機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第03話

Last-modified: 2008-06-18 (水) 01:04:27

 満身創痍のその身に出しうる全力でオーブ沖を離脱し、ひとまず安全圏だと思われる海域まで達したところで、ミネルバはその船足を止めた。
戦闘と離脱が最優先であった為に後回しにしておかざるを得なかった、各所の被害状況の確認と、その応急対応の為だ。
無論のこと、未だにコンディション・レベルはイエローを維持したままで、インパルスとザク2機は甲板上でそのまま警戒態勢を保っている。
そしてミネルバの後方上空には「マフティー」のMS隊が、後方を警戒してミネルバを守る態勢で飛行している。
必然、お互いに〝観察のし合い〟をする格好になっていた。

 

 そんな状況の中、ミネルバの艦橋内では停船を命令しようとするタリアに対して、「マフティー」などと言う〝得体の知れない〟部隊に接触されている状況で?

 

 と、副長のアーサーが懸念を口にする。
だが、そんな彼にタリアは落ち着いて言う。

 

「アーサー、だからと言ってダメコンをこれ以上は先延ばしには出来ないでしょう?それに、〝彼ら〟のことも今更気にしたところで始まらないわよ」

 

 あの馬鹿げた戦闘能力をもってすれば今のこのミネルバとて容易に撃沈できるだろうし、また何かの謀略にしては地球連合軍の被った損害が大き過ぎる。
確かに、前大戦のアラスカ―JOSH-Aの様な事例も無いではないが、多少の〝戦略的、政治的感覚〟があれば、今それをやる価値も必然性もない(むしろ味方に引き入れようとするオーブの鼻先でそれをやるなど、逆効果でしかない)のは容易に判ることであるし、第一、幾らなんでもこのミネルバ一隻に対してそんな大規模な謀略を仕掛ける意味はない筈だ。

 

 よって、彼ら「マフティー」なる〝正体不明〟の部隊は敵ではない。
……少なくとも、当面は。
故に、ならばむしろここでその正体をつきとめる為の接触を試みておくべきだと判断し、タリアは「マフティー」に対しての発信を命ずる。

 

 文面は、
『貴隊の援護に感謝す。願わくば指揮官のご尊名をうかがいたし。ザフト軍強襲揚陸戦艦ミネルバ艦長、タリア・グラディス』

 
 

 ミネルバなる艦からの入電を受け、「マフティー」側もΞガンダムと1ギャルセゾン(及び同機上のメッサー2機)の間の接触回線で手短な協議を行い、Ξが返信する。

 

『ザフト軍艦ミネルバへ、貴艦の奮戦に敬意を表す。被害対応への支援の要はありや?反地球連邦組織「マフティー」主導者、マフティー・ナビーユ・エリン』

 

 メイリンの読み上げる「マフティー」からの返信文の中に、タリアは一カ所引っかかりを覚える。

 

「地球〝連邦〟と言ったの?…地球〝連合〟の間違いではなくて?」
「はい、はっきりとそう言ってきています」

 

 頷くメイリンに、タリアは先程の戦闘中の際の最初の入電はどうだったのかを確認する。

 

「そ、それが……」

 

 と、最初に通信を受けた際にはノイズが入り、「地球連」以下の部分が明確には聞き取れなかったんですと、謝るメイリン。

 

「いいわ、状況を考えればそれはミスとは言えないでしょう」

 

 叱責に値するものではないとメイリンをなだめ、タリアはしばし黙考する。
そうして、再び「マフティー」への通信を入れさせた。

 

『ミネルバより、反地球〝連合〟組織「マフティー」へ。ご好意感謝す、なれど応急支援の要まではあらず。願わくば、本艦にて貴下らとの会談を要望されたい』

 

 ただし、今度は発光信号で。

 

 一方のハサウェイ達の方も、「地球〝連合〟」と言う単語には思わず顔を見合わせていたが、発光信号に切り替えてきたミネルバなる艦の意図も察せられたし、また彼らに取っても状況確認の意味では接触の必要性はどのみちあった為、同じく発光信号で応諾の意志を伝えることにした。

