機動戦士ガンダム00 C.E.71_第26話

Last-modified: 2011-08-15 (月) 01:07:45

「・・・いない?」
「ああ、少尉なら先程退院したのでな。今は自室に戻っていると思うぞ」
「有難う中尉」
刹那は手短に礼を言うと、すぐに医務室から出て行った。軍医はドアが閉まるのを確認すると、
久しぶりに1人になった医務室でコックに言って特別に作って貰った飲料チューブを取り出した。
「全く、愛されてるな彼は」
少し前までいた患者を思い出して軍医は笑った。確かにあの健気な姿勢を見ていれば、
コーディネーター、ナチュラルなど関係無く愛されるだろう。
そう納得して飲料チューブに口を付ける。
「しかし、やはりここは1人でいるのに限るな」
艦は怪我人がいないのが1番である。軍医は満足げに微笑んだ。

 
 

刹那が辿り着いたのは、穴の開いた自分の部屋と大して離れていないキラの自室だった。
キラは下士官な為、本来なら他の下士官との相部屋なのだが、
正規クルーの大半を失った現在のアークエンジェルでは1人1部屋が与えられていた。
「・・・・・・」
ドアの前まで立ったのは良いが、ここからどうしたものか。
キラの現在の精神状態を脳量子波で確認する事も出来たが、それはキラに失礼だし、
刹那自身もやりたくなかった。
面識の無い人間にはプロフィール不明、無口、暗いで通っている刹那が、
真剣な面でドアを見つめ通路に突っ立っているのだ。
傍から見れば相当怪しい図だったが、幸い周りに人影は無い。刹那は咳払いをして覚悟を決める。
兎に角相手と顔を合わせなければ話にならない。震える指でインターホンを押す。
90歳にもなって全く情けない。
『はい』
「カマル・マジリフだ」
キラの声が返ってくると、何故だか緊張度が跳ね上がるのを刹那は感じた。
しかし人生通して続けてきた鉄仮面が功を奏した様で声は平静の物だった。
『・・・・・・どうぞ』
長い沈黙の後、短い答えと同時にドアが開いた。
現れたのは、しっかり襟止めまで留めた軍服姿のキラだった。
更に沈黙が続いた後、刹那からおもむろに口を開いた。
「体調は・・・もう大丈夫なのか?」
「・・・はい」
そこで会話は止まってしまう。気まずい空気が両者の間に流れた。

 

「済まなかった」

 

刹那が頭を下げた。中身を飛ばして結論を先に言ってしまうのは彼の悪い癖だ。
それを見たキラはどうしてよいか分からないという顔だ。
このままでは不味い。刹那は更に言葉を続けた。
「・・・キラの事を考えていなかった」
「そんな事無いです!僕が、僕の方こそ自分の事で精一杯で・・・」
キラの大きな声に、刹那は顔を上げた。そこには若干涙目になっているキラがいた。
「僕がもっとしっかりしていれば、アルテミスの事だって」
「それは違う」
キラの発言を刹那がきっぱりと否定する。この少年は責任感が強過ぎる嫌いがある。

 

「君はMSパイロットだ。だが、俺やムウとは違う」
「でも」
「心の底まで戦士になるな。君は何時か、日常に帰らなければダメだ」

 

キラは、刹那とは違う。彼はまだ帰れる場所にいる。
「その為にも、あまり責任を感じすぎるな。どんなに強くても、放たれた銃弾を元に戻す事は出来ない」
光柱に貫かれ、爆発する偵察型ジンの姿がキラの脳裏に過る。しかし感情は暴れる事無く、
キラの肩を掴んで話す彼の言葉は不思議な重さを持ってキラの心に収められた。
頷くキラに、刹那は静かに頷き返すと肩を離した。
そのまま部屋から出ようとする刹那に、キラは以前にもした質問をぶつけた。
「・・・僕はトールに、カマルさんは修理屋で副業に歌を歌っている人だと聞きました。
 でも、実際に会った貴方は、こんなに冷静で、あんなに強い。
 聞かせて貰えませんか?貴方の事を」
「・・・・・・」
「やっぱり、ダメですか」
沈黙する刹那の背中に、キラは俯いてしまう。その感情は落胆、というよりは残念という感じだった。

