機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第12話前編

Last-modified: 2009-03-11 (水) 13:12:32

既に数次に渡りザフト地上軍に多大なる出血を強いたローエングリンゲートへの途を、マハムール基地より出撃して来たザフトの第3次攻略部隊が今、再び進撃していた。

 

中型地上艦ピートリー級の〝バグリイ〟が響導巡洋艦の如くその先頭に立ち、その後ろに旗艦となる大型のレセップス級地上艦〝デズモント〟が続航している。

 

地面を微細動により液状化させて推進するスケイルモーターを唸らせながら走る両地上艦の更に後方には、本作戦の増援となる二隻のミネルバ級惑星強襲揚陸戦艦、ミネルバとディアナが低空を飛行して続く。
就航時からの塗色のままのミネルバに対して、その真後ろに密着するかの様な超至近距離を保ったまま続航するディアナの方は、その巨体をこの荒野と空に紛れ込む様な迷彩塗装にと全身を塗り替えていた。

 

『間もなく、ポイントCを通過。各艦、MS隊の発進を開始!』
旗艦デズモントに座乗するラドル司令官よりそう命令が下され、他の各艦ともども、一斉にその艦内に収容したMS各機を続々と発進させ始める。

 

二隻の地上艦から続々と吐き出されて行く、多種多様なザフトのMSたち。
空戦用MSのディン(レドームを背中に背負ったAWACSタイプを含む)とバビは発進の勢いをそのままに母艦の上空へと駆け上がって行き、
地上戦型のMSであるジンオーカーに、その後継機のゲイツオーカー、MSへの簡易変形も可能なモノアイガンタンクの様な印象のガズウートと言った各機はそれぞれ母艦の艦体上にと陣取り、
そしてある意味ここが〝異世界〟なのだと言う事を最強無比の説得力で見せつけてくれる存在であるかも知れない「四足獣型のMS」(!)の群――紺色の豹の様なバクゥたちの中に、
マハムール側のMS総隊長機である、虎を思わせるラゴゥの一回り大きいオレンジの機体が1機だけ混じって見える。

 

それらザフト地上軍のMSたちの、もう大分目に馴染んで来つつある機影を眼下にしながら、その事実に
(もう、「この世界」に本当に慣れて来てしまっているのだな……)
と言う事をふと実感させられる、2ギャルセゾン機長のシベット・アンハーン。

 

彼をリーダーとしてこちらの主攻部隊に加勢する、マフティーの支隊のギャルセゾン3機はザフトMS隊の発進開始の以前から早々とミネルバから発進し、艦隊と併走してその上空を飛んでいた。

 

戦闘継続可能時間がバッテリー駆動のC.E.世界のMSの比ではないメッサーを持つ彼らの場合は、逆にザフト側に合わせる方が却って運用の足枷になるし、
ザフト側としてもマフティーの持つ超高性能なセンサー系の能力を活用出来ると言うメリットがある為、その様にされていた。
――実はもう一つ、別な理由もあるのだが……。

 

ザフトの各母艦が一斉に自軍MS隊の発艦を始めたのを確認して、
「キャプテン、降りますよ?」
と、シベットの隣の副操縦士席に着くコ・パイロットがそうシベットに声をかけると、操縦桿を操作してギャルセゾンの機体を併走しているディアナの舷側へと降下させて行く。

 

近付いて来た2ギャルセゾンに向かって、MSの発艦開始の為に展開しているディアナのカタパルトから打ち出されて来た、ブレイズウィザードを増着するオレンジ色の胴体と左肩アーマーを持つザクファントムが放物線を描いて舞い降りて来る。

 

シベットが絶妙なスラスター操作でその下へと持って行ったギャルセゾンの機体が、柔らかく受け止める感じで見事にザクを上甲板上にと収容した。

 

『やあ、よろしく頼みます!』
降着の振動の後、接触回線による声で気さくに挨拶を寄越すのは、ハイネ隊の副長格である、グロスと言う青年パイロットだ。

 

甲板上に佇立していたドラブ・リッドのメッサーが、念の為に自機で制動を掛けられる様にと受け止められる構えでいたのだが、その必要も無いくらいに見事な降着機動だった。

 

(流石に長年ハイネと組んで戦って来たパイロットだな、いい腕だ……)
シベットやリッド達にもそう思わせるだけの確かな技量の持ち主である彼のザクファントムは、実は新型機グフイグナイテッドにと乗り換えたハイネがそれまで駆っていたザクファントムを譲り受けたものだったりするのだが、
ハイネ隊ナンバー2の技量の持ち主でもあるそのグロスのザクと、同ナンバー3の技量の持ち主であるパイロットが駆るゲイツカスタムの2機だけは、
本作戦においてはミネルバのザク2機が通常そうしている様に、ギャルセゾンにメッサーと相乗りをして戦闘参加する事になっていた。

 

こちら側の支隊のメッサーが4機なのに対して、ギャルセゾンの方は3機あるのを活かそうと言う事なのだが、それが出来るのも腕利き揃いのハイネ隊ならではと言うところではあった。

 

その様子を横目に見ながら、こちらの正面攻撃の主攻部隊のMS隊総監を担うハイネのグフイグナイテッドがディアナのカタパルトを飛び出すと、背部のウイングユニットを展開してそのまま飛行して前方へと進出して行く。

 

「しかし、ザクに加えてグフか……。しかも〝この世界のグフ〟は普通に飛べると来る……」
思わずそんな呟きを漏らすマフティーの面々であったが、その上更に〝ドム〟までもが実は存在したりすると言う事実を知ったならば、果たしてどんな顔をしたであろうか?
少なくともそれはカーペンタリアから宇宙へと上がった後方支援要員のマフティーのメンバー達しか、まだ知らない話ではあったが……。

 

