機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第08話

Last-modified: 2008-10-15 (水) 23:01:16

ミネルバは白昼のペルシャ湾奥部海域を航行していた。
ティグリスとユーフラテス、古代の都市国家文明を育んだ両大河の河口付近に建設されたマハムール基地はもう、指呼の間だ。

 

既にマハムール基地の勢力圏内に入り、基地の航空機やMSからの接触も数次に渡って受けており、
伴走者をその初頭で失って以来、長い一人旅を続けて来たミネルバに張り詰めていた緊張感も、ようやく和らぎを見せ始めていた。

 

インド洋東端での地球連合軍との遭遇戦の後、事後処理に時間を割く事を余儀なくされ、その分マハムール基地にも当初の見込みよりも数日遅れの到着となっていた。

 
 

『お世話になりました』
そう口々に礼を述べながら、元ニーラゴンゴ空戦隊のMS計8機がミネルバに先行してマハムール基地入りすべく、次々と両舷カタパルトから射出され、飛び去って行く。

 

母艦を失った彼らだったが、元々がマハムールへの増援として輸送される間のニーラゴンゴ配属であった為に、
カーペンタリアへは戻らずに、ミネルバに世話になってここまで輸送されて来ていたのだった。

 

流石にマフティーの各機まで収容している現在のミネルバには、いささかスペース的には苦しい部分もありはしたのだが、
マフティー側も、整備を終えた、もしくは待ちの機体はギャルセゾンの機上に載せておく等の空間を詰める協力をして、どうにか露天繋止せずでの収容を可能にしていたのである。

 

8機の臨時のお客さんがようやく去って、壁際のキャットワーク上から空間余裕を取り戻した――容積的な意味と言うよりは、多分に心理的・感覚的な意味合いでだが――ハンガーデッキ内を見渡して、一つ頷くエイブス整備主任。
やはり、落ち着いて作業を行うにはこれくらいの〝広さ〟が欲しいよなと、彼は内心でそうひとりごちた。

 

エイブスの足下にはMS整備用ベッドごと横倒しに寝かされた、セイバーガンダムの鉄灰色の巨体があった。

 

出航半日後の遭遇戦以降は、インド洋を横断する間中ずっと敵影は現れることもなく、8機もの友軍機が増えたせいで仕事も増える中ではありつつも、
かねてから計画していたセイバーガンダムの現地改修作業の方も無事に完了させる事が出来て、エイブスの機嫌はすこぶる良かった。

 

実はセイバーガンダムの改修が進んだのは、独断専行を問責されたシンが事後処理作業の後で反省室入りとなり、その間機体が空くインパルスガンダムは臨時にアスランに委ねられ、
セイバーガンダムは改修工事に専念させると言う措置が決められたおかげもあって、順調に行けたのだったが。

 

その為、その間の哨戒飛行や訓練飛行には、アスラン――を主に、時にはレイやルナマリアもだが――がコアスプレンダーに乗って発進して行くと言う光景が見られていた。

 

マハムール入港後は、現地の友軍に協力しての作戦行動のいずれかが決まる筈だが、
その前にザラ隊長には改修なったセイバーガンダムを返す事が出来ると言うわけで、エイブス自身にも安堵の思いはあったのだった。

 

「エイブス主任、一通りチェックは終わりましたが、満足行く出来ばえです。感謝します」
セイバーガンダムのコクピットに入って、機体のメイン・コンピューターを立ち上げて改修なった機体のチェックを行っていたアスランが、そこから姿を現して声をかけて寄越す。

 

「早く、実際に動かしてみたくなりました」
そう口にするアスランの表情にも、満足そうな思いは素直に現れていた。
「そう言って頂けると、こちらとしても嬉しいですね」
自分の方も満足そうに頷いたエイブスだったが、一転して複雑な表情を浮かべて言う。
「まあ、それが出来たのが……と言うのは、正直複雑な気分ではあるんですがね」

 

その意味するところに気が付いて頷くアスランは、続いたエイブスの問いに、こちらも複雑な表情になる。
「シンの様子はどうですか?」
「未だに〝抜け殻〟と言うか、何をしていても半ば上の空と言う感じですね」
流石にもう反省室からは出されていたが、シンのMS搭乗禁止措置そのものはマハムール基地入港までの間は継続の予定だった。

 

「すみませんでした……」
反省室から出される瞬間に立ち会ったアスランに対して、普段の向こう気はどこへやらと言った感じに見るからに消沈しきった様子のシンは、消え入りそうな声でそう言って自ら頭を下げて来た。

 

その表情もさる事ながら、それまでのシンが見せていた目の奥のギラつく様な強い光が失われていた事に、アスランは驚いたものだ。
良くも悪くも、彼を彼たらしめていると言っても良いだろうそれが失われた姿は、流石に気がかりな想いを呼ばずにはいられないものだった。

 

一番の当事者たるシン自身はもちろんの事なのだが、インド洋での会戦後に〝現場〟での事後処理を行う事が、今次の戦争が軍人としては初陣と言う若い隊員がほとんどのミネルバのクルー達に与えた影響は決して小さくはなかった。

 

戦争に巻き込まれた、前進基地の造られていた島の住民達の犠牲や証言はもちろんの事、
破壊された基地の中から回収された、敵である地球軍兵士達のその想いの断片を記した〝遺品〟の数々の存在を目にして、
「戦争」とは何なのか? 自分達が戦っている「敵」とは何か?
その様な事を身を持って考えさせられるきっかけともなっていたのだった。

 

「ウチの若い奴らもそうみたいですね。マフティーさんの人達にもそんな話をしていましたっけ……」
ジュリアやメッサーのパイロット達、身近な若い年長者達にそんな疑問と想いをぶつけていたヴィーノやヨウラン達の姿を思い浮かべながら言うエイブス。

 

これも結果論ではあるが、アスランがミネルバに来た当初に感じ、どこか心に引っ掛かかってもいた、
ミネルバ全体に感じられていた「若さ故の無意識的な軽薄さ」とでも言うべき雰囲気は、この一件を通してすっかり払拭された様に感じられた。

 

