。
「おめでとう」
キラはフェイトを思うままに祝った。
「ありがとうございます。本当に、クロノたちのおかげで・・・」
そんなキラに感謝を述べ、連れ立ってきたクロノを振り向いてフェイトは言った。
「いや、僕は大した事はしていない」
いまやフェイトでさえ予想できる程になった、クロノらしい答えが返ってきた。
「とか何とか言っちゃってさ、クロノくん、結構あちこち奔走してたよねぇ」
そんなエイミィのからかう様な掛け合いも、キラにはお馴染みになっていた。
「アルフさんも、おめでとうございます」
キラは真っ先にフェイトに抱きついたアルフにも祝辞を述べた。
そんなキラに毒気を抜かれたように、
「まぁ、暫くはまだ自由とは行かないだろうが、その暫くが済んだら一度なのはに会いに行こう。
 そのときは、キラも一緒に、ね」
クロノは言った。
後半は未だシンについての情報が全く入っていないなのはにも状況を教える、と言うニュアンスが含まれていた。
「そうだね、シンのことは一応機密になってるから、手紙にも書いてなかったし・・・」
フェイトが残念がると共に、
「あぁ、それについては、一応君のこともだ。
 何処から来たかも全く分からない人間ってのは、外部には情報を漏らしてはいけないことになっていてね」
クロノがキラに説明を付け加えた。
「そうなんですか。
 でも、だったら助かります」
「助かる?」
思いもよらぬ回答に、クロノはそのまま聞き返した。
「はい。
 おかげでシンくんの事を知っている方々と共にいられるんなら、もしかしたらあっさり見つかるかもしれませんし・・・」
死んでいる可能性など、全く考えていない辺りは良く分からないが、なぜだろう。クロノはそれを見て、安心が出来た。

ちょうどムウがキラが来ている、ということに、不安を感じ始めていたときの話であった。

最早定期的になっている、『さぁ、隣の世界に行きましょう』の時間。
そういえば、シンははやてに魔力の暴走については何も言っていなかった。
無駄な心配をかけさせたくなかったので、砂に覆われたい世界で仮面の人物にあったと言うのも、「ちょっと観光がてら」と、嘘をついていた。
「結局、はやてに全然話せて無いじゃん・・・」
同じ世界の人が来ていることも話していないし、血だらけのハラオウンという男に関しても、黙ったままだ。
もっとも危険なクルーゼに関しては『仮面の男』としか話していない。
だが、あの後もはやてと一緒に寝るシンであったが、はやてはそのことには触れなかった。
ただ、「まだ居てもええよ」とだけ、感想を残すだけだった。
「それにしてもこの暴走、本当に適当な時間に起こるんだよなぁ」
今ははやてのいる世界ではもう夜過ぎ、はやては自分の部屋でゆっくりしている時間帯。
「そろそろ戻るか・・・
 しばらくはやての家でゆっくりしてたいし・・・」
手馴れたもので、もう空間を行き来しながら魔力痕を消す事が出来る。
因みに空間転送は、必ずとある公園に通じる。
そこからはやての家まではそう離れてはいない。
だから十分、『大切な時間』には間に合う予定だった。
そんな感じに、シンは戻るための魔法を唱え始めた。

ちょうどムウがシンの不在に気づき、そしてはやての胸中に何かが宿ったのにも感づいたときの話であった。

到着、そして、はやての家に向かう。
時刻的にはもう深夜にさしかかろうとしていた。
それほど離れてはいないが、つい急ぎ足になるのは、時間帯とは関係ないのかもしれない。
やはりあの家にいると心地がいいからだろう。

ちょうどムウがはやての悲鳴を聞き、シンを探すか自分が行くか、一瞬の迷いが生じたときの話だった。

「闇の書が、覚醒しました」
狭い部屋でアスランが『仲間』に通信する。
「そう。思ったよりも早かったわね・・・
 報告はわたしからしておくわ」
「取り敢えず暫くはほうっておこうか。
 蒐集を始めて、ピンチっぽかったら手伝っていけばいいから」
二人はそれぞれ通信を返した。
アスランはそれに了解して、状況のチェックに戻った。