ともあれ、2隻のミネルバ級も艦載MS隊の発艦を順調に継続し、ミネルバからは元ニーラゴンゴ空戦MS隊を構成していたディンとバビが、
ディアナからはザフトのMS用空中機動飛翔体グゥルに乗った、各種ウィザード装備のザクおよびエースパイロット達各々個人用にと強化改修を施されたゲイツカスタムから成るハイネ隊の各機が、それぞれ空中にと舞い上がった。

 

空陸から先行して行くMS隊に続く様に、後尾を飛んでいたミネルバ級の2隻はここで地上艦を追い越して先に立つ。

 

そして前方にはローエングリンゲート要塞の威容と、その防衛線を構成する多数の地球連合軍MS隊の機影とが見えて来た――。

 

「センサーに反応あり! エリア1より急速に接近中の敵勢力を発見、……識別は、ザフト軍地上艦レセップス級1、ピートリー級1、それに――これは!? もう1つは、〝ミネルバ〟級ですっ!」
「ザフトめ、性懲りもなくまた来たか! 総員、戦闘配置!迎撃のMS隊は直ちに発進せよ!」
驚きも交えて緊迫した声のオペレーター兵がザフト部隊の接近を告げ、既にそれを予想してコンディション・レベルを上げられていた全要塞内に、防衛指揮担当の当直将校は直ちに迎撃命令を出した。

 

「ほう、〝あのミネルバ〟級を持ち出して来ましたか」
にわかに緊迫の様相を呈し始めたオペレーションルームを見下ろしながら、その上方にしつらえられた指令部用ブースの要塞司令官席の周囲の椅子に居並ぶ幕僚連の一人がそう呟く。

 

「ザフトも必死と言うわけですね」
それを受けて司令官の傍らに立つまだ若い副官がそれを受けてひとちごちるが、そのやりとりを聞いて司令官は鼻を鳴らして嘲笑〈わら〉って見せた。

 

「ふん、ザフトの奴らめ。新型艦など繰り出して来たところで結果は同じ事だ。まとめて薙ぎ払ってやる!
ローエングリン、エネルギーチャージを開始だ!防衛隊、〝ゲルズゲー〟の発進を急がせい!」

 

これまでも侵攻を試みるザフトの地上軍を空しく壊滅させて来た二つの切り札を用意させる。
地形を利しての、元々の堅固な守りを持つ要塞の立地のその上に加味される、最強の矛と、無敵の盾。

 

このローエングリンゲート要塞を難攻不落たらしめているその二つがある限り、我らの勝利は揺るがん!と、そう確信しているが故に司令官には不安などは全く無かった。
故に、そこで一つの懸念要素を口にした幕僚の一人をじろりと睨め付けて見せたのも、また自然な事だった。

 

そう言えば……と、その幕僚が気にして見せたのは他ならぬマフティーの事だったのだが――
「一つ気がかりな事があるとすれば、噂に聞くマフティーとやら言う連中が、今回はザフトに混じって共に攻め寄せて来る様だと言う情報ですが……」
と言うのをみなまで言わせずに、司令官は、強い口調で遮る様に言いきった。
「そんな心配は無用だ。少しばかり高性能な機体を揃えてはいるらしいが、そう言ったところで、所詮はたかがMS。持てる火力にいかほどの事があると言うのだ?」

 

「ごもっともですな。何しろ我がローエングリンですら完璧に防ぎ得るリフレクターなのですからな……」
お追従する様に言う幕僚の一人の声に、その他の多くも調子を合わせて一斉に頷く。

 

「ザフトの奴らどもだけと言わず、むしろ奴らを相手に無様をさらし続けの不甲斐ない宇宙軍や海軍の連中にも、我々こそが〝地球連合軍の真の実力〟のなんたるかを見せつけてくれようではないか!」
そう煽り立てる様に言う司令官の言葉に、要塞司令部内のボルテージは一気に高まる。

 

友軍に多大な損害を与えてくれた「仇敵」たる、ミネルバ及びマフティーなる〝ぽっと出のテロリスト共〟もまとめて葬り去れば、自分達の武勲は比類無いものであり、叙勲や昇進も確実であろう。
自らの勝利を疑いもしない司令官達の脳裏には、間もなく開始されるであろう戦闘への意識ではなく、この戦いを終えた後に待っているであろう「バラ色の未来」の光景の想像図が満開になっていた。

 

――そんな要塞首脳部の漂わせる弛緩した空気に関わりなく、その間にも要塞所属の防衛MS隊各機の発進は順調に行われ、防衛戦力の主力を成す、ジェットストライカー装備のダガーLと、こちらは地上に展開するストライクダガーが、
その中に少数の同じくジェットストライカー装備のウィンダムや、ソードとランチャーの両ストライカーをそれぞれ装備のダガー(105ダガー)、数機のバスターダガー等の姿も織り混ぜながら、続々と飛び出して行く。

 

更にその後方の大型機用の発進ゲートから、地球軍の切り札の一つである「無敵の盾」こと、拠点防衛用大型MA〝ゲルズゲー〟がのそりとその異形を現した。

 

ずんぐりとした胴体から生やした六本の脚部に、一対の羽の様な形状の大きく後方に伸びる上部スラスターを持つ昆虫を思わせるフォルムの機体の上部から、まるでケンタウロスの様に人型のMSの上半身が伸びていると言う全体のフォルムは誰の目にもそう見えるだろう。

 

だが実際にこのゲルズゲーはその見た目の印象を裏切る事のない、恐るべき実力を備えた兵器だった。
そしてその能力を再びザフト相手に見せつけるべく、機体下部のバーニアを吹かして、脚部を折り畳みながらゲルズゲーはその巨体を舞い上がらせた。

 
 

『全機、射線上から待避ッ!』
グフに乗って空中から戦場全体を見回しながらハイネが叫ぶ。

 

その命令を各機が復唱しながら伝達しあい、空陸両面から艦隊の前方へと出て行きつつあるザフトのMS各機は、当初の作戦計画通りに一斉にタンホイザーの射線を避けて待避に移った。

 

そうして友軍MS隊から開かれた隙間を縫うようにしてぐっと前進し、ミネルバは上昇して決戦兵器である艦首の「陽電子砲」、タンホイザーの発射態勢を取る!

