機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第16話

Last-modified: 2010-04-17 (土) 01:10:10
 

「えっ!? よろしいのでありますか?」
会談を終えて、応じてくれた事への感謝の言葉と共に出されたデュランダル議長からの意外な勧めに、ルナマリアが弾んだ声を上げる。

 

久しぶりの休暇だ。せっかくだから今夜はここに泊まってゆっくりして行って下さい。
デュランダルは一同にと、そう勧めて来てくれたのだった。

 

確かに、現在はザフトが全館を借り上げる格好にとなってはいるが、ディオキアでも一、二を争う最高級ホテルである。
下艦して少し羽を伸ばして行かれると良いでしょうと言う、デュランダルからの一同に対しての厚意の現れだと言う事だ。

 

「そうね。上陸休暇なのだし、せっかくの議長のご厚意ですもの。ありがたくお言葉に甘えさせて頂いて、今夜はこちらでゆっくりとして行くといいわ」
艦長のタリアも鷹揚に微笑しながらそう首肯する。
「確かにそれくらいの働きはしてるわよ、あなた達も」

 

「はいッ!ありがとうございます!」
傍らのシンとも素直に嬉しそうな声と表情で互いに顔を見合わせて、ビシリと敬礼を決めてみせる。そんな二人の姿に
(すっかり新婚旅行気分だな……)
と言う微苦笑を浮かべつつ、マフティーやジャーナリスト組ら大人の面々もまた、決してまんざらではない様子ではあったが。

 

「そうさせて頂け、みんなも。艦には俺が戻るから――」
そこで自分も部下達を気兼ねなく休ませてやろうと言うつもりで背を押す様な事を口にするアスランだったが、それはみなまで言い終わらない内にやんわりと遮られる事になった。

 

「いや、そういうわけには行かないよ、アスラン。もちろん、君もだ」
らしいと言えばらしい事かも知れないが、なまじ育ちが良すぎると言うのも時には考えものかな?
とでも言いたげな微苦笑を浮かべて言うデュランダル。

 

(…………? ――しまった!そう言う事なのか!)
やはり同様の表情を浮かべているハサウェイ達マフティーの面々の顔も目にして、遅ればせながらそこでようやく得心が行くアスランだった。

 

個人的には豪華ホテルなどには特段興味をそそられないが故に、本当に他意なく部下達には気にせずご厚意に甘えさせて貰えばいいさと勧めていたわけだったが
ある意味、もはや自分達もまた「ポーズを取って見せるのも任務の内」と言うべき立場になっている――ましてや、先程自ら進んでそんな立場の更なる強化をと志願したばかりなのだ。

 

(やっぱりガラじゃない気はするけどな……)
そう内心では苦笑しつつも、改めて頷き返してアスランは自身も議長からの厚意を受け取る事にするのだった。

 

「今回は短期日とは言え、どのみちミネルバとディアナは一度ドック入りですからね。前線からは離れた友軍の安定勢力圏下でもあるわけだし、とりあえずパイロット陣全員とメイリンは艦での当直は免除でよしとしたいと思うのだけど?」
「ま、心配なら一度艦に戻って、自分のMSだけこっちに持って来とけばいいんじゃないの?」
「確かに、(Ξを)二機の新型ガンダムとも並べてみたくはなるな」
あくまで同格のアスランの顔も立てる言い方で更に背を押すグラディス艦長とハイネ、それにハサウェイの一言に、アスランも微苦笑を浮かべて感謝の意を返す。

 

かくして彼らには思いがけない余録までもが付いての、ディオキアの休日が決定したのであった。

 
 

デュランダル議長もいるので流石に控えめなものとはなってはいたが、それなりにはわいわいとした雰囲気で談笑しながら一同がテラスから回廊部へと歩を進めたところで、彼方から小走りに駆け寄って来る〝もの〟があった。
「チクショウメー!」
と言う、女性声でどこかの総統閣下風の乱暴な口調をまくし立てながらぴょんぴょんとこちらに跳ねて来る、人の顔をデフォルメした様なデザインの小振りな真紅の球体。

 

その持ち主の存在(接近)を予感させられて、不意打ちを喰らった様な表情を浮かべるアスランの横で、ハサウェイ達マフティーの面々がそれ以上に驚愕した様に目を剥いている。

 

(おい、嘘だろ?)
宇宙世紀の世界から迷い込んで来た者ならば誰でも思わず内心でそうツッコまさせられずにはいられなくなる様な、それはまるで狐に化かされてでもいるかの如き光景であった。

 

サイズも掌大と小さければ、カラーリングも全身レッドと言う一歩間違えれば悪趣味の領域に踏み込みかねない様な強烈なもの、おまけにしゃべる電子音声までより女性的と言う違いはありながらも――
それはどこからどう見ても、彼らの元居た世界でペットロボットとしてよく知られている〝ハロ〟そのものだった……。

 

と言うか、聞き間違えよう筈がない。
自分で「ハロ!ハロッ!」とも呟いているではないか……!

 

「この世界に来て(元の世界との相似形の部分において)何に驚いたかと言って、ザクやグフの存在を知った時以上に、あの時ほど驚かされた事は無かった」
と、後にそう苦笑混じりの表情でしみじみと述壊する事となるハサウェイ達であった。

 

しかしそんなハサウェイ達の異世界人ならではの常ならぬ驚愕ぶりには、ハサウェイとのニュータイプ的な共鳴でそれを感じ取ったレイと
仕掛け人〈プロデューサー〉ならではの余裕も加味されたその広い視野でそれを見て取っていたデュランダルの二人のみを例外とすれば、アスランはもちろんの事、他のC.E.世界人の面々は誰一人と気付かなかった。
何故ならば、その赤い小ハロの後を追いかけて駆け寄ってくる少女の存在にと他の皆は揃って注意を奪われていたからだ。

 

「アスラン! こちらにいらしてたのね!」
そう呼ばわりながら、スピードを落とすどころか更に加速して、回廊の向こうから駆け寄って来た〝ラクス・クライン〟が喜色満面と言う感じでアスランの胸へと飛び込んで行く。

 

久しぶりの再会が叶った恋人同士の熱烈な感情の発露――普通であればそういう類の情景が展開される処なのだろう。

 

「うわっ!? ミ……」
しかし、抱きつかれた側のアスランの方はと言えば、明らかに不意打ちを喰らったと言う表情と共にそんな声を上げ、更には〝ラクス〟が飛び込んで来る勢いに気圧された風情に半身を後じさらせていた。
不意打ちを喰らわされての驚き加減は、思わず彼女を本名で呼んでしまいそうになったくらいだ。
流石にその言葉は呑み込むものの、焦り気味にアスランはそんな彼女の身体を慌てて押し戻す。

 

(ふぅん……、成程ね)
普通であれば絶対にありえないだろうそんなアスランの反応に気付いたその場の一同は、改めてもう彼女との関係は実はポーズなだけだ~と言うアスランの話は本当なのだなと、そう内心で納得をする。

 

しかしそうとは知らないラクス――ミーア本人だけはそんなアスランの反応を逆の意味で訝しみながらも、周囲の人々の目も意識していれば尚更に、めげずに〝婚約者〟〈アスラン〉へのアプローチを更に勢いづかせるのだった。
「会えて嬉しい! 今日のステージは?見て下さいました?」
必ずしも演技だけではない弾んだ声で矢継ぎ早にアスランへと話しかけるミーアを、そこでやんわりと押し止める声をかけるデュランダル。