 

『了解した。着艦場所を指示されたい』

 
 

 「マフティー」側の承諾を得て、ミネルバは着艦受け入れの用意にかかり出す。
甲板上には兵員が姿を現すと、手振りで誘導の合図を送り始める。
着艦場所に指定されたのは、両舷の主砲の後方にそれぞれ延びるフライトデッキと、艦橋の後方直下のフライトデッキの三カ所だった。
流石にいきなり艦内に収容するようなことはしないが、もし決裂にでもなったら~と言うのを考えた場合、ミネルバ側が著しく不利になる様な位置関係でもあり、信を置いてみせる、と言う意味ではなかなかに絶妙な配置ではあった。
 そして、その意味合いも含めて先に甲板上の3機の自艦MS隊の収容を行うミネルバ。
「マフティー」側は短く協議し、2、4ギャルセゾンはそれぞれ左右の主砲後方のデッキへ、1ギャルセゾンとΞガンダムは艦橋直下のデッキへと降り、ハサウェイとイラムの二人がミネルバ側との会談に臨むこととした。

 
 

 左舷カタパルトはザムザザーの攻撃により損傷していた為、右舷側のカタパルトデッキのみで順番に収容が行われ、最後に帰艦したソードインパルスも整備ハンガーへと機体が固定されて、VPS装甲をディアクティブモードに落とすシン。
艦載MS隊の帰艦に加えて、凄い〝ゲスト〟まで降りてくることが決まって、ハンガーデッキ内はより一層の喧噪に包まれていた。

 

「シン、お疲れさんな。凄かったぜ!」

 

 インパルスのコクピットハッチを開けたシンに声をかける整備員のヨウランやヴィーノ。

 

「凄いのは〝あいつら〟だよ……」

 

 シンは複雑な表情で応じる。いつもの彼らしくない言葉と態度だったが、ある意味ではそうなるのも当然と言うくらいにシン自身もまた、「マフティー」なる連中の手並みに圧倒されていたと言うことでもあった。

 

「シン!」

 

 インパルスのコクピットからハンガーデッキの床の上へと降りたってヘルメットを外したシンに、先に降りていた
ルナマリアが声を掛けてくる。

 

「なんとか、生き延びられたわね。正直、もう駄目かと思ったわよ…」

 

 ため息混じりに言うルナマリアだが、その口調にはやはり安堵の色が滲んでいた。

 

「ああ…」

 

そう頷き返すシンに、
「ほんとほんと、見てるこっちもハラハラしどおしだったよ……」

 

ヴィーノやヨウラン達もうんうんと頷く。

 

「ま、何にせよひとまずは何とかなった、その後も俺達の〝戦場〟だぞ。機付け担当を除いて、手すきの者は後部デッキへ行け!〝お客さん〟の相手をしなきゃならんからな」

 

 若い連中の会話を耳に挟んで、整備主任のマッド・エイブスがそう声をかけて来て、若い整備員達は慌てて補給用装備等を準備しながらハンガーデッキの外へと出て行き始める。

 

「あれ、レイは?」

 

 そんな友人たちの様子を見ながらシンは、もう一人の仲間の姿が見えないことに気が付いた。

 

「ああ、レイは艦長に呼ばれて先に艦尾デッキの方に向かったわよ」

 

 ルナマリアはそう教え、続けて誘った。

 

「ねえ、わたし達も行かない?」
「…そうだな」

 

 頷くシン。
確かに、降りてくることになった「マフティー」なる部隊が一体どんな連中なのかは、気になるところではあったし。
そうして二人もパイロットスーツ姿のまま、艦尾デッキの方へと小走りに向かったのだった。

 
 