果たしてそれが彼らにとって良い事であったのか、そうではなかったのかはまだ判らないが、
デュランダル議長やハサウェイ達から示された、そしてアスラン自身もそう願っている〝その先〟へと繋がる、一里塚としての意味合いは間違いなく有していそうではあった。

 

「それにしても……」
と、エイブスはしみじみと言う風に呟いた。
「政治的な難しい話に関しては余りあれこれは言えませんがね、ウチの若い連中にとってもマフティーさん達がいてくれるって言うのは、本当にありがたい事だなと思いますよ」

 

フェイスの貴方にこんな事を申し上げるのも失礼な話かも知れませんがね……。
そう続けるエイブスに、アスランは黙って頷いて謹聴の姿勢を取る。

 

「前大戦の〝英雄〟でいらっしゃるザラ隊長とて、まだお若い方でしょう?
何もウチだけに限った話じゃ無しに、本来ならそうやって若い奴らを導く中堅から若手の世代の連中がいなきゃならない筈なのに、〝我々〟にはそういう世代が極端に少ない……。
それも結局は前の大戦の余波ですわな。その穴を埋める為に、結局はああ言う〝まだ子供〟に近い連中を、当たり前の様に戦争に駆り出してしまっている」

 

〝大人〟としては、仕方がない事だとは割り切らなきゃならん立場なのかも知れませんがね、やっぱりどこか忸怩たる思いは拭えませんや……。
エイブスはそう嘆息気味に呟く。

 

偶然ながらマフティーの平均年齢は、その「空白の世代」を埋める位置に当たっていた。
単に軍隊として~と言うだけではなしに、正常な社会構成的な意味合いから考えても、そんな彼らが加わってくれた事の意義は大きかったと、そう思える。

 

「その辺りを考えてもね、出来るのならば戦争なんざ、やらん方がいいんです……」
そう、大人としての苦みを込めて一言呟くエイブスの言葉を、ただ黙って聞くしかないアスラン。
彼にしてみればその様な観点からも、政治指導者としての父らの過誤を実感させられもするのだった。

 

そんな事を考える自分自身だとて、〝未熟な者〟である事には大差ないであろうが、イザークから聞いた、デュランダル議長が前大戦時のイザークらの過誤を擁護してくれたと言う言葉の意味合いが実感としても今は判る気がするし、
だからこそ暗にシンの事を気遣い、挽回のチャンスを与えてやって欲しいと言っているエイブス主任の想いもアスランには察せられた。

 

なので、彼の方もまた遠回しな言い方ながら、エイブスに対して首肯してみせた。
「なまじ個人の能力に優れる、あるいはそう信じているが故に独断専行に走りがちな傾向がある。これはザフト――ひいては我々コーディネーター全体に漂う悪癖である様です。
しかも、極端な成果主義がそれを助長し、結果が成功であったならばそれで良いと、分析や反省を軽視しがちなきらいも見えます。
そう言った「背景」がある中での〝未熟な個人〟の一度の失敗で、全てを断じてしまうと言うのもまた、極端の逆返しと言うものではないでしょうか?」
そう言うアスランに、エイブスは黙ったまま僅かに相好を崩して頷いた。

 

その話題はそこで終えて、二人はそのまましばし改修に関しての会話へと移って行った。
元々、メカニカルエンジニア的な分野には適性も指向もあるアスランだけに、いざ話す様になってみるとその分野のベテランであるエイブスとは年齢差も感じずに、なかなか馬が合っていたりもするのだった。

 

そうしてしばし楽しめる気楽な会話を交わしていた所へ、ハンガー内に全艦一斉放送が響いた。

 

『艦橋より、全艦へ。本艦は間もなくマハムール基地に入港します。各科はそれぞれ、入港の準備へと移行して下さい。ザラ隊長、艦橋へ出頭願います』
メイリンからの各員への伝達を受け、ミネルバの各科は一斉に接岸・上陸の準備にかかり始める。
ハンガーデッキ内でもヨウランやヴィーノ達、整備兵が慌ただしく動き始めた。

 

「おっと、お呼び出しですね」
「ええ、それではここで」
二人は互いに敬礼を交わし合うと、それぞれ自分の持ち場にと戻って行った。

 
 

アスランが艦橋へと足を踏み入れると、そこにはグラディス艦長やアーサー副長、メイリンら艦橋スタッフと共に、ハサウェイ総帥とイラム参謀の二人も既に来ていた。

 

「待っていたわ、アスラン」
そう言ってタリアは、ハサウェイとイラムにマハムール基地入港後の現地司令部との会談についての相談を始めた。

 

未だ情報の公開レベルは限定されているとは言え、「同盟軍」として、ハサウェイ達にもマハムール基地での作戦会議にはぜひ出席して頂きたいと言うタリア。
アスランもそれについては全くの同感で、2人のフェイスが揃ってそういう意向で一致していれば、現地司令官がなんと言おうとも問題はないと言う事を確認する。

 

オーブ沖に続いて、インド洋での会戦での奮闘ぶりには「同盟軍」としてのその存在の実績としては既に十二分である様に感じられたが、
あともう一度、華々しい戦果を上げればいよいよ一般にも大っぴらに「マフティー」の存在を公表する事になるであろう。

 

現状ではまだ彼らの存在は一応機密事項の扱いである為、現地指揮官が頑迷な人物であった場合には、不本意ながら自分達の立場を振りかざす事も想定しておかねばと言うタリアの判断だった。

 

それを聞いて、先着していたハサウェイがカーペンタリアでの議長臨席の同盟文書調印式以来の総帥服姿である理由に、アスランは納得する。

 

「既にご確認はされていらっしゃる事かとは思いますが……」
と、タリアの話が一段落した所で、変わってアーサーが簡単な説明にかかっていた。

 

「我々がこれより入港するマハムール基地ですが、我が軍のジブラルタル基地と地中海を挟んでにらみ合う、地球連合軍のスエズ基地を牽制する目的で建設された前線拠点です」

 

一応はユーラシア連邦の領域と言う位置に建設された格好になっているマハムール基地だったが、
「ユーラシアの支配地域」と言うのはあくまで地図上・政治的主張上の話で、現状ではユーラシア連邦からの分離独立を目指す地域の人間達の反発も激しく、事実上は半ば無主の地の様相を呈していた。

