機動戦士ガンダム00 C.E.71_第22話

Last-modified: 2011-07-18 (月) 22:25:14

アークエンジェルがデブリベルトに到達した頃、アプリリウス・ワンに到着したヴェサリウスは
早速艦船ドックに入り船体の点検、MSや各種物資の補給を受けていた。
「では留守の間艦を頼むぞアデス」
「はっ!」
「アスラン、町に降りたら何か美味いモンでも買ってこいよ」
「査問会に出席するだけですから、そんな時間ありませんよ」
ヴェサリウスの乗降口で、クルーゼとアスランをアデスとミゲルが送り出していた。
クルーゼとアスランが査問会に出ている間、アデスは艦全体の管理を、
ミゲルは補充されるMSパイロット達との初ミーティングを行う。
査問会が終わったら直ぐに出撃出来る様にとの処置だった。

 

「本当に良かったのかな?こんなに早く結論を出して」
「私は、ザフトの模範たる赤服を着る者です。
 戦友を捨てられる卑怯者でも、友人を撃てない臆病者でもありません」
「ほぅ」
査問会が開かれる最高評議会は、アプリリウス・ワンの中央、
ブルーコスモスなどが砂時計と揶揄する新型コロニーの1番細い部分で行われる。
クルーゼとアスランはそこへと通じる直通の大型エレベーターに乗っていた。
このエレベーターはコロニーを縦に貫く長大な物で、乗っている時間もそれに比例して長い。
上官の前とはいえ、顔色一つ変えずに休めの姿勢で待機するアスランは軍人の鑑だった。
そんな彼が、質問に顔色を一瞬曇らせたのをクルーゼは見逃さなかった。
「ならば次に相見えた時は躊躇無くコクピットを焼く事が出来ると?」
「・・・・・勿論です」
普通の者では気付かない程微細だが、アスランの顔が辛そうに歪む。
理性では肯定出来ても、感情では拒否している、そんな所か。
(青いな)
「?」
笑みを濃くしたクルーゼをアスランは怪訝そうに見るが、
クルーゼはその視線を無視して備え付けの液晶画面を見やった。
流れるニュースは、丁度次の話題に移る所だった。

 

『…では次に、ユニウス7追悼、一年式典を控え、クライン最高評議会議長が、声明を発表しました』

 

画面の中では声明を読み上げるシーゲル・クライン最高評議会議長と、
その娘であるラクス・クラインを映していた。
「そういえば君の婚約者だったな。ラクス嬢は今回の追悼慰霊団の代表も務めるそうだ。
 君も負けてはいられないという訳だな」
「彼女の行っている事に比べたら私など・・・」
アスランは首を横に振った。ラクス・クラインは最高評議会議長を父に持ちながら、
自身もプラント頭一の歌姫である。非常に平和的な主張を持つ事でも有名であり、
プラントの大きな行事には必ずと言って良い程顔を出していた。
そんな彼女に比べて自分はどうだろう。
ザフトに入り、士官学校ではザフト創設以来の逸材と言われた。
その評価は正しく、アスランは歴代最高成績、主席として士官学校を卒業した。
周りからの評価は非常に高く、士官学校入学時には単なる親の七光りと蔑んでいた者達も
彼の実力を認めざるを得なかった。
しかし、エリートの赤服を纏った自分の姿を見ても誇らしいと思った事は1度も無い。
そうある事が、最高クラスのコーディネイトを施された自分に与えられた使命だと感じていたからだ。
ある意味、アスラン自身が1番自分の事を七光りと笑っていたのかもしれない。
自分が高い評価を得られるのは、高い金を払って生まれたからだと。
厳格な父の元で完璧を求められた彼は、何時しか冷めた目でしか自分を見られなくなっていた。

 