 シンとルナマリアの二人が艦尾のフライトデッキに着くと、そこには既にグラディス艦長、アーサー副長以下のミネルバの幹部要員が集まって「マフティー」を出迎えているところだった。
 既に左右両舷の主砲トリスタン後方のフライトデッキにそれぞれ、各2機の量産機タイプのMSを載せた大型の空中機動飛翔体(グゥルとは違い有人機らしい)が着艦していて、最後に艦尾デッキへと残るもう1機を従えて、あの〝インパルスに似た〟デザインのMSが降りて来ていた。
シュルシュルと言う聞き慣れない音―ミノフスキー・クラフト独特の駆動音(言うまでもなく、C.E.世界に初めて響く音でもある)―を僅かに立てながら、そのMSはミネルバのデッキ上に降り立った。
 佇立する逆三角形、と言う印象を受けるその機体を見上げて、ミネルバの乗員達は改めてその機体サイズの大きさに驚いていた。
ミネルバの艦体との対比でざっと目測したところでは、おおよそで22~3メートル前後の頭頂高であるように見えるが、やはり(この世界のMSの標準サイズである)全高18メートル級のインパルスやザクよりも、ふたまわり程大きいと言う印象は間違いではなかった様だ。
そしてやはり、両肩背面のビームサーベル一対や背部のウイングなど、機体全体のシルエットもフォースインパルスに似通っていると思わせるものだった。
 また、空中機動飛翔体上の量産機タイプの方も、ザクよりも一回り大きい頭頂高20メートル級の機体と見えたが、あんなサーカスまがいの戦闘機動が出来るのが驚きに思える様な、ぶ厚い装甲で鎧われた重MSと言う印象だ。
 そして眼前に着艦した空中機動飛翔体からタラップが降り、また〝インパルスもどき〟のMSの胸部―頭部形状を模しているようなデザインだ―装甲が開いて、そこから黒いパイロットスーツ姿が姿を現した。
両肩に黄色い矢のラインを配したそれらのパイロットスーツもやはり、公的に知られたどの勢力のものとも異なったデザインに見える。
空中機動飛翔体から降りて来た数人が、〝インパルスもどき〟からワイヤーで降りてくるパイロットを機体の下で迎え、その内の1人、浅黒い肌を持つ青年だけを従えて、そのパイロットが待ち受けるミネルバ幹部達の方へと近付いて来る。
グラディス艦長の眼前に立ち、バイザー上に羽を意匠化した金色のエンブレムを付けたヘルメットを外すと、二十代半ばと思われる東洋系の容貌の黒髪の青年の顔があった。

 
 

両者は敬礼を交わしながら名乗り合う。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです」
「ふ、副長のアーサー・トラインであります!」

 

「私はマフティー・ナビーユ・エリン。反地球連邦組織「マフティー」の指揮を執っています」
「同じく、参謀を務めるイラム・マサムです」

 

「会談に応じて頂き、感謝しますわ」

 

 お互いにいろいろと気になる処はありますが……と、微笑の下に滲ませながら言うタリア。
「マフティー」の側が目で頷くのを見て、タリアは後ろに控えているレイを促す。

 

「レイ・ザ・バレルであります。お二方をご案内致します」

 

 進み出て敬礼しながら言うパイロットスーツ姿の少年を見て、

 

(ここでも少年兵が……)

 

 と、ハサウェイとイラムは内心でだけ僅かに驚くが、すぐに微笑を作ってハサウェイ達はレイと言う少年に敬礼を返す。

 

「君が、あの白い〝ザク〟のパイロットかな?」

 

 と、表情を和らげながら言うハサウェイに、言われたレイ本人のみならず脇でそれを聞いたアーサーらも驚きの表情を浮かべる。

 

「……何故、そう思われましたか?」

 

 窺うように聞き返してくるレイに、ハサウェイはそのパイロットスーツのカラーリングと、それと眼前のレイと言う少年の沈着冷静な態度と、白い〝ザク〟の戦いぶりが何となく重なって見えたのだと答えた。
 一瞬間を置いて、ほんの僅か―しかしはっきりと破顔するレイ(彼にしては珍しい反応である)。

