機動戦士ガンダム00 C.E.71_第12話

Last-modified: 2011-04-24 (日) 21:51:25

ヘリオポリスを脱してから早5日。
乗員にも民間人にも疲労が蓄積し、艦内には閉塞的な空気が流れていた。
このままでは民間人が暴動を起こす可能性もある。
それは数多あるナタルの悩みの中でも大きな種であったが、それも間も無く消化出来る事になりそうだ。
「アルテミスまでの距離が縮まってきています。このまま順調に行けば、明日中には到着出来るでしょう」
「良かった・・・」
「これで何とか、なると良いけどねぇ」
毎日の定例ミーティングでのナタルの報告に、マリューは胸を撫で下ろした。
流石のムウの言葉にも願いの成分が含まれている。
「そこで、カマル・マジリフとキラ・ヤマト以下学生諸君には正式な階級を与えようと思う」
「それって・・・」
ナタルの言に、サイが眉を顰めた。階級を宛がわれるというのは、彼らにはまだ抵抗がある様だ。
「無論、形だけだ。
 アルテミスに到着したとして、ブリッジクルーやパイロットに階級の無い者がいてみろ。
 どう考えても無駄なイザコザが起こる事は必至。
 逼迫した今の状況下で、そんな細事に時間を費やす事など論外だ」
学生達の扱いに慣れたのか、苛立つ様子も無くテキパキと理由を説明するナタル。
実際、アルテミスはユーラシア連邦の縄張りなのだ。
そこに大西洋連邦主導で開発された新兵器が入るとなれば、 
どんな言い掛かりを付けられるか分かったものでは無い。
これ以上問題を増やしては、ナタル自身過労と心労で倒れない自信は無かった。

 

「で?どんくらいの階級にすんの?」
「既に決めて有ります。ブリッジクルーに志願した者達は見習いという事で二等兵扱い。
 カマル・マジリフには曹長」
「マジリフさんの腕で新兵というのは無理があるものね。妥当じゃない?」
マリューが同意の意思を示す。
ナタルの後ろで、二等兵という下っ端階級に軽く肩を落としたトールがノイマンに肩を叩かれていた。
「あの、僕は」
「キラ・ヤマトは少尉階級だ。
 あまり気が進まないが、新型のテストパイロットという肩書を考えれば仕方が無いだろう」
「ぼっ僕が、カマルさんより階級が上!?」
予想以上に高い階級に、キラは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
恐る恐る刹那の方を見るが、刹那は何の感慨も無い様だ。
大体、刹那自身階級を与えられるのは初めてなのだ。反応のしようが無い。
腕が評価されているらしい事は、本人にも分かっている様ではあるが。
「気にするこたぁねぇよ。前線ではな、少尉なんて伍長や軍曹なんかの古参兵連中に
 使いっぱにされるのがオチだ。曹長相手じゃ絶対タメ口なんて聞けないぜ」
慌てふためくキラを肘で突きながらムウはニヤニヤしながら続ける。
「因みに俺は大尉だからな。坊主は結局1番下っ端だ」
「フラガ大尉、あまり苛めないで下さい。大丈夫よキラ君。
 階級が付いたからって畏まんないで、今まで通り接してくれれば」
「・・・ここは軍隊です。大尉達がその調子では規律が乱れます」
軍人らしく無い最高階級者2人に肩を落とすナタルであった。

 
 

