宿命_第19話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 00:25:24

体中に痛みを感じる。
落下している最中に気を失ったのに、もう一度目を覚ませれたのは決して奇跡などではなく。
「誰・・・だ?」
「シン」
自分の落下を助けたのは、今横たわるシンの首に手を回し、心配そうな顔を向けるこの少女である事は容易に推測できた。
「良かった、気がついて」
そういわれて、シンは涙がこみ上げてくるのが分かった。
裏切りといわれてもおかしくない行為をした自分に向けられているのは、他でもない気遣いだったのだから。
「もう、大丈夫だよね?
 話したいことはあるけど、行かなきゃ……。」
なのはが戦っているからと、はやてはわたしたちが助けるからと言って、フェイトはシンを寝かせると夜空へ駆け上がった。
あれだけ待たったのに一瞬の邂逅だったが、フェイトはそれでも満足していた。
そしてシンも、この一瞬に限りない礼を言いたかった。
もし誰もいなかったら、自分はまた涙を流していたかもしれない。
しかし、それは止まった。
今回は、まだ絶望する段階ではないからだ。
大きな大きな、暗い魔力を感じた。
今、この状況は誰が求めたものなのだろう?
はやては多分、この魔力の中心にいる。
「無力だ……。 俺は……。」
立ち上がり、倦怠感がシンを襲う。
一歩を踏み出し、圧し掛かってくる重力に挫けそうになる。
リンカーコアを奪われた事を思い出し、心は空虚に蝕まれる。
それでも、ただ、進む。
どれだけの絶望を感じようとも、かすかな望みにすがるのは、愚かな事なのだろうか?

少し歩くと、物陰から、ムウが現れた。
今日はこういうことが良く起こる、などと思っていると、ポケットから仮面を出し、つけた。
「大体分かっていたか?」
「リアクションとってやる気力も無いだけで、それなりには驚いた」
とはいえ、毎回いなくなるムウが、何らかの行動をしている事には感づいていた。
それがどれほどの重要性を持っているかはあえて考えなかったのは、なぜだろう?
信頼していたからなのか、それなら、何を要因として?
「ふん、まぁいい。
 まだ、君は八神はやてを救う気か?」
「当たり前だ」
「無理だと決まっていても?」
「そんな事、誰にも言わせない」
シンの答えに満足したのか呆れたのかムウは、いや、クルーゼは去って行った。
(そう、俺が決めるんだ。出来るかどうかなんて……。 諦めはしない、絶対に!!)
それがたとえ運命だの宿命だの、格好飾り付けられた言葉を孕んでいても、だ。
それと同時に思い出す。
ただコズミック・イラのことを知っていたからだけではなく、自分がなぜムウに怪しい点があったのに信じていたのかを。
そして、聞かなくてはならないことが出来た。
(‘あの言葉’は、あの人の本心だったのか?)を……。

「なのは!!」
「フェイトちゃん、シンくんは?」
上がってきたフェイトにそう聞くと、大丈夫、と頷きが返された。
それを信じ、闇の書の意思に向き直る。
「なのは、フェイト!!」
闇の書の意思に向かっている二人の下へ、さらにユーノがやってきた。
「ユーノくん!? どうしたの?」
「どうって、手伝いに来たんだけど……。」
応え、ユーノの顔色が変わる。
「そういえば、なのはも蒐集されたんだよね?」
「うん、そうだけど?」
キョトンとするなのはだが、フェイトもあることに気づく。
それは、闇の書の意思の展開している魔法陣。
「あれは……。
 スターライトブレイカー!?」
一度フェイトはそれを真正面から喰らっている。
それ故、もし命中したら事の全て終わるまで意識を失ってしまうかも知れない事も予測できた。
「逃げよう。 もしなのはと同じくらいの威力があったら、危険すぎる」
「そうだね。 死んだほうがマシって位の激痛は覚悟しないとね」
フェイトとユーノの言い方になのはは多少疑問を持ちはしたが、3人は退避する事にする。
そして、そのときにはじめて気がついた。
結界の中に、別の人がいることに……。