そのアスランが憧れたのが、婚約者であるラクスの存在であった。
彼女には自分には無い、人を惹きつけるカリスマ性がある。
指導者として自分の地位を継ぐ事を求めた父親がアスランにカリスマ性を持たせなかったという事は、
カリスマ性はコーディネイトでは付加されないという事である。それを持っているラクス。
自分には無い、本当の才能を持つ者にアスランは憧れたのだ。それなのに自分は―――。
アスランは今の自分に失望する。与えられた、作られた才能しか持たない自分は、
求められる物事を確実に完璧に熟す事しか出来ない。
なのに、過去の親友が敵として現れたくらいで自分は揺らいでいる。そんな事は許されない。
求められる事すら出来ないのならアスラン・ザラは何者なのか。
「どうしたアスラン」
「あっ、いえ」
思考の海に沈んでいたアスランをクルーゼの声が釣り上げた。
クルーゼは既に画面から目を離し、事前に送られてきていた資料に目を通している。
どうやら結構な時間ボーとしていた様だ。
「国防委員長殿の子息といえど、最高評議会の査問会に出るのは緊張するという事かな?」
「申し訳ありません」
「冗談だ。プラントに帰還するまでは護衛の重責を1人で担っていた訳だからな。
 補給を済ませればMSも増える。君が休む時間も取れるだろう」
「気遣い、感謝します」
アスランが律儀に返す。その後すぐにエレベーターの表示と音が最高評議会の舞台への到着を告げた。

 
 

「ではこれより、オーブ連合首長国領、ヘリオポリス崩壊についての、臨時査問委員会を始める」
 会場の薄暗い照明の下、円卓に役者が揃うと、議長であるシーゲル・クラインが
査問会開始の口上を述べた。
「まずは、ラウ・ル・クルーゼ、君の報告から聞こう」
「はっ」
流石のクルーゼも、最高評議委員の面々を前にしてはしっかりとした応答を返す。
とはいっても顔の大半を隠す仮面はそのままなのだが。
クルーゼは淡々と、『ザフトから見た』真実を報告していった。
後ろでそれを聞くアスランも終始無表情を貫いていたが、
クルーゼの言うザフトの、プラントの理論に心中穏やかでは無かった。
報告と共に流れている映像も、ヴェサリウスやガモフ、ザフト側のMSが記録した映像を編集した物であり、
本当の真実など、この場には何一つ無かったのである。
「以上でお分かりだとは思いますが、ザフトはヘリオポリス崩壊に関与はしていたとしても、
 原因とはなり得ていない。本件の原因は中立のコロニーで兵器開発を行い、
 コロニー内で大出力のビーム兵器を使用した地球連合軍にあると考えます」
クルーゼの報告が終わると、それまで我慢していた鬱憤を晴らす様に議員達が一斉に話し始めた。
オーブや連合を責める者、この際条約など破棄してしまえと吐き捨てる者。
しかし中にはそれら過激な意見に対抗する者達もいた。プラントとて一枚岩ではない。
どの国家でもそうである様に、急進派がいれば穏健派もいる。
しかし、その穏健派筆頭であるシーゲルは沈黙を貫いていた。
本件は、中立のオーブが連合に組していた事実をザフトが明らかにした形である。
しかもヘリオポリス崩壊の直接的原因は、条約違反である中立国での兵器開発により生み出された、
連合軍の新型MSの攻撃による物なのだ。要はお題目が悪過ぎるのだ。
どう足掻いても、急進派の理論に口を挟む余地は無い。
寧ろ、今後の為にも無暗な反論は避けるべきだった。

 

「しかし、クルーゼ隊長、その地球軍のモビルスーツ、
 果たしてそこまでの犠牲を払ってでも手に入れる価値のあったものなのかね?」
シーゲルと同じく沈黙していた急進派筆頭のパトリック・ザラ国防委員長が、
騒ぎが止む頃合いを見計らって口を開いた。
「その驚異的な性能に関しては、実際にその1機に搭乗し、
 同系列のMSとの戦闘経験のあるアスラン・ザラから述べさせて頂きたいと思いますが」
「アスラン・ザラよりの報告を許可する」
アスランの出番が回ってきた。クルーゼの言葉に、シーゲルはアスランを一瞥しただけで許可を出した。
アスランにとってシーゲルは、将来の義父という事もあって個人的にも面識がある。
シーゲルは穏やかな性格で、知性に長け人を纏め上げる能力も高い。
公私共に信頼に足る人物である彼を追い詰める手札となるのは、アスランとしても本意ではなかった。
しかし立場上仕方がない。発言の許可を受け、アスランが一歩前に出る。
「アスラン・ザラより報告させて頂きます」
そう言うと、議場上部とアスランの後ろに設置されたモニターに連合軍から奪取した新型4機と、
戦闘記録から切り出されたストライクが映る。
初めて見る連合製のMSに議員達は目を丸くし、これまでで一番大きいざわめきが起こった。
「では、まずデータ上の説明をさせて頂きます」
戦闘記録がモニターから流れる中、アスランの報告が始まった。
各機体のデータ、ストライクは実際に戦闘した感想を交え、
他はそれぞれのパイロットから事前に貰った意見をアスランなりに噛み砕き説明した。