相変わらず民間人で混雑している食堂の一角に、連合軍の制服を着た3人組みがいた。
ノイマン、トール、キラである。食事休憩を言い渡されたノイマンとトールがキラを呼んだのだった。
「本当はミリアリアと食べたいんだけどさぁ。艦長がOKしてくれないんだよ」
「でもOK出てたら僕の事呼ばなかったでしょ」
「当然!お前に限らず、誰も呼ばないね!」
堂々と言い放つトールに、キラは内心溜息を吐く。キラは外見こそイケメンの部類ではあるが、
人見知りで優柔不断、おまけに趣味はプログラミングにハッキングect・・・。
内向的な趣味や性格ばかりで全くモテないのである。
そういった方面で言えば、許嫁のいるサイや彼女持ちのトールよりもカズィと仲が良かったりする。
「お前がそんなんだから、艦長も別々に休憩を取らせてるんだろ」
「そ、そんな~」
そう言ってキラと同じく溜息を吐いているのはノイマンである。
ブリッジではナタルの副官ポジションである彼は操舵手としては勿論、
判断力、考察力に優れ人柄も良いが、世話焼きなのが災いしてかあまり目立つ様な人物では無かった。
しかし面倒見の良さは本物で、ブリッジクルーに志願したサイ達には慕われている。
「そういや少尉殿はそういう相手はいないんで?」
「・・・えっ僕ですか?」
「この場に少尉は貴方しかいませんから」
ノイマンがワザとらしい畏まった顔でキラに言うが、
少尉殿と呼ばれても、誰の事だか一瞬分からなかった。
「いないです。後、その呼び方止めて下さい」
「ごめんごめん冗談さ。・・・そうかー君もいないのか。じゃあコイツムカつくだろ。
 ブリッジの中でまで彼女とアイコンタクト取ってるからなコイツ」
「はいたまに」
「えっ」
素直に謝ったノイマンが、トールを指して言う。
それに同じく素直に答えるキラ。トールは1人ショックを受けている。
「いやぁ、君の話はコイツ等から聞いてたんだけど、中々話す機会が無かったもんだからさ」
「あっああこちらこそ」
ノイマンから差し出された手に、キラも慌てて手を出した。
「これからも、俺のアークエンジェルを頼むよキラ君」
「はっはぁ」
「俺の」をやたら強調して言うノイマンに、キラは曖昧に答える。
メカオタとか、無機物ラヴな人なのだろうか。
キラはそうではないのだが、PCに触れている時間が多いと、そういう知識も付くという物だ。
確かにアークエンジェルは、戦艦という割には造形に凝っていて、女性らしいデザインをしている。
ある趣の嗜好を持つ者には人気が出そうである。

 

「野郎だけで飯とは湿気てるな」
「そっちだって野郎だけじゃないですか大尉」
混雑している食堂に、一際大きな軍服が入ってくる。ムウ・ラ・フラガだ。横には刹那もいた。
食事が入ったトレ―を受け取った2人はキラ達のいるテーブルの席に腰掛ける。
ムウの挨拶代りの台詞に、ノイマンは苦笑いで答えた。
「アルテミスに着く前に、腹は満たせるだけ満たしとかないとな」
「そんなにヤバいんですかアルテミスって」
冗談交じりに言うムウに、トールの顔が青くなる。
「相手がこちらに良い印象を持っていない可能性があり、尚且つ、この艦には船籍番号が無い。
 相手の出方によってはこちらも何かしらの対策を練る必要がある」
「マジリフ曹長、小声でもここでそういう事言わないで下さい」
刹那によって不安が具体的な物になったトールの顔が更に青くなる。
その様子を内心楽しげに見ていたノイマンも、小声で釘を刺した。
「そこでだ!その対策を取る」
「どっどうやってですか?」
僕達に出来る事なんて高が知れてるんじゃ・・・。
と自信無さげなキラの肩を、ムウがバンバンと叩いた。
咳き込む彼に御構い無しにムウは話を進める。
「艦長の話だと、アークエンジェル全体を分析する程の設備はアルテミスには無いらしい。
 となると、問題はストライクだ」
「ストライクを守るなんて、そんな事出来るんですか?接収でもされたら終わりなんじゃ・・・」
ストライクは大西洋連邦のMS技術の粋を結集して作られた、言わば機密の塊である。
MSという新たな兵器のジャンル、という事を考えるとアークエンジェルよりもその戦略的価値は高かった。
しかし、ノイマンの言う通り接収されてしまえば物理的な防衛など不可能だ。
そんな疑問に、ムウはニヤリと笑う。
「あるんだなぁ。それが・・・」
「その鍵となるのが、キラだ」
「おい」
「キラは、天性のプログラミング技術を持っている。それでストライクのOSを完成させた」
「・・・もういいわ」
「だから、今のストライクのOSは殆どキラ専用のOSだ。それにロックを掛けてしまえば、
 それを開けない限りストライクはガラクタと同じという訳だ」
言いたい事を全て言われげんなりするムウを置いて、話題はゆっくりと進んでいく。
「良いんですか、そんな事して?動かすどころか、僕以外ストライクを起動出来なくなってしまいますけど」
「それでいいんじゃないか?今はどうせ君の専用機だし、
 こんな非常時に上のイザコザで立ち往生なんて、御免だもんな」
C.E.世界のMSはPCと同じである。
OSにアクセス出来なければ、出来る事はコクピットハッチの開閉ぐらいだ。
OSにロックを掛けるという事は、それ以外の事は全てキラを通してしか出来なくなる。
悪く言えばMSの私物化に等しい行為である。しかし、今は非常事態なのだ。
予防策は必要だとノイマンが言い、「なぁ」と話を振られたトールも首を縦に振った。
「・・・なら、自動切り替え型のロックに、時限式トラップに・・・やる事は色々ありますね」
キラの趣味はハッキングである。
世界のPCのセキュリティーの進化は、ハッキングの技術と共にある事を考えれば、
キラにとってOSをロックする事は然程難しい事も無かった。
キラがブツブツと案を考えている間に時間が過ぎ、ノイマンとトールがブリッジに帰って行く。

