機動戦士ガンダムSEED True Destiny PHASE-47B

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:56:36

『私はオーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハです』

 オープンチャンネルを、プラント・コロニー圏、それに中継ケーブルを通じて地上を伝う。

「ようやく出てきたか、オーブの姫君」

 デュランダルは頬杖をつきながら、その放送を見ている。

「そのカガリ代表から、書簡です、議長」

「うむ」

 書簡と言っても、伝統的な名称のみが生きているものである。その実際はコンピューター上

の保護されたテキストファイルに過ぎない。

 そして、その文章を見たデュランダルの顔色が変わった。

『我々オーブは、平和を求めるその理念、理想を信じ、デスティニー・プランについて条件付で

受け入れる準備を決意した。しかし、それゆえに大きな前提を、デュランダル議長にも受け入

れていただく必要がある』

 そこで、カメラのアングルが変わる。カガリのアップから引き、別の人物を写し出した。そう、

以前あったように。

「なんだと?」

 映像を見るデュランダルに、狼狽の色が走った。

『皆さん、わたくしはラクス・クラインです』

『誤解と情報の錯綜から、プラント行政府によってわたくしの訃報が発表されているようですが、

わたくしはここに健在です』

 もちろんデュランダルには、彼女が本物のラクス・クラインではなく、ミーア・キャンベルだと

いうことはすぐに判った。

「死んだのは、本物のラクス・クラインだと言うのか?」

 コペルニクスでMSまで動員した銃撃戦が発生し、その結果、ラクス・クラインと思しき人物が

狙撃され、アークエンジェルに運び込まれた。そこまでの情報は知っていた。

 だが、生きているのがミーアなら、どうしてそちらにいるのか。そして、カガリとともにオーブの

放送に出ているのか。

『先日来、わたくしはギルバート・デュランダル評議会議長の施策、及び軍事行動を支持して

きました。今回のデスティニー・プランについても同様です。しかし、それゆえに今、デュランダ

ル議長に疑問を投げかけねばなりません。既にご存知の方もいるかと思われますが、月面の

大西洋連邦、アルザッヘル基地が壊滅しました。現在ザフトが保持している、大規模光線兵

器レクイエムによってです。アルザッヘル基地には民間の方も大勢居られました。コープラン

ド大統領の消息も不明です。デュランダル議長は、デスティニー・プランを、人類の平和の為

の究極の手段だと言われました。それならば何故、その価値と理念を、言葉で理解してもらお

うとしないのでしょうか? どんなに素晴らしい施策であっても、銃を突きつけて相手に強要す

るのでは、それは平和への道といえるのでしょうか? むしろ、A.D.時代にわたくし達の先祖が

繰り返してきた、蛮行の延長に過ぎないのではないでしょうか? わたくしは、手段を間違える

ことによって、この試みが実行されることなく潰えることを懸念しています』

「ぬぅ……」

 デュランダルの表情が、モニターの前で歪む。

 映像はミーアのアップから一度引き、再びカガリのカップへと移る。

『オーブ首長国として、プラント行政府に対し、まず、レクイエム、及び機動要塞メサイアに備

えられている大規模光線兵器の放棄を求める。これが受け入れられる場合、我々はユニウス

条約違反の嫌疑のある2機の核動力MSの廃棄解体、並びにその運用母艦1隻のモスボー

ル封印で応じる。その後に、わが国におけるデスティニー・プランの導入を前提とした協議に

入りたい。回答期限は2週間。この内容は、既に文書の形でプラント行政府にも通告済みだ』

 カガリが言い終えると、カメラは再び、ミーアへと移る。

『議長、あたしは議長が、人類を救うといった言葉が偽りでは無いと信じています』

 そうして、放送は終わった。

