『ラウ・ル・クルーゼ司令の朝は、一杯の野菜ジュースから始まる……』
夕食を終え、居間で寛いでいた私達の前にある大型テレビジョンから、
『プラント8:00ニュース・ステーション』の特番が流れて来る……
「ギル、見てください。ラウが映っていますよ……!」
と私の隣にいるレイが、無邪気な歓声をあげている。
向かい側のギルバートも優雅にお茶を飲みながら、鷹揚に頷いてくる。
「そうだねレイ。これで今日、3回目かな?」
「ええ……」
レイは、そう言ってテレビを食い入るように見ている。
『クルーゼ司令はその後、最初に日課であるマラソンを始める……』
バシャ!バシャ!と無数のフラッシュが、テレビの中で点滅する……あの人は眩しくないのだろうか?
周りの凄まじい、喧騒の中を平然と片手に栄養ドリンクにジャージ姿で走る仮面の男が映る……
「……」
無論、私が言う事は何もない。
『朝の日課を終えた、クルーゼ司令は、シャワーで肌が焼ける様な熱い湯と、凍えるような冷水を、
交互に浴び、身体引き締める……』
シャワールームの前でまたもや、無数のフラッシュが瞬いている……
……私だったら、とっくの昔に音を上げて、ノイローゼとなっている事だろう。
扉が開き、濡れた髪をタオルで拭きながら、ラフなスタイルの格好で彼はシャワールームから出てくる。
『朝の朝食こそ一日の原動力と仰るクルーゼ司令は、
優雅な且つ豪奢な朝食を取られるのです。やはり『英雄』とは……』
彼は、囲んだ取材陣など端っから無視して、給仕を従えて、豪勢な朝食を取っている。
軍務がある為にワインは、流石に朝からは飲まないそうだ。
……平然としたものだ。彼は神経の太さが鋼鉄のワイヤーロープどころか、
『ガンダリウム合金セラミック複合材』の数十倍の強度の神経で出来ているのだろうか?
「凄いですねラウ……何か遠くの人になったみたいです」
とレイが少し寂しげに私達に話しかけて来た。
ギルバートは、レイを慰めるように、
「仕方が無いさ……彼は、それだけの価値がある人間になったんだよ、レイ……むしろ、私達はそれを喜ばないと」
「ええ……分っています、ギル」
……自分は、何も口を差し挟む事ができない。
そして、横でレイとギルバートの会話が続く。
「俺も早く、ラウやギルのお手伝いをしたいものです……」
「あせる必要はないさ。私もラウも君が、元気でいてくれれば、それでいいんだ」
その家族の会話が微笑ましい。私が微笑みを浮かべていながら聞いていると……
「……俺も頑張って一人でも多くの、ラウやギルの敵を倒しますから!!」
「頼りにしているよ、レイ」
……撤回しよう。顔を引き攣りながらそう思う。
後でギルバートとレイを『修正』しないと――
「……そういえばギル、『マフティー』は、どうしたんですか?」
ハサ……いや、『マフティー・ナビーユ・エリン』。彼はこちらに帰還してから一度会っただけだ。
その後、直ぐに『ガンダム』の整備に没頭してしまった。少しくらい、時間を取ってくれても良かったのに……
「――彼は別の任務があってね、今はプラントにはいないんだよ」
「そうなんですか……そういえば、あの人もラウと同様の凄い『英雄』じゃないですか?
――どうして、あの人は、自分の功績を誇らないんでしょうか?」
「目立つのは嫌なんだそうだ。暫くは彼は影に徹するらしい。『英雄』はラウにやってもらうと言っていたな」
そう言いながら、ギルバートはチャンネルを変えた。
『……ラウ・ル・クルーゼ司令に来て頂きました――!!皆様、盛大な拍手を!!』
すると、また別の番組にラウが出ていた。、どうやらこれは、録画番組らしい。
豪奢な軍服をまとったラウが画面中央に登場し、敬礼をする。
途端に凄まじい歓声と黄色い声、嵐のような拍手がテレビから響いてくる。
この番組は、ラウとプラントで著名な評論家との対談であるらしい。
『――この戦いは、単純に『ナチュラル』と『コーディネイター』との戦いではなく、宇宙で暮らす自由な魂を持つ人々と、
地球の重力に魂を引かれた哀れな人々との戦いなのだ……』
『流石はクルーゼ司令!英雄の言葉は重みが違いますな……』
もっともらしく語るラウと、それに追従するような評論家の言葉。
そして、湧き上がる歓声と拍手。
……すっかり『時の人』になってしまった。以前の彼と比べて、正直考えられない。
これが、『彼』の力ならば、そら恐ろしいものだ……直接、自分が世界を変えるのでなく、出会った人を変えた。
『ニュータイプ』の力とは、『人は人と出会う為に生きる』という根本的な力の源の変革への切欠なのだろうか……?
未だに、私にはそれが理解できていなかった……
ギィギィィ、バタン!
突然、居間の扉が開いた。
「今、帰った。……ほう、うむ、良く映っているな。やはり、私は画面栄えするようだ……」
「ラウ、おかえりなさい」
「おかえり、疲れただろう?」