 

その機動を目にした前方に展開している地球軍MSの間から、呼応して飛び出して来る大型MAの異形の機影が見えた。
自慢のエネルギーシールドで、タンホイザーを防ぎきって見せようと言うのは間違い無い。

 

(かかったな!)
だが、その動きを見た多くのザフト将兵達は、異口同音に内心でそう快哉を上げていた。

 

ミネルバのタンホイザーが無効化されるのだとしても、それは最初から織り込み済みの上の事で、
本当の狙いはその〝盾〟たるMAを自ら前線へと出て来る様な状況に引きずり込む事こそが目的だった――つまり、ミネルバとそのタンホイザーは豪儀な撒き餌なのだ。

 

臨界したエネルギーの余波が白光させるタンホイザーの巨大な砲口から、猛烈なエネルギーの奔流が迸る。
周囲の世界をそのまばゆさで染め上げながら宙を駆けるそれが、あっと言う間に要塞の前方にと展開する地球軍へと迫り、猛烈な爆発の中にその姿を巻き込んで行った――少なくとも、侵攻するザフト・マフティー同盟軍の側からはそう見えた。

 

「くっ!流石に……!」
タンホイザー着弾の猛烈な爆風を避ける為に四肢を畳めて地に伏せさせている機体が、それでも猛烈な爆風に激しく揺さぶられる。
ラゴゥに乗るマハムール基地MS隊の総隊長も、部下達と同様に思わずそう声を漏らしていた。

 

これほどの爆発の中だ。いかにあのMAが化け物じみた防御力を持つ機体だと言っても、これなら倒せるのではないのか?
と、地球軍の開発した対「陽電子砲」リフレクター、シュナイドシュッツの防御力の全てを知らないが故にそう感じていた彼ら、ミネルバの乗員を除いたほとんどの将兵は一様に、
次第に収まって行く爆煙の中から無傷の姿を再び現した地球軍MAと、その後背のMS群を見て、当然の驚きに目をみはらされた。

 

「……本物の化け物かよ!?」
「いや、まだだ!」
異口同音にそう呟きを漏らしていた多くの将兵達を叱咤する様に、ハイネからの声が飛ぶ。
そう、これで終わりでは無かった。

 

ザフトが繰り出して来た新手――ローエングリンと同様の「陽電子砲」を装備した新型艦ミネルバ級の存在を確認して、念の為早々と前線に出て行ったゲルズゲーの判断は的確だったな。

 

要塞内のオペレーションルームの巨大なスクリーンで戦況を見守っていた司令官が、そうゲルズゲーのパイロットの状況判断を内心で賞賛する。

 

「見たか!ザフトの奴らめ。「陽電子砲」には「陽電子砲」で対抗しようなどと考えたのは、貴様等にしては上出来だとは言ってやろう。だが、甘かったな!」
ことさらに余裕を見せ付ける様に、あえてザフトのコーディネーター達を認めてやろうと言うかの様な態度でもって言う司令官。
もちろん、本音としては揶揄であるのは言うまでもない。

 

「最強の矛と無敵の盾、その両方を備えてこそ完璧なのだ!」
またもや司令官に追従する様に、幕僚連の中からもそう声が上がる。

 

だが、その次の瞬間響き渡ったオペレーター達の愕然とした叫びでの報告に、彼らの余裕の表情は一瞬で凍り付くことになったのだった。

 

「なっ!? ミ、ミネルバ級のその後方に、更にミネルバ級がもう一隻っ?」
「あ、新たなミネルバ級――「陽電子砲」発射態勢ですっ!」

 

「な、何だとッ!?」
司令官をはじめ、幕僚達の多くが驚愕のあまりに思わず腰を浮かせて跳ねるように立ち上がっていた。

 

自艦のタンホイザーの発射を終えたミネルバが、地表の側へと向かって艦体をすとんと落ちるかの様な動きで一瞬の内に降下させ、
それまでその後方に接触しそうな程にまでピタリと付けて同軸で飛ぶ事で地球軍の目から隠していた〝その妹〟〈ディアナ〉の姿をあらわにさせた。

 

「な、何だとっ!?もう1隻いただとっ! なぜ気付かなかった!!」
今度は地球軍の方が、将兵揃って一様に驚愕させられる番だった。

 

周囲の荒野と空の風景の色の中にと溶け込む迷彩塗色を施して来たディアナと、原色の艦体塗装のままのミネルバは、同型艦である事を活かしての超至近距離での同軸機動飛行と言う、
操艦の妙技の真髄を求められる、まさに神業的な艦隊機動を実行して見せていた――それが、母艦同士もまた訓練を行っていた理由とその内容だった――わけだが、
無論、地球軍にミネルバ級は1隻と「誤認」させるのに成功していたのも、やはりマフティーの助力によるところが大きかった。

 

そういった絶妙な連携機動でもって、センサーやレーダーに映る艦影をあたかも1つであるかの様に装わせたその上で、
後方を飛ぶディアナの周囲を囲んで同航するギャルセゾン各機が、自軍の運用には大きな影響を及ばさない程度を測りながら適宜散布するミノフスキー粒子の薄いベールが、
さながら煙幕の様にディアナの存在を地球軍の索敵機器類の目から包み隠していたのである。

 