 デュランダルは、無意識にか、立ち上がってモニターを凝視していた。拳を握り締め、震えて

いる。





 インフィニットジャスティスが、アークエンジェルに着艦する。その傍らに、紅い戦艦──エタ

ーナルと、オーブ宇宙軍の艦艇が数隻、寄り添っていた。

 インフィニットジャスティスは着艦デッキから格納庫へ。着艦デッキの隔壁が閉じられ、格納

庫が与圧される。そして、コクピットからアスランと、続いてミーアが降り立った。

「いやー、よくやった! さすが!」

 栗毛のもみ上げをアゴの近くまで伸ばした男が、艦内に降り立ったばかりのミーアを、オー

バーなアクションで出迎える。

「え、はい、って……えっと……」

 初対面の中年男に迫られ、ミーアは一瞬たじろぎ、助けを求めるようにアスランを振り返る。

アスランはうんざりしたような表情で、頭を掻きながら、ミーアの隣へ進み出る。

「アンドリュー・バルトフェルドさんだ」

「ええっ?」

 ミーアは驚きの声を漏らした。

「貴方が、あの有名な“砂漠の虎”ですか!?」

 笑みの入った口を開け、バルトフェルドの2つ名を口にする。

「おおっ……おおっ、貴方が俺の事を知っていてくださるとはっ、このアンドリュー・バルトフェ

ルド、感激で涙まで出てくるっ……!!」

「いえ、その、あたし……」

 流石にミーアも、バルトフェルドのオーバーアクションに唖然としてくる。

「失礼ながら自分、貴女の大ファンで! もちろんQUIET NIGHT C.E.73もEMOTIONも初版ロ

ット、ああそれからプロモーションビデオもっ、惜しむらくはライブには参加できず申し訳ない

っ!」

 手にはいつの間にかミーアがラクスとして芸能活動していたときのアイテムがごまんと、ご

丁寧に赤ハロのミニチュアまである。さらに行ける筈も無いのに買うだけ買ったと思われる未

入鋏のコンサートチケットを握り締めて涙を流す。

「ああそうだ、サインお願いします」

 今度は白い色紙を取り出して、卑屈にサインをねだる。フェルトペンまで用意済みだ。ミーア

は少し“引き”ながらも、バルトフェルドの色紙に“Lacus Clyne”と、アイドルらしい曲文字で書

いた。

「あ、バルトフェルドさん江って入れて……おお、おお、ありがとうございますっ!!」

 さらに、つい慣れで、笑顔で握手のサービス。

「うおぉぉっ、握手までしてしまったぁぁっ! このグローブは絶対洗わんぞぉぉぉぉっ」

 と、雄叫びの様な声を上げながら、1人でさっさと艦橋の方へ歩いて行ってしまった。

「ねぇ、あの人、ずっと本物のラクス様と一緒に行動していたのよね?」

 訝しげに思いながら、ミーアはアスランに訊ねる。アスランは苦虫を潰したような口元に、ジ

ト目でバルトフェルドの去った方を見、そして呟くように言った。

「あの人病気だから。いろいろと」





 艦橋に入ると、アークエンジェルのクルーがミーアとアスランを出迎える。

「やったな、お嬢さん」

 腕を組んだネオが、ミーアに近付いてきて、そう言った。

「これでデュランダルがどう出てくるか……」

 面白そうに微笑しながら、言う。

 巨大光線兵器2基と核動力MS2体に戦艦1隻。一見、とても釣りあわないように見える要求

だが、実際には、プラント側に有利な要求だ。なぜなら、デスティニーやレジェンドと言った、

ザフトの核動力MSに関しては言及していないからだ。

 ここまで譲歩しているオーブの提案を蹴れば、デュランダルが自分の理想を一方的に押し付

けるだけの、人類に対する脅威であることの証左になってしまう。

「なかなか策士だな、お嬢さんは」

「いえ、そんな。結局原稿を書いたのは、ここやオーブの皆さんですし」

 ネオの言葉に、ミーアは照れたように、後頭部に手を当てた。

「でも、大筋を書いたのは貴女じゃない」

 艦長席のマリューが、ネオと同じようにクスクスと笑いながら言う。

 言葉でお互いの理解を得る、銃を突きつけることのない平和を築く、そんなのは所詮、奇麗