 

そう言う情勢下で、彼らを支援しつつスエズを牽制――ジブラルタルとは挟撃の格好になるわけだし――する橋頭堡としてユーラシア連邦領内に食い込む形で建設されたのが、〝ザフト軍の〟マハムール基地であった。

 

プラント側には領土的野心はないと、デュランダル議長が重ねて強調している通り、積極的自衛権の行使すらも非常に慎重に、抑制的に行っているザフトであったが、
この地域の場合はもともとユーラシア連邦の側が強引に力で自国の領域へと組み入れたと言う経緯があった為に、そこから再び独立を取り戻そうと言う機運が出るのもしごく当然の話であり、
それらの動きを支援する為の拠点として――戦後には基地として整備した港湾設備をこの地域の共有財産として返還すると言う公約も出している――
ザフトが地球連合軍(ユーラシア連邦)から奪取したこの基地を、整備・拡充して居座る格好で代わって使用する事は、地域住民達からは現状受け入れられていたのである。

 

「海洋を制する者は世界を制する、だな……」
ぽつりと旧世界の学者マハンの唱えた戦略思想を記憶の片隅から掘り起こして呟くイラム。
それは、人類がその活動域を宇宙空間まで拡大したこの時代でも、なお命脈を保つ概念だった。

 

国力で劣るプラント側が取る戦略の基本は、友好的な各勢力の助力を得つつ制海権と沿岸を押さえ、地球連合の大戦力を内陸へと封じ込め、孤立させる。
大戦力も、その力を存分に発揮させない様な状況を作り上げる事さえできれば、局面局面ごとに互していけもするだろう。

 

コーディネーターとナチュラルの対立と言うイデオロギーの軸でもって戦争をしていた前大戦の状況下では絶対にありえない戦略でもあり、
前大戦とはそもそもが異質な今次の戦争(と呼んではいるが、実際に激戦は数える程しか交わされてもいないのだが)を展開している事の証左だと言えるかも知れない。

 

その意味では、彼らがオーブ沖では西太平洋、多島海でのインド洋と、地球連合軍の両方面艦隊に立て続けに大打撃を与える格好になった事は、
単なる戦術的な大勝利と言う話だけには止まらず、戦略面にすら大きな影響を与えるものになっていたと言えるだろう。

 

インド洋会戦においては、指揮官ネオ・ロアノーク大佐は空母以下の艦艇群全てを無事に連れ帰ってはいたものの、
地球連合軍全体を見た場合はやはり、それに先だっての西太平洋方面艦隊の〝消滅〝の大ダメージもまだ癒やすどころではないと言う状況でありながら、更に損害が上乗せされると言う格好であり、
太平洋西部からインド洋に至る広大な海域全てで、地球連合軍のプレゼンスなどはほとんどジョークへとなりかけていた。

 

この現状が、「大地球連合」体制とでも言うべき、地球連合主導の世界安全保障条約機構へと加盟を余儀なくされた赤道連合や汎ムスリム会議と言った諸勢力に与える心理的影響もまた、少なからざるものがあるだろう。
ザフトとしても、マフティーの存在の大きさを改めて実感すると共に、その加勢を受けられると言う〝嬉しすぎる誤算〝もあって得ている、この現状での自方に向いている流れをより確かなものと固められる様な戦略を、更に追求するべきであった。

 
 

マハムール基地の桟橋へとその巨体を接舷させ終えたミネルバからは、まず艦長のタリア以下の艦の首脳部が上陸し、出迎えのマハムール基地の幹部との顔合わせから始めて行く。
無論、「マフティーの軍服」姿のハサウェイとイラムも一緒だ。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです」
「副長のアーサー・トラインであります」
「特務隊、アスラン・ザラです」
艦長副長と共に、首脳部同士の作戦会議の為に降り立ったアスランが敬礼しながらそう名乗ると、
「アスラン・ザラ……?」
出迎えの将校達の先頭に立つ司令官が、ほんの僅かだけ驚きを浮かべた表情でそう呟き、彼の後ろに居並ぶ将兵達の間にも密やかな声での驚きの小波が広がった。

 

「はい」
しかしアスランは淡々とした表情のままそう首肯する。
その態度に司令官の方も僅かに相好を崩して応えた。
「いや、失礼した。マハムール基地指令官、ヨアヒム・ラドルです。遠路、お疲れさまです」

 

そうミネルバ首脳部の3人に声をかけ、ついで敬礼から降ろした手をタリアに差し出して握手を交わしながら、
ラドル司令官はその場にいるマハムール側の将兵全員の共有する疑問を代表質問する格好で、おもむろにタリアらの後ろに立つマフティーの2人へと視線を向ける。

 

「ところで、失礼ながらこちらの方々は? 見たところ我がザフトの同志では無い様ですが……」
明らかにザフトの物とは異なる――しかし、見たこともない様なデザインの軍服姿の青年2人。

 

単純に興味本意と言う事では無しに、気にするのは当然の事だったが、形式上、〝格上〟の存在と言う事になる彼ら自身に直に名乗らせるわけにはいかないと言う事で、代わって自ら紹介を行うタリア。
「ラドル司令官、ご紹介いたしますわ。カーペンタリアにて、デュランダル議長ご自身が会談に臨まれた上で同盟締結を要請された、「反地球連合組織マフティー・ナビーユ・エリン」の、ハサウェイ・ノア総帥と、イラム・マサム参謀です」

 

デュランダル議長自らが~と言う〝事実〟の紹介は、居並ぶマハムールの将兵達に対しては、名刺代わりとしては十二分だった。
そして立場上、(風聞に近いレベルのものも含めて、にはなるが)より機密にも触れられるラドル司令官や、その副官等マハムール基地の首脳部にはマフティーの存在そのものは伝わってもいた。

 

(彼らが〝噂〟の「謎の友軍」なのか……)
そんな内心の思いは全く表情に現す事もなく、ラドルは改めてハサウェイ達2人に向き合う。
「マフティーの方々の〝ご活躍〟はうかがっております。お会いできて光栄です、ノア総帥、マサム参謀。ようこそマハムール基地へ」
自らの方が下位と言う事で、先にハサウェイ達に対して敬礼しながら言うラドル。

