機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第13話前編

Last-modified: 2009-03-15 (日) 22:42:29

『来たか、アスラン!』
セイバーガンダムらの機影を確認したハイネやアーサー、シベット達が異口同音に声を上げる。
彼らがこうして現れたと言う事は、奇襲による敵後方の制圧成功を意味している。

 

奇襲部隊からの先遣分戦隊グループたるセイバーガンダムらの出現は、今度は要塞防衛の地球軍に対しての再びの奇襲成功の格好となっていた。
ゲルズゲーを中心に対主攻部隊の戦線を維持しようとする側にとっても、ユークリッドに従って後方へと駆けつけようとしていた者達にとっても、共にその前に無防備な横腹を晒す格好となっていたからだ。

 

「なっ!?」
と言う驚きの声を彼らが一様に上げた時にはもう、セイバーガンダムやメッサーたちの射程内へと捉えられている。

 

そこから放たれる火箭に、前後それぞれの敵勢にと向いている地球軍MS隊の中に幾つもの被弾の爆光が華咲いて行く。

 

中でも圧巻だったのはセイバーガンダムで、航空機型のMA形態時には双胴型の機首部となる一対の後背部砲撃モジュールの二種類のビーム砲――
速射性にも優れたスーパーフォルティスと、大威力のプラズマ収束砲アムフォルタスを連続で発射しながら猛然と突入して来る。

 

正面攻撃の主攻部隊を迎撃している地球軍防衛MS隊の左斜め後背から襲いかかる格好になっていたが為、その奇襲効果をより増大させていた。

 

そして敵中のただ中でそのまま上空へとぐんと駆け上がって高度を取るや、MS形態へと戻して滞空。堂々と友軍艦――ディアナにと通信を入れるアスラン。

 

『ディアナ!デュートリオンビームをっ!』
『了解。デュートリオンシステム、追尾開始!』
いきなりそう要求を入れられたディアナCICのオペレーターの側も、それに対して動じる事も無しに対応して行くのは、その状況自体もまた本作戦上の想定内容の内であり、それに応じての訓練も行っていたからだった。

 

インパルスタイプのガンダムはもちろん、セカンドステージシリーズに属する高性能型MSの配属すらも現状では受けられていないディアナではあるが、
同級艦〈妹〉である以上は、デュートリオンビーム照射システム等のセカンドステージシリーズMSの母艦たる特有の専用機能は全て、姉のミネルバと同等のものを当然備え持っている。

 

それを活かさない手は無いと言う事で、この時はたまたま自機からより近い位置にいたディアナの方へと躊躇無くアスランはコンタクトし、
ディアナの側もその本来持てる機能の一端を発揮する機会として、遺漏無く応えたと言う状況であった。

 

『セイバーガンダム、照準捕捉!デュートリオンビーム、照射!』
先程のローエングリンの様な派手さでは無いが、やはり実戦においては初となるデュートリオンビームの発射を行うディアナ。

 

右舷艦橋脇から照射されるデュートリオンビームをその額の受光部で受け止めるセイバーガンダムは、それを自機内部でエネルギーへと変換し、これまでの戦闘機動で消耗していた分のバッテリーを超急速充電して行く。

 

『な、なめやがって!』
戦場のど真ん中へと奇襲をかけて来て、そのただ中で見せ付ける様に棒立ちになってエネルギー補給だと?
余裕を見せ付けて挑発をして来ているとしか思えない、その行動に激昂した幾多の地球軍パイロット達が一斉にセイバーガンダムへと向かい始めるが、
無論それは想定の内の事――アスランの、そしてこれを共に企図したマフティーらのまさに思う壷だった。

 

必然的に無防備となるデュートリオンビームの受光動作を素早く終え――
実際、バッテリー自体はまだ半分も消耗してはおらず、緊急性自体は無い、短照射で済む程度の〝補給〟であったのだから、
わざわざ戦闘中に敵前でそれを行って見せたのも、敵を激昂させ自身の方へと誘引させる為の身体をはった挑発の意味合いの方が強かった
――狙い通りに向かって来る多数の敵機に向けての攻撃態勢を取るセイバーガンダム。

 

アスランは、コクピットのセンターコンソールの中央下部にと埋め込まれた、「半球状のディスプレイ」を起動させる。
セイバーガンダムが、フリーダムとジャスティスの両ガンダムのハイブリッド型デュートリオン化モデルである事の証明――多数目標を同時に捕捉、攻撃できるマルチロックオンシステムだ。

 

実際には、火力と門数(精度は問わなければ)と言う意味ではアビスガンダムと言う存在があったが故に、
セカンドステージシリーズの開発陣は、むしろセイバーガンダムの方こそがそれをより持ち得ていると言う事に当初は誰も気付かなかったのだが、
高機動性と共に、ビームライフルと併せて最大同時5門の精密一斉発射が可能(原設計時で)な火力も併せ持つセイバーガンダムは、
その意味では間違いなくフリーダムの後継機になり得る、またそう呼び得るポテンシャルは持った機体だった。

 

機体のロールアウト後に、前大戦でジャスティスを駆っていたアスランをそのパイロットとしたいと言う、議長からの内意を受けてみて後、
ようやくそれに思い至った開発陣によって後から急遽追加装備されたのが、アスランにとってはある意味懐かしいとも言えなくもない代物でもあるこのシステムだった。

 

どうも、それらの人々の中に「アスラン・ザラが乗る!?」と言う事で、
やたらと熱心にもっとスペシャルな機体に!と言う音頭を取り出した――と言うよりも、異常な執念を燃やしていたと言う方がより適切だった様だが――人物がいたらしい。