 

「おっしゃる通りであります。先程は窮地への加勢を頂き、感謝致します」

 

 そうして、レイに先導されてミネルバの艦内へと消えて行くハサウェイとイラム。
ひとまずはそれを見送って、タリアは後ろに控えるエイブス整備主任に「マフティー」側への謝礼の気持ちとして、彼らのマシーンへの各種の補給を提供するようにと指示を出し、その場に残っている「マフティー」のスタッフ達がそれを聞いて頷くのを見て、敬礼してきびすを返す。
その間に船務要員らへの応急修理の指示を出し終えていたアーサーを伴って、タリアも「マフティー」の二人が待つ艦長公室へと向かった。

 
 

「まずは、あらためてご支援に感謝しますわ」

 

 互いに艦長公室へと落ち着いて、そう切り出すタリア。
彼女もアーサー副長を伴って、互いに二対二で「マフティー」側との会談に臨んでいた。

 

「貴隊の援護がなければ、こうして状況を切り抜けては来られなかったでしょう……」

 

 感謝の念ははっきりと滲ませながら、しかし、とタリアは話を本題へと向ける。

 

「あなた方「マフティー」と言う組織の存在を、今日この時になるまで全く知りませんでした。
 援護を頂いて目の当たりにした、あなた方の駆る〝超高性能MS〟にも驚きましたが、あれほどの機体を作り上げら
れる程の勢力の存在がこれまで全く知られていないと言うのが、不思議でなりません」

 

 じっと「マフティー」の二人を見ながら、タリアは続ける。

 

「また、あなた方が名乗られる、「反地球連邦組織」ですが、その〝地球連邦〟なる聞き慣れない名の組織は一体何でしょうか?
 地球連合を「世界安全保障条約機構」に発展させようとしている大西洋連邦の指導部辺りが、密かにその様な構想を実現に向かわせようとしているのでしょうか?」

 

 そして…と、タリアはある意味で〝一番肝心な事〟を尋ねた。

 

「あなた方は、コーディネーターなのですか?」

 

 普通に考えれば明らかに「言わずもがな」な事までも口にしているタリアだが、それはもちろんあえての事である。
彼女自身が〝直感的に〟彼ら「マフティー」なる眼前の存在に対しての〝異質感〟を覚えているが故に、その感覚正体を突きとめようと言うつもりだった。

 

 そしてこちらもまた、やはり状況を知ろうと、疑問があってもそれに対しては取りあえず口を挟まずに聞きに回っていた「マフティー」の側も、今度は自分達の方からも疑問を返す。

 

「我々も、その「地球連合」なる組織の名は初めて耳にしますが、それは一体どのような組織なのでしょうか?
 いや、そもそもそれ以前にこの艦が属していると言う「ザフト」なる〝武装組織〟の存在も知らなかったのですが?」

 

 そこまで言ったところで、ハサウェイよりも長くミネルバを観察し続けていたイラムが続ける。

 

「見慣れないデザインラインではあるが、この艦は明らかに両用宇宙戦闘艦で、〝ザク〟を使っている辺り、ネオ・ジオン系の勢力かとばかり思っていたのですが……「ザフト」と言う組織は、一体どの系統に属する組織なのですか?」

 

 イラムは更に続ける。

 

「また、〝大西洋連邦〟とは何のことですか?
 その名から推察するに、大西洋周辺の地域自治組織の様な名称ですが、地球連邦政府がそんな権限を与える下部組織を作ろうとしているなどと言う情報には接したことがない」

 

 一応は黙って聞きに回ってはいたアーサーも、続けてイラムが口にした一言、

 

「そして、コーディネーターとは……なんですか?」

 

 には流石に堪えきれなくなって、思わず叫び返すかのように問い返した。

 

「ご冗談でしょう?〝ザク〟って言うMSのことは知っていながら、ザフトも地球連合も、コーディネーターも〝知らない〟ですって!?」

 

