夢は努力を重ねる事から始まる。
しかし、理不尽な環境は人の努力をただでは認めず、夢を壊す事がある。
それを切り捨てられない、子供が一人
しばらくの間、シンは特にこれと言って出撃はしなかった。
それは、シンにとっての敵がいなかったからだ。
望まれずとも出撃をするのは、戦うべき相手に出会った時だけ、わざわざ茨の道を進むつもりはなかった。
「なのに、なんで嫌われてるんだろうな…」
別に任務に支障を来たしはしない。
それはシン自身があまり自分の境遇を鑑みる性格でないからだろう。
あれだけの扱いを受けても全く絶望しないのも、シンの才能かもしれない。
陸士108部隊に配属された後、少しだけ時間が流れた。
ほんの少しの時間ではあったが、シンの部隊滞在期間にしては長いほうだったりする。
その間に、ギンガの妹が新設の部隊に配属されたことを聞いた。
今後、会うこともあるだろう、なんて程度に認識していたら、本当にすぐに会うことになってしまった。
数日の後、シンはギンガに呼び出された。
もちろん、公務的な内容で、だ。
「ギンガ、隊長代理、何のようですか?」
「あ、シン
よく無断出撃をするって噂を聞いて、一応話をしておこうと思って、ね?」
本当はシンが配属された時に耳にした噂の一つだが、今改めて切り出したのにはワケと考えがあった。
「最近の無断出撃の原因は、ガジェットドローンが多いみたいね?」
ガジェットドローンとは、シンが配属された時に訓練に使った物だった。
「…それが、何か?」
「ここからは個人的な話になるんだけど…
復讐のつもり?
あの日の火災の…」
ギンガは当時シンのそばにいたのだ。
気づかないわけはない。
「たしかにそれも、あるかもしれない。
けど、俺は護りたいんだ」
「護る?
ならなんでガジェットばかりに?」
ギンガが言及するのは無断出撃や命令違反の数々についてではない。
ただ、力の重点を復讐に置いて欲しくないのだ。
その意図がシンにも伝わったから、彼は真実を話す事にした。
「俺は、あの日空への夢を失った。
だから、護るって誓った。
空への夢と、空を臨む翼を…」
あの日の失意は決して拭われない。
もう二度と、シンの空への願いは叶いはしない。
だからこそ、空への夢を持つものを応援、援護していきたいのだ。
それを、最も助長する復讐者として、とは、ギンガには隠す事にした。
「……わかった。
それならいい、かな…」
どんなに格好を取り繕っても復讐者。
だがそれでも、空の、夢の守護者としても、シンは生きていくつもりだった。
機動六課では、この間にもフォワード陣との初対面を終え、六課全体としても、部隊の設立宣言を八神はやて部隊長が終えていた。
そして、段々と本格的になっていく練習をする、六課フォワード陣。
彼らにとって初出撃となるアラートが鳴ったのが、シンがギンガに先ほどの話をした時だったりする。
その知らせは、シンにもはいった。
というのも、ギンガに頼まれたのだ。
初出撃で硬くなっているかもしれないから、六課の新人を援護してやってくれ、と。
「俺は現場に直行、車内のガジェットタイプを減らす、か…」
正直、乗り気ではなかった。
隊長が二人共空戦をし、新人フォワード陣をレリック保護と言うのは、作戦的に間違っているとも思うし、それだけの力が新人にあるのなら、シンは必要ないはずだ。
(ま、命令なら従うけどな…)
車両最後尾の外接部に立ち、しみじみと思った。
「お前も、実戦は初めてだったな…」
右手ではデュランダルに託されたデバイスが、赤い光を放っていた。
戦空機のなか、新人フォワード陣は初めての実戦に、各々が胸中を見つめていた。
戦いの理由を見いだしたころを思い出す者、これまでの訓練を思い出す者、夢と目標の再確認をする者。
そして、既に一度交戦し、敗戦の将となってしまった事のある二人は、ただこの場を凌ぐ事を考えていた。
それはガジェットタイプが一筋縄では行かない事を知っているからであり、新人フォワード陣を守りきるという決意の現れであった。
そんな中、怯え震える少女が一人。
「キャロ、大丈夫?」
自分だって怖いだろうに、優しい少年は声をかけ、緊張を和らげようとしていた。
「うん、大丈夫…
ごめんなさい…」
気丈な少女は、エリオに心配をかけまいと、逆に気を使う。
そんなキャロに、キラが近づいた。
「君たちを護るのも僕たちの役目なんだ。
だからキャロもみんなも、思いっきりやって構わないからね」
未だ申し訳なさそうなキャロに、
「そうだな。
フォローは任せてくれ」
アスランが続けた。
「は、はい!」
キャロはようやく元気を取り戻したようで、いつもの笑顔に戻った。
キラ達も決意を新たにする。
その笑顔を護るのが、役目と信じて…
「山岳地帯にガジェットタイプの反応多数。
降下の障害になりかねるので、優先して落としてください」
今まさに進入しようと言う時に、ギンガから通信がはいった。
「了解、これより空戦を開始する」
因みに初めての空戦だったりする。
(内部は六課に任せる、か…
まぁ、アスランもいるから大丈夫だよな?)
