機動戦士ガンダム00 C.E.71_第14話

Last-modified: 2011-05-09 (月) 02:10:06

アークエンジェルの艦内、刹那に宛がわれた部屋は、今は留置場も同じだった。
ナタルやマリュー、ムウは士官としてアルテミスに上陸している。
キラは、ストライクの解析をしたいアルテミス側の思惑から、多分ハンガーにいるだろう。
民間人や、何も知らないサイ達学生組は今も一か所に集められている。
1人別にされて監視されているのは、刹那のみであった。
しかし、この事態にも刹那は狼狽えてはいなかった。
事態に対してどうにも出来ない無力感は多少あったものの、アルテミスは連合の力で動いているのだ。
正式な連合兵士でも、ましてやこの世界の住人でない自分には、どうしようも無い事柄である。
それに、彼には他にやる事があった。この逃避行の間、碌に時間が取れず、疎かにしていた事。
「心配はいらないと思うが・・・」
光源の無い暗い部屋の中、突然一対の光が灯る。刹那の瞳が放つ光彩だ。
イノベーターの力、脳量子波を使っている証拠となる現象である。
この世界に、脳量子波を使って交信する相手は1人しかいない。
いや、1人という表現は適切では無いかもしれない。

 

「・・・・・・」

 

刹那が目を瞑ると、そこには瞼の裏側ではなく、一面に色取り取りの花が敷き詰められた花畑であった。
マリナと暮らした、刹那の人生の中で最も幸せだったであろう時の空間である。
しかし、何も遮る物の無い、広い空を彩る夕日は、過去に飽きる程見た故郷クルジスの物であった。
そう、このあべこべな空間は、人と人を、人以外の者とも繋がる事が出来る量子空間であった。
そのあべこべな空間に更なる変化が起こる。花畑の花々の一部が、結晶の様な光り輝く姿に形を変えたのだ。

 

「これだけ放っておいて、突然交信して来るとは些か不躾ではありませんか?」
「済まない。しかし余裕が無かったんだ」

 

そして現れたのは、西暦の地球連邦軍の軍服を着たデカルト・シャーマンであった。
銀髪の青年は、開口一番嫌味ったらしい口調で刹那に問いかけた。
刹那は素直に謝罪するものの、彼の表情は不機嫌を象った物から動かない。
「全く、乗機を放って行くなんて、人間は、特に貴方は突拍子の無い行動を取るものですね」
何時もの事ですが、と溜息を吐く彼は、姿形や仕草こそデカルトではあるものの彼本人では無い。
「こういうのを人間だとなんて表現するんでしたっけ・・・そうそう不倫ですか」
「違う」
デカルトの的外れな例えに刹那は即答した。
もう人間に接して半世紀以上経つというのに、どうにも理解が進んでいない部分がある。
そう、彼こそ刹那の愛機、00Qと融合しているELSであった。

 