 

「これは、ラクス・クライン。お疲れさまでした」
うやうやしく一礼する事で、気圧され気味のアスランにいかにも自然な感じの助け船を出す事にもなっていた。
「我々も、大いに楽しませて頂きましたよ」
もちろんハサウェイもそこに乗せて抜かりなくそう口にする。

 

「議長! それにハサウェイ総帥も。ありがとうございます」
そう言われたミーアの方も改めてデュランダル達の方へと向き直って、礼儀正しく一礼する。
「彼らにも、今夜はここのホテルにと泊まってゆっくり休むようにと言ったところです。どうぞ久しぶりに、アスラン君とお二人で食事でもなさってはいかがでしょうか?」
にこやかにそう勧めるデュランダルだが、そこには若干の苦笑が隠されてもいるのは〝真実を知る〟一同には感じ取れた。

 

「まあっ!ホントですの? それは嬉しいですわ、アスラン!」
無論そうとはつゆとも知らず、ミーアは目を輝かせてそう言い、アスランの腕に自分の腕を絡めようとする。

 

「え……いや、あの……」
状況展開のめまぐるしさに翻弄され気味で少ししどろもどろになりながら、絡んで来るミーアの腕から逆にするりと逃れるアスランはあからさまに困ったなと言う表情で、控えて立っている部下達を見やった。

 

せっかく受け入れた休暇と言うわけで、ようやくの事でシンとの約束を果たす機会かな?と、そう目論んでいたと言うのに、その矢先にこれだ。
予想外のミーアの出現とその露骨すぎる勢いは、明らかにアスランには持て余すものだった。

 

困ったな……と言う表情で居並ぶ部下達の方を見やるアスランだったが、意外にも当の彼らはと言えば揃って苦笑気味の表情で、「仕方ないですね」と言う風に彼の事を見やっていた。

 

無論のこと、メイリンとルナマリアの姉妹から見れば多少面白くない気分も生じなくもなかったけれども、あくまで〝演技〟なのだと承知していればこそ
幾ら自分達と言う観客〈ギャラリー〉の目を意識しているからと言って、ラクス様は少々やり過ぎだし、逆に隊長はちょっと大根過ぎますかね……と言う目で見るくらいの余裕は姉妹も含めた全員にもあったのである。

 

その意味では、先程までの会談の効果が早速役立ってくれていたと言うわけだったが、無論のこと当のアスラン自身にとってはちっとも嬉しくない状況ではあっただろう。

 

「隊長、それではまた後ほど」
我々にはお気遣いなくと、代表する形でそう言うレイに従って部下達はグラディス艦長やハイネと共に、一端帰艦すべくその場を去って行く。
決して彼らのせいではないのだと、それは重々承知しているのだけれども、どうにも見捨てられた様な気分になってしまうアスランだった。

 

「善は急げですわね! では、早速席の予約を――」
そんなアスランの様子はおかまいなしにミーアの方はうきうきとそう言いかけるが、今回もそれはデュランダルがアスランにとかける声に遮られる事となった。

 

「ああ、その前にアスラン。ちょっといいかな?」
穏やかな微笑は浮かべたまま、しかしその目だけには真剣なものが浮かんでいる。
それを察して、軽い当惑の中にあったアスランの表情もまた、一瞬で真剣なものにと戻るのだった。

 

そしてそんなやり取りに、ほんの僅かにだが不満げな表情を垣間見せるミーアの様子も見て取って、そこに助け船を出す様にハサウェイが彼女へと水を向ける。
「ではその間は我々と~、と言う事ではいかがですか?ラクス・クライン嬢」

 

宜しければぜひ我々も、平和の為にと尽力されていらっしゃる貴女のご活躍のお話を伺いたい処です。
さりげなく持ち上げもしつつそう言われては〝ラクス〟の方も決して悪い気はしない筈で
「わかりましたわ。私の方こそ、せっかくですからマフティーの皆様方ともお近付きになりたいですわ」
と、その内心の本音はさておいてミーアはそう朗らかに笑顔を浮かべると、デュランダルとアスランに一礼してハサウェイ達と共にその場を去って行く。

 

「はは、またしてもハサウェイ総帥達に助けられてしまったね?」
一行を見送って、中庭の方へと歩みを進めながらそう苦笑混じりに破顔するデュランダルにつられる様に、アスランも同様に苦笑混じりに笑った。

 

「ええ、本当にその通りです。こうして日々間近に接していても、議長やあの方々には本当にかなわないなと思わされます……」
自分の未熟さを思い知らされてはいるわけだが、痛いくらいにと言うのを通り越して、ここまで来るといっそ小気味いいとさえ思える時すらあるくらいだった。

 

「はは、まあそう卑下したものでもないさ、アスラン。そう言えてしまう君だとて、なかなかどうして。大したものだとも」
それを受けるデュランダルの方はしかし、そういう風に言うアスラン自身のことはむしろ買ってもいるのだったが。
「これでも私もなまじ君よりも長く生きてはいる分だけ、経験値の蓄積と言うものはあるからね。こればかりはどれ程天賦の才があろうとも決して踏み込めない領域の話なのだから……」
君は今、間違いなく成長の段階をしっかりと踏んでいる。そのまま行ければ後は経験を重ねるだけの話だからね。あせる必要はないさ。

 

穏やかにそう諭してくれるデュランダルの言葉に、アスランはあらためて性格故の気負いがちな想いを和らげられるのだったが、同時にその時点でもう
デュランダルがわざわざ彼をサシで指名して話したいと考えた事の前振りは始まってもいたのだが。

 
 

「先程の君の決意は、本当に嬉しい想いで聞かせて貰ったよ」
薄暮の迫る中庭に出て、噴水の前まで来て立ち止まったデュランダルはそう言ってアスランを振り向いた。

 

「本音を言えば、もちろんそれを期待している部分が無かったと言えば嘘になるがね。ただそれはお仕着せではなく、本当の意味で自身の内から湧き上がる想いに裏打ちされた自発的なものでなければ意味がないものだから。
政治的な事と言うのには間違いなく虚構〈フィクション〉の要素もまた求められるものではあるけれど、例えそうだとしてもその芯――根底にはやはり真実〈本物〉のものが無ければならないと、私はそう思っているのだよ」
それが見出せるのが、本当に嬉しい限りだ。デュランダルの顔にはそんな穏やかな微笑が浮かんでいた。

 

「議長……」
アスランは照れを感じながら一礼する。
少しずつ、少しずつ。けれどもちゃんと自らの抱いている筈の想いを、実際の行動と言う形で現実とも向き合いながら叶えるための途を歩み出している今の彼からみれば、そのきっかけを与えてくれたデュランダルはやはり恩人だと言う事になる。
その人からこうして評価を受け、認めて貰えると言うのは何とも気恥ずかしいが、嬉しくもあった。

 

「それを踏まえて今後、君に担って貰いたいと思われる事についてだが、具体的な内容や立場については至急とりまとめて私がここにいる間に提示させて貰うつもりだよ。
無論ハサウェイ総帥やイラム参謀にも相談が必要だと思うが、やはり彼らマフティーの方々を〝本当の意味で〟我々の世界へと迎え入れる為の特使役……とでも言う様な立場を、とりあえずは想定していると思っていて貰えるかな?」

 