 

ともあれ、アスランにとっては、かつてのジャスティスにおいてはミーティアを増着運用している際にのみ使用するシステムだったが、
機体特性的にはフリーダムよりのセイバーガンダムの場合は、MS単独でその運用が可能だ。

 

もちろん相応にエネルギーの消費もあるだけに、バッテリー駆動機のセイバーガンダムではその機能があるからと言って無闇やたらと撃てるものでもないのだが、
デュートリオンビームを受けてエネルギーをMAXにした今ならば、多数の敵機を引き付けていると言う状況からもその機能を発揮出来る、そして発揮すべきタイミングだった。

 

背部に背負った一対の砲撃モジュールを両脇下から跳ね上げ、右腕のビームライフル、左腕の空力防盾と共にフルバーストアタックの態勢を取るセイバーガンダム。

 

砲撃モジュール内のスーパーフォルティスと、射角を偏向させて同軸のそれとは別目標を狙うアムフォルタス、右腕のビームライフルの合計5門のビーム砲に、
ミネルバでの改修に伴いシールド裏面に装備されるようになったファイヤーフライ誘導ミサイルが、殺到して来る地球軍MSたちへと向けて、一斉に撃ち放たれる!

 

地球軍MSたちにはその猛撃が破壊の豪雨となって真正面から浴びせられていた。
それでなくとも動きの鈍る上昇機動を、頭に血を上らせてのまっしぐらにセイバーガンダムを狙うと言う単純な飛行をしてしまっていたのだ。

 

多数の敵機を引き付け、一気に殲滅する。
比喩ではなく、その凄まじい〝一撃〟によって地球軍の要塞防衛部隊の布陣の一角が深々と断ち割られていた。

 

比較的各機相互の距離が狭かった事も災いして、連鎖被弾・誘爆も多発し、
地球軍MS隊の布陣展開の只中には、それがただ一度だけの攻撃によるものだとはとうてい信じられない程の大ダメージがもたらされていた。

 

〝この戦いの趨勢を見守っている者達〟のその眼前で、セイバーガンダムのフルバーストアタックはさながら、
地球軍のこれまでの圧政の数々を咎め、そして自らの機体が持つその名の通りにそんな圧政者たちの魔手からこの地の人々を解放する為の鉄槌となって、彼らの頭上に降り注ぐ。
それは純粋に劇的であるのはもちろん、この戦いの「意義」と言うものを満天下に知らしめる、象徴であるかの様な光景だった。

 

その大損害に一瞬愕然となり、自失する地球軍MS隊の横合いから、
更に他のメッサーとギャルセゾンのメガ粒子ビームに、ルナマリアのガナーザクウォーリアのオルトロスからの射撃が浴びせかけられ、幾何級的に打撃が更に拡大する。

 

『よし、あと一押しだ!要塞を陥とすぞ!』
セイバーガンダムらの鮮やかな活躍を目にして、否応にも高まる自軍の士気をより煽るようにハイネやシベットらが叫び、
勢い付く主攻部隊の側も逆に怯みを見せている地球軍防衛部隊を各所で押し込んで行く。

 

目まぐるしい状況の変化に付いて行けず、周章狼狽して右往左往するだけの恐慌状態になっている司令部を流石に見限った要塞直掩部隊が、
麻痺状態の命令系統はもはや無視して、相互連絡を取り合いつつそれぞれの判断で行動を開始し、ゲルズゲーを中心とした強固な最終防衛ラインを構築して行く。
彼らにとっても、ここが最後の正念場であった。

 
 
 

「くっ、新手か!ええい、タイミングが悪過ぎる!」
そうユークリッドの機長が忌々しげに言うのは、セイバーガンダムらの出現がこれまた予想外の真横側からのものとなったが為に、
ちょうど絶妙なタイミングで、前線を維持する戦力と、彼に従う後方に転進を始めた戦力との間に生じた、戦力展開の分水嶺に当たる部分を直撃される格好になってしまっていたからだ。

 

奇襲を仕掛けて来た敵勢は少数だとは言っても、対する地球軍の側も戦力的には疎の状態の部分であり、ましてや恐るべき戦闘力を持った少数精鋭の連中である――それは、すぐに察せられる事だった。
脆い防御線をあっさり突き崩されれば、そこはもう要塞にと直接攻撃をかけられる事になる場所なのだ。

 

ここまでの戦いの展開を眺めて見ていても判る事だが、今度の敵軍は相当周到に作戦を練りあげて攻めて来ているのは明白だった。

 

(自慢の対「陽電子砲」リフレクターの、絶大な防御性能のみにただあぐらをかいて来ただけの要塞司令部のこの狼狽ぶりも、必然だと言う事か……)
そう内心で嘆息するユークリッドの機長だが、無論の事それを口に出す様な事などしない。

 

不屈の闘志のみが、過酷な状況の中においてもそれを打破し、あるいはその中を生き残って行く為に何よりも必要不可欠なものであるのだと、彼はそれを自然と理解し、そして自ら体現して見せている様な勇猛な戦士であった。

 

そして彼は一瞬の逡巡にも捕らわれる事なく、そのまま後方への転進を継続する――
無論、転進の為に行き足が既に付いているこの時点での再反転など馬鹿げた判断であると言う事もあるからだが、無論それだけでは無かった。

 