 

「―――以上で、アスラン・ザラよりの報告を終わります」
アスランが報告を終え、一歩後ろに下がって着席する。
するとそれを待っていたかの様に議員達が挙って発言し出した。
「こんな物を作るとは・・・ナチュラル共め!」
円卓を叩き、悔しそうな声を上げるのは前議長のタッド・エルスマンである。
ディアッカの父である彼は、コーディネーターの根幹に当たる応用生体学等の医療科学系の
専門家である為、ナチュラルに強い嫌悪感を持つ最右翼の急進派である。
「でもまだ試作段階でしょう?大した驚異にはならないのではないですか?」
「しかしここまでの性能を示しているなら、量産体制に入るのは時間の問題。
 その時になってから慌てろと?」
楽観的な意見を出したのは外交面に強いアイリーン・カナーバである。
彼女は穏健派の中でも精力的に働く、シーゲルの側近的存在だった。
そんな彼女に反論するのはイザークの母であり、兵器関係に能力を発揮しているエザリア・ジュールである。
徹底的にナチュラルを見下している彼女は、急進派の先鋒としてパトリックの信頼も厚い。
他の議員達も好き勝手に意見を叫ぶ様は、無秩序と呼ぶに相応しい有様だった。
シーゲルが議長として、各議員に自重を促して議場は漸く静かになった。
「ふふっ」
「・・・・・・」
その様に、クルーゼが笑い声を漏らした。議員達の滑稽さに、可笑しさを堪え切れなかったという感じだ。
無論、論議に没頭している議員達には聞こえない。横にいたアスランには聞こえていたが、
それを止める気にはならなかった。アスランも、クルーゼ程では無いにしろ呆れていたからだ。
最高評議会の議員には学者が多く、本業で政治に関わる者は少ない。
プラントが元々宇宙の科学実験、技術の開発を目的とした施設だったので仕方がない事だった。
しかしそういった人種は往々にして現実を見る目が退化していると言える。
前線で戦う軍人であるアスランにとって、彼らの議論はあまり有難味を感じる物とは言えない。
それに、議会がこういった流れになると決まって同じ事が起こるのをアスランは知っていた。
昔から繰り返しテレビでも見てきたそれは、やはり今回も起こった。
静まり返った議場の中、パトリックが大儀そうに立ち上がった。

 

「皆さん、今は身内同士で争っている場合ではありません。
 今も昔も変わらない事実は、誰も好き好んで戦いに赴こうなどとは思わない事です。
 平和に、穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです」

 

アスランの予想通り、パトリックの演説が始まった。
議論が煮詰まったり、空回りすると、決まって彼が演説を始める。最早それはパターンとも言えた。
「だがその願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です。
 自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!」
語気を強め、力強く語る彼の論調は多くの民衆を魅了した。
論より実行力に重きを置くシーゲルとは対照的に、パトリックはプラント一演説が上手い政治家であった。
その為、次期最高評議会議長の呼び声も高い。
「24万3721名…それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。
 それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。
 だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」
先程とは打って変わった平静な論調は、この後の爆発をより一層際立たせる為の演出だ。
幼い頃から変わらぬ父の演説である。
「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」
少し溜めを置いてから、手を振り上げんばかりの勢いで叫ぶ。
「その為には・・・!」
「ザラ国防委員長」
演説がクライマックスに入ろうという場面で、シーゲルの声が演説に水を差した。
「ここに座する諸氏にそれを理解していない者はいない。
 それに、ここは貴方の演説を聞く為の場では無い。自重したまえ」
「・・・申し訳ありません」
注意を受けたパトリックはシーゲルに一礼すると何事も無かったかの様に席に戻った。
急進派の中の何人かは、忌々しそうにシーゲルを睨む。
その後暫く査問会は続いたが、結論から言うと急進派の主張がそのまま通る形で幕を下ろした。
連合のMSに対抗するべく、兵器開発にこれまで以上の資金を投じる事が決まったのである。

