機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第11話

Last-modified: 2009-03-11 (水) 13:12:14

穏やかに広がるカスピ海の水面を眼下いっぱいに見下ろして、その上へと機影を投げかけΞガンダムが空を駆ける。
ガンダムの巨大な人型の機体の全体は閃光に包まれて、光輝をまとっている様に見えていた。

 

その閃光は、Ξガンダムが搭載したミノフスキー・システムが発生させる機体全体を包むビームのバリアーが、超音速で接触する大気との摩擦によって発生させるものだ。

 

円錐形に展開されたビームが大気の抵抗を減殺し、整流効果を生み出す事で、Ξガンダムは空力学的には不利なMSの形態のままでのスーパーソニッククルーズ(超音速巡航飛行)さえ、可能とする事が出来るのだった。

 

幸い空はきれいに晴れ渡り、水面上の低空を這う様に飛ぶΞガンダムの発する輝きも水面上に煌めく光の中に紛れ込んでいた。

 

「ここまでは全て順調、遅延なし。だな……」
Ξガンダムのコクピット内。飛行予定のチャートを確認しながら、サブシートに座ったイラムが言う。

 

「ああ、周囲四方に敵影なし。完全に地球軍の警戒の範囲外の様だ」
各種のセンサー類に、サイコミュとサイコフレームが増幅する自身の感応波による索敵の結果とを合わせて口にするハサウェイ。

 

ミノフスキー粒子の影響が無くなった状況下にある事で、U.C.世界のマシーンが持つ各種のセンサー類もまた、
元の世界ではまずありえない、その本来の持てる高性能をフルに発揮して、マフティーの装備に絶大な探査能力をも与えていた。

 

Ξガンダムの場合は更にそこへサイコミュ系の機能も加わるので、現状でΞガンダムは絶大な戦闘力のみならず、索敵・警戒機としての機能においてもまた超越的な存在となっていたのである。

 

流石にそのΞガンダム程ではないにせよ、他のメッサーやギャルセゾンも状況は同様で。
特にギャルセゾンは単なるMS輸送機ではなく、メガ粒子砲を用いての空戦や爆弾を搭載しての対地爆撃も行える戦闘爆撃機としての機能や、空中哨戒・管制機としての運用すらも可能な万能機であり、
単なる大きな航続力だけではなしに、それがこの様な分進合撃の作戦にもきちんと成算が見通せる、その根拠ともなっていた。

 

「その意味では、一番心配なのは単独行動中のセイバーガンダムか」
イラムがやはり気がかりの様子で言う。

 

「アスランの技量と経験を信じるしかないな」
ハサウェイはそう応じる。

 

平たく言えば「出戻り」のアスランを、再びザフトのみならずプラントの多くに受け入れさせるには、「〝派手な実績〟を付帯しての復帰」の形にするのが最善の方策であろうと言うのが、
彼と言う人物の扱いを検討したデュランダル議長と彼らの結論だった。

 

ザフトのエリート、特務隊フェイスとしての活躍は、本人の能力を考えれば充分に計算できるものではあったが、
その周囲もまたその成果をより大きく演出すると言う政治的な判断も同時に、行動の方針の中には含まれることになっていたのである。

 

ただ、やはりその為には当のアスラン本人にも、時にはこうした冒険的な賭けと言える様な行動も実際に取って貰わねばならない。
この〝賭け〟に負ける事なしに、勝って――生き延びて、見事成果を手にして欲しいものだと言うのが、彼らの正直な思いだった。

 
 

「間もなく次の変針点にさしかかります。3、2、1、チェック!」
パイロットスーツの膝上に置いたノート型のワークステーションを見ながら、航法士としての役割を務めているメイリンがそう告げる。

 

「チェック!」の声は自身も口に出して唱和し合って、自身の航法ともズレの無い事を確認しながら、アスランはMA形態での高速飛行を続けているセイバーガンダムの進路を飛行予定チャートの通りに変針させる。

 

「メイリン、大丈夫か?」
そこで傍らのシートに座る少女を気遣って尋ねるアスラン。
通常よりもどうしても窮屈になってしまう作り付けのシートだ。普段のミネルバのオペレーター席に着いているのとはわけが違うし、より厳しく不慣れな緊張感をも間違いなく強いられる。
その疲労を考えてやらねばいけなかった。

 

「ありがとうございます。まだ平気です」
微笑みを見せながら、メイリンの方は気丈にそう答える。

 

今のところは敵の影も形も一切無く、戦闘をせずに済んで来ているので、まだ余裕はそれなりには有ったのだった。
疲労度の生体データを取ると言う意味でなら、あるいは戦闘機動を交えると言う事になった方が良いのかも知れなかったが。

 

「でも……」
と、そこでしかしメイリンは呟く。

 

「?」
アスランが表情で問いかけると、彼女は続けて言った。
「これが、お姉ちゃんもいつもそうしている、〝パイロットの人達が見ている世界〟なんですね」
離れた地点の空を今頃同様に、ギャルセゾンに載って飛んでいるであろう姉の事を思うメイリンだった。

 

「私は普段はミネルバで、発進していくお姉ちゃんやザラ隊長の事を送り出す方ですから。そうやって送り出した人達は〝その先〟で、こうしているんだな……って、そう思ったんです」
だから、そういう知らなかった部分をこうして知る事が出来て、良かったと思います。

 

そう言っていい笑顔を見せるメイリンに、アスランも安心させる様に頷く。
「大丈夫だ、ルナマリアはきっと。シンも、レイもね。マフティーの人達と一緒なんだ、多少の困難などはねのけてくれると俺は信じているよ」
こっちも、こう順調に行けているんだからね。そう言って微笑むアスランに、メイリンも頷いた。

 

ここまでの飛行は全く問題の無い、しごく順調なものとなっていた。
通常ならば文字通りに孤独な、〝単独飛行〟を行わねばならない筈のところを、一緒に飛んでくれる存在〈メイリン〉がいると言うのは不思議と安心感を覚える様な気分になる。