側面に現れた敵勢は機数的には僅か数機であり、敵の別働隊の主力は後方から峡谷に進入して挟撃すべく、こちらへと向かって来る事だろう。
僅か数機でもあれ程の戦闘能力だ。その主隊となれば、それを放置しておけばそれこそ後背からの止めの一撃を喰らって総崩れになるのは明白だ。

 

幸い、司令部の事は最早無視してでも自らの判断で動けた直掩部隊の多数が、的確に対抗して動いて強固な最終防衛ラインを作り上げていたし、
ここで彼らが後方側をもしっかり固めれば、まだどうにか持ちこたえられる筈であった。

 

敵も長駆の攻勢に出て来ているのだ。
いかにその中に化け物じみた高性能機を交えてはいても、全体で攻勢をいつまでも続けていられる筈はなく、その限界点に達するまで持ちこたえる。
そう言う〝常識的な判断〟上からも、最早彼らの側に取り得る戦法はそれしかなかったわけだが。

 

まだ自分達は決して(戦場レベルでは)負けてはいない。
願望などと言うのでは無しに、普通にそう闘志を燃やして戦い続けている事に一片の曇りも無い状況ではありながら、
しかし、同時に彼の中の冷静な戦略眼は裏腹な事実もまたしっかりと見据えてはいた。

 

(要塞直掩の戦力自体はまだ充分に残ってはいるが、我々がいかに奮戦しようとも、ここでの戦いの帰趨はもはや覆せまい……)

 

要塞を守るのと言うのは、単にハードウェアとしての要塞を守る事のみに留まらず、そのエネルギー源を確保すると言った事等も全て含めてが、そうである。

 

その意味では後方の発電プラントの重要性も、それへの敵襲をやはり放置してはおけないものであるわけだったが、
敵の別働隊がそちら側から更に転進して要塞の方へと攻撃をかけに現れたと言う事は、もはや既に発電プラントはザフトに〝破壊されている〟と言う事を意味している――
それは〝純粋に軍事的な観点〟からの判断であり、元からこの地域に圧制者として君臨していた要塞部隊の連中の様な、この地域に生きる人々に対しての〝差別感〟の様なものは彼には無かったのだが、
そんな彼でもやはり、今のザフトは大きく変容しつつあると言う事実を、この時点ではまだ理解出来てはいなかった。
故に、彼がその時、ザフト側が発電プラントの破壊と言う手段を絶対に行わず、また制圧している地球軍側にも行わせない事を目的としての不利な戦い方を、
あえて自ら選び取っていると言う事実などは想像の範疇外だったと言う事もまた、無理からぬ話ではあっただろう。

 

――即ち、ローエングリンゲート要塞の命脈は、その陥落を待たずして実質的には最早尽きていると言う事だった。

 

自軍の抵抗が、ザフト側の攻勢限界に達するまでこのまま持ちこたえる事が出来たなら、敵を〝撃退〟し、失陥を免れる事そのものはまだ十二分に可能だろうが、
どのみちこの戦いで大きく戦力を削ぎ取られ(おそらく要塞自体も無傷とは行くまい)、その上肝心のエネルギー源まで絶たれたとあっては、「次」を持ちこたえる力は最早無い。

 

再度の攻勢を仕掛けられそうな暁には、この地域の地球軍の防衛線は一気にスエズまで後退する事を余儀なくされ、そしてそのスエズも半ば敵中で孤立する。

 

そう、彼らは既に「負けた」のだ。この地においてはもはや(戦略的には)。
前線で自ら身体を張って奮闘している兵士達のせいではなく、慢心で自らそれを招き寄せた、司令部連中の明白な怠惰と無能とによって。

 

だが、それ故にこそ、彼は後方への転進継続を選択した。
負けるのならば負けるなりに、その「敗れ〈負け〉方」と言う考えるべきものがあった――敵へと一矢を報い、その戦略の今後に負の影響を与え得る、せめてもの対抗手段をと言うものが。
それは友軍がこのまま敗北を喫し、スエズへの撤退を余儀なくされる事になってしまった場合の為の、撤退路を確保しておくと言う事にもなりうるからだ。

 

その様に思考し、行動している辺りは、良くも悪くも、彼――前大戦ではエールストライカー増着のスカイグラスパーに無理矢理ランチャー装備まで組み付け、
それでザフトの地上用MS群破壊王の名を奉られる程の戦果を積み上げた、地球連合軍屈指のパイロットの一人である――は〝純粋な軍人〟だったと言う事だろう。

 

余談ながら、前大戦でアークエンジェルの副長代理、更には同級ドミニオンの艦長を務めた故ナタル・バジルールなどは、アズラエルごときではなく彼の下でもし戦えていたならば、あるいは幸せだったのかも知れない。

 

そして、際どいところで防衛線の構築を終えた彼らの眼前に、案の定そちら側から峡谷へと侵攻をかけて来る敵部隊の機影が遠望された。

 
 
 

『正面に、敵MS隊を確認。うち1機は、バンクにない新型のMAだよ!』
早々と敵影を望遠で捉えた4ギャルセゾン機長のカウッサリアが、声を上げて友軍各機に注意を促す。

 

ガルナハンの街中の地球軍MSたちの制圧を終え、ジャンプフライトで先に峡谷の裏口側へと転進を開始し、その途中で反転して追い付いてきたギャルセゾン隊に合流したメッサーとレイのザク、
それにインパルスガンダム達の奇襲部隊主力グループも峡谷へと突入を始めていた。

 

Ξガンダムも間もなく追い付いて来るだろうが、その前に彼らもローエングリンゲート要塞を目指して、立ちはだかる最後の壁となるユークリッド以下の展開する防衛陣の突破を狙う。

