機動戦士ガンダムSEED  閃光のハサウェイ 第09話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 21:07:22

プラント最高評議会の政府高官の社交場として、秘めやかに囁かれる『サロン』
そこは政治家、上流階級、芸術家、富豪、高級将校などの人々が集まり、交遊する場であり知的で洗練された会話や振る舞いが求められていた。

『サロン』とは古くから宮廷や貴族の邸宅を舞台にした社交界のことであり、
主に女主人が、文化人、学者、作家や新進気鋭の若者らを招いて、知的で優雅な会話の一時を楽しんでいたという。

この古典的な『サロン』は、軍事要塞クラスの盗撮、盗聴防止用システムが張り巡らされており
訪れた客のあらゆる情報が外に漏れないように最新技術で秘密が保たれる。

下はプラントの各種企業関連は無論、軍事産業関連の経営者や顧客や株主などから
上はザフト軍の高級将校、最高評議会議員まで。
話題は政治、経済、戦争から『日々の生活必需品の値段』から『プラント最高評議会の重要決議案』など

いつの時代でも歴史の舞台裏で人々は政治や陰謀を張り巡らすのだ。

あの後、「3人の出会いを祝して杯を交わそう」とのギルバートの提案で酒でも飲みながら親睦を深めようということになった。
ギルバートと話しながら俺の前を歩く男を見る。仮面で表情はよく分からない。
この男の人となりを少しでも理解できたらと、ドックの外に出た。

そこには運転手付きの高級車が俺たちを待っていた。

「さぁ、ラウ、ハサウェイ」

とギルバートに促され俺達は運転手が恭しく開けてくれた扉から乗り込む。

車内は大きくゆったりと寛げる造りでシートも柔らかい。
内装にも金が掛かっているのが一目でわかる。
テロ対策として車の外装は対弾装甲であり、車窓は防弾兼マジックミラーになっており車内から景色は見れるが外からは車内は判別ができないようになっている。

「どこに向かうんだろう?」

「私の行き付けのところだよ。そこで一先ず乾杯といこうか?」

ギルバートは、俺のその何気ない問いかけに答えた。

車はアプリリウス市の第8区の郊外にあるこの地区を走る。
途中に、幾つかの検問があるがギルバートの顔を確認するだけで通してくれた。

「私は一応、『クライン派』なのでね」

ある程度の融通は利くのだよとギルバートは俺の耳元で囁く。

今は窓際の外交補佐官に過ぎないギルバートだがその辣腕振りと潤沢な資金元、情報通なところから
立場を越えた人脈があるらしくクライン派だけではなく、各派閥との密かな繋がりのパイプも維持しているらしい。

しかし異邦人の俺には、プラント内の権力闘争は関係のないことなので今は一応、聞くだけに留めて置く。
彼の考えがどうだろうと今の自分は政治の表舞台に出たいとは特に思わない。

そしてここに連れて来られたのだ。

大金持ちと庶民の感覚は天と地くらい差があるようだ。どこか感覚が庶民の俺とは違うらしい。
この中世ヨーロッパの城のような貴族趣味の邸宅に呆然とした。コロニーの中だろう?

ギルバートは微笑みながらごく自然に俺に語る。

「どうだね、ハサウェイ。見事なものだろう?」

確かに俺はプラントに来てからまだ日が浅く、アプリリウス市内の全てを把握しているわけがない……

「ハイソとは縁が無くてね」

と首を竦めた。皮肉も少し入っているのは自覚している。

だがラウの方は平然としていた。

「久しぶりにここに来たな」

逆にラウは俺が小憎らしく思うほど落ち着いていた。
類は友を呼ぶと言うが、その典型だろう。

一見したところ、その城は悪趣味なネオン装飾などは一切無く、趣味の良い建物だ。
御伽噺に出てきそうな『白き城』といったイメージがある。

俺はギルバートの横顔を見る。ここを酒場と言うのならば余程、洗練された貴族趣味になるだろうよ。

豪奢な門扉に視線を向けると、今時メカによる防犯システムではなく屈強のガードマンが門の両脇を歩哨として立っている。
これが合理的な機能美を優先しているコロニーの建物とは。
歌劇か中世の歴史の時間に出てくるようなヨーロッパの貴族生活の風景だ。