 

「こちらこそ、ラドル司令官。今回は、我々も貴官らと共に戦わせて頂く。互いに力を合わせようではありませんか」
答礼しながら、あえて大仰な物言いで返し、握手の手を差し出すハサウェイだった。

 

そうして一通りの挨拶を済ませたかに思われた処で、ラドルはおもむろに呟いた。
「しかし、フェイスが3人にマフティーの方々までご参加とは……。今回の作戦に対しての議長のご決意は並々ならぬものがある様ですな」

 

(フェイスが〝3人〟…?)
ミネルバ側の5人は同時に共通の疑問を抱くが、その言葉の意味は直後に明かされたのだった。

 

「指令、この作戦への参加は命令ではなく、私の――そして我が隊全員の意志です」
そう言いながら進み出て来た、一人の青年がいた。

 

「議長から頂いた言葉は、ミネルバのフェイス達、それに頼もしき同盟者と共により良き世界を目指してくれと……それだけですよ」
アスランと同じ、ザフトレッドの軍服の胸元にフェイス徽章を付けたオレンジの髪の青年士官。

 

「特務隊フェイス所属、ハイネ・ヴェステンフルスだ」
そう名乗って、そのもう一人のフェイスは敬礼した。

 

「それでは、とりあえず本部の方でコーヒーでもいかがですか? こういう場所です。何もないが、豆だけは良い物が手に入りますのでね」
そうして今度こそ本当に一通りの顔合わせが済んだと言う事で、ラドルはミネルバ側を基地内へと誘う。
その良い意味での捌けた様子から、彼に対しては好感を抱くミネルバ側の面々だった。

 

ラドル本人とその副官に先導されて基地内へと歩き出すタリアとハサウェイ達。
その最後尾に立とうとするアスランに並びかけながら、気さくな感じで声を掛けて来るハイネ。
「アスラン・ザラ。復隊したって本当だったんだな。俺は前の大戦ではホーキンス隊でね、ヤキン・ドゥーエではすれ違ったかな?」

 

「……ええ、…………ヴェステンフルス隊長」
「ああ……、ハイネでいいよ?」
頷いた後、同格の相手に対して役職を付けて呼びかけたアスランに、ハイネはそう屈託無く言う。
「お互い堅苦しいのは抜きで行こうや。よろしく頼む」

 

マハムール基地司令部でもあるラドル隊に、宇宙から降りてきたハイネ隊以下の増援、そしてカーペンタリアから到着したミネルバ隊――指揮官鼎立と言う事情もあって、通常は隊長名を冠する部隊名は、例外的に母艦の艦名でもって呼ばれていた――
更に同盟軍のマフティーを加えての首脳陣による合同作戦会議は、マハムール基地本部棟内の会議室でコーヒーの香りに彩られつつ始まった。

 

案内されたテーブルは、そのままデータを投影表示するディスプレイとなっていて、ラドルの副官が付近の地図を出しながら現在の状況を説明し始める。

 
 

ジブラルタル基地とこのマハムール基地、ザフトの両拠点と睨み合っているのが、地球連合軍の一大根拠地であるスエズ基地だ。
ユーラシア大陸とアフリカ大陸とを繋ぐ位置に置かれたスエズ基地は、地球連合がこの地域の支配を行うにあたっての「扇の要」の位置にある、最重要拠点の内の一つだった。

 

地中海の西側の出口を閉塞するジブラルタル基地とは、前大戦の頃からずっと互いに目の上のたんこぶの様な存在であり、
実際に互いにそれぞれ攻略戦を仕掛け合ってもいたものの、どちらも敵軍の重厚な防御を崩せずに撤退を余儀なくされている。

 

その意味でも、今次の戦争においては開戦後も基本的には防衛的な軍事行動のみを採っているザフトが、数少ない例外の内の一つとして自分達の側からの積極的攻勢としてこの基地を奪取したのも、
スエズをカーペンタリア側の方面からも牽制し、東西から挟撃する態勢を作り上げると言う、戦略的な判断としてはしごく妥当なものだったと言えるだろう。

 

「もっとも、現状の我々のドクトリンから言えば、スエズへの直接攻撃と言うのはありえない選択肢でしょうが……」
やや苦笑気味にそう言って、自分自身は現在のプラント政府の方針に賛成である事を言外に示すラドル司令官だった。

 

「しかし、だからと言って彼らがやりたい放題にしているのをただ座視も出来ない。と、言う処でしょうか……」
そう続けたラドルは、続いてこの地域の状況についての説明へと移って行く。

 

万が一、スエズを失えば地球連合はユーラシア西部から北アフリカにかけての広大な地帯(地中海全域も含まれる)を実質的に切り取られる格好になるわけで、
その可能性の目を潰そうとなりふり構わないスエズ周辺地域への圧力を強めていた。

 

「いや、〝圧力〟と言う表現は生温いでしょうな……」
苦々しさを浮かべた声で言うラドル。

 

力による強引な支配と、一方的な搾取に遭っているこの地域の住民達の、圧制に対しての不満はとうに臨界点を超えていて、実際小競り合いは日常茶飯事となっている様だが、
地球軍はその圧倒的な武力でもってそれら全てを挽き潰して行くと言う、その繰り返しの構図だった。

 

「我々がここに居座っているのも、一つにはそれら地域住民達からの支援の要請に応じての事ですし、そうして行った軍事行動が結果的にスエズの力を削ぐ事に繋がれば良いと言う事ですな」
「成程……」
アーサーがそう呟きながら頷く。

 

「しかし、それは地球軍の側も良く判っている事です」
ラドルの副官がそう言って、現状での軍事作戦上の障害についてを説明し始めた。

 

「彼らはこの地域の重要拠点であるガルナハンの火力プラントを防衛する為に、こちらからの唯一の回廊となる峡谷の途上に堅固な要塞を築き、我が軍の動きはそれに封じられているのが現状です」
テーブル上のデータ投影装置にその前線の地形が浮かび上がる。

 