 

再び高度を取っての戦術統制機の任にと戻った6ギャルセゾンからのデータリンクで、彼らにもこれまでの主攻部隊の戦況展開のあらましや、現状の敵味方の配置と言った戦術状況は遅滞なく伝えられている。

 

正面攻撃の主攻部隊をメインに、それとアスランらの先遣分隊による側面側からの攻撃に対しては、地球軍の防衛隊もその持てる残存戦力のほぼ全力を結集しての最終防衛ラインの縦深陣形を構築しているが、
時間的な状況――こちらの侵攻速度がそれだけ速過ぎると言う事を意味してもいるが――から後方のこちらに対しての防衛線は、眼前の敵部隊だけで構成されている格好だった。

 

それ故に、彼らの対抗選択はほとんど瞬時に為されていた。
即ち、持てる全戦力を一点に叩き付け、敵要塞本体に喰らい付く者を突破させる――その他の者達は敵戦力をここから先へは戻さじの、正面からの殴り合いだ。

 

そして、その突入役を務めるべきは――

 
 

『シン、行け!お前が決めて来い!』
そう言ったガウマンは、その時にはもうギャルセゾンの甲板を蹴って地上への襲撃降下機動に移っている。

 

(!?)
予想外のその言葉に驚いたシンは、始めたばかりの射撃戦をただ機械的に継続するだけになってしまう。

 

『あのコニールって子に約束したんだろ? しっかり決めておいでよ、男の子!』
エメラルダが、そう背を押す様にと言いながらガウマンの後を追い、
『お前の突破口は、俺たちがちゃんと切り開いてやるからよ』
『ああ、任せとけ!』
ゴルフとフェンサーが、同じく口々にそう言いながら、こちらは空中にあるジェットストライカー装備のダガーL達を最初に狙う、高い飛び上がりで離脱して行く。

 

『シン、お前に任せるぞ』
更に、白いザクファントムに乗る友人からも同様に背中を押される様な声がかかる。

 

『レイ、俺は……』
『シン、分かっている筈だろう? あの人達は皆、お前に前回の失敗から学んだ事を見せてみろと、そしてお前にならそれが出来る。そう言ってくれているんだ』

 

『皆が……俺に……?』
戦闘機動は続けながら、シンはまだ半信半疑の気分で聞いたその事実を噛みしめる様に呟く。

 

『俺も、あの人達と同じ思いだ。隊長やルナマリアも、ここにいたらきっと同じ事を言う筈だ。行ってこい、頼んだぞ』
そう言って、レイも自らの推力強化型ブレイズウィザード装備のザクファントムをギャルセゾンから離脱させて行く。

 

それを見送るシンの眼前で、早くもガウマンのメッサーが戦端を開いていた。

 

これまでの地球軍相手の戦場が二度とも海上をその舞台としていた為に、それを見せる機会は無かったのだが、
大地の上で行われる戦闘では、ギャルセゾンにその役目を頼らずとも着地しての再跳躍も可能になる為に、ジャンプ・フライト戦法で使用出来る空間高度の幅もそれだけ大きくなり、
よりワイルドな機動を見せて来るメッサーたちの動きに、地球軍の側は完全に翻弄されていた。

 

チェスで言うところのクイーンよろしく、敵陣の中央に位置して奮戦している大型MAこそ見事な攻防を見せて来て、自慢のバリアーを展開して降下中のメッサーからの攻撃を防ぎ、
また自機の背負った大口径のビームキャノンでの反撃でメッサーを捉え、その防御にとシールドを使って受けさせたりもしてはいたが、いかに単機で奮戦した処で限度がある。

 

ガウマンとエメラルダのメッサーと、レイのザクが眼下の地上に展開する地球軍MSとビームライフルを撃ち合いながら――こちらは敵機の攻撃を全てかわすかシールドで受けきるかしつつ、自身の攻撃では確実に相手を屠っていた――地上にと降り立ち、
その瞬間に大地を前へと蹴って各自手近な地球軍MSへと突進、持ち替えたビームサーベル(ザクはビームトマホーク)でもって斬りかかって行く。

 

ガウマンのメッサーは、右手にはメインビームサーベルであるヒートナイフ付きビームソードアックスを、左手にはシールド裏面に装備したままのサブビームサーベル(マラサイが採用していたモデルの発展系で、シールド懸架時にはビームガンも兼ねる長柄型の物)を発振させて、
二刀流の構えで踊り込んだ敵陣のダガーLやストライクダガーたちを、当たると幸いの勢いで次々と両断して行く。
ミノフスキー物理学方式のビームサーベルの威力の前では、この世界のビーム兵器に対してならば充分な防御力を持つ対ビームコーティングシールドも、文字通りの一刀両断にされるだけだった。

 

『クッ、くたばれよ!この化け物がッ!』
ソードストライカーを増着したダガーが、その主兵装の巨大な対艦刀、シュベルトゲベールでエメラルダのメッサーを狙う。
『なんのっ!』
エメラルダもソード状態で発振するビームソードアックスを構え、その大剣の斬撃を真っ向から受け止める。

 

『なっ!? 馬鹿なっ!』
ダガーのパイロットの驚愕は二重のものだった。
シールドを用いずに(とは言っても、巨大な対艦刀の慣性を乗せた斬撃では、それを受けたシールドは堪えきれずに破壊されてしまう事が多いのだが)、見た目は〝普通のものにしか見えないサーベル〟で軽々と受け止めた!
しかも、その状態で鍔迫り合い宜しく力比べの状態になっても、全く力負けせず押し込めない――こちらはシュベルトゲベールを両手で握っているのに、向こうは片手握りのサーベルで軽々と止めているではないか。