 

「・・・俺が人を殺したのは、10に満たない年齢の時だ」
「・・・・・・」

 

立ち止まった刹那が、暫くの沈黙の後静かに語り出した。
語り出しから強烈だったが、キラは黙って聞く。一々驚くのは、刹那に対して失礼な気がした。
「あの時の感覚は今でも覚えている。発砲の衝撃、硝煙と血の臭い。
 その後飽きる程似た感覚を経験したが、あれだけは忘れられない」
そう言いながら、掌を確認する様な刹那の動きが、妙に生生しかった。
「カマルさんは、やっぱり中東の出なんですか?」
「まぁ・・・そんな所だ」
カマル・マジリフという名前と、浅黒く彫りの深い顔立ちという事もあったが、
幼少期をコペルニクスで、それ以後ヘリオポリスに住んでいたキラにとって、
幼少の頃に人を殺してしまう様な場所は中東くらいしか思い付かなかった。
確かに、C.E.の中東では統合戦争後も、民族間の小競り合いが続いている。
刹那も中東という場所は合っていたので、特に否定しなかった。
「だが、MSでの実戦を経験したのは・・・キラ、君と同じくらいの時だ」
「えっ、それってどういう」
戸惑うキラに、刹那はしまったと口をつぐんだ。C.E.でMSが開発されたのはつい最近の事だ。
刹那の外見年齢を考えれば、キラと同じ年齢の時、C.E.にMSは存在しない。
西暦では優に100年以上の歴史を持つMSだが、C.E.では実戦投入から1年そこそこなのだ。

 

「いや、戦闘機の間違いだったか。済まない忘れてくれ」
「はぁ」
「・・・キラ、お前が偵察型ジンを撃墜した時何かを感じた様だったが、今もその感覚はあるか?」
話をはぐらかそうと、刹那はキラ自身の話へ話題を変えた。
その時の事を思い出したのか、キラは一瞬暗い顔をしたが直ぐに首を横に振った。
「あの感覚は・・・今はもうありません。あの時の事はよく覚えていないんですけど、
 周りから自分のモノじゃない何かが頭に流れ込んできて、頭が破裂するんじゃないかと思いました」
「そうか。嫌な事を思い出させた。すまない」
素直に答えてくれたキラに感謝しつつ、彼に起きた現象について考え込む。
疲労とストレスが限界に達した結果、一時的に脳量子波を受信する様になったという事だろうか。
刹那が西暦の地球に戻ってきた時には、脳量子波の事についてかなり研究が進んでいたが、
生憎刹那は研究者ではない。詳しい事は分からなかったが、
キラにも脳量子波を扱う素養がある事は確かだろう。
刹那が顎に手を当て考え込んでいると、キラが思い出したかの様にポケットから紙を取り出した。
「カマルさんは、救命ポットにいた女の子の世話をしてくれていたんですよね?」
「ああ」
「ちょっとどんな子か教えてくれませんか?
 貰った資料だけじゃ、どんな感じで接すれば良いか分からなくて」
キラはラクスの写真が載った資料を見ながら困った様に頭を掻く。
資料と言っても、片面にしか記載が無い一枚の紙である。ラクスは敵国の要人なので、
アークエンジェルのデータバンクでは情報を殆ど得られなかったのだろう。
救出した後の尋問だけではこれが限界だった。
「実際に会ってみるのが一番だが・・・そうだな。
 少し天然なお嬢様だ。話し難いという事は無いだろう」
「良かった。僕もあんまり人付き合いとか得意な方じゃないんですよ。
 この子が難しい子だったらどうしようかと」
キラのホッとした顔を見て、刹那は安心した。
完全に回復し切っていないとはいえ、キラの精神は安定している。
後は、ラクスとの接触が吉と出るか凶と出るかである。
軍医がムウに言っていた通り、人と人が接触した時に起こる影響というのは予測出来ない。
普通に考えれば、不確定要素であるラクスとの接触は避けた方が無難だろう。
しかし、刹那の勘が、キラとラクスを接触させた方が良いと告げていた。
「俺はハンガーでジンの最終調整を行う。キラも早く行ってやれ。
 君が担当になると聞いて、楽しみにしていた様だ」
「そっそうなんですか」
「ああ、食事も2人分持っていくと良い。人付き合いは、初めの印象が大切だ」
刹那自身全く実践出来ていない事だが、知識としてキラにアドバイスする。
キラもアドバイスする刹那に違和感を覚えるのか微妙な表情である。
「カマルさん、来てくれて有難う御座いました」
「ああ、俺も素直に謝らせて貰えて良かった」
キラははにかむ様に笑うと、刹那の横をすり抜けて部屋を出て行った。
食事を取りに食堂に向かったのだろう。