ウイングを展開しながら、かつて教導をされた先輩魔導士を思い出した。
六課に配属されていると聞いたのは先ほどだが、それでもやはり心強いものがあった。
山岳地帯でガジェットタイプを落としながらも、自分をたたき上げた教導官の力は、簡単に、そして鮮明に思い出された。
紫色の粒子を放出しながら羽ばたくシンと、デスティニー。
その羽を、狙う影にも気づかずに…
空を飛ぶガジェットはその最大の特徴故か、AMFを採用していない。
故に、シンはある程度の距離を取って戦っていた。
さもなくば、対応出来なかっただろう。
背後から迫る、高質量の魔力に…
「何だよ、これは!」
下方からの魔力を避け、シンが吼える。
その目に映るは、赤き一門の砲と、赤毛の女性。
「あれはっ…」
先ほどの魔法の質といい、デバイスの形といい、どこかシンのデバイスに似ていた。
「それに、あの人は…」
どこかで見た覚えがあるような気がした。
「予想以上に数が多いね…」
なのはが10秒程後から降下してきたフェイトに洩らした。
因みにタイムラグ×2体近くを破壊しているあたり、さすがはエースである。
「そうだね…
アスランも呼んで、協力してもらう?」
フェイトの提案に、なのはは首を振った。
「ギンガの部隊から協力しに来てるって人がいるはずだから、まずはその人と交信しよう?」
なのはの言葉には、フェイトは頷いた。
(でも、どこにいるんだろう?)
二人が魔力を感知し損ねて、そんな事を思った瞬間、爆発音が響いた。
シンのデバイスであるデスティニーは、近距離戦用と遠距離戦用、中距離戦用のそれぞれの用途に分けられる特機である。
だからこそ、どの距離の攻撃にも長けていたシンのデバイスになったのだろう。
(ってな感じで、俺のデバイスは随分クセがあるけど…)
相変わらず高質量の魔力を飛ばしてくる女。
目の前の女のデバイスも、相当なクセがある。
遠距離完全特化なのだ。
(それに、あの人は…)
人を覚えるのは得意ではないが、目の前にいる女とシンがいつ会ったのか、おぼろげながらにわかってきた。
延々と続く魔力の放出をシンがことごとくかわしたため、彼女の魔法の発動に一定のリズムが生まれてきた。
そしてまた、何の考えもなさそうにシンを撃つ。
(今だ!)
実戦を嘗めているとしか思えない打ち方をする女だが、シンの仮定が確かならば納得が行く。
「うおぉぉぉぁぁ!!!!」
軽い空中ステップの後、彼女の発する魔法の軌道を直径にして、半円を描くように彼女に迫った。
そして青く巨大な剣で女のデバイスに縦一文字を喰らわせた。
そのままバインドをかける。
「あんた、特別研究部にいたな!」
シンは自分の記憶の片隅に居た、この女の事を思い出していた。
「っ…!」
図星のようだ。
「何で俺を攻撃した!
何のつもりだ!!」
問いかけるが、彼女は何も語らない。
(ギンガ、聞こえるか?)
そのまま彼女に構ってる時間もないため、ギンガに交信を求める。
しかし、なんの返答もない。
距離がありすぎるのか、あるいは…
(なんか面倒事が起こっているか、か…)
とりあえず目の前の女の事をどうするかだが…
(どうせ犯罪者か、か…)
山岳地帯に放置して行く事にした。
そして、機動六課に協力をできない旨を伝えて、シンは中央部へと向かうことにした。
シンにとって本当の戦いは、まだ、始まらない。
そしてその戦いの始まる時が、明けない夜の始まる時…