宿命_第22話

Last-modified: 2007-12-27 (木) 23:39:26

戦う事を選んだのは、多分、自分のため。
もし逃げたとしても、周りの皆は助けてくれる。
でも、だからこそ、自分の手で決着をつけたかった。
「アリシア……。」
深く、悲しい記憶の中枢にいる少女。
彼女の手にあるのは、フェイトと同じデバイス。
今フェイトのバルディッシュは剣の形をしているが、アリシアのは斧のまま。
「いくよ!!」
避けられない戦いを、始める二人。
悲しみ故のものではない。
きっとそうだと、信じて。

 

「シン?」
共にはやての元へ向かっていたシンが突然停止したので、ニコルは怪訝そうにたずねる。
反応を示さないシンの目線にいるのは、どこかシンと似た雰囲気の少女だった。
「マユ!!」
そして、一瞬の後にそう叫ぶと、シンはそちらへ向かった。
――アロンダイトを、構えながら。

 

なのはたちが相手にしているのは、大人の、子供がいるであろう程度の男だった。
空気の違う彼に始めから気を引き締めていたのだが、それでもなぜか打ち落とせない。
(そんなに魔力があるって訳でもなさそうなのに……。)
それでも、なのはは決定打を撃つ事の出来るだけの隙を、3対1の中でも見つけられずにいた。
また、ユーノとアルフの援護も他の魔道士に比べ頭二つほどは抜きん出ているのにもかかわらず、動きを止める事も出来ずにいた。
このままではただでは済まなくなると、3人が思った瞬間に、遥か上空から氷の矢が男を襲った。
「無駄な動きが多いよ、なのは」
「クロノくん!?」
それを発したのは、今まで前衛に出てくることの少なかったクロノ・ハラオウンであった。
「なのはたちは下がっていいよ」
「え、でも、大丈夫?」
クロノが言うと、ユーノが聞いた。
しかし、クロノにとっては愚問だし、そんな事は関係ない。
「彼は、僕の相手だからね」
そう、目の前にいるクライド・ハラオウンは、クロノが止めなければいけない相手なのだ。

 

『マスター、いけますか?』
「大丈夫だ。 もう手を抜いたりしない」
そのためにわざわざニコルはこっちに来てくれたのだ。
振り返ると、ニコルは一人ではやての援護に行ったようだ。
改めて、目の前にいる喋らない妹を見る。
心の中は謝と礼の気持ちでいっぱいである。
元々は、あのとき、オーブで逃げる際にシンが無力だった事から始まる。
そして、自分の無力に生を失ったものを、自分は斬らなくてはならない。
『辛いですか、マスター?』
「少しな。 でも、引き下がるつもりは無い」
『分かりました。
 いきましょう。 わたしは、あなたと共に在ります』
アロンダイトを構え、加速し近寄り、一振り。
『上です!!
 ソリドゥス・フルゴール、展開!!』
それではやはり避けられたので、ティスが所在を教え、盾も出してくれた。
降り注ぐ魔力を防ぎきり、追い縋ろうとするがマユはさらに距離をとる。
『マスター、こちらも遠距離攻撃を取りますか?』
ティスの言うように、シンが遠距離攻撃を使えば確かに攻撃を当てる事も出来るように思えた。
だが、「それじゃあ魔力量で劣ってるマユには勝てない」と、シンも事実を見ていた。
ただの一発では意味が無いのだ。 その間に、二倍、三倍ものダメージを受けかねないのだから。
『了解です』
シンはそれを聞き、さらにマユへ迫る。
スピードならばシンとマユは同程度、攻速についてシンはマユの回避スピードについていけない状態だ。
『剣を振りすぎれば体力が削がれます。
 今はいいですが、今後は考えるようにしてください』
全く疲労など感じていない事に、シンはようやく気づいた。
それが如何な意味を伴っているかは推測も出来ないので、なんとも出来はせず、シンは変わらぬ行動をする。
しかし、全く掠らせる事も出来ない。
翼を羽ばたかせ、追うのが精一杯だ。
このままではいけないと、ティスは思い、シンにある進言をする。
『切り札を切ります。
 魔力を全開にしてください」
「大丈夫、なんだよな?」
ソリドゥス・フルゴールに多弾がぶつかるなか、シンは懸念を口にする。が、
『大丈夫です、ニコルさんの修正パーツを信じてください。それに……。』
「それに?」
防戦一方になりながらも、シンは言及した。
『それに、先ほど言った時でも大丈夫でした』
「でも、あの時は修正のパーツも……。」
そのシンの言葉に、ティスは大声で反論する。
『大丈夫です。 マスターは、わたしを信じてくれてないから、危ないって思うんです!!』
「な、何を!?」
『だってそうでしょう?
 わたしはマスターを信じてますが、マスターはわたしの可を不可と言うんですから!!』
「それは、お前を心配して……。」
『違いますよ、マスター』
「え?」
急に口調の落ち着いたティスに、シンは虚を突かれる。
その瞬間、ソリドゥス・フルゴールの防壁がついに破れる。
そして、マユが魔力を蓄え始めた。 巨大な魔法を撃つために。
『マスター。
 信じるとは、共に戦うとは、心配する事から始まるのではありません』
「だけど……。
 そうだけど!!」
喪失を恐れるシンの心底を、ティスは垣間見た気分だった。
『最大まで酷使してみて下さい。それで限界を知ってください』
「そ、そんなことしたら、ティスが!!」
本当に、優しくて・・・――弱い人だ。
(でも、それがわたしの心を開いたんですけどね)
だから、言葉を繰り返す。
並べ立てて、納得してもらう。
かつて自分を正してくれたマスターのために。
『マスター。 わたしを信じてくれるんですよね?
 なら、今回は最後まで一緒にいると言った言葉を、信じてください』
シンの背の翼が、まだかまだかと急かす様に動かされる。
「……。わかった。 信じて、良いんだよな?」
『勿論です、マスター!!
 ミラージュコロイド、生成!!』
シンの魔力の増幅を感知し、ティスが嬉しそうに叫ぶ。
その瞬間、シンの翼は光を纏い、一刹那の後に発射されたマユの砲撃ともいえる濃縮魔力を、一身に受けた……様に見えた。
あまりの魔力量と発光に、そちらに目を向けていた人間は多々いたが、その誰もが安否を気にしていた。
しかし、シンはマユの背後に回りこみ、アロンダイトで一閃、蹴りをつけた。