「はっ! ありがとうございます。精一杯務めさせて頂きたいと思います」
デュランダルの言葉に、アスランはきっちりと敬礼を返して応える。
もう後には引けない。
そんな決意で言うアスランだったが、そんな彼に向かってデュランダルも微笑で返す。しかし、最後には不意にその表情を僅かに曇らせた。
「うむ、宜しく頼むよ。…………ただ……」
「?」
アスランが無言のまま表情のみで浮かべた問いに一つ頷き返して、デュランダルは今ここにこうして彼だけを誘った理由でもある〝一つの懸念事項〟を口にするのであった。

 

「ああ。ただ、そうする事によって君自身の周りにと現れてくるであろう様々な軋轢や波紋と言うものに関しては、やはりどうしても気がかりにはなってしまってね」
ある意味では君を、そうなるような状況へと導いてしまったとも言える私としては、その辺りで忸怩たるものを抱かされもするのだが……。
表情と目でそう言外に(しか見せられないものを)示してくるデュランダル。

 

政治家――あるいはきちんとした大人としての事情を承知し、やらねばならないと言う事を覚悟し実行しながらも、その根底では良い意味での私的な想いもまた忘れてはいない。
ハサウェイ達もそうなのだが、間近に接していて常々それを肌で感じさせられるからこそ納得もさせられ、素直に付いて行こうと言う風に思わされる――かなわないなと、本当の意味でそう思わされる所以はまさにその辺りにあるのだと、アスランはそう実感させられている。
だから、その配慮には無言の軽い会釈一つで感謝の意を示して、デュランダルに話の続きを促す。

 

「うん、わけても気にかかる事と言うのは……オーブのことなのだ」
(!)
デュランダルの言葉に、内心で息を呑まされる様な想いになるアスラン。
ひいては、君の〝友人たち〟も関わってくる様な話にならざるを得ないなと、デュランダルの表情と口調がそう物語っていたからだ。

 

「……先程、閲覧させて頂いた資料の中にもオーブの記述がありましたが、実状はそれ以上だと言う事なのでしょうか?」
しばしの黙考を挟んで、そうデュランダルの真意を探るようにアスランは慎重に口を開く。
「うむ、実はそうなのだ。既に世界安全保障条約機構へと加盟し、地球連合と結んで我々とは敵対する立場へと移ってしまったオーブだが、幸いな事にこれまではザフトや我々の陣営の同盟友好勢力とは直にぶつかり合うきっかけが無かったのだがね……」
どうやらその状況も過去の話となりそうなのだよ。
そう嘆息する様な表情を交えて言うデュランダル。

 

(ついに、来るべきものが来てしまうのか……!)
そう、思わず身構える様な気分になるアスランは、続いたデュランダルの言葉にそれにも関わらず頭をぶん殴られたかの様な衝撃を覚えさせられた。

 

「君も耳にはしているね? アスハ代表が、セイラン大臣との結婚式の場に乱入したフリーダムとアークエンジェルによって、いずこかへと連れ去られてしまったと言う事件の顛末は。
その〝君の友人達〟の存在と言うものが、結果として地球連合やそのバックにいるロゴス側にとオーブに対して更なる圧力をかける為の絶好のカードを与える事にもなってしまったと言う事だ」
デュランダルは沈鬱そうな表情で首を振る。

 

「!」
そしてアスランは愕然とその言葉を聞いた。

 

アスランに対して「君の友人達~」と言う表現を用いたデュランダルだったが、その言わんとする処は明らかだった。
前大戦の〝伝説〟と化している、ニュートロンジャマーキャンセラーを搭載し核動力で駆動するMSフリーダムと、その母艦たる不沈艦アークエンジェル。

 

ザフトからは離反して彼らと共に戦ったアスラン自身もまた、戦後はプラントから離れ(戻れる立場でも無く)、オーブ市民〝アレックス・ディノ〟と言う新たな名前と立場を得ていた様に。
元々は地球連合軍艦として建造・配備され、後にそこから離反したフネであるアークエンジェル自体も、そしてその乗員達も同様に、地球連合軍からは脱走艦とその乗員として法理的には現在でも追われねばならない立場にある存在だった。

 

――元々、俗に「三隻同盟」。あるいはラクス・クラインを盲目的に信奉する一部の者達からは「歌姫の騎士団」などとも呼ばれることもある、前大戦の最終盤において
地球連合、プラントのそのどちらにも組みせず、等しく双方の大量虐殺行為をやめさせようと言う介入を繰り返していた第三勢力を構成していた面子と言うのは
オーブ(ウズミ・アスハ政権)残党軍を乗せたオーブ艦クサナギに、ラクス・クラインと〝砂漠の虎〟ことアンドリュー・バルトフェルド以下の元ザフト艦エターナル。更に元地球軍艦アークエンジェルと言う
ある意味アウトローと呼ばれるべきであろう立場の者達が、かつての所属勢力やナチュラル・コーディネーターの人種分類と言った垣根を超えて集った勢力であったと言う経緯もある。

 

その為、戦後は再びその「微妙な立場」が故の軋轢が迫って来る事は必定の彼ら、エターナルとアークエンジェルの乗員達の多くをオーブが匿う様になったと言うのは、ある意味自然な流れであったとは言えるかも知れない。

 

フリーダムのパイロットであったキラ・ヤマトをはじめ、アークエンジェルの乗員達の中には元々はオーブの国民であった少年少女らもいたし、
また艦長のマリュー・ラミアス以下地球連合軍人だった乗員達も、アラスカのJOSH-Aから逃げ延びて以降は自らの意志で地球軍を離脱し、オーブの為に戦ってもくれた者達であったと言う事なので、そうなると言う事それ自体は理解も出来うるものではあったわけだけれども。

 

しかしこの場合、問題はその〝匿ってもらっていた〟立場の筈の、当の本人達の側が堂々と姿を現してカガリを掠い、そのままオーブから飛び出して去ってしまったと言う事実にあった。

 

断交したプラント相手に対してならばまだしもと言えるかもしれないが
そちらの陣営入りを余儀なくされたとは言えども、ほんの少し前まで占領されていた相手である地球連合とは、現状においても独立した国家同士の駆け引きをもって常に緊張を抱えて付き合う(付き合わざるを得ない)間柄にあると言える。

 

そんな地球連合とは〝同盟国〟としての協力関係にはあるのは事実として、では「その程度」はどの辺までにするか――
要は、最低限の譲歩で最大限の見返りを~と言うものを探り合うと言うことだが、無論オーブとしては積極的に現在の「地球連合が始めた戦争」に関わりたいと言うわけではなかろう。
カガリ出奔後のオーブの基本方針がそうでなくて、積極的な地球連合への〝戦争協力〟の方針が大勢を占める様に転換しているのであれば、とっくにカーペンタリアに駐屯するザフトの大洋州方面軍との軍事的激突が起きている筈だ。
――その場合のオーブにとって、ザフトのカーペンタリア基地と言う存在は喉元に刃を突きつけられているに等しいからだ。

 

もちろん、ザフト側にはプラント政府の戦線非拡大方針があるが故に、かつての友好国と進んで事を構えたくもないと言う暗黙の気分とも相まって、友邦の大洋州連合軍共々
オーブや赤道連合と言った、地球連合からの圧力によって世界安全保障条約機構への加盟を余儀なくされた国々相手に能動的にちょっかいを出す様な真似は行ってはいないのだが。

 

