機動戦士ガンダム00 C.E.71_第97話

Last-modified: 2013-06-16 (日) 00:22:12

教会内は、神を祀る場所というよりは孤児院という方が近かった。
子供達が遊んだり家事をしたり、共同生活をしている。
「さて」
刹那の先をいって歩いていたマルキオは、
キヤルに、キラを手術台の様な所に寝そべらせた。
「もういいよキヤル。あちらにいっていなさい」
キヤルは礼儀正しく礼をすると、部屋から出て行った。
ドアが閉じたのを確認して、マルキオは寝そべるキラの前に立つ。
「焼灼止血法ですね。無茶をする」
「・・・失礼ながら、貴方は盲の様だが医療の経験が?」
まるで見えているかの様にキラの傷を看るマルキオに、刹那は問うた。
一見、若人にも老人にも見える男は柔らかく笑う。
「これでも昔は、医療で世界を救えると思い上がっていた程度には
医療に携わっていました」
そう言うと、棚から医療器具を取り出す。
「しかし傷口が綺麗ですね。貴方も医療の経験が?」
「いや、ただ、昔よくやっていました」
「・・・・・・」
マルキオはそれ以上踏み込まず、手術を開始した。
綺麗に塞いだとはいっても、まだ細かい金属片がキラの体内に残っている。
このままでは、金属の毒が溶け出し、体を内部から侵す危険があった。
繊細な作業な筈だが、マルキオは寸分の狂いなき手付きで施術を行っていく。
手術は順調にいき、二時間後には清潔な包帯を巻いてベットで眠るキラがいた。
「ふう、久しぶりの施術で疲れました」
手を消毒しつつイスに座るマルキオに、キヤルが紅茶を持ってくる。
刹那の分もテーブルに置かれた。
「助かりました。礼を言います。・・・・しかし、本当に貴方は盲なのか?
とてもそうは見えない」
「そうですね。誰もいない場所では確かに私は盲です。
ただ、他の人間がいれば、私はその者の視界を借りる事が出来るので。
手術中、貴方の視界をお借りしていました」
さらりととんでも無い事を言うマルキオに刹那は内心だけで衝撃を受けた。
「どういう事です?」
問う刹那に、マルキオはキヤルに顔を向ける。彼は一礼して、部屋から出て行った。
「この力に目覚めたのは、戦場で医療に携わっていた時に閃光手榴弾を受けてからです。
私の目はショックで光を失い、戦場にいられなくなった。それからです。
相手の視界、相手の思考が見える様になったのは」
脳量子波だ。刹那は直感した。
恐らく、相手の視覚情報を、脳量子波を使って受信しているのだろう。
刹那が気付かなかったとなれば、相当の使い手である。しかし不可解だった。
脳量子波の使い手は、大なり小なり脳量子波を発している。
つまり発信しているのである。それが彼には無かった。
「・・・何故俺にそんな話を?」
「貴方には、私と同じ、いや、それ以上の力を感じたからです」
マルキオは笑みを濃くすると、紅茶に砂糖を入れる。かなりの量だ。
刹那が閉口するのも構わず、砂糖が入っていた器を空にした。
「私は医の道を閉ざされ、この力を使って占い・・・というより人生相談でしょうか。
そんな事をやっていたのです。それが段々と有名となり、
世界の為政者、高級将校など要人の相談も聞く様になっていました」
導師マルキオ、世界中に影響力を持ち、
ナチュラルにも関わらずプラントにも太いパイプを持つとされる人物。
しかしその実体は闇に包まれている。
「もしかしたら、この方法で世界を救えるのではないか、そう考えました。
彼らはそれぞれ深い闇を抱えていた。それを晴らせば、あるいはと」
砂糖たっぷりの紅茶をスプーンで混ぜる。
「しかしそう思う様にはいかなかった。
私は数多くの要人を相手にする間に、彼らの秘密を知る者、
パンドラの箱となって行きました」
その秘密を巡り、マルキオを懐柔しようとする者、殺そうとする者、守ろうとする者、
数多の人間が、彼を巡って相争った。
「そうして私は、こうして隠居する身となったのです」
「・・・世界を救おうとは、思えなくなってしまったと?」
「無論、乱れ切ったこの世界を救いたいと思う気持ちは変わりません。
しかし、人は変わるものです」
マルキオはそこで言葉を切り、紅茶に口を付ける。
「・・・数多の人間の中を見る内に、
私は人を救いたいと思えなくなってしまっていたんです」
世界は救いたい、しかしそれを形作る人間に絶望してしまった。
それに気付いた時、マルキオは自分に絶望してしまったのだった。
刹那にも理解出来る話だった。
知らなくて良い、発せられる言葉とは違う心の裏側が見える恐怖。