 

「・・・これで良かったのか?」

 

この部屋に来てからの自分の言動に自信が持てない刹那は、部屋のドアを閉めながら自問する。
結局正しかったかどうかは分からなかったが、自分の中で最善を選んだ結果だとして納得した。
「俺も、俺の出来る事をするか」
マリューにジンの最終調整をしておく様に言われている。
キラの事で自分に出来る事はもう何も無かった。

 
 

ピンクちゃんと遊んでいた所にアラームが響いた。部屋の外にあるインターホンが押されたのだ。
「どなたですの?」
『あ、あの食事を持ってきました。開けても大丈夫ですか?』
「ふふ、どうぞ」
ラクスは部屋の中にあるスイッチを押して答えと、おどおどした声が部屋の中に響いた。
成程、刹那の言った通り少年の声だった。このドアはラクスが許可を出して開ける事は出来ないし、
向こうは許可無しで開ける事が出来るというのに、わざわざインターホンを鳴らす辺り優しい人なのだろう。
ラクスはウキウキした気分を押さえられず立ち上がってドアを見やる。
「失礼します」
ドアが開き、まるで職員室に入る生徒の様な声を上げて少年が入ってきた。
「初めまして。ラクス・クラインですわ」
「あ・・・あっキラ・ヤマトです。宜しく」
ラクスが天使の微笑みで彼を迎えると、キラは手に持っていた
トレイを急いでテーブルに置き、自分も自己紹介する。
「ふふ、刹・・・カマルさんの言っていた通りの方ですね。キラさん」
「えっあ、いや、どうも」
資料に載っていた解像度の低い写真などとは大違いなラクスの微笑みに、
キラはシドロモドロになりながら何とか返事を返す。
女性とは無縁なパソコン少年の前に、アイドルの様な少女が現れたのだ。
この反応は当然といえた。

 

ラクスアガッテル!ラクスアガッテル!
「ぴっピンクちゃんたら」
「えっ?」
床を跳ねながら喋るペットロボットを、ラクスは顔を真っ赤にして捕まえて電源を切ってしまった。
その姿にキラは呆気にとられる。まさか目の前の少女も緊張している?実際、ラクスは上がっていた。
何時もの彼女なら、相手がトレイを置いて落ち着いたタイミングで自己紹介をしていた筈だ。
先走って入ってきたばかりの相手に自己紹介した事から、
ピンクちゃんは敏感にラクスの心理状態を察知したのだった。
「失礼しました。宜しければ、ここで一緒に食べませんか?」
「あっ、はい喜んで」
「ふふ、可笑しな人」
ベッドに座り、自分の横に手を置いてキラを誘うラクス。
元々一緒に食べる為に2つトレイを持って来た訳だし、
テーブルは1人用なのだからラクスの誘いに他意は無い。
しかし健全な男子であるキラにとっては些かハードルが高い行為だ。
動きがぎこちないキラを見て、ラクスは微笑む。
結局隣に座るのはキラにとってハードルが高過ぎる為、
椅子をベッドの前に置いた対面の状態で食べる事になった。
暫くはラクス主体で楽しく話していたが、不意に俯いたラクスの顔に真剣な色が宿る。

 