マフティーを主力とした奇襲部隊こそが真の本命であるとは言え、基本的には囮役である主攻部隊の側もただ漫然とその役を果たすと言うのでは無しに、
こちらはこちらで編成上可能な戦術的ポテンシャルを最大限に駆使して、本気でローエングリンゲート要塞を陥としにかかっていたのだ。

 

そしてそれはこの時完璧に成功していた。

 
 

成程、確かにタンホイザーをも完璧に防ぎきって見せられるシュナイドシュッツの防御力は恐るべき代物だ。
だが、最強の剣たる「陽電子砲」の使用には莫大なエネルギーのチャージが必要であるのと同様に、そのリフレクターもまた展開には相応のエネルギーを必要とする代物である筈。

 

ミネルバのタンホイザーを無効化した直後のこの今、そのタイミングでもう一撃同じ攻撃を繰り出されたとしたならば――もう一度受け止めきれるだけの出力強度のリフレクト・シールドを展開するのは不可能!

 

ゲルズゲーも、その後方のMS隊の大半もろともに、今度は要塞はザフト艦の「陽電子砲」に焼かれる――
それが明らかだからこそ、地球軍の側はそれまでの楽勝ムードから、驚愕と共に一瞬の内に絶望の奈落へと叩き落とされていたのだ。

 

エネルギーの臨界に近付いて白光の膨大さをより増して行くディアナの艦首の彼方に、誰の目にも明らかな程に慌てふためく地球軍防衛部隊各機の姿が見える。
と、その後方にそびえる要塞の一角に小さな爆発が起き、その爆煙の中から高速で飛び出してくる一つの機影があった!

 

それを確認した艦長副長以下、ディアナCICのスタッフ達は一瞬訝しみを覚えるものの、もはや最終段階に入っているタンホイザーの発射に集中する以外には無く、構わずに続行する。そして――

 

「タンホイザー、てーっ!」
艦長の号令と共に、艦首から膨大なエネルギーの光を迸らせるディアナ。実戦では最初となる、彼女のタンホイザーの発射だった。

 

先程のミネルバのものと全く同等のエネルギーの光条が空中を駆け、前方に展開する地球軍を呑み込んで行く――そして再び激しい爆発が巻き起こった。

 

『やった!今度こそ……』
無意識にそう呟いていた、ミネルバのオペレーター席に着いたアビーの呟きに、
『いや……』
と言うシベットの声が返される。

 

その声にハッとしたアビー達ミネルバCICのスタッフ達は、タンホイザーの発射の瞬間までの地球軍の動きを捉えている、ギャルセゾンから送られて来ているマフティー側の戦術データ表示に目をやった。

 

そこに示されていたのは、後方の要塞の中から高速で一気に飛来して、ディアナのタンホイザーの射線のその正面へと突っ込んで来るコースを取っていた不明の大型飛行物体の機影だった。

 

同様にマフティーからのそのデータを受け取っているディアナ、デズモント、バグリイの各艦のCICでもそれを確認していた。

 

再び撹拌された大気が吹き散らして行く爆煙の中から現れる、リフレクターのバリアーの光輝。

 

「馬鹿なっ!?そんなにチャージが早いっ?」
それをゲルズゲーの仕業と誤解した多くのザフトの将兵達が異口同音に驚愕の声を上げるが、直後にそれは違うと言う事が彼らの目にも明らかになった。

 

ディアナからのタンホイザーの第二次攻撃を防ぎきったシュナイドシュッツを展開させていた機体は、ゲルズゲーとは全く異なるデザインの大型のMA――
偶々このタイミングで前線での実地試験の為に先行試作機が持ち込まれていた、最新鋭機の〝ユークリッド〟であった。

 

ゲルズゲーを凌ぐサイズの機体を持つ大型のMAだが、ゲルズゲーやザムザザーの様な手脚を持ったデザインの新世代型のMAとは異なり、
こちらはメビウスやエグザスと言った、航宙重攻撃機としてのこの世界における旧来からの兵器区分としての方の意味でのそれ――の系譜に連なる新世代型の機体だった。

 

「くっ、地球軍の方にも〝助っ人〟がいたのか!」
驚愕の思いを滲ませながら、舌打ちする様に言うアーサー。

 

「今度はこちらが撃たれる番よ!総員、回避に備え!」
一拍置いてタリアが、漂う驚愕の空気を吹き飛ばすかの様に声を上げる。
戦術の一つが上手く行かなかったからと言って、彼女らには呆然としている暇などは無かった。

 
 

「……ユークリッドの機長に発信。『臨機応変なる出撃の判断、見事なり』……以上だ。私の名で送れ」
まさかの敗北を覚悟させられて、それが予想もしない友軍の1パイロットの勇断によって防がれ、危うく一命を拾ったのだ。
この時ばかりは司令官のその命令を下す声にも本気の安堵がにじみ出ていた。

 

発進許可も通さずに、自機の持つビーム砲で格納庫のシャッターを中から吹き飛ばして行ってくれたユークリッドの機長だったが、
基地が敵の「陽電子砲」に焼かれる事を考えれば、その程度の「軍規違反」に何ほどの事があろう。

 

友軍への決定的な損害を未然に防ぎ、そのまま先頭に立ってザフト侵攻部隊へと対峙しているユークリッドの姿を頼もしげに見つめる司令官は、そこへと告げられた待望の報告に大仰に頷いた。

 

「指令。ローエングリン、エネルギーチャージ完了!いつでも撃てます」
ようやく回ってきた自軍のターンと、司令官は――つい今し方、安堵からヘナヘナと腰を下ろしていた事などきれいさっぱり忘れたかの様に――勇んで椅子から立ち上がる。

 

「やってくれおったな、コーディネーター共め!肝を冷やしたぞ……。今度はこちらの番だ、たっぷりと味わえ!」
そう叫ぶ様に言い切り、ローエングリンの発射を命ずる司令官は凶相を浮かべていた。

 

もっとも、油断をしていたせいで危うく本当に死にかける羽目に陥ったと言う屈辱と、そこまで追い込んでくれた相手への逆上的な憎悪の想いは他の将兵達もまた同様で。
彼らのその激情を乗せるかの様に、要塞内から姿を現したローエングリンがミネルバとその妹へと向けて放たれる!

