宿命_第17話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:24:24

フェイトのリンカーコアが奪われ、戦線から離脱する事となったその日の晩に、キラは一度アースラへ戻っていた。
数時間前、自分は大きく揺らいだ景色に目を閉じ、もう一度開くと、そこはまるで別世界だった。
しかし、見覚えのあるその世界は、先ほどモニターで見ていたもの。
モニターで見ていた植物がある、モニターで見ていた生物がいる、モニターで見ていた空がある。
それだけ確認して、キラはようやく自分が床の上に立っていないことに気づく。
それに気づき、驚き、戸惑っている間に、先ほどの生物はなのはによって鎮静化されていた。
彼女の危機に際し、自分もここに来たいと、キラも確かに思ったが、それにしてはの体たらくに自然とため息が漏れたのも覚えている。

そんな一連の流れについて、キラはある仮説を立てられ、それに関して説明を受けていたのだ。
その内容とは、
「僕が……魔法使い?」
そんな馬鹿な、と笑い飛ばせばそこまでの話ではあったが、シンやアスランを鑑みるに、一概にはそう出来ないのも事実であった。
クロノの説明を思い出そうとするが、いまいち頭に入っていないことに気づく。
ずっと見ているだけだと思った世界に、元々自分と同じ世界にいた人間は踏込んでいて、ついに、キラも踏込んだのだ。
(とはいえ……。)
勿論、問題や不確定要素は多かった。
キラには魔力はあれど、今からその能力を向上させる時間など無い事など、基本的な問題は多々有ったが、何よりも、「君のデバイスが何か分からない」というクロノの言葉が、その核たる物を語っていた。
発現ときのことを思い出す。
1、自分とエイミィと、それからトリィと画面を見ていた。
2、目を瞑った。
3、別世界の空間に浮いていた。
4、なのはが事を済ませたので、共に帰る。
5、エイミィとアルフ、フェイト、は気絶してたけど、に迎えられる。
ざっと思い返してみても、分からなかった。
またクロノによると、自分の意思で発現して無いからややこしいと言っていた。
さらに、これもクロノの言う事だったが、こういうことは珍しくないという。
さらにさらに、そのまま暮らしていたり、それとは気づかず称え崇められている人間のいる文化圏もあるらしい。 因みに情報ソースは相も変わらずクロノだ。
かくも脱線を続けた話は、結局「まぁ、今はもう使えないのならそれに越した事は無いよ」という、なんとも投げやりなものだった。

そんな、キラの、キラ自身の気持ちは……

シンの方は何事も無く、フェイトのことをシグナムに聞きはしたが、それでも双方ともに残るような傷後が無いと聞き安心していた。
これで、なのはもフェイトもリンカーコアを蒐集された事になり、それに伴い闇の書の完成ももう目前までせまっていた。
さらに数日はフェイトのこともあってか、順調に蒐集を続けた。
好転の続いていた状況だが、事態は悪いほうにも進展する。
はやてが、入院する事になったのだ。

「いよいよ時間が無くなってきた、ってわけか……。」
一通りの説明を受け終え、家に帰ってシャマルが入院用の荷造りをしている最中に、廊下でヴィータがシンに寄ってきて言った。
彼女の言葉は真実だ。 それ故に、残酷だ。
口から巧い言葉も出せなくて、シンは何も答えず玄関前に出る。
残酷なのは、一体なんだろう?
はやてに押し迫る時間の流れか?
何も教えずにただ戦い続けている自分達か?
はやては、確かに自分等を信じてくれているのに……。
そんな暗い考えをしていると、家の電話にコールがかかった。
シャマルは忙しいし、シグナムとムウは病院だし、ヴィータはあれだし、ザフィーラは犬なので、シンは急いで受話器を取った。
そこから聞こえる声の主は、図書館で出会ったすずかだった。
シンは彼女にも入院の件を伝えておくことにした。
たまに見舞いに来てくれるかもと思って伝えたのだが、案の定そんな感じのことを聞いて、すずかとの通話を止めた。
するとちょうど、シャマルとヴィータが降りて来た。
「電話、どちら様でしたか?」
「はやての友達だ。
 たまに病室に来るって言っていた」
「そうですか」
ここ何日かで、すずかはシャマルたちにも知られていたので、シャマルは微笑んでいた。
ヴィータもそれなりに近づく関係になってきていた。
それは、シグナムやシン自身、ザフィーラだって例外ではない。
それが、人と人とのつながりと言うものであり、勿論、すずかにもそれはある。
その実、その後の数日間にすずかは何度か見舞いに来ていたし、シャマルによるとシン達のいないときには友人を連れてきたこともあったという。
そのことを失念していたわけではなかったが、そのつながりは些か以上に不可解な現像を持って、シンたちを決戦のときへと誘う。
それと、もう一つ。
たとえ自分が如何な者であろうとも、せめて自分にだけは、真摯でいようと思った。
残酷なのが何であれ、自分の思いは、きっと変わり得ないものなのだから。