「どんな手品使ったんだ?」
シン自身夢見心地で、ティスに尋ねる。
『質量体の幻影を出して、撹乱させたんです。
 それだけじゃなくて瞬間移動もやりましたけど、やられたように見えたり手ごたえを感じさせたのはそちらですね』
なるほど、切り札と呼ぶにふさわしい能力だ。
状況を把握し終えたシンは、マユの疑似体の最後にいた部分に不自然な光があることに気づく。
「なんだ、あれ?」
『リンカーコア、ですね』
「何で残ってるんだ?」
近づきながら尋ねる。
これまでの疑似体はリンカーコアなど残しはしなかったはずだ。
『マスターの中にあったもう一つのリンカーコアは厳密にはマスターのものではありません。
 ですから、コアの根っこから蒐集されたのでしょう』
シンは納得しながらそれを掴んだ。
「もう一度自分のものにすることは?」
『出来ませんね。
 前段階でマスターが二つのコアをもてたのは、自分のものを元に戻そうとする力がもう一つのリンカーコアを弾き出そうとする力に上回ったからです。
 それに、これだけ高質なリンカーコアとなると、デバイスが耐えられなくなります。
 それ以上に、もしかしたらマスターのからだを壊す要因にもなりかねます』
「それじゃ、どうしようもないのか……。」
別段リンカーコアに運命を感じてるようなおセンチではないが、どうしても妹の残したものと言う気持ちが先行してしまう。
だから、『利用手段はあります』とティスに言われれば、反応してしまう。
『それは、リンカーコアの無い人間への譲与です。
 ただし、そんな人間は先天的にいませんし、もし居たとしても、危険に巻き込むことになるだけです。ただ……。』
「ただ?」
『一つだけ、本当に役に立つと思える手段はあります。
 それは……。』

 

先ほど、シンに多大なる魔力が襲い掛かったときは、はやても衝撃を受けた。
無事だった事を知るまで、気が気ではなかった。
(こんなんじゃあかん、リーダーなんやから、もっとしっかりせな……。)
クロノの参戦があってから、クロノに、シンとアスランとキラ、それからフェイトとヴィータ以外ははやてを中心に集まってきている。
それゆえか、ヴォルケンリッターを含む、彼らの相手以外の疑似体、さらには傀儡兵までもが自分の軍団へ押し迫ってきている。
焦っても何の意味も無いと理解していても、それもつまり焦りの生み出した答えだ。
さらには心労も募る。 初めてのことが続けば、人とはそんなものだ。
一度大きな魔法で部分的に一掃したものの、それで魔力を巧くコントロールが出来なくなってしまった。
リインフォースが言うには、切り離した防衛プログラムの方、つまりクルーゼが何らかの手を出している、との事だ。

 

ヴォルケンリッターの疑似体は、ニコルを中心とした連携で戦っていた。
敢えて人員を固定することなく、円滑に相手をすることで負担を減らす作戦だった。
加えて、ニコルのデバイス、『ブリッツ』が捕縛と攻撃という珍しい方向に特化している事も要因であった。
「グレイプニール!!」
「yes,sir」
ニコルの左腕に装備されたクローがシグナムの疑似体を掴み、
「ディバインバスター!!」で屠る、といった感じだ。
「自分の格好をしている者が倒されるというのは、なんとも不思議な感覚だな」
ちょうどシグナムがフェイトの疑似体を倒して帰ってきた。

 