しかし、今回のこの一件と言うカードを地球連合側に突きつけられたならば、現オーブ政府は確かに苦しい立場に立たされるだろう。
――それこそ、その釈明の為にまたもや大きな譲歩を強いられる羽目に追いやられはしないだろうか?と言うデュランダルの懸念は全くもって、もっともな話であった。

 

「もっとも、君もまさか〝ここまでだった〟とは知らなかったのだろう? 流石に」
「…………」
デュランダルの問いに沈黙して俯くしかないアスラン。

 

自分自身の場合には自らそれを望んだと言う部分も確かにあったからだが、三隻同盟に参加していた者達の多くを無条件に密かに受け入れ、匿ってくれていたカガリの庇護には単純に感謝の念しか抱いてはいなかった。

 

だが以前ならばともかく、ハサウェイ達マフティーの面々の生徒として政治的な視点と発想を着実に身に付けつつある今のアスランには、それが潜在的に孕む政治的なリスクなども含めたトータル的な意味合いで、その事を考えられる様にとなっていた。

 

そしてその観点で見直してみたならば、間違いなくキラ達の仕業であろうその事が巻き起こす、その後への影響〈波紋〉と言うものにも必然的に思考は向いて行く。

 

その意味で、デュランダルの向ける問いの意味する処はたちどころに理解できるものだった。
アークエンジェルも無論だが、ある意味それ以上に微妙なのはユニウス条約で禁じられ、既存機はエンジンの破棄とバッテリー駆動機への改修が義務付けられる様にとなった核動力駆動機であるフリーダムを、〝オーブが隠し持っていたと言う事実〟にあった。

 

「アーモリー・ワンで初めて君とも会った際に、姫――いや、アスハ代表から言われた言葉は中々に耳に痛くはあったよ。『強すぎる力は争いを呼ぶ!』……か。
まがりなりにもユニウス条約の制限の準拠下にある筈の世界においてのフリーダムガンダムと言う「最強の矛」を、自らは手にしていながらそう言っていたのだね?」
その時のやりとりを懐かしむかの様な表情で言うデュランダルに、アスランの方は逆に表情を強ばらせ、背筋を冷たい汗が一筋伝うのを感じた。

 

そう、そうなのだ。
自分を始め、キラやラクス、ラミアス艦長達を受け入れてくれた事も、一緒にフリーダムとアークエンジェルを受け入れる事も、カガリにとっては純粋な善意と厚意の発露であるに過ぎなかった。

 

個人の情としてならば、それは美徳――優しさであると言う事は疑いの余地は無かったし、少し前までの自分であったならばそういう物差しだけで考え、それだけでその事を是としてしまっていたであろう。
しかし、同時にそれを「公的な立場」と言う別の物差しで見てみたらどうであろうか?と、言う部分にも開眼しつつある今のアスランには、改めてその事に伴うリスクと言うものもまた見えてしまったのだ。
――いや、そのリスクはこの場合、既に具現化してしまった後である。

 

「確かに……議長がおっしゃる事は、ごもっともです……」
アスランは絞り出す様な声でようやくそう返すのがやっとだった。
カーペンタリア基地のミネルバに着任して、その顛末をグラディス艦長から聞かされたその時に、何故そんな辺りの事には想いが至らなかったのだろう?と、今更ながら自分自身に暗澹とさせられていた。
確かにカガリ自身は「その政治的な影響力」と言う部分についての要素に対しては全くの盲目であったのだろうとは言え、アークエンジェルとフリーダムと言う存在は、純粋な戦力としての部分のみを考えたとしても「相当な存在」であると言うのは動かしがたい事実ではあったし。
特にニュートロンジャマーキャンセラーを用いて核動力で動いているフリーダムと言う、言わば動くブラックボックス的な存在を自らの目の届く範囲内において厳重に管理し、二度とそれが使われる事が無い様にと封印しておく~と言う主旨であるならば、そ
れを抱え込むと言うのは個人としてならば理解も許容もし得る話ではあった。

 

しかし、それがカガリ自身やキラ達に変な野望や下心などがあってのものでは無いと言う事を、彼女らに近しい人間であるが故に自分が良く判っていればこその考えだと言うのは、今のアスランにはちゃんとわきまえられもしている。

 

この場合、彼らを良く知らない(当たり前の事でもあるが、また知ろうともしない)圧倒的大多数の人々の目から見たらどう見えるであろうか?と言う、その事もまた同時に考えておかねばならない重大な要素であろう。

 

ましてや、口実は何でも良いから隙あらば難癖を付けて、それで自方を利そうと鵜の目鷹の目で待ちかまえている様な手合いも無数と言う現実下に、そんな無防備では……と言う話なのだから。

 

ところがこの件は、うかつな処に流れたりしない様にと(損傷した状態のままに)封印しておく~とか言う様な話なのでは全く無しに、それを再び戦力としていつでも万全に使える形に完璧に修復整備していたとなるわけで、そうであれば当然ながら話は全く別のものとなって来る。

 

流石のアスランでも、フリーダムとアークエンジェルの状況がそうであると言うのは全くつゆ知らずの、予想だにしない様な話ではあったのだ。

 

少し前までの自身を省みれば、流石に裏切られたと言う様な気分にまでなるわけではないものの、純粋にそれは拙い!と言う、カガリの――ひいてはオーブの立場の悪化と言う結果がそれによって引き起こされていると言う現実に、アスランは改めて愕然とさせられる。

 

「もしあの時に私がこの密かな事実を知っていたとして、それを盾に問い返していたとしたら?」
果たしてどの様な答えが返って来ただろうね?
皮肉を言うのでは無しに遠くを見る様な表情でそう呟くデュランダルは、自問に自答する様に続けた。

 

「そこで即座に、『我が国はそもそもユニウス条約の対象下にはない。故に我が国の有り様をもって貴国の軍備再増強への懸念表明を遮断される謂われも無い!』
などと言う感じの事をおっしゃられるくらいに、ある意味ふてぶてしくあってくれる様であれば、むしろ逆に頼もしくさえあるのだが……」
そう言って微苦笑を浮かべるデュランダルの言葉に、アスランはこれまでの議長の発言は決して単なる嫌みなどでは無い事を理解させられる。

 

(役者が違いすぎる……)
確かにこの人から見れば、カガリが「姫」と呼ばれてしまう――外交的な意味合いでの常識と礼儀の範囲内で〝許される(また、許された)程度の軽侮〟を込めたニュアンスで――のもむべなるかなの話だなと、そう納得を覚えてしまったアスランは
一拍遅れてそんな現在の自分の在り様にと気付いて、その事実にもまた驚きを覚えるのだった。

 

単純な私情のみで、大切に想っている相手を軽侮された!と、義憤を抱く――以前までの自分であればそう言う風にしか思わなかった筈だ。

 

しかし今はと言えば、もちろんそう言った気分を抱いてしまう部分と言うのも有りはする(流石にまだ、そこまでは達観は出来ない)のだけれども、それと同時に他の相手から見たらどうであろうか?と言う客観視――
第三者的視点と言うものもまた、確実に考慮されねばならない要素なのだと、その事実をも意識出来る様になりつつもあったのだから。

 

ハサウェイ達との付き合いを通して、また戦争の現実の中で目にした事、そして互いの境遇や想いへの理解に努め合おうとしてもいるシンをはじめとした部下の少年少女達との関係は確実にアスラン自身を変え、彼を成長させていたのである。

 

