機動戦士ガンダム00 C.E.71_第70話

Last-modified: 2012-06-18 (月) 01:19:06
 

「あーこりゃ掃除が大変だな。」
回収されたMSを見上げ、整備班副班長のマードックは嫌そうに溜息を吐いた。
目の前には初めての水中戦を演じたストライクと、
回収するのに結局1度海中に入る事になったジンオーガーが佇んでいた。
一応甲板で水を軽く払ったのだが、それでもハンガーには点々と水溜りが出来ていた。
「砂の次は水ってか。やれやれ」
「水も滴る良い男、とはよく言うけど無茶する男はごめんね」
「で、その良い男達は何処へ?」
「キラ君はもう更衣室よ。曹長はさっきの戦闘で何か思い付いたみたいで・・・
 何でも、バズーカじゃ弾速が遅過ぎるとか何とか」
マードックは「またですかい」と腕を組んだ。
刹那が何か思い付くのは毎度の事だ。
その度に、整備班は兵器としては落第点の武装や改造を作る羽目になる。
PS装甲の開発に携わっているだけあって、マリューはそういう物を作るのが大好きだから問題無い。
ただ、信頼性の高い兵器を完璧な状態にしておく事が整備士の仕事だと思っている
マードックにとっては勘弁して欲しい話であったりもする。
今までの刹那の実績を信じて、口には出さないが。
そういう相反した部分を持つと言う意味で、整備班を率いる2人はバランスが取れていると言えた。

 

「そういや坊主も随分タフになりましたね。前に比べて安定感がある」
「そうね・・・」
肯定も否定もせず、砂まみれになった時と同様、整備士達が取り付いているストライクを見上げる。
マリューが腕の良い整備士とはいえど、機械と心を通わせる事は出来ない。
だからこそパイロットの無事を祈って機体を完璧な状態に仕上げておく事が整備士の誇りだ。
だが、パイロットと戦場を駆けるのはどこまで行っても機体なのだ。
傍から見れば、キラは戦士として健全な成長を遂げているだろう。
しかしマリューから見れば、日常の些細な部分に違和感を感じる。
前から誰にでも優しく接する心の持ち主ではあった。
だが最近はワザと明るく振る舞っているというのか、誰にでも愛想が良くなったというのか。
ヘリオポリスからキラを見ているマリューの心に、言葉に出せる程はっきりとしない違和感が沈殿して行く。
これで戦闘中のレコーダーでも聞ければ違和感の正体が分かるかもしれないが、
何かしらパイロットに問題行動が無い限りレコーダーを聞く事は出来ない。
それこそストライク自身に聞く事が出来れば―――。
「・・・歯痒いわね」
「何か?」
「いえ・・・さっ、次の戦闘が何時になるか分からないわ。早い所整備を済ませましょう」
目を細めたのも一瞬、整備士達の監督はマードックに任せ、
マリューは刹那の思い付いたという武装の話を聞きに本人の下へ向かった。

 
 
 

ザフト地上最大の戦力を誇るジブラルタル基地は、その規模にも関わらず
スピットブレイクに参加する兵器や人員でパンク寸前まで膨れ上がっていた。
MSと共に降下してきた、精鋭であるクルーゼ隊も例外では無くその混雑に巻き込まれ、
到着手続きが予定より2時間も遅れていた。
「イザークは元気ですかね?」
「バルトフェルド隊の援護に出撃して、また機体壊したみたいだからな。
 あのボンボンも流石に凹んでるかもな」
やっと手続きも終わり、クルーゼ隊はブリーフィングルームに集合する事となった。
先に地上に降りる事になったイザーク、ディアッカもそこで合流する事になっていた。
「アイツはそんなタマじゃありません。
 いくらやられても挫けない、それがイザークの良い所です」
「アイツの肩を持つなんて珍しいな。体験談か何かか?」
ミゲルの問いに頷いたアスラン。
士官学校で主席だったアスランは、次席だったイザークに常日頃から勝負を挑まれる仲だった。
シミュレーターでも練兵訓練でも、いくら負けても彼は諦めなかった。
結局1度も勝負に負けなかったアスランだったが、
切磋琢磨し合った仲として同級の者の中でも信頼に値する存在だった。
勿論感動の再開などという雰囲気にはならないだろうが。

 

「俺からすりゃ同じ様なもんだけどな。初めてジンの実機に乗った時なんか―――」
「そっその時の事は・・・!」
「なんだったかなぁ。イザークがレバーを間違って・・・」
「まぁまぁミゲル、アスランも。ほら着きましたよ」
初の実機訓練の醜態を話されそうになったアスランは、
顔の色を変えてミゲルの言葉を遮ろうとする。
更に茶化そうとするミゲルに、
収拾が付かなくなりそうな気配を感じたニコルが仲裁に入る事になった。

 
 

「お願いします隊長!あいつを追わせて下さい!」

 

広いブリーフィングルームに固い破裂音が響く。
音を出した張本人はデスクに手の平を叩き付け、怒りに肩をワナワナと震えさせていた。
「イザーク、仮にも赤服を着る者ならもう少し落ち着く事だ。
 そんな体たらくでは、訓練生に与えられる任務であっても満足に熟せないぞ」
「しかし・・・」
「失礼します」
イザークが涼しげな仮面に圧されている間に、
アスラン達がブリーフィングルームに入って来る。
「ふん、やっと来たか」
「おひさ」
久々の再開は、アスランの予想通り和やかさとは正反対の物だった。
腕を組んでそっぽを向くイザークに、クルーゼもやれやれと言った様子だ。