 

迫り来る「陽電子砲」の光条に対して、まるで示し合わせたかの様に――実際、そうだったのだが――互いに左右にそれぞれ転舵してそれをかわす2隻の姉妹艦。

 

「ちっ、揃ってかわすとは!」
余裕を取り戻してきた幕僚の一人が忌々しげに舌打ちするが、逆にそれを耳にして司令官は完全に余裕を取り戻した。
「まあよい、時間の問題だ」

 

〝2対2〟ならば、もはや鉄壁を打ち破られる隙は無く、我が軍の勝利は揺るがん!
そう計算した司令官は万が一にもそれに綻びが生じない様にと、守りの切り札たる両MAを死守せよ!との命令を下す。

 

戦況の展開に士気を盛り返した防衛部隊のMS各機が一斉に、ザフトの迎撃へと前がかりに向かい出した。

 

眼前で、今度は地球軍の迎撃部隊のMSたちが一斉に左右に分かれ、あるいはその高度を下げる。
明らかにローエングリンの発射態勢だ。

 

その回避の動きを解析した予想射線上の目標はもちろん、上空のミネルバとディアナ。
脅威レベル最大の標的から狙うのは道理。

 

「面舵!」
「取舵だ!」
両艦のCICではそれぞれの艦長が同時にそう叫び、その巨体からすれば驚くほどの軽快さでローエングリンの射線からの回避運動に入る両姉妹。

 

既にそれを予測して、事前に示し合わせた自艦の待避方向への当て舵をしておいた両艦の操舵手の技量が充分に発揮されていた。
――無論の事、それを賞賛する様な余裕はこの時に存在しなかったが。

 

かわしてくれ!と、祈る様な気持ちでそれを見守るしかないその他のザフトとマフティーの面々の眼前で、
それぞれ左右に分かれて転舵した2隻のそれまで飛んでいた軌道上をローエングリンの光条が空しく走り抜けて行った。

 

(よし!)
安堵の思いで一つ頷くハイネ。
それは彼以外のほぼ全ての者とも共通したものだったが。

 

この作戦の戦術上の最大のリスクはひとまず乗り越えた。
後は〝次の局面〟までの間を持ちこたえられるか?と言う、自分達の頑張り次第だ。

 

『ハイネより、MS隊各機へ!戦闘ステージをフェイズ2に移行だ!俺達の出番だぞ』
そう号令を掛け、こちらもそれまで待機していたMS隊を前進させる。

 

「陽電子砲」の撃ち合いとなるであろうフェイズ1の段階は、からくも地球軍の側に軍配が上がった。
ならば、MS戦が主体となるフェイズ2の戦闘段階で乱戦の状況に持ち込んで、あのMAたちも下がらせず、またそれでローエングリンの第二射を躊躇させる。
それが正面攻撃の主攻部隊である、彼らの側の戦術目標だった。

 

『全機、突入せよ!』
総監たるハイネの命令一下、直卒のバクゥ部隊に突撃を命じるラドル隊のMS隊総隊長。
彼自身の駆るラゴゥを中心にした四脚獣型のMSの群が、一斉に大地を蹴って前へと走り始めた。

 

その後を追うように2隻の地上艦も再び前進し、その大中口径の艦載砲の火力による砲撃を開始し、バクゥ部隊と、その後に続くザク、ゲイツオーカー、ジンオーカーらの突入を援護する。

 

もちろん上空でもハイネのグフを先頭に、空中にいるSFS使用の各機が、続航する空戦用MS隊とミネルバ級2隻からの援護射撃を受けながら突撃を開始していた。

 

迎え撃つ地球軍側の方も空陸両面から押し出して来る。
両先鋒のMS同士の白兵激突に先駆けての相互の火箭が飛び交わされ始めるが、やはりこちらの初手は攻撃するザフト・マフティー同盟軍側の方が取っていた。

 

先陣を切ったハイネのグフにたちまちの内に追い付いた3機のギャルセゾンと、その機上に載る4機のメッサーがザフト機に先駆けてメガ粒子ビームを放ち始め、
ここでもまた、初めてマフティーのその戦闘力の一端を目の当たりにした敵味方双方を驚愕させると言う、今やマフティーが参加する戦場においてのテンプレートと化しつつある情景が展開されて行く事となった。

 

完璧なアウトレンジ、でありながら正確無比の照準精度と、射撃速度、そして馬鹿げたその威力。しかも、機動しながら平気で撃っていながらのそれだ。
ただ、機数そのものはやはり少ない為に、彼らマフティーの支隊は敵防衛陣の中央に突入口となる穴をこじ開ける事を狙っての、正面中央への攻撃を集中させていたから堪らない。

 

たちまち地球軍防衛陣の中央隊の先鋒には連続する爆発の華が咲き乱れ、その陣形の中央に大穴を開けられて行く事になった。

 

「な、何だとッ!」
「馬鹿なっ!? あ、あんなMSが……?」
四度目の驚愕を再び投げ返される地球軍の側に対して、やはり驚愕は感じている事では同じでも、ザフトの側は逆にその頼もしい「同盟軍」の力に歓喜し、士気を一気に上げていたのだが。

 

