宿命_第16話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:23:58

クロノが家のドアを空けると、中からはエイミィが飛び出してきた。
そして、彼はそのとき初めて昨日の魔力が誰のものであるかを知った。
「でも、あれは……。
 一度一緒に戦った事がある僕から言わせて貰うと、とても彼のものとは思えなかった」
「わたしも、わからなかったです」
後ろからアルフとともに入ってきたフェイトがそれに続けて言う。
「それに、何でこっちと全く交信をしないで、闇の書の軍勢に所属してるのかも、今の所分かりません」
リンディも会話に加わり、ユーノとなのはもそれに肯く。
これで7人。 一人、足りない。
「キラは?
 先に戻したんじゃなかったのか?」
「その筈なんだけど、戻ってきてない?」
「うん。戦闘状態になってから家に入ってきたのは、クロノ君が始めて」
エイミィがそういうと、全員納得せざるを得ない。
彼女が回りに全く気を散らしていなかったとは考えられないし、リンディも首肯していたからだ。
「シンに関しては、一番いて欲しい人の一人なのに、全く……。」
居て欲しいときに居ないのは、コズミックイラの人間の特徴なのか。
などとくだらない事が頭をよぎるとともに、玄関の開く音がした。
「ただいま戻りました。 って、どうしたんですか?」
全員の視線に棘を感じ、キラはついつい怯んでしまう。
その中で、クロノがため息交じりに話を切り出す。
「何でこんなに遅くなったんだ?」
「すみません、色々考えちゃって……。」
キラは人数が多く、座る場所も得ずに答える。
「でも、色々分かりました」
悩んだ内容は、全てを包み隠さず伝えるかどうか。
そして、その答えとともに、キラは口を再度開いた。

「つまり、シンにも考えがあると?」
「はい。
 多分彼は、僕ら3人の中で一番優しくて、割り切るのが下手なんだと思います」
それは、キラがコズミックイラで感じたシン。
「だから、近くに導いてくれる人が居ないと、全てを守るか全てを破壊するか。
 そんな両極端な考えになりやすいんだと思います」
破壊といっても、望んでのことでは勿論ない。
ただ、極論として思っていたことを口にした。
「そんな姿は僕やアスランにも共通してる部分があって。
 多分、だから僕はシンに勝って負けて、アスランも勝って、負けて。
 そんな事を繰り返して、互いに互いを本当の意味では知れてなくて。
 終わったのは、結局シンの目的とか行動理由を全て壊してしまったときでした」
皆がその話を黙って聞いていた。
今の話だけで全てが理解できた人間は、多分居なかっただろう。
それでも、そこに居る面々は言葉の一つ一つを理解しようとしていた。
そして、しばらく間をおいた後で、キラは自分の中で燻っていた事を話し出した。
「シンが記憶を失ってたって聞いたとき、そのせいなのかと思いました。
 何も、なかったから……。」
しかし、それにはすぐにフェイトが首を振った。
「そんな事ないです。
 あれは魔法のせいだったし、シンは思い出そうとしていました」
辛い記憶を、わざわざ思いだそうとするとは、どうしても思えなかった。
それに、シンの心は今思うと、常にどこか遠くを見ていたようにも思う。
その感覚は、今のキラにも感じられえるものだ。
「まぁ、その話は置いておこう。
 僕達はシンをとっ捕まえるつもりだから、そのときに話をしてくれれば良い。
 問題は、そのアスランって人の目的と……。」
クロノはそこで発言を止め、ユーノを前に押した。
「闇の書について、だね。
 クロノに紹介された場所で調べたんだけど、シンが誰かのために戦ってるって言うのはありえると思う」
ユーノは自分の調べた結果を話し始める。
そう考えると、ユーノは随分無茶をしている気がするが、その辺りは自己管理を期待するしかなかった。
話の内容は、闇の書の本当の名前や改悪されたという事、そしてキラの話の裏づけにもなる話であった。
それを聞き終えた時点で、なのはがあくびをしたので、その日はお開きになった。
なのはだけでなくフェイトも、学校をおろそかにするわけには行かないのだ。
明日は、終業式だった。

