私はギルバートに割り当てられた私室の一角で、小さな床机台の上に乱雑した何枚かの書類を見つけた。
流暢な文字で記されてるそれは、私が知る彼自身の筆跡だ。
時折、彼は一般に浸透しているパソコンによるタイプ文字で文章を記すのでは無く、
自筆による手記を残す癖がある。
興味が出て、私は書類に目を通す、彼は今どのような事を考えているのか?
不調法は承知の上で。
文章は走り書きが大半を占めており、近代経済学の書きかけの論文や政治哲学の新規解釈、遺伝子学のテロメア配列新論など等……
私にとって、それ程意味のあるものはなかった。
しかし、私は何枚目かの書類で目が止まった。かなり文章的には乱雑に書かれているが、
その書類の大意は以下のようなものであった。
“伝説の『ニュータイプ戦士』と、人類を粛清しようとした『赤い彗星』と呼ばれた男。”
“二人の男達の壮絶な生き様を目撃した少年は、青年となった今、彼等の意思を継ぎ、
地球を私物化しようとする『地球政府』に対し、『ガンダム』を駆って戦いを挑む……”
“これは、ある少女の記憶にとらわれながらも、己の信念に基づいて戦い抜いた一人の男の物語である。”
(まぁ……?)
思わず声が出そうになり私は手の平で口を抑えた。
そして、私は熱心に目を追い始める。
『彼』がギルバートに話したのだろうか?
“『赤い彗星』と呼ばれた男の蜂起より10年以上が過ぎても、地球政府は地球を汚染し続け、
「人狩り」とも呼ばれる強引な手段で民衆を宇宙に送り出していた。”
――『赤い彗星』……偉大な方だったと聞く。卓越した指導者であり辣腕の政治家であり統率力を備えた指揮官でもあった。
なによりも、歴史上でも1,2を争う程の『ニュータイプ戦士』であったともいう。
その方に、最後まで敵対したのが伝説の『ニュータイプ戦士』と称えられた『その人』と『彼』の父親なのだそうだ。
もはや、遥かな歴史の彼方に消えていった方々。
しかも『この世界』とは別の世界の事。
私には感慨はあっても、それは歴史の時間で習う大昔の偉人のような存在だ。
私は読み続ける。
“そのような状況で、『マフティー・ナビーユ・エリン』を名乗る人物が軍を率い、腐敗した地球政府に戦いを挑んだ。”
これが……『彼』なのだろうか?そうなのだろう。
“彼の行状はテロリズムであるにもかかわらず、民衆、特に抑圧された状況が続く宇宙に住む人々に受け入れられた。”
少し眉を傾げる。テロリズム……では歴史を変える事はできない。
一時的に、歴史の大河を僅かながら塞き止める事ができるくらいだろう。
だが、歴史の変換の起爆剤にはなるのかもしれない。
後は意味が整わない羅列が幾つか続き、運命を司る計画は意味の無いものだと『彼』に否定された事や、
『あの世界』での人類が宇宙に出る意味についての『ニュータイプ』の存在に肯定的な意見。
『コーディネイター』というモノの無知的な高慢さを全面的に否とする、などの徒然の文章で終わっていた。
読み終えて気が付いた事だが、やはりギルバートが、自分が不利になるような物的証拠を残すはずは無いのだ。
この書類も始末せず残したのは、私が目を通す事を予め見抜いた上での事だろう。
やはり、怖い人だと微笑む。
私は書類を細かくちぎり紙屑にすると、備え付けられた灰皿の上に乗せ火を着ける。
パチパチと小さな音をたてながら見る見ると小さな火は広がり、紙屑を燃やし灰にする。
煙が立ち昇る為に その直ぐ側の窓を開けた。
――煙と灰は静かに風に乗り散ってゆく。
それを見ながら私は、いつか『彼』から話を聞こうと思う。
遥か伝説の彼方へと消えていった『男達』の生き様を。
そして、彼等の意思を継いだ『彼』がどのように『この世界』に歴史を刻んでゆくのか?
この目で確かめてゆこうと思う。