結界の中に入る。
それくらいの魔力は残っているのか、楽に成せた。
結局歩き続けるシンは、夜闇の中を彷徨っているだけの存在なのかもしれない。
そんなシンの視線の先に、少女が二人、映った。
金髪と青い髪の、片方はシンの知り合いだった。
「すずか!!」
シンは、体の痛みも無視して駆け寄った。
「シンさん?」「だれ?」
二者二様の声が上がる。 前者は嬉しそうに、後者は怪訝そうに、だ。
(悪いが、俺からしたらお前こそ誰?だ)と、感想を浮かべながらも近づく。
「病院で話したはやてちゃんの……。」
すずかが説明をしようとするが、
「あぁ、彼氏ね」
どういう話をしてたのだろう、この娘たちは……。
「一応言っておくが、そんなんじゃないぞ」
シンが断り口調で言うが、
「そうよね、こんな薄汚い格好したのが彼じゃ、はやてがかわいそうだわ」
口数の減らない、というか何処までも挑戦口調な少女だ。
「それは戦ってたからだ!!」
だからつい、嘘とか隠し事とかを忘れてしまった。
「え?」と、凍りつく二人を見て、シンは心底後悔した。
その瞬間に少女がもう二人、やってくる。
「なのはちゃん、フェイトちゃん?」
シンの背後に当たるので気づかなかったのだが、すずかの声を聴いた瞬間に振り返る。
「なんで、二人が? それにシンも……。」
フェイトが低い声で呟く。
どうやら、知り合いである事はなんとなく分かった。
そして、自分とフェイトたちの出来る事を、なんとなく認識もした。
「俺から話しておく。 どうすればいい?」
その言葉に驚きはしたが、なのはが「なら、結界の外へ連れて行ってあげて」と言ったので、従う事にする。
背を向け、来た道を戻るなのはたち。 シンに絶大な信頼を置いているからこその行動である。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
置いてかれた二人の内、金髪の方の少女が声を上げ、それになのはが振り返るが、シンは首を振った。
そして、もう一度なのはは前を向く。
追いかけようとした金髪を引っ張る。
「痛いわね!!何するのよ!!」
「なんで追いかけるんだ?
 あんたには空も飛べないだろ?」
猪突猛進な彼女には逆効果かもしれないが、シンは問った。
「どうなってるのか、気になるじゃない!!」
「アリサちゃん」
すずかが心配そうに、諭すような声で呼んだ。
「アリサ」
「気軽に呼ばないで!!」
シンもそれに続こうとするが、どうにもうまく行かない。
「じゃあ、お嬢、って柄じゃないな……。
 まぁいい、あいつらがあんたに隠し事をした事があるか?」
「わからないから隠し事なんでしょ!?
 それに、今のだって!!」
たしかに、隠し事に見えるかもしれない。
でもそれは、こんな事を知って、暴走してしまわないようにという心遣いゆえのものだろう。
「今の、優しさだって隠し事なのか?」
シンもついつい、辛辣な顔になる。
そして、そのことは、アリサだって分かっている。
危険があるから、黙っていたんだろうと。
「それでも……。
 それでも、言って欲しかった」
彼女は同じだと、シンは思った。 自分に力が無くて悔しんでいるところが、自分に。
それは恐らくすずかも同じなのだろう。
「これが終わったら、全部話してくれる。
 不用意に話したりしなければ、無駄な事まで隠しはしない」
必要であれば、分かち合いたい事はきっと話してくれるだろう。アリサもそう思った。
なぜなら、「友達、なんだろ?あんた達は」
そう、自分達は親友なんだから。
考えがそこに至る前にシンに言い当てられたのが悔しくて、アリサはついつい反論する。
「あたし達は親友なの」と。
「そうです、親友です」などとすずかも言うものだから、シンは「はいはい、分かったから、逃げるぞ」と言うのがやっとだった。

そして、結界から出るとそこにはまだまだ人がいた。
今日はクリスマスイブ、夜は長いのだ。
「そっか、クリスマスイブ……。」
アリサがそう呟いたので、シンは自分の思いを続ける。
「はやてと一緒に過ごすつもりだったのにな……。」
「あは、ラブラブなんですね、お二人は」
すずかがそんな事を言うが、シンにはそんな気は無い。
首を振るシンに、アリサが突っ込んだ。
「家族って、あんな感じだったよなって思い出したんだよ」
曖昧にシンは答えた。
その言葉に込められた悲しみは、少女達にもなんとなく想像がついた。
それでも、ある一人の立場でそのかけがえの無い人間を失うと言うのは、絶対に理解できない痛みなのだ。
たとえ同じような経験があろうとも、それは不可能だと、少女達は知っていた。
だから、何の声もかける事はしなかった。
「そのはやてが困ってるのに、俺に出来るのはせいぜい避難、か……。」
つい呟いたシンに、アリサとすずかは疑問を浮かべた。しかし、
「出来る事、あるかもしれないじゃない」
そちらは、気の強い少女は聞き流してくれなかった。いや、
「そうですよ。
 困ってるときは、近くにいてあげればいいんです」
少女達は、聞き流してくれなかった。
そのはやてが何処にいるかも、どうなっているのかも分からないのだが、それでもその言葉は、確実にシンの常々思っていたことであった。
「そう、だよな」
「はい、そうです」「そうよ」
なのはとフェイトの親友は息をそろえて、シンに行く道を提示した。
そして、その道をシンは進む。
彼女らとの再会を約束し、結界を越え、まだ見ぬ戦場に舞い戻る。
アリサの猪突猛進な所と、すずかの意志の強さとを、少しずつ借りるつもりで……。
疲れや痛みなどもう、気にしてはいられなかった。
出遅れた分を、取り戻さなくてはならない。