俺達は門前で車から降り、その建物の門に向かう。
歩哨役のガードマンが俺たちを詰問するかと思いきや、

「ご苦労」

「はっ!」

ここでもギルバートの顔パスで黙って通してくれるようだ。
俺達も特に咎められる事は無い、門が開けられる。

豪奢な門扉を通り抜け、歩きながらギルバートは話を続ける。
ここには政治的なコネクションの繋がりや非合法の地下組織の接触まで可能な窓口でもあると。

「ここは主に『クライン派』が裏で援助し運営をしている。そして私もその『パトロン』の一人というわけだ」

「『公然の秘密』と言った所かな?」

「そうだ。プラント内の各派閥は対立しているとはいえ、どこかで妥協点を見出さねばならない。その為にはこのような場もまた必要なのだ」

ラウも歩きながら俺の耳元で囁く。

「今は戦中で機会は減っているが、地球連合の政治家やプラント建設に出資した企業や軍需産業の重役なども極秘に何度も訪れている」

そして、と付加える。 

「あの『アズラエル財閥』の関連者もな」

古くからの大西洋連邦の軍需産業などの大財閥である『アズラエル財閥』
コーディネイタ―排斥の急進組織の巣窟であるブルーコスモスの有力なスポンサーでもあるそうだ。
彼らもプラントの開発に投資してきたのだ。
そして、ラウは自分自身がアズラエル財閥との繋がりがあることを仄めかした。

幾ら、互いに敵対し戦争中であろうとも、どこかで外交チャンネルの場を準備するのが政治の常套であろう。
何の外交手段も効せず、戦争を続ける馬鹿は狂人以外はいないはず。
戦争はあくまで政治の延長線上のものでしかない。

このような外交の舞台裏などは、闇の世界に身を置いた者としては当然のことと納得できる。理屈では。

5分ほど歩くと入り口には、簡素な佇まいの装飾が施された古風な扉がある。
ここにもガードマンは常駐し、ギルバートが彼に向かって頷く。
彼らは恭しく礼を返した後に、扉を開けてくれた。

中に入ると玄関ホールは広く上には巨大なシャンデリアが天井から目に優しい光を照らしている。

開けたホールは見たところ、ルネサンス様式のように見える。

窓、入口に正円アーチ、直線の多用して左右対称、外壁に装飾が少なくつるっとした感じだ。
中央の入口は左右に翼部を伸ばし、さらにコの字型に伸びている。整然とした配置だ。
整然とはしているが、決して実用性が高いわけではなく芸術性が先行している。

趣味は悪くはない。中世の貴族館の内装はこのような感じだったのだろう――
俺はぐるりと周りの景観を眺めていた。とその時、

「ようこそ――」

先程、見た時には何もなかった空間に、今度は白い衣服の女性が現れた。
……長い金髪、白い肌。 その青い眼差しからは、気品と気高さが溢れていた。

白い貫頭衣に近い衣服に腕には金の装飾を付けている女性だ。
年齢は20歳くらいか……10代にも見える。
俺達に優雅に一礼する。

「――ようこそお越しくださいましたデュランダルさま……」

「ベルトーチカ、久しぶりだね」

頷き、柔らかい微笑で彼女の丁寧な礼に答える。

「友人を連れてきたよ。彼はもう承知しているね?」

ギルバートはラウの方に話の矛先を向けた。
彼女も仮面の男に敬意を込めた声で

「ようこそ、ラウ・ル・クルーゼさま――」

「久しぶりだな、ベルトーチカ」

(ベルトーチカ……?)

一瞬、過去の辛い記憶が蘇る。
だが、頭を一振りしてそれを止める。もう『向こう』とは縁が切れた自分だと
今の自分は過去とは無縁なのだ。

だが――どうなったのだろうか?もう帰ることはない遠い世界のことに想いを馳せる。
我ながら感傷的だ。

「もう一人、私の大切な友人を紹介しよう」

ギルバートが続けて俺を彼女に紹介しようとする。
俺は慌てて体裁を整え、笑顔を作る。

「はじめまして、ハサウェイ・ノアです」

俺は名乗り、彼女と握手をする為に右手を差し出す、が
彼女の方は俺をじっと見たままだった。

「ハサウェイ・ノア……」

俺を見て困惑している?

「失礼。僕の顔に何かついていますか?」

彼女はハッと気を取り直し

「これは――ご無礼を……大変失礼致しました」

「いいえ、かまいません。こちらこそ失礼しました」

彼女は、居住まいを正すと

「はじめまして、ハサウェイさま。私はベルトーチカと申します」

俺の握手に快く応じてくれた。ひんやりとした優美な手だ。

俺は彼女の顔を見ながら

「綺麗だな」

「え?」

彼女は一瞬、俺の言葉に驚く。

「瞳――地球の大気の色だね――」

そう、あの水の惑星の色だ。
しかし彼女はそれには動じず微笑みながら

「お戯れを――」

かわされた。
彼女の態度から多少は脈があるかな?と思うことにする。
その様子にラウが呆れたように俺に声をかけた。

「……手が早いな」

「僕はピュアなんだけど?」

軽口で返す。ギルバートも俺達の掛け合いを見て苦笑し

「それぐらいにしておきたまえ――笑われるぞ?」

と仲裁に入る。彼女の方は俺たちの掛け合いには口を出さず丁寧な沈黙を保っていた。

「それでは、ご案内致します。こちらへ――」

ベルトーチカ――彼女自らが俺達を案内してくれた。

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