そして、ヴィータはシグナムがフェイトの疑似体に向かった際に、なのはを制してなのはの疑似体に向かっていた。
この相手を自分にとって打ってつけと思ったわけではない。
でも、乗り越えなければならないと思った。
なぜなら、「あたしは、あいつと『友達』になってやるんだ!! その偽者くらい、倒せなきゃなんねぇんだ!!」という、えらく自分のルールの入った理由から。
しかし、ヴィータにとっては大切な事なのだ。
「グラーフアイゼン!!」
「Hammerform.」
長柄ハンマーのような状態になる。
これがグラーフアイゼンの基本形体だ。
「いつもの、行くぞ!!」
球体の鉄を投げ、それを打つ。
いつもの戦い方。 それ故に、堂に入っているしおいそれとは隙は見せない。
無論、なのはの疑似体ともなれば簡単に捕まってはくれないが、それでもどれほどのものかを測る秤にはなる。
「次だ、アイゼン!!」
ヴィータはもう一度鉄球を撃つ。 今度は追尾の能力も付加する。
(あいつに負けたくなくて練習したんだ、当たれ!!)
しかし、それをなのはは楽々打ち落としていく。
そして、本当の本当にヴィータが打っていた勝ちの布石を、なのはの疑似体はついに踏んだ。
杖を構え、魔力を集めだしたのだ。
ヴィータにとって、他の形態は隙が多いために機動戦では出しがたい。
しかし、なのはの疑似体はそれでも威力戦を試みた。
ならば、ヴィータはそれに応じる。
「アイゼン、こっちも思い切り行くぞ!!」
「Löweform.」
グラーフアイゼンは呼びかけに答え、変形する。
あのバスターを思い切り打ち返すことが、ヴィータの作戦、もとい、挑戦だった。
賭けにも近いものではあったが、むしろ、ヴィータはそれを望んだのだ。
「Das ist interessant,nicht wahr?」(面白そうですね)
「ああ!!」
元来乗りのいいデバイスは、ヴィータの作戦に乗った。
そして、獅子を意味するグラーフアイゼン最後の切り札を、ついに切った。
推進力はラケーテンフォルムに、大きさはギガントフォルムに相当するそれは、魔力の消費面とカートリッジの消費面、双方の要因において多発できるものではない。
しかし、今がそれを使うとき。
「手加減できる相手じゃねぇ!!」
「Ja, das ist richtig.」 (その通りです。)
とてつもなく大きな槌を振り上げ、角度良好、そのまま、突き貫く勢いで突進する。
なのはの疑似体もちょうど魔力チャージを終え、それを発射する。
ぶつかり合う魔力の塊とヴィータのデバイス。
共に均衡を保ち、しかし、それの崩れた時に、爆音と共に光が拡散する。
その戦いの最後の光景は、ヴィータの槌がなのはの疑似体を屠ったところだった。
そして、漏れ出し、拡散した光の中に、ヴィータは浮いていた。
「大丈夫か、アイゼン!?」
そして、かくも遺業なることを成し遂げたヴィータは先ず、相棒に心配の声を出した。
「Danke.」 (上々です)
「そうか……。」
無事を聞き、ヴィータはとりあえず張り詰めていた気を発散した。
もうカートリッジもないし、と、確認がてらポケットを開こうとしたときに、グラーフアイゼンが何気なく言葉を発した。
「Ich freue mich,mit ihnen zu sein.」 (あなたといると楽しいです)
一瞬ヴィータも驚き、言葉を失う。
そんな事を今更言ってくるとは思わなかったからだ。
しかし、「あぁ、あたしもだ」と返し、「これからもよろしくな」とも告げた。
多少恥ずかしくもあったが、それでも、ここまで共に戦ってきた自分の片割れなのだ。
「Ich feue mich auch」 (こちらこそ)
響き渡るグラーフアイゼンの声を聞き、安心感に包まれながら、ヴィータは次にすべきことを考えていた。

 

「僕が苦戦してるところとか、誰も見たくないよね?」
そう、僕は負けない。
クロノは目の前の父親の姿をしたものからデバイスを抜きながら思った。
この人は、知らない。
クロノが自分の子であることを。
そして、力だけで心がないこの人は、人の心の強さを知らない。
「なのはは、こういうタイプに強いと思ったんだけどな」
消えていく父親の疑似体にも、別に思うことなどありはしない。
リンカーコアの残りかすだけで人を倒せるほど、世界は甘くないというのに……。
見渡すと、殆どのところが沈静化されていた。
あのニコルという男の協力もあって、はやてら集団はヴォルケンリッターの疑似体を倒し終えたようだ。
加えて、シンとアスランの参戦も効果的に働いている。
シンには言いたいことが個人的に、アスランには聞かなければならない事が法人的にあったが、今は置いておく。
時間帯的にはここまでの戦いの終結にあまり時差は無かった。
そして、残るもう一つの戦いだけは、誰もの予想に反して、だが、予想通りに、長引いていた。

 

「バルディッシュ!!」
自分の相棒の名を呼び、奮い立たせようとしても、フェイト自身が立たなければ意味が無い。
その名前を呼ぶ声も、茶番になりかねない。
(戦いたくないのかな、わたし?)
考えても、答えは分かりきっている。
Yesだ。
それでも、シンは戦った。
フェイトがアリシアの疑似体とまま事の戦いをしている間に、妹の疑似体を打ち破ったのだ。
「アリシア……。」
自分にとっては広い意味での姉だ。シンと同じく、戦いにくい。
(でも、シンは勝ったんだ。 シンは勝った……。
 置いていかれたくない。これ以上、もう……。)
皆何かに打ち勝った。
それでも、やはりシンの勝利に遅れていることが、フェイトを焦らせる。
話したいことが沢山あったのに、前も結局、自分が弱くてシンに助けてもらった。
でも、それでは駄目だ。
「バルディッシュ!!」
もう一度、鼓舞する。
今度は、自分も奮い起こして……。
「バルディッシュ……。」
そんなフェイトの前で、アリシアは黒く、背丈ほどある棒を、その先から黄色い魔力を、放出させた。
フェイトの見た夢の中で、バルディッシュを渡してくれたのは彼女だ。
だから、自分のアリシアのイメージが同じ武器を出させたのだろう。
それでも、何か違和感が残ったまま、フェイトは鎌状の武器を構えた。

 