 

ダガーのパイロットには知る由もない話だったが、バッテリー駆動機と核融合炉駆動機のそのパワーの桁の違いはもちろんとして、
それだけでなくフレームの剛性や柔軟さと言った「総合的な越えがたい技術水準の壁」が、この様な場面で端的に現れると言う処だった。

 

――とは言え、質量差と言うファクターも有る事だし、ましてや継続中の戦闘機動の中でいつまでも1機のみを相手にしていられるものでもない。
エメラルダは拮抗の状態から素早く機体を左手の足下にと畳みながら流すと、バランスを崩してたたらを踏むダガーの右足と右手を、伸び上がる動きのままに側面から斬り払い、
その戦闘力を一瞬で奪い去るや、早くも次の敵機へと攻撃を切り替える。

 

レイのブレイズザクファントムも、メッサーの様に華麗に――とは行かないが、
いやむしろ、ショルダータックルやキックを多用するラフファイトと言う感じの、常の彼からは想像も付かない様なスタイルを見せながら戦っていたが、
そんな激しく荒々しい戦い方をしていると言う事自体が、彼の変化(本人が自覚しているのか?は未だ未知数だが)を物語っている様にも見えた。
――実際には、一見粗野にしか見えないそう言う駆動も、実は「赤い彗星」よろしく乱戦状態の中での機体の効率良い機動を計算してやってのけている、
むしろこの世界のMSの機動としてはより高度なものだったのだが……。

 

一方、ジェットストライカーパックの翼で上空に展開するダガーLたちにとっても、頭上から受ける攻撃にほとんど防戦一方で、地上の友軍機の援護どころではなかった。

 

上空から〝制御落下〟で降下しつつ攻撃を仕掛けるフェンサーとゴルフのメッサーが、今やお得意の形となりつつある、
右手のビームライフル、左手の76ミリ重突撃機銃に左腕シールド下のサブビームサーベル転用のビームガンを駆使した矢継ぎ早の交互射撃で、
恐るべき高精度かつ、たった2機によるものだとは到底思えない程の勢いの猛攻撃を繰り出して、あっと言う間にダガーL隊を圧倒して行く。

 

まだ当分は余裕があるとは言え、消耗の事もきちんと考慮してはいる結果として、エネルギー供給系の違い等の問題も生じ様の無い、ザフト製の実体弾兵器を積極的に導入する様にもしていたマフティー側だったが、
そのフレーム剛性の高さ故にジンやシグー、ディンと言った本来の使用機であるザフトMSでは不可能な、人間用の銃弾で言うところの「強装弾」の仕様にした独自の機関砲弾を用いる事が出来る為、
同じ火器を使ってはいても当然により強力な攻撃を繰り出している事になる。

 

ビーム兵器が普及して以降は、ザフトの新型機は大半が右へ倣えと言う感じに一気にビーム兵器偏重の様相を呈しつつあったのだが、
そもそもがデタラメな(様々な意味で)フェイズシフト装甲などと言う代物を持っているごく少数の機体を別にすれば、別段ビーム兵器でなくとも堅実な実体弾兵器で充分であるわけで、
こうしたマフティーの実際の運用法や、ここでの戦闘でハイネがコロンブスの卵を割って見せた「実体弾兵器の新たな可能性」などの戦訓――
机上の空論では無く、実戦と言う実践でもって(まさに汗血により)検証された結果である事に基づいて事後の修正と発展をはかると言う、コーディネーターが陥りがちな悪弊への痛烈なカウンター
――はやがてザフトの内部にも徐々にと浸透して行き、そのバランス感覚を揺り戻す働きをする事となるのであった。

 

そうやって降下しながら攻撃をしていたフェンサーとゴルフの機体が地上付近の低空にと舞い降りてくると、
今度は入れ替わりにエメラルダとガウマンのメッサーがバーニアを吹かして空中高く跳び上がり、空中と地上との分担を交代して地球軍への攻撃を続行する。

 

無論、その間ずっと変わらずに上空のギャルセゾン隊からもメガ粒子砲の援護射撃が放たれていたが、
わけても片や機敏な回避、片や回避とバリアーでの防御と言う対照的なスタイルでの攻防を交わすユークリッドとのやり合いは、なかなかの見物だった。

 

空荷になっても単独で戦闘を行えるギャルセゾンは、機体サイズやその火力・運動性など、空中機動飛翔体の範疇は軽く飛び越えて、もはやユークリッドと同等以上のMAとして見なされる方が妥当な印象であった。
――事実、この戦いのそれ以降、地球軍側ではギャルセゾン(その頃には機体の呼称も判明していた)の事を敵軍の強力なMAとしてカテゴライズすると共に、
その機上に載せたMSとの連携と言う戦術的特性を見せ付けられた事による、ジェットストライカーの普及に比例して廃れつつあったレイダーガンダム(正式採用型)の特性が
にわかに再び見直される様になると言う影響も生み出すのだが、無論それはここではまだ未然の話だ。

 

マフティーの各機とレイのブレイズザクファントムの猛攻は、シンのインパルスガンダムにこの防衛陣を突破させる隙間をこじ開ける為に、狙いを付けた敵陣の一角に集中していた。
攻撃の集中は無論効果的ではあるが、反面でその他の健在な敵機多数に下手をすれば包囲されてしまう危険性をも孕んでいる。
個々の性能では優越しているとは言え、単純な数としてならばやはり地球軍側の方が圧倒的に機数は多いのだ。