ユーノは先ほどの攻撃で解れが出た結界の修繕と、アリサたちのような人間がいないかを見回すため、離脱した。
イレギュラーが多すぎるため、決して心配しすぎというわけではないだろうし、彼自身も自身の無力さを感じていた。
そして、戦場の第一線。
闇の書、夜天の魔道書、どちらであれ、その意思は今はやてを動かしていた。
つまり、のっとられたようなものだ。
なのはは今までと同じく説得を試みるが、それはなかなか効果を持ってはくれない。
「なぜ戦う?」
そんななのはたちに、彼女は問いかける。
「大切なものがあるからです」
答えたのはフェイトだった。
「そのために戦うのか?」
「はい」
揺ぎ無い意思を二つの言葉に込め、フェイトは頷いた。
「それは同じだ。
 主のために戦っている」
「それは、はやてちゃんの為になんかならないよ!!」
「なる。
 わが主は、大切なものを奪われたこの世界が悪い夢である事を願った。
 我が力の全ては、主の願いのそのままに……。
 主には、穏やかなる胸の中で、永久の眠りを……。」
それが、夜天の魔道書の愛だったり、忠義だったりするのだろう。
それ以上に、予てよりはやてと接触をしていた闇の所の意思の、願いでもあるのだろう。
「そして、愛する騎士を奪ったものには、永久の闇を!!」
闇の書の意思の周りに、魔方陣が、浮かび上がる。
「闇の書さん!!」
「お前も、私をその名で呼ぶのだな……。」
なのはの叫びに、意思は微かな悲しみを見せた。
「それでも、私は主の望みをかなえるだけだ」
「本当に、それでいいの!?
 それで、はやてちゃんは喜ぶの!?」
首肯する意思。
「そんな、ただの道具みたいな生き方で、本当にいいの?」
それでも、フェイトはなのはに続き、言った。
「我は魔道書、道具でしかない」
「それでも、わたしはあなたと話が出来る!!」
フェイトの言葉にか、それとも他の要因からか、意思は涙を流す。
始めは微かに、しかし、溢れ出るほどの感情の篭った涙。
「道具なら、悲しんだりしない。
 あなたは、生きてる」
「私は道具だ。
 悲しみなど、無い」
嘘だ。 感情に対する嘘は、隠せはしない。
意思の流す涙こそ、その証拠。
「悲しみなんて無いって、そんな悲しい顔で言ったって、誰が信じるもんか!!」
「あなたにも心があるんだよ。 その心を、はやてちゃんなら受け止めてくれる!!」
もしも可能なら、もしも意思が言われるだけの力を持っているなら、もしかしたら事はここで終わったかもしれない。
しかし、それは不可能で、意思もまた、弱者であった。
「力の暴走を止める力など、この程度だ。
 それに、なんにしろ我が考えは、すべき事は変わらない」
「え?」
謎めいた言葉と共に起こったのは、結界の広大化。
そして、街の至る所から火柱が上がる。
「止まる気が無いのなら!!」
フェイトが駆け上がり、鎌を意思に構え、上昇後に急降下する。
しかし、意思は「お前も、我が内で眠るといい」という言葉と共にただ本のページをフェイトに向けただけ。
「はぁぁ!!」
それだけで、攻撃を防ぐ防御の陣を展開する。
圧倒的な基礎能力の差なのか、押し込もうとしてもビクともしない。
そこで停滞したのが悪かったのか、気づいたときにはフェイトの体は淡い発光をしていた。
そして、消える。現象としては、ただ、それだけ。
「全ては、安らかなる眠りの内へ……。」
目を閉じながら言う意思。
デバイスが発した言葉は、『吸収』。
「フェイトちゃん!!」
その意味も、状況も図りかね、なのはは叫んだ。
隙が、出来た。 大切な人間の喪失とは、それだけで大きな隙となりえるのは言うまでもないのだ。
襲い来るは高縮魔力の棘。
次は悲鳴を上げるのかと思った瞬間に、なのはは緑の翼に包まれた。
「キラ・・・君?」
なのはは自分を抱きしめている人の顔を見て、名を呼んだ。
しかし、彼は怪我一つ無い。 全て、羽に弾かれたのだ。
「大丈夫?」
なのはが頷くと、キラはその翼を広げる。
「フェイトちゃんを助けよう」
「はい!!」
今度は声を出して答える。
そうだ、助けよう。
心強いこの人と共に、かけがえの無い友達を、二人……。

