年賀状に代えて

Last-modified: 2016-11-18 (金) 23:15:12

 オーブ首長国連邦に住むアスカ家の面々は、普段笑顔で囲んでいる食卓において
まるで葬儀中のような沈鬱とした表情を浮かべていた。
テーブルに向かっているのは三人、覚悟を決めた父親が世界の終わりを迎えたような
息子と娘に向かって語りかける。
「もうすぐここも戦場になる。シン、マユ、お前たちだけでも逃げなさい」
 決死の表情を浮かべた父親が、子供たちだけでも逃がそうとする。
「そんな!! 父さんだけを置いて、逃げるわけにはいかないよ」
「うん!! 今年は私だって戦えるから、だからせめて一緒に居ようよ!!」
 子供たちの覚悟に、思わず涙腺が緩む。
だが親として目前に迫った悲劇から、彼らを護る責任が男には有った。
「お前たちの気持ちはとても嬉しい。だがこれは起こるとわかっている事を止められない、
大人の責任なんだよ。"アレ"を止める事のできない私の……これは義務なんだ。
だから、お前たちだけでも逃げろ」
「く!! ――――――父さん、お元気で」「お父さん、がんばってね」
 そしてついに、悲劇をもたらす戦端が開かれる。

 

 「さあ!! お父さん、シン、マユ、今年のおせちが出来たわよ!!」

 
 

 彼は長年この戦場に立ち続けたベテラン中のベテラン、最古参の兵士だった。
しかし近年はとうとう気持ちに体がついて行かなくなり、それに反比例するように
敵の物量は年々増大を続けていた。
 父親はまず、敵兵力の最も手薄そうな所を狙うことにした。
一番まともな形をしている『出し巻き卵』を一つ選び、箸に掴んで口に運ぶ。
がん!! と彼の味覚を強烈な一撃が揺らした。甘味苦味塩味酸味、味覚のあらゆる部分が
最悪の配分で刺激された。
「父さん!! 水だ、これを飲んで!!」
「いや、必要ない。母さんは年々腕を上げているなあ。今年は最初の一口で気絶しなかったよ」
「まあ、おとうさんたら。嬉しい事を言ってくれるわね」
 息子が差し出したコップを跳ね除けて彼は前線を突破し始めた。息子の顔に尊敬の念が見える。
彼は一家の大黒柱として家族を護り、また威厳を保たなければならなかった。
 一口一口、シンとマユに手を出させる暇もなく、父は重箱の隅をつついて全てを口に入れて行った。
 放り込まれたものを吐き出そうとする胃袋を気力だけで押さえつけ、新たな爆弾を放り込む。
 そしてこの日最大の衝撃が、彼を襲った。甘いと思って口にした黒豆に、塩味を感じたのだ。
彼は妻が何時の間にか自分に多額の保険金をかけては居ないか、本気で心配になった。
 彼は時々意識を根こそぎ持っていかれそうになりながら箸を進めた。
立ち止まるわけには行かない、自分を信じて食卓に留まる息子たちを護るためにも!!
そして彼はついに成し遂げた。最後の昆布巻きを箸に掴むと、口腔に入れ咀嚼する。
限界をとうに超えた胃袋が必死で拒絶しようとするのを残った精神力全てで以って押さえつけ、
嚥下する。
「父さん!!」「お父さん!!」
 遠く天国へ旅立ちかけた意識を誇れる息子と最愛の娘の声が引き止めた。
感謝のまなざしを向ける目の端には涙を浮かべている。
まだだ、男は長年連れ添った愛する妻のためにも、後一言を吐き出さなければならなかった。
「――――母さん――美味しかったよ」
 美しい家族の光景。
元旦の日差しがアスカ家の窓から差し込み、父親として夫として食卓で試練を突破した
男を一枚の絵画の如く照らし出した。

 

 しかし

 

「まあ、お父さん、美味しかったのは分かるけど、そんなに急いで食べて貰わなくったって
――――まだまだ沢山あるのよ?」
「母さん!! あんたって人はーーーー!!」

 

 ここからが地獄だ。

 
 

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