「それは?」
なかなか口を開かないティスを、シンは急かした。
これだけ言いよどむとは、思っても居なかったから、何の考えも無く自分の知的欲求に従う。
因みに聞いているのは妹のリンカーコアの唯一の活用方法というもの。
別にリサイクルの精神があるわけではないが、本当に役に立つのならば聞くに越した事は無い。
『それは、不完全クローン体への譲渡です』
が、返答はなかなか良しと思えるものではなかった。
「クローン体なんて、そうはいないだろ?」
という、シンの言葉が物語っている。
しかし、ティスも何の考えも無く言ったわけではなかった。
『可能性が、あるんです。
 マスター、時の庭園が何のためにあったか、覚えていますか?』
時の庭園とは、プレシアと共にシンも長らく居た場所だ。
「住むため?」
『いいえ、事件の発生の原因になった事です。
 マスターは、知らなかったでしょうか?』
思い出そうとすると、うっすら見えてくる。
ジュエルシードを集めている理由、フェイトの涙の理由。
そうか、死んだ娘の、今フェイトと向き合っている娘のため。
『そうです。
 それで、もう一つ思い出してください。
 あのクルーゼという男は、時の庭園の墓荒らしをしています。
 その時、闇の書はまだ起動していない、いわば特定のマスターを持たない状態にありました』
「そう・・・だな」
シンはゆっくりとティスの話を要約していく。
『その状態でも、蒐集を行う事は出来ます。
 いいえ、その状態でしか、闇の書に認められていない人間による蒐集は容易には出来ません』
つまり、クルーゼの行動だ。
『同様にして、吸収も出来ません。
 ここからが推測なのですが、』
一旦言葉を止めたティス。
その意図に理解し、シンが頷くとティスは言葉を続けた。
『恐らくその時彼は面白いものを見つけたはずです。
 水槽に入った女の子。 完璧なクローンであることを求められ、記憶を持たず、眠り続けている生命体』
因みに、クルーゼにとってその存在は10分以上を優に笑わせてくれる存在だった。
『吸収したのでしょう、闇の書の中に。
 そして、体と記憶は引き合ったのです』
それが、恐らく今フェイトの前に居る存在。
そして、シンも思い当たる。
「つまり、あれは疑似体じゃないのか?」
『そうなりますね。
 あれは正真正銘、人工ではあれど、生命体です。
 記憶も、フェイトさんの中にあったアリシアさんのものであると思います。
 ただし、借り物のリンカーコアに操られている状態なのです』
なるほど、シンも理解した。
フェイトが回収されたときに、フェイトの中に先天的に眠らされていたアリシアの記憶が、肉体を求めたのだ。
そして、その肉体は運命の悪戯か、その深い闇の中で一際輝いていた。 ただし、それは厳密にはアリシアの肉体ではない。
(レイ……。)
シンにとっての戦友。
一方的にかもしれないが、親友とも思っていた人間の名を思い出す。
(俺は、あいつを救いたかった……。)
自分を諦め、議長を信じた彼に、自分は不誠実なのかもしれないとも思ったが、それはいい。
きっと彼は許してくれるだろう。 レイは、それだけ優しい人間だった。
そして、そのやさしさに対する答えを、シンは自分の中に持っていた。
諦めていた彼を救えなかったのなら、自分は絶対に諦めない、と。
そして、自分はもう、他人に容易な諦めをさせないことを。

 

『マスター?』
考え込んでいたシンにティスが声をかける。
「あぁ、すまない。
 それで、どうすればいいんだ?」
『やるのですか?
 もし失敗したら、マスターの妹のリンカーコアが失われるんですよ?』
「でも、これしかないだろ?
 ただ有っても、嬉しいものじゃない」
形見にするのなら、自分にはもう足りている。
それに、これは些か保存方法に困る。
『わかりました。
 わたしも異存は在りません』
「なら、方法を頼む」
もしも成功したら、それは喜んでもいいことだろう。
自分とマユにとってプレシアが恩人であるという事はかわらないのだ。
それに、マユも言っていた。 優しい人だから、と。
その時された願いは叶えられなかったけど、これは多分マユの望んでいることだとも思った。
『方法は、思いきり胸に叩き込むことです』
「わかった」
そうと決まれば、進むのみ、である。
クローンだからといって、まだ出来損ないだったからといって、命がそこにあるのなら、できることをしたいのだ。

 

「はぁあ!!」
金属同士のぶつかり合う音が響く。
しかも、それは同硬度のもの。
(単純に考えれば力の戦いだけど……。)
どうもあまり差は無いようである。
小学生の、しかも女の子と思えば普通の事なのだが、フェイトは境遇的に経験で勝っていると自負していた。
だから、一度で押し切れない事がプレッシャーにも疲労にもなる。
そして、『どうして』や『なぜ』を戦闘中に考えていては、それはそのまま戦闘能力の低下にもつながる。
「アリシア……!!」
なんとなく、フェイトの口から声が漏れる。
「フェイト……。」
だが、まさか呼びかけに答えるとは思っていなかった。
「覚えてる?『闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧』。
 フェイトの記憶にあった言葉だよ」
「覚えてるよ。
 うん、覚えてる」
リニスが言っていた、バルディッシュを指した言葉だ。
そして、その後で一言聞いた。
出来れば、つがいにしたかった、と。
「つがいなら、別のデバイスだったのかな?
 でも、これはフェイトと同じバルディッシュ。
 羨ましいなぁ、『本物』が……!!」
アリシアの目の色が、懐かしさを現すものから、獲物を求めるものへと、変わった。
『本物』をフェイトに求めるアリシアを、自分は止めていいのだろうか?
そんな疑問が、フェイトには浮かんだ。
しかし、答えを求めていては、戦いになど勝ち得ないもので……。
「ッ!!」
声にならない声と共に、フェイトはバルディッシュと共に何メートルか押し切られる。
「アリシア、本当に『本物』が……。
 わたしの居場所が欲しいの?」
「うん。 だって・・・わたしが本物なんだから!!」
バルディッシュの斧による斬激が、もう一度フェイトを襲う。
しかし、次は受けずに避ける。
「だったら……。
 だったら、涙なんか、流さないで……!!」
今日二度目の、涙を流す敵。
さらに言えば、身内。
先ほどの決意など何のその、フェイトにはもう、戦う事なんか出来やしない。
乗り越えるべきものも、乗り越えられない。
「逃げないで、フェイト!!」
涙で掠れた声を上げるアリシア。
なきながら迫るという事が、フェイトにはなんとなく理解できたし、理由も推測できた。