切り立った両崖の峡谷、その谷底が形作る一本の道。
マハムール基地側からの地球連合の実効支配地域への唯一の侵攻路となるこの回廊を見渡す高台に、地球軍はローエングリンの砲台を設置し、ザフトの突破を阻止していた。

 

(ローエングリン……地球軍側の「陽電子砲」の呼称か…)
そう内心で呟くイラムは、ある事を思い出して一人内心で苦笑する。

 

――この世界に来たばかりの時には、〝陽電子〟砲と言う名を聞いて
(自分達の世界でも実現していない反物質兵器を!?)
と、目を剥いたものだが、こちらの驚愕の反応に却って向こうの方が驚いたトライン副長が、すぐに実際を説明してくれたのだった。

 

「ああ、〝陽電子〟砲とは言いましても、本当に陽電子を生成していると言うのではないのですけれどもね」
苦笑混じりにそう説明するアーサーの話では、陽電子研究・実験のその過程で――本筋から言えば単なる失敗だったのだが、――怪我の功名とでも言うべき、
兵器への転用も可能な膨大なエネルギー発生(無論、本当の目標である対消滅反応による物には遠く及ばないレベルとは言え、現状では究極に近い)反応を偶然にも発見する事が出来た。
それ故に、景気付けとハッタリ気味にの両面から「〝陽電子〟砲」の呼称で呼ぶようになった……と、言う話だった。

 

無論、イメージ戦略もまた重要なものである以上、時として物事にはハッタリも必要であると言う事は当然の話だったが、
どうも彼ら異世界の人間が見た印象では、敵味方を問わず〝この世界のそれら〟は、全般的にどこか〝幼稚さ〟じみて感じさせられるものがあった。
無論、そう口に出して言う事は無かったのだが――

 

イラムが説明にはきちんと耳を傾けつつもそんな事を考えているとも知らずに、ラドルの副官は熱心にローエングリン砲台の脅威について力説していた。
「このローエングリンの砲台が設置されている位置は峡谷全体を射界に収められる場所で、通常は砲座ごと分厚い岩盤をくり抜いて造られた天然の防壁の中に格納されていて、ミサイル攻撃程度ではびくともしません」

 

イラムはよろしいか?と手を挙げ、尋ねる。
「そう言われるからには、既に攻略作戦は試みられていると言う事なのですね?」

 

副官は苦々しい表情を浮かべて頷いた。
「最初の威力偵察――この部隊も潰滅しましたが――も含めれば、既に三次に渡って攻略戦を挑みましたが、いずれも失敗に終わり、大損害を被って撃退されました」

 

「さて、そこなんですけどね」
代わってそう口にしたのはハイネだった。
「先程、ミサイル程度ではと言う話がありましたが、陸上戦艦が同行している筈なのに、その火力をもってしても敵要塞にはノーダメージと言う事ですか?」

 

ハイネの疑問はもっともで、この基地内にも滞泊している陸上戦艦の持つ大口径火砲を用いたとは言わなかった処にひっかかりを覚えたわけだ。
副官は頷いて答えた。
「いえ、無論の事、対要塞攻撃は陸上戦艦を主体として行います。しかし、地球軍にはローエングリン砲台に加え、恐るべき新型MAまでもがいるのです」

 

(MA?)
増援としてやって来た側の全員がそう思う中、副官はディスプレイ上に前回の攻略戦時に確認された、件の敵MAの姿を映し出す。
それは、昆虫を思わせる多脚型の胴体上にストライクダガーの上半身を生やしたと言う格好の、異形の機体だった――一言で言えば、悪趣味なデザインだと言うしかない。

 

しかし、その機体こそがガルナハン・ローエングリンゲート要塞を難攻不落たらしめている「無敵の盾」なのだと言う。
映像には、侵攻する陸上戦艦の主砲が叩き付ける猛火を全て、光の壁を発生させて防いでしまうそのMAの姿が映っていた。

 

「あ、あの時の!」
その光景を目にして、アーサーは思わずそう驚きの声を上げてしまい、ハイネやラドル達、オーブ沖海戦序盤での顛末を知らない者達に、
ミネルバがモニターしていた記録映像から、タンホイザーを防ぎきって見せたやはり同種の装備を持った地球軍の新世代型MAの事を説明する羽目になった。

 

まさか、ローエングリンと同じ原理の兵器であるタンホイザーを防ぐ事さえも出来るとは…。
「まさに最強の矛と盾か……」
その事実に一様に厳しい表情になる、ラドル達マハムール側の幹部達。

 

こちらもミネルバと、ハイネ隊らの移送を兼ねて初陣で地球上の支援にと(一時的に)降りて来てくれたミネルバ級の二番艦〝ディアナ〟と、タンホイザーを装備した最新鋭艦二隻が加勢に入ってくれ、
「陽電子砲」の門数では2対1で優位に立てたと思いきや、向こうには最強の兵器である「陽電子砲」を防ぐ事の出来る無敵の〝盾〟がいると言うのだ。

 

動けないローエングリン砲台に対して、こちらのタンホイザーは〝砲座〟が両用宇宙戦艦であるだけに自在に機動出来ると言う強みがある筈が、バリアーに守られた向こうと、ただかわすしかないこちらとが~と言う事では、あまりにも条件が違い過ぎる。

 

いったい、どうすれば良いのだ……?
そう深刻な表情で悩んでいるマハムール側の参謀役連の姿を、片や増援組側の面々は対照的な態度で眺めていた。

 

「つまり、我々MS隊としてはまず最優先にコイツを片付けねばならないと言う事になるわけだ」
淡々とした表情で言うのは、ハイネだった。

 

確かに、戦艦にとってはある意味非常にやっかいな敵だろうが、オーブ沖に姿を現したヤツに比べればコイツは明らかに防衛特化型の機体の様だし、図体が大きいだけに接近戦に持ち込めばMSの相手ではあるまい。
そう見て取ったハイネの思考は、むしろどうやってそこまで切り込むかの方がよっぽど難題だよな。と言う算段に移っていた。

 

自分自身と、隊の仲間達の技量に確かな自信(無論、過信ではない)を抱いているからこそのものであったのだが、そのハイネも、そこでマフティー側が切り出した疑問には軽い驚きの感情と共に、興味もひかれたのだった。

 

「成程、確かに地球軍側は地形を上手く利用してはいるが……」
何も正面からの力押しでの突破にこだわらずに、戦力を敵要塞の後背へ差し向けての奇襲挟撃など企図は?