(自分では自覚なんか出来なかったけどな……。ほんの少しくらいは俺も成長出来たと言う事だろうか……?)
そう、自問するアスラン。
もしそれを口に出していたならば、目の前のデュランダルも、あるいはハサウェイ達も「もちろんだ」と太鼓判を押してくれたであろうけれども。
「今こうして状況を理解して、私自身、どうしても彼らに会って確かめねばならないと言う想いでいます。アスハ代――いえ、カガリが苦境にあるのを救いたいと思うのだとしても、ならばどうして〝あんなやり方〟を?と……」
だからアスランもまた自然に口に出来たのだった。
かつてのままの彼であれば絶対に出てはこないであろう様な、そんな考え方に基づいての一言を。

 

「〝国家〈くに〉の為に……と言う、意に添わぬ結婚〟を止めようとすると言うのは、もちろん心情としてならば判ります。――私自身も、もしその場にいたのならばそうしなくてはと考えて、おそらくは自分も彼らと一緒にああしていた筈だろうとは思います。
ですが、彼女自身にそれを選ぶと言う決断をさせたであろう想いそのものも、今ならば判る様な気もします。何故なら彼女は、カガリはその身に自国〈オーブ〉の立場と言うものを背負っている存在でもあるのですから。
そんな彼女をああして連れ去って結婚そのものを成り立たなくしてしまえば、〝一人の女性としての彼女〟自身が個人的な幸福を自ら諦める~と言う悲劇からは、確かに彼女を救う事にはなるでしょう。
ですが、それではその後に残されたオーブと言う国は――そうまでしてまでも彼女が守りたいと思ったものは一体どうなってしまうのでしょうか?
その点についてはまるで知らんぷりをするかの様な、そんなやり方が本当に彼女の為になる事なのか? 彼女が愛しているオーブと言う国の為に正しいやり方なのか?
もっと、もっと他にやるべき〝正しいやり方〟と言うのがあったのではないのか? そう思わずにはいられません……」
堰を切った様に、今のアスラン自身の抱く想いが言葉となって溢れ出ていた。

 

「それは現実には難しい事かも知れないし、容易に出来る事でもない筈なのは判るつもりです。
そう思ったところで駄目に終わってしまう可能性の方が高い事かも知れない――残念ながら、現実にはそう言う結果に終わってしまう事の方が多いのだろうとは思います。
でも、それでも可能な限り、その相手が背負った大切なものまでも含めて守ろうとする事、その為に今自分に出来うる全てを精一杯探り、実行して行くと言う事。それが、本当の意味で〝相手を助ける〟と言う事ではないのでしょうか?」

 

アスランのその言葉に、デュランダルは彼の目を見返して頷きを返す。
それを受けてアスランは言い切るのだった。
「ですがこの場合、オーブが置かれた状況自体は何も改善されるどころか、むしろその事で却って悪化する事にさえなったのでは、それでは本末転倒です」

 

端から見れば、仮にもフェイスの立場にある彼が、プラントの国家元首を前にして今や敵性国家となった他国の事をここまで気にすると言うのは、確かにある意味で奇妙な情景ではあったかも知れない。

 

しかしそこで、「それくらいに〝自分の(本来の)母国〟〈プラント〉の事も考えてくれると嬉しいのだがね」
などと言う感じの程度の低い皮肉を言う様なデュランダルではなかった。

 

逆に、そんな良い意味での若さ、真っ直ぐさの発露にこそアスランが秘めていた筈の素養が正しく着実に伸びている事を確かめる事が出来て。
むしろそれはデュランダルにとっても喜ぶべき話でさえあった。

 

確かに、今の彼がそれを大切に想う気持ちが故に義憤さえも抱いているその対象は本来の母国〈プラント〉に関わる事や、人々に対してではないかも知れない。
だが、デュランダルはそれでいいのだと思っている。

 

何故ならば、自らの身近な大切なものを守りたいと思うと言う事、それこそが政治的な動機や行動のやはり原点であり、またそうであらねばならない筈の事であるからなのだ。

 

まずは自分自身と身の回りから。しかし、やがてそれはその周囲の世界――自らの帰属する社会と言う人間集団――国家や勢力、最終的にはそれらがあつまったこの人類社会全体の話にへも繋がって行くことであるから。

 

政治と言うものは間違いなくマクロのレベルで考え、行われる話であるのは確かな事だ。
しかし、そのマクロとは結局は無数のミクロが集まり、積み重なって行く事によって形成されるものでもあるのだから。
その意味で、最初の「出発点」たるミクロの部分を大事に出来ない、そうする事の価値や意味が理解出来ない様なそんな人間が、それでいてマクロのレベルで真に何かを大切にすると言う事が果たして出来るものであろうか?
そう言う意味合いで、デュランダルは今自分の眼前で目を掛けている青年がそんな風に苦悩している姿そのものを、原点として必須の善き想いと言うものをきちんと持ち合わせているが故のものであると言う意味合いで良しとしているのだ。

 

確かに、そうは言ったところで「現実」と言うものはきれいごとだけでは決して済むものでは無い。
しかし、そうやって善き意志が故に理想と現実のその間に悩み、苦しみもがきながら、それでもその中での最善を探りながら前へと進んで行く――その為の意志の持続を担保出来るものとは。
そんな「根源点的資質」以上にして以外のものの他にはありえないのだから。

 

そうやって今、アスランに頭をかきむしらせる様な想いを抱かせる様な事をしでかしてくれた「その友人達」と比較すれば、今の彼の抱いている想い(とそれが故の煩悶)とのその差は一目瞭然であろう。

 

既に予測された事ではあったが、彼自身がこれから自身の選択のその結果として向き合わねばならなくなる筈の真の葛藤への心の準備〈覚悟〉と言うものは、もうここから為さねばならないものなのだ。

 

成程、現実には政治と言うものは時として何かを、誰かを犠牲にせねばならないと言う非情の、その罪科からは残念ながら逃れ得る事は出来ないものだろう。
だが、だからと言ってそれを「仕方がない」と、ただドライに割り切るだけでは駄目なのだ。

 

確かにそうせざるを得ない。それは理屈ではそうであっても、実際にその事で血を流す、或いは犠牲となるのは今現実に生きている人間〈誰か〉なのだから。
そう言う罪科の重荷から逃れる事なく、その十字架を背負って歩くと言う道を本当の意味で進むその覚悟が無ければ、真に何かは成し得まい。
――ましてや今、彼らが戦争を戦っている相手とは、〝そうではない者達〟なのだから。

 

故にデュランダルは頷いてアスランへと語りかける。
「そう思ってくれるのならば、確かにこれから我々ザフト――ひいてはプラントを代表する一人として君自身も表舞台にも立ってくれると言う事によって、そんな君の現在の居場所とそこでの努力とを
我々が戦うべきその相手と同時に、行方をくらませたままになっているアスハ代表や君の友人達にも示す事にもなるのだろうね」

 

「……議長」
掛けられたその言葉にアスランはハッとした表情で顔を上げた。
それを目的としていたわけではない――今そう指摘されて初めて気付けた事でもあるのだから――が、自分がこれから歩もうとする道には確かにそう言う可能性も秘められてはいる筈だった。
ならばその事もまた、自身にその道を歩ませんとするとする自らの決意をより強めてくれる動機の一つにもなるだろう。

 

