機動戦士ガンダムSEED  閃光のハサウェイ 第22話

Last-modified: 2007-11-29 (木) 21:15:10

C・E70年6月1日

――ローラシア級戦艦『ガルバーニ』艦橋――

私、ラウ・ル・クルーゼは艦長席で脚を組みながらリラックスしていた。

――気分がとても良い。

一言で言えば、そうなるのだろう。
まるで、子供の頃に楽しみにしていたハイキングに行く、前日の夜のようだ。
そう、完璧な勝利が約束されている戦いなのだ。
鼻歌の一つも歌いたくなる。

ローラシア級戦艦『ガルバーニ』の艦橋では乗組員が緊迫した様子で第一級臨戦態勢で作業を続けている。

月の裏側にある『ローレンツ.クレーター』基地から発進して我々は、『エンディミオン・クレーター』に建設された、
地球連合軍の『重要』な資源供給基地を攻略する為の増援であり、プラントよりの援軍としてここまでやって来たのだ。

この作戦を成功させ、月での戦線をザフト側有利に持っていかねばならない……建前上は。

本音を言うと、この基地は完全に潰されるのだ。
地球連合軍の『第3艦隊』を含めて丸ごと。

私はわざと艦長席の肘掛に肘を突き、左手で口元を隠す。
今、正に私の口元に、冷たい笑みが浮かべられているからだ。

もし、これをまともに人に見られたとしたら――戦闘前の緊張の真っ最中だ。
変人かと思われることだろう。

「さてと……ククッ……」

しまった笑い声が漏れたぞ。我慢せねば……な。
さぁ、『地獄の宴』の開演だ……あと少しで幕が開く。

後、僅かな時間で現実のものと成るであろう、楽しい『夢』に浸っていると――
オペレーターの報告が耳に入り、現実に戻ってしまった。

「クルーゼ『艦長』! 旗艦『マルピーギ』から通信が……」

「……私の事は『隊長』と呼びたまえ。戦闘が始まったら、直ぐにMSで出撃するのだからな」

艦橋という、つまらん客席で、名舞台を観賞する趣味は生憎と私には無い。
MSのコックピットという、特上の指定席があるのに、何が悲しくて場末の自由席に座らねばならんのだ。

「はぁ……」

オペレーターが、奇妙な顔しながら私の横に視線を向ける。
そこには、今回の作戦で付けられた副長がいた。
私は横にいる副長である『レオノーク』に顔を向け、きっぱりと言う。

「私が出撃したら、艦の事は任せる」

「……了解しました」

彼は胃の辺りを抑えるながら神妙に答えた。

最近になって、彼が急に胃薬の世話になる回数が増えたと――この艦の軍医が言っていたな。
全く、健康管理は軍人の基本であろうに――なんとだらしがない。

オペレーターから『エンディミオン・クレーター』攻略艦隊の旗艦『マルピーギ』のアデス副長から通信が入ったと報告が来る。

――『フレドリック・アデス』――

有能な男だ。細心で豪胆であり、戦艦を運用する艦長として申し分の無い能力を持っている。
出撃前に何度か会い、好印象を持った。

いずれ、私が出世した暁には、自分で独自の艦隊を持つ立場になるであろう。
その時に、旗艦の艦長及び、艦隊指揮官が必要だ。

私は横に立つ、レオノークに再び目を向ける。
……彼の顔色はあまり良くなく、調子が悪いのが一目で分る。
恐らく、戦闘前のプレッシャーに弱いタイプなのだろう。

(あの人、また勝手に出撃するのか?)

(副長も可哀想に……)

(……この艦の艦長て誰だっけ……?)

む?周りで何か聞こえてくるようだが?

「作戦行動中だぞ? 私語は慎みたまえ!」

副長のレオノークが乗組員の私語を注意するために、声を張り上げるが……また腹を抑えた。
だが、その一喝で艦橋内の空気が締まったのだ。

有能なのだが……惜しいものだ。
だが、人には長所、短所がそれぞれあるのだから、それは仕方の無い事だ。

「お気になさらず……大丈夫です。それに、この作戦が終了すれば全快するでしょう……」

「……そうか、まぁ、作戦に支障がなければ、別に構わない。だが作戦終了後にはちゃんと養生したまえ」

「……ご配慮感謝します……」

彼は、更に顔色を悪くした上に、額に血管が浮き出ていた。
軽い静脈怒張だろうか?

やはり、彼には健康に問題があるようだ。

これでは益々、我が艦隊の指揮官を任せられようがない。
残念だが……と決意し、私の心の中のリスト表に、彼の名前と顔を自動的に削除した。

ちなみに、自分が艦隊の指揮を執るなど微塵も考えていない。
何故なら――MSに乗る暇が無くなるからだ。

「通信、入ります」

オペレーターの声とともに、メインスクリーンには見事な敬礼をした精悍な男の顔が映る。

『クルーゼ艦長!』

「……『隊長』と呼んでくれないか、アデス副長」

『はっ! 失礼しました! クルーゼ『隊長』』

「よい。で、何かな? アデス副長」

『はっ! もうじき、合流ポイントに到着いたしますので、司令が確認の為に最終会議をしたいとの事です』

「了解した。直ぐに、そちらへ向かおう」

総司令官が艦長を兼任している旗艦『マルピーギ』では実際の艦の指揮は彼、アデス副長が取っている。
作戦総指揮と艦の戦闘指揮とは、また別の次元の事なのだ。

戦闘指揮官を集めて最後の作戦確認をする。
NJによる通信妨害もあるが、緊急の時以外はこの方法は指揮官達に好まれる。

古典的だが、直接に顔を合わせて話し合うのと通信機ごしで話し合うでは雲泥の差だ。
直接、出向く事によって、相手に対して敬意を表す事にもなり、逆に出向いてくれた相手に対しても寛大にもなれる。

気が合う者、気に入らない輩、軍は雑多な社会でもある。
好悪は別として、互いの信頼を勝ち取るには良い手段の一つだろう。

私も、結構このやり方は気に入っている。
いずれ出世して、ムカツク奴を呼びつけてやろうと考えているからだ。

そして、私は連絡シャトルで『マルビーギ』へと向かった。

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