(あの男が……!!)
こんな残酷を、過酷を与えたのだろう。
「やめて、アリシア!!」
ついには、説得まで試みる。
それが無意味である事は分かっている。
これが仕組まれた茶番ならば、あの男は相当酷い人間だとも、頭の中では考えられる。
けど、求めてしまうのだ、姉とともにいることを。 家族と過ごせる時間を。
それを叶えてくれるのは、やっぱり、今アリシアのバルディッシュを受け止めた彼だ。
「シン!?」
「悪いけど、この勝負譲ってくれ」
「え?
 で、でも、わたしが乗り越えなきゃ……。」
戸惑うフェイト。
当たり前だ。 シンは妹の疑似体を破壊しているのに、彼女にはさせないというのだから。
しかし、今回は環境が違う。 クルーゼの何らかの好奇心のようなものによって変わった状況。
目の前にいる人間は、生きている存在だ。
それに、こんな泣きそうな顔の少女に、家族の姿をした少女を殺させて『乗り越えた』とするのではあんまりだ。
「最高のクリスマスプレゼントにしてやれると思う」
人の命をこういうのは不謹慎かもしれないが、家族をプレゼントするとはなかなかロマンチックではないだろうか。
『マスター、チャンスは一度です。
 分かってますね?』
反発するであろう肉塊に阻まれ、消滅の可能性も否定は出来ない。
『五分と五分、いや、二分と八分という所でしょうか?』
「バルディッシュ。
 何をやるのかわからないけど、手伝うよ」
「Yes,sir.」
それを聞き、
「いや、随分可能性は上がったな」
シンは不敵な笑みと共にティスに言う。
『そうですね』
ティスも納得し、ならば心の臓を触れる程度の隙を作ってくれと、フェイトに伝える。
「左の・・・胸、だよね?」
「そうなるな。 どうした、赤くなって?」
「なんでもないよ。 うん、任せて」
なんかよく分からないが、リンカーコアの有る左手を最期の一手にしなければいけないシンにとって、この協力は喜ばしいものだ。
「よし。
 なら、これが始めての協力になるな。 行くぞ!!」
それはもしかしたら、待ち望んでいた瞬間なのかもしれない。
「うん!!」
『行きましょう!!』
「Yes,sir.」
目に見えるのは、二人。
しかし、そこにいるのは四人。
そして、四人でひとつの目的を、だ。

 

先ず、フェイトが向かう。
真正面からバルディッシュを振り下ろせば、アリシアも何らかのアクションを起こさざるを得ない。
『一番厄介なのは、アリシアさんの中にあるリンカーコアが無駄な知識を流し込んでいる事ですね。
 人間としての機能が揃っているから喋れるし、こちらの行動の予測も立ててくるでしょうから、注意してください』
ティスが念話を使い、フェイトにも同じように伝える。
そして、案の定アリシアはバルディッシュによる斬激を相手せずに、避けた。
『あれ、そう簡単によけれるものじゃないと思うんですけど……。』
「フェイトの頭の中身が全部見られたんだろうからな、俺もだけど」
その点、マユの能力は良心的だったかもしれない。
魔力の量はゆうにシンの2倍近くあったリンカーコアにしては、なお更だ。
『それが人とそうでないものの違い、かも知れませんね』
「そんなものか?」
『分かりません。
 人間というものについては、わたしも勉強中ですから』
因みに、こうして悠々と話し込んでるのは、前衛をフェイトに一任したからである。
片手を使わずにアロンダイトを振り回せないであろうシンは、「待ってて」と言われた。
『一応遠距離魔法も持っているんですけどね。
 チャンバラだけが取り柄じゃありません。・・・なんですか?』
「いや、別に」
なれない単語を聞いて怪訝そうな表情をしたシンに、ティスが聞くが、感情を押し止める力をシンは手に入れていたつもりだ。
そうこう言っているうちに、フェイトがアリシアをバインドで縛る。
彼女自身、気を楽に持ち直したようで、それが良い方向に働いた結果だった。
「シン、これなら!!」
「あぁ!!」
呼応、シンも行動に出る。
一度しかチャンスは無いにしても、それは今迄だって同じだったのだ。 今更二の足は踏まない。

左手、リンカーコアを庇いながらシンはアリシアに直進する。が、
「シン、上!!」『マスター、上です!!』
内部と外部から注意がかかった。
アリシアが何らかの魔法を唱えたのだ。
「フォトンランサー!?」
避けたシンの耳に、フェイトの声が聞こえた。
どうやらあの黄色い刺さるような魔法は、フェイトとおなじもののようだ。
しかし、バインドされながらも魔法とは、恐ろしい限りだ。
『マスター、立ち止まらないでください!!
 バインドが解かれます!!』
見ると、確かに解かれかねない状況だ。
ならばと、考えることなくシンは前進を再開した。
これだけ抵抗されると、もう一度バインドをかけるだけの隙が生まれるとも考えにくいからだ。
全速を出すシンの目の前に、もう一度黄色い魔法が、今度は8本現れた。
『わたしに任せてください!!
 ソリドゥス・フルゴール、拡散モード!!』
頭の中に聞こえたティスの声と共に、防御壁が拡散した。
それらがアリシアの魔法を一本一本包んでかき消す。
そして、完全に開かれた胸に、シンは左手を押し付けた。
「これで、後は?」
やれる事を終え、気を失ったアリシアを抱えながら、シンはティスに聞く。
『大きい魔力を持つ方のリンカーコアが彼女の体に残ります。
 魔力で汚染されたのが心でも体でも無くリンカーコアなので、成功すればアリシアさんになれるでしょう。
 後は、魔力に耐えれることを願うしか……。」
シンはマユのリンカーコアに、厳密に言うと耐え切れていなかった。
定期的な発散をすることでやっと、体内に納めることが出来る程度では、耐えるとはいえない。
少なくともシン以上の魔力的資質が必要になるし、それはなのはと同程度であるくらいかもしれない。
そしてもう一つ。 『アリシア』になるということ。
それは、如何な意味をもつのかはシンには、いや、だれにも明確な答えは出せない。
記憶も体も、アリシア本人のものではなく、埋め合わせの物でしかないからである。 何を人と定義するかによっては、やはり曖昧なのである事は間違いない。
『人を生き返らせることは、それだけは決して出来ません。
 ここに居るのは、きっとアリシアさんともフェイトさんとも別の人間になるでしょう。
 この方がどんな生き方をし、どんな人間になっても、認めてあげましょうね?』
もしかしたら、この少女はフェイトやアリシアとは全く違った性格になるかもしれないし、アリシアという名前すら拒むかもしれない。
それでも、シンの答えは揺るぎ得ないものだ。
「当たり前だ」
これも押し付けの優しさで、無用なものだったと思われることもあるだろう。
しかし、それでもこの少女は生きていたのだ。 大前提として、その命の活動があった。
「フェイト。
 一旦降りて、この子を横にしてくる」
下は海なので、少々時間はかかるが、大丈夫だろう。