 

「オーブから飛んだ〝この間〟に比べれば……」
アスランは思わずそう呟いていた。

 

オーブに入国を試みてスクランブルを掛けられて、そこから大気圏上層まで飛び上がる弾道コースでカーペンタリア基地を目指すと言う、先日強いられる事になった様々な意味でギリギリな飛行とは、
えらい違いだったから。

 

変形によって航空機の特性を得る事が出来るこのセイバーガンダムや、かつての愛機である核動力機のジャスティスガンダムと言う「特別な機体」を駆ってのMS単機での単独行の経験そのものは、
この世界の住人としては珍しく持ってはいるアスランだったが、やはり様々な意味でそれはキツいものであった。

 

今回の移動も2年前の時と同様に、プラントから地球の大気圏突入軌道上までの間は、有人の小型快速MS輸送艇が母艦代わりに運んでくれるので、
そのキャビンで身体も休められるし、精神的にも楽なのだが(これはシーゲル・クラインからフリーダムを託されたかつてのキラも、クライン派の手の者からやはり同様のサポートを受けていた)、
その様な支援の体制がなければ、大気圏突入後の単独長距離飛行などはまず不可能であるだろう。

 

そう言った部分に照らしあわせると、ギャルセゾンと言うサポートマシンを用いて長駆侵攻を行えるマフティーのMS運用法は、
自分達も現に宇宙では一部行ってはいる運用体制を、非常に洗練された形で発展進化させており、大気圏内においても実現させているのだと判る。

 

マフティーの持ち込んだMS運用概念は、まさにC.E.世界の人間の頭に根本的なショックを与える代物であると言う事実を、自分自身でも実感しているアスランだった。

 

そんな思索の中にあったアスランは、傍らに座る少女がふと漏らした呟きに引き戻される。
「オーブ、ですか……」
「え?」

 

思わず彼女の方を見やったアスランに、メイリンはふと思いに浮かんで来た先日来の疑問を口にしていた。
「お姉ちゃんがちょっと前に私に言ったんです。『シンは私達と違ってオーブ育ちのコーディネーターだって事、なんで気付かなかったんだろう……?』って」
「ルナマリアが?」

 

メイリンは頷いて、続けた。
「それを聞いて、2年前の大戦の後はオーブに行かれていたザラ隊長とシンは入れ違いみたいな感じになったんだな……って事に気が付いたんです」

 

「……入れ違い、か。確かに、シンと俺とはそうなるのか」
言われてみれば、と言う具合にアスランは頷く。

 

「2年前の戦争で家族を亡くしたらしいって話だけは私も耳にはしましたけど、シンも自分でそんな辛い話をしてくれるわけじゃありませんから詳しい事は判りません……。
でも、その後にオーブに行かれていたザラ隊長ともこうしてご一緒させて頂く事になって、自分もそれでオーブって言う国の事がちょっと気になったんです」

 

そこで一度言葉を切り、一呼吸を置いてからメイリンは続けて言った。
「もし良かったら、なんですけど……。聞かせて頂けませんか?オーブの事」
私も、もっといろんな事を知らなくちゃいけないんだって、そう思ったんです。

 

そう言うメイリンの表情も口調も、単なる興味本位のものでは無かった。
彼女もまた、インド洋での会戦後の一連の〝後始末〟や、先日共に見聞きしたガルナハンでの事から様々に考える様になっているのだと言う事が判るものだった。

 

「そうか……」
アスランはそう呟く。
彼女の言葉に気付かされた事が彼にもあった。
自分とシンとはさながら、2年前の大戦を挟んで線対称の様な立場にいた者同士なのだと言う事に。

 

どうしてシンのことが不思議と気になるのか?と言う理由にはそれが多分にあるのかも知れないなと思えたし、また彼とはそういう事をもっとちゃんと話すべきなのかも知れないと、そう思った。

 

(その〝練習〟と言うわけでもないけれど……。いや、本当は俺自身もずっと、誰かに話したかったのかもな……)
アスランは内心でそうひとりごちて頷くと、口を開く。
「うん、そうだね。聞いてくれるか、メイリン? その代わりに、と言ったら何だけど……俺も、聞かせて欲しい。前の戦争から後の、〝俺の知らないプラント〟の事を……」
「はい」
頷くメイリンに向かって、アスランは思いつくままに訥々と、これまでの事を語り始めるのだった……。

 
 

『シン、そろそろ見えてくる頃の筈よ?』
ミヘッシャからの接触回線でのその声に、シンはディアクティブモードに落としていたフォースインパルスガンダムのVPS装甲をオンにと戻しながら、
ギャルセゾンの甲板上からガンダムの機体を飛び立たせて、全周警戒・直援の態勢を取る。

 

分進している各戦闘単位の中でも、一番の最短ルートを飛ぶ事になっていた6ギャルセゾンとフォースインパルスガンダムの戦闘小隊は、
途中に敵影を見る事も無しに予定通り、合撃へと移行する為の途中集結地点へと到着しようとしていた。

 

ガルナハンから北東の方角の荒野で、この世界のMS作戦行動半径の限界から考えて明らかに地球軍の警戒の範囲外。
しかしギャルセゾンを用いれば、短時間でガルナハンへと到達出来る程度の距離であるエリアの中に見繕った場所だった。

 

地球軍はもちろんの事、普通に人がまずいないような土地であり、
出来ればシェルター代わりになりうる様な洞窟などがある地点が望ましい――と言う条件に見合った地点を探すのには、この地域の住民の協力が不可欠だったと言うわけだ。

 

(!?)
ローエングリンゲートがある峡谷の地形とも、どこか似かよった印象の起伏を見せる地形の中の窪地の様な平坦な一角に、シンは発煙筒の煙が上がるのに気が付いた。

 