 

「イザークは見ての通りストライクにご執心でな。
 確かにあの機体の実戦データがアラスカに届いたとなれば、
 我々はデータ集めの手伝いをしただけの笑い者だ。
 だが脚付き追撃は既にカーペンタリアの任務になっている。
 だがもし君達が追いたいと言うなら・・・」
ジブラルタル基地は現在スピットブレイク作戦の準備で手一杯の状態だ。
脚付きの予測現在位置もカーペンタリアの方が近い。
「待って下さい、我々はスピットブレイクの為に召集されたのでは?」
「作戦前までにケリを付ければ良い事だよアスラン。
 私はスピットブレイクに向けて準備がある為動けんが。要は君達の意思次第だ」
「やります、やらせて下さい!」
誰もが言葉に窮す中、声を上げたのはやはりイザークだった。
「私も同じ気持ちです」
「ディアッカ・・・」
「俺も連中には辛酸を舐めさせられたのさ。
 あんなに仕事が出来なくなったのは初めてだぜ」
狙撃手、砲撃手は、何も敵機を撃破する事だけが仕事では無い。
それは他の兵種でも出来る事だ。
戦場でのディアッカの仕事とは、存在感を出す事によって敵が遮蔽物から顔を出す回数が1度でも減れば、
有利な位置に付こうとする足が一瞬でも止まれば、その分味方が動き易くなり、
戦況を有利に進ませる事が出来るのだ。
つまり、彼は戦場全体に影響を与えてこその存在だった。
それが脚付きを追い出してから、さっぱり影響力を発揮出来ていない。
戦場の把握力については絶対の自信を持っていたディアッカにとって、それは屈辱だった。

 

「ふむ。ではここにいる者で隊を組め、ザラ隊再結成という訳だ」
初めからそのつもりだったのだろう。
全員の意思を聞く前にクルーゼはそう決めてしまった。
イザークはガッツポーズを取り、ディアッカも満足気に頷いた。
しかしそんな中で、一番騒ぎ出しそうな男が神妙な顔つきで黙りこくっているのを、
アスランは見逃さなかった。
「ミゲル?」
「・・・んっ?ああ・・・」
そこには普段飄々とした彼の面影は無く、名を呼ばれても反応は鈍い。
「何か不満かな?ミゲル」
「・・・・・・」
仮面越しの鋭い視線がミゲルを穿つ。
堪らず俯いたミゲルだったが、他の隊員の注目を集める中、意を決した様に顔を上げた。
「俺は!―――俺は・・・あの蒼い奴に勝てる自信がありません」
「ミゲル・・・」

 

彼の発言に、クルーゼ以外の全員が驚きを隠せなかった。
「黄昏の魔弾」の異名を取り、誰よりも強気なパイロットのお手本の様なあのミゲルが、
敗北を自ら口にしているのである。
後輩達にとって、そんな彼を見るのは初めての事だった。
「だから俺を隊から―――」
「ミゲル」
脚付きを追うなら自分は役立たずである、
と伝えようとした声は、クルーゼによって静かに遮られた。
「君には難病の弟がいたな」
「・・・はい」
「君が蒼い奴を討てなければ、奴が弟を殺すかもしれんぞ?」
クルーゼの冷酷な一言で、ミゲルの体に電撃が走った。
目を見開き、歯を食い縛り、眼前のクルーゼを睨む。
「可能性の話だ。我が軍でも指折りのエースである君が倒せなくて、誰が奴を止められる?」
「それは・・・」
アスランの知る限り、ザフトにはミゲル以上のパイロットはクルーゼを含め僅かしかいない。
「他の者も良く聞け。兵士とは、国を守り、仇為す者を打ち倒す者だ。
 それが出来なくなった者に、兵士は務まらん」

普段冷めた物言いが多いクルーゼにしては珍しく厳しい一言に、その場にいた全員が息を呑んだ。
仮面の男はミゲルに視点を戻し、更に続ける。
「ミゲル、君は戦士かな?それとも・・・」
ワザとそこで切って、ミゲルに考える時間を与える。
俯いた彼の迷いも一瞬、顔を上げ、仮面を見返したミゲルの目は決意を秘めた物だった。
「やりますよ。アンタが言った様な事を、連中にやらせる訳にはいかない!」
「ふっ、その意気だ。カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配しよう」
決意の表情に、仮面は静かに笑う。
先輩の意思が固まった所で、アスランがおずおずと前へ出た。
「隊長、私は地上での戦闘経験がありません。本当にそんな私が・・・」
不安げに言うアスランに、クルーゼは何時もの微笑を浮かべて肩を叩いた。
「アスラン、君の指揮能力は第八艦隊との戦いで見させて貰った。
 色々と因縁のある船だが、君の手で決着を付けると良い」
「・・・・・・」

 

クルーゼは、アスランが未だにキラの事を引き摺っていると見抜いている。
だからこそ、今後の為にも己で因縁を断ち切れと言っているのだ。
―――ストライク・・・討たねば次に討たれるのは君かもしれんぞ。
以前クルーゼに言われた言葉が脳裏を過る。蒼い奴だけではない。
ストライクを、キラを放置すれば、やがてアスランの大切なモノを奪うかもしれないのだ。
核攻撃で散った母を思い出し身震いする。あんな思いはもう二度と御免だった。
「了解しました。―――ザラ隊、移動準備に入るぞ!」
クルーゼに敬礼し、隊員達に指示を出す。
今度こそ親友との因縁を断つ為、ザラ隊はカーペンタリアへ移動準備に入った。

 
 

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