 

「え、シン。
 結局どうなっちゃったの?」
しかし、フェイトは疑問を口にする。
手伝わせておいてなんだが、結局フェイトには説明不足だったことを忘れていた。
どう説明するか、シンは迷っていたが、『後でお話します。 今は、マスターを信じてあげてください』
と、ティスが念話を使ってフェイトに伝えると、彼女は頷いた。
「いいのか?」
「うん。 今回は、つづきがあるから」
フェイトが信じたのは、厳密に言えばシンのことでもティスのことでもなく、「今回はいなくならない」というシンの言葉だった。
「そうだな。 はやてたちを手伝ってやってくれ」
「うん」
もう一度頷き、フェイトははやてたちの援護に向かう。
たまに手練はいるものの、もうなのはらに敵う様な疑似体はいなかった。
しかし、敵の数は圧倒的であるのも、また変わらぬ事実であった。
『打開の鍵ははやてさんの広域魔法でしょうが、どうも魔力領域が敵側から侵食されているようですね』
「どういうことだ?」
『切っても繋がっている、という事です。
 簡単に喩えるなら、親と子の関係ですね』
へその緒で繋がっている親と子は、やがてその視覚的なつながりは切られる。
しかし、感覚的なつながりは決して消えない。
子が親を、親が子を苦しめるのに、物理的な手段は時として必要ないのだ。
「だから、あの人は何の行動もしていないのか。
 少しでも攻撃に参加したら、はやてに切り札を一枚破られかねないから……。」
降下しながら、シンは気づいた事を言う。
はやての魔法が本当に強力な広域魔法ならば、クルーゼは進退敵わぬ状況なのだろう。
引けば、こちらの防御の手を緩められ、攻撃に移れる。
進めば、あちらの止める魔力の流れが絶たれ、はやてによって広域を滅される。
「あの人にとっても全敗は予想外だったのか?」
『でしょうね。
 それにしてもマスター。 よくこれだけのヒントで見抜けましたね?』
「なんだ、気づいてたのか?」
『はい。
 しかし、全てを話しては意味が無いと思いました。
 幸いこの時間は早めようがありませんし』
「そうか。
 そういえば、お前は何でこんなに色々と知っているんだ?」
地面のあるところにつき、折角だから公園のベンチにアリシアの体を寝かせながらシンが聞いた。
黙っていられた事も、あまり怒りだとかの感情には繋がらなかったが、疑問が残る。
「はやての力だって、知らないはずだろ?」
『そうですね。
 ですが、知っています』
「なんでだ?」
沈黙が流れる。
シンの耳には、上昇する体が風を切っている音が聞こえていた。
『その話は、今するには長くかかり過ぎます。
 この戦いの後で、もう一度聞いてください』
沈黙が破られても、答えは出なかった。 しかし、シンはそれでいいことにした。
確かに今聞く事でも無いと思ったし、話してくれるといっているものを無理に早めるのは無粋だ。
「じゃあ、とっとと終わらせるか。
 一応作戦は考えたから、見てくれ」
言い、シンは頭の中に思い描いたものをオープンにする。
『はい。
 マスター、こんな事出来たんですね』
ティスはシンの魔法技術に驚きながらもそれを吟味したようで、『良いと思いますよ。 マスターがこうしたいのでしたら、リスクもありますけどね』賛成の意を示した。

 

シンの作戦とは、隊列に加わらずにクルーゼを攻撃するというものだ。
正直、一所に固まったそこにいけば、最悪出られなくもなりかねない。
それだけ、質より量をとってきていたのだ。
群がる疑似体は、一体何回分の蒐集で贖われたものなのだろう?
そんな疑問も、浮かんでは消えていく。
『皆さんに後でおもいきり怒られそうですね』
「そうだな。
 面倒だけど、仕方ない」
クロノやフェイトになのは。 管理局側で戦っていた人間には何を言われるかわからないし、言われても仕方がないと思っていた。
それに、蒐集を共にした仲間も、思うところはあるだろう。
『本当に、今回は逃げれませんよ?』
「分かってる。 前回は逃げる必要なかった気もするけどな」
『それもそうですね。 それにしても……。』
このあとのことを考える事に飽きた、というか、今がそんなときではないと思ったのか、ティスが話の内容を変えようとしていた。
シンも同様に思っていたので、ティスが続きを発するのを待った。
『こちらには本当に何もしてきませんね。
 どういうつもりなんでしょう?』
たった一人でいるシンを、完全に無視している。
今も自分に近づいてきているのに、だ。
『マスター一人なら圧殺してくる事も考えられるのに……。』
「――まぁ、君にはそんなもの通用しないだろうからな」
ティスの疑問を聞いていたシンに、突如背後から声がかかる。
「あんた、いつの間に……。」
「別にそこまで驚く事でもないだろう。
 幻影や分身は、私にも出せてもおかしくはあるまい」
先ほどクルーゼの居た場所をもう一度見るが、そこにはやはりクルーゼが、シンが今対面している男がいた。
『わたしの声が聞こえてるんですね?
 どういう魔法ですか?』
アロンダイトをシンに持たせ、ティスがクルーゼに喋りかける。
確かに、先ほどからティスはシンにしか話しかけてはいなかったはずである。
「それで聞かれて無いと思うのなら、やめておいたほうが良いな。
 ある程度能力が向上していれば、この程度は出来るだろう」
『嘘です!!』
「おい、どうしたんだ?」
ティスの様子が明らかにおかしい。
元よりしっかりした喋り方だが、明るい感じの口調だった今までとは明らかにかわって聞こえる。
さらに、戦っていたときとも違うようだ。
なのに、『な、何でもありません』と、ティスはシンの言及に断りの意を表した。
「余裕のようなら、こちらから仕掛けさせてもらう」
言い、クルーゼはシンの周りに3基の小型物質を撒き散らした。
「また……!!
 小型の接近用武器、あるな?」
『あ、あります。
 フラッシュエッジ!!』
シンは一瞬で現在の武器が使いにくいことを判断、ティスはシンの求める武器を出す。
それは、両手に一本ずつ出され、大体ナイフを少し大きくした程度の大きさだった。