 

しかしそんなリスクはよく理解しているその上で、彼らは何の躊躇も無しにその戦術を選択していた。
昨夜の一時の語らいで、シンやアスラン達のその「理由」をより深く理解した彼らマフティーの面々は、そんな少年の為に(文字通りに)道を開いてやろうと言う想いでいたのだ。
それが、今この瞬間に彼らが〝大人として〟為すべき事だった。

 

シンがインド洋で犯してしまった過ちを、直接的に償う事はもう出来ない。
時計の針は戻らず、喪われた命もまた、還る事は無い。
だが、その苦過ぎる経験を糧にして今度はその「想い」を、正しい形でやり通してみる事でこの地の人々を救う事が出来たなら、それがある意味では犯した過ちへの償いにもなり得ると言う事はあるかも知れない。

 

汚名の返上と言うのは無論あるわけだが、それ以上にシンが自分自身の在り方〈戦い〉と言うものを本当の意味でもう一度考える、その為に必要な事でもある筈で。
だから、「ここから先はシン」だったのだ。

 

そして、彼らのその勢いは鮮やかに地球軍の防衛陣のただ中を見事突き破っていた。

 

『シン、何してやがる!とっとと行きやがれっ!』
ガウマンの声がシンの耳朶を叱咤する。

 

『そうだよ、行きな!』
『お前の背中は、どいつにも撃たせないぜ!』
エメラルダが、フェンサーがそう叫ぶ。

 

『シン!』
ゴルフの、ギャルセゾンに乗るマフティーのメンバー達の、そして友〈レイ〉の、共に戦う人々が異口同音に自分の名を呼んで背中を押してくれる、幾多の声、声、声。

 

かつて味わった事のない、熱いものが胸の奥底から湧き上がって来て。
それに突き動かされ、シンは絶叫する様な雄叫びを上げながらインパルスガンダムのスロットルをいっぱいに押し込んでいた。

 

『シン・アスカ、行きますっ!』
そう言葉を残して、戦友達が拓いてくれた途へとまっしぐらにインパルスガンダムに宙を駆けさせる。

 

「おのれっ、通すものかよ!」
何者も通さじと、立ち塞がろうとする地球軍の各機。
「邪魔をするなあっ!」
そうはさせじと更に攻めかかるメッサーたちとザクファントム。

 

双方の意地と意気とが激しく激突するその中を、インパルスガンダムはこじ開けられた回廊の中へと一直線に突入し、そしてそこを突破して要塞の方へと向かって一気に飛び去って行った。

 

『よぉし、よくやった!』
快哉を叫ぶように言いながら、慌ててインパルスガンダムの後を追おうとする敵機に自らのメッサーを躍り掛からせるガウマン。
「必死に頑張ってる坊主のなぁ、邪魔をするんじゃねぇよッ!」
そう叫びながら斬りかかるガウマンの攻撃も、更に熾烈に火を噴いて行く。

 

『アスラン!シンが行ったよ! 援護、頼んだよっ!』
6ギャルセゾン経由で、そう彼方の友軍に通信を入れる4ギャルセゾン機長のカウッサリア。
彼女らにしてやれる事はもはやそれまでだった。後は信じて託したシン次第。
その背中から襲わせる事が無い様に、ここで地球軍の部隊を足止めする事に専念するだけだ。

 

ガウマンらと入れ替わって、地上でやはりビームサーベルを両腕に発振の構えでの近接戦に入るフェンサーとゴルフのメッサー。
ビームサーベルと共に、ザク系のMSとしては比較的珍しい装備(採用はマラサイやザクⅢ改くらい)である頭部のバルカン砲も、それと併用で威力を発揮していた。

 

その口径はU.C.世界では標準的な60ミリのものだが、威力と射程は地球軍の75ミリ砲イーゲルシュテルンやザフトの76ミリ砲ピクウス等を軽く凌いでおり、
また発射速度の面でも、各勢力ともに現在主流化しつつあるCIWSとしての機能に特化の小口径高速機関砲にも見劣りしない。
装甲防御力の差異を考えれば相対的に、接近戦においては牽制用どころか立派なメインアームにもなる道理だ。

 

折しもフェンサーの駆るメッサーが、手近なストライクダガーの構えたシールドをビームピック状態のビームソードアックスで叩き割り、無防備になった機体へと頭部バルカン砲の追撃を叩き込んで蜂の巣にする。
ストライクダガーが爆発を起こした時にはもう、次のソードストライカー付きダガーへと斬りかかっているメッサーだったが、シュベルトゲベールごとダガーを斬り払ったその後背へと、上空から急降下で襲撃を仕掛けようとするダガーLがいた。

 

(!)
フェンサーがそれに気付き、迎撃すべく機体を素早く反転させ終えた瞬間、しかしそのダガーLは後背から打撃を喰らったつんのめる様な姿勢でその頭部を粉砕されて、そのまま大地へと叩き墜とされる。

 

『フェンサー!』
そう通信を送って来たその狙撃の射手は、大型の狙撃用ライフル(本来は長距離偵察用副座型ジンの装備で、ミネルバ内で強化改良が施された物だ)を構えたディン――ミネルバから出撃したアリシアの駆る空戦MS隊の内の1機だった。
改修に伴ってセンサー系も強化された結果、そういうスナイパー型の運用法が可能となった彼女のディンカスタムを含むミネルバ空戦隊の各機の他にも、複数のディンやバビの機影が見える。