ちょうどムウが、シンの姿を見つけたときの話であった。

「坊主!」
「ムウさん?どうしたんですか?」
シンはムウの動揺ぶりに半ば気圧されていた。
「嬢ちゃんの部屋に行くぞ、様子がおかしい」
ムウ本人は、今にでも行こうとしていたようだ。
「ちょ、どういうことですか?」
「感じないのか!?
 嬢ちゃんに魔力と、妙な魔力が現れているだろうが!」
言われ、シンは気づく。
別に戦闘状態にあるわけでもないので、その魔力の気配はそれほど大きくなかったから気がつかなかったが・・・
「はやてっ!!」
シンは急ぎ家に入ると、はやての部屋まで一直線に駆け上った。
念のためムウはその場で他に変化が起こらないかをチェックしている事にした。
魔力が突如現れた上、ただの少女の気配にも魔力が重なったのだ。
気にはなったが、さらに増える可能性を考慮すると、ムウの判断は正しかった。

ちょうどキラがなんとなく、トリィに魔法の話をしているときの話であった。

「はやてっ!!」
はやての部屋に、了解も待たずにシンが入った。
「なんだ、貴様は?」
すると、はやてのものとは思えない返事が返ってきた。
(って、はやてじゃないじゃん)
声を上げたのは、黒い服、と言うか布を一枚で体を覆っているだけのピンクに近い色の長い髪の女性だった。
他には少女に女性、耳を生やした男がいた。
「お前たちこそ誰だ。人の家で何をしている?」
「人の家?あぁ、すまない。
 主の・・・兄か?」
流石に父親には見られないのだろう。取り敢えずは乗っておく事にする。
「兄・・・じゃ無いけど、はやては大切な家族だ。
 主、って何の事だ?」
「主・・・今は我々のせいで気絶していらっしゃるが・・・」
「待った、何か来る!」
シンが説明を求めている間に、ムウが部屋にやってきたらしく、話を止めた。
「何かって、何です?」
「魔力の塊が飛んできているだろうが!!」
そうは言われても分からない。
どうやらムウには異常なほどの感知能力が備わっているようだ。
「クラールヴィント」
「Ja.Pendel form」
部屋にいた黄色っぽい髪の女性がデバイスと思われるものを変形させた。
そして、左手の指に指輪をはめ、そこから糸が伸び、先端に綺麗な石が現れる。
その石がある方向を示し、「確かに魔力を持った、たぶん人間が近づいてきています」と、女性は言った。
「悪意も満々だねぇ、どうするよ、シン?」
ムウが付け足すようにシンに聞いてきた。
後ろでは「まだ主に防護用の服もいただいていないし・・・」とか言う声がしている。
「ムウさん、はやての事、頼んでもいいですか?」
「別に構わないが・・・どうするつもりだ?」
「ここにこられると、はやては管理局に目をつけられる事になりかねません。
 俺の魔力痕を消す魔法も、流石に戦闘中に魔法を使うたびに、とは行きませんから」
「止めに、行くんだな?」
「はい」
「しかたねぇ、こいつらには俺が事情を聞いておいてやるよ」
「よろしくお願いします」
シンはムウから望んだ返事を得ると、窓を開けクラールヴィントが指した方向へと飛んでいった。

ちょうどアスランが、今回の闇の書覚醒に重なって、イレギュラーがありすぎるいう話をしているときの話であった。

シンが飛び出して暫くの後、はやては病院のベッドで眠り続けていた。
側には、シャマルが付いていた。
一応病院通いなのだから、いくらギャグみたいなノリでも流石に流すのはよくないというムウの計らいあってのことだった。
そのムウは、病室の外で難しい顔をしていた。
既に、夜は明けているのである。

その11時間前、シンが飛び出して30分後、シンはお馴染みの公園の上空で傀儡兵と会敵した。
それは、時の庭園で少年少女その他が大量に破壊したものと同タイプのものだった。
ただし、上乗せの魔法でもかかっているのだろうか、サイズが若干小さかった。
あれは、プレシアお手製だったと聞いていたシンは、目を疑いうも、そのときは別の懸案事項について考えていた。