 そこへ口を開くハサウェイ。

 

「どうやら、お互いに微妙に会話が噛み合っていないようですね」

 

 頷くタリア。
それを見てハサウェイは、試みにある問いを投げてみる。

 

「〝今〟は、〝いつ〟でしたっけ?」
「〝いつ〟って、C.E.73年11月……」と言うアーサー副長の声と、淡々と「U.C.105年4月……」と言うイラムの声とが見事にハモり、次いでそれに気付いた艦長室内を沈黙が支配する……。

 

 と、まるでそれを破るかのようなタイミングで、タリアの手元の艦内電話が呼び出し音を立てる。
発信はデッキのエイブス整備主任からだった。

 

『艦長、「マフティー」さんのMSのことなんですが……』

 

 と言う前ふりに、タリアは電話機のスピーカーをONにし、エイブス主任の言葉が全員に聞こえるようにする。
そうして艦長室中に響いたエイブス主任の報告の続きは、タリアすらも驚かせるようなものだった。

 

『「マフティー」さんのMSは、バッテリー駆動〝じゃない〟そうなんですが……』

 
 

 ミネルバの甲板上では、エイブス整備主任の指揮のもと「マフティー」のMS隊への補給活動の準備が始められていた。
MSの動力源たるバッテリーの供給用延長ケーブルや、推進材補給用の延長ホース等を次々と甲板上へと引き出して行く、ミネルバの整備スタッフ達。ハサウェイに代わってΞガンダムのコクピットへ上がっていたエメラルダに、声をかけるヴィーノ。

 

「バッテリー(補給用の電源プラグ)挿入カバーを開けて下さーい!」

 

 そう言われたエメラルダの方は、U.C.の人間の感覚で、整備・補給時に使う機材等を取り付ける入出力ポートのカバーを解放する。それを見て、当然ながら困惑するC.E.の人間のヴィーノだったが、

 

「いや、こういう(点検用)のだけじゃなくて、メインのエネルギー供給口の方もですー!」

 

 と、そう言いながらもとりあえず、開けられたサブのポートから取り付けようとする。
……だが、どういうわけだか、取り付けようとするプラグは規格が全く合わなかった。
今回はマルチ型のアダプタを付けている(各勢力ごとに、規格が異なるのだが、投降・虜獲機や、各勢力を渡り歩く傭兵の機体などへの補給も出来るように、万能型のアダプタも在る程度は用意されており、今回はちゃんとそれを準備して補給にかかっていた)筈なのにと、当惑するヴィーノ。

 

「どうかしたのか?」

 

 と、そこにやって来たエイブス主任に対してヴィーノが説明していると、彼らの頭上のΞガンダムのコクピットから顔を出して、エメラルダは真顔で問いかけた。

 

「ねえ、〝MSにバッテリーを供給〟って、何の話なの?」

 

 彼女のその一言に、エイブスは(まさか!)と直感し、逆に思い至らないヴィーノの方は、

 

「えぇっ!?だってMSはバッテリーないと動かないじゃないですか!」

 

 と言ってしまい、エメラルダを吹き出させる。

 

「MSが?バッテリーで?面白い話じゃない」

 

 未だに意味が判らず当惑したままのヴィーノに向かって、エメラルダは流石に彼にも意味が判る(ただし、やはりエイブス主任同様の〝誤解〟もしたままではあるのだが)決定的な一言を口にした。

 

「〝エンジン〟は落としてないからね、エネルギーは外から貰わなくても大丈夫よ」

 

 驚愕に口をぽかんと開けるヴィーノ。

 

(核動力機だと!いや、あの戦闘力なら当然か……)

 

 と、そう、ある意味での納得はしながら、そのやりとりの肝を艦長公室のタリアに大急ぎで伝えるエイブス主任だった。

 
 

「エ、エンジンって!ユニウス条約はっ!?」

 