日が変わり、シンが倒れるようにして寝た次の日。
昨夜の戦いは、結局幾らかの成果は得ていた。
しかし、それに対してと言うには余りある負担も科せられていた。
ここまで歪んだ魔力を行使してきたシンは、ついにその魔力で管理局側に認識されたのだ。
それも、シン・アスカという名前が割れた上で、だろう。
「小さい魔力で済ませればばれなかったみたいなんだけどな。
 ほら、一番初めにあの二人に会ったときみたいに」
そのときもシンは戦っていたが、なぜか無くならない魔力の歪みが本人と特定させなかったのだ。
「んで、お前はこれからどうするよ?
 聞いた話だけで言うのもなんだが、そっちも敵にしたくないんだろ?」
因みにこんな事を蒐集してる人間に言うのもなんなので、朝早くからムウに話していた。
コズミックイラで板ばさみの陣営に居た人間という事もあったが、単に同郷とも言える人間だったからそういう考えに至ったのだろう。
「どう、出来るんだろう?」
今は自分達も管理局もクルーゼたちも、三者三様に板ばさみになっている感じである。
自分達はそれが顕著で、両方へを対策を余儀なくされている。
(アスランはあのクルーゼとは別だろうから、実際は四つ巴くらいなのか?)
シンの頭の中の簡略図が肥大化する。
そして、どの陣営に自分を入れるべきなのか、一瞬悩む。
(未練でもあるのか?)
申し訳程度以上にあるとはわかっていても、自分には疑問を投げかけてしまう。
そんな事が、続いていた。

所と時が少し変わって、はやて家の台所。 今日ははやてがご飯を作っていた。
「やっぱりはやてがそこに居るのが一番しっくり来るな」
「あ、お話はもうええの?」
「別に大した事じゃないよ」
適当に喋りながら皿を用意してやる。
そして、もう一度はやての調理を見やる。
やはり、落ち着くのは、一年間という時間の流れを感じさせた。
「全然そんな感じしないな」
「そやね。
 どたばたしてたから、仕方ないと思うよ?」
口に出さずともなんとなく話が通じているのも、シンには喜ばしかった。
出来上がった料理が盛り付けられた皿を持って、台所と居間を行ったり来たりしていると、ヴィータが起きてきた。
「はやて~、今日も病院?」
目を擦りながら予定を聞いてる辺りは、本当に親子にも見える気がした。
「そやよ。
 その後、図書館にも寄ってくるつもりや」
「今日は俺が付いていくから、『留守』はよろしく」
「おぉ」
留守なんていっても、やる事は決まっている。
帰ってきたときに二人以上の人間が居る事が稀なのも、シンは知っている。
それでも、そう言わなければならないのだ。
張本人がそこに居るのに。 いや、不誠実といわれるとしても、だからこそなのだ。

「てなわけで、行ってきます」
「行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
朝食の席がお開きになると、シャマルに見送られてシンとはやては外に出る。
思えば、あまり二人きりの時間というのがここの所無かったかもしれない。
「寒くなってきたね~」
「ああ」
言って、シンの車椅子を押す手につい、力が篭る。 寒さを実感したからだけではないだろうとは、自身にもわかった。
「この辺り、去年は雪降ってたよな」
「そやね。 今年も降ると思うよ?」
「また綺麗なクリスマスに、なるといいな」
別にホワイトクリスマスという言葉を知ってるわけでもない。だが、その雰囲気がシンは好きだった。
寒い寒い冬の中で、人々の心が温かくなるのが実感できたからだ。
そしてその中で誰かと、はやてと共にいられることを、シンは望んでもいた。
「シンもだんだん情緒見たいなんがわかってきたんやない?」
「はやてみたいに本は読まない」
「それはそうやけど、それとは違う部分での事や」
「まだ俺にはわからないな」
この世界に慣れてきたシンでも、心の中の感じ方はまだまだ異邦の域を出なかった。
それでも少しずつ変わってきてる実感が、シンにもはやてにも存在していた。

