月に花 地には魔法_第06話

Last-modified: 2007-11-15 (木) 22:32:02
 

 三人がクロノに導かれた先はデバイスの修理を行っているらしい部屋であり、
ロランはなぜ自分もここに来ているのかを考えた。
(多分『ターンA』のことか…)
 その部屋の中にはロランも知る人達がおり、彼の詮索心を少し静めた。
「なのは!フェイト!」
「ユーノ君!アルフさん!」
 駆け寄るなのは。その先にはユーノ・スクライアとアルフがおり、
しばらく再会の会話が進むことになった。
「お久しぶりです、ロランさん。体はもう大丈夫ですか?」
「うん、検査も散々受けたから。ユーノ君も元気そうだ」
 ロランとユーノはアースラ内で出会い、フェイトの仲介を挟んで親しくなった。
 遺跡発掘をしてきたユーノにとってホワイトドールの中から出てきた『ターンA』は興味の対象であり、
被膜に覆われていた『ターンA』の内部を見てみたいと語っていた。
 ロランは「『ターンA』が再生すれば見せてあげられるだろうけど、
ナノマシンがこの世界には普及していないから被膜を取り繕うだけで精一杯」
と答えていたのだが、あの『闇の書』を見て以降なぜか『ターンA』が復活するのではないか、
という疑念に駆られていた。
(もしかして『ターンX』に呼応しているのか…)

 
 

「バルディッシュ、ごめんね。私の力不足で」
 修復を受けているらしい金色の機械にフェイトは呟いた。
 そんなフェイトの後姿から、一見アクセサリーにしか見えない杖への思いの深さを感じつつ、
ロランはそのダメージが深刻であることを感じていた。
 ユーノが言うには部品の交換で復活するらしいが、それが機械の本来あるべき姿だろうと思う。
 ナノマシンにしても結局は機械でしかないが、
そのナノマシンから構成される『ターンA』は機械というには余りにも生々しすぎた。
(やっぱり『魔法』っていっても物理法則を否定できる代物じゃないんだ…)
 この世界で言うところの『魔法』が、
 正暦での『科学』の延長もしくはそれに類似するものだということにロランは何となくだが察しをつけた。
『闇の書』も『魔法』に関係するものなら機械に過ぎないのだろう。
 そしてそれなら『闇の書』に『ターンX』と関係しているとしても納得はできる。
 人類の智を永遠に繋げるという意志の元にナノマシンを増殖させ、
崩壊し行くザックトレーガーを取り込んでまで再生しようとした『ターンX』なら。
 もしかすると次元を跳躍してでもその意志を体現するための依り代を求めた結果、
あの『闇の書』にたどり着いたのかもしれない。
 そんな想像をしてしまったロランの背筋を強烈な寒気が走った。
「…ラン、ロラン!」
「あっ。す、すいません!」
「大丈夫か、ロラン。少し顔色が悪いが…」
 クロノがロランの顔を見上げていた。
 呼びかけても反応が無かったためだが、ロランを現実に引き戻すには十分だった。
「これからフェイトの面接に行く。君も着いてきてほしい」
「面接?」
 フェイトに下された裁判結果は保護観察処分であり、当然彼女を保護観察する者が必要になる。
 その人物との面接なのだが、それに自分が呼ばれる理由をロランは思いつけなかった。
「ああ、君のことを知ってぜひ会いたいという人がいてね。その人がフェイトの監察官なんだ」
「僕に会いたい?どうしてですか」
 クロノは少しだけ渋い顔になって答えた。
「正確には君と『ターンA』について興味があるそうなんだ。収容された『ターンA』がね…」
 そこで言葉を区切ったクロノにロランは先を促す。
「どうやら本当に復活しそうだ。
『ターンA』を覆っている被膜の内部からエネルギー反応を観測してね。
 しかも徐々に大きくなっているんだよ」
 ロランは杞憂では終わらないことを本能的に感じた。

 
 

「失礼します」
「クロノ、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています」
 クロノに導かれた先は応接室のようで、部屋の奥には初老の男性が立っていた。
「始めまして、時空管理局顧問官ギル・グレアムだ」
 柔和な笑みで自己紹介をするグレアムに、ロランは悪い人ではないと直感的に判断した。

 
 

「約束は一つだけだ。友達や自分を信頼してくれる人のことを決して裏切らない。
 それが守れるなら、私は君の行動について何も制限しないことを約束しよう。誓えるかね?」
「はい。必ず」
「うむ、いい返事だ」
 フェイトとグレアムのやり取りの間、ロランは一言も話さなかった。
 事態の仔細を知らない自分が口を挟める問題ではないと思ったからだが、
同時に口を挟む必要も無いと思えたからでもある。
 結果として、部屋に入った時のグレアムに対する判断は
グレアムがフェイトに語った内容から補強されることになった。

 
 

