機動戦士ガンダム00 C.E.71_第21話

Last-modified: 2011-07-11 (月) 09:33:53

大小様々なデブリが浮遊する宙域での作業が始まった。
刹那のジンとキラのストライクが宙域を監視し、その間をムウや学生組が操縦するミストラルが進む。
Nジャマーが濃くデブリも多すぎるこの宙域で、MS2機の哨戒だけでは
索敵が不十分なのは十分承知である。
しかし、索敵に時間を割いて時間をかけ過ぎては、かえって危険になるとナタルは判断したのだった。
『各MS、状況を報告して下さい』
「異常無しです」
『こちらも今の所異常は無い』
アークエンジェルと定期報告を交わす。ナタルの判断が功を奏したのか、作業は順調に続いていた。
整備の足しになりそうなパーツの類の輸送は殆ど終了している。
後はユニウス・セブンの水を補給すればこの陰気な作業は終了である。
疲労とストレスが蓄積しているキラとしては、一刻も早くこの宙域を去りたかった。
ユニウス・セブンの惨状を見て辛いのもあったが、その事でサイ達に気を使われるのも嫌で堪らないのだ。
『色黒、キラ聞こえるか?補給分の水は集め終えた。これから輸送作業に入る』
『了解した』
水が入ったケースを抱えたミストラルの集団がユニウス・セブンから隊列を組んで出てくる。
分かっているな?と言わんばかりにモノアイをこちらに向けてくる蒼いジンが煩わしい。
予定通り隊列の両翼に付いた2機が護衛任務に入る。

 

その直後、ストライクのセンサーが正面の機影を捉えた。コンピュータが直ぐ様機種を割り出す。
サブモニターにジン長距離強行偵察複座型という機体名称と性能の一覧が表示される。
偵察仕様という表記にヒヤリとした物が背筋に走る。幸いこちらにはまだ気付いていない様子で、
他に漂っている艦船とは異なった客船風の船体の付近で何かを探している様だ。
しかし、あれだけ忙しなくモノアイを動かしていてはこちらを発見するのも時間の問題だ。
キラはストライクにビームライフルを構えさせ、自身も狙撃用照準器を引き出して
照準の中の偵察型ジンを注視した。
「こっちに気付くな・・・そのまま行け」
ジンの一挙一動に心臓が飛び出しそうになる。操縦桿を掴む右腕が震えた。
疲労とストレスのせいでもある。が、何より自分が引き金を引けば、
モニターの中の偵察型ジンはビームに貫かれて爆砕、
パイロットは蒸発するという現実に全身が震えていた。
キラは未だにMSで人を殺した事が無いのだ。そんな事はしたくない、だから気付かないでくれ。
キラは心の中で祈った。相手を想っての事では無い。
これ以上精神的に追い込まれては体も精神も持たないという、無意識の警告がさせた事だった。

 

しかしキラの祈りは無残にも打ち砕かれる。トールのミストラルがデブリに接触した事で、
大きな動作に反応した偵察型ジンがモノアイをミストラルの集団に向けたのである。
「なんで気付くんだよ!」
スナイパーライフルをミストラルに向ける偵察型ジンに向けて引き金を引き絞る。
しかし、それを拒否するかの様に右腕の震えが強くなり、照準器の中の照準が狂った様に暴れだした。
「この・・・止まれ!」
今撃たないと、友達が!キラは震えを止めようと左手でキツく右腕を押さえる。
しかしいくらかマシになったものの、照準は上手く偵察型ジンを捉えてはくれない。
キラが焦っている間に偵察型ジンが射撃を開始した。
「しまった!」
『うあっ!?』
幸い、放たれた弾丸はデブリに遮られミストラルへは届かない。
しかし、弾けたデブリにトールやサイが悲鳴を上げた。
『キラ、何をしている!』
発砲に気付いた刹那が重斬刀を引き抜き、偵察型ジンに窮迫する。
それに気付いた偵察型ジンが2、3発と蒼いジンに発砲するが、その全てが躱される。
それを見て偵察型ジンは射撃が無意味と悟ったのか、スナイパーライフルを捨てて重斬刀を構えた。

 