「凄ぇや!? なんて奴らなんだ……!」
「し、信じられん!ナチュラルが、自分達だけでこんなMSを作り上げただとっ?」
と言った、驚愕と半信半疑ない交ぜの叫びや呻きが無数に飛び交うが、そんな冗談の様な凄まじい機体が彼らの味方なのである。
戦闘中のこの状況下においては、それを喜び、自らも闘志をかき立てられない者などいる筈が無かった。

 

『彼らに負けるな!我々も続け!』
マフティーの圧倒的な攻撃力の矢面に立たされ、明らかに怯みが見えている地上の地球軍MS隊のただなかへ、
背負った火砲やミサイルを放ちながら大地を蹴って迫って来たその勢いを乗せたままに、ラゴゥに率いられたバクゥの群が、口部に横向きに装備されたビームサーベルの光刃を伸ばしながら突入して来た。

 

ビームサーベルと言う〝牙〟のみならず、前脚のクローを使った加速からのタックルと言った四脚獣形態ならではのトリッキーな攻撃法にとっさに対処仕切れず、翻弄されて行くストライクダガー隊の先鋒たち。

 

更にバクゥに続いて突撃をかけて来たゲイツオーカーやジンオーカー、少数のザク(ウィザード無装備の軽装基本状態か、スラッシュウィザード装備)と言った通常の人型MS隊も、
バクゥ部隊が打ち込んだ楔の亀裂を更に広げようと、連合の防衛MS隊との交戦へと突入し始める。

 

無論、地上だけではなく空中戦においても、その構図は全く同等だった。
マフティーの超長距離攻撃で削り取られて行きつつある敵中へと、その射線を妨害しないように回り込みながら一気に接近して行くオレンジのグフイグナイテッッド。

 

一気に滞空するダガーLたちとの距離を詰めると、手近な1機のその頭部に右腕の内側から伸びた高周波を放つ鞭、スレイヤーウィップを叩き込んで粉砕し、幸先よくそのダガーLを撃破する。

 

「はあっ!」
気合いの入った叫びと共に、更に一撃、二撃。
瞬く間に3機を戦闘不能に陥れると、左腕のシールド裏面に格納されたテンペスト・ビームソードを引き抜いて構えさせながら、一気に次の敵編隊へと突っ込んで行く。

 

右手に構えられたMS用サイズのショートソードと言う印象のテンペストの刀身がスライドして伸び、ロングソード大の長さになると、その両刃に沿う格好のビーム刃が発生する。
インパルスガンダムのエクスカリバーや、敵である地球連合軍のソードストライカー用のシュベルトゲベールと言った、実体刃とエネルギー光刃を併用する巨大な対艦刀を、対MS用を主眼にコンパクトに再設計した効率の良い武器だ。

 

宙を駆けて突進するハイネのグフは次の敵機編隊の隊長機と覚しきウィンダムに斬りかかる。
受けるウィンダムの方も流石にベテランらしい動きは見せ、大型の盾でテンペストの斬撃を受けようとするが、それでもハイネの方が一枚上手。

 

そうと察っするや、ハイネは素早く実体刃であるテンペストの切っ先での刺突にと繰り出す初太刀を切り替え、突進の勢いも乗った一撃にそれを受けた盾ごとウィンダムがバランスを崩したその隙を、返す一刀で逆袈裟に斬り上げた!

 

「遅い!」
叫びながら攻撃の手を休めないハイネ。
瞬く間に隊長機を落とされ愕然とする左右の僚機のダガーLを、右側の方には振り向き様にの左腕のスレイヤーウィップ、更には返す刀でテンペストを握った右腕のドラウプニル4連ビーム砲を左の敵機にと叩き込んで、すぐに隊長機の後を追わせる。

 

先頭に立って単機で前線に突入して来たハイネのグフの圧倒的な姿に、脅威と見た地上側の地球軍MSの一隊が動いた。

 

「出過ぎたなっ、馬鹿め!慌てふためけっ!」
そう自らへの鼓舞を兼ねての罵声を上げながら、各機が一斉に頭上のグフを狙ってミサイルを打ち上げる。

 

だが、その直後に慌てふためく羽目になったのは、当の彼らの側であった。

 

「ちっ!」
ミサイル接近警報を受けたハイネは、普通はそうするだろうと予測する回避機動をではなく、とっさの判断で代わりに何とそれらの追尾を受けたまま一気に急降下をしかけ、
発射元である地上の敵MSの一隊のただ中へと、それらのミサイルを引き連れつつ突っ込んで行ったのだ。

 

「なっ!?何だとっ!」
驚愕の叫びと共に、予想だにしなかった反応を目にしての硬直で一瞬その動きが止まってしまう地球軍MS隊。
ハイネは地表に激突するかの様な勢いで猛然と突っ込んで来て、そのギリギリ寸前で引き起こしをかけ、そのまま飛び抜けて行く――ご丁寧にも、飛び抜けざまに手近の1機にスレイヤーウィップを叩き込んで見せてまで行った。

 

だが、地球軍MSたちの方はそれに激昂し、飛び去るグフに反転して追いかけの反撃をするどころでは無かった。
幾ら敵味方識別の為の信号を発してはいるとは言っても、物理法則に従って重力加速も付けて降って来る〝活きている〟ミサイルの、その軌道の矢面に立たされる格好になっていると言うのはどうしようもない。

 

引き起こしが間に合ってグフを更に追尾し続けて行く事が出来た分を除いたミサイルの大半は、そのまま彼らを撃ち放った母機達の元へと降り注ぐ事になった。

 

『ッ! おたくの隊長さん、豪快にやってくれるじゃないか……!』
敵のMS一個中隊を、彼ら自身が放ったミサイルの群に撃破される羽目に追いやった、
ハイネのその一連の戦闘機動を目にしたリッドが、自然と口に出た賞賛の思いを相乗り相手のグロスに向かって呟く。

 

