戦後シン×ミーア_PHASE10

Last-modified: 2008-04-27 (日) 18:40:15

「プラントの第二の歌姫は、スキャンダルが一杯♪」

 

ZAFTの黒服に着替えたディアッカは、勝手に他人の執務室に入り、謳いながらこの
執務室の主の机の上に写真を置いた。

 

「下手な歌だな」
「そりゃどーも。ま、楽な仕事だったよ。久し振りにのんびり出来た」
「貴様には楽しかっただろうよ。何せ『可愛い女の子と二人きり』だ」

 

皮肉たっぷりにディアッカの口真似をした相手に「お前も似てないな」と、笑って
ディアッカは相手を見た。

 
 

ZAFTの白服にして、現在はプラントの最高評議会議員代理、イザーク・ジュール
だった。
彼は議員服を脱いだ姿でシャツの前も少し寛げている。
体全体を包み込むような大きな椅子に腰掛けたままディアッカが差し出した写真を手に
取った。

 

「シンを・・・外した方がいいんじゃないのか?彼女の護衛から」
「貴様にとってはそうだろう。歌姫をプラントに置いておきたくないのならな」
「イザークにとっては都合がいいんだろう?シンと彼女が仲良くなる事が」
「あぁ、大いに結構だ。いっそ押し倒してモノにしてしまえばいい。それで彼女は俺達
のモノだ」

 

ディアッカは机の上に腰掛け、長い足を持て余していると言わんばかりに右足を左膝の
上に乗せて、面倒臭そうに整えたばかりの髪を撫で付けた。

 

「よしてくれよ。彼女のビデオ監査しているのは俺だぞ?処女と童貞のセックスを
見守れって言うのか?穴の場所も分からずあたふたしているのを応援しろとでも?」
「・・・下品だぞ、ディアッカ!」

 

心底嫌そうにイザークが顔を顰めると、ディアッカはイザークとちらりと見遣ってから
肩を竦めて「へいへい」と、ぼやく。
イザークとてニュアンスを柔らかくしただけで、言っている事はディアッカと大差ない。

 

「イザーク。お前は本当にあの偽物が今のプラントに必要だと思っているのか?」
「貴様に逆に聞きたいな。どうして彼女がこのプラントには必要ないと?」

 

質問に質問で返すのは卑怯だろうとディアッカは右膝の上に肘を置き、手の甲に顎を
乗せる。

 

「ラクス・クラインの存在だって危険だった。彼女の影響力が正直此処まで大きいとは
思わなかっただろ?今のプラントを見ろよ。ラクス派と偽物派で意見は真っ二つだ。
俺にしてみれば本物も、偽物も、両方プラントに無い方がプラントの未来にとっていいと
しか思えないね」

 

少女一人の夢物語の為に動いた人間の数の多さに、ディアッカは正直恐怖すら抱いて
いるのだ。

 

以前はフリーダム、エターナルの強奪。
そして勝手な戦争への参加。

 

今回もまたZAFTに信者を忍び込ませ製造されたストライクフリーダムと、
インフィニットジャスティスを始めとした多くのMS、武器を彼女一人の為に保持していたのだ。

 

そして、多くの人間が彼女の願いを聞き届け、戦争に参加した。

 

それならばいっそラクス・クラインという存在をこのプラントから完全に排除した方が
いいのではないかというのがディアッカの考えだ。

 

本物も。偽物も。

 
 
 

しかし、イザークは違う。

 

「ミーアは本物に唯一対抗出来る手段だ。ラクス・クラインには力がある。
多くの人間が彼女の言葉に従う。しかし、ミーア・キャンベルには力がない。しかし、ミーアには
力が無いからこそ民意を集められる。周りが彼女を助ける。ミーアが望む、望まざるに
関わらずな」

 

最高評議会には病院からの報告が毎日される。
そこには普通の少女だからこその優しさと、そして責任感の強さが書き記されている。

 

ミーア本人が語る事は無いが、専門家が見ればミーアは全てを享受する心構えがあると
判断していた。

 

そして同時に毎日のようにミーアを助けて欲しいという手紙が送られてくる。
その手紙もまた、デュランダル前議長がどのように行動していたのか伺える内容も
書いてある。

 