『あそこに!』
『ええ、こちらでも確認したわ』
発見を告げるシンの言葉にそう答えながら、インパルスガンダムのコクピットにもギャルセゾンの望遠映像を送るミヘッシャ。

 

二機の接近に気付いて発煙筒を焚いた3つの人影が、こちらを見上げて大きく両手を振って合図を送っている。

 

『先に行って確認します』
シンはそう言うや、周囲の様子にも気を配りながらギャルセゾンに先駆けてそこへとガンダムの機体を降下させて行く。

 

距離を縮めて行くインパルスガンダムのモニターにも、より詳細に発煙筒の周囲の3人が明らかにこの地域の人であろうことが映し出される――3人の内の一人は明らかに子供であったからだ。

 

砂塵を舞い上げながらその3人のやや手前の大地にと降りたたせたガンダムのコクピットからシンが顔を覗かせると、その3人がガンダムの方へと歩み寄って来る。

 

その中でも真っ先に飛び出して、
「おぉーい!」
と手を振りながら駆け寄って来るのは、あのコニールだった。

 

「コニール!」
少女の姿を認めて、ヘルメットを外して顔を見せたシンに向かってコニールは嬉しそうな顔で彼の名を呼ぶ。
「シン!本当に来てくれたんだな!」

 

ガンダムのコクピットからシンがワイヤーで降りてくるのを、待つのももどかしいと言った感じでいたコニールは、そこでやっと気が付いたかの様に共にいた二人の大人の男達の事を振り返った。

 

日に灼けた顔に髭をたくわえた、いかにもこの地の住民と言う雰囲気の二人の大人も眼前に立った地球軍のものとは違うMSの威容と、変わった格好をした上空の〝飛行機〟とを、やはり驚きを隠せない様な表情で見上げていた。

 

その様子に自分も気が付いて、OKのサインを送って見せるシンの姿を確認して、インパルスガンダムの傍らにと6ギャルセゾンが降りてくる。
そこから姿を現したミヘッシャと、待っていた3人の内のリーダー格の男との間には、先日のガルナハン潜入時に既に面識があった為、すぐに両者の間で明日の作戦についての最終確認を始める事が出来た。

 

その間に、シンはギャルセゾンから降りて来たスタッフの面々と共に、コニール達に設置を託していた警戒用の聴音マイク(それで彼女らもギャルセゾンの接近を知ったのだ)のチェックと更なる追加設置を行って、後続の友軍機を迎える為の準備作業を行って行く。

 

その作業を行っている間にも、設置済みのマイクがそれぞれ別方向から接近して来る各ギャルセゾンの音を拾って、その接近を知らせる――それがそのままテストの代わりともなっていた。

 

一方、作戦の最終的な計画と、その中においてのガルナハンのレジスタンス組織が果たす役割を、ミヘッシャが持参してきた「作戦説明書」をじっくりと読み込みながら頭に叩き込んで行くコニール達3人。
万が一の証拠とはならない様に、全ては記憶の中に納めてもらうより他に無い――作戦はもちろんの事、彼ら自身の安全の為にも。

 

「成程な、よぉく判ったぜ。確かにコイツはとんでもない作戦だ」
ミヘッシャに二、三の簡単な確認を行って納得したリーダー格の男が、感心するのを通り越してやや呆れたと言う様な感さえ浮かべて言う。

 

「な、アタシが言った通りだろ?」
そんな彼に向かって、どこか得意げな感じに言うコニール。

 

もちろん作戦はこれからではあるのだけれども、だけどあのシンを始めとした〝今度の連中〟はやっぱりどこか違っていた。
自分達と同じ目線に立って気持ちを判ろうとしてくれて、そうして約束を守ってこうして敵中突破の危険を犯してちゃんとここまで来てくれた。

 

今度こそ信じていいと思うし、信じたいと思うのが彼女の素直な気持ちで。
これまでの経緯もあってどうしても懐疑的にもならざるを得ない大人達への、必死に訴える動機にもなっていたのだった。

 

無事に到着し始めた、それぞれMSを載せたギャルセゾンたちの姿を目にあたりにしながら、
「それじゃあ、俺たちは引き上げる。明日の作戦、よろしく頼むぜ?」
そう言ってレジスタンス達は奇襲部隊の集結完了を待たずに引き上げの挨拶を寄越す。
これから3人はそれぞれ急いでガルナハンの街へと取って返して、レジスタンス側の明日の作戦準備の手はずにかからねばならないのだ。

 

恐らく休む間もあるまいが、それも明日までの話だ。
「シン! じゃあな、ガルナハンでっ!」
そう言って手を振るコニールに、シンも手を振り返す。
「ああ、明日な!」
そうしてバギーに乗って遠ざかって行く3つの影。

 

(気を付けてな……)
それを見送る奇襲部隊の面々はそれぞれにそんな想いで、コニールらを見送るのだった。

 
 

「シン!」
そうして去るコニール達と入れ違うかの様に背後からかけられる、馴染んだ声。
振り返ったシンにと向かって、大きく手を振るルナマリアと、それとは好対照に静かなままにサムズアップを見せる――そういうことをする様になったと言うだけでも、
本人としてはハサウェイらからの影響で気付かぬ内に相当にさばけて来てはいるわけなのだったが……――レイが歩み寄って来ていた。

 

ひとまず互いに無事に到着し得た事を喜び合う3人。
もちろんマフティーの存在あっての事であるとは言え、彼らの感覚から言えば「信じられない様な挑戦」である事を、実際見事に成し遂げて見せたわけであるのには間違いなかったからだ。

 

その上気した表情が、この作戦がC.E.世界においては「本当に凄い事」である事を如実に物語っている。
作戦行動自体のメインはこれからながら、ここまで来てしまえたのならば明日の奇襲の成功は、まず疑いが無いと言える処だった。

 

「これで、後は……」
そう呟くレイに頷くルナマリアとシン。

 