『これなら出力調節で大きさも何とかできます』
「わかった」
ティスの言葉を理解し、左手のフラッシュエッジの刀身部分を引っ込める。
そして、面倒なのでそのままポケットに入れておくことにした。
右手に残ったほうを元々の3倍程度刃を出して、左手を添える。
そして、左手から右手のフラッシュエッジに更なる魔力を付加させた。
攻撃よりも防御的な魔力を、しかし、攻撃のために、である。
「何をしている!! ドラグーン!!」
そんなシンの前準備を見かねて、クルーゼは武器の名前を叫び、それが始動の鍵となり、3基の浮遊していた小型物質から魔力が放たれる。
『マスター!!』
「大丈夫だ、これぐらい!!」
ティスの援護の申し出を断り、シンはフラッシュエッジで魔力を斬り、直線上の1基を斬る。
そのまま旋回し、もう1基を切斬、残りの1基はフラッシュエッジを伸ばして突き刺し、爆破させる。
「俺にこんなものは通用しない!
 もう投降したらどうだ!?」
「投降?
 私がそんなことを、すると思ったのか?」
「もう勝ち目はないだろう!!」
「それでも、私は私として戦い抜かねばなるまい!!
 見ろ!! この世界を!!」
「何を!?」
喋りながらもクルーゼは攻撃の手を緩めない。
ドラグーンから放たれる魔法を防ぎながらシンは戦っているため、進も退もない状況はお互い様となっていた。
「君には私がどのような存在か、ムウの時に教えていたな」
確かに、シンは聞いていたので、さらに投入されるドラグーンを確実に片付けながら、肯定の意を伝えた。
ムウの父親のクローンで、レイと在り様を同じくする存在。
「ならば分かるだろう、この世界がどの様なものか!!」
「なんだ……。 何が言いたいんだ、アンタは!!」
猛進してくるドラグーンを確実に減らしながら、シンはクルーゼの言葉を聞き続ける。
「わからぬか!? 失われた人間を求め、偽者の命を生み出し、」
ここまでは、アリシアやフェイトの事かとシンは思うが、
「自らを痛みから遠ざけるために、命令で戦う戦闘兵器を、されど人間の業によって心を持った、そんな歪んだ存在を生み出し、」
これは、既にシンの知るところではなかった。が、コズミック・イラにはそんな存在に心当たりはあった。
ならば、先ほどのはレイやクルーゼを指した事なのだろうか? クルーゼの言葉は続く。
「しかし!! 大きすぎる力を持つものを異分子として恐れ、排することをも辞さない!!」
「コーディネーターのことをいいたいのか!?」
「そうではない、この世界のことだよ、シン・アスカ!!
 大きすぎる力を持つものは、少女だろうが何だろうが、理を乱すものだと捉えられる!!」
こちらも数に限りがないのか、さらにドラグーンを投入しながらも、クルーゼの言葉は止まらない。
「しかし、あの世界の事でもある。 君たちや私の住んでいた世界だ。
 同じだとは思わんかね? そして、今この世界の進んでいる道も、酷く滑稽な茶番劇に見えるだろう!?」
「だから……。 だからって、こんな事を・・・何のために!?」
「あの世界でも起こったことだ。
 人の業に弄ばれた宿命を持つものが、いずれこの世界を断罪しようとするだろう、私のようにな!!
 ならば今、それを私の手で起こしても何も変わるまい!!」
「コズミック・イラと同じなら、必ず止める人間が現れる!!」
なのはやクロノ、それにフェイトとはやてもその道を選ぶのなら、今は小さき翼でも、必ず世界を守るだけの力になると、シンは思っている。