 

そう問いかけるイラムに対して、一瞬の沈黙の後、いやに丁寧な口調で答えるラドル隊の参謀士官。
「無論のこと、それは真っ先に検討しました。しかし、向こうもそれは当然警戒して監視を怠らない。偵察結果からもそれは明らかです」
――その一瞬の沈黙の間だけ、そんな事も想像付かないのか? これだから愚鈍なナチュラルは!
と言う無意識が顔をのぞかせていた。

 

イラムもハサウェイもしかし、それを察しても別段気分を害するでも無く泰然としていた。
確かに、この質問に対してならば、例えそれがナチュラル同士の間に交わされたものだったとしても、やはり同様な反応が返って来た事であろうから。
あえてそれを聞いたのも「ある目的」の為の事だったので、それで良かったのである。

 

「確かに、それを考えたい処ではあるのですが、敵の警戒エリアを避けて後背に回すにはMSの作戦行動半径ではとうてい足りませんし、かと言って母艦を共に動かしては隠密行動にはなりえません」
取りなす様にしてそう捕捉するラドル司令官。

 

「そうか、我々はガルナハンの後背側に降下するべきでしたか」
ラドルの言葉を引き取る様にして、いささか冗談めかしながらそう言うのはハイネの隣に座っていたディアナの艦長だ。

 

ハイネ隊と、数次のローエングリンゲート攻略戦による損耗戦力への補充となるゲイツオーカー、新鋭機バビ等の機体とパイロットを運んで来た最新鋭艦だったが、
その気がありさえすればそうして輸送降下ではなく、強襲作戦としての降下と、そのまま戦闘移行も可能だった――それが、惑星強襲揚陸戦艦として設計された、本来のミネルバ級の能力でもあるわけだったし。

 

言われたラドルの方も苦笑しつつ、頭を振った。
「実は、ハイネ隊が貴艦と共にいらっしゃると言う知らせを受けた際にはそれも考えまして、国防軍本部にもその旨の打診は試みはしたのですが……しかし、本部からの回答は『不許可』でした」

 

そう言ってラドルは、そこでその目線をタリア以下のミネルバ側の方へと向けた。
「いや、現状のプラントの政治方針自体は正しいと私は思っておりますし、我々ザフトの戦略もその条件下でもって決定されるべきなのも当然の事。
それに照らせば、その回答も予測出来た事ではあるのですが……」

 

しかし、と言ってラドルは別の視点からの思いもまた口にする。
「ただ、同時に現場の多くの将兵達の命を預かる立場の者としては、やはりその〝正しさ〟故にむざと犠牲を増やすと言う事もまた、避けたいものではあります」

 

立場故の複雑な思いを覗かせるラドルに、ハイネ達もミネルバ側も一様に頷いていた。
(成程、純粋な戦術的指揮官としての彼の手腕の巧稚はまだ未知数だが、政治的な視野まで含めてのこの〝複雑な地域〟の司令官を務めさせるには、相応しい人物かも知れない)
それが現状の彼ら増援組のラドルへの評価だった。

 

そのラドルの考えを聞いた上で、イラムはあらためて口を開く。
「ラドル指令のお考えは良く判りました。我々マフティーとしてもそのお考えに賛同致しますが、それであれば尚の事、〝我々の存在〟はこの局面の打破に役立てるでしょう」

 

そう意味ありげに言うイラムに対して、ほう? と言う感じに、ラドルが興味深げに身を乗り出す一方で、
彼の参謀士官連はうろんげな様子を返して来る――やはり、先程のあえて投げた〝愚問〟が尾を引いている様だったが、むしろその様な反応こそが成算の手応えに繋がっていたのだった。

 

そこでマフティー側から提案された戦術プランと、それを裏付けるミネルバがその場に限って提供した彼らマフティーに関しての〝情報〟に、会議の席がどうなったのかに関しては……今更言うまでもないだろう。

 

かくして、第3次のローエングリンゲート攻略戦は、驚天動地・前代未聞の大作戦(後の戦争報道ニュースのあおり文句による)として展開される事に決定した。
果たして、その作戦とは?

 

とりあえず、その作戦を実行するにあたっての条件を整えられるか?と言う部分の可否を検討する為の時間を取ると言う事で、その場はとりあえずお開きとなったのだった。

 
 

シンはぼんやりとマハムール基地の一隅に佇んでいた。
少しばかり動かない大地を踏んで、自然の風でも吸って来いと言う、レイやマフティーの面々からの気遣いで、
彼もまた下船を許されて――と言うよりは半ばは追い立てられる様にして来て――いたのだった。

 

あの日からこちら、シンはずっと考え続ける日々を重ねて来ていた。
ルナマリアの、彼女のおかげで、文字通りに精神が深淵へと沈み込んで行く事だけは避けられる様にはなったものの、自分の犯してしまった過ちに対しての悔恨の想いは尽きなかった。

 

これまで自分自身を突き動かして来ていた、「理不尽への激しい怒り」の想いは、気付かぬ内に今度は自分自身がそれを振り撒く者となっていたと言う事実に直面して、完全に退嬰していた。
今のシンは、虚脱した抜け殻の様な状態だった……。

 

と、ぼんやりとうつむき加減にさまよい歩きをしていたシンは、不意に聞こえて来た子供達の声――本来なら、前線の基地の中で聞こえるのはおかしいもの――に気付いて顔を上げる。
その一角を見やると、着の身着のままの現地の子供達とおぼしき数人の少年達が、拳銃を持って〝練習〟でも試みようとしている様子だった。

 

後から思い出してみても、その時の自分のどこにそんな気力があったのか? どうしてそんなつもりになれたのか?
と言うのが本当に不思議でならないのだが、慣れない手つきで弾丸の入った本物の拳銃を扱うその様が実に危なっかしくて、気が付いたらシンはその少年達に声を掛けていた。