セイバーガンダムのザラ隊長と、同行しているメイリンが無事に辿り着いてくれるのを信じるだけだ――流石にΞガンダムの事は心配すらもしない――と言うよりも、そんな思いを抱く事さえ失礼だ! と、言う様な認識で見られていると言う事だったが。

 

徐々に陽が沈み込んで行く中、今夜の仮泊地と為す為の準備はマフティー側の手慣れた流れによって着々と進められて行き、
ギャルセゾン各機も両軍のMSも即時発進も可能な様に気を配りながら、それぞれに割り当てられた天然のシェルターの中へと移動されて隠され、
ザフトのMS各機には6ギャルセゾンで運んで来た急造の野戦バッテリー補給器が、メッサーによって取り付けられる――ぶっちゃけ言えば、携帯電話の電池式急速充電器のお化けをセットする様なもので、
インパルスガンダムも2機のザクもそれぞれ、シルエット/ウィザードの外から更に大きなバックパックを増着した様な、いささか不格好なスタイルになっているのはご愛敬と言う処だった。

 

もう1機、セイバーガンダム用のものも準備は済ませてギャルセゾン各機に分乗して来たマフティーの整備スタッフ陣が、それが無駄になる事が無い様にと無事の到着を願っている処へ、
追加設置されたマイクが予定通りの方面から接近するセイバーガンダムの音紋を捕捉した。

 

「メイリン!」
それを知ったルナマリアも、妹の出迎えにと急ぎ足で出て来る。

 

沈み行く夕日の緋に赤い機体を更に染めながら、MS形態へと戻ったセイバーガンダムが実にスムーズに降りてくる。
順調な飛行であったのだろう事は、その機動からも明らかだった。

 

大地にと両足を付けたセイバーガンダムから降りて来たアスランとメイリンを先着のザフトの3人が出迎えて、今度こそ本気で無事の再会を喜び合うザフトの若者達だった。

 

そしてアスランがセイバーガンダムを洞窟内へと隠し、同様にバッテリー補給器が取り付けられて機体のVPS装甲をオフにした、
陽がほとんど没しさろうと言う段になって、最後に発進し、もっとも長距離の迂回飛行コースを飛ぶ事になっていたΞガンダムの接近が確認された。

 

降着地点を示す為に、ほんの僅かな間だけ灯されて着陸を待たずに再び消された照明を見逃す事無く、Ξガンダムもスムーズに降りて来る。
そのまま洞窟内へと歩み入れさせてから待機モードに落としたΞガンダムから降りて来るハサウェイとイラムを、先着していた全員が控えめな歓呼の声でもって出迎える。

 

かくして奇襲部隊は1機も欠ける事無く、見事に長駆敵中への侵入を果たし、集結を完了させたのだった。

 
 

夜の帳は降り、無事に集結を終えたザフト・マフティー合同の奇襲部隊の面々は、夕食を済ませた後の時間を、車座に焚き火を囲んでの一時として過ごしていた。

 

夜と言う時間と、それを照らし出す赤い炎が持つ魔力に――あるいは明日に響かせない程度のアルコールの勢いにも――助けられ、
いつしかザフトの若者達に向かってぽつぽつと、「向こうの世界」においての自身の事をおのおの語って聞かせている、マフティーの面々がいたのだった。

 

「……それで、そのクェスって子はどうなったんですか?」
「死んだよ……俺の、目の前で……。殺してしまったんだ、俺が、この手で……」
一語一語を、噛みしめる様にして答えるハサウェイの言葉に、まさかそんな事があったのだとは想像も出来なかったが故に、平気で聞いてしまったルナマリアは絶句させられる。

 

「ああ、いいんだ、ルナマリア。それは、この俺自身が背負って行かなければならない罪業なんだから……」
そんな彼女達の反応を見て、寂しげな微笑を浮かべながらそう言うハサウェイ。

 

「指導者〝マフティー〟なんて言う、柄でもないだいそれた事をやっているのも、あるいはそんな自分に対しての逃げなのかも知れないな……」
自嘲も込めながら、しかし悲壮と言うよりもどこか遠くを見るような表情で言うハサウェイ。

 

余りにも重く苦すぎる、痛恨の過去の記憶。鬱病にまでなり、また彼自身にマフティー・ナビーユ・エリンとなる事を選ばせたその出来事を
乗り越える、と言うわけには行かないまでも、ようやく今までとは少し違った心境で向き合える様にとなっている事に、当の彼自身が驚いてもいたのだ。

 

これまでも共に戦う年長の戦友としてマフティーの面々とはうちとけて来ていたミネルバの面々ではあったが、流石にその様な部分までをも聞かされるのは初めての事で、
そうして聞かされる様々な人の過去と想い、(異世界とは言え、同じ)人間世界の〝現実〟と言うものを圧倒される想いで聞くザフトの若者達だった。

 

「………………」

 

大トリと言う格好になったハサウェイがその語りを終えると、一通りそれぞれなりの〝話〟が語り尽くされた後の沈黙がしばし、座を支配する。

 

まるでその沈黙を呼び水にしたかの様に、アスランは自然と口を開いていた。
「俺は今、再びこうしてここに――ザフトにいます……」

 

胸元から取り出した1枚の写真を手に見つめながら、そう語り出したアスランをメイリンはハッとした表情で見やる。
フライト中にと彼が自分にと話してくれた〝過去の痛み〟を、アスランは今それを皆にも語ってみようとしていたのだ。

 

手にしていたその写真を回して見せるアスラン。
そこに写っていたのは今よりも少年に近い彼自身と、彼と面影のよく似た美しい女性――恐らくは彼の母親だろうと思われる――が一緒に写っていた。

 

(母さん……)
その写真を見てハサウェイは、恐らくもう二度と会う事は出来ないだろう、文字通りに「遠く離れて」しまった母ミライ・ヤシマの事をふと考えた。

 