 フェイトとなのはが部屋から出て行きロラン、クロノ、グレアムの三人だけが残されると、
グレアムはふっと息を吐いた。
「さて、ここからが本題だ、クロノ。そしてロラン君」
「本題、ですか。グレアムさん」
 ロランは弛緩しかけていた神経を張り詰める。
「提督、ロランを呼んだ理由は『ターンAガンダム』のことですか?」
「単刀直入に言うならそうだ。だがそれだけではないよ」
「他の理由ですか?」
 クロノもロランも一人の時空遭難者でしかないロラン・セアックにわざわざ会う理由などは
『ターンAガンダム』にしかないと思っていた。
「ロラン・セアックという個人についてのことなんだが…。
 まあ、まずはその『ターンAガンダム』について話を聞かせてもらおうか」
 クロノはアースラで調べられた結果のデータを報告しながら、
現在本局で保管されている『ターンA』が再生する見込みであることを伝えた。
 ロランとしては内密にしておきたい事項だったのだが、グレアムに
「安心して欲しい。ここでの会話は全て私の胸の中にしまっておく」
 と言われ、クロノからは
「大丈夫。グレアム提督は信頼できる人だ」
 とまで言われては話すしかなくなっていた。

 
 

 その後クロノが現状で把握している全てのデータ。
 つまり『ターンA』の把握仕切れている性能値と、
ロランがここにいるまでの過程を確認したグレアムは、意外と言えば意外なことを尋ねてきた。
「ロラン君。ここまでの情報は言うなればカタログスペックだ。
 この『ターンA』が今まで実際に戦ってきた戦闘について話してくれないか。
 もしあるなら戦闘記録を見せてほしい」
 クロノは怪訝な顔をしたが、ロランはその言葉の示す意味に考えが及ぶと、困惑した顔を作った。
 勘違いであってほしいという気持ちと、確信する気持ちが入り混じった。
「…。それは『ターンA』が戦力としてどれだけ有用かを知るためですか?」
「ロラン、それは論理が跳躍し過ぎていないか?」
 クロノはロランを制したが、一方でグレアムは驚いた顔をしていた。
「聡いな君は。私が実戦データを求めたのは、先ほど君が言った理由も一部あるからね」
 そのグレアムの発言に今度はクロノが驚いた顔をする。
「クロノ、本当の目的は別にある」
 そう言うと、グレアムはロランの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「君は戦争をしてきたんだろう。戦場というものは人間の本質が現れる場所だ。
 そこで君がどのように生き残ってきたのかを知りたい。
 そうすればロラン・セアックという人間がどんな会話よりも把握できると思うんだよ」
 ロランは少し呆然となった。
 自分という人間の本質、戦場での自分が本当の自分なら、
周囲の状況に流され、戦場で人を殺し、『ターンA』の意志に流されて戦い続けた自分。
 それがロラン・セアックの本質なのだろうか…。
 もちろんそれが全てでは無いと思う。戦場を通じて得たものもあった。
 だが、結局は多くを失った。綺麗事を並べてもそれは自己満足でしかないのか…。
「すいません…。僕の口からそれを語ることはできません」
「どうしてかね?」
「僕は戦場で人を殺しました。それに大切な多くのモノを失い、奪いもしました。
 何よりその時の僕はいつも何かに流されていました。
 欺瞞だとわかっていますが、それを僕という人間の本質だと自分の口で語りたくないんです」
 静かに、感情の昂ぶりを抑えながらロランは吐露する。
 そんなロランにグレアムは今までで一番優しい顔を向けた。
「いや、少し安心したよ。もし君が嬉々として武勇伝なんかを語りだすようなら即刻退出してもらっていた」
「えっ?」
 訳がわからないという顔になるロラン。グレアムは続ける。
「確かに戦場は人間の本質を現す。だが、その本質は言うならば人間の本能の部分だ。
 本能の部分で人を判断するつもりは少なくとも私には無い。
 むしろロラン君の戦いについての考え方が知りたくてね。
 君が戦いを決して好んでいないことがわかって何よりだ」
 解り合った様な二人を見ながら、クロノはしばし事態を理解するのに時間を要した。

 
 