 思わずそう声を上げてしまうアーサー。
バッテリー駆動機〝ではない〟と、自らあっさりと認めた「マフティー」の機体は、ユニウス条約違反(ニュートロンジャマーキャンセラー搭載機なのか!)と、そう〝理解〟してしまっては無理のない反応ではあろう。
 だが、ハサウェイ達にしてみれば、「何をそんなに驚いている」のか判らなかったし、ユニウス条約などと言う、彼らにとっては「聞いたこともない」ようなものの名を持ち出されても「?」でしかなく、
当然の帰結として「ユニウス条約……なんですか、それは?」
そう尋ね返すしかなかった。

 

「『ユニウス条約』は、昨年のC.E.72年に、前大戦の始まりとなった『血のバレンタイン』の悲劇の舞台となったコロニー〝ユニウス・セブン〟の跡地にて調印された、プラントと地球連合の間に結ばれた和平条約のことです……」

 

 今度もまたアーサーが感情が先走らせて口を開くその前に、タリアが先に淡々とした口調で「マフティー」の二人の為に説明をし始める。
そして彼女の説明は、核分裂反応を阻害するニュートロンジャマーと、更にそれを打ち消すニュートロンジャマーキャンセラーのことへと進んで行った。

 

「……あなた方の機体のあの驚異的な戦闘力の高さも、核動力機だからなのだと聞けば納得も行きますが、現在は厳しい監視下にある筈のそれを、〝非政府系の勢力〟がどうやって、それも多数を手に入れたのですか?」

 

 しかし、タリアの側からすれば当然のその疑問も、ハサウェイ達の側からすればむしろ疑問を増やしただけだった。

 

「申しわけないのですが、お話下さっていることの趣旨が掴めません。
 何故、今更〝核分裂〟などと言う〝前時代の低効率な〟エンジンをわざわざ用いるのですか?MSのエンジン用の核融合炉は既に充分な技術的蓄積がなされているじゃないですか?」

 

 そう言うイラムの言葉に、今度ばかりは流石のタリアが絶句した。

 

「か、核融合っ!?MS用のミニサイズの物を完成させたって言うんですかッ!!」

 

 と言う、アーサーの驚愕の叫びを制止するのを忘れたくらいにだ。
そこへ「イラム」と、響くハサウェイの冷静な声。
当のイラムのみならず、タリアとアーサーの視線をも浴びながら続けるハサウェイ。

 

「信じ難いことだが、我々が今いる〝ここ〟は、我々のいた世界ではないのかも知れない」

 

 そう口にしながらハサウェイの中の冷静な部分は、そうしていられるのはその〝直感的な理解〟に対して、感情面の方は周回遅れで付いてきていないからに過ぎないだけなのだと自覚をしてもいた。

 

「どういうことです?」

 

 異口同音に聞き返すイラムとタリア。

 

「どういうことも何も、〝言葉の通り〟だとしか言いようがないのですよ…」

 

 と、タリアに向けての言い方で言葉を返すハサウェイ。
今度は言う対象をイラムに変えて続ける。

 

「そうだとすれば、我々が〝あの現象〟に遭遇してからこちら、ずっと感じ続けて来た様々な〝奇妙な状況〟についても納得が行くんだ」
「何ですって!?そんな事が……」

 

 信じ難いと言う声のイラムに対してハサウェイは、更に言う。

 

「イラム、さっき〝今日はいつ?〟かを尋ねた時に、副長は何と答えた?C.E.と言う〝聞いたこともない暦〟で73年、
そして〝11月〟だと」

 

 ハッとするイラム。

 

「〝あの雲〟の中に包まれて、気が付いたら我々は夜に逆戻りした遠い海域へと移動していた。夜空の月の形も明らかに変わっていたな?
 ミノフスキー粒子が無いのも、我々が見たこともないMSや艦艇だらけなのも、耳慣れない名称ばかり聞くのも、そうだとするなら全てが符号するんだ」

 