「だが、しかしだ!! その結果どうなった!?
 その大きな力は、後に唯一望まれた絶対平和の道を打ち砕き、あまつさえ世界を終わらぬ混迷に追い込んだ!!
 変わらぬ世界に異を申し立て、結局は戦争という大過の繰り返しだ!!
 君もその被害者だろうが!?」
「今更被害者も加害者もあるか!!」
「君がそれを言うのか、アスカの家の人間が!!」
それは、シンの家族が殺されたという事を、世界には一方的に被害者である人間がいることを示していた。だが、
「あんたに何が分かる!!」そんな事を、シンは他人にとやかく言われたくはなかった。
「分からぬさ、ああ、分からぬ。
 所詮人は自分の知るところしか知りは得ぬ!!」
「なら、身勝手なその口を閉じろ!! だれも、わかって貰おうなんて思ってない!!」
言葉と共に、シンはクルーゼの元へ加速した。
同時にフラッシュエッジで切りかかるが、剣をだされ、鍔迫り合いの形になる。
「そんな仮面で、何を隠す!!」
近づいたため気になり、シンはそのまま言葉にする。
「だれでもつけている仮面だ!!
 人は滑稽と笑うが、見えない仮面を被って、ばれてない気になっている人間のほうが、余程滑稽だろうが!!」
「知るかよ、そんなこと!!」
弾き飛ばされ、吐き出すようにシンは言う。
ドラグーンを無視して突っ込んだため、すぐに態勢を整え、その場所からずれる。
「俺から見れば、世界のせいにして生きることを諦めたあんたたちのほうが、よっぽど滑稽だ!!」
レイだって、本当に諦める必要があったのか、今でもシンには分からない。
このクルーゼという男だって、何を考え、何に至ったのか、理解をしたくもない。
少なくとも、自分なら最後まで粘ったし、全てを呪うような大それた事も、しなかったと思う。
「そんな命を作り出したのが、あの世界なのだよ!!」
そう、シンは決して、こんな言い方をしたくはなかった。
「だから壊す? この世界も同じ事をするから?
 ふざけるな!!
 あんたが言ったクローンの中にも、必死に生きようとしている人はいる。
 そうでないならぶん殴ってやる、あんたでも!!」
「それもエゴだとは思わんかね?」
「悲しめる戦闘兵器が居たら、俺が止めてやる!!
 大きすぎる力を咎められた人間がいたら、俺が助けてやる!!
 それをエゴだって言うんなら、世界中の辞書を燃やしてやる!!」
無論、本当にそんな事をするはずもない。
しかし、それでも良いと思っているのも、また事実である。
たとえ一人の人間のエゴイズムだとしても、その道で守れるものがあるのなら、シンは通りたかったし、人間のエゴとは、突き詰めていけば優しさをも含むとは、思えなかった。
「それもまた、力あるもののやる事だ!!」
先ほどから幾度となく交わされている刃と刃、魔法と魔法。
ティスの言葉が聞こえてしまうことから、黙らせていたために、切り札を切る事もない。
それに、シンが接近しているためにドラグーンも使われない。
『(これこそチャンバラですよね)』
とは、ティスの感想である。 そんなティスに、シンは切り札をもう一度切ることを伝える。
目の前にいるのが本物である事は、予めティスが判別していたので、ティスはシンに従う事にした。
『ミラージュコロイド生成!!』
これなら、クルーゼが切りかかってきたときに使えば聞こえていようと何の問題もないのだ。
そう判断したシンは、これが単なる幻影ではないとも推測する。
そんな事はどうでもいいので、後回しにはするのだが……。
何はともあれ、難なくシンはクルーゼの後ろに回りこんだ。
「力だけが俺の全てじゃない!!
 俺は、戦い以外でもそれを成し遂げてみせる!!」
叫び、シンはフラッシュエッジをアロンダイトに持ち替え、それでも魔力ダメージですむようにして、切りはらった。
「そんな道があるものか!!
 今も貴様は力を使っているだろうが!!」
しかし、クルーゼはその攻撃にも反応する。
かつてシンがレイに対して思っていたこと、異常なほどの反応速度に、それは似ていた。
「話し合う事だって、出来るはずだ!!」
一旦離れ、シンは態勢をもう一度立て直す。
「それも所詮、力に物を言わせたものでしかない!!」
ミラージュコロイドは魔力面で多用できるものではないため、シンがもう一度同じ事をしてはこないだろうとクルーゼは判断した。
「それは力が目的じゃないだろ!!」
「そんな詭弁、だれが理解する!?
 だれもわかってはくれぬさ、そんな奇麗事!!」

「分かってもらう事を諦めるから、あんた達はそうなんだ!!」
シンはポケットに入れておいたもう一本のフラッシュエッジを出し、出力は弱めに、短く設定する。
それに対して、クルーゼももう一本の剣を出す。
柄以外は魔力となっている、シンのフォースタイプと同型の剣だ。
「諦めたのではない!! 必要がなかったのだ!!」
「ならなんで、世界のせいにするんだ!!
 求めもしないで、求めるものの手に入らない世界だなんて言うな!!」
シンはもう一度フラッシュエッジで切りかかるのではなく、左手のそれを投げつけた。
「手に入らぬ物と、既知の事だったのだ!! だから敢えて求めなかった!!
 その上で茶番劇を、するつもりはない!!」
クルーゼはそれに反応し、剣で切り落とす。
いや、落とそうとした。
(剣が切られた!?)
クルーゼは驚き、一歩下がる。
シンの投げたフラッシュエッジが、クルーゼの剣として凝縮された魔力を切ったからだ。
「く、だが!!」
クルーゼはドラグーンを一基シンに突っ込ませる。
止まらせようという考えだろう。が、『甘いです!!』ティスは会話を傍受されるのを嫌い、サポート以外は黙っていたが、それでも言葉が漏れる。
ティスが持つ魔力を、バリアジャケットの強化に回しているものまで全て、一度停止させた。
フラッシュエッジなどをシン自身が賄って、デバイスであるティスの魔力をそこには完全に流していなかったのだ。
ティスはその空いた魔力で、防壁を張りはしなかった。
次につなげる為に、シンの投げたフラッシュエッジを旋回させ、それでドラグーンを落としたのだ。
そして、次につなげるとは、『もう一度、それを切ります!!』と、先回を続けたエッジでクルーゼのもう一本を切ることにあった。
「うおぉぉぉ!!!」
そして、シンはついにクルーゼに一撃を浴びせた。
「この世界まで茶番なんかに、させるかっ!!」
さらに約束の、『ぶん殴ってやる』も同時に果たし、クルーゼは意識を失い、落ちていった。
それをティスが魔力で何とか浮かせている間に、シンは周りを見渡す。
どうやらシンが相手をしている間に、クルーゼの干渉魔力はなくなった様で、はやての広域魔法によってそちらも事なきを得たようだった。
「終わりましたね、マスター」
いつの間にかシンとのユニゾンを解いていたティスに、シンは頷いた。
どっと疲れがこみ上げてきたのは、その為だろう。
取り敢えずの勝利である。
シンは魔力の持つうちにアリシアの元にいく事を告げ、ティスもクルーゼをつれてそれについてきた。