『色黒、そいつは偵察型だ。さっさと落とさないと俺達の位置がバレるぞ!』
「了解」
他のミストラルを誘導しながらムウが忠告する。ここでザフトに位置がバレる事は絶対に許されない。
偵察型ジンのレドームが回り終える前に素早く撃破しなければならない。
刹那は彼の定番となった左肩に懸架されたシールドを使った突進を繰り出すが、
重斬刀でそれをいなした偵察型ジンが返す刀で蒼いジンに斬りかかる。
右手に装備した重斬刀でそれを受け止めると、激しい火花が宙域を照らした。
しかし悠長に鍔迫り合いをしている時間は無い。刹那がジンを操作すると、
マントに隠れた左肩からワイヤー付きのアーマーシュナイダーが2本発射された。
腕を装着する部分に発射装置を仕込んだ、マリュー特製の隠し武器である。
しかしこの武装は急造品である為照準が存在せず、殆どパイロットの勘が頼りの武器であった。
案の定コクピットを狙った1本目は回避されてしまうが、頭部を狙った2本目は的確にモノアイを貫いた。
通常ならこのまま鹵獲する事も出来る。しかし相手は偵察型で、通信機能は未だ健在である。
確実性を取るなら、コクピットを破壊するしかない。刹那は怯んだ敵の重斬刀を弾くと、
コクピットを貫く為に腕を引き、重斬刀を水平に構える。
しかし、刹那が重斬刀を突き出させようとした瞬間、横合いからビームが飛来、
偵察型ジンを真横から貫いた。
「キラか!?」
刹那がビームの飛来した方向を見ると、ビームライフルを構えたままの状態で
動かないストライクが沈黙していた。

 

「うっぐ・・・」
偵察型ジンが火球に変わる。その光に照らされたキラは吐き気に襲われていた。
得体の知れない気持ちの悪い何かが頭に響いてくる。
頭の中で蛇がのたうつ様な感覚に、急いでヘルメットを外そうとするが、
一歩間に合わずにヘルメット内に吐瀉物を吐き出してしまった。
「おぇ・・・あ」
ヘルメット内に液体を感知したパイロットスーツが素早く吐瀉物を吸い込むが、
顔に付いた物はどうしようも無い。
キラは今度こそヘルメットを外すと、それを脇に投げ捨てて顔を拭った。
「ハァハァ・・・」
気付くと、引き金を引いた右手が死後硬直の様に操縦桿を握ったままだった。
ヘルメットを外したのも、顔を拭ったのも左手だけで行っていたのだ。
左手で右腕を掴んで操縦桿から引き剥がそうとする。
しかし上手くいかず、引っ張った方向に操縦桿が倒れてストライクの腕が動いただけだった。
結局1本1本丁寧に関節を伸ばしていく羽目になり、やっと右手が操縦桿から離れる。
操縦桿から離れ自分に掌を向けた右手は、未だに言う事を聞かず震えたままだった。

 

『キラ、大丈夫か!?』
ぼんやりと視界に入っていたモニターに蒼いジンが大写しになる。
動かないストライクを見て心配になった刹那が、接触回線でキラに呼びかけているのだ。
「大・・・丈夫です」
この人のこんなに必死な声は初めて聞いた。
心配されている事自体が癪だったので、精一杯大丈夫な声を出そうとする。
しかし実際に出たのは、大丈夫とは程遠い、通信機が拾ったかも怪しいか細い声だった。
『他に敵影は無い。補給も完了した。帰投するぞ』
「はい・・・」
優しい刹那の声に、ただ答える事しか出来ない自分。あれだけ吠えたというのに、なんて情けない。
悔しいなどという感情とは無縁だったキラが久々に経験する感覚だった。
ジンに支えられ、ストライクがゆっくりと動き出す。
「あれは・・・?」
モニターの中を滑る様に流れていくデブリの海。朦朧とする視界の中、キラは点滅する何かを発見した。

 
 
 

アークエンジェルのハンガーはこれまでになく雑然としていた。
回収した物資が入ったコンテナと、任務を終えたミストラルが車の渋滞の様に連なっているからだ。
「コンテナのチェックは後回しよ!直ぐにジンとストライクが着艦するから、道を空けて!」
ミストラルのパイロット達を誘導しながらマリューが声を張る。
補給作業を終えた学生組は、揃って青い顔を並べながらパイロット待機室に消えていった。無理も無い。
戦艦にいるのと、作業用MAに乗っているのでは同じMSに襲われたとして受ける恐怖は全く違う。
そんな中で、唯一ハンガーに残り小さいコンテナの上に腰掛けるムウがマリューの視界に止まった。
「ちょっと」
「なんだよ」
不機嫌そうな返事が返ってくる。こんな彼は見た事が無かった。
忙しなく動く周りの整備士達に悪びれる事も無く、ただ自分の不機嫌な気分を発散しているのだ。
今のムウにはマードックでさえ話しかけるのを躊躇するだろう。
「何かあったの?」
「別に・・・」
「ジンとストライクが着艦するぞ!」
ムウが子供の様な態度で返事を返そうとしたが、マードックの怒鳴り声がそれを遮った。
マリューも整備士である以上、そちらを優先するのが義務だ。
マリューはマードックに声をかけるとムウの傍を離れていった。

 