事である。実際には、そう言って世界は戦火を燻らせて来たのだ。だが、奇麗事だからこそ、

素人目にわかりやすいのだ。なにより、その奇麗事の為にデスティニー・プランをぶち上げた

のは、デュランダル自身である。

 もっとも、MSや戦艦を代償として放棄する、というのは、ミーアの案には含まれていなかっ

たが。

「ここの連中は戦争に慣れ過ぎていたからな。こんなことを思いつくのは貴女だけだったよ」

 いつの間にか輪の中に加わったバルトフェルドが、感心したように言う。どうやら“病気”の

“発作”は、収まったようだ。

「そうね。みんな、実力行使でデュランダルを排除することしか考えていなかったわ」

 マリューが苦笑する。

「しかし問題は、デュランダルが期日前に行動した場合だな。オーブには大きな被害が出るか

も知れん」

 バルトフェルドが険しい表情になって、言う。いきなり、警告もなしにレクイエムを撃ってくる

可能性も充分にあった。

「その時は……」

「いや、お嬢さんには責任はないよ。デュランダルが愚かで、俺達が甘かっただけだ」

 浮かない表情で言いかけたミーアに、ネオはそれを遮って言う。

 だが、ミーアは本心では、まだデュランダルを信じていた。

 だからこそ、最後に、こう言ったのだ。

 『“あたし”は議長を信じています』と。





「おーい、キラ、食事持ってきたわよ」

 キラの自室のインターフォンを押し、ミリアリアは言う。

 食事と言っても、今提供できるものは、無重力下で食べることのできる宇宙食か簡素なもの

だけだったが。

 キラはラクスが死んだ日からずっと、アークエンジェルの個室に閉じこもり続けていた。食事

も採ろうとしなかったが、それでも、マリューの支持で、必ず食事時にはキラの元へ運ぶこと

になっていた。

「キラ?」

 いつも通りか、と、ミリアリアは思いかけたが、それにしても、返事もしないのは妙だと思った。

 ミリアリアは端末のあるところまで走ると、艦橋と繋ぐ。

「艦長、マリューさん! キラの反応がありません!」

『ええ?』

 マリューも戸惑った様子を見せる。昨日までは、「要らない」「そっとしといてくれ!!」ぐらいの反

応は見せていたのだ。

 マリューはコンソールを操作する。キラの部屋の情報を呼び出すと、艦長の権限で扉のロッ

クを解除した。

 ミリアリアは扉を開ける。すると、キラは、床に、うつ伏せに倒れていた。

「キラ!!」





「オノゴロからは、住民を避難させたほうが良いかもしれないな」

 カガリは側近に向かって言う。

 もしレクイエムを発射するとすれば、デュランダルは、間違いなく自分のいるここを狙ってくる

だろう。根拠はないが、確信していた。

 過去の2度の外敵侵攻の際、オーブ政府の緩慢な行動が、住民の被害を甚大なものとした。

三度愚策を繰り返すわけにはいかない。

「それでは、そう手配いたしましょう」

「いや、待て。私が陣頭指揮を採る」

 カガリは言い、執務机から立ち上がった。

「いえ、そこまでなさらずとも」

「いや、どうせデュランダルが動くまでは、私に出番はない。行政に関しては、任せておけるか

らな」

 カガリはそう言いながら、本心ではこう思っていた。

 ──お前達が頼りになるのなら、2度も惨劇を繰り返してなどいない!





 デュランダルは苛立たしげに、メサイアの玉座のような議長席で、その肘掛にトントンと指を

叩いていた。

 カガリと“ラクス・クライン”による表明演説は、このメサイアの中に置いてさえ、動揺を生んで

いた。

 ここでオーブの提案を蹴れば、自身こそを人類の敵に仕立て上げる大名義文を与えることに

なる。いまだ態度を明らかにしていない他の国家もそれに同調する可能性が高い。それぐらい

は、デュランダルも痛いほどよく判っていた。

「本物より、よほど性質が悪いではないかっ!」






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