そして、数日間を過ごしたキラは、その決意に確固たる物を込める事となる。
「僕も、クロノやフェイトちゃんたちを手伝いたい」
誰もが驚いた事だったが、クロノだけはその真摯にすぐに真摯で対応した。
「なら、先ずはデバイスを特定しなきゃね」
という、決意の在り処も確認しないほどのスピードで、である。
クロノはシンやアスランと共に帰りたいというキラの気持ちを優先させる事にしたのだ。
いや、してた、のだ。
そして、そのためには少なくとももう一度邂逅しなくてはならない。
それが戦場であっても、である。
ならば、これは当然の帰結であるといえる事であった。
「はい!!」
決意の視線が入り交じり、そして、そこに新たなる力が生まれる。
呼応したのは、小さなトリのロボット。
与えられるは、守る為の小さな翼。
小さな小さな、緑のツバサ。
先ほどキラが思い出した中で、確かに抜けていたトリィ、それは、キラの翼になっていたからだったのだ。
「まさか、いきなり反応してくれるとは思わなかったけど、デバイスは見つかったみたいだね」
クロノが驚き、それでもすぐに平静を取り戻し、翼に触れる。「まるで生きてるみたいだ」と、呟いた。
「自分の意思で解けるかい?」
言われ、キラは元に戻そうとした。
すると、それは発現させるよりも遥かに容易く済んだ。
目の前に、何時ものパートナーが現れる。
そして、いつもの様に鳴きながら飛びまわる。
今更ながら、キラは驚く。
「こんな事もあるんですか?」
「少ないけどね、前例はあるよ」
因みにシンも同じタイプで、所有物の変化だったと言う事になっている。
「いろいろあったから、精密な機械の至る所に魔力がついてたんじゃないかな?」
エイミィがやって来てそう告げる。
デバイスの事なら、彼女は少なくともクロノよりは知識を持っていた。
なんとなしに、キラはもう一度羽を出してみる。
「これ、何に使えるんでしょうか?」
専門的な話ばかりで黙っていたフェイトやなのはも唸りを上げる。
「飛べるんじゃないかな?」
「なのは、それは当たり前すぎるよ……。」
なのはの意見はすぐさまユーノに否定の意を持つ肯定をされた。
確かに、そんな確定的な疑問ではない。
「少なくとも単独で時空間の移動は出来るね。 それだけでも欲しがる人は多そうだけど……。
 それから、飛べたり……。 後は分からない、かな?」
さすが、エイミィはすぐに結果から予測される希少なスキルを言い当てた。
それに、クロノも唸る。
「どうしたんですか?」
「あまり大っぴらにしないほうが良い能力だと思う」
個人体での移動範囲が大きいという事は、軍事的利用方法が生まれやすい。
そうなると、コズミック・イラに帰り難くなりかねないと思い言った言葉だった。

その後、大した事も分からず、キラ自身もあまりよく分からないという事で、少々闇の書のことを話し、その日はお開きになった。
もう夕日が落ち始めようとしていたので、なのはは急ぎ帰ろうとしたのだったが、急に玄関で立ち止まった。
「今日、フェイトちゃんたちも家で夕飯食べる事になってたよね?」
達とは、フェイト、キラ、それから日程を空けておいて貰ったユーノである。
「折角だから明日、イブに集まれば良いのに~」
思い出し、用意をしていた三人にエイミィが突っ込む。
「いえ、明日も何事もないとは限りませんから」
現に、フェイトがリンカーコアを抜かれた後も闇の書の蒐集活動は続いているのだ。
それを言ったら今日もなのだが、そこは許しを得ていた。
「今日なら僕も居るし」と、ユーノが言ったのも大きな要因だった。
「それに、明日ははやてのお見舞いに行きますから」
フェイトの親友のなのはの親友のすずかの知り合った少女の見舞いである。
今では長々と羅列することなく、フェイトとなのはの友人であるが、つながりとは稀有な物である。
これが無ければ何かが変わったかといわれれば、決してそんなことは無いのだが、しかし、それは必要なつながりであったとだけは確言できた。