 

査問会終了後、議場の外にある広い空間、建物のフロントに当たる場所で、
クルーゼとアスランは議員達より先に議場から出ていた。退出していく議員達を敬礼で見送る為である。
繋がりのある議員同士で今回の査問会の結果について話し合っている者、
これからを話し合っている者達などが退出していく中、アスランはアイリーンと話すシーゲルの姿を認める。
シーゲルもアスランに気付いた様で、アイリーンに先に行く様に促した後こちらにやってきた。
「アスラン、久しいな」
「クライン議長閣下」
「そう肩肘を張るな」
形式ばった敬礼を返すアスランに、シーゲルは苦笑いする。
アスランは性格能力立ち振る舞い、どれをとっても娘の婚約者としては申し分無いが、
酒を交わす相手としては少々真面目過ぎる、というのがシーゲルの評価だった。
「申し訳有りません」
「・・・君がプラントに帰ってきたと思ったら、今度はラクスがおらん。
 お互い多忙なのは良い事だが、15歳で成人というのは早すぎたかな」
返事の割に、敬礼を解いただけで相変わらず気を付けの状態のアスランに少々呆れながら
シーゲルは語り出した。
プラントでは、コーディネーターは精神的成熟が早いとして成人年齢を15歳に定めている。
反ナチュラルの議員達が、コーディネーターの優位性を誇示する為に強引に成立させた物であった。
これまで通り20歳で成人であれば、アスランもラクスももっと年齢相応の恋愛が出来たのではないか、
とシーゲルは悔いていた。
「そんな事は・・・」
「アスラン・ザラ!」
広い空間の中心にある巨大な化石、『エヴィデンス01』。
木星で見つかった通称羽クジラを眺めるシーゲルに、アスランは疲れた影を感じてフォローしようとするが、
その前に後ろから声が掛かった。
振り向くと、声の主であるクルーゼと父であるパトリックが並んで立っていた。
「ヴェサリウスから補給が完了したと報告があった。すぐに出撃準備に入る」
「了解しました」
「では国防委員長閣下、ご子息をもう暫くお預かりします」
「構わん。たっぷり使ってやってくれ」
クルーゼとアスランは揃ってザフト式の敬礼をすると、そのまま施設を出て行った。
パトリックは2人を最後まで見送る事無く、羽クジラを背にこちらを向いている旧友に歩み寄った。

 

「そう難しそうな顔ばかりして、凄んでばかりでは早死にするぞ」
「フン。俺は頑丈にコーディネイトされたのだけが自慢でな。生憎まだ死ぬ予定は無いよ」
査問会とはまるで違う、悪友と話す様な口調で話す2人。
プラントを創設した黄道同盟に所属していた者だけが知る姿であった。
「我々には最早時間が無いのはお前とて分かっているだろう?何故戦火を拡大しようとする」
「この戦争は旧世紀の宗教戦争に通ずる物がある。永い永い闘争だ。
 我々に時間が残されていないというなら、戦わずしてどうやって次の世代により良き物を残せる?」
「今前線で血を流しているのは、お前の言う次の世代なのではないか?」
「血を流さねば、道は開かれない」
「それは詭弁だ」
全く噛み合わない意見に、パトリックは大きな溜息を吐いた。
「相変わらず頑固な奴だな。昔からこうだ。俺と貴様は最後まで意見が合わない」
「そうだったな」
パトリックの言に同意し、シーゲルは可笑しそうに喉を鳴らした。
所謂運動家思想家の集まりだった黄道同盟に所属していた時から、2人は好敵手だった。
なんの議題を話し合っても、決まって朝まで決着は付かない。
若い時分はそのまま殴り合いになる事もしょっちゅうだった。
しかし今はもうお互い歳を食ったし立場もある。
「だが俺は・・・この問題だけは引けんのだ。俺の唯一無二の者を奪った奴らを、俺は許せない」
「・・・・・・」
そう吐き捨てたパトリックに、シーゲルは二の句が継げなかった。
そのまま施設から出ていくパトリックの、疲れた背中を眺める。

 

「人は、悲しみを、痛みを乗り越えて進まねばならん。お前がそれでどうするのだ、パトリック・・・」

 

広い空間に、シーゲルの悲しみが滲んだ言葉が木霊した。

 
 

【前】 【戻る】 【次】