機動戦士ガンダム00 C.E.71_第93話

Last-modified: 2013-03-25 (月) 22:12:52
 

「立った、だと」
MSの第二の急所である脚部を破壊されるという事は、即ち戦闘不能を意味する。
士官学校でも、脚部を損傷した場合は脱出が最優先と教えられた。
それは無くしたのが片足であろうと変わる事は無い。
しかし、目の前のMSは片足で立ち上がった。
ゆらりとバランスを保つ為に上半身を傾けている様が、不気味に映る。
「ちっ、悪あがきだ!」
あの状態では立てたとしても歩行は出来ない。直ぐに仕留める。
アスランはビームライフルを構え、ストライクに照準を合わせる。
しかしその直後、ストライクが視界から消えたかと思うと、
代わりにエールパックがイージス目掛けて飛んでくる。
「なっ・・・!?」
反射的にそれをビームライフルで射抜くと、中にあった推進剤が引火し大爆発を起こした。
「っ、ストライクは!」
爆炎の中、物凄い加速を付けながら襲い掛かってくる機影が1つ。
しかしMSにしては機影がおかしい。
飛び掛かってくるそれを、ビームサーベルを発振させて迎撃する。
相手もビームサーベルを発振させ刃が交わった。
イージスがそれを弾き飛ばすと、後方へ着地した背の低い機影が姿を現す。
「ストライク・・・!?」
そこには、右手と左足で四つん這いになるストライクがいた。
デュアルアイを爛々と輝かせ、
獣そのものになったかの様なその姿はザフトのバクゥと良く似ている。
だがたった二足でどうやって動いたのか。
アスランはそれを確かめる為にイーゲルシュテルンを撃ち込んでみる。
するとストライクは前のめりに倒れ―――る様に転がった。
肩を起点にして五点着地法の要領で転がったのだ。
それを繰り返しながら、絶妙なタイミングで
スラスターを吹かす事でどんどん加速していく。
普通のMSならとっくに自壊しているだろう移動法は、
他でも無いPS装甲によって成り立っていた。
「そんな子供騙し!」
後退しながらイーゲルシュテルンとビームライフルで迎撃するアスランだったが、
今まで見た事の無い不規則な動きは予想以上に捉えがたい物だった。
あっという間に接近されたかと思うと、
ビームサーベルを発振させたストライクが圧し掛かる様に飛び掛かってくる。
「くっ!」
その一撃はまさに獣の爪であった。回避が間に合わなかったイージスの左腕が、
シールドごと地面に転がった。

 
 

ブリッジ内にアラートが鳴り響く。バスターの猛攻を受け、
アークエンジェルはすでに高度を保つ事も間々ならない程消耗していた。
「ゴットフリート一番大破、被害甚大!」
「一番エンジン大破、二番エンジンで火災発生!」
「二番エンジンを切れ!ダメージコントロール、動き遅いぞ!」
激しい振動に晒されながら、ナタルは歯を食い縛り指揮を執る。
後少しなのだ。後少しで連合の勢力圏に入る事が出来る。
「フラガ大尉がバスターを撃墜。しかしスカイグラスパーも被弾した模様、緊急着艦用意」
「えっ、嘘だろ!?」
ロメロの報告に、深手の艦を懸命に操舵していたノイマンが青い顔をする。
アークエンジェルは姿勢制御も間々ならない状況なのだ。
そんな中で同じく手傷を負った戦闘機が緊急着艦するなど、正気の沙汰では無い。
「大尉が言うんだ、何とかしてくれ!」
「もたせろ准尉。それが済んだら海だろうが陸だろうが好きに墜ちて構わない」
「りょ、了解・・・!」
艦長に言われては仕方ない。
ノイマンは大きく深呼吸し、煙を吹くスカイグラスパーが
着艦しやすい様に艦の操舵に専念し出した。
「他のユニットは」
「分かりません、戦況が混乱していて」
この海域はNジャマーが濃く、塵々となって乱戦状態の戦況を把握する事は難しい。
ムウ以外と交信が途絶えて久しく、最悪の事態を考えねばならなかった。
「スカイグラスパー着艦!」
「くっ、もう限界です。不時着します!」
「総員、対ショック体勢!」
スカイグラスパーが解放されたハッチに飛び込んだ直後、
アークエンジェルの傾きが更に大きくなり、完全に姿勢制御が取れなくなる。
急速に近付いてくる地表は、バスターが墜落したそれと同じ小島だった。
アークエンジェルは浜から勢い良く小島に不時着、木々を倒し岩を砕き漸く停止した。
「っ・・・損害報告」
「怪我人が数名出ていますが、不時着による船体の損傷はこれといって認められません」
不時着時の衝撃にヒヤリとしたが、どうやら大きな問題は起きずに済んだ様だ。
ハンガーは中々酷い事になっていそうだが。
「整備班は機関士の指示に従ってエンジンの応急処置を。少しでも動ければ構わない」
「艦長!」
「なんだ!」
サイの声に顔を上げると、ナタルの顔が再び引き攣る。
そこには、アークエンジェル前方で同じく不時着したバスターがいた。
「攻撃しますか?」
「・・・いや」
指示を仰ぐロメロに、ナタルは首を振った。
相手はムウの攻撃に晒されながらもアークエンジェルへの砲撃を止めなかった程執念深い。
もし身動きが取れる状態なら、とっくに自分達の命は無い筈だ。
という事は、バスターは機体、もしくはパイロットに
問題が発生して戦闘不能になっていると考えられる。
「回収しろ」
「ほっ本気ですか!?」
「エンジンの応急処置には少し時間が掛かる。その間のついでだ。
回収作業中も照準は合わせておけ」
「・・・了解」
まさかの鹵獲、もとい奪還命令に、
チャンドラは若干の戸惑いも見せながらも整備班、陸戦班に指示を出した。