「どういうことだ、何であいつが!?」
魔力を見ていたアスランは驚くべきものを二つ見た。
先ずは傀儡兵。
アスランがこれを見たのは初めてだった。
そして、シン・アスカ。
アスランは元をたどれば彼を探していたのだ。
行かなければ、そして、何らかの話を聞かなくてはならない。
傀儡兵と向き合っている様子を見る限り、傀儡兵を仲間とはしていないようだが・・・
(何をやってるんだ、あいつは・・・)
ちょうど戻ってきた二人に頼んで現場に行こうとした。
しかし、それは止められた。
曰く、これから念のために手順を確認しておくとの事であり、管理局に足が付くのを恐れたためである。
そして対策を練った後英気をつけるとの名目でちょっと色々食べていた所為で、そこに現れた男について、アスランたちは知れなかった。
事件が起こっているのに気を抜いてしまったのは、念願のときが近づいているという実感が勝ってしまったからかも知れない。

(ここまで来てなんだけど、初歩的なのしか使えないからなぁ、魔法)
傀儡もどうやら魔力はそう注入されていないようで、勝つことになら問題は内容に思えた。
が、問題は数だ。
数体ではあるが、これを相手をするのにデバイス、つまり大技をコントロールする媒体がないのでは、時間がかかりすぎる。
そして、時間がかかっては管理局がきかねない。
今まではシンがこの町にいるため会いたくなかっただけだが、先ほど起こった事を配慮すると、はやてのためにも、話も聞かず捕まるわけには行かない。
それに、先ほど出てきた四人組もまだ信用したわけではない。
(それだけじゃない。今日は駄目なんだ、今日だけは・・・)
本当は日付が変わったときにはやての側に居たかったのに、色々有り過ぎた。
(戦うしかないか・・・)
デバイスもなしで、だが、
「どんな敵とだって、戦ってやるさ!!」
今ははやての下に戻る事だけを考えて・・・

そんな決意を固めても、傀儡兵は動きはしなかった。
まるで、自分達はそこに立ち止まるためにいるような感じだ。
そしてようやく背後からの視線を感じたときには、傀儡兵は降下していた。
「これもアンタが連れてきたのか、クルーゼ?」
背後の感覚には覚えがあった。
冷たい、値踏みするような、見下すような視線。
「そうだ。八神はやての家に直線上で繋がっていたのは予想外だったよ。
 だがそこに行くつもりではない。
 どうやって私の名前を知ったかは知らんが、邪魔はしないでくれるかな?」
「今は、しない。
 アンタがはやてや俺の仲間に危害を及ぼしたら、そのときは許しはしないけどな」
はやてだけじゃない。
こっちにきているキラや、こっちで知り合ったフェイトたちに何かをしても、許しはしないと言う念をこめて。
「ふん。
 あぁ、それとこれは君に渡しておくよ。
 プレシアの墓荒らしをしていたときに拾ってね」
そういって、クルーゼはマユの携帯を俺に手渡した。

「インテリジェント・デバイスだったようだが、私が拾ったときにはこうなっていたよ」
そういわれ、携帯が何の反応も返さない事に気づいた。
同じタイプの違う携帯でない事は、シンにも良く分かった。
「どういう、ことだ?」
「魔力痕が残っている辺り、何か大げさな魔法でも使ったのではないかね?
 その際に何か大切な部分が欠落したようだ」
その何かについて問おうとしたとき、下から傀儡兵が浮上して来た。
そして何かを確認すると、傀儡兵は時空転送された。
「少しおしゃべりが過ぎたかな?
 まぁいい。八神はやてを護るのにその携帯電話は不可欠だ。
 先も言ったように、君に危害を加えるつもりは無いよ。今は、ね」
要するに、懸案事項であることは忘れられない、ってことか・・・
そして、クルーゼも時空間移動をした。
この頃からシンは悩んでいた。
この状況を時空管理局に伝えるべきだ、と言うのは、冷静な自分の言っている言葉であった。
それが通れぬ道だと分かるのは、半日ほど後の話・・・