ミーアには大勢の怪我の無い兵士の前では「プラントの為に頑張って戦って欲しい」と
伝えるように指示を出していたらしいが、一方怪我人の前では彼女自身の言葉で多くの
失敗と共に兵士に語りかけていたらしい。

 

最初は病室に入れなかった事。
怪我人を前にして失礼な事を言って看護士に怒られた事。
次の日には反省して謝ってくれた事。

 

怪我人の顔を正視出来なかった事。
傷口を見て口を押さえて病室を飛び出した事。
それでも一人一人の体に触れ、「無理をしないで」と、語った事。

 

最初の頃は何と愚かな女だろうと思っていた評議会の面々だったが、彼女の失敗談を
語る当時の兵士達は彼女の失敗を楽しい思い出とばかりに語るのだ。

 

「当時は腹が立ったが、彼女は次の日には必ず自分なりの答えを見つけて応えてくれた。
次の日が無理なら、別れのその瞬間まで悩んでくれた。彼女を怒った人間から、
彼女は一度として逃げなかった。彼女が自分を見放さなかったからこそ、自分は、
自分を捨てなかった」

 
 

そして、「内緒よ」と、小さく囁いたのだ。

 
 
 

「もう、貴方達は戦わなくていいから、良かった。今は傷付いてしまったけど、
でもだからこそ、もう誰も傷つけなくて済むから、本当に良かった」

 
 

貴方によって傷付く人が減って良かった。
貴方もこれ以上傷付かず、生きていられるから良かった。

 
 
 

今度はプラントで会いましょう。
あたしの歌を聴きに来て。

 

戦争に出てしまったら、そこでもし命を落としてしまったら、あたしのファンが
減るじゃない!
そんなの勿体無い!

 

鎮魂歌よりも恋歌が好きだもの。

 
 

あたしの歌を聴きに来て、小さくてもいいから、あたしに花を持ってきて。

 
 

あたしの歌を好きになって。
あたしも、皆の為に一生懸命歌うから!

 
 

ラクス・クラインになりきれない少女は、感極まるといつもの口調に戻っていたらしい。
(傷付いた兵士達は当時はラクス・クラインは大衆の前でのみ畏まった口調になって
いたのだろうと勝手に思っていたらしい)
そこにもミーアの浅はかさを感じられたが、イザーク達にしてみると、それを許して
いたデュランダルの隠れた笑顔が見えそうだった。
ミーアの純朴で、一途で、懸命で真面目な性格を逆手に取り、ミーアが彼女なりに
人心を集めるのを楽しんでいるようにも伺えた。
当時、ラクス・クラインが表舞台に戻ってくるとは思って居なかった為の余裕だったの
だろう。

 

しかし、デュランダルが彼女を自由にさせていたからこそ、今彼女は、言葉を掛けた
兵士達に逆に助けられる形になっている。
その力は少しずつ集まり、大きな力となり、今では戦場で彼女がどのように兵士達に語
りかけていたのかを大衆に知らせるまでになっていた。

 

ラクスの言葉には従うだけだったプラントの市民が、ミーアの為には自ら動き出して
いるのだ。
この力をイザークは無視できないと考えていた。
勿論、ディアッカ同様「いっそラクス・クラインもミーア・キャンベルも居なければ
いい」という気持ちが無いでもない。

 

しかし、力がある人間を放置、ましてや敵対する可能性のある国に渡す行為は愚か
としか思えなかった。

 
 

「もし、ミーア・キャンベルがオーブに逃がして、それを何かのきっかけでばらされたら?
オーブはまだミーア・キャンベルの利用価値に気付いていないが、気付いた時に
ラクス・クラインと彼女を並べてプラントに宣戦布告でもしてきたらどうする?
プラント市民の士気が低下するのは目に見えている。それを易々と渡して堪るか!」
「だから、そこはアスランもオーブには利用させないって言ってただろ?」
「馬鹿か貴様!オーブに居るアスランにそこまでの力があると思っているのか!?」

 
 