 

『アリシアか!助かった』
そう応じるフェンサー。本当はそれが無くても充分に迎撃は間に合っていた筈だが、純粋にそういう援護があり、またこうしたやり取りが出来ると言うのは嬉しいものだ。
それに、こうして主攻側から攻めかかっていた筈の彼女ら空戦MS隊がこちらにとやって来ていると言う事は、戦況の方もおして知るべしと言う事でもあったし。

 

峡谷の中をまっしぐらに要塞の方へと飛ぶインパルスガンダムとはちょうど入れ違いに、
空戦MSである特性を活かしてセイバーガンダムらの逆コースを行く格好で回り込んで支掩にと駆け付けて来てくれたわけだが、
ミネルバ空戦隊の各員がそうして自身の戦況判断でその様な機動を選んで来られた辺りが、マフティーからの薫陶を早速実際の行動にして見せて来たと言える処だったかも知れない。

 

主攻部隊と対峙している防衛部隊主力が、その状態で背後にアスラン達からの奇襲を受けて混乱し、被害を増大させられていたのと同様の格好が、反対側のこちらの防衛線においても現出する事になったのだった。

 
 

『くっ、こいつらは……!正真正銘の〝化け物〟だったか!』
さしものユークリッドの機長が、そう声を上げていた。
一流は一流を知ると言う道理の通りに、かく言う彼自身が傑出したパイロットであるからこそ、今こうして対峙している敵手が並々ならぬ脅威である事を、まさに肌で感じさせられている処であった。

 

(機数の少なさに惑わされていた!本当の主攻は、こちらの方だったのだ!)
肌がひりつく様な戦いの空気を読む感覚と共に、それを悟るユークリッドの機長。
そしてその本能的な〝感覚〟のままに、いきなりシュナイドシュッツを展開させる。

 

「中佐!?」
副操縦士らが訝しむ次の瞬間、展開されたそのバリアと相殺する程の強烈な一撃が彼らの乗機を襲う!
彼方より駆け付けて来つつあるΞガンダムからの、最大出力にしたビームライフルの一撃だった。

 

Ξガンダムのビームライフルもνガンダムのそれと同様、最大出力で撃つと戦艦(無論、U.C.世界の)の主砲にも匹敵する威力を発揮する程のものだ。
防御にこそ成功していたものの、その一撃だけで展開したシュナイドシュッツのバリアーの方も相殺されていた。

 

『なんと言う一撃だ!これがMSの火力だと?』
流石の機長が呻く様に言う。
ユークリッドこそは耐えきって無傷だったものの、周囲にいたMS数機がその一撃で(その余波だけでも)爆散させられている。
その威力もおして知るべしであったが、実はΞガンダムにとってはそれが最大火力と言うわけ〝ではない〟と言う事実をもし知ったならば、果たして彼らはどんな顔になったであろうか?

 

この世界に来てからまだ一発も使っていないファンネルミサイルなど、言わば飛車角落ちで戦っている様なものであるΞガンダムは、まだまだその超絶的な戦闘力の一部しか見せてはいなかったのだが。

 

『ええいっ、墜ちろ!化け物めっ!』
なお猛スピードで一直線に迫り来るΞガンダムに向けて、デグチャレフ連装大型ビームキャノンの連射を浴びせ掛けるガンナー兼任の副操縦士。

 

さすがに長年機長と組んで、多数のザフトMSや陸上艦を潰してきた射撃の名手が繰り出す火箭だ。
その機体が大きいと言う点に関しては、的が大きくなっていると言う事でもあるわけだし、またハサウェイの方が〝回避機動を行っていなかった〟事も相まって、超音速で飛ぶΞガンダムをしっかりとその照準内に捉えてはいた。

 

「喰らえっ!」
狙いすまして、エネルギーも溜めた必殺の一射を放つ。
そしてその二本の火箭が見事に迫り来るΞガンダムへと吸い込まれて行く。だが――

 

『なっ!?』
次の瞬間、一様に驚愕で満たされるユークリッドのコクピット内。

 

完璧に敵機を捉えたデグチャレフのビームが、その巨体の周囲を覆う〝閃光〟にぶつかった瞬間に煌めきを発して空しく拡散され、何のダメージも与える事が出来なかった。

 

『バリアーだと!』
『まさかっ!? 奴にもシュナイドシュッツが?』
交互に声を上げる機長と副操縦士。
光壁のエネルギーシールドでビームを無効化するのを目の当たりにしては、彼らがそう思ったのも無理は無い。

 

無論、本来この世界の機体〈存在〉ではないΞガンダムが展開しているのは対「陽電子(砲)」リフレクター・シュナイドシュッツではなく、ミノフスキー物理学の産物、ビームバリアーなのだが。

 

ハサウェイがことこの場に限っては回避機動を〝一切行おうとしなかった〟理由もつまり、それだった。
両側を切り立った崖に挟まれた峡谷の内部と言う特殊な地形の故に、元より回避機動に使える「空間的余裕」が限定されると言う地形的制約が有ったわけだが、
ことミノフスキー・システムを持っているΞガンダムの場合には、反面でその地形的な条件が逆に有利に働くと言う部分も有るのだ。

 

機体の下面に発振したミノフスキー粒子同士の反発力で重力を相殺し、機体を浮揚させるミノフスキークラフトだが、
峡谷の様な地形下においては周囲の壁面にぶつかって跳ね返って来るミノフスキー粒子が多数存在する効果により、通常よりも少ない発振量で機体を浮揚させる事が可能になる。