そんな想いをありありとにじませるアスランの表情に頷いて、微笑を浮かべて言うデュランダル。
「確かに、行ってしまった事――もう起きてしまった事についてはどうしようもない話だが、それを埋め合わせる術を探る事ならば、これからでも出来うる筈だね?
これから先に、そんな君を介する事でアスハ代表や彼女と行動を共にしている筈の君の友人達にも繋ぎを付ける事が出来たら。そして、我々が進まんとする今のこの路線〈みち〉に対して、彼らもまた理解と共感とをもって共に歩んでくれるのならば……。
それはプラントにとっても、オーブにとっても――ひいては〝この世界〟の為にもなる最善の道ではないかと、そう思うのだよ」

 

「おっしゃる通りだと思います。私も、その実現の為にあらためて微力を尽くさせて頂きたいと思います」
デュランダルの言葉に素直な納得と共感と共に頷いて、アスランも朗らかな表情を浮かべて敬礼を送った。

 

そんな彼をあたたかい眼差しで見やりながら頼もしそうに頷いて。
不意にデュランダルは暮れなずむ空を見上げながら呟いた。
「実は、今君にこんな話をさせて貰ったのにはね、もう一つ理由があるのだよ」

 

「もう一つ?」
当然の疑問を返すアスランは、続けて返されたその理由に押し黙る事になった。

 

「実際に矛を交える敵手となるか、それとも新たな味方として迎え入れられる様にと変わって行くのかは未知数だとしてもだ、この先オーブに関わる状況は我々が必ず向き合うものとなるだろう。
――特に前者であれば、その最前線にと立つ身である君達にとっては、尚更にね」
「…………はい」
重い口を押し開いて、そう首肯するアスラン。
覚悟はしようとしているとは言え、やはりそう簡単に割り切れる様な話では無いのは無論の事だ。

 

だが、その後に続いたデュランダルの言葉にアスランはハッとさせられる。
「その時に、あのシン・アスカくんは――また彼の様な境遇の人々はどんな気持ちになるだろうか? 個人的な感傷ではあるのかも知れないが、その事を考えてしまうのだ……」 
「議長……」

 

確かにデュランダルが口にする通り、現在のプラントには前大戦の戦火に追われて移住を余儀なくされた元オーブ国民も大勢
――それも、コーディネーターだけではなくてナチュラルの者も意外と多かったりもするのだが――市民として暮らしていると言うのも、紛れもない事実だった。

 

そもそも、その結果として今次の戦争の勃発の予鈴とも見なせる新型ガンダム強奪事件に立ち会う事にもなった、カガリのアーモリー・ワンへの非公式訪問の主目的が
そんな〝オーブ系プラント(新)市民〟達が身に付けていた技術や知識の、軍事分野への利用を即刻取りやめて貰いたいと言う申し入れの為であったと言う点も、その事実を証明しているとも言えよう。
――無論のこと、今のアスランにはそんなカガリの行動の公的な意味合いでの〝傍若無人さ〟もまた理解出来てしまう様にとなってもいるわけだが
(そんな挙に出る心情そのものの〝純粋さ〟自体は出来るとしてもだ)、その話はここではひとまず置いておく。

 

その意味で、デュランダルの言う事はこの点でもアスランにとっても十二分に納得して頷けるものであった。

 

「先程口にした事だがね、確かにその意味ではあのアスカくんにもまた、君とは違った意味合いで〝政治的な影響〟を呼び起こしうる可能性はある筈なのだ」
アスランにそう告げて、そしてデュランダルはややバツが悪げな苦みの混じった微笑を浮かべる。

 

「いや、確かに私はアコギな事をしているのだよ、間違い無くね。ただ、言葉が悪いのには間違い無いのだが、〝利用価値がある〟と言う事はつまり、
その裏を返せば、それは現実に(対しての)影響力が実際にあるのだと言う事でもある筈だね?」
無言のままで頷くアスランに、デュランダルは更にと続けた。

 

「故にアスカくん自身がそうして自分の辛い過去と、そこから今の現実に対して向き合いながら、それでも明日〈未来〉へと向かって行こうとする。彼自身がそうする事によってそんな自らの行くべき道を見出す事が出来たなら――
そんな彼の姿は彼自身を救うのみならず、きっと彼と同様の痛みや苦しみを抱えている多くの人々の想いを救い、また勇気を与えるものにもなる可能性がある筈だ。
私は〝彼を利用〟して、その可能性にと賭けてみたいと、そう思ったのだ」
「そう言う事だったのですか……」

 

「君自身がこの先、自らの選んだその立場故の様々な軋轢や葛藤に立ち向かわねばならなくなるにも関わらず、その上に更に~と言う話ではあるかも知れない。
だがその中でも、オーブ絡みの事に関してはある意味で君以上にそんな現実と向き合わねばならない筈のアスカくん〈自分の部下〉の事を、どうか気に掛けてやって欲しいのだ」
「…………」
デュランダルのもっともな言葉に頷いて、そしてアスランはその後に更に続いた一言に目を見張らされる。

 

議長が最後に導くようにと掛けてくれたその言葉は、アスランの胸の奥にも深く刻みつけられる事となった。
「いや、君が導くと言うよりも、彼が抱えている筈の怒りや哀しみを聞き、そして同時に君自身が抱く苦悩や葛藤もまた余すことなく彼に伝えれば――
一方的に導くなどと言うのでは無く、共にそうやってより良き未来〈明日〉を求めようとする者同士。胸襟を開いて語り合い、互いに悩み試行錯誤しながらそんな重荷をも互いに分かち合って背負って行ければいい。
そうして行くと言う事が出来るのならば、そんな姿勢を保ち続けていられる限り、君達が道を違えると言う事は決してない筈だ」
「…………はい!」

 

自分がまた知らず知らずの内に行くべき先を間違えていないか? そう不安に駆られる時があるのなら。その時は、自分自身の周りの道行きを共にする仲間達に助けて貰えば良いのだと。
決して一人だけで戦っているわけでは無いのだと言う事を、自分自身が忘れなければ……。
かつての自身にはどうしてもどこか拭い切る事の出来なかった〝漠然とした不安感〟とでも言うべき逡巡は、今の自分にはもう過去のものとなっている事に気が付いて。
そうしてアスランもまた、吹っ切れた笑顔を浮かべる事が出来たのだった。

 
 

「ハロ! ハロッ! アスラン、マダー?」
ハサウェイ達がやって来た、〝別の世界の兄弟〟の様にマニピュレータがもし内蔵されていたならば、それでナイフとフォークを手に一緒に食器も鳴らしていそうな感じの声と共に、赤いハロがそんな処にと跳ね寄って来て。
それがアスランとデュランダルの会見(延長戦)のノーサイドを告げる使者となった。

 

「アスラン! お話はお済みになりました?」
再びハロを先駆けにして姿を見せたミーアがそう声を掛けて来る――今度は談笑を終えたハサウェイ達と一緒なのを意識した所為だろうか、流石に先程の様に彼の姿を認めても駆け寄って来る様な真似はしなかったが。

 

「おっと、もう王子様は〝シンデレラ〟にとお返ししなければならない時間かな?」
そういたずらっぽく微笑んでアスランを見やるデュランダル。

 

そう言われた〝王子様〟――ミーアにとってのそんな様なものであるアスランの方もまた、肩の力を抜いたように笑う。
(すまないが、頼むよ)
と、そう声には出さずに頼まれては頷くしかなかった。

 