今やオーブに飼われるだけになったアスランには何の力も無い。
この二年の間もアスランはただその名を隠し、姿を誤魔化してオーブの姫の護衛に
なっていただけだ。
今回、オーブではアスランは大した地位に着いたらしいが、それもオーブの政治体制が
崩れた事に乗じてカガリ・ユラ・アスハが勝手にその地位に引き上げてやっただけだ。
そんな男にオーブの兵士が協力し、指示し、そして付いて行くとは思えない。
そこまでナチュラルも馬鹿ではないと思うのだ。
イザークは、アスランの今回の引渡し計画が、オーブによって仕組まれているのでは
ないかとすら疑っているのだ。

 

「それなら、お前はどうして今回アスランの計画をあの子に伝えるのを許可したんだ?
それに、俺の意見を伝えてもいいなんて・・」

 

アスランから連絡が来た時、最初に激怒していたのが、次第に冷静さを取り戻して最後
には「必ず彼女に伝えよう」と笑顔付きで約束をしたのはイザークだ。
ディアッカは食い下がるアスランと全く話を聞こうとしないイザークの仲介に時々入り
ながら展開を見守っていただけだ。

 

イザークはシンとミーアが仲良く写った写真を見ながら椅子を窓の外に向ける。

 

「このまま病院に閉じ込めていても宝の持ち腐れだ。それにだらだらと決定を先延ばし
にする評議会のやり方も面倒だ。そこにアスランが面白い餌を持ってきた。だったら
利用するのもいいだろう。逃げないのならそのまま飼い続ければいい。逃げるなら・・・・・・」

 
 
 
 
 

始末すればいい。

 
 
 
 
 

ディアッカは何も言わずに後ろを振り返った。

 

しかし、イザークの体は大きな椅子に包まれてその横顔すら見る事は出来なかった。

 
 

ただ、イザークの声は、楽しげにディアッカの耳に届いた。

 
 
 

シンは、デスティニーをアプリリウスの格納庫に収め、その動きを止めた時、
どっと噴出した汗に暫く動けなかった。
グリップを握る手に力が入り過ぎていたのか、手が全く動かない。
親指から少しずつ引き剥がし、時間を掛けて全ての指をグリップから外すと、
軽く手を振ってから外に出た。
ヘルメットを外した時、頭の先までじっとりと汗を掻いていたのだと思い知らされて、
じっとりとへばりついた髪を頭を左右に振る事で引き剥がし、手で乱暴に掻き毟った。
駆け寄って来たヴィーノの人懐っこい笑顔を久し振りだと思いながら、彼が丁寧に整備
をしてくれていた事を軽く感謝してパイロットスーツのジッパーを腰の辺りまで一気に
下ろした。

 

「どうしたの?シン。そんなに汗掻いて」
「いや、久し振りだったから色々手間取った」
「大体1ヶ月振りだもんなぁ。ま、それでもアレだけ操縦できれば大したもんだって。
大分作業も進んだからさ、こっちも助かったよ」
「だといいけど」

 
 

あちー。
上も脱ぎてぇ。

 
 

腕で額の汗を拭い、汗でピッタリと肌にくっついたインナーを摘む。
服と肌の間に風が通り、気持ち良くあり、同時に背中に張り付いたままのインナーが
気持ち悪かった。

 

「一応格納庫内は危険区域だからロッカーまで我慢しろよ」
「分かってるよ」

 

ヨウランの忠告に顔を顰めながらシンはヘルメットを担いでロッカーに向かう。

 

格納庫を出た所で怒られる事も無いとインナーを脱ぐと、顔を上げた。

 
 

「シン・・・・?」
「・・・・メイリン・・・・・」

 
 
 

突然現れたように見えた事に驚いてシンの足が止まる。

 

シンは大して気にするつもりは無かったが、メイリンの頬が恥ずかしそうに染まって
いるのを見ると、何となく居た堪れなくてインナーを胸に当てて隠す。

 
 

「ちょっと・・・話があるんだけど、いい?」
「時間が掛かるなら着替えたいんだけど」
「え、あ!うん!それは勿論!」

 
 

ロッカー室に入ろうとして、シンは何となく胸騒ぎを感じて足を止めてメイリンを振り
返る。

 

「・・・・・・用件は?」

 

メイリンはシンの姿を見ないように視線を逸らしていたが、声を掛けられてちらりと
視線を向ける。

 
 

「・・・・・・・・シンが、護衛している人の、事で・・・・・」
「・・・・・・分かった」

 
 
 

嫌な予感がして、仕方なかった。