『ああ、ハイネの奴、今日はいつにも増して気合いが入ってるぞ!』
自身もいささかの驚きを含んだ声でグロスもそう返す。
文字通りに目を見張る様なハイネの奮戦ぶりには、長年相棒として共に戦って来た相手である彼をして、そう感じさせる程のものがあった。

 

自軍の先駆けとなって敵陣に切り込む役目と同時に、自らが奮戦するその姿でもって友軍の士気をも鼓舞しようと言うハイネだったが、
同時に、共に戦う事となったマフティーに対しての〝まっとうな〟良い意味での「対抗心」もまたあっての事で。

 

上空へと再び駆け上がりつつあるハイネのグフは、遅れてなおも追尾してくる数を減じたミサイル群へと向けて、臨時にリアスカートにと携行して来ていた(本来はディン用の装備である)90ミリ対空散弾砲を構えると、
相対させる様にそこから放った散弾で迫り来るミサイル群全てを爆散させて行った。

 

近接戦用MSにと最適化されているグフイグナイテッドではあるが、FCS(火器管制システム)もちゃんと備えており、固定装備のドラウプニルだけでなく、両腕のマニピュレータに手持ちの火器を持たせての射撃戦にも、当然対応は出来る。

 

ザフトMSの携行火器の主流もまた他勢力の軍同様に、より破壊力が大きく、PS装甲機であっても問題にしないビーム火器偏重にと移って来ている中で、
マフティーが用いるサンド・バレルの事を知って、そこから(実体弾兵器である)90ミリ対空散弾砲にも同様の「防御用兵装」としての有効性を見出せないか?
と言う事をふと思い付いていたハイネによる、文字通りの「実戦試験」だった。

 

戦闘を行いながら、同時にハイネはグフイグナイテッドと言う自らが与えられた新鋭機の、想定の内と外それぞれのポテンシャルをも引き出して見る事を試みると言う役目もまた、しっかり果たしていたとも言えよう。

 
 

ともあれそうして、マフティーがその猛射でこじ開けた〝穴〟の中へと突入したハイネが見事な奮戦を見せ、更にその穴の先端を敵中深くへと広げて行く。

 

『ハイネに続け!』
2ギャルセゾン機上に乗るグロスが鼓舞する様に言い、3機のギャルセゾンと複数のグゥルに乗ったメッサーとハイネ隊のザク、ゲイツカスタムがその後を追って突入し、
更にその後ろから旧ニーラゴンゴ空戦隊――いや、本作戦においては「ミネルバ空戦隊」と言うべきだろう――を先頭にしたディンやバビらの空戦MS隊が援護射撃を放ちながら続いている。

 

ハイネが常にも増してけれん味たっぷりに派手な大暴れを決めて見せたのは、友軍が突入する為の〝穴〟を広げながら、同時にそれで敵を自身へと誘引するのも狙いの内だったわけだが、
そうして生み出された隙を衝いて更に前がかりに仕掛けるのが、ギャルセゾンとそれに乗ったMS隊だった。

 

マフティーのメガ粒子ビーム兵器の長大射程が確実に捉えられる距離まで踏み込んで、そうして狙うのは2機の地球軍MA。
陽電子リフレクターを装備したゲルズゲーとユークリッドに後退する暇を与えない様に、前線に釘付けにしたままにさせ続けられるのは、
この距離でも確実に届いて(なおかつ高精度で当てられ)、しかも間断無く攻撃を浴びせ続ける事が出来るマフティーならではの戦術だった。

 

驚異的な大遠距離からの狙撃であるのに、命中率も半端無いとくれば、狙われるMAの側に残された手は自機の持つリフレクターのシールドを展開して防ぐ以外にはないが、
もちろんそうやってシールドを張り続ける事を余儀なくされていては、タンホイザーを防ぎ得るだけのエネルギーを溜める事も当然ながら出来なくなる。
つまり、その状況を作り上げられたこの時点で、実質的には主攻部隊は勝利の形を得ていたと言えるだろう。

 

成程、一見すると地球軍の側には2機のMAが健在であり、防衛特化型のゲルズゲーの方はともかくとしても、
ユークリッドの方は大口径ビーム砲のデグチャレフを用いての反撃と友軍への援護射撃を行ない続けてもいる状態であった為、
地球軍の側はMAが前線にと釘付けにされていると言う事自体には気付きつつも、
戦況では決して負けていない、故にこのまま踏ん張れば再度のチャンスでのローエングリン発射で押し返せると、そういう認識でもって防衛戦闘を継続していた。

 

だが、その様な戦況認識を抱かせる事そのものが、この作戦の骨格を組み上げたイラム達マフティー側の狙いそのものだった。

 

確かに、タンホイザーをも防ぎきる事が出来る地球軍MAの防御性能自体は驚嘆すべきものには違いない。
しかしそれは裏を返せば、その絶大な防御力の故にローエングリンゲート要塞に拠る地球軍の戦術も、いきおいそれに頼りきりになっていると言う事でもある。

 

この乱戦の状態のまま、攻勢を受けていよいよ要塞本体にと肉迫される様な状況にと陥った場合、
普通ならば友軍機の巻き添えも厭わずにローエングリンを撃ってくる可能性もあり得るだろうし、ある意味それが最大の懸念事項でもあったわけだが、
攻めるこちら側にも同等のタンホイザー装備艦が、それも2隻いると言う状況下で、もはや散開している両艦を一度で沈黙させると言う事は望むべくもない。
であるならば、その生き残った方からのタンホイザーの反撃の脅威を防いでくれる虎の子の「無敵の盾」を、ローエングリンの巻き添えにして自ら潰すなどと言う事は絶対に出来ない。

 

そして、今その虎の子たちは揃って前掛かりになったまま後退出来ない状況下にある。

 

