機動戦士ガンダム00 C.E.71_第89話

Last-modified: 2013-03-25 (月) 22:11:04
 

脚付きが連合の勢力圏に入るまでもう猶予は無い。
この機を逃せば、アラスカの防空圏に突っ込む事になる。
そうなれば単艦でどうにか出来る話では無くなり、脚付きえお取り逃がしたと同意になる。
『少しでも戦闘が長引けば、アラスカの防空圏に接触する可能性がある』
コクピットに響く艦長の声を、アスランは目を瞑ったまま聞いていた。
『仮に貴官達が防空圏内で撃墜された場合でも、本艦は危険を避ける為捜索は行わない』
「全て承知しています」
事務的な艦長の言葉を、アスランは責めなかった。
形式的に同じ隊とはいえ、この潜水母艦は
脚付き追撃の為にザラ隊に貸し出された足に過ぎない。
使う側と使われる側、結局の所、そんな形式的な関係でしかない。
だからこそ、この艦のクルーにはニコルの死など関係無いのだ。
「これは我々の問題です」
戦力が減り敵の増援も考えられる状況。本来なら、撤退が妥当な判断だ。
しかし彼らザラ隊には、ニコルの死という、脚付きを追う新しい動機が出来たのだ。
その為隊員の士気は今までに増して高い。
今ならば、脚付きとアラスカとを同時に相手取る事も出来そうな程。
『艦長!四の五の言わず、早く出撃させろ!』
怒気を孕んだイザークの声が出撃を催促する。
口に出さないだけで、既に乗機で待機した隊員達は皆同意見だ。
『・・・仕方が無い。せめて武運を祈るぞ、艦を浮上させろ!』
艦長の命令で、艦に振動が走る。続いて、ハンガーの上部がゆっくりと開き始めた。
空はどす黒い雲が立ち込め、直ぐにでも雨が降り出しそうな天気だ。
『システム、オールグリーン。ザラ隊、発進どうぞ』
「了解、ザラ隊出撃する」
艦の上部から突き出た電磁カタパルトから、MSが次々と打ち上げられる。
イージス、デュエル、バスターは続け様に射出されたグゥルに機体を接続した。
前の出撃と何ら変わる所の無い手順。
違うとすれば、出撃したMSが一機少ない事だけだった。
しかしその事実がザラ隊の全員を鼓舞する。
『今日でカタだ、ストライク!』
『ニコルの仇は、俺が取ってやるぜ』
『二人とも、熱くなるのはいいが、作戦通り動けよ』
「時間が惜しい。行くぞ!」
アスランの声を合図に、四機のMSが暗い空を駆けて行った。

 
 

「・・・有難う、フレイ。乗り物酔い辛いのに」
「そんな事関係無いわ。貴方に比べれば」
フレイから差し出されたコップを受け取り、中の水を舐める程度に飲む。
トールに運ばれ、自室で寝込んでいたキラはフレイに介抱されていた。
「少しでも食べたら?酷い顔してるわよ、貴方」
「今はいらないんだ。フレイ、食べてよ」
「そう?」
フレイが水と一緒に持っていたサンドイッチは美味しそうな色形をしていたが、
水でさえやっとの事で口を付けたキラでは到底体が受け付けそうにない。
キラに勧められて、フレイがサンドイッチに口を付ける。
士官以上とそれ以下の階級では食事内容が異なる。
二等兵のフレイは、そのお嬢様な育ちでは考えられない様な食生活を送っていた。
それでも文句を言わないのは、サイへの愛故だろうか。
士官用のサンドイッチをおいしそうに食べる彼女が微笑ましい。
「フレイ、頭痛の方はどうなの?」
キラの言う頭痛とは、乗り物酔いのそれとは意味が異なる。
素早くそれを察したフレイは、可笑しそうにクスリと笑った。
「フフッ、サイもキラもそれよく聞くわね。
たまに痛くなるけど、中尉さんに薬を貰ってからは前より酷く無いわ」
「・・・そうなんだ」
何の影も見えない笑顔に、キラの胸がズキリと痛んだ。
今の所、フレイは何も思い出さない。
軍医から処方されている薬も、軽い頭痛止めで、
乗り物酔いに対するそれと殆ど変らないものだ。
しかしキラには、そんな彼女の笑顔が堪らなく辛かった。
彼女の父を守れなかった自分が、その笑顔を向けられる資格などあろう筈が無い。
だからこそ、彼女の事は許婚であるサイに任せて、自分は距離を取っていたのだ。
「キラこそ大丈夫なの?本当にただ具合が悪いだけ?」
「うん、大丈夫だよ。次敵が来ても、僕は戦える」
刹那やムウの前ではとても出そうにない台詞も、彼女の前では滑る様に言える。
そうだ。彼女の為にも、自分は戦わなければならない。
フレイと距離を置く事で薄れていた使命感という名の罪の意識が、
キラの中で再び強くなる。参ってしまった心を隠し、力強く頷いてみせる。
どうやらそれは上手く行った様で、フレイはホッとした様な笑顔をキラに向けた。
「分かったわ。でも食べなきゃ駄目よ。サンドイッチがダメなら、お粥を貰ってくるから」
そう言って食堂の方へ駆けて行くフレイ。
その背中を見送ってキラは、力の入らない体に鞭打って立ち上がった。
もう一度、フレイに笑顔を向けられたら、どうなってしまうか分からない。
彼女を守る為にも、早くストライクへ。
「迷っちゃいけないんだ、僕は・・・。戦わないと―――」
敵の死にショックを受けている暇など自分には許されない。
壁に凭れながら通路に出ようとした丁度その時、
艦内に第一種戦闘配備の警報が鳴り響いた。

 