 

話を聞いてみるとその少年達はやはり、地球連合軍の圧制とそれに起因する紛争に生活を脅かされて、マハムール基地の近くにザフトが用意した難民キャンプへと逃れて来た、この地域の人々の子供達だった。

 

「ねえ、お兄さんザフトの軍人さんなんだろ? 俺達に銃の撃ち方を教えてくれよ」
そう、屈託無い声で頼んでくるその子供達。
「いざとなったら、母さんや姉ちゃん、弟妹達は俺らが自分で守んなきゃいけないからさ……」

 

口々にそう言う子供達に、シンは複雑な表情を浮かべた。
ここにも、あのインド洋の小島の人々と同じく、地球連合の圧制の犠牲者達がいる。
こんな小さな子供達が、本来守ってくれるべき人を殺され、残された大切な家族や友人達をせめて代わりに守りたいと、そんな悲壮な想いを固める事を強いられて。
嫌でも見えてしまうそんな現実に、憤りよりも哀しみの方をより強く感じさせられた。

 

「分かった。教えてやるよ。」
シンはそう言って子供達に頷いてみせる。
「えっ、本当かい?」
そう嬉しそうな顔で回りを囲んで来る少年達に向かって、シンは片膝立ちになって目線の高さを合わせながら語りかけた。

 

「ああ、教えてやる。だけど、一つだけ条件があるぜ。その約束を守れるんだったらだ?」
「約束?」
訝しがる子供達に向かって、シンは頷いた。
「扱い方も知らずに銃なんか持ったら危ないから、扱い方は教えてやるけどさ。でも、君らがそんな物を本当に使うのは駄目だ」

 

「えー?何でそんな事言うんだよ?意味分かんないじゃん」
一転してそう不満げな声を上げる子供達に向かって、シンは実際にセーフティーのかけ方や弾丸の入れ方から始めて、狙いの付け方までの流れを実演してやって見せながら言う。

 

「地球軍の連中はさ、ピストルで撃ったらMSで撃ち返して来かねないだろ? そんな奴らが相手じゃ、守るつもりでやったのが、却ってひどい事になりかねないじゃないか」
シンのその言葉に年長の子供達数人が黙ってうつむいた――どうやら実際にそういう目に遭って来るか、目にするかして来た様だった。
「だからさ、俺達がここに来てるんだよ。君らがそうやって戦わなくても済む様にさ。
な? だからさ、もうちょっとだけ辛抱してくれよ。必ず俺達ザフトが地球軍の奴らを追い出して、家に帰れる様にするからさ」

 

そう言い聞かせる様に言うシンに、すがるような目で子供達は尋ねて来る。
「……本当かい?」
ああ、必ずだ。シンが頷いてやると、子供達はぱあっと明るい表情になって更に言って来た。
「分かったよ……頼りにしてるからね、兄ちゃん」

 

素直なその言葉はしかし、シン自身には一瞬の内に重く、深く突き刺さっていたのだった。
自身の犯してしまった過ちに苦悩を抱えていて、自分はもうMSには乗れないかも?とさえ考えてしまっている今の彼には、子供達のその声に素直に応える事が出来ずに、シンは黙って立ち尽くしてしまう。

 

「大丈夫だ」
だが、そんなシンの姿に子供達が訝しみを覚える前に、横合いから新たな青年の声がした。
聞き覚えのあるその声にシンが顔を向けると、子供達に向かって微笑みの表情を浮かべて見せるアスランが立っていた。

 

「隊長……」
そう呟くシンの傍らへと歩み寄って来たアスランは、自分も子供達に向き合ってシンと並び掛け、その肩にぽんと手を置いて見せると子供達に語りかける。
「この彼もね、君達と同じ様な想いをして来てるんだ。だから、君達の気持ちが良く分かるのさ」

 

(隊長、アンタは……)
思いもかけないアスランの言葉に、シンは驚きを抱いたまま自分もまた黙ってその言葉の続きを聞いていた。
「だから、大丈夫だ。彼は君達がこれ以上自分と同じ様な思いをしなくても済む様に、君達がまた家に帰れる様にと、必ず頑張ってくれるから」

 

「そっか……。うん、分かった。頼むよ、兄ちゃん!」
アスランの言葉にそう納得の表情で頷いて、子供達は口々に〝シンに向かって〟そう言いながらキャンプへと戻って行った――その手に持つ拳銃にはもう、ちゃんとセーフティーをかける事を覚えて。
「悪かったか?邪魔をして」

 

子供達が視界から消えてから、シンに向かって詫びる様にアスランはそう言って寄越す。
「いえ……」
それに対してシンはそう答えるだけだった。

 

それきりしばし、沈黙が落ちる。
その後をどう切り出したらいいのか? いろいろと考えてしまって、シンは結局何も言えなかった。

 

「シン、新しい作戦が決まりそうだ」
それを破ってアスランはそう言った。
彼はあえて今、その事をシンに告げる事にしたのだ。

 

シンが先日の一件で大きな衝撃を受け、深い苦悩のただ中にいる事が判っているからこその事だった。
今の状況はシンにとっての大きな試練だったから。
彼は今、間違いなくある種の運命の岐路にと立っている状態だった――そしてそれはアスラン自身にとってもまた、覚えのあるものだった。

 

仮に、もしここで折れてしまうとしたならば、シンはもう二度とパイロットとしては戦えまい。
こればかりは自分自身で折り合いをつける以外、他者にはどうする事も出来ない。

 

「隊長……どうして俺に?」
意外だと言う表情で呟くシン。
また勝手な事をして、味方を犠牲にするかもしれない様な奴ですよ? それなのに……。
そう言外に尋ねて来るシンに対して、その目を正面から見据えてアスランは答えた。

 

「生憎だが、俺は君の〝想い〟をそんなに軽く見てはいない」
その言葉にシンはハッとした表情になった。
「隊長……」

 

「あの子達に言った事は、でまかせでも何でもない」
きっぱりとそう言うアスランは、覗き見するみたいで悪いとは思ったんだがな……と、苦笑気味に前置きしながら続ける。
「お前があの子達に自分から声をかけて、そして接していたその姿を見て、俺はお前が大丈夫だって事を確信したんだよ」