「今の戦争が始まった時、有事の最中なのに訪問中の俺の為にわざわざ時間を割いて下さったデュランダル議長から頂いた、父の遺品です。
議長の執務机の最奥に、隠すようにひっそりとしまわれていたと言うこの写真を手渡されて、俺はそこからザフトへの復帰を決意しました……」
一回りして手元にと戻った写真を再び手にしながら、自らがザフトに戻ったその理由を語り始めるアスラン。

 

結果的に見れば、やはり知らぬが故にそこまで深刻には思わずに聞いてみる事の出来たメイリンの、数時間前に投げた聞かせて欲しいと言う願いが、ある意味では彼がそれを口に出来る予行演習ともなっていたし、
そしてそれに応じられたと言う事もまた、アスランに自身の想いの扉を自ら開かせる事にと繋がっていたのだった。

 

「俺の母は、ユニウスセブンで死にました。3年前の、〝血のバレンタイン〟で……」
自らが進んで戦争の中へと足を踏み入れて行くことになった、前大戦の時の事からアスランは語り始めた。

 

ナチュラルの友人も多かったアスランの母、レノア・ザラは植物学者としての自身を活かせる道として、
プラント内のユニウス市のコロニー群10基の内の7~10の4基をプラントの人口を養う農業生産基地たるコロニーへと改装する計画の要員として参画し、
武力を用いるのではなく、自給自足を可能とする体制を構築する事による平和的な手段でのプラントの自立を目指すと言うやり方でもって、彼女なりの方策で
国防委員長として盟友のシーゲル・クラインらと共に、プラントの独立を勝ち取る為に日々奔走している夫パトリックを手助けしようとしていたのだった。

 

だが、その努力はブルーコスモスの一兵士が無警告にユニウスセブンめがけて放った核ミサイルによって、無惨に打ち砕かれる。
C.E.70年2月14日、その日ユニウスセブンにと居合わせた、レノアを含む24万3721人もの人々――もちろんその大半はコーディネーターだったが、
その中にはレノアの意志に共感し、協力をしていたナチュラルの学者や研究者達も含まれていた……――の全てが、一瞬にしてその生命を奪われたのだ。

 

「本当に〝何一つも残らず〟に、ある日突然母がいなくなってしまった……。その日の朝、いつもの様に挨拶を交わして見送られたのが、母上を見た最後になるだなんてな……。信じられなかった、いや、信じたくなど無かった……」

 

思い出すのはやはり辛い、過去の記憶を掘り起こしながらアスランは語って行く。

 

あくまで平和的な手段と対応でもって、プラントに生きるコーディネーター達を人間としてまともには扱おうとはしない理事国相手に向き合おうとしたレノアの努力と想いを、愚かなナチュラルどもは最悪の形で裏切った。
恐らくその思いが、母の死に衝撃を受けた父をあんな狂気の道へとひた走らせて行ったのだろう。
自分はそれを止める事も出来なかった。父の支えになってやる事も出来なかった……。

 

「俺に出来たのは、自分自身も理不尽にある日突然に母を奪われたと言う事への怒りと、子供の浅知恵で自分なりに父の助けになろうと言う思いとで、ザフト軍学校〈アカデミー〉の門を叩く事だけでした……」
アスランは自嘲気味に呟いて、寂しそうに笑った。

 

そうしてアスランは順々に語って行った。
アカデミーで一緒になった戦友達。
ヘリオポリスでのG兵器強奪と、かつて友と呼んだキラとの余りにも皮肉な形での再会。
次々と倒れて行くニコルら戦友達、地球上で互いに本気で殺し合ったキラと、そしてカガリとの出会い。
そんなカガリから、またラクスから投げかけられる問い。それに答えられない自分に与えられる核動力搭載機ジャスティスと、フリーダム追撃任務。
どれもみな、重く苦い記憶だった。

 

(そんな事が……)
語りを聞かされながら絶句しているルナマリアもまた、ザフト軍人の先輩であり、前大戦の〝伝説的なエース〟と呼ばれたアスランに対してのこれまでの自身の目の向け方と言うものを、省みさせられていた
――そこには彼女達とも大して変わらない、一人の青年がいるだけだった。
それも、ほんの少しだけしか年上でないのにも関わらず、自分達よりも遙かに重いものを何重にも背負う事を運命付けられた青年が。

 

(そう言えば、この人も〝父親〟をも喪った、ひとりぼっちの立場なんだ……)
先程メイリンが気付かされたのと同じ事実にやはり思い至り、もう一度その事実を噛みしめ直している妹と、彼女もまた思いを共有していた。

 

「………………」
そして、ある意味ルナマリア以上にその事実に気が付き、その重さを我が身を重ねて噛みしめているシンがいた。
初めて聞かされるアスランの過去語りに誰よりも衝撃を受けていたのは、あるいは彼だったかも知れない。

 

(何で……俺は気付かなかったんだ? この人も俺と同じ、自分の家族を戦争に〝殺された〟人だったって言う事に……!)
アスランの基本的な来歴そのものは、(有名人であるだけに)一応は知ってはいた。
けれどもそれはあくまで〝列記された情報〟と言う形のものでしかなかった。

 

今こうして目の前で、自らの口で当時を振り返りながら語るアスランの過去を直に聞かされて、シンは彼が自分と似た境遇――下手をすれば、自分以上に悲惨なのかも知れない――の人であると言う事実に、今初めて気付かされていた。そして、

 

(この人は、あの時〝自分の母親の墓標〟<ユニウスセブン>を自分自身の手で砕いていたんだ……!)
その事実に気が付いて圧倒され、無意識に妹の形見の携帯電話を握りしめながらただただその話に引き込まれていたシンは、そのアスランがふいに顔を上げて自分の方にと呼びかけて来た事に驚かされる。

 