着艦したジンとストライクの状態にマリューは唖然とした。正確にはその体勢に、だろうか。
機体自体に目立った損傷は無い。
しかし、刹那からの事前の報告にあった通りキラが機体を操縦出来る状態では無い様で、
ストライクはジンに肩を持たれている状態であった。
戦争映画のラストにある、足を負傷した戦友に肩を貸しながらの生還、といった風である。
「あれは?」
「さぁ、救命ポット・・・ですかね」
脱力したストライクが唯一腕に抱えている物を指す。
マードックの言う通り、確かにあれは艦船に搭載されている救命ポットだ。
しかも、ここから見る限りザフトでも採用されているプラント製の物である。
「全く・・・こんな時でも拾うのが好きな奴だ」
マードックはやれやれといった風に頭を掻きながら、
着艦した2機が完全にハンガー内に収まったのを確認してハッチを閉鎖した。
横ではマリューが通信機のスイッチを入れて刹那に話しかけていた。
「マジリフさん、聞こえる!?キラ君の状態は?」
事前の報告で担架は持ってきていたが、今のキラの様子は分からなかった。
必要なら、外部からコクピットハッチを抉じ開けなければならない。
『憔悴しているが、意識はある。医務室にも自分で行くと』
「分かったわ。今はまだ物資の整理が出来ていないから機体はそのまま、先に休憩でもしていて」
『了解した』
ジンはその場で片膝立ちになると脱力したストライクのコクピットを限界まで降ろした。
辺りに散らばっていた機材が、横たわろうとするストライクに押しやられる様にどかされた。
その異様な光景に、整備士達も目を丸くしている。マリューからすれば、
それだけで昇降用ワイヤーを使って降りる事も儘ならない程キラが疲弊しているのだろう事が理解出来た。
刹那からの通信で担架を片付けようとしている整備士を呼び止め待機させる。
ストライクのコクピットハッチが開き、崩れる様にキラが降りてきた。
ストライクの装甲に片手を付き、びっこを引く様にしてこちらに歩いてくる。
「キラ・・・君・・・」
近付いてくるキラに呼び掛けたマリューだったが、
彼の顔がはっきりと見える様になっていくに連れて声が尻すぼみになっていく。
それも無理は無いだろう。キラの顔は蒼白で頬もゲッソリとこけていた。
目の下にも隈があり、出撃前と比べても10歳は老けて見える顔となっていた。
歩を進めるのに精一杯の様で、マリューやマードックの存在に気付いていない。
担架を持った整備士に目で指示を出しキラの進路上に向かわせるが、それを阻止する者がいた。
「キラの足で、行かせてやれ」
何時の間にかジンのコクピットから降りてきていた刹那が、整備士とマリューを止める。
しかし、キラは今にでも倒れそうな足取りである。
過保護な程キラを心配していた筈の刹那にしては奇妙な話だった。
「・・・一応聞くけど、何故?」
「キラはさっき初めて、人間を殺した。今人間に触れられるのは、
 人間を直接感じてしまうのは精神的にマズい」
マリューには良く分からなかった。
軍隊という、人間を殺傷する事が仕事の一部となっている組織に所属していても、彼女は整備士である。
直接銃を撃ち合い、命のやり取りをする事は無かった。
ヘリオポリスでの白兵戦でも無我夢中で銃弾をバラ撒いていただけなので、
そんな事は意識していなかった。
しかし目の前にいる、経歴不明ながらも明らかにそちらの経験が豊富そうな刹那が言うのだ。
多分間違い無いのだろう。それでもキラが心配だったマリューが、担架を持った整備士に、
キラに気付かれない様につける様に伝えると、手が止まっている整備士達に
作業を再開する様発破をかけた。
「・・・で、あの救命ポットはなんですか?報告は聞いてませんよ」
「あれは、キラが見つけた。生命反応もあったから、回収したまでだ。見捨てるのは条約違反だろう?」
シレっと言ってのける刹那に頭を抱えたくなるのを我慢してマリューは続けた。
「それはそうですが・・・せめて」
「艦長に事前に報告したら、捨てろと言われるだろう?」
「そっそんな事はありません!ナタルは・・・艦長はああ見えても優しい人です」
「すまない」
刹那としては冗談で言ったつもりだったが、
仏頂面でそんな事を言えばマリュー以外の人間でも冗談とは取らないだろう。
「もういいです。中の人には悪いですが、あれは少し落ち着いてから開けます。
 もしザフトの士官でも入っていたら、それなりの用意が必要ですし」
「任せる」
「それから、新しい左腕はどうです?」
「良い感じだ。マントの中に武器を仕込むのは思い付かなかった。有難う」
ジンの破損した左腕を隠す為に、肩の懸架したシールド裏からボロ布を垂らしたのは刹那の案だ。
愛機であったエクシアにも施した案だ。
しかし、本来左腕に繋がる部分にアーマーシュナイダーの射出機能を持たせたのはマリューだ。
マントに隠された部分から射出されるそれは一種の暗器の役割を果たし、奇襲に持って来いである。
しかもワイヤーで機体と繋がっている為、相手を自機と近距離に縛り付ける役割もあった。
「それは良かったわ。で・・・」
マリューが次の話題に移行しようとして、ある方向に視線が向けられて止まった。
釣られて同じ方向を見た刹那の前に、ズカズカと不機嫌そうなムウが歩いてきたのだ。