シンデレラ――そう、今〝ラクス〟に扮している彼女〈ミーア〉はまさしくその様な存在だった。
些か(?)強引にセッティングされてしまう事になったこの後の彼女との食事の約束も、目的意識をそこにも持ち込めなくもない話ではあるかなと、アスランはそう言う考えに至る。

 

デュランダルがそこで最後にそっとささやいた一言も、そんな彼の意識には作用していた。
「夢はいつか醒める時が来る。夢から醒めたその後に、彼女に一体何を残してやれるのか?何を残せば良いのか? その夢を〝見させた〟側の責任と言うものを、今でもずっと考えているよ」
(すまないが、君も一緒にそれを考えてくれるとありがたいな)
そう頼まれてしまっては、尚更の事だ。

 

だからアスランもせいぜいデュランダルやハサウェイ達の目を意識して、今度は大根ではない演技でもって〝ラクス〟にと向き合うのだった――。

 
 
 

料理そのものは大変に美味しかった。
これも育ちの良さ(良い意味合いの方での)の現れで、特段美食などには関心は無いアスランではあったが
流石にこのホテルと歩みを共にして来た、やはり同等の伝統と格式を誇るレストランだけの事はあると頷かされる程に、提供される全てが粒揃いの出来だった。

 

とは言え、それまでの状勢が状勢だ。
レストランにとっても久しぶりのVIP〈上客〉だと言う処であったろう。
他に客もいない――正確には個室の方でデュランダルがハサウェイ達マフティー幹部との会食の席を設けてはいたのだったが、彼らを別にすれば他のプラントの人間の誰もが遠慮するであろう――店内のおかげで。
アスランとミーア扮する〝ラクス〟は、あたかも貸し切りにしているのと同然の風情でもって晩餐を取っていた。

 
 

「――それでね、その若い兵隊さん顔を真っ赤にしちゃって。大怪我をしているって言うのに、バッて立ち上がって「ありがとうございます!」って、わざわざ敬礼してくれたのよ」
その時の様子を思い返しながら、自身もまた嬉しそうな表情でとある軍病院を慰問に訪れた際の出来事をアスランにと語って聞かせるミーア。

 

傍目には「久しぶりに会う事が出来た婚約者同士が、和やかに会食している」と言う構図にと見えるのであろうが、実際には殆ど一方的にミーアが自分の〝ラクスとしての活動〟の様子を語り、アスランはそれを聞いて時折相槌を打つだけと言うやり取りになっていた。
そうやって「ラクスを演じる事」を語るミーアの顔――整形によって造り出された、全く同じ〝ラクスの顔〟――は本当に屈託無く明るく、そして充実感に自然と満ち溢れていて。
ある種のまばゆささえ、そこには漂っている様にアスランには感じられた。

 

「そう言えば今日のライブは見て下さいましたよね? どうでした?」
「ああ……皆とても元気付けられていたみたいだったが」
実際に見たままの様子と感触を口にするアスランに、ミーアは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「わあ!ホント? 良かった」

 

彼女〈ミーア〉は今、こうして「ラクスを演じる」と言う事に本気で誇りとやりがいをもって臨んでいるのだと実感させられて。それ故にこそアスランは、あるいはそこに冷水を浴びせる様な〝現実の事〟を問いかけねばならないと言う思いを強くもさせられる。

 

「……でも、君のやっている事はあくまで〝ラクスの代役〟だろう? 議長は今君が担ってくれている役目を、やはり本当のラクスが担ってくれればと、そう思っている。
もしそうなった時は、君は君自身が頑張って来たこれまでの事も全部、自分では無く〝彼女〟の功績として黙って譲り渡さなければいけなくなる。君には何も与えられない。それでも君は……いいのか?」

 

「…………」
ミーアは無言でアスランのその言葉を受け止め、そして「判っているわ」と言いたげな表情で頷いた。
「ええ、それは初めからから承知している事だもの。議長は初めてお会いしてこのお話を持ちかけて来て下さった時に、ちゃんとそうであると言う事も包み隠さず正直に説明して下さったわ。その上で、どうかと頭を下げて頼み込んで来て下さったのよ」

 

「…………」
今度はアスランの方が無言でその言葉を受け止める番だった。
「それじゃあ、君は……全部、承知で……?」
それでもどうにかそんな疑問を返す。

 

「そうよ。だって私は、かつてラクス様達が見せてくれたその〝お志〟に続きたいと思った、そんな一人なんだもの」
しっかりとアスランを見据えてミーアはそう言い切った。
「ラクスの?」
彼女の表情が湛える静かな意志にアスランは思わず問い返す。

 

ミーアは小さく微笑んで頷き返して、答えた。
「前の戦争の時――特にその最後にプラントが再び地球軍の全面核攻撃にと晒された時ね――あたしは身近に迫った戦争の、それによって殺されてしまう!って言う、無慈悲にもたらされる死の恐怖にただ怯えきっていたわ……。
とにかく怖くて、恐ろしくて。でもじゃあどうすればいいのかなんて分からないまま、何でこんな事に?って、ただずっと震えてた。
でもね、そんな恐怖から私を、大勢のみんなを救ってくれたのは、あの時にそんな戦いを止めさせようと立ち上がってくれたラクス様や――アスラン。あなた達だった……」
「…………」
ラクスはともかく、自分の名も?
正直、自分自身では思いもかけない様な話を出される事にとなっていて。アスランは黙ってそのままミーアの語りにと耳を傾ける。

 

「地球軍に通じた反逆者だとか、プラントの――コーディネーターの風上にも置けない様な裏切り者だって言う風な汚名を着せられていたのに、そんな事にはお構いもしないであなた達は誰よりも必死に戦争を止める為に戦ってくれていたじゃない……。
そんなあなた達の、敵も味方も関係なしにただ戦争を……ううん、虐殺を止める為に誰よりも一生懸命に「戦ってくれている」その姿を、私もあの時コロニー〈プラント〉の中からライブ映像でずっと見ていたのよ」
(!?)

 

ミーアが口にしたその言葉は、アスランには率直な驚きに目を見張らされるものだった。
自分達があの時、二年前の大戦の最終盤のヤキン・ドゥーエ宙域での最終決戦に介入して戦争を――否、もはやただ双方が自らの恐怖感と憎悪のみを撒き散らしぶつけ合うだけの、
〝その本来の目的〟すらも忘れ去った単なる大量虐殺の応酬と化していた終末的な状況を止めようとした時の事。

 

その時それを、シンが言う処の「普通に暮らしている人々」の立場として見ていた人々(と言う立場の〝当事者〟)の声でもって聞かされると言うのは、メイリンとルナマリアの姉妹の口から聞いて以来のものであったし。
また逆に、その時の経験からそんな状況に対してただ受け身のままでいるのではなく、何かしらの能動的な対応を探る事は出来るかも知れない立場を模索する道を選んだ彼女ら姉妹の様な者は、やはり少数だと言うのも客観的に見れば事実であろう。
その意味ではそんなミーアの語る様な〝声〟こそが、大多数の〈純粋な〉「普通に暮らしている人々」の感覚と言うものなのかも知れない。

 

アスランにしてみれば正直な話、二年前のあの時はただ無我夢中で、目の前で繰り広げられ続けているプラントと地球、その双方が共に絶滅と言う破局へとひた走るその流れをどうにか食い止めようと言う、
それだけで必死だったから、それ以外の事にまで気を回せる様な余裕はなかった。
だからこそ、そんな自分達の様に〝状況に何かしら抗う〟と言う事が出来る立場にはない多くの人々の側の想いにまでは、とても意識が回らなかったと言う事だ。