その少し前に、キラはアスランに会っていた。
その時見た親友の姿は、まるで敗者。
いや、まさしくそうだったのかも知れないが、一つだけ、敗者のそれとは異なる部分があった。
それは、その瞳。
「アスラン?」
話しかけるキラに、アスランはその目を向け、一言だけ言った。
「中途半端な正義じゃ、何も守れないんだな」と。
しかし、キラはそれに首を振る。
「弱弱しい翼でも、守れる人はいるよ」
その証明に、キラは行くのだ。
「アスラン、追いついてきてね。 何時もみたいに……。」
追いつくための協力と、手を出す事と、引っ張る事。
キラはその全てをするし、されてきた。
しかし、絶対に、立つ事を強要しはしない。
ただ、道を示すだけだ。
(だから、僕は自分の道を……。)
その意思と共に去るキラ。
そして、取り残された敗者は、真っ二つになったジャスティスを拾い上げる。
この正義は、切り札にはならなかった。
「『女の子一人』、か……。」
思えばコズミック・イラからこっち、そういう理由で負けてばっかりだ。
そして、それは確かに正しいとも思う。
「それに賭けて見るか?」
折れたデバイスは反応しない。
なぜなら、大切なものがかけているから。
「それで、行ってみるか?」
これも、違う。 足りない。
「……俺は、それを望む」
少しだけ、光を放った。 その答えは近いとでも言うかのように。
「守りたいんだ。 俺は俺を拾ってくれた三人と、この世界と……。
 シンの、あいつの守りたいと言ってた人も!!」
その思いに、嘘は無かった。
だから、それに応えカードは、自己修復した。
偽りの無い心に、反応するかのように……。
「Please give a NEW NAME to me.」
「え?」
デバイスの言葉に、アスランは流石に驚いた。
しかし、なんとなく納得はいった。
中途半端な正義は何も守らない。
ならば、完全な正義を? いや、それも違う。
正義とは、守るための道ではない。 それを超え、それ以上の信念の元に成り立つものだ。
今は、それはない。 必要も、無い。 自分に必要なのは、守る力だ。
「そう、『セイバー』だ」
「Thank you」
こちらこそ、という気持ちは伝えずに、アスランはもう一度戦う道を選んだ。
赤い光が発散、収束し、巨大な砲を二本背負う形でバリアジャケットとデバイスが起動する。
力では先ほどまでよりは劣るが、それでも歩める道はある。
今度は、全てを守る『戯言の道』。 先ほどまでよりは遥かに難しく、しかし、仲間と共に通る道だ。

決意をし、闇の書の意思と前面から向き合う事にしたなのはたちだが、そこには思いもよらないものが立ちはだかった。
それは、なのはの記憶の中にも存在する、傀儡兵。
どうしてここに?という疑問も口にする暇なく、それらは湧き出た瞬間になのはたちに襲い掛かった。
キラは初めて見るなのはの武器を、しかし数多切り抜けてきた死線に培われた感で、彼女が接近戦を苦手としているであろう事を悟る。
「トリィ、フェザードラグーン!!」
叫ぶと、翼から10の羽が舞い降り、それらが動き始めた。
そして、傀儡兵の進行を羽の方から発射される魔力で遮り、一度さがることにした。
多勢に無勢で、一対他を得意としている能力でも、初心者同然では意味が無いからである。
ある程度はなれて、なのはと作戦を立てたほうが良い。
そうして大体5度ほど羽ばたいたところで、人影が闇の書の意思の前に立ちはだかった。
「シンくん!?」
なのはが驚いた声をだし、キラも、なるほど、彼だと目視し、理解する。
そして、シンは大声で叫んだ。
「俺は……。
 俺も、はやてを守る騎士だ!!」と……。
その叫び声を戦いの開鐘に、シンはデバイスを起動し、小型ナイフで切りかかる。
無論と言っていいのかは分からないが、それは簡単に避けられ、連撃は届きもしない。
「言葉が真実ならば、戦う相手を間違っている。
 それとも、お前も眠りにつくか?」
言いながら魔道書を拡げる闇の書の意思に、
「まだ早い、今日はクリスマスだからな!!」
シンは怯まず、迷わず、思い切り殴りかかった。
しかし、
「聖なる夜は、そこで何度でも過ごすといい」
シンの殴りかかった方の腕の先から、緋色のかがやきが溢れ、それが刹那にシンの全身を覆い、収縮する。
そしてシンも、意思の中に吸収される。
その直前に、昔誰か酷く腹立たしかった人と、何か一方的に恥ずかしい記憶を共有している少女の声が聞こえた気がした……。