 

「おい色黒」
「なんだ」
ムウは普段飄々としているので気にならないが、長身の男は不機嫌なだけで大分威圧感がある。
ズイと刹那の顔を覗き込む様にしてムウが聞いてくる。
「キラの奴、出撃前からお前とギスギスしてたが、まさかあの射撃は・・・」
それだけで刹那はムウが何を言いたいのか理解した。
ムウはキラが意図的にFF(フレンドリーファイヤ)を狙ったのではと疑っているのだ。
戦友を誰より大事にするムウである。そんな事は絶対に許せないだろう。
他人の為に怒るとは、なんともムウらしい。確かにキラが撃ち偵察型ジンを貫いたビームは、
寸前で刹那が回避していなければ刹那のジンも損傷していただろう。
だがキラはそんな事の出来る精神状態では無かったし、
第一、狙ったのであれば刹那の脳量子派が反応する筈である。
「有り得ない。キラはそんな事が出来る状態じゃなかった」
「そうか。食らいそうだったお前が言うなら間違いないな」
「なんなんですか、一体・・・」
更に踏み込んでくる訳でもなく、それでムウの機嫌はあっさり良くなった。
あれだけ怒っていたのにとマリューは抗議の目をムウに向けた。
「キラは、暫くそっとしておいてくれ。初めて人間を殺した気持ちは・・・分かるだろう?」
「俺が何人の新兵を見てきたと思ってんだ?あんだけ拒絶反応出る奴も珍しいけどな」
戦艦、MS、MAでの戦闘で敵の人間を視認する機会は稀である。
だから大した罪悪感も無く敵を撃てる者も存在するし、生身の人間だけは撃てない、という者もいる。
ならキラのあの反応はどうだろう。
ムウが言う通り、元から精神的に追い詰められていたといっても、
あの拒絶反応は異常だと刹那も考えていた。
(何かを・・・感じているのか?)
刹那も、イノベイターとなった当初は戦場で他人の感情が僅かながらにも伝わってくる事に戸惑った。
表面だけだとしても、断末魔の叫びなんて物は感じて気持ちの良い物では無い。
肉体的には戦闘に向いているイノベイターも、精神的に見れば到底戦闘に適しているとはいえない。
刹那は戦場育ちで鍛えられた持前の精神力で乗り越えたる事が出来た。
しかし、もしキラが何かを感じているのであれば―――
「不味いな」
「何がだ?」
刹那の独り言にムウが敏感に反応する。彼も刹那にとって感じやすい者の1人だ。
発する電波が強い為刹那がムウの存在を受信しやすい、程度の話で彼自身に自覚は無い様だが。
「何でも無い。それより、物資が粗方片付いたようだな。ジンとストライクを片付ける」
「そうねお願い。ムウ、その間に救命ポットを開く準備をしましょう」
「了~解」

 

マリュー、ムウと別れ、刹那は片膝立ちのジンに乗り込んだ。
キラがもしイノベイター若しくはそれに準する者へと変革を遂げる可能性があるというなら、
それは喜ばしい事である。しかし、今この状況でその兆候が表れても、死の可能性が増すだけだ。
刹那はジンを立ち上がらせ、ハンガー内の定位置まで移動させる。
だからといって、人間を殺す事に慣れる事にはなって欲しくない。
そんなキラは刹那自身見たくは無かった。
「解決策は・・・」
思い付かない。大体、刹那は人類初のイノベイターとなってから今まで、
他のイノベイターとの接触が殆ど無い。
ELS侵攻時に連邦の大型MAに乗っていたらしいデカルト・シャーマンもイノベイターだったらしいが、
生憎刹那はELSが擬態したデカルトしか知らない。
その後は星々での対話に、マリナとの生活と続きこのC.Eの世界である。
マリナを訪ねてくるイノベイターと話した事はあっても、変革しかけの時にどうしたなど、
そんな込み入った話が出来る程仲を進展させた者もいない。
「考えても仕方ない、か」
考えるのを止める。自分が万能とは程遠い事を嫌という程経験してきた刹那である。
1人で考えて分からない事を、しつこく悩んだ所で無意味だ。後でELSにでも相談してみよう。
そう区切りを付けて、刹那はとりあえず今行っている作業に集中した。

 
 

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