病院に着いたのが昼前で、出たのが昼過ぎと、何時もとは少しだけ狂ったスケジュールになったため、シンははやてと蕎麦屋に入っていた。
別に来たかったわけでも来た事があるわけでもなかったが、なんとなく目に留まったので立ち寄ったのだ。
急ぎの用はないが、はやてが腹を空かして、というよりはシンが腹を空かしてないかという心配で図書館で急がせるのは嫌だったからだ。
「電話もしてきたし、大丈夫だろう」
といって、シンも席に座る。
「たまには自分達以外の作った料理ってのも、な?」
「そやね。
 最近はシンの料理も食べれるようになったけど、ほとんど二人やからね」
シャマルはまだまだ見習いのような立ち位置で、やはり二人のローテーションなのだ。
そこで蕎麦を食べ、適当に話してから店の外に出ると、既に小学生の姿が見えてきていた。
終業の日だとはシンも聞き及んでいたので、うれしそうな小学生の顔も尤もな物だと思った。
しかし、シンはまた車椅子を持つ手に力を入れてしまう。
それでも、はやては別段何かを口にしはしなかった。
ただ、図書館に着くまでは一度シンに笑いかけただけで、しばらく消沈していたのも、確かに気にかかった。

小学生が下校していれば、とうぜんなのはとフェイトも下校していた。
その足のまま二人でハラオウンの家に行ったが、出迎えたのはリンディとアルフだけだった。
しかし、挨拶もしないうちにリンディは「ちょっとアースラに新武装着いたから、そのテストしてくるわね」と、出て行ってしまったので、実質は子供二人と犬だけの、いわば留守番状態だった。
しばらく待っているとエイミィが帰ってきて、食事の用意をすると言う事で、それを手伝う事にするのだが、
「艦長は?」
「アースラに新武装がどうとか」
「へぇ?
 アルカンシェルの事かな?」
「なんですか?」
「う~ん……。
 普通なら絶対に使わないだろう兵器、かな?」
などととても家事をしている人間のとは思えない会話をしていると、非常事態を報せる警報が鳴った。
まさか態勢の崩れたときに起こるとは思っていなかったが、全く、状況は待ったなどかけてくれる物ではないのだ。
エイミィは驚くが、咄嗟に判断のために脳を回す。
そして出た答えはなのは、フェイトの考えと合致していた。

そして、急行した先は砂漠。
目的、というか目標が違うため、ともに別の場所に降り立っていたが、2人でだ。
映像を見ていたからフェイトもなのはも想像はしていたが、やはり実感は違うものだ。
(これで街に戻ったら風邪ひいちゃうかも……。)
(ははは。気をつけようね、なのは)
因みに急行したのはなのはとフェイトだけで、他の面々は今回は待機という事になった。
理由は幾つかあるが、『4人とシンと所有者の内2人しか見つかっていない』のがもっともな物となっていた。
それに、なのはたち自身の願いでもあった。
「ヴィータちゃん」
なのはの求めたのはヴィータとの『話し合い』。
「またお前か!!」
それを相手が一蹴しようとも、諦めはしない。
そこが信念の在り処だから。

白く輝く剣は、黒く黄色い光を放つ鎌と交錯する。
大切な人のために献身し戦うものと戦う事で先行く道を切り開くもの。
それは熾烈であり、魅力的であり。 そしてどこか、悲しくもあった。
互いがその胸中の疑問を発さず、ただただ衝突する。
剣が弾かれれば、鞘を。 黒鎌が弾かれれば、黄魔を。
しかし、その沈黙の闘争は全く予想だにしない乱入によって遮られた。
「奪え」
フェイトの背中から手を貫通させ、シグナムにフェイトのリンカーコアを見せ付ける男によって。

なのはの言葉すでにヴィータへは届かない。
いや、それは始めからだったのかもしれないし、もしかしたら何か必要な事がなのはに欠けているのかもしれない。
それでも、言葉が届かない事実だけが募る。
また、ヴィータにとって、なのはのリンカーコアは言うなれば価値のないものである。
同じ人物からはリンカーコアを蒐集できないという制約のせいである。
(という事で、カートリッジももったいないし、逃げるか……。)
そこまで、ヴィータは侮っていた。
逃げるとはつまり、背を向けたのだ。
浮上しながら随分進んだはずのその少女に、なのはは魔法を使った。
届くわけがない、そんな距離なのに。 それは、届いた。
しかし、目を瞑ったヴィータには届かなかった。
そんな矛盾の壁が、ヴィータの前に立っていた。