「まぁ良いでしょう。で、要件は?」
ELSは、融合した人間、或いは刹那の記憶の中にある人物の姿を借りて量子空間に現れる。
半世紀以上の付き合いで分かっているのは、デカルトの姿で出てくる時は大抵不機嫌だという事だ。
「そちらの状況はどうなっているんだ?」
「そんな事でしたか。貴方も史上初のイノベーターならそれくらい感じて下さい」
「無茶を言うな。一部を俺と融合させているお前にはこちらの状況が分かるだろうが、
 脳量子波のみでは限度がある」
ELSはやれやれといった様子で肩を竦ませた。
脳量子波でしか交信手段を持たない刹那と違い、ELSは刹那に自らの一部を融合させている。
刹那と融合している個体自体に意思は無いものの、ある程度は刹那の状況が掴めるのだ。
「とりあえず、私は無事、とだけ言っておきましょう」
「待て、それはここでこうしている時点で分かっている。俺が聞きたいのは・・・」
「秘密です」
「・・・・・・」
こうなると、ELSの口を割らせるのは不可能な事を刹那は長い付き合いの中で学んでいた。
ELSは好奇心の塊で、自分の行動で相手がどんな反応をするかを観察するのが大好きなのである。
秘密を作る事で、相手が驚く様を見るのも、良くある事であった。
「それより、貴方は平気なんですか?なにやら面倒な事になっている様ですが」
「これはこの世界の人々で解決すべき問題だ。俺に関与出来る事じゃない」
刹那の反応に、またもELSは肩を竦めた。
「貴方は何時もそうですね。極力自分は前に出ず、その世界の人間に解決させようとする。
 その結果、自分や周りに危険が及ぶ事になってもだ」
「俺が直接その世界に影響を及ぼせば、俺という存在がその世界で意味を持ってしまう。
 俺は飽くまで西暦の人間だ。その世界に、名を残す様なマネは出来ない」
「未来の為に・・・ですか」
「そうだ」
刹那の眼差しは、何時もELSを惚れ惚れさせる。
半世紀人類と付き合ってきた彼だが、狂人以外でここまで迷いの無い、
強固な意志を持った者には会った試しが無い。長い年月を経て朽ち果てた剣が、
それでも誰かの為に振るわれる事を望んでいるかの様なその姿は、ELSを飽きさせなかった。
「・・・まぁ、良いでしょう。但し、貴方には荷が重いと判断したら、
 私は迷わず貴方の下に駆け付けます。そのつもりで」
「ああ、分かっている」
「では」
名残惜しげな雰囲気も見せず、デカルトの姿をしたELSは刹那に背を向け、
指を鳴らした次の瞬間には消えていた。花畑に散見していた結晶体も柔らかな色を持った花へと戻る。
結局、情報は何も得られなかったが、この花畑を目にしているだけで心が安らぐ。
何時までもいたい気持ちに駆られるが、思い出に浸っている時間など刹那には無かった。
「・・・・・・」
瞼を開くと、刹那の意識は再び暗闇が支配する部屋へと戻っていた。
目の光彩も消えている為、部屋に光源は1つも無い。

 

「おい」
電気1つ点けず物音1つ立てない刹那を訝しんでか、
部屋の前で待機していた保安隊の隊員が覗き窓から部屋を覗いてきた。
「なんだ」
「何をしていた」
「体を休めていただけだ」
刹那の当たり障りの無い答えに、隊員は鼻を鳴らした。
「フン、なら良いんだがな。お前は隊長からしっかり監視する様に言いつかっている。
 余計な真似はするなよ」
「・・・・・・」
保安隊に銃を向けたのだ、この扱いは当然といえた。
刹那もそれは重々承知だったものの、キラが撃たれそうになったとなっては動かざるを得なかった。
隊員が引っ込み、刹那も覗き窓から目を離した、その時だった。

 

ズウゥゥッン!

 

「なっなんだ!?」
鈍い衝撃音共に、アークエンジェル全体が揺れている様な振動を感じた。
隊員も慌てて無線機で上に連絡を取ろうとしている様だ。それから一拍遅れて警報が鳴り出した。
しかもアークエンジェルだけではなく、アルテミス全体の警報であった。
要塞アルテミスが攻撃を受けているのだ。
近くのザフトといえば、アークエンジェルを追撃してきている特殊部隊以外有り得ない。
狙いは間違い無くアークエンジェルだ。危険が迫っている。そう判断した刹那の行動は早かった。
力を貯め、空手の正拳突きの要領でドアノブの部分を破壊し、無理矢理こじ開けたのだ。
「な、お前!?」
突然鍵の掛かった部屋から出てきた刹那に隊員は狼狽しながらも銃を向ける。
「今は急いでいるんだ」
しかし、その銃口は刹那に掴まれると、意図も容易く捻じ曲げられてしまう。
混乱状態に陥る隊員は、鳩尾に突き刺さった拳に一瞬で昏倒した。
置いて行くのは気が引けたので、担いで移動する。
食堂へ向かうと、保安隊は既にアークエンジェルから降りようとしている様だった。
工作員が入り込んでいる可能性を疑っているのだろう。
「おい」
「なんだ。今は緊急・・・貴様は!?」
「急いでいてな。こうするしか無かった。後は任せる」
「あっ、おい!」
隊員達を指揮誘導していた隊長を呼び止め、背負っていた隊員を強引に任せる。
彼が追及してくる前に、刹那はハンガーの方に駆け出していた。