「初めて出会った時から、俺が不思議と君の事が気になっていたのは多分、君の境遇に、どこか自分に似た様なものを感じていたからかも知れない……。
だから、ついつい余計な口出しをしたくなってしまう部分があるんだろうな、きっと」
すまなかったな、他人が知った様な口出しを~って言う、不愉快な思いを何度もさせただろうけど……。

 

そうやって詫びながら、アスランは更に語りを続けて――そうして同時にシンにと語りかけていた。
連合のオーブ侵攻作戦に個人的な意志で介入してから先の、前大戦の帰結と、その後にプラントを離れてオーブに身を寄せていた頃の事。
そして彼自身の目が見て来たオーブと、代表として立ったカガリの想いとを。

 

そしてアーモリーワンから始まったシン達との出会いと、ブレイク・ザ・ワールド(ユニウスセブン落着事件)により勃発した今時の戦争のさなか、デュランダル議長との会談によりザフトへの復帰を決意し、
ハサウェイ達マフティーの面々と、シンやルナマリアらの年少の戦友達と共に、今は新たな道を探ろうとしている〝今〟の自身の想いを。
アスランは余すことなく率直に語っていった。

 

「俺は〝英雄〟なんかじゃない。今もこうして迷い悩みながら、それでもこんな自分にも何か出来る事はある筈だって、もがいているだけの男なんだ……」
一語一語を自分自身でも噛みしめる様にして言うアスラン。

 

彼自身は、ただ正直に自分はこの程度の人間なのだと詫びているつもりだけだったのだが、
そんな彼を見ているマフティーの大人達はその姿にこそ彼の確かな成長を見て取っていたし、
またシンやルナマリアにとっても彼と言う人物をより深く知る事による、自然な共感や敬意が生まれて来る様にとなっていたのだった。

 

「俺は今、ザフトにいます。でも、2年前の戦争の時までは、オーブにいました……」
アスランが語り終えた後の僅かな沈黙を挟んで、今度はシンの声がそれを破った。
今度は傍らに座るルナマリアの方をはっとさせながら、シンは先日彼女にだけは語って聞かせた自分の過去と想いとを、皆にも語り始めた。

 

コーディネーターもナチュラルと変わらずに受け入れてくれる、平和な国だったかつてのオーブ。
そこに暮らしていた、平凡だけど平穏な家族の暮らし――そしてそれが無惨にも打ち砕かれた、戦争。
その手に握りしめた形見の携帯電話を開いて、そこに遺された妹の肉声を皆にも聞かせてみせ、自身もやはり過去の出来事の一つ一つを噛みしめるようにして語ってゆくシン。

 

そんな彼が呟いた一言は、いま間違いなく日々覚醒をしつつある、アスランの心に鋭く突き刺さった。
「そうやってオーブは、その〝理念〟は守り抜いたのかもしれないけれど、俺の家族の様な、国民の事は守ってくれなかったんだ……」
「ッ!」
判っているつもりだったその事実は、その当事者が哀しみをもって語る声を前にしては所詮〝つもりでしかなかった〟のだと、アスランは思い知らされるしかなかった。

 

「俺の家族はオーブに、アスハに〝殺された〟んだ!」
と言う、初めてあった時にシンから投げつけられたその言葉を、もう一度思い出して向き直ってみる。

 

(カガリ、俺達はこのシンの様な境遇に追いやられた人々に、本当にちゃんと向き合っていただろうか?)
アスランはハサウェイやイラム達と出会い、その導きを受けられる様になる以前の、ほんの少し前までの自身を省みながらそう内心で呟いた。

 

世界の――天下国家の有り様を心配するのも大いに結構。
実際に〝この世界(のその有り様)〟は本当に酷いのだから――マフティーの人々から聞かされた「彼らの世界」と比較して見れば一目瞭然だと、嫌でもそう理解せざるを得ないと言うのは間違いなくあった。

 

しかし、だからと言って余りにもそちらにばかり目が行きすぎていて、足下がおろそかどころでは無い事になっていたのだと、今では思う。

 

(要するに、頭でっかちになり過ぎてるんだな、〝この世界の住人〟〈俺達〉の多くは……)

 

それ自体は純粋さ、あるいは健全さの発露ではあるのだろうから、そういった事を懸命に考える、それ自体はいいとしても、
結局はそこまでで止まってしまっていて、そこから〝先の事〟は?と聞かれたならば、とたんに言いよどむ。
それはそこまでのビジョンを持たずにそうしているからなのだと、ようやく気が付いて来ていた。

 

それでなくとも実際に何ほどの事が出来るだろうか?と言うのがあると言うのに、その中で自分に出来る事は何なのか?
それを考えて行動しなければ意味が無い――そうでなければ、ただ単に自分はこんなに頑張っているんだ!と言う様な単なる自己満足的なものだけで終わりかねないし、
更に下手をすればそこから、自分はこんなに頑張っているのに、何故それが通らないのか!とでも言う感じに、歪みかねない。

 

ハサウェイ達マフティーと言う良き教師を得、そしてかつての自身を(こちらも良き?)反面教師として、遅まきながらもその本来持っていた筈の素養を急速に成長させつつあるアスランだった。

 

もちろん、その様な事を考えながらシンの語りにも耳を傾けているアスランは、シン自身もやはり同様に成長しつつある事を感じさせられていた。

 

「インド洋での戦いで、俺は……何にも分かってなかったそのせいで、沢山の人達を傷付けてしまって……それでもう、二度と戦えないかも知れないって思いました……。でも……」
それでもやっぱりこうして目の前で、かつての自分の家族の様に身勝手に戦争なんかをやってる奴らの犠牲にされてる人達がいたら、俺はそんな人達を放ってはおけないって、そう思ったんです。

 

「俺みたいな思いを味わう人は、もう一人もいて欲しくない……今は、前よりももっと、ずっとずっとそう思うから……」
「シン……」
ルナマリアが呟く。

 