 そんな二人のやりとりを黙って聞いていたタリアは、またまた口を開きそうな傍らのアーサーを、黙って聞けと目
で制していた。
そしてイラム参謀もマフティー隊長の言葉に首肯するのを見て口を開く。

 

「にわかには信じ難いお話ですわね……ですが、確かにあなた方の駆るMSの驚異的な姿をこの目で直に目撃してしまったからには、流石に一笑にはふせませんわ。よろしければあなた方の〝これまでの状況〟をお聞かせ願えませんか?」

 

 そう水を向けられて、ハサウェイとイラムは彼らが置かれた昨夜からこれまでに至る状況の経緯を語り始めた。

 

「……では、その〝不思議な雲〟に呑み込まれて、気が付いたときにはバンダ海からソロモン海へと転移していたと、そういうことですか?」

 

 と、確認するタリアに頷き、イラムは彼らの〝本来の作戦予定〟である、オーストラリア大陸はオエンベリへの偵察飛行のことを語り始める。
それを聞いてアーサーが(彼にしては?)気を利かせて卓上の戦術データ・ディスプレイを起動させ、オーストラリア大陸とその周辺の―彼らが今居るソロモン海域も含む地図を3Dホログラフ上に映し出す。

 

「〝オエンベリ〟……ええと、オエンペリのことですよね?」

 

 そう言いながらコンソールを操作して、ホログラフが描き出す地図を、オーストラリア大陸のみの拡大表示へと切り替える。
そうしてクローズアップされたオーストラリア大陸の地図を見て、驚きの表情になるハサウェイとイラム。

 

「〝シドニー湾〟がない……」

 

 そう異口同音に呟いた二人の声を耳にして、アーサーは、

 

「シドニー湾?ありますよ?……ほら」

 

 と、言いながら更にシドニー周辺のクローズアップへと切り替える。

 

「ああ、いや……」と、苦笑して、淡々とU.C.での〝史実〟である一年戦争の経緯を語って行くイラム。

 

 彼らの言う〝シドニー湾〟とは、一年戦争劈頭のコロニー落としによって地球上に落着したスペースコロニー、アイランド・イフィッシュの激突によって巨大なクレーター湾と化した旧シドニー周辺の通称のことであり、アーサーが見せてくれた地図によって、彼らは一年戦争以前のオーストラリア大陸〝本来の地形〟と言うものを見たことにもなったわけである……。
そうしてイラムが語り終えて後、しばしの沈黙が艦長公室内を支配していた。
少し互いの話を聞いただけでも、二つの世界の歴史は驚くほどに似通った流れをみせていた……。
 やがて、タリアが沈黙を破って問うた。

 

「それで、〝今後〟はどうなさるおつもりなのですか?」

 

 黙考するハサウェイとイラム。
〝ここ〟が異世界であることは、どうやら間違いないことだと信じるしかなさそうだが、どうやら自分達は―知らぬことであったとは言え、〝事実誤認〟からこの世界の〝最大勢力〟にいきなり敵対してしまったらしい。

 

「やはり、取りあえずはオーストラリアに向かうしかないと思う。」

 

 ハサウェイはそう言った。
幾ら理性では理解していても、感情はやはり別であり、どうしても自分達の目で直に〝目的地〟を見て、確かめてみなければ本当の意味での納得はしない筈だと。
そこでタリアは自分の方から、〝この世界〟における「オーストラリア大陸とその周辺の状況」を説明し、自軍の基地であるカーペンタリアへの同行を、「マフティー」側に提案する。
 ハサウェイとイラムは短い協議の上で、共に考えの一致を確かめてその提案を受諾し、ヴァリアントとシーラックへ2、4ギャルセゾンをいったん戻して、ミネルバへの合流を指示し、更にミネルバ側との会談を継続する。
やがてその2隻も合流し、ミネルバと「マフティー」の両者は当面の協議と情報交換を続けながら、一路カーペンタリアへと航行して行くのだった。