 
 

警報が発せられるより少し前、アークエンジェルのハンガーでは、ストライクの前に人だかりが出来ていた。
その中心、コクピットの中では、キラが保安隊の隊員から銃を突き付けられ、
アルテミスの技術者とガルシアの立会の下OSのロックをハッキングさせられていた。
本来なら、ロックのハッキングくらいは技術者が行える筈であった。
しかし、其処ら中に張り巡らされ、自動作成されていくトラップに技術者は直ぐに白旗を上げた。
トラップに引っかかる度に、一々データが消える危機に陥っていては、
あまりにリスクが高過ぎたからである。
無理にハッキングを強行しない分、技術者は優秀だったのだ。
彼は、トラップの性質上仕掛けた本人以外には、解く事が出来ないと判断。
時間稼ぎされるのを承知で、キラにハッキングさせているのである。
「まだなのか!」
「怒鳴らないで下さい。タッチが鈍る」
それを今一分かってない様であるガルシアは、焦れてキラに唾を飛ばす勢いで怒鳴った。
しかし当のキラ本人には何処吹く風で、モニターに目を向けたまま冷たく返す。
だがそれは、技術者から見れば単なる強がりに過ぎなかった。
キラ達は大西洋連邦にデータを送り届けなければならないから、
わざとトラップに引っかかる事でデータを消す事は出来ない。
もしそれを強行したとしても、今度はOS自体が消えたストライクがガラクタになるだけである。
如何な卓越した技術を持った者でも、MSのOSを1から組むのには時間が掛かる。
ザフトに追われているこの状況下でそれは出来ないだろう。キラは愚か者では無い。
だからこそ、時間を稼ぎながらもトラップを解かざるを得ないのだ。
「貴様!私を馬鹿にしているのか!」
さっきから目を合わせないキラにイラついたのか、ガルシアはコクピットの枠を叩いて
再度キラを怒鳴り付ける。
技術者としては司令室に引きこもってろとも思ったが、任務に忠実な彼は
ガルシアを横眼で睨むだけで済ませた。
「馬鹿になんてしてませんよ。ただ、作業の邪魔なんで黙っていて欲しいだけです」
「この・・・裏切り者のコーディネーターの分際で・・・!」
「裏切り者のコーディネーター?」
これまで通り涼しく返したキラだったが、次のガルシアの言葉に反応して顔を上げる。
その反応に気を良くしたガルシアは、多少弛みが出てきたその唇をニンマリと持ち上げて続けた。
「そうだ。君は裏切り者のコーディネーターだ。同胞を裏切った、な」
「なっ・・・!」
キラはキーをタッチしていた手も止めてしまった。

 