「ロラン君、君からは何か質問は無いのかい?」
 来るべきときが来た。そう思いながらロランは語りだす。
「あっ、はい。えっと、あの『闇の書』という本から、
 僕のいた正暦で戦った『ターンX』と同じ感覚を感じたんです」
「「ターンX?」」
 名前から『ターンA』に関係することは解るが、それだけでしかない。
「『ターンX』は『ターンA』の兄弟機で、
 『ターンA』と同様にナノマシンで構成されたモビルスーツなんです。
 確かに一度消滅したはずなんですが、
 それでも『闇の書』を見た瞬間に『ターンX』を初めて見た時と同じ悪寒がしたんです」
 クロノはロランの言いたいことを先取りする。
「つまり、破壊したはずの『ターンX』のナノマシンが『ターンA』と同様に時空転移をして、
 それが『闇の書』に影響していると?」
 詳しくはわかりませんけど、と前置きしてロランは続ける。
「『ターンX』のナノマシンは自己増殖とアーキテクスチャ書き換えに特化しているんです。
 それこそ周囲のナノマシンのみならず、機械なら何でも自らの一部として取り込んでしまう。
『闇の書』のことを詳しくは知りませんが、
 あれが機械なら『ターンX』が介入してもおかしくないと思います」
 そこまで聞くと考え込んでしまうクロノ。
 筋は通っていなくはないが、その前に大事な点があることに気づいた。
「ロラン。どうして君はその『ターンX』のことを感じられたんだ。
 君が『ターンA』のパイロットであることと関係があるのか?」
 個人の感覚に理由を求めるのは少し酷だと思いつつも、クロノは尋ねる。
「多分、僕が『ターンA』に乗っていなければわからなかったと思いますけど…。
 客観的に見れば曖昧なのは解りますが、
 この感じは確かに『ターンX』なんです。永遠を求める傲慢な意志を感じるんです!」
 思わず叫んでしまったが、その叫びはクロノとグレアムに共通の反応をもたらした。
「「永遠を求める?」」
 ロランは説明する。二機のターンタイプのモビルスーツが生まれた経緯を。
 そして時代の揺り戻しに従い、人類が再びやり直すために生まれた『ターンA』と
時代の揺り戻しを否定し、人類の智を永遠に繋ぐために生まれた『ターンX』が戦い、
結果として地球の文明が滅んだことを…。

 
 

「『闇の書』もまた永遠を求める。その『闇の書』と『ターンX』が出会うのも必然ということか」
 グレアムの呟きにクロノも同意する。
「『ターンA』のことを考えれば『ターンX』が『闇の書』に
 何らかの影響を与えていても不思議ではないけど…」
 二人が理解を示してくれたことにロランは安堵したが、その後のグレアムの言葉は完全に予想外だった。
「クロノ。『闇の書』の捜索担当は君達の管轄になったと聞いた。
 そこでロラン・セアック君を特別に捜査班に加えてくれないか?」
「な、何ですって!?」
「ロラン君もそれを望んでいるんだろう?違うかね、ロラン君」
「あっ、は、はい!でもどうして」
「提督!ロランは魔導師でも無く、しかも時空遭難者ですよ!そんなロランを事件に巻き込むなんて…」
 納得する以前の問題だと反論するクロノ。魔力を持たない時空遭難者。
 相手はベルカ式の魔法を駆使する騎士。
 一体何の役に立つというのか…。
「ロランに一体何をさせようと言うのですか…ってまさか!」
「そう、相手は『闇の書』だ。切り札は多いに越したことがない」
 ロランはその会話で自分がするべきことを理解した。
「つまり、『ターンA』で僕に戦えということですか」
「簡潔に言えばそうなる。『ターンA』が復活するまではアースラクルーと行動を共にし、
 復活次第彼らの元で整備と調整を行ってほしい」
「提督!『ターンA』の性能はまだ未知数です。それに魔導師相手にあの大きさで戦力になるかどうか!」
「やってみなくてはわからないだろう。なんなら私の権限で命令しようか、クロノ?」
「くっ…。解りました」
 強引とも言えるやり方だったが、クロノは反論するのをやめた。
 彼個人がグレアムに抱く尊敬の念のせいでもあったが、
心のどこかで『ターンA』に期待する自分に気づいたからだ。
 一方ロランは自分が成すべきことを反芻していた。
そのためにグレアムの顔をよく見ることができていなかった。

 
 

「それでは失礼します」
 クロノとロランが出て行った部屋でグレアムは一人ごちた。
「私も随分あざとい手段を使う。
 だが不確定要素を使ってより良い結果が出せるならば、それを躊躇う必要は無い。
 …アリア、ロッテ、頼むぞ」

 
 

 ミーティングルームは若干の混乱を呈していた。
 魔導師襲撃事件の解決のために、
事件の中心地であるなのはが暮らす世界に臨時の捜査本部を置くことになったのだが、
そのメンバーの中にロラン・セアックの名前があったからだ。
 混乱の表情を浮かべるクルーにリンディは、エイミィに事の詳細を配布させながら答えた。
「なお、グレアム提督の推薦によって今回特別に
 ロラン・セアックさんにも捜査に参加してもらうことになりました。ロラン君、一言挨拶を」
 リンディに促され、ロランは大きく息を吸った。
「ロラン・セアックです。アースラの皆さんに助けられた恩返しができればと思っています。
 どうか皆さん、よろしくお願いします」
 そしてミーティングルームの中は拍手で埋まる。
 それはロランが戦力として役立つかどうかという価値基準ではなく、
彼の人格によって送られた拍手だった。
 その拍手を聞きながら、ロランは『ターンA』の復活を待ち望んでいる自分に気づいた。
(僕は戦いたがっているのか…。でも、これで終わらせる)