 

(って、また柄にもなく年長ぶってるけどな……)
表に出ている態度とは裏腹に、内心ではそう苦笑しているアスランだった。
本当は子供達に銃の扱い方を教えているシンの姿を見かけて、思わず「何してる!子供に銃なんか持たせるな!」と、飛び出し掛けてしまったのだ。

 

だが、偶然先にそこで様子を見ていたハイネがその前に彼を止めてくれ、自分が見ていた経緯をささやきながら黙ってちょっと様子を見てみろと言ってくれた。
そして事情を正しく飲み込んだアスランは、自身の未熟さ――早とちりや思い込み、あるいはシンへの先入観――を内心で猛省しつつ、
シンの為にあえて〝大人びた〟態度で接しに出て来ていたのだった。

 

確かにそれはある種の「虚像」であるには違いない。
しかし、今のシンはそれを必要としているのならば、あえてそう振る舞ってみもしようと、
まだ個々人のレベルでやっている事であるとは言え、時にはそういう「ふりでも~」が必要な時もあると言う、政治にも繋がる要素をアスランは徐々に理解し、また身に付け始めていると言う証左であったかも知れない。

 

そういう事は知らず――と言うか、シン自身にも気付く様な余裕も無かっただろうが――シンはアスランが示して来た自分への〝予想もしえなかった懐の深い態度〟にただ驚いていた。

 

「確かに、先日のお前は間違いを犯してしまったかも知れない……だが、それはそのやり方を間違えてしまったと言う事で、だからと言ってその原因となったお前の抱く想いそのものが、全て間違っていると言う事にはならないだろう?」
「……」
アスランの語りかける言葉を、シンは真剣な表情で黙って聞いている。

 

「大切なものを守りたくて、その為の〝力〟を求めて……。だけど、気が付いたらそうして手に入れた〝力〟で、今度は自分がそれで周りを踏みにじり、他の誰かを泣かせる者にいつの間にかなっていた……」
それが〝力〟を持つって言う事の恐さだよな。だからこそ、それを持つ者は、常にその事を忘れてはいけないんだ……。
訥々と語りかけるアスランの言葉を、うなずきこそしなかったものの、シンはただじっと聴き続けていた。

 

「君はもう、身を持ってその事を知り、学んだ筈だ。そんな今の君ならば……」
やり方を間違えさえしなければ、その想いはあの子達の様な〝かつての君〟の様な人達を救う為の、「正しい〝力〟の使い方」にだって、する事が出来るはずだ。

 

「隊長……」
彼はこんなにもちゃんと、自分の事も気にかけていてくれたのかと言う〝事実〟に、シンの胸の内には静かに、だが確かにわき上がるあたたかいものが小波を立てていた。

 

「どうするのかは、もちろんお前自身が決める事だから、決して強制はしない。……だが、俺はお前が大丈夫だと信じているからな、……待っているよ」
お前の力も必要なんだ。

 

アスランはシンの目を見ながらそう言うと、邪魔したなと、表情を崩して踵を返し、ミネルバの方へと去って行った。

 

夕陽の光により赤く染まったその背を見送りながら、シンはじっとその場に佇んでいた。
その顔には、明らかに今までの彼とは違う表情が浮かんでいた……。

 
 

シンの視界の範囲内から出てからすぐに、ふぅと一つ息をついたアスランを、拍手のポーズでハイネが出迎えた。
「上出来上出来、ちゃんと「隊長」をしてやれてたじゃないか? あれでいいんだよ」
な? と、屈託無く笑いかけてくるハイネに、アスランは苦笑して頷いた。

 

「ああ……すまない、ハイネ。あそこで止めて貰った上に、アドバイスまでしてくれて」
感謝するよと、そう言いかけるより先にハイネは手振りでアスランを制して言う。
「いいっていいって、気にしなさんな」

 

「正直なのはさ、基本的には良い事なんだろうけどな、それも時や場所によりけりなんじゃないか?
一応はさ、お前の方が年長で、前の戦争の時の事も知ってるその分だけ経験だって多いだろ? だからさ、上手く相手をしようなんて肩肘張らないで、素直にぶつかってけばいいんだよ。そうやって慣れてけば、その内に本当に身に付いて来るさ」
多分、あの人達もそう思っている筈だぜ?

 

と、ハイネが示したその先には、離れた場所からこちらの様子をうかがっていたハサウェイとイラムが軽く笑顔を見せながら、安心した様に踵を返すのが見えた――背中越しの右手が、アスランにサムズアップを送って寄越していた。

 

「大した人達みたいだな」
俺が出しゃばらなくても良かったのかもな?と、ハイネは頭をかきながらそう呟く。
「こりゃあもう、「ナチュラルなんて」みたいな事は、二度と言えなさそうだな……」

 

先程の合同作戦会議で知った彼らマフティーの存在を認識して、また今しがたのアスラン達のフォローも決して出しゃばらずに、だがちゃんと見ている彼らの姿に、
それまでの半ばは無意識的な、コーディネーターとしての優越感情的なものはあっさりと撤回してしまえると言う辺りの、良い意味での執着の無さがこのハイネと言う人物の長所であった。

 

と、そうして話していたハイネに、その背後から複数の声が呼びかけた。
「おーい!ハイネ、なにやってるんだよ? 艦長が呼んでるって言っただろ?」
「おう! すまん。」
通りかかった彼の隊の仲間達からの呼びかけを受けて、ハイネは
「っと、悪い。じゃあ、また改めてな」
と、笑いかけながら自分達の母艦のディアナへと去って行った。

 

「ああそうだ、作戦発動前にさ、出来たら〝あの人達〟にちゃんと引き合わせてくれよな」
そう、マフティーとの繋ぎを頼みながら。

 

片手を上げて見送りながら、アスランはハイネ達との合同訓練もいいかもな……と、そんな事を考えた。
議長が今回の作戦への人的な面での支援として彼を選んだのは慧眼かも知れないなと。
今度の作戦はきっと上手く行く。
その予感は、不思議と確信めいて感じられていた。