 

「さて、アイツ等も行った事だし、本題に入るか」
「ロックが本題じゃなかったんですか?」
「それは言うなれば序題だ。本題は・・・」
刹那はそこで一旦言葉を切り、辺りを見渡した。多くの民間人がいた。
殆どの者は刹那達に見向きもしていなかったが、中には軍服を着ているというだけで注視してくる者もいる。
「・・・やはり別の場所で話そう。来てくれ」
「まぁここじゃ無理か」
「分かりました」
刹那とムウがトレーを持って席を立つ。
刹那の気にし方から、大体内容を掴んだキラもそれに従った。

食堂を出て、ハンガーに隣接されたパイロット待機室に入ると、ムウがドアに鍵を掛けた。
「・・・コーディネーター関係の話ですね?」
「分かってたのか」
「そりゃあ、あれだけ露骨に対応されれば気付きますよ」
あちゃあ、と片手で頭を掻くムウ。
確かにコーディネーターの話なら、3人しかいない所で行った方が適切だろう。
「アルテミスに着いたら、真っ先に行われるのは艦内と搭乗員の徹底した検査だ。
 どこの艦隊にも所属せず、船籍番号も持っていないこの艦に、例外は認められないだろう」
「だから、坊主がコーディネーターだって事は直ぐバレる可能性が高い。
 出来るだけフォローはするが、どうなるかは分からん」
「分かってます。連合軍の艦に乗った時から、覚悟は出来ていますから」
今ストライクから降ろされる訳にはいかないと視線で語るキラに、刹那も頷く。
「お前もだぞMr.色黒。検査でどう出るか分からんが」
「俺はナチュラルだ」
「んな事は知ってる。だが、ジンに乗ってるってだけで、
 コーディネーターとしてでっち上げられる場合もあるって話だ」
「そうなのか」
少し驚いた様に目見開いた刹那に、ムウは珍しく溜息を吐く。
連合軍にも少なからずコーディネーターはいる。Nジャマー投下時に地球にいた者、
諸事情でプラントに居られない者、他にも様々だ。中には本気でプラントを憎んでいる者もいる。
しかし、理由云々関わり無く、彼らの連合内での扱いは過酷を極める。
識別用に白く塗装された鹵獲ジンにはIFF(敵味方識別装置)が備わっておらず、
FF(味方からの誤射)が半ば容認されている様な状態にある。
しかしそれはまだ序の口で、新兵器の的とされる者や、
人体実験などの非人道的な扱いを受ける者もいるのだ。
流石のムウも真面目になるという物である。

 

「ムウさんって凄いですよね」
「あん?」
突然何を言い出すのかとキラに目を向けると、そこには自分に尊敬の眼差しを向けるキラがいた。
「だって、これまで沢山ザフトと戦ってるのに、全然コーディネーターへの偏見無いじゃないですか。
 それって、普通に出来る事じゃないと思います」
「確かにな。お前の様なタイプの軍人も珍しい」
2人から慣れない褒め言葉を貰い、若干後ずさるムウ。
照れ隠しの咳払いが狭い待機室に響いた。
「俺は天邪鬼でね。隣で反コーディネーター叫んでる奴ら見ると、白けちまうのさ。
 それに、一度共に戦った奴は戦友だろ?
 ナチュラルだろうがコーディネーターだろうが、戦友は大切にするのが俺の本分だからな」
胸を張って宣言するものの、その姿は微妙に様になっていない。
我慢し切れなかったのか、キラが噴出した。
「すっすいません」
「坊主ェ・・・」
「幸い、この艦にはブルーコスモスらしき人物はいない。今まで戦ってきたお前の姿も、
 皆見ているんだ。コーディネーターだからと、一方的な排除に出ようという者はいないだろう」
「はい」
キラがコーディネーターである事がアルテミスに知れるという事は、
同時にそれを知らなかったアークエンジェルのクルー達にも知れるという事だ。
今まで隠していたという後ろめたさがあったとしても、キラがナチュラルと敵対しないと、
今までの行動が証明してくれると、刹那は言う。
秘密が公になる覚悟を決めると共に、無意識に抱え込んできた思いが軽くなるのをキラは感じた。

 
 

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