「どうかしましたか?」
「いえ―――」
キラがそれを察して気遣う素振りを見せた。視線を戻したラクスと視線が交わる。
微笑んでいる時はとても愛らしいラクスだが、真顔でいると本来の冷たい美しさが浮き彫りになる。
キラはその顔に緊張感が跳ね上がるのを感じた。
「・・・これからとても失礼な質問をしますが、宜しいですか?」
「はっはい。・・・どうぞ」
「キラさんはコーディネーターですか?」
暫しの沈黙。ラクスの質問は単純な物であったが、キラはそれを理解するのに多少の時間を要した。
そしてやっと「なんでそれを・・・」と呟くのが精一杯だった。
「そんな綺麗な紫色の瞳、自然界にはありませんわ」
「・・・あぁ、・・・やっぱり、コーディネーターが連合で戦うのは、おかしいですか?」
確かに、キラの瞳の色は他に見る事の出来ない色だった。
色素の薄い紫色っぽい色の瞳ならたまに見る事もあるが、
キラの様に色の濃いはっきりとした紫色は、コーディネーターの中でも珍しい。
「あっ、別に悪い意味で言った訳ではありません。
 寧ろ、貴方の様に時世に囚われない生き方は尊敬します」
自嘲気味に笑うキラに、ラクスは慌ててフォローを入れた。国に、人種に縛られて歌うラクスには、
コーディネーターの身で連合に属するキラはある意味憧れる人間であった。
「・・・経緯は多分言わない方が良いんでしょうけど・・・僕はオーブの人間です。
 正規の軍人でもありません」
「そう、なんですか?」
予想だにしない返しにラクスは言葉を失った。
オーブは今次戦争においても人種的にも中立を貫いているので、
コーディネーターも多く住んでいるのは知っていた。
しかし、まさかそこから連合に参加している人間がいるとは。しかも非正規の軍人だと言う。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
長い沈黙。本当なら、ここでこの話は打ち切った方が良い。
しかし俯くキラの表情はとても重い物を背負い込んでいる様で、
そこに悲惨な影を見たラクスは敢えて話を続ける事を選んだ。
「もし宜しければ、話してくれませんか?・・・貴方の事」
「僕の・・・事?」
「はい」

 

ラクスの慈愛の籠った言葉に、キラは少しずつ自分の事を話していった。
成り行きで望まぬ戦いに身を投じた事、過去の親友と敵対関係となってしまった事。
言葉は絶え間なく続いた。ラクスがコーディネーターであった事や、
見知った人間で無かった事もあっただろうが、それ以上にラクスの人に話を聞かせ、
人に話を話させる天性の才能が、キラの口を動かしたのだろう。
「―――この艦の人達は良い人達ばかりです。
 でも、ナチュラルを信頼し切れるかというと、正直難しいです」
暗い表情でキラは話す。ナチュラルを信じ切れない自分に怒りと悲しみを感じている様だった。
「ナチュラルが悪い人間達だから、その個人まで悪い人間」という方式がイコールで結ばれない様に、
その逆である「その個人が良い人間だから、ナチュラルがみんな良い人間」
という方式もまたイコールでは結べない。これは若い2人で話した所で解決出来る問題では無かった。
「でも、ラクスさんには悪いですけど、僕は連合で戦います。友達を、守りたいから」
キラの決意の言葉に、ラクスは深く頷いた。
「私に遠慮する事などありません。
 貴方は貴方にしかない優しさを持って自分の信じた道を行って下さい」
微笑みながらも真剣なその表情は、向けられた者に自信と勇気を与える。
キラもその例に漏れなかった。
「有難う。何だか沢山話してしまって・・・
 僕が世話役なのに、これじゃ僕の方が世話を焼かれているみたい」
「ふふ」
2人揃って笑う。食事も終わり、キラがトレイを整理していると、艦内放送が部屋中に響いた。

 

『今から10分後、1630に緊急ミーティングを行う。
 該当士官はただちにブリッジに集合せよ。繰り返す・・・』

 

「行かなきゃ。ラクスさん、今日は有難う」
「私こそ、有意義な時間でした。有難う御座います」
互いに別れの挨拶をして、キラが部屋を出て行く。
ラクスはその背中を見送って、思い出した様にピンクちゃんの電源を入れた。
ラクスヒドイ!ラクスヒドイ!
直ぐに動き出したピンクちゃんがご立腹な様子で部屋を跳ね回る。
何時もならたしなめる所だが、今のラクスはそんな事がどうでも良い程上機嫌だった。

 
 

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