クリスマス・イブ。
「病院に行ってくる」
シンは玄関から出て行こうとしていた。
はやてが入院してからしばらくの後、シンは蒐集には参加せず、三食を採る時と寝る時以外は病院に要るようになった。
それは、病院側にもはやてを除けば一番知られている人間だからであり、シンがそれを望んだからである。
だが、今日はシグナム等も全員病室へ後から来ることになっていた。
特別な日だ、それぐらいは許されてしかるべきだろう。
そういえば、一時期来ていたと言うすずか以外の人間を病室で見かけたことは無かったが、それも気になどしていられなかった。
彼女が来るたびいつもシンは病室から出ていたので、そのときに話をしていたのかもしれないし、もしかしたら時差を置いて呼ばれていたのかもしれない。
シンがすずかと最後に話したのは、丁度昨日。
その、帰り際に病院の外で会ったときのことを思い出す。

「帰るのか?」
話が終わった頃だろうと思って病院に着くと、中から彼女は出てきた。
「あ、もう、済みました」
「別に、遠慮する事は無いって言っただろ?」
病室に来る度にシンが出て行くので、すずかは迷惑だと思っているのだろう、申し訳なさそうに応えた。
「だって、外は寒いですし……。」
「はやての為に来ているんだ。
 だから、同じ理由で来てる人間を待ってるくらいなんとも無い」
シンとムウとザフィーラと、その他3人だけだったはやての接する相手に、彼女が増えたのは喜ぶべき事なのだ。
「気を使いすぎるな。
 友達に会うことを、咎める気は無いって」
すずかの頭を撫でてやる。
これだけでも、彼女は少しだけ顔が和らいだ気がした。
「ふふっ」
と、思ったら今度は微笑みだした。
「なんだよ?」
「いえ、はやてちゃんの言った通りだなぁ、って」
「なんて?」
「見た目ほど怖い人やない、って言ってました」
遣った経験もそう無いであろう、何時もの標準語とは違ったアクセントですずかが応える。
「見た目もそれほど怖いって実感は無いんだけどな……。」
「わたしも今はそう思います。
 でもそれは、多分話した経験のある人だからや、って、これもはやてちゃんが言ってましたけど……。」
言われ、思い当たる。
戦争の経験のある人間は総じて警戒心が大きくなりがちだ。 初めて会った人間に、多少なりとも威圧をかけてはいたかもしれない。
殊、裏切りや仲間の死を、さらには心を通わせた少女の死を間近で経験したシンである。
それら戦争の職業病みたいなものは計り知れない。
(でも、はやてと会った時は、記憶無かったんだよな……。)
二回目会った時は既に信頼するに値すると思っていたし、相手は少女だ。 まさか敵意を剥き出していたとも考えにくい。
(敵わないなぁ、はやてには)
言われて始めて気づいた自分に、それ以上にそれを言ってのけた少女に、シンはそう感じた。
「どうかしましたか?」
感慨にも似た感情をシンが浮かべていると、すずかが心配そうに聞いてきた。
「なんでもない、気にするな」

こんな感じだった。
思い出している間に病室につくが、肝心な一言を思い返していなかった。
それというのは、別れる直前に、『明日は病室にいてください』と言われた事で、つまり今日だ。
なんでも、友達を紹介して、その上で共に祝いたいらしい。
暫くはやてと二人で過ごしていると、シグナム達もやってきた。
八神家勢ぞろいなのだが、ムウだけその場にいなかった。
それを呼びに行ったから、シンとすずかの約束は叶わない。
その年のクリスマス・イブを共に過ごすことは、不可能になってしまったのだった。