「エイミィさん、どうしたんですか?」
キラが家に帰り、緊迫した様子を感じ取って尋ねた。
「あ、キラくん。
 戦闘中なんだけど、なんかマズイ感じで……。」
モニターを指さしながら言うので、キラもそれを覗き込んだ。
そこには、倒れているフェイトとなのはが二人を相手に見合っている映像があった。
「フェイトちゃんの方にはさっきアルフに行ってもらったんだけど……。
 今なのはちゃんの方に映ってる男の人、さっきはフェイトちゃんの方に居たんだよ?
 フェイトちゃんからコアを取ったら瞬間でなのはちゃんの方に出てきて……。」
言われて、映像の片隅にある距離を見る。
随分離れているが、エイミィの言葉が本当なら凄い事である、という事だろう。
刻一刻と流れる映像に、アルフの姿が現れた。
それと同時になのはのいるモニターからなのは以外の二人が消えた。
「フェイトちゃん、救出されたみたい。
 リンカーコア以外に危害を加えるつもりはなかったみたいね」
エイミィの言うとおり、アルフが現れるとそこにいた剣士は消えた。
一体何が起こっているのか、キラでは判断をつけられなかった。
「今回は惨敗、だね。
 キラくん、艦長に連絡してくれる?」
仕方が無いと、ある意味割り切ったような声にも聞こえたが、やはり拭いきれない思いの色が、声には篭っていた。
「あ、はい」
そんななか、キラは自分にできることを精一杯にこなそうとしていた。
しかし、状況は一転する。
フェイトとアルフは帰還を開始している中、なのはのいる側のモニターに更なる異変が現れる。
なのはも帰還しようとした直後、そこにはとても『普通』とは思えないような生物が現れる。
エイミィはそれに反応し、戦慄を覚える。
が、キラは違った。
その瞬間に彼は、自分の立つその場所が大きく揺らいだ気がした。

シン等が図書館に着くと、はやては自分の力で動き始めた。
(そういえば、ここが……。)
約半年前、はやてと出会った場所である。
図書館だけに、何も変わってはいないが、シンの方は随分と変わった。
あの時記憶喪失だった自分が嘘のように、意味のない悩み事をしている。
それに、はやてが魔法に関する事件に巻き込まれていることも、そのときは知らなかった。
でも、もしかしたらこれだってあのときから決まっていた事なのかもしれない。
はやてとの再会も今の悩みも、である。
(それでも、結末は……。)
アスランの言っていた『不可能』の一言。
あれに根拠が無いとは思っていない。
アスランだって世界と一人の少女での天秤を簡単に傾けてしまう人間ではないとも思っている。
しかし、
(結末は、俺が変えてみせる)
そんな過去に決められた未来などという曖昧なものに甘んじるつもりは、シンにはなかった。

その頃、はやては別の状況でシンと同じ事を考えていた。
半年ほど前、はやては同じ状況になり、それをシンに助けてもらったのだ。
その状況とはつまり、(手がとどかへん)という事である。
シンについてきて貰えばと後悔し、呼びに戻ろうとしたとたんに、2つの手が伸びた。
そしてその手ははやての届かない、あの本の前でぶつかった。
「あ、悪い」「すっ、すみません」
そして、見知った人と少女が声を出して謝った。
「シン? どないしたん?」
そう、片方は同居人でもあるシン。
「いや、また手が届かなかったら、と思って来たら……。」
後は言わずもがな、案の定だったというわけだ。
自分のことを説明し終わると、シンは手のぶつかった青い髪の少女を見た。
「で、あんたは?」
「えっ!?
 あ、あの……。 月村すずかと言います」
「いや、名前を聞いてるんじゃないんだけど……。」
シンを見るや否やすずかと名乗った少女は萎縮してしまっている。
はやてはそれを見抜いて、シンの足をたたいた。
「何してんだ?」
全く意に関さないほどの痛みしか与えれてない事にはやては少しだけ驚きつつも、すずかを見て
「怖い人やないよ?」
と言った。
シンもなるほどと思い、一歩引いた。
確かに小学生相手では無愛想気味な自分は怖いのかもしれない。
「えっと、もしかして本をとってくれようとしてたん?」
「あ、うん。
 よく見かけてた子だったから、話しかけてみようと思って……。」
そこまで聞くと、はやてが満面の笑みを浮かべた。
話しかけようと思ったとはつまり、友達になりたい、とかそういうことだろう。
シンもその事に感づいて、「俺は外で待ってようか?」と、挨拶をし終えたはやてにとり損ねた本を渡しながら尋ねた。
「い、いえ、そんな気を使わなくても……。」
すずかはかしこまって首を振った。
「でも、話をしてるときは流石にい辛いからな。
 はやて、一時間以上は時間つぶしてくれ」
「どこか行くん?」
時間を潰す事自体は容易いので、はやては目的だけを尋ねた。
「前バイトしてた喫茶店にでも行ってくるよ。
 すずか、はやてを頼むよ」
「え?あ、はい」
優しそうな娘だし、大丈夫だろうと思って表へ出る。
そして、働いていた事以上に、気に入ったコーヒーを出す店として、喫茶店へ向かった。