 

今になって、そう言った部分にまで目を開かされる様な下地を身に付け始めて、そしてようやくそんな〝声〟に対しても向き合い始めたばかりの処にと、ミーアの語る想いがピタリとはまったのである。

 

「初めて出会ったその時にも言ったでしょう? ラクス様の力は今必要なんだって。例えその想いは一緒でも、〝ミーアの声〟はただの一人の声でしかないわ……。
でも、それがもし〝ラクスの声〟だったなら? それは現実に沢山の人達に届いて、同じ想いを呼び覚ます事が出来るわ。そしてそんな大勢の人達の抱いた想いと想いを繋いで、大きなものにまとめ上げる事が出来る。そんな〝力〟を持っているんだもの」

 

(確かに……そうかも知れない)
ミーアの言う事は、確かにアスランにも首肯できる話ではあった。

 

実際、今次の戦争の開戦時に再び核兵器の脅威にと晒された事により、反作用的にこちらもまた過激な方向へと沸騰してしまいかねない危険性を見せていたプラント内の世論は
むしろそうであればこそ、自分達の側はかつての過ちを再び繰り返す事の無い様に、ここで冷静で理性的な対応を!と言う、そこに登場したミーアが演じる〝ラクス〟の声によって相当に沈静化して行った。
そんな世論の空気の変化する様子は、アスラン自身がその状況の中で自らの目で確かに見、肌で感じた事実でもあったのだから。

 

「確かに、〝私〟自身は単なる偽物〈代役〉だわ……」
それは判っているのと、そう言いたげな表情を浮かべて。それでもと、ミーアは続けてその胸の内を口にする。

 

「だけど、そんな〝私〟がしている事や口にしている事は、決してフェイクじゃないって、私はそう信じているわ……。だって、もしラクス様が今ここに本当にいらしたならきっと、同じ事を〈そう〉為さっている筈だって思うもの」
そうしてミーアはアスランの顔をじっと見つめて、続きを口にした。彼女に今のこんな芝居を引き受ける事を決意させた、その想いの根底にあるものを。

 

「私はあの時、ラクス様があなた達と一緒に実際に示して見せてくれた勇気や、平和を願う意志に感動した一人なの。その時の感動は、私の胸の中にもしっかりと刻みつけられたわ……。
でも、そうしてようやくもたらされた戦争の終わり――平和が、今また悪い人達のせいで破られそうになってしまって……。その時に私は思ったの。
『せっかくラクス様達が懸命に頑張って叶えてくれた平和を願う想いを、その火を、私達はこんな事で絶やしちゃいけないんだ!』って……。
だから、その為にこんな私にも何か出来る事が有るのなら、それを全てやっておきたいって、そう思ったの」

 

その熱烈なファンである事の発露であるとも言えようか。ミーアは理屈では無しに、〝感覚〟的に「アイコンとしてのラクス」と言うものが持つポテンシャルや、多くの人々が期待するイメージと言うものを
あるいは本物の彼女〈ラクス〉以上に理解すると言う事が出来ていたのかも知れない。

 

「私なんかが勝手にお姿を借りてしまって、更にはその言葉も騙っているって言うのを知ったら、ラクス様はやっぱりお怒りになるかしら?」
ええ、そうだとしても無理もない事だって言うのは分かっているつもりよ……。
ミーアはどこか哀しげに微笑を浮かべて、それでも顔を上げて続きを口にする。

 

「でも、もしラクス様に本当にお会い出来たなら……その時には心からお詫びして、その上で私がこんな事をした想いを精一杯お伝えさせて頂こうって、そう思っているの。ラクス様はきっと私の気持ちを分かって下さる筈だって、信じているわ……」
「……………………そうだね」

 

ミーア〈彼女〉は彼女なりに、決意を持って臨んでいるのだなと。そうである事を思い知らされて、アスランはそれ以上は何も言えなくなる。
結果的にはミーアから聞かされたその想いもまた、彼が先程までのデュランダル議長との会談の中で気が付いた要素である、自身の主観とは別に有るもう一つの忘れてはならない要素である「他者の目から見たイメージ」と言うものを考えさせられずにはおかなかったから。

 

「だって〝私〟と違って、あなたは本当にアスランじゃない?」
「え?」
しかしそこで不意に話を転じたミーアのその一言に、思わずそう聞き返すアスラン。

 

「例え〝私〟が勝手に代わってやっている事だとしても、している事そのものは決して嘘偽りじゃない……。だから、それを知ってもアスラン〈あなた〉も今こうしてその下にと、一緒に頑張ろうって来てくれたんでしょう?」
「……ああ」

 

「だったら、いつかはラクス様も本当に……って。だから、そうなるその時までは〝私が〟代わりに精一杯頑張るだけなのよ」
「…………」

 

不覚にも……。と、言ってしまったら不謹慎だろうか?
だがそんな表現がしっくり来る様な気分で、その時アスランはミーアの語るその想いに〝ある種の感動〟を、むしろ逆に自分の方が覚えさせられてさえいたのだった。

 

自分達はそれを意識していたわけでも、また目的としていたわけでもない。
しかし、かつて自分達が抱き、悩みながらも実際の行動に移した想いとその姿を目の当たりにして。
それを認め、同じ様にしたいと。その火を絶やさない様に何かをしたいと、そう言う風に思ってくれている人達もちゃんとこうして居てくれた。
その事実に、彼の心は動かされていた。

 

(ここでも……同じ事じゃないか?)
本物か、偽物か? その物差しが無意味であるとまでは言わない。
しかし、ミーアの言う通り。かつては自分達だけで担っていた様な、真に平和を願い求めるその想いを受け継ごうとしてくれる人達の為になら、あるいはこう言う事もまた、やむを得ないものなのではないのか?

 

(少なくとも、デュランダル議長は自身で用意した〝ラクス〟に対して、戦争を煽る為にではなく、戦意の過激な高揚〈暴走〉を抑制する為に、また実際に戦火にあった人々を慰め、励まして勇気付ける。その様な善き目的の為の働きを託しているのだから……)
そうである限りは、それを〝自らに都合良く利用している〟と言う様な非難をされる謂われは無い事だと、そう思えた。
ガルナハンの戦いを経験し、自身でその時に抱いた想いを続いた地域解放の為の活動の現場で試し、納得もする様になって来ていた今のアスランだからこそ、その様にも考える事が出来る様になったのかも知れなかった。

 

(なら俺は、ミーア〈きみ〉にも感謝しなきゃいけないのかも知れないな……)
アスランはそんな想いで目の前の彼女にと、造りではない微笑みを浮かべた。
――神ならぬ身の悲しさ、それがやはり本質的には異なる感覚の世界に生きているミーアには、違う意味合いのサインとしても受け取られもしてしまうと言う事にまでは思い至らなかったのだけれども。

 

ともあれまた一つ、大事な事を知る事が出来たかも知れないな……と言う想いに胸の内の充足感をも覚えさせられて。
今ここで彼女〈ミーア〉とも話す事が出来て良かったと、そう思う事が出来る様になったアスランにはこの一時もまた、有意義な時間にといつしか変化していた。

 

そうして遅ればせながらも本当の意味で雰囲気の方もまた整って、〝お芝居の一環〟である筈のこの一時も、後半の方はそれを越えての和やかさにと包まれながら過ぎて行ったのだった。

 
 

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