 

Ξガンダムが搭載するミノフスキー・システムは、ミノフスキークラフトの単機能だけを持つものではなく、同一原理の別機能であるビームバリアーを形成するシステムとも機構的に一体化させた代物であり、
ミノフスキークラフト用のシステムは、それを反転させればそのままビームバリアー発生システムの補機としても働くと言う仕様になっている。

 

つまり、ミノフスキークラフトが使用されない、もしくは低出力運転の状況下の場合においては、その余剰エネルギーを利用してビームバリアーの出力を強化する事が可能になるのだ。
故に、未使用時のミノフスキークラフトの機構が単なるデッドウェイトになるなどと言う事はない――搭載した機構全体を指して「ミノフスキーシステム」と誇称される所以だが、
コスト性にはあえて目をつぶるハイエンド機なりの「合理性」はきちんと追求が徹底されてもいる、そう言った辺りこそが、真の意味でU.C.世界のMS設計概念がC.E.世界のそれを卓絶していると言える点であったかも知れない。

 

そしてミノフスキークラフトの機能自体はもちろん使用している処ではありながらも、地形的条件によって通常よりもそのエネルギーを押さえる事が出来るここでは、
そうして浮いた分のエネルギーを使ってビームバリアーの威力を高める事でその防御力をより引き上げ、敵機の攻撃の大半を無力化する事が可能だと言うわけで、
ならば回避機動を省いて一直線に飛ぶ事で、より速い飛行(移動)をこそ選択すべきと言う事になっていたのである。

 

『くっ、この! 墜ちろ!墜ちろッ!!』
そう叫びながらΞガンダムへの攻撃を続行する副操縦士。
確実に捉えていながら墜とせないと言う、悪夢の様な存在を相手に、それでも恐慌に陥る事には抗いつつ、命中弾自体は更に出してもいた辺りは歴戦の兵士たる者の最後の矜持であったろう。

 

今までも、そしてこの先にも繰り返される状況ではあるのだが、本当に相手が――そして、そんな相手と対峙する羽目になった運が――悪過ぎたと言う以外には言い様が無い事だった。

 

ユークリッドから浴びせられる猛射の中を突っ切って、肉迫するΞガンダム。
展開されたシュナイドシュッツの光壁へと、ハサウェイは瞬間的にミノフスキークラフトを止め、バリアー前面への出力を一気に偏向させて高めたガンダムの機体を正面からぶち当てる。

 

シュナイドシュッツとビームバリアーが衝突し、壁状に展開されるシュナイドシュッツの光壁に
円錐形に展開するビームバリアーの先端が突っ込んで来た勢いを乗せての一点突破で突き刺さり、そして突き破った!

 

「馬鹿なッ!?」
その信じ難い現実にユークリッドのコクピット内が凍り付く暇すらも与えずに、肉迫を果たしたΞガンダムが攻撃にと移っていた。
万が一の防御用にと機体の前に構えていたシールドを肩側へと引き戻して、鋭角的なその先端をユークリッドへ向けて一気に突き込む。

 

「ぬうッ!」
とっさに操縦桿を左に押し込むユークリッドの機長。
こちらの反応速度も驚愕と尊敬に値するものだったが、結果的にはそれが彼らの運命を決してしまったかも知れない。

 

攻撃を仕掛けたハサウェイは、シールドの先端にツインビームスパイクとなるビーム刃を発生させ、それをユークリッドの右舷側のデグチャレフの基部に突き立てようとした。

 

こちらもν/Hi-νガンダムの設計に倣って、シールドの裏面には独自のジェネレータを持ったビームキャノン(一年戦争時のビームライフル程度に相当する威力)を装備しているΞガンダムだったが、
原型機のそれに比べてやや小口径化した代わりに連装化しているのは、連装ビームキャノンのその砲身のカバーを
そのままシールド裏に懸架して携行するファンネルミサイルのラックにも用いる設計であるからだ。
そしてもちろん連装ビームキャノンも、砲口からビームランサーとして発振して接近戦でのビームスパイク状の打突攻撃が可能となっている。

 

可能ならばだが、虜獲できれば今後に役立つ事だろうと言う狙いもあってユークリッドの戦闘力のみを奪って行動不能に追い込もうとしたハサウェイだったが、
ユークリッドの側もなまじパイロットの腕が立つだけに、回避しようと言う反応が出来てしまったせいでその当ては外れ、
その結果として突き出されたシールドビームランサーはユークリッドの右の機関部を直撃する事となった。

 

『ちッ!』
二重の意味で狙いが外れた事にΞガンダムのコクピット内で舌打ちするハサウェイの後方で、一瞬で飛び抜けたユークリッドが回避を試みた機体の体勢を崩したままの状態で、右舷側で小爆発を起こす。

 

そこから黒煙を吐き出しながら峡谷の出口側の方へ、ユークリッドは機体を不安定に揺らしながらゆっくりと高度を下げて行く格好で墜ちて行く――
その姿が手前の断崖にと隠されて直には見えなくなる彼方から爆煙も、その衝撃波も来なかったと言う事は、恐らく不時着には成功したのだろうと思われた。

 

無論、今はわざわざそれを確認しに行っていられる様な状況では無いが、
要塞を――ひいては地球軍将兵達の士気をも難攻不落たらしめていた、守りの要だったMAの片方が墜ちたと言う事実、ただそれだけで充分だったのだ。