「いらっしゃいませ~」
一週間程度の労働だったが、その間ずっと聞いてた声に迎えられた。
「お久しぶりです、桃子さん」
流石に過去の雇い主なので、シンも敬語を使う。
スラリと出す敬語を使うのは久しぶりかもしれない。 それだけ、尊敬に値する人だ。
「あ、久しぶりだね。どうしたんだい?」
奥から翠屋の主人、士郎さんが出てきた。
「ちょっと時間を潰そうと思って。
 人を待ってるんです」
「そうなんですか。
 ここで待ち合わせですか?」
「いえ、図書館で。時間がかかりそうだから待ってるんです」
少し違う事を行っていたが、説明も面倒なのでよしとする。
「図書館からわざわざか?
 ありがたいな」
「ここくらいしか知らないだけですけどね」
士郎がコーヒーを持ってきながらうれしそうに言われたので、少し悪い気持ちにもなる。
「それでもありがたいですよ。
 またクリスマスプレゼント買うために働きますか?」
誕生日のときもプレゼントと言ってあったので、そんな事を聞かれるが、
「いえ、あのときの給料ってまだ残ってるんです」
一週間ちょっとにしてはあまりに割高な給料なので、その必要は今のところなかった。
店内を見回して、「今日は恭也はいないんですか?」と聞くと、「あの子も忙しいんです」と、返って来た。
よく分からなかったが、前と違い店に出れるほど時間がない、と言う事だろう。
因みにシンは一度だけともに接客をしただけだが、なんとなく覚えていたのだ。
「そうですか」と、空になったカップを見て、「そろそろ行きますね」席を立った。
「ああ。
 今回は代金はいいよ」
「え、なんで?」
「財布持ってきてなさそうだからね」
言われて、初めて無一文である事に気づいた。
「すみません……。」
言いながら店を出て、(何で分かったんだろう?)とか思う。
何かとよく分からない人間の多い店だ。
それはシンを何も聞かず働かせてくれた事にも当てはまる事だ。
(いや、金の使い道は聞かれたけど……。)
言った瞬間に快諾されたのでは、最早どうでも良いの範疇なのではないか?
多分永遠に、あの人たちのことは『よく分からないけど凄い人』で終わるだろうと、シンの感が告げた。

そうして、シンは図書館へと戻った。
気を落ち着かせるという意味合いでも、こうして出来ていたつながりのようなものの再確認のためにも、今日、はやてに付き合ったのは正解だったと思う。
さらには、はやても新しいつながりを持った。
今、図書館の中で、ともに語らうか笑い合っているか、そのどちらだろうとも、大きな一歩となる事だろう。
友が友を呼ぶか、それともはやてが踏み出す力を与えられるか、そんな事は分からないし、何も得られないかもしれない。
そんな不安と、それでも余りあるほどの希望が、コズミック・イラで守られた物だったのかもしれない。
あの世界はまだまだ混迷の一途である。
いつか自分もそこに戻り、その戦いを終わらせるための、やはり戦いに参加することになるだろう。
それでも、そこに至る前にやっておかなければならないことがある。
それが少し、軽くなった気がした12月のとある昼下がりだった。