裏切り者などという謗りは、中立国にしかいた事の無いキラにとっては与り知らぬ濡れ衣であった。
しかし、ヘリオポリスでのアスランとの会話が、キラに罪悪感を齎していた。
「地球軍側に付くコーディネーターというのは貴重だよ。
 なに、心配する事はない。君は優遇されるさ。ユーラシアでも」
「・・・・・・」
押し黙るキラに、ガルシアは更に言葉を重ねた。嫌味たっぷりな、体にヌルリと纏わり付く様な口調で。
「但し、それなりの功績を上げれば、だがな」
そんな事は有り得ないと言いたげに付け加え得るのを最後に、ガルシアはストライクから離れて行く。
OS解析といった作業は、門外漢の彼には手持無沙汰だったのもあるだろうし、
キラの鼻を明かす事が出来て満足したのもあるのだろう。
どちらにせよ、邪魔者が居なくなった事に変わりは無い。
「少将が言った事は気にするな。作業に集中しろ」
立ち会っていた技術者が声を掛ける。
別にキラに同情したとか、彼が親コーディネーターであるとかでは無い。
動揺が作業に響いて、OSが消えてしまっては元も子も無いからだ。
しかし、その作業も直ぐに中止となった。激しい地響きが、ハンガー全体を揺らしたのである。
「何だ!」
階級が高いらしい技術者は、直ぐに司令室に通信を入れた。
すると、返ってきたのはオペレーターの逼迫した声だった。
『わっ分かりません!光波防御帯発生器が、次々に破壊されていきます!』
「何故敵艦の接近に気が付かなかった!」
『いえ、砲撃ではありません!これは・・・』
通信端末の先にいるオペレーターが言葉を切る。
ハンガーにいたキラ達にとっては、その時間がやけに長く感じた。
『・・・攻撃を仕掛けているのは、もっMSです!』
驚愕の声に、アルテミスの面々は時間が止まったかの様に固まってしまう。

 

アルテミスはこれまで難攻不落であった。ましてや、MSに光波防御帯を突破されるなど有り得ない事態だ。
彼らの思考が停止してしまうのも無理は無かった。しかしキラは落ち着いていた。
この辺にいるザフトでそんな事が出来るのは自分達を追撃している、アスランのいる部隊だ。
しかも、仕掛けてきているMSは新型だろう。
「うぁっ!?」
先程より大きな揺れが、ハンガーを襲う。
コクピット内に体を乗り上げていた技術者と保安隊員は、
突然の揺れにバランスを崩しキャットウォーク側へ倒れてしまった。
その隙にキラはコクピットハッチを閉じるように機体を操作した。
「なっ貴様!」
「攻撃を受けているんでしょう!?こんな所で、いがみ合ってる場合ですか!」
「ちっ!」
コクピットハッチが完全に閉まり、ストライクが起動する。
こうなってしまっては、出る幕は無い。そう判断した彼は、隊員を促しキャットウォークを降りる。
ストライクが動き出し、カタパルトの前まで前進した。
コクピットの方からハッチを開く様に操作するが、どうやらロックが掛かっている様で動作しない。
「バジルール少尉!聞こえますか、バジルール少尉!」
ハッチが開かなければ、ストライクは発進出来ない。
祈る様な気持ちでブリッジに通信を繋げる。しかし無常にも、返ってくる声は無かった。
「バジルール少尉、応答して下さい!・・・ナタルさん!」
それでも懸命に叫ぶキラの願いが通じたのか、うんともすんとも言わなかった通信機が、
ブリッジの音を拾い始めた。
『済まないなヤマト少尉。今ハッチを解放してやる、装備は?』
「はい、ソードでお願いします!」
走って来たのだろう、息の上がった声でナタルが答えた。キラの声も軽くなる。
『貴官、さっき私を名で呼んだだろう』
「えっいや・・・」
ナタルの言に咄嗟に出た言葉を思い出し、しどろもどろになるキラ。
迫り出したパックの装備速度が若干鈍る。
『まぁいい。私も戦闘配備に入るのがパイロットより遅くなってしまったからな、それでチャラだ』
その反応に毒気を抜かれたのか、ナタルも声を軽くして答える。しかし、直ぐに毅然とした口調に戻った。
『本艦はこのまま発進する。ストライクは閉所戦闘だ。直ぐに他の機体も出すが、抜かるなよ』
「了解。ストライク、行きます!」
要塞内での出撃なので、カタパルトは使用しない。
ストライクは、徒歩とバーニアを使用してハッチより出撃した。

 
 

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