アークエンジェルのブリッジは、
思ったより接近していた敵機に慌ただしく戦闘準備に入っていた。
「前の戦闘から殆ど経っていないというのに・・・!」
モニターに表示された因縁の相手は、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
敵機発見が遅れたのは、何も気を抜いていたからではない。
恐らく最後になるであろう戦闘を予測し、
少しでもパイロットを休ませようと偵察機を飛ばしていなかったのが原因だ。
敵がこうも早く再攻撃に打って出るとは思いもしなかった。
「ヤマト少尉は出られるか?」
『ハンガーには着ているわ。でも・・・』
ブリッジクルーに指示を飛ばしながら、回線をハンガーと繋ぐ。
体調が優れないと連絡されていたキラだが、
最後の攻撃は今までより一層激しいモノとなるだろう。
こちらも総力戦で当たらなくてはならない。
モニターの向こうで言葉を濁らせるマリューが映ったと思ったら、
すぐにノイズが入って画面が切り替わった。
『大丈夫です、行けます!』
代わりに映ったのはストライクのコクピットだった。
突然響いた声に、ブリッジのクルーの目がキラに集まる。
彼がストライクのコンピュータから手動で画面を切り替えたのだ。
以前彼がアークエンジェルをハッキングしていた名残である。
勿論ハッキングの事は知らないナタルは、その現象を不可解に思いながらも、
キラの言葉に耳を傾けた。
『ストライクも僕も、すぐにでも出れます・・・行かせて下さい!』
必死の形相のキラは、彼の言葉とは裏腹に顔面は蒼白でとても大丈夫な様には見えない。
それでも、その気迫は本物だった。
「・・・分かった。しかし無理はするな。
貴官のストライクが撃墜されては元も子も無い。先の様な深追いは許さんぞ」
『有難う御座います』
漸く出た出撃許可に、キラは心の底からホッとした様な表情で答え、モニターから消えた。
「あの少年がここまで出撃を求める様になるとはな・・・」
戦争は人を変える。しかし、それが良い結果を招くとは限らない。
ナタルは、ヘリオポリスで出会った気弱な少年を思い出し溜息を一つ、
直ぐに別の回線を開いた。
「フラガ大尉」
『なんだ艦長、秘匿回線とは』
「ヤマト少尉も出します。援護を」
『・・・・・・今のアイツを出すのか?』
リラックスしたムウの返事は、ナタルの言葉を聞いて不機嫌のそれに代わった。
予想していた彼の変化に、ナタルは一息置いてから口を開いた。
「不満ですか?これから仕掛けて来る敵を相手に、
戦力を出し惜しみしている余裕が無いのは、貴方も分かっている筈です」
『・・・・・・』
パイロットに必要な気質、即断、迷わない事をモットウとするムウが珍しく沈黙する。
その態度は、それだけキラの状態が悪い事を示していた。
だがこちらには、出し惜しむ余力も、考える時間も無い。
「敵機、距離700まで接近!」
ミリアリアの報告がブリッジに響く。
無論、それは各コクピットにいるパイロット達にも同時に聞こえた。
「大尉」
『ああ、分かったよ。・・・憎まれ役を任せてすまねぇな』
「それが仕事ですから」
『坊主の面倒はしっかり見るぜ。ムウ・ラ・フラガ、スカグラスパー一号機、出るぜ!』
戦闘に勝てるなら、艦を生かす為なら、誰からどれだけ憎まれようと構わない。
その覚悟に圧されて、ムウが首を縦に振った。
姿見えぬ相手に頷き返すと、出撃するスカイグラスパー一号機が、
ナタルを鼓舞する様に一瞬ブリッジに映って大空に舞い上がった。

 

ジンオーガーが、鹵獲したグゥルに乗り、脚部を固定する。
右手にはデュエルのバズーカを保持し、左手にはストライクの予備シールド。
グランドスラムはグゥルにマウントされている。
前回万全では無かったアストレイフレームへの対応もマリューが頑張り、
フレームと装甲の間に緩衝剤とサスペンションを増設、
運動性を確保したまま耐弾性を上げている。
刹那が視線を移すと、起動するストライクが映った。
「キラ、出るんだな?」
『・・・それ以外に、僕がここにいる理由がありますか?』
平静そのものの口調で、キラは答える。
『僕はパイロット、兵士なんです。戦う事が仕事な・・・』
「違うな」
続くキラの言葉を、短く遮った。
「言った筈だ。自分の中の神に従えと。
今のお前は、戦わなければならないと自分に言い聞かせているだけだ」
脳量子波に乗って伝わる困惑と悲しみ、それをストレートに言葉にする。
『・・・カマルさんは厳しいですね。でも、それが今の僕なんですよ』
厳しい言葉にもアッサリと白旗を揚げてしまう所を見ると、やはり相当参っている様だ。
表面上だけでも必死にもたせている闘志は、刹那の前では通用しない。
「ブリッツを撃破した時に感じた喪失感、その答えは出たのか?」
出ている筈も無いが、敢えて問う。
『・・・それも分かりません』
案の定首を振ったキラに、畳み掛ける様に刹那は言葉を重ねた。
「この戦闘で答えを見付けて、俺に教えてくれ」
『・・・そんな滅茶苦茶な』
今のキラは生きる気力に乏しい、そんな状態ではこの戦いに生き残れない。
そう判断した刹那は、無理難題を彼に課した。少しでも生きる理由を作る為に。
『システムオールグリーンです。マジリフさん』
「死ぬなよキラ。カマル・マジリフ、ジンオーガー出る!」
カタパルトは使用せず、グゥルのスラスターでアークエンジェルから離脱した刹那は、
ムウを追って暗い空に舞い上がった。

 
 

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