彼女が語って聞かせてくれた自分の事や、アスランが語ってくれた自身やオーブの――アスハ(この場合はカガリ個人)の話を聞いて、シンはそんな想いが自分だけのものではないのだと言う事に目を開こうとしていた。

 

「そうだな……。多分、俺達は誰もがみんな本当はそれを願っているんだ。でも、それが一番難しいんだよな……」
アスランがそう呟く。

 

それを受けて、それまで黙って聞きに回っていたレイが初めて口を開いた。
「一人一人のそんな想いが、必ず何かを変える。そう信じて頑張ってくれと言う、ギル……いえ、デュランダル議長からの言葉を頂きました」
俺も、その言葉を信じて戦っています。

 

「そうだな……。その為にも、今はまず明日だ」
引き取って言うハサウェイの言葉に、皆はそろって頷く。
翌朝の決戦を控えての志気は静かに、だがしっかりと高まっていた。

 
 

「シン?」
テントの外から遠慮がちなルナマリアの声がした。
「ルナ。ああ、起きてるよ」
寝付けないまま、丸めたままの寝袋を座椅子代わりにしていたシンは身体を起こしてテントの外へと顔を出す。
そこに立っているやはりパイロットスーツ姿のままのルナマリア。

 

どうしたんだ?
そう表情で問いかけつつ、シンは彼女を自分のテント内へと招き入れる。
「うん、〝お邪魔〟みたいだから出て来ちゃった……」
そう苦笑しつつ中へと入ってくるルナマリア。

 

「? ……ああ」
一瞬間を置いてその意味する処に気が付いて、シンもまた苦笑する。
同じテントに~と言うわけではないが、ルナマリアが付いて回っている様な格好になっているエメラルダの眠る隣のテントに、彼女といい仲の相手であるレイモンドが来ていると言うわけだ。

 

シンの傍らに、寄り添って腰を下ろすルナマリア。
彼女の甘い香りがシンの鼻孔をくすぐって、シンは自然とその肩に手を回して抱き寄せる。
ルナマリアもシンの身体にもたれかけさせて、その頬に頭を寄せた。

 

普通なら、そのまま抱き合いたいと思うのだろうけれど、あたたかさで心が満たされている様な気分でいるせいか、今はそれ以上には求めようと言う気には不思議とならなかった。
そうして寄り添って互いの体温〈ぬくもり〉を伝えあっている、ただそれだけで良かった。

 

「…………」
「…………」
しばし互いに黙ったままそうしていた後で、不意にシンはぽつりと呟いた。
恐らくはその想いが自然と紡ぎ出させた一言を。

 

「ありがとう……ルナ」
「え?」
驚きを覚えながらシンの横顔を見やるルナマリアの目の前で、シンはしみじみと言う感じに呟いた。

 

「俺がひとりぼっちでどうしようもなくなってた時に、ルナが側にいてくれた。側にいて、生きている事の温もりを教えてくれた……。
自分の想いなんか誰にも判らないって一人で勝手に思い込んで、俺は自分で周りを拒絶してた――本当は辛くて、苦しくて、たまらないのに……。
だけど、本当はそうじゃなかった。ルナにも、隊長にも、ハサウェイさん達マフティーの人達にだって、皆それぞれなりの想いや辛さがあるんだって事、やっと分かったよ。
俺が自分で気付かなかった――いいや、気付こうとしてなかっただけで、気持ちを分かってくれる人達は俺の周りに、ちゃんと大勢いてくれたんだ……」
そう呟くシンの横顔は、今までの彼とは明らかに違っていた。

 

俺と同じ様な想いをする人達をこれ以上増やしたくないって、その思いを持ってこうして戦う事が、家族のみんなが死んでしまったのに一人だけ生き残った俺に出来る事――俺が生き残った意味なんだって、今はそう思う……。
そうやって想いを吐き出しているシンの脳裏には、戦場のただ中に一人生き残った自身の事を保護し、戦後にはプラントへと移り住む便宜をはかってくれた、一人のオーブ軍士官の事が思い出されていた。

 

家族を目の前で失い、自分一人だけが生き残ったと言う衝撃に打ちのめされていた当時の自分にその士官――確か……そう、トダカさんだった……――がかけてくれた言葉の意味を思い出し、そしてそれが正しかったと、今しみじみとシンは感じていた。

 

「よかった……」
ルナマリアはただ一言、それだけを呟く。

 

「え?」
今度は自分の方が彼女を見やったシンの目の前で、ルナマリアは本当に安心した……と言う表情を浮かべていた。
「ちょっと前までのシンね、見ていてもホントに辛かったもの……。でも今はね、凄くいい顔してる」
「ルナ……」

 

シンは自分では分からない事を指摘されて、やや戸惑いを覚える。
でもそれは、決して不快では無かった。
そうして二人は寄り添ったまま、いつしか心地良いまどろみの中にと落ちて行くのだった……。

 
 

『……本日の風向は、南西の風、風力は2……砂嵐が来る…………』
ガルナハンの街から発振された〝天気予報〟の放送の声を、それぞれ別のギャルセゾンの通信士席に座っていたチャチャイ・コールマンとヨーゼフ・セディの二人ともが傍受して、急いでギャルセゾンのキャビンから降りて来ると、
外に居並んでめいめい準備された簡単な朝食を取っていた仲間達へと、拾ったその放送内容を報告する。

 

ニュートロンジャマーの影響による長距離の通信妨害があるとは言え、それよりも遙かに強力なミノフスキー粒子の散布下にある「宇宙世紀」製の機材であるマフティーの持つ機材は、その弱い電波をもしっかりとキャッチしていた。

 

「地球軍の防衛戦力が減少している、か。我々にとっては良い兆候と言えるな」
報告を聞いて、イラムはそう頷いた。
何の変哲もないかの様に聞こえるその〝天気予報〟こそが、彼らに協力するガルナハンのレジスタンスからの地球軍の配備状況を報告する通信となっていたのだ。