つまり、地球軍の側は2機のMAが健在な限りこちらの陽電子砲を封じたつもりになっているわけだが、
それ故にこそ実は自軍の方もまた、攻めの切り札を封じられているのだと言う事には全く気付いていなかった。

 

いわば、彼らはまんまとマフティーの誘導する流れにと乗せられて、はめられた様なものだった。
イラム達はそういった地球軍側の無意識な驕りと怠慢、「無敵の盾」への依存の心理までをも読み切って、その上での作戦を構築していたのである。

 

そしてまさにその予測通りに戦況が推移しているのを見て、デズモントとバグリイに乗るラドル隊の参謀連らは声にならない(良い意味での)衝撃を受けていた。

 

「例え超兵器なんて代物を持っているのだとしても、それを扱うのはどこまでも人間。結局はそれ次第だと言う事ですよ」
そう言っていた〝ナチュラルの〟イラムの言葉に懐疑的な者がほとんどだった彼らは今、現実にその言葉に基づく作戦の予測通りに、状況が推移しているのを目の当たりにさせられていたのだ。

 

(ナチュラルごときが賢しらに……)
と言う様な無意識を、この作戦が始まるまでの間ずっと、内心では密かに抱いていた者達が大半であったわけだけれども、
自分達コーディネーターが考えつきもしなかった発想と大胆な構築(しかも、それを実際に担保できるだけの驚異的な運用能力と戦闘力も持ちあわせた上での事なのだ!)の作戦を、本当に完璧なまでに展開させて見せられて。
そうした宿痾の様なナチュラルに対しての優越感情と言うものが、ガラガラと音を立てて崩壊して行くのを痛感させられるのを余儀なくされている処だった。

 

その〝現実〟に接してみての彼らの反応は、見事なまでに二つに分かれた。

 

ミネルバや旧ニーラゴンゴ隊、そしてこの日までの合同訓練と実際の戦いぶりとを見て素直にマフティーを――即ちナチュラル達の事を、その良い意味でのショックから、素直に事実を認めて今までの認識や向き合う態度を改めようとする事が出来るハイネ隊の面々の様な者達と、
一方その真逆で、徹底的に目の前で見た〝現実〟と言うものから目を逸らし、ナチュラルが我々コーディネーターよりも優れているなどあり得ない!と言う「観念の世界」へと自ら逃げ込んで、頑なに目も耳も塞いで閉じこもろうとする者達とに。
くっきりと、その反応は両極端へと分かれて行く事になるのであった……。

 
 

『ええい、何と言うMSなのだ!』
驚きと忌々しさとをない交ぜに、ユークリッドのコクピットに座る副操縦士が吐き捨てた。
噂には聞いてはいた「マフティー」とやらの機体は、確かに噂に聞く以上の化け物MSの様だった。

 

その射撃の距離と精度、威力に射撃速度、それらの全てが凄まじいと言うしかない、全く持って圧倒される程のものだった。
「成程な、こんな奴らを相手にしていたと言う事ならば、海軍連中共がいいように殺られたと言うのも分からなくもないな。面白い!」
だが、それを受けたユークリッドの機長は不敵に笑いを浮かべた。

 

『いいか、怯むな!下がるな!我々が友軍機の盾になって奴らの攻撃を防ぐのだ!』
そう、叱咤激励の通信を怯みが見えるゲルズゲーにも送って、彼は友軍のMS隊がマフティーの超長距離攻撃の的にされぬ様にと、自ら前線に留まったままあえてその標的となっていた。

 

「ううむ、何と言う男だ……」
要塞のオペレーションルームでは、そんなユークリッドの戦いぶりを見守っていた司令官が感心の呟きを漏らしていた。

 

「見ろ、かの様な勇者がいる限り、我が軍の勝利は間違いない。もう少しだ。ローエングリン、第二射の発射準備を急げ!」
勝てる!と、そう確信を抱いて命じる司令官の口調もそうだったが、
そういう状況判断からようやく落ち着きの(主観ではそうでも、客観で見ればただの慢心の域であるのだが……)空気を取り戻した司令部の中では、
早々と緊張を弛緩させた幕僚連が、目の当たりにしたマフティーの卓越した火器性能の論評を始めていた。

 

「いやしかし、驚きましたな……正直。あんなビーム兵器を持つ量産型MSがあったとは」
「確かに、我々の様な「盾」を持たずにああ言うのを相手にしたのならば、海軍の連中の晒した失態にも、多少の同情の余地は無くもないですかな?」

 

口々にそんな事を言い合っている幕僚連だったが、それを受けて参謀長の士官が勝ち誇る様に言う。
「ザフトの連中も、陽電子砲装備の新造艦に、超距離狙撃用のMSを用意して、それで勝てると思ってのこのこ攻めて来たと言うわけか。
だが甘かったな。どのみちMSでは無理なのだ。ましてやあんな戦い方、長く持つわけがない!」
「その通りだ。あと少しだぞ!」
参謀長の言葉に頷いて司令官もそう声を上げる。

 

彼らは一見順調な防衛戦闘を展開している様に見えるその裏で、加速度的に敗北への坂道を転がりだしていると言う事に全く気付いていなかった。

 

そしてついに、そんな彼らの慢心に再び冷水を浴びせかける、敗北への導き手たる者達の存在が急報となって飛び込んで来たのだった。

 

「こっ、後方守備隊より緊急電っ!ガルナハン北東方向より、敵襲!!」
「なっ、何だとっ!?」
余りにも信じがたい報告に、三度目の愕然に襲われる要塞司令部。

 

ザフト・マフティー同盟軍側の「本当の切り札」は、まさに図ったかの様な絶妙のタイミングで戦場にと出現した。

 

そしてそれは正面攻撃の主攻部隊もまた、見事に役割を果たしきったと言う事でもあったのだ。