それは計り知れない戸惑いを生む。
「だから、孤児達の世話を?」
「金はいくらでもありましたから。子供は良いです。
心が透明で、澄んでいる。ナチュラルだから、コーディネーターだからといがみ合わない」
「・・・俺には貴方が完全に諦めた世捨て人には見えないが」
挑む様な刹那の視線に、マルキオは笑った。
「やはり、貴方の様に力の強い人に隠し事は出来ませんね。・・・私は探しているんです」
「何を?」
催促する様に重ねられた言葉に一瞬黙って、
マルキオは天啓の様に厳かに、その口を開いた。
「SEEDを持つ者です」
「SEEDを持つ者?」
反復する様に言うと、マルキオは深く頷いた。
「嘗て学会で発表された概念です。簡単にいえば進化した人類の事ですが、
当時は絵空事だと一蹴されて終わりました」
刹那もその概念は知っていた。次のステップへ人間を進ませる遺伝子の配列。
イオリアの提唱した進化した人類、イノベイターと酷似した概念だったからだ。
しかし、とマルキオは続けた。
「ジョージ・グレンは言いました。コーディネーターとは、
いずれ現れる新人類と旧人類との橋渡しをする調整者だと。
その新人類こそが、SEEDを持つ者だと、私は考えます」
「それが世界を救ってくれると?」
「夢破れた人間の、馬鹿げた妄想と捉えて貰っても結構です」
自嘲的な言葉に、刹那は黙って首を振った。
人間に絶望しながらも、それでも人間を諦め切れない目の前の男が、
昔の自分に似ていたから。
「嬉しいですね。宗教的な概念として肯定してくれる人はいても、
現実的な問題として頷いてくれる人はいなかったものですから」
導師とは呼ばれているが、一つの宗教に傾倒し事はないんです、とマルキオは苦笑いした。
「貴方を見た瞬間、その力の強さなら貴方がSEEDを持つ者と期待したのですが」
「心が読めるなら、答えはもう出ているのでは?」
マルキオは素直に頷いた。残念そうだったが、刹那はそれで良いと思った。
この世界を救う、SEEDを持つ者。
それが異世界からの来訪者だったなんて結果は、あまりにも寂しい。
C.Eを救う者なら、それはC.Eで生を受けた者がなるべきだ。
「逆に聞きますが、ご自身がそうだと考えた事は?」
刹那の問いに、マルイオは意表を突かれた顔になった。考えた事も無かったという風だ。
「冗談を。心身共に身動きが取れなくなった私などが、そんな者である筈が無い」
首を振って、マルイオはそれにと続けた。
「私の力は偏っているんです。貴方なら気付いていると思いますが、
私は受信する力には優れていても、発信する力はまるで無い。
他人に働きかける事が出来ない、非常に閉じた能力なんです」
つまり、戦場で度々刹那がキラにやっている様な警告などが出来ないのだ。
「そのせいで、随分と歯痒い思いをしました」
すっかり冷めてしまった紅茶を覗き込み、無念そうに笑う。
自分を諦めてしまった老人の顔が、そこにはあった。
「貴方には、思い当たる人物がいる様ですが?」
「・・・・・・います」
「彼・・・キラ君、でしたか」
マルキオは先程自分が手術した少年を思い出した。
彼はまだ気絶したキラにしかあっていないから、彼の脳量子波の強さは知らない。
ただ、脳量子波の強さ如何以上に、刹那には確信を持っていた。
「キラは、コーディネーターとナチュラルの狭間に立つ子です。きっと・・・」
「成程、その可能性に賭けてみたいと」
刹那は迷い無く頷いてみせた。そんな彼にマルキオは柔らかく微笑む。
「不思議な人だ。冷たい刃の様なのに、その地金は暖かなまま」
昔は高温だったようですが、と付け足すと、
マルキオはキラが寝ているベットへ顔を向けた。
「貴方がご執心な彼ですが、もし長生きさせたいならここには置いておけませんね」
「どういう事です?」
「ここの設備で出来るのは、異物の除去と内蔵の簡単な止血程度です。
しかるべき場所で、しかるべき処置がキラ君には必要です」
「その場所というのは?」
刹那の問いに、導師は静かに天空を指した。
「プラント・・・」
「はい。餅は餅屋、コーディネーターはプラントです。
そこでなら、彼に最適な治療が出来るでしょう。
知人もいますから、すぐに手配も出来ます」
「何故、俺達にそこまで?」
若干の警戒を見せる刹那に、導師は言う。
「嘗て異世界を救った勇者と、その弟子に賭けてみたいと思ったからですよ」
その顔は実に晴れやかで、心底嬉しそうだった。

 
 

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