 

〝南東の風〟は、北東方面からガルナハンへと侵攻する奇襲部隊に対峙する格好となる、地球軍の防衛戦力の存在を示す暗号であり、
同様に〝風力〟の後に付く数字はその戦力の度合いをレベルで示す指標であった。

 

「地球軍<彼ら>もそれなりには〝警戒〟をしてはいると言う事ですね?」
と、そう尋ねる様にレイが呟く。
「ああ、そう考えてまず間違いは無いだろうな……」
「同感です」
熱いスープのカップを手にしながら、それぞれ頷くハサウェイとアスラン。

 

アスランがイラム達とガルナハンへと現地偵察に潜入した際に比べて、地球軍の防衛戦力のレベルが1ランク下がっていると言うのはつまり、その引き抜いた分をローエングリンゲートにと回した可能性が高い。
対峙するザフトのマハムール基地に増援が到着して戦力が再編・増強されていると言う動きを見れば、新たな攻勢の準備段階に入ったと判断して、自分達も対応すべく後方に下げていた戦力を再び〝前線〟<想定主戦場>へと戻すと言うのは自然な判断ではあるからだ。

 

「いずれにせよ、我々にとってはやりやすくなったと言う事には間違いないな」
イラムがまとめる様に言う。

 

敵の戦力規模が小さければより制圧に要する時間も短縮出来る筈であるし、そもそもザフトの再攻勢を予想される状況でありながら後方のガルナハン守備戦力を減らすと言うのは、後方に脅威が現れる可能性など基本的に考えていない事を示しているからだ。

 

天気予報と言う形の中に紛れ込ませた先程のレジスタンスからの報告――つまりその〝予報〟だけは天気の内容としては大嘘もいい所なのだが、一度きりの定時の予報がデタラメであってもそれに気付く者はまずいまい。
昨日の訓練に紛れての奇襲部隊の発進もそうだったが、この日の作戦に合わせての逆算による欺瞞作戦の数々は作戦開始の前から既に徹底して行わせているマフティーだった。

 

確かにこの状況を考えた場合、反面でミネルバ以下の主攻部隊にとってはより敵の戦力が増えると言う事でもあるわけだが、後方に敵部隊出現!と言うまさかの急報に地球軍を浮き足立たせると言うのも作戦の内であり、決して極端な不利にはならない。
……その筈である。

 

「我々がヘマをやらかさなければね」
そう言って冗談めかして言うアスランの言葉に、ミネルバやハイネ隊らの事を考えたメイリンも安心した様に笑うのだった。

 

そしてハサウェイはそうして結論付けた「状況判断」を皆にと示し、作戦の成功は疑い無しだと言う鼓舞の短い演説をすると、皆を見回した。
「では、時間合わせをする!……ガルナハン作戦のAコード時間合わせ……各、戦闘時計、時間合わせっ!」

 

その合図に合わせて、その場に集った奇襲部隊の全員が一斉に、時計を合わせた。
これもまた、士気を高揚させる為の一つの儀式だった――どれほど技術が進歩していようとも、結局は事を為すのは人間<ヒト>であると言う現実を示す一つの証でもあろう。

 

ともあれ戦闘ゼロ時刻にと定められた現在――午前8時を基準にして各マシーンが行動を開始する。
整備スタッフ達によって次々と各マシーンが立ち上げられて行き、各機のエンジンは(その機関システムはそれぞれ異なるが)揃って小気味よく吹き上がって行く。

 

その喧噪を耳にしながら、各パイロットは手早くビタミン剤と精神安定剤を服用する。
「この期に及んで言う事は何も無い。ただ全力を尽くそう」
MSパイロット達だけを集めた輪の中で(例外的にイラム、ミヘッシャ、メイリンの3人だけが一緒にいたが)、こちらではハサウェイから譲られたアスランが皆にとそう言って、出撃前に皆の心を一つにする儀式を簡潔に終えた。

 

「おう!」
そして異口同音に揃って唱和して、各自がおのおの自分の愛機へと散会して行く。
ここまではMSにと同乗してきたイラムとメイリンも、本格的な戦闘以外にする事がないここから先はミヘッシャの乗る6ギャルセゾン――今回はMS母機ではなく空中戦闘管制機としての任に就く機体だった――へと乗り移るのだ。

 

そんな中、一度きびすを返して愛機のインパルスガンダムへと向かおうとしかけたシンは振り返り、思わずアスランの方にと目を向けて彼と目を合わせてしまう。

 

「シン、どうした?」
そう尋ねて寄越すアスランに向かって、シンは一端うつむいてから再び顔を上げ、たどたどしい感じながらもアスランへとキチンと目を向けて語りかける。
「隊長、あの…………その、俺……色々と、本当にすいませんでした……」

 

これまでの自分が彼にと対して取っていた態度を詫びようとしているシンを見て、アスランはふっと優しい微笑みを浮かべた。
「いいんだ、シン」
「隊長……」

 

「俺も、もっと早くちゃんと君とも沢山話さなくちゃいけなかったんだな……と思っているよ」
これが終わったら、一杯付き合ってくれないか?
微笑を浮かべたまま、そう言うアスラン。

 

「隊長……。……ええ!」
彼の方から手を差し伸べてくれたのだと言う事はもちろんシンにも理解できたから、素直な気分でシンもまた頷く事が出来た。
そして二人は互いに敬礼を交わし合って、それからきびすを返して自機へと急ぐ。

 

準備を終えて洞窟の中から歩み出て来たメッサーとザクが、それぞれのギャルセゾンの上甲板上へと次々と乗り移り、搭載を終えたギャルセゾン各機が次々にVTOL発進を行って行く。
そして上空で待つそれらの中へと3機のガンダムもおのおの飛び上がり、全機無事に発進を終えた奇襲部隊は今度は一団となったそのままに、高速で一路ガルナハンへの侵攻を開始するのだった。