 
 

機体が思い通りに動く、交差際に斬り落としたイージスの左腕を確認して笑う。
両手が握る操縦桿も、踏み締めているペダルも、
今や以前のそれとは違う指示をストライクに与えていた。
人体とは異なる、獣を操る為のそれは、完成度の面でプラントの技術者が
四苦八苦して開発したバクゥのOSの遥か上を行く。
しかし、それをもってしてもその動きは大きな代価をストライクとキラに強いていた。
失った手足の分の出力を許容以上に供給されたストライクの
右腕、左足は動く度に激しい火花と悲鳴を上げ、
本来想定されていない激しい運動からくる強い衝撃が、
キラの全身をコクピットに打ち据える。それでも、キラは笑っていた。
全身に走る鈍い痛みも、頬を伝う涙も、
頭の奥底で段々と大きくなっていく頭痛も今は感じない。
ヘリオポリスを破壊した報いを!フレイをあんな風にした報いを!トールの仇を!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
返す二撃目がイージスのビームライフルを捉えた。
未知の動きに、イージスは対応出来ていない。
人相手にはエースのアスランでも、獣の相手は初めてなのだ。
キラの笑みが更に濃くなる。しかし―――
防戦一方に見えたイージスの頭部が、僅かに動いた。
イーゲルシュテルンが一瞬だけ音を立て、一発がストライクの右肩に当たる。
本来なら全く気にする事の無い攻撃。
目くらましにも牽制にもならない筈の攻撃にしかし、
感覚が過剰に鋭利となっていたキラは
回避運動こそ取らないものの一瞬気を取られてしまう。
アスランはその一瞬の隙を逃さなかった。
イージスのつま先からビームサーベルを発振させると、
文字通り足元から掬い上げる様な一撃がストライクを襲った。
奇襲の一撃は、殆ど本能で飛び退ったストライクの肩を浅く裂く。
「ウウウウッ」
致命傷とはならなかったものの、予想外の攻撃に唸るキラ。
アスランの対応速度は異常だった。恐ろしい速さでこちらの動きに合わせてくる。
それは元来の素養もあるだろう、
特権階級の子として最高レベルのコーディネートを受けたアスランは、
コーディネーターの中でも突出した存在だ。しかし、それだけでは無い。
寧ろそれは彼の強さの切っ掛けに過ぎない。
予め備えられた才能を疎んじ、自身により重い課題を与え、
凡人の如くひたすらに反復的な研鑽を行ってきた事実こそ、
アスランが他の議員子息達と一線を画している理由だった。

 

―――あの攻撃に反応した!
アスランは目の前の獣に目を見開いていた。
「もしも連合がコーディネーターと同等、若しくは上回る身体能力を持ったパイロットを養成した場合」
というシミュレーションがザフトで行われた事がある。
大半のパイロットはそんな想定は有り得ないと鼻で笑い、マジメにやろうとはしなかった。
ただ一人、アスラン以外は。連合はコーディネーターを容認しない。
即ち、その想定が現実になるなら薬物による強化が一番現実的である。
薬物に漬かった脳は判断能力が鈍る。
今のキラにも同じ事が言えるだろうと思ったが、甘かったようだ。
「次のやり取りで最期、か」
獣は想定外の反撃に驚いたのか、無闇に仕掛けてこなくなった。
恐らくは隙を突いての一撃で勝負を決める気だろう。
こちらも、長期戦のせいでイージスのバッテリー残量が残り少ない。
仕掛けるにせよ受けるにせよ、次が最後の一合となるだろう。
イージスに余計な動きを取らせず、アスランは全神経を動員して獣の動きを追う。
既に慣れ始めたその動きは、しかし油断出来ない匂いを発している。
元々アスランは自分から仕掛けるより迎撃が得意である。
演習でも毎度それでイザークを負かして卑怯者呼ばわりされるのだが。
「・・・早く来い」
何時までも仕掛けてこない獣に苛立ったのか、ワザとイージスの足を踏み鳴らした。
不用意に見える動き、その誘いに、
ビームサーベルを発振させたストライクが獰猛に飛び掛かった。
イージスも残ったビームサーベルを全て発振させ迎撃する。
―――来た。
その踏込みは、先程のそれとは比べ物にならないくらい深く、速い。
「だが・・・!」
イージスはスラスターを吹かし、両足を跳ね上げた。
ノーモーションからつま先のビームサーベルがストライクを下から襲う。
目の前に迫る黄色い刃、それに対しストライクは、
機体を無理矢理捻って両足の間にねじ込んできた。
捻りが間に合わなかった左足が切断されるのも意に介さず、
獣の爪がイージスに伸ばされる。
「まだだっ!」
イージスは更にスラスターを吹かすと、獣の爪が届く寸前にMA形態に変形した。
そのまま突っ込んでくるストライクを、三本の鉤爪が捉える。
「おおおおおっ!」
ストライクを咥えこんだイージスがスラスターを全開にし、
両足を失ったストライクを地面に叩き付けた。
「これで・・・!」
アスランは迷う事無く、スキュラのトリガーを引いた。
ゼロ距離で発射される極太のビームがモニターを埋め尽くし、
ストライクは木端微塵になる―――と思われた。
「・・・・・あ・・・」
しかしスキュラは発射されず、代わりにイージスの真紅の機体色が灰色に変わっていく。
PS装甲がダウンしたのだ。それが示すのは、バッテリー切れである。
副モニターにはバッテリー容量を示すメーターが1と0の間を揺れ動いている。
その間にも、目の前の獣はイージスを破壊せんと残った右腕を振り上げようともがく。
「くそっ!」
イージスに最早武装は無い。・・・いや一つだけあった。
試作機である五機のGには、機密保持の為
通常のMSより破壊範囲の広い自爆システムが内蔵されている。
密着したストライクをも破壊するのに十分な破壊力だ。
アスランは迷わず自爆シークエンスを起動すると、
操縦桿の下から迫り出したテンキーに自爆コードを入力する。
そして緊急脱出用のレバーでコクピットを開くと、
背中のランドムーバーでイージスから脱出した。

 

コクピットがこれまでに無い激しい衝撃に襲われた。
頭を強く打ち、一瞬視界がブラックアウトすると、
次に気付いた時には何故かストライクは地面に組み伏せられていた。
「くそっ、なんで・・・!動けストライク、動け!」
モニター一杯に広がるスキュラの砲門、絶望的な状況の中、それでもキラはもがく。
自分の命などどうでも良かった。敵を道連れに出来れば、仇を討てれば。
組み伏せられた衝撃でボロボロになった右腕が、その執念に答え痙攣する様に動き出す。
例えスキュラでこの身が焼かれようと、この爪が突き刺されば―――。
しかし、そんなキラの視界に目を疑う様な物が映った。
イージスから飛び立つ、赤いパイロットスーツ。
「アス・・・ラン」
それは紛う事無き親友の姿だった。目を見開き、飛んでいく人型を追う。
と、不意に口の中に塩辛い物を感じて、キラは我に帰った。
視界がぼやけ、俯くとバイザーに水滴がポツポツと落ちる。
自分が陥っている状況に、思考が付いていかない。
「僕、泣いているの・・・?」
―――自覚すると同時に感じるこのホッとした感覚は?
イージスが不吉な振動を発し始める。しかしキラはそれに気付かず、痛む胸を押さえた。
「僕は―――」
やっと自分の想いに気付き、温かい、笑顔とも言える表情のキラが発した言